ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ギロックなら・・・ 

 

僕はピアノ指導者ではないし、子どもを教えているわけではないので、あまり教材や子ども用(?)の曲については詳しくはない。でもブログなどで、よく登場する作品、邦人作品も含めて、そのような作品は聴いたり楽譜を購入したりしている。自分が人前で弾くわけではないのだけれど。

そのような作品、つまり昔は存在しなかった作品の中で、群を抜いて弾かれていて、レッスンでも教材として使用されているのはギロックの作品なのではないだろうか?

個人的にはギロックの作品はキャッチ―だし、響きも綺麗だし、いい曲だなと思う。どの曲も・・・

きっと、ギロックという人は、とても愛情深かった人なのだと想像する。作品に愛情が反映されている感じがする。

でも、ちょっとギロックが可哀そうだな・・・と思うこともある。それはギロックを選択する際の教師側の動機において。

教材研究というものも大切なのだと思う。知らないよりは知っていた方がいいし、引き出しは多いほうがいい。

でもどうなのだろう?

「うちの生徒、ソナチネ・・・練習しないのよね」

「あらぁ、あなた、そういう時はギロックを弾かせたら?」

「そうよ。今はいろいろな教材があるのよ。私はキャサリン・ロリンの曲なんかもレッスンで使用しているわ」

「やはり教材研究はした方がいいと思う。ギロックなら生徒の目の輝きが違うし、興味を持って練習してきてくれるの」

「教師は常にアンテナを張り巡らせて情報を得ておかないとね・・」

ギロックもこのような使われ方をしたら、本望ではないだろうと思う。ソナチネだと練習しないから、だからギロックという発想の前に、どうしたらソナチネを練習してきてくれるのかを考えるのが先だと思う。ソナチネは重要でしょ?古典作品は重要でしょ?どの生徒にも基礎は必要でしょ?

「別に専門家になるわけではないし、生徒がつまらなそうに弾いているのだったら、興味の持てる曲を弾かせるのは一つの指導の在り方だわ」

そうかな?このあたり・・・すごく疑問だ。自分の作品が、どこか「逃げの教材」として使用されているのだったら、ギロックも悲しんでいるのではないだろうか?

バロック、古典を弾けないままピアノを辞めてしまうと、将来、もしピアノを再開することになったとしても、本当に苦労すると思う。個人的経験から強く強く思うところだ。

とはいえ、作品としてギロックは本当に魅力的だ。作品に罪はない。

「ギターのギロック」とでも呼びたい作曲家が、ティエリー・ティスランドという作曲家。フランスで活躍しているギタリストらしいのだが、素敵でキャッチ―な曲がたくさんある。最近発見してハマっている作曲家だ。

このような作品は「逃げ・・・」として使用したら可哀そうだと思う。

kaz



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コメント

 

そのとおり

よくぞ言ってくださった、と心から思います。

ウィリアム・ギロックは自身が指導者でもあったから、生徒のために作品をたくさん作っているんです。教えやすい、弾かせやすい理由は、彼の視点が作曲家としてだけでなく、指導者としてのものもあったからではないかと私は考えています。

キャッチーな部分だけ取り上げられるのでは…。
ギロックも本望ではないでしょうね。

古典スタイルの曲も書いているのに。

ギロックの「ソナチネ」やっぱり、基礎的な技術がきちんとしていないと、ただ音をなぞっているだけになってしまいますよ。

なかつかさきこ #QFk3YRjk | URL | 2014/10/13 12:53 | edit

なかつかさま

ギロックがいけないわけではない。曲は美しいもの・・・

弾かせていけないわけではない。ただ「逃げ」で与えるのだとしたら問題なのではないかと。

「基礎力が足りないけれど、まぁ、音大に行くわけでもない、本人も喜んで弾いているわけだし、なんとなく表現もそれなりについているし・・・いいんじゃない?」

いいわけないよね・・・と思うわけです。

kaz #- | URL | 2014/10/13 18:09 | edit

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