ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

早すぎたエスプリ 1 

 

小学生の頃、世界音楽全集のようなレコードがあって、その中の一枚にチェロの名曲集があった。演奏していたのはガスパール・カサド。カサドのチェロの音色は子どもだった僕にも深く響いてきた。時にはカサドの演奏するレコードを聴きながら、涙することもあった。そのレコードでピアノを弾いていたのは、ある日本人だった。カサドに寄り添うように奏でられるピアノだったと記憶している。カサドが日本に来日した時に、誰か日本人のピアニストと組んでレコーディングしたんだなと思っただけで、そのピアニストの名前は忘れてしまっていた。ただカサドの深い音色だけが耳に残った。

僕が20代の頃、もう幾光年も昔のことになるけれど、ヤーノシュ・シュタルケルが無伴奏のチェロの演奏会を行った。若かった僕も実際に会場でシュタルケルの妙技を堪能した。バッハ、コダーイなどの無伴奏チェロの名曲と共に、シュタルケルはカサドの無伴奏チェロ組曲を演奏した。チェリスト、ガスパール・カサドが作曲家としても素晴らしい功績があったことを、この演奏会で知ることとなった。

成人し、外国に留学したり、そして旅行したりするようになった。外国人の音楽愛好家や、ピアニストとも友人として知り合うこととなった。僕が日本人ということを知ると、彼らは、決まって、ある日本人演奏家のことを話題にした。「kaz、知ってる?」のように・・・

その日本人演奏家は、活躍中の演奏家ではなかった。「セイジ オザワ」でも「ミツコ ウチダ」でもなく「ミドリ」でもなかった。彼らは決まってこう言った。

「君はマダム・カサドを知ってる?」

マダム・カサド?

ここで少年時代に聴いていたカサドのレコードでの彼の深い音色、そしてシュタルケルが演奏したカサドの無伴奏組曲が僕の中でつながっていった。ガスパール・カサドという往年の名チェリストのことを調べてみる気になった。

マダム・カサドは日本人女性だった。かつて、僕が聴いていたカサドのレコードでピアノを弾いていたのがマダム・カサドだったのだ。来日時の臨時のピアニストではなく、カサドとマダム・カサドは「デュオ・カサド」として世界的な活躍をしていたのだった。

僕はマダム・カサドについて、全く知識がなかったこと、それが恥ずかしかった。外国人、特にヨーロッパ人の友人たちは、日本人である僕が、マダム・カサドという名前に反応しないことに、とても驚き、そして残念がった。

僕だけではない。多くの日本人にとって、チェリストであれば別かもしれないが、マダム・カサドという名前を知らない人は多いのではないだろうか?海外では非常に尊敬され、そして有名なマダム・カサド、でも日本では知る人は少ない。

彼女は日本人なのだ。なぜそのような現象が起こっているのだろう?

ガスパール・カサドというチェリストのことを調べていくうちに、僕は日本人女性、そして日本人ピアニストであるマダム・カサドにも興味を持つようになっていった。

マダム・カサド・・・原 智恵子・・・

彼女は大正3年、12月25日に日本で生まれた・・・

続く



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