ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

僕がピアノを再開した理由 

 

ピアノを再開したのは、やはり病気ということが大きな理由だが、すぐにピアノを弾き始めたわけではなかった。実際、宣告されてから実務的な忙しさがあった。入院、そして手術・・・

大変だったけれど、でも医療従事者に守られているという安心感があった。本当に不安になったのは退院して自宅で一人になった時。手術をしたのだから以前よりも健康になったはずなのに、灰色の不安感が心を覆い尽くした。そして「一人きりなんだ、この問題は自分で解決していかなければいけないんだ」という思いに圧倒された。親族に医療関係者がいて、その部分では心強いところもあったが、根本的なところは自分で対処していかなければならない。

僕はピアノに助けを求めたのだ。ピアノを再開したのは圧倒的な孤独感からだったとも言える。

そんな時、モリッツ・ローゼンタールの演奏を聴いた。彼の演奏は子供の頃から聴いていたけれど、それは切なくなるような、ロマンの極致とも言える晩年の演奏だった。録音技術の発達の歴史を考えれば、ローゼンタールは晩年でしか録音を残せなかった。

孤独感に圧倒されている時、僕はローゼンタールのピアノロールの録音を聴いた。それまで聴いていた彼の録音よりも、ずっと若い頃の録音。このピアノロールの演奏が直接的なピアノへの再開とつながった。

何といったらいいのだろう?

このピアノロールの演奏は僕のピアノ演奏の概念を変えてしまったと言ってもいいだろうと思う。それまでピアノを弾くうえでの「技術」というものは、現代のピアニストのそれが最も高度なものだと思い違いをしていたところがある。どこか往年のピアニスト、古いピアニストは現代のスターピアニストと比較すれば技術そのものは劣るであろうと・・・

フィギュアスケートのジャンプの進化と同じような感覚をピアノの技巧、技術においても持っていたのだ。かつての僕のような考えを持っている人は多いのではないかと思う。技術の発達というものは、進化していて、現代のピアニストは昔のピアニストよりも少なくても技術は優れていると・・・

ローゼンタールのピアノロールの演奏は、僕のその概念を覆した・・・

絢爛たる彼の技巧、信じられないほどの軽さをも伴った(ここが現代のピアニストに欠けているところ)超絶技巧・・・

「ピアノを弾いてみたい、30年も放置していたけれど、また弾いてみたい、死ぬまでにこのローゼンタールが弾いている曲を弾いてみたい」

姪っ子が弾いていた中古の電子ピアノを譲り受け、ピアノを再開した。姪っ子は「ピアノなんか嫌い」とピアノを辞めてしまったので、売ろうかと考えていたらしいところ、僕が譲り受けた。粗大ごみになるところだったのだ。

モリッツ・ローゼンタールはミクリとリストに師事したピアニスト。いわばショパンの孫弟子、リストの直弟子となるピアニスト。真珠の重なりのような極上の軽いタッチ・・・

「死ぬまでにこの曲を弾いてみたい・・・」

僕はピアノを再開した・・・

kaz



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