ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

分岐点 

 

ブライロフスキーのショパンを聴いた。それまで聴いた他の誰の演奏とも違っていた。

「弾いてみたいな・・・」と初めて思った。

ローゼンタールのショパンを聴いた。それまで聴いた他の誰の演奏とも違っていた。

「ショパン・・・弾いてみよう」と思った。

自分で楽譜を買って自己流に弾いてみた。そして、音になった。ショパンに近づけた・・・

当時はピアノを習っていた。先生との関係は良好だったとはいえない。今だったらネットで他の先生の検索も可能だけれど、当時は小学生が情報を得るなんて難しかった。バイエルを弾いていた。どうしても弾けなかった。自分には音楽とは思えなかった。日頃聴いているローゼンタールのショパンの世界とは、あまりにも違いすぎた。

ピアノを習っていたのに、僕はある時から独学で、自己流でショパンを弾き始めた。いろいろな響きが僕の中に飛び込んできた。

先生に習いたかった。教えて欲しかった。本当はそう願っていた。

「あなたはなんて下手なのかしら!」「もうピアノなんて辞めたら?」「イライラさせないで!」

時には手を叩かれ、楽譜で顔を殴られた。怖かった・・・

「先生・・・ショパンを弾きたいんです!」

この一言が言えなかった。バイエルは弾けないけど、自己流でショパンが弾けたんだ・・・

でも、なかなか先生には言えなかった。

でも、どうしても弾きたい・・・

ある日、ありったけの勇気を奮いだして言った。

「僕はショパンを弾いてみたいです。ローゼンタールの演奏に感動したんです。僕も弾けないかもしれないけど、でもショパンを弾いてみたいんです!」

「ローゼンタールって誰よ?ショパンなんて無理に決まっているでしょ?何を考えているの!」

先生は僕の持っていた楽譜を奪い取り、その楽譜を、ショパンの楽譜をビリビリと破り始めた。

「バイエルもろくに練習しないくせにショパンだなんて生意気なのよ!」

その時が僕の分岐点だった。

音楽は好きだ。ピアノは好きだ。でもピアノのレッスンはもういい!そう心から思った。ピアノの先生なんてもういい。自分で弾いていこう。そう思った。

不幸な分岐点だった・・・と思う。

子どもには分岐点がある。その時には先生は夢を与えてあげて欲しいと願う。心からそう願う。

kaz



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category: 履歴書

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コメント

 

指導者の責任

指導者として、特に導入/初歩の生徒を多く抱える(街のピアノ教師は一般的にそうだと思います)立場として、考えさせられる記事でした。

kazさんにとっては不幸な分岐点でしたが、考え方によっては、この先生もなんて不幸なのだろうという気が私はしました。
固定観念に凝り固まっていることに気づかない、自分が知らないことがあり、生徒に教えられることがあることに気づけない教師。そして、それがいかに不幸であるか気づかない不幸。

もし私だったら、二度とピアノの蓋を開けないかもしれません。
そう言う意味で、私は恵まれていたのだなぁと思います。
何しろ、へそ曲がり。
理屈っぽいのは子供の頃からです。(よく子供らしくないとか、女のくせに生意気だと言われました。それに更に口答えしていました)
扱いにくい生徒のはずなのに、そんな私を暖かく見守ってくださった最初の先生に、感謝しています。

先生になってから、生徒さんにいろいろと教えられたことがあります。
ありがたいな、って思います。



私は生徒さんたちに夢を与えられているのかしら・・・。
少なくとも私の生徒さんは「先生に出会って、ピアノがもっと好きになった」という子どもたち、中断していた方でも「ピアノって、こんなに楽しいんだ、ってわかりました」と言ってくださる方が多いのが救いです。

子どもの頃のkazさんのような不幸な子を出さないように・・・そう思いました。

ことなりままっち #QFk3YRjk | URL | 2014/08/29 12:20 | edit

ことなりままっちさま

僕がピアノ教師に対して今もいい印象を持てないのは、もしかしたら、この時の経験や子どもの頃習っていた先生の影響があるのかもしれません。

ピアノの蓋を開けない・・・

ピアノを弾きたいという欲求はあったのだと思います。でも再開するまでに30年の年月が必要でした。

大人の再開組、もしかしたら心に傷を持っている人も少なくないのかもしれません。それでも、ありったけの勇気を奮いだして先生を探し、ピアノを弾きはじめる。ピアノが好きだから・・・

kaz #- | URL | 2014/08/30 07:05 | edit

心の瑕を抱えたひとたち

私も、kazさんがどうしてもピアノの先生に対して辛口になってしまうのは、おそらくこの不幸な経験が多大な影響を与えているからではないか、と、記事を読んで感じました。

私は大人の再開組の方のレッスンも担当させていただいていますが、様々な瑕を抱えた状態の方は決して少なくないと肌で感じています。

子どもの生徒を指導する際も、保護者の方がやはり、ピアノレッスンで傷つけられた経験をもっていらっしゃる方がいる場合は、相当の配慮が必要です。

現在通っている生徒さんのお母様は、私に子どもの頃の辛かった経験をお話くださいました。お話することすら辛かっただろうなと思うのです。幸いその方は、変わった先の先生がまた音楽の楽しさを感じさせてくださったから、息子さんがピアノをやりたいといったとき、ためらわずに先生選びができた、とおっしゃっていたのです。


kazさんの分岐点になった時の先生、私はピアノが好きで、ピアノが好きな人を増やしたくてピアノの先生をしていなかったんじゃないかな、って思います。専門の道に進んだ人でも、結構傷ついている人多いですからね・・・。

ことなりままっち #QFk3YRjk | URL | 2014/08/30 18:33 | edit

ことなりままっちさま

子どもの頃の体験というのはあると思います。現在は素晴らしい先生と出逢って幸せなレッスンを受けています。でも「先生」という認識は少ない。「音楽家」として僕は自分の先生を捉えています。

子どもの頃の経験、楽器店の社員時代、実際に様々な発表会やセミナーに出かけ、そこで話した先生方、そして先生方の演奏そのもの・・・

いろいろなものがピアノ教師へ対しての辛口の理由になっているような気がします。

僕が書くピアノ教師批判に対して、「え~っ、そうじゃない先生もいるよ~」ということは僕も理解していますが、そのような先生は、あまりネット発信をしないように思います。

kaz #- | URL | 2014/08/31 07:56 | edit

過渡期

おそらく、今は過渡期なのだと思います。
意識の低い指導者は、いなくなることはないでしょうが、全体の底上げは必要だと私は思います。

私はネット歴が比較的長いピアノ教師です。ピアノ教師がこういうふうに発信をするようになったのはつい最近ですから、ブログの記事などについては、「それを、同教室運営に活かすか」というビジョンもないまま、なんとなくブログを書いている先生も多いのではと思います。

真面目な話になると固くなりすぎて、書けない、という方も多いですね。

kazさんは楽器店の社員時代に、講師の意欲の低さなどに幻滅された経験をお持ちですが、私は、同業者としてそういう意欲の低い講師に幻滅して、退社していますから、そういう批判されても誌方がない講師もまだまだいるということはもちろん知っています。
意識は、低い人の周りには低い人が集まってきます。逆も言えますね。

発信をしている意識の高い講師は、kazさんの生活範囲とは違うところにいるし、kazさんに同意しているから、いちいち感想を送ったりしないのだと思いますよ。

ことなりままっち #QFk3YRjk | URL | 2014/09/02 15:40 | edit

ことなりままっちさま

なんとなくブログを書いている教師の方、結構多いのかもしれません。実名のブログなので、書くのも難しいのでしょうが・・・

kaz #- | URL | 2014/09/03 14:04 | edit

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