ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ニューヨーク宣言 

 

「ダメじゃないか!泣いたらダメじゃないか!君は生きなければダメじゃないか!」

抗癌剤での治療が最も辛い時、僕は彼のいるニューヨークへ行った。髪も抜けていたし、辛くてどうにかなりそうだった。

「こんなに辛いんなら死んだ方がマシだよ」そう言った僕に彼は言った・・・

今、ニューヨークにいる。49歳の誕生日をここで迎えたかったからだ。あの時は何年も生きられるとは思わなかった。でも僕は生きている。そして49歳になる。

「生きなければダメじゃないか!」そう言って支えてくれた彼は癌で亡くなってしまった。

「僕はもう死ぬんだ。でも後悔はないんだ。やりたいことは全部やった。幸せな人生だったよ。今はとても穏やかな気持ちだ。kazは僕の分まで生きて欲しい。辛くても諦めずにね。さようなら・・・君と知り合えてよかったよ、じゃあ・・・」

彼の最後の手紙を読んだ時、僕は東京にいた。彼の葬儀には行けなかった。

あれから僕は再再発を経験したり、もう今回こそダメかもと思ったり、そして何度も泣いたりしたけれど、でも生きている。

今日、彼の墓参りをした。「僕はもうすぐ誕生日なんだ。また年齢を重ねられるんだ。健康・・・とは言えないけれど、でも生きて仕事をして、ピアノも弾いている。君の励ましと愛情は決して忘れないよ。50歳を過ぎたら、また報告にくる。僕も死ぬ時には、後悔はない、やりたいことは全部やったと言い切って死にたい。君のようにね・・・」彼にそう言ってきた・・・

「こんなことを言ったら、書いたら~と思われる」とか「~な人と思われる」とか・・・そのように生きていると最後は不幸になるような気がする。後悔するような気がする。

「自分には無理だから・・・どうせ無理だから・・・」こう思っていても不幸になると思う。

ブログで書きたいことを書くなんて、本当に小さな些細なことだけど、でも「~と思われる」と思っていたらブログなんて書けない。

今、僕は日本で師事している先生の他に、海外でもレッスンを受けている。定期的ではないけれど、3人のピアニストのレッスンを受けている。一人はサンノゼ、もう一人はサンフランシスコとニューヨーク、そしてもう一人はロンドンとニューヨークに住居(レッスン室)がある。皆それぞれ世界中で演奏しているので、サンノゼ、サンフランシスコ、ロンドン、ニューヨークに誰かがいれば(つまり自宅にいれば)僕の予定と照らし合わせて僕はレッスンを受けにくる。こんな大胆なことを実行できたのは実は病気になったからだとも思う。でも病気には感謝なんかしないけれど・・・

今回もレッスンがあるけれど、主な渡米の目的はこちらで誕生日を迎えたかったからだ。49歳という節目はそれほど僕にとっては大きなものなのだ。正直、僕は48歳で死ぬと思っていたから・・・

多くの尊敬する音楽家や友人が48歳で亡くなっている。48歳というのは危険な年齢なのかもしれない。

バリトン歌手のレナード・ウォーレンも48歳で亡くなった。メトロポリタン歌劇場の舞台の上で亡くなった歌手だ。アリアを歌い終えて突然亡くなったのだ。心臓発作で即死だったという・・・

彼が歌っていたメト、実は現在のリンカーンセンターにあるメトではなく、旧メトロポリタン歌劇場だ。その建物は現在はない。でもかつてメトが存在していたブロードウェイ39番街~40番街に行ってみた。現在は何の変哲もないビル街になってしまっているけれど、かつてメトがあった場所に立ってみた。そして目を閉じてみた・・・

時間が流れているのを感じた。他の健康な人と同じように僕にも同じ時間が流れている・・・そう感じた。

目を開ける・・・同じ風景だが、違う空間があった、それまでとは異なる僕がいた。何が違うのだろう、それは分からない。でも旧友の墓前で祈り、旧メトの前で祈って、僕の中の時間が存在した。

「君は生きなければダメじゃないか・・・後悔はしていない・・・」

彼の声が聴こえた。そしてウォーレンの歌声が聴こえた。

いつ死んでも後悔したくない・・・そのように生きたい・・・

ニューヨークでそう思った。

人は必ず死ぬ。死の直前、人は自分の人生を走馬灯のように思い返すのだ。そして多くの人は「まだ死にたくない」と思うのだそうだ。「まだやり残したことがある」と。

僕はそうなりたくない。「やりたいことは全部やった・・・後悔はない」そう言いきって死にたい。彼のように・・・

kaz



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コメント

 

いつも考えさせられるところの多い記事と拝見しております。

>「こんなことを言ったら、書いたら~と思われる」とか「~な人と思われる」とか・・・そのように生きていると最後は不幸になるような気がする。後悔するような気がする。

>「自分には無理だから・・・どうせ無理だから・・・」こう思っていても不幸になると思う。

いちいちコメントなどしないものなのでしょうが、深く共感しましたので、コメントいたしました。共感しておいて、コメントしないのはなにか違うように思われました。

we are all same insideとこの記事、知らずに涙が流れていました。

ありがとうございます。


hanasaku #- | URL | 2014/08/10 13:18 | edit

hanasakuさま

コメントありがとうございます。自分としては好き勝手なことを書き散らかしているだけなんですよね、このブログ。共感してくださる方がいると、とても嬉しいです。

kaz #- | URL | 2014/08/10 21:17 | edit

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