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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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古びたものが好き 

 

ピアノのレッスンで、先生から「素晴らしいです」と言われるって、結構珍しいのではないかと思う。他人のレッスン風景を見学したことはないのだが、なんとなくそう思う。むろん、指摘はある。でも全体的には絶賛?

それではレッスンにならないのかな?レッスンとは注意されに行くところ?ダメ出しされに行くところ?少なくとも何かしらを指摘されに行くところで、褒められに行くところではないのだろう。

僕が驚異的に達者なわけではないと思う。おそらく、僕の先生は「古びたものが好き」な先生なのだ。だから僕の演奏から「古びたもの」を感じるのだろう。言葉を変えると、現代の主流の演奏は、先生は、あまりお好きでない。主流の演奏とは、アカデミックな場で評価されるような演奏。コンクール向けの演奏というか・・・

レッスン時間に往年の演奏家について、先生と談笑することはない。でも分かるのだ。僕の先生は古びたものが好き。つまり現代のスター演奏家よりは、往年の巨匠の演奏を好む。

幸か不幸か、僕自身コンクールというものに全く興味はないので、僕は、古びたもの好き傾向で困ることはない。

古びたものが好きで、困ることはないけれど、少々寂しく感じることはある。自分は完全にマイノリティなんだと感じる瞬間だろうか?毎週レッスンがあるわけではないし。

音楽雑誌などでの新譜情報、旬の(?)ピアニストのCDには、ほとんど興味がないので、「ワッ!キャッ!」みたいに心躍ることは少ない。演奏会から遠ざかってしまうというのも寂しい。家で古びた録音を聴いていた方が幸せではある。でも「ワッ!キャッ!」みたいなことにも少しは憧れる。楽しそうだし。

サークルの打ち上げなどでの談笑でも孤独感を味わったりする。「アムラン、凄い!」とか、そのような話題に乗れない自分がいる。たしかに凄いが、心の中で「ワッ!キャッ!」という躍動はないのね。アムランではなく、現代のピアニストでも、スティーヴン・ハフだったら「ワッ!キャッ!」となるのだが、ハフを知っている人って少ないみたいだし・・・

なんとなくママ友の中に迷い込んだ独身のキャリアウーマン・・・みたいな心境?

古びたものって、なんだか「こうあるべき」というものから一切フリーであるような気がする。心地いいのだ。純粋に音楽を味わえるというか?

レッスンの時だけではなく、もう少し「ワッ!キャッ!」と思いたい。古びたものが好きな仲間が、もう少し周囲に増えるといいのに。そう思う。

古びたもの・・・ヴァイオリンのエルマンと、ソプラノのポンセルを本日は紹介したい。

kaz






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いつでも夢を 

 

このブログを読む人は、クラシック、それもピアノが好きな人なのだと思うので、作曲家の吉田正と聞いてもピンとこない人も多いのではないかと思う。今日、6月16日は吉田正に国民栄誉賞が授与された日でもある。

1998年の6月10日、吉田正は亡くなっている。その6日後に授与されている。吉田正の多くのヒット曲は、戦後日本の復興の時代にヒットしている。僕の両親の青春時代と重なるのだと思う。

僕が、もう少し早く生まれていたら、セピア色の記憶というものも随分と変わっていたのではないかと思う。僕は70年の万博の記憶はない。幼稚園児だったから、テレビを観ても記憶に残るということはなかった。セピア色の記憶としては、天地真理とか、ピンクレディーとか。半径1キロという生活範囲を超えて、社会というものに足を踏み入れた頃、記憶に残っているのは、70年代後半、80年代の出来事からということになる。もう聖子ちゃんや明菜の時代になってしまうのだ。携帯もパソコンも生活の中に入っていなかった時代だが、そう今と変わらないという印象だ。マクドナルドやセブンイレブンも普通にあったしね。

これは僕だけかもしれないが、両親の一面しか意識してこなかったような気がしている。親なので、子どもから見た親という一面。「教育する人」「叱る人」というイメージだろうか?「働いている人」というイメージも重なる。でも両親の青春時代というものに想いを馳せることはなかった。彼らにも生々しいまでの青春はあったのだと思う。僕らの世代は両親が支えてきた復興という汁を吸って生きてこられた世代なのかなとも・・・

吉田正の当時のヒット曲は、未知のセピア色を想像させてくれる。そこには、いつでも夢が存在していたような・・・

吉田正は、第2次世界大戦中は、シベリアに勾留されたりして大変だったらしい。こう語っている。「私は一度死んだ身だから、だからこそ希望を歌いたい」

両親の青春時代、それはセピア色の「いつでも夢を」・・・

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「プロになるわけじゃないんだし」とはもう言わない。 

 

「別にプロになるわけじゃないんだし・・・」この言葉は、どうも好きではない。同様に、「趣味なのだからそれなりに楽しければ・・・」この考え方も好きではない。なので、ピアノ教室のコースに、専門コースとか、大人のための趣味コース・・・みたいな分け方があるのも好きではない。どうして分けちゃうのだろう?

サークルなどの練習会、70歳の人が演奏したとする。トツトツとした演奏だったとする。でも音楽やピアノが好きなんだなということが聴き手に伝わってくる演奏だったとする。でも、僕は70歳の人の、その演奏に対して「いいじゃない?別にこれより上手くなろうと頑張らなくたって。今のままでいいじゃない?」とは素直に思えなかったりする。それこそ、プロや音大生ではなくても、心のどこかには「上手くなりたい」という願望は誰にでもあるのではないかと僕は思う。たしかに70歳、トツトツと・・・60歳からピアノを始めました・・・となると、微笑ましいというか、なんとなく好意的には聴く。それはそれで素晴らしい。でも、その人は上達したいんじゃないかなと思うのだ。何歳になろうとも。「これでいいんじゃない?」と上限を切ってしまうのは、ある意味差別なのではないかと。90歳になったら、トツトツではなく、流麗に弾けるかもしれないじゃないか・・・そう思う。何歳だろうと、経験が何年であろうと、憧れるという感情はあるとしたら?

この度リサイタルをする。今月の30日。申し込んで、都合が悪くなりキャンセルした人も、またそうでない人も、ブログのメールフォームから申し込んでくれる際に、一言書いてくれる方が多い。キャンセルの場合は、「実は家族の○○が倒れて・・・」とか、聴きに来てくれる人でも「実は病気を抱えていて、それでもピアノは好きだから弾いていて」みたいなこと。なんだか胸が熱くなる。同時に「そうだよね、弾かずにはいられないよね」とも思う。

プロのように弾きたい?コンクールで入賞するような演奏をしたい?バリバリと難曲を弾きたい?そのような人もいるのかもしれないが、ほとんどの人はそうではないと思う。でも上手くなりたいのだと感じる。大ホールでラフマニノフの3番を弾きたいとか、そのような望みではない。でも上手くはなりたい。プロのように・・・ということとは違うと思う。趣味なので、まぁ、楽しければいいので・・・それとも違う。プロのように、難曲をバリバリと・・・そうではないけれど、楽しいとか、それ以上に望むものがある。上手くなりたい・・・

音楽、演奏とはそのようなものかもしれない。憧れを追い続ける。一生追い続ける。

ここに登場するピアノ弾き、おそらくアマチュアの方たちなのだろうと思う。ピティナのコンペティションに受かるような演奏ではないような気がする。でも彼らが追い求めているのはピティナ弾きではないはずだ。なんとなく、憧れを追い続けていて、そしてこのような演奏になるのかなと思う。

憧れには到達できるのかな?できないのだと正直思う。到達できたら憧れではなくなってしまうから。でも死ぬ時に後悔はしないのではないかと想像する。そこには追い求め続けたという想い、その人の歴史が残るから。

プロになるわけじゃないんだし・・・では何で今日もピアノに向かうのか?

30日のリサイタル、若干お席があります。少しは宣伝しないと・・・

ここで演奏している人たち。僕にとって、なんだか「憧れを追っている先輩たち」という気がする。

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チキン奏法 

 

今、パリ音楽院の教育に関する本を読んでいる。注目したのは「フォルマシオン・ミュジカル」という概念。大雑把に言うと、総合的ソルフェージュ能力ということになるだろうか?視覚的に音符を読んで鍵盤に移していく、まずはそれをして、つっかかったりしないで弾けるようにする。表現とかは、その後・・・みたいな概念とは正反対のような?

スティーヴン・ハフの曲を勉強していて、彼はピアニストであるだけではなく、音楽家であるのだなということを感じている。これは往年のピアニストたちの演奏を聴いても感じることだ。弾きこなす能力というよりは、総合的な魅力?音楽そのものの魅力を感じるというか?

ピアノ仲間に驚かれることがある。それは「なんちゃって弾き」だ。耳コピで「なんちゃって英雄ポロネーズ」とか弾くと、まず驚かれる。記憶を辿ってみると、これは僕の子どもの時からの特技(?)なのだ。教材は「いろおんぷ」なんだけど、聴いた曲を様々な調で弾いたりとか、なんちゃってショパンのワルツを弾いて悦に入ったり。僕の場合、その能力に反比例するかのように読譜力が弱かった。「これはド。じゃあこれは?」「???」みたいな?「なんで分からないの?バカなんじゃない?」みたいな?

たしかに視覚的に読むというのは大切なことだ。ここでつまずくと、先に行けない。練習できないもの。読めないと復讐も予習もできないわけです。サウンドを先に体験してしまうと、きちんと一つ一つの音を視覚的に読んでいくのが、非常に辛くなる。

読譜は大切。これは分かる。教師がなんでも模範演奏をしてしまうと、生徒は努力しなくなる?だから弾かない?耳に依存してしまうから?

日本の音並べ現象、これは音大レベルでの「フォルマシオン・ミュジカル」ということよりも、入門期の読譜ということに原因はないだろうか?僕のような生徒が続出してしまうのも困りものなのだろうが、視覚的に判断して、正しい鍵盤を押して、それなりに曲が進んでいってしまうというのもどうなのだろう?

ピアノを弾かない人は、「おたまじゃくし」を理解して、鍵盤で両手が異なる動きをするということさえ脅威に感じるらしい。たしかに高度な動きなのかもしれないが、「茶碗を片手で持って、もう一方の手で箸を動かすじゃない?」と言いたくなる。そろそろピアノ教育界は、視覚→鍵盤を押す→弾けたら合格・・・みたいな手順を考え直してもいいのではないか?

子どもの頃だったら、合格、つまり先生から丸をもらうということだけでも、ある程度の達成感のようなものはあるのかもしれないが、大人になったらそうではないはずだ。「音並べになってしまう」それは大人再開組のピアノ弾きたちを苦しめている。なんとなくは自分の演奏の問題点を感じることはできる。何を弾いても平坦とか?ではどうしたら・・・

子どもの頃の読譜をそのまま継続していないだろうか?むろん音符は大人だから読める。でも音符ではなく楽譜を読む。大人でも、このことは未経験という人が多く存在しているような気がしてならない。。大人の場合、音並べ演奏の原因を、読譜のまずさということと結びつけないのでは?自分には才能とか、感性が足りないからと勘違いしてしまうことも多そうだ。

視覚的に瞬時に反応して、正しいキーを押す。これだけだったら鶏にもできるらしい。「凄~い!ミスタッチなんかないじゃない?」

視覚的に判断して、ただ正しい音を押す、これができないとピアノは難しいけれど、人間なのだ。鶏と同じでは哀しい。

この弾き方、楽譜の読み方を「チキン奏法」と呼ぶ。我々はチキンではいけない。

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SF物語  「カールの君臨」 

 

3018年、日本のピアニズムは世界からの羨望の的となっていた。100年ほど前までは、メカニカルには高度なものを持っているが、音楽的表現に関しては平坦な印象を与えるなどと日本のピアニズムは世界から評価されていたのだ。それがどうだろう、今ではメカニカルな面だけではなく、圧倒的な表現力をも日本のピアニストたちは備えているのだ。かつてのピアノ王国はロシアだったが、今では日本ということは世界の常識にさえなった。

当たり前のことだが、メジャーな国際ピアノコンクールでも優勝者は日本人ばかりという現象が起こり、国際問題にさえなった。日本人コンテスタントだけは、国内予選を勝ち抜いた僅かの人しか出場できないようになった。それでもメダルを独占してしまう。

日本の音大には世界各国から留学生がやってくるようになった。中国、韓国の学生たち、かつてはアメリカに留学していたものだが、今は日本。あれほど沢山いた日本人留学生は、海外の音楽院からいなくなってしまった。日本国内ですべて学べてしまうのだから。

日本のピアノ教育にも世界は注目した。「どのような教育が行われているのだろう?」欧米から視察に訪れるのも珍しくはなくなった。

「鎖国をしていた国だ。門外不出の秘密の教材があるのでは???」

日本を変えた教材は存在した。それはチェルニー。100年以上昔から、チェルニーは日本でも盛んに使用されていた。でも目的が違っていたのだ。指を強くする、速く動かせるようにする・・・

2050年頃から流れが変わり始めた。「どうして音並べになってしまうのだろう?」という疑問が起こり始めたのだ。いわゆる「日本人の演奏はタイプライターではない運動」だ。「もう無味乾燥とは言わせない運動」とも呼ばれる。

音符ではなく、楽譜を読み取っていくことの重要性が叫ばれるようになった。どんなにシンプルな楽譜でも、曲として体裁を成しているのであれば、起承転結がある。モチーフがあり、フレーズがある。それを導入段階から指導に取り入れる運動が起こった。「弾けるようになったら表現を考えましょう運動」や、「専門に進むわけではないんだから趣味だったら楽しく運動」は下火になっていった。どの教室でも音符ではなく楽譜を読んでいくことの重要性が説かれ、その読み取った音楽の流れを、具体的に音にしていく「弾き方」の重要性も説かれるようになった。

その際、チェルニーは重宝されたのだ。進度的に、どの段階の生徒にもチェルニーは曲を書いている。比較的単純で分かりやすい音楽だ。音並べでしか譜読みのできなかった生徒が「音楽」を読み始めるようになったのは、チェルニーの音楽がシンプルだったからだ。

「チェルニーを曲としてまとめましょう。どう読んでいく?ではどう具体的に弾く?」このように進んでいった。

初めは小さな変化だったのだ。昔だったらフォルテと書いてあれば、「強く」と運動指示的にただ読んでいた生徒が、「ここは盛り上がって聴こえるように弾くわけね。先生、具体的にどうするんですか?」のように変わっていったのだ。

たしかにチェルニーの音楽は、聴いていて感動を誘う種類の音楽ではなかったが、そのシンプルな音楽が故に、多くの日本人が「読み方」「具体的な弾き方」というものに開眼できたのだ。導入期に「読み方と弾き方」を意識しなければ、音並べになってしまうということをピアノ教育界は認識したのだ。

日本のピアノ教育は、チェルニー、さらにバイエルを再認識した。「この段階で読み方と弾き方を教えないと、将来ショパンを弾いてもラヴェルを弾いても音並べになる」と。

日本はピアノ王国となった。秘密の教材、魔法の教材が新しく出現したわけではなかった。日本ピアノ創成期の頃から存在していた教材を使用していただけだ。ただ使用目的が変わった。それが日本をピアノ王国にした。

(現在のところ、これはフィクションです)

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She 

 

トレネ~ワイセンベルク編曲の「4月にパリで」を練習しながら、過去の一場面を思い出したりしていた。

「あの国はね、もうだめなんだよ・・・だめなんだ・・・」ポーランド人の友人はマンハッタンのビル群を見ながら、そう呟いた。彼はポーランドからの移民ということになる。ユダヤ人でもあった。アメリカに渡ったのは、日本でも「ワレサ議長」とか「連帯」とかいう言葉が新聞やテレビニュースで盛んに出ていた頃。

「だめなんだ・・・」その時の彼の表情は、遠くを見つめ、微かに微笑んでいたように思う。そして目を閉じ自分の殻に入り込んでしまった。

その時の僕は、彼の心情を理解できなかった。「祖国を想っているんだろう」ぐらいで。彼は、その時自分を許せなかったのかな・・・と今は思う。自分だけが自由を求めてアメリカにやってきた。そして自由を感じている。自分だけが。おそらく、観光旅行のような気軽な出国ではなかったはずだ。国を捨てる、親族を捨てる・・・彼の場合は年老いた父親をポーランドに残してきている。

「自分の今の自由は愛する祖国と父を裏切ったから存在している・・・」

ワイセンベルクも祖国ブルガリアを捨てた人だ。強制収容所の経験もある。パリの平和な光景を見ながら、やはり思ったのではないだろうか?「あの国はもうだめなんだ・・・」そして「自分だけが自由に生きている・・・」と。

トレネの「4月にパリで」はシャンソンだ。練習しながら、ある曲が頭から離れなくなった。エルヴィス・コステロの「She」という曲。この曲はシャンソン歌手、アズナヴールの曲。コステロはカバーしていることになる。シャンソンつながり・・・ということなのだろうか?だからコステロの「She」が頭から離れない?本家アズナヴールの「She」は頭の中で鳴らないんだよね。どうしてだろう?

この動画の中のコステロの表情なのだと思った。ポーランド人の友人が、マンハッタンの空と摩天楼を見つめながら「あの国はね、もうだめなんだよ・・・」と呟いた時の表情が、歌っている時のコステロの表情と同じなのだ。どこか微かに微笑みながら、瞳を閉じた一瞬に絶望的なまでの哀しみがある。そして微笑みでそれを隠してしまう。自分の殻に閉じこもってしまう。

人間って、本当に哀しい時には微笑むんだ・・・

30日に「4月にパリで」を弾く時には、僕は空想に浸ろうと思う。作話と言ってもいいかもしれない。ワイセンベルクは微笑んだのだ。でも殻には閉じこもらなかった。脱出以来、初めて自分を肯定したのだ。「僕は自由になっていいんだ。僕もパリで幸せになっていいんだ」と。だからトレネのシャンソンをピアノの鍵盤に移したのだと。

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今が一番素敵 

 

年を取るということは、そんなに残念なことなのだろうか?加齢により、若い頃できていたことができなくなる?「ああ、あの頃は私だって・・・」

たしかに身体機能の低下はあるだろう。お肌の水分も減少していくだろう。では、若い頃が華で、あとは萎れていくのが普通なのだろうか?昔は弾けていたパッセージが弾けなくなるとか?若い頃よりは高齢になると全体的に弾けなくなるとか?

今、トリプルアクセルや4回転ジャンプを跳べている人が、50年後も跳べるとは思えない。年を取れば、短距離走のタイムも若い頃よりは落ちているのが普通の人間だろう。

でも年齢を重ねて素敵になっていく人もいる。

僕はニール・セダカが好きなんですね。1950年代、今は「オールディーズ」と呼ばれる音楽を歌っていた頃、人気絶頂だった頃、その頃の彼の歌を聴くと爽やかさを感じる。これは天性のものだったのかと思う。爽やかで、伸びがあって、アメリカンドリームそのままの歌いっぷり。

その後、ニール・セダカは低迷期に入る。彼だけではなく、いわゆるオールディーズ系の歌手たちはニール・セダカと同じ運命をたどった。主流の音楽の傾向が変わっていってしまったのだ。オールディーズそのものが停滞してしまった。

アイドルとしての人気が下降して・・・というのとは違う苦しさがあったのではないかと想像する。自分の愛した音楽そのものが忘れ去られようとしているという無念さというのかな、それを感じたのではないだろうか?ニール・セダカは、懐メロ歌手という位置づけになった時期もあった。

10年以上苦しい時期が続いたという。そしてカムバック。自分自身の苦しかった時期を歌った「雨に微笑みを」が全米チャートの1位になった。記録的なことよりも、苦しかった時期さえ、肯定的に歌い上げているところが凄い。個人的には人気絶頂のイケイケ時代(?)の頃のニール・セダカよりも素敵だと感じる。

そして今。1970年代の「雨に微笑みを」の頃よりも、さらに素敵になっていると思うのだが、どうだろう?

今が一番素敵、そんな人もいるように思う。

それにしても、ニール・セダカってピアノが上手い。もともとはクラシックのピアニストを目指していたらしい。たしか、ジュリアード音楽院のピアノ科を卒業していたと記憶している。

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選曲における難易度問題 

 

発表会の選曲で、よく話題になるのが曲の難易度。身の丈選曲をするのか、少々背伸びをしても好きな曲を弾くのか?そもそも難易度とは?全音ピアノピースの難易度、AとかDとか?つまり楽譜密度ということなのだろうか?いわゆる白い楽譜と黒い楽譜。そのような意味では、メンデルゾーンの無言歌集の中の一曲よりも、リスト編曲の「タンホイザー序曲」の方が難易度は高いのだろう。そこまで極端ではないにしても、ショパンのノクターンとバラードでは難易度は異なるので、無難に弾きたいのだったら、ノクターンにしておいた方がいいのだろうか?

「ラ・カンパネラ」を弾いて見事に撃沈したとする。どうしても弾きたい曲だった。憧れの曲だったし。「ああ、私には難易度が高すぎたのね。シューマンのトロイメライあたりの曲にしておけばよかったのかな?」

単純に準備の煩雑さという意味では「トロイメライ」よりも「ラ・カンパネラ」の方が大変ではあろう。音符多いしね。でもこの「黒い楽譜は大変」的な感覚って、どこか荷造りに似ているような?「パラグアイに三週間出張します」という場合と、「箱根に一泊旅行します」という場合では、荷造りの難易度が異なる。なんとなくこれと似ているような?

黒い楽譜の曲で失敗してしまった。弾きなおしをしたり、止まったリしてしまった。この場合、白い楽譜、つまり「ラ・カンパネラ」ではなく「トロイメライ」を弾いていたら、聴き手はその「トロイメライ」の演奏の魅力に魅了され、「えっ?なんて素敵な演奏なのかしら?」と思ってくれただろうか?そんな保障もないような?これは曲の荷造り的難易度の問題なのだろうか?

「いや、それは完成度の問題でしょ」完成度って、そもそも何?表面上ツラツラとミスなく弾けるということ?それだったら黒い楽譜は難しいよね。でもツラツラ・・・がピアノを弾いたり、発表会に出演する目的ではないような?

シンプルな楽譜の曲って実は難しい。これはよく言われる。その人のすべてが出てしまう・・・みたいな?では黒い楽譜の曲は、そのすべてが出ないような曲ということになるのだろうか?欠点を派手なパッセージが隠してくれる?アンチエイジングの魔法のクリームではないのだ。「あっ、シミが隠れてる」「皺が目立たないじゃない?」・・・「だってプラセンタ原液ですから!」黒い楽譜の曲って、これと同じ?欠点を目立たなくしてくれる?なんだか違うのでは?

シンプルな曲であれば、余裕を持って演奏できる・・・荷造り感覚ではそうだろう。でも自問自答してみる。「ラ・カンパネラ」よりも「トロイメライ」は簡単か?言葉を変える。難易度を落とせば、その曲を音楽的に、表現豊かに、聴き手のテンションを集められるような演奏が可能になるのだろうか?反対に、難易度が高くなれば、つまり「タンホイザー序曲」のほうが、無言歌の「ベニスのゴンドラの歌」よりも、演奏者の欠点を隠してくれるのだろうか?皺を目立たなくさせてくれる?

難易度談義(?)をここまでしてきて、気づいたことがある。

何を弾くかなのだろうか?どう弾くかではないのか・・・と。

往年の巨匠、フリードマンの演奏。彼の「タンホイザー序曲」から欠点隠しという要素は感じられない。また、彼のメンデルスゾーンからも、ここまで難易度を落とせば余裕よね・・・みたいな要素も感じない。

どう弾くか、楽譜から音にしていく、演奏という行為にしていく。「何の曲を」よりは「どう弾くか」が重要かもしれない。

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残酷な憧れ 

 

考えてみれば不思議だったのだ。母は何故ファリャの「火祭りの踊り」という曲を知っていたのだろう?何故ルービンシュタインというピアニストを知っていたのだろう?何故チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が好きだったのだろう?

母の幼少時代は戦時中だった。娘時代は戦後の混乱期だった。祖父母が特に西洋音楽を愛好していたという話は聞いていないし、母の姉妹のだれかがピアノを習っていたということも聞いていない。

それは盛大な花火のようだった。東京の空が真っ赤に染まっているのを母は疎開先で見た。「お父さんもお母さんも、おそらくダメだよ。これからは自分で生きていくんだよ」叔母の言葉が耳に突き刺さる。幸い祖父母は健在で、家も焼けずに残った。姉妹も多く、家族で混乱期を助け合って生きていたのだろう。特別裕福でもなかったと思うが、特別貧しかったわけでもない。でも家族で西洋のクラシック音楽を親しむという習慣はなかった。それは当時の日本の家庭では、どこもそうだっただろうと思う。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は有名な曲だ。クラシック音楽に親しんでいなくても、知っていて当然の曲だったのだろうか?「火祭りの踊り」や「英雄ポロネーズ」は?たしかに有名な曲だが・・・

アメリカ映画「カーネギーホール」は1952年、日本でも封切られた。本国よりも5年遅れの公開だが、当時の日本では、世界のスター、巨匠の演奏を聴ける映画としてヒットしたらしい。檜舞台、カーネギーホールで演奏するスターたち。アルトゥール・ルービンシュタイン、リリー・ポンス、ヤッシャ・ハイフェッツたちが銀幕で演奏を披露した。昭和27年、おそらくクラシックの演奏会そのものも、一般の人々には遠かった時代のかもしれない。それが、いきなりハイフェッツ・・・

むろん映画ではある。生演奏ではない。でも当時の日本人を震撼、そして感動させたことは想像できる。クラシックファンでなくても、日頃そのようなものとは無縁でも、映画なので多くの人が「カーネギーホール」を観たのだろう。

母は映画「カーネギーホール」を観たのではないだろうか?なのでルービンシュタイン、ハイフェッツ・・・

当時、この映画を観てクラシック音楽の素晴らしさに目覚めた人は多かったと思う。中には「自分でもこの世界に入っていきたい」「楽器が演奏できだら・・・」「ピアノがあったら・・・」そう感じた人もいただろう。

現在のように、ピアノなど習い事として一般的ではなかった。それこそ「お大臣の家」でなければピアノを弾くなど、ありえなかった、すくなくとも一般の感覚ではそうだったのではないかと想像する。習いたいのに、弾きたいのに諦めるという感覚すらなかったのかもしれない。

クラシック音楽なんて特別な人たちのもの・・・ましてや自分も楽器を弾くなんて・・・

爆発しそうなほどの憧れを、当時の人はどのようにして処理していたのだろう?これは僕の想像の範囲を超えてしまう。

レッスンに通う、練習をする、サークルで演奏する、どこか当たり前に思ってしまう。でも当たり前ではなかった時代もあったのだ。

昭和27年、考えようによっては、この演奏は残酷なものだったのかもしれない。同時に、今という時間を生きているという恍惚感をも感じる。

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ショパンを弾くならロッシーニ 

 

ショパンはベルカントオペラを好んだらしい。ベルカントオペラ、筆頭はベッリーニということになるだろう。たしかに、カラスの歌唱によるベッリーニのアリアなどを聴くと、ショパンとの共通点を感じたりはする。「ああ、歌・・・」のような?

あとショパンはロッシーニのオペラも好んだという。ピアノの詩人ショパンがロッシーニ?なんとなくベッリーニのようにはつながらないような?青白きショパンとロッシーニ?

ショパンって、歌う箇所はベッリーニかもしれないが、埋め草的華やかパッセージは、もしかしたらロッシーニなのかもしれない。バラードの第1番。主題のメロディーなどは、たしかに「ベルカント~、歌~」なのだが、小節内の音符密度が濃くなる、黒くなるパッセージ部分はロッシーニっぽい。ショパンの歌も難しいけれど、どこか重厚感バリバリで弾けないような、軽やかさ、艶やかさを求められるようなパッセージ群も至難なのではないかと思う。バラードもだし、アンダンテ・スピアナート付きの大ポロネーズなども細かなパッセージが非常に難しい。パッセージそのものの困難さが、歌部分とのアンバランスさを感じさせてしまう演奏になってしまう。「まあまあきれいに歌えてたけど、いきなりパッセージ部分でハノンみたいになってしまう」というところが悩ましい。

重厚感、重さを感じさせてしまったら破壊されてしまうようなパッセージ。これは難しい。どこかバリバリよりは、コロコロという色合いが欲しいところだ。これって声楽のアジリタの技術そのものではないだろうか?コロラトゥーラソプラノがコロコロと転がす。そこに軽さ、敏捷性がある。そんなイメージかな?アジリタ、つまり英語のアジリティ。敏捷性とか、機敏とか、そのような感じだろうか?

ソファミレドという下降形パッセージ、ポジションをバタバタと動かしてしまうと、ソ・ファ・ミ・レ・ド・・・と聴こえてきてしまう。滑らかさ、軽やかさに欠ける。同じポジションで軸を細くするようなイメージだろうか?フィギュアスケートの質のいいジャンプのような?大振りだと美しいジャンプにはならない。アジリタはそれにちょっと似ているかもしれない。バタバタしたらおしまい・・・

ロッシーニのオペラを聴いていて気づいたことがある。ロッシーニって素直でない。下降形でソファミレド・・・これだけでも素早く敏捷に歌うのは大変なのに、ロッシーニはバリアンテ系パッセージが好きみたいなのだ。ソファミレドと素直でなく、ソファレミドとか。ソからオクターブ下がってソソシレドとかね。ピアノだと簡単だが歌だとこれは難しい。

有名歌手たちも、この「素直でないロッシーニ」には苦労するようだ。女性歌手だとマリリン・ホーンのアジリタは素晴らしい。一般的に男性歌手の方が女性歌手よりもアジリタは苦手な人が多いように思う。どうしても勇壮華麗に、つまり重くなってしまう。

そよ風のように、軽々と舞うように、至難パッセージを歌いこなす男性テノールがいた。まだご存命だが、91歳なので当然今は舞台では歌っていないけれど、ペルー出身のルイジ・アルヴァという歌手のアジリタは凄いものがある。

油の上で歌っている・・・変な表現だが、そう感じる。スムーズなんですね。ルイジ・アルヴァのこの技法(秘法?)は、ショパンのパッセージを弾く上で、とても参考になるような気がする。

「あの、私、弾くのであって、歌うわけでないんですけど?」

それは勿体ない。

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ベルカント奏法 

 

歌であれば必ずブレスがある。弦楽器にもある。アップ・ボウ、ダウン・ボウ、どちらかだけで弾き続けることはできない。ピアノって歌や弦楽器と比較すると、音の出る仕組み、あるいは、その体感というものが非常に間接的な楽器なのかもしれない。押せば鳴るし・・・

このようなピアノ性質(?)から、大雑把に楽譜を(音符を)読んで、大雑把にタッチしても、一応の曲(というか音)は出てくる。でも「なんだかな・・・」とは思う。ここで悩んでいる人は相当多そうだ。押せば鳴ってしまうゆえの難しさでしょうか?

ピアノ弾きは、沢山の音を読むので、「音読み」には慣れているけれど、「楽譜読み」には慣れていないという傾向があるのかもしれない。偉大な歌手を聴いてみる。しかも楽譜と一緒に。例えばマリア・カラスのような歌手。カラスの声って美声ではないなどと言われる。個人的には好きな声だが、でも馴染めない人の気持ちも分かる。フレーニやテバルディのような「誰が聴いても美しい」という声とは違うから。ショパンを弾くのでベッリーニを聴いている。

「ああ、なんということだろう・・・ここまで楽譜を読み込む人が過去に存在していたなんて・・・」

長い音符、音の高低、休符の意味、なぜにそこは等分ではなく3連符なのか、すべてが読み取られている。僕の譜読みなどザルのようなものだ。

ザルのようでも、聴き込んでいくうちに、音だけを読んでいけばいいのではなく、そこに「音楽語」のようなものが潜んでいるのが、おぼろげながら感じられるようになってくる。

その先の課題として、ピアノの場合であれば、鍵盤上でどうするかという課題が出てくる。楽譜読みの法則と奏法というものは、おそらく切り離せない。楽譜を逸脱しない、これは無味乾燥、なんだかお手本みたいということには基本的にはつながらない。音楽的に聴こえないのは、楽譜を読んでいないから。楽譜なしに自分の感情とか、そのような問題でもないように感じてくる。

マリア・カラスのベッリーニ、ベルカントだよなぁ・・・と思う。ピアノだと、鍵盤を指で舐めているような?バタバタせずに・・・

ベルカント弾きの場合、ビーム光線を指先から発しているような感じで鍵盤を押す。タッチポイントを狙うのだが、鍵盤の底までは到達すると思う。結果的には。片手の指先で大きめのビーチボールを拾う感じ?あるいは平均台や綱渡りのイメージ。足底に力が集まるというか、意識が集中される。幼児が嬉しそうに飛び跳ねながら歩くというイメージとは正反対のイメージ。幼児歩き弾きだとバタバタしてしまう。平均台から落下しちゃうよね。腕弾きだと、どうもこの「幼児歩き」のバタバタ感が出てしまうように思う。打鍵は上の方からノンコントロールになりやすいように思う。リンゴが枝から落ちる的な重力奏法?意思のない重力奏法の一つにハイフィンガー奏法も含まれるのではないか?上から下に意思のない重力でバシンと弾くことになるから。これではどんなに心を込めても、感情を込めても同じ音の連続になってしまう気がする。

それにしても、具体的な弾き方のようなものを文章にするというのは難しい。僕の説明では人に伝わっているとも思えないな。

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フランツ・リスト ピアノ教室 発表会 

 

ジロティの高弟にはアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルがいる。そうなると、ロシア派というのだろうか、雄大なるロシア奏法の系図の大元締めみたいな?個人的にはロシアとか、ロシア奏法とかよりも、リストの高弟という意味をジロティの演奏や作品から感じる。

リストって、派手派手で軽薄・・・みたいな恐ろしき偏見のようなものも、あるような気がするが、弟子たちの演奏を聴く限り、ロマン溢れる抒情的な演奏をしていたのではないかと想像する。リストの弟子たちの演奏、ラモンドのような歌唱性、抒情性、あとはライゼナウアー、ローゼンタールなどに顕著に感じられるタッチ感の軽さ。

このバリバリではなく、コロコロというタッチ感、非常に軽い質感のタッチ、これはリストというよりは、ショパン系図のミクリ門下のピアニストたちの特徴とされているようだ。たしかにローゼンタールはミクリ門下のピアニストでもある。そしてローゼンタールの演奏を特徴づけているのは、やはりコロコロ・・・なのだ。でもコロコロはミクリとかリスト・・・と限定しなくても、この時代のピアニストたちの特徴とも思える。

美的感覚が現在とは異なっていたのかもしれないが、それよりも楽器が異なっていたのではないかと思う。非常に軽いタッチ、軽いというよりは、タッチポイントが浅めに設定してあり、しかも微妙な反応をする場所が、今の新品のピアノよりは狭い。このようなピアノって、僕のような凡人奏者には非常に弾きにくいはずだ。「えっ?全部フォルテなんですけど・・・」みたいな?コントロールしようとする以前に音が盛大に鳴ってしまう?こんなはずではピアノ?

卓越した奏者(リスト門下生のように?)であれば、最小限の動き、労力で絶大なる効果を出せたピアノ・・・だったのではないかと想像する。

「フランツ・リスト ピアノ教室 発表会」 指導フランツ・リスト先生

1 フレデリック・ラモンド君  「愛の夢」 師匠の有名曲に挑戦します。情感たっぷりに弾きたいです。
2 アルフレッド・ライゼナウアー君  「乙女の願い」 ショパン~師匠編曲のこの曲で、コロコロを実践したいです。
3 モリッツ・ローゼンタール君  ショパン エチュードOp.25-6 コロコロに関してはライゼナウアー君には負けない。

kaz








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ジロティの「白鳥」 

 

ジロティの録音は少しだが残っている。控えめな性格だったのだろうか、時代的な事を考えると、もう少し録音が残されていてもいいように思う。

これは、まるで遊び弾きのような?師匠の曲から始まり、グノーの「ファウスト」のアリアなどを交えて、従弟の曲まで自由な感覚で演奏している。「ため息」など、リストの時代には、このように演奏されていたのだと想像すると、なんだか楽しい。というよりは、震えるような感覚を覚える。実に詩的な演奏であるように感じる。職業ピアニストの演奏というよりは「音楽家なんですね」という演奏。

ジロティのトランスクリプション、演奏効果を狙ってというよりは、なんとなくシンプルな感じだ。派手系の編曲ではないので、現在は、あまり演奏されないのだろうか?個人的な感想だが、フィオレンティーノがジロティの精神を引継いだような編曲を残しているように思うがどうなのだろう?断片的なジロティの演奏からも、歌という要素を感じる。そこがフィオレンティーノと共通しているような?むろん、○○奏法とか○○派という意味では二人は異なるフィールドにいるのだろうが・・・

サン=サーンスの「白鳥」この曲のピアノへのトランスクリプションは圧倒的にゴドフスキーのものが有名だ。個人的には、ゴドフスキーの「白鳥」は実にロマンティックで素敵だと思う。実はジロティも「白鳥」を編曲している。

やはり、ジロティ版の「白鳥」はシンプルだ。従弟であるラフマニノフが従兄のトランスクリプションを録音している。二人の信頼関係というのかな、愛情というのかな、そんなものを感じる。

極限までにシンプルな編曲なので、ラフマニノフのトーンの美しさが際立って聴こえるような気がする。

kaz






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いい人・・・ジロティ 

 

アレクサンドル・ジロティの代表作って何だろう?そもそもジロティは知られているのか?バッハ~ジロティの「プレリュード ロ短調」が中では知られているだろうか?もはや編曲ではなくジロティのオリジナル作品に聴こえてくる。たった見開き2ページの実にシンプルな楽譜。リピートの際、内声を浮き出していくところが難しそうだ。楽譜には「リピートの際は、ここを出してね!」なんて書いていないから。シンプルな曲は演奏が困難、この曲はその代表格ではなかろうか?

でも、この曲以外でのジロティ情報って、あまり知られていないような?この人はラフマニノフの従兄でもあった。彼にピアノを教えてもいる。ジロティはリストの高弟でもあった。師匠のリスト、同門のザウアー、ローゼンタール、フリードハイムなどと共に、リスト門下集合写真に写っている。この時代の常として、ジロティはピアニストでもあったが、指揮者、作曲家でもあった。従弟のピアノ協奏曲第2番の初演の際、指揮を担当している。

ラフマニノフの最も有名なピアノ曲、おそらく「プレリュード 鐘」ではないかと思う。モスクワ音楽院卒業後、19歳の時書いた若書きの作品だ。この曲はラフマニノフの代名詞ともなった。実際にアメリカでラフマニノフは、この曲を演奏しなければ、演奏会を終了できなかったらしい。客席から「Cマイナー!」と掛け声が叫ばれるほどだったらしい。

もともとは、従兄であるジロティが、欧州や米国などの西側で演奏した時に、この「鐘」を演奏し、有名になっていったという経緯がある。

ここで疑問。ジロティは従弟であるラフマニノフに対して嫉妬のようなものはなかったのだろうか?二人の年齢差は10歳。ジロティとしては、「もしかしたら作曲家としても、ピアニストとしても自分を超えていくかもしれない」と感じていたかもしれない。実際に知名度ということだけを考えると、従弟は従兄を完全に超えているように思える。

でも、ジロティという人は、類まれな「いい人」だったらしい。ラフマニノフ関係の書籍などを読んでみても、そのことが伺える。凡人が感じるような嫉妬はなかったと想像する。むろん、ジロティにもラフマニノフにも直接お会いしたことはないわけで、真相は分からないと言えばそうだが、でもバッハ~ジロティの「プレリュード ロ短調」などを聴くと、ジロティの純粋なる魂のようなものを想像してしまう。

従弟の「鐘」という曲に対しても、未来を拓く曲という認識があったのではないかと思う。なので自ら演奏し、世界に広めた・・・

kaz






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長所を伸ばす、そのためには自分の長所を認める 

 

日本の10代の少女たち、自分の容姿に自信のある人は、全体の7パーセントなのだそうだ。容姿に自信がある、言葉を変えれば、自分の容姿が好きな人ということになるだろうか?この7パーセントという数値は、世界の中で最も低いのだそうだ。

自分の容姿が好き、これには自己肯定感が必要なのだろうと思う。「私の長所はここだから・・・」と自分を認められる人。たった7パーセントという数値、なんだか他人事ながら、泣きたくなってしまう気分だ。

一応、自分を低く評価しておく、これは日本社会を生きていくための術なのかもしれない。「まっ、あれで・・・」とか思われたくない。言われたくない。「私って美しくないから」「私なんて・・・」こう言っておけば安心なのかもしれない。

ピアノも同じかなと思った。「まだまだ弾けてないので」「まだ初心者なので」「私の拙い演奏は置いておいて・・・」等々。自分の演奏を下げておかないと何を言われるか分からない?

できないところ、至らないところ、欠点を直していく。自分に厳しく。それが上達への道。ピアノだけではなく、このような方向性は日本の教育の特徴なのかもしれない。逆発想してみたらどうだろう?「私の長所って?」

欠点を修正していくことも大切なのかもしれないが、ダメダメダメな自分をいつも見つめているだけよりは、素晴らしい自分を肯定して、その長所を伸ばし、増やしていくという考えはどうだろう?心ない人から「まっ、生意気」とか「何様のつもりなのかしらね」などと言われたり、書かれたりするかもしれないが、それがどうだと言うのだろう。そのような人たちは、あなたの人生に責任があるわけではない。自分の人生に責任があるのは自分だけ。自分のことを好きになれると楽しいような気はする。

いきなり自分のリサイタルのことになるけれど、今月30日のリサイタル、残席は、あと9席。つまり、申し込み者数は、すでに51名。もう充分な人数かなとも思う。でも、できるだけ多くの人に聴いてもらいたいという気持ちが正直ある。こう書くと、自分で自分のことを褒めているようだとも感じる。「ただ弾いているとか、そのような演奏ではなく、人の心を動かす何らかの長所が自分の演奏にはある」この自画自賛のような考えを表明してしまうというのは、少なくとも日本ではタブーとされてきたように思う。

他人が言ってくれた、伝えてくれた僕の演奏への褒め言葉、これを自分の宝物にしている。「歌そのもののようなピアノ」「内側から訴えてくるような」「Kazさんて何者ですか?」「泣きながら聴いていました」これは自分の長所なのだろう。むろん、自分の短所も自覚せねばならないが、長所も自覚していいような気がしている。

kaz




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category: リサイタル 2018

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音大ランク分け 

 

音大のランクというものはあるのだろうか?堂々と「一流の音大出身の先生に習うべきです」などといった文章を読んだりすると、ランク分けはあるのかな・・・などと思ったりもする。「地方の音楽短大?レベル低いでしょ?」みたいな?

「あら、そのパンツ素敵ね。どこの?ジバンシーの今年の秋物みたいだけど、ちょっと違うわね。パリで見つけたの?」「実は、これイトーヨーカ堂で1,800円だったの。見て、ウエストなんてゴムなのよ~」「わ~っ、そうは見えないね。楽そう・・・」楽そうと言いながら、ブランド志向の人は悔しいかもしれない。「イトーヨーカドーに負けるなんて!」

音大にもブランド志向はあるのだろうか?ブランド志向というよりは、ブランド依存のようなもの?おそらく難関音大に合格するには、多くの努力と犠牲があったのだと想像する。レッスンも子どもの頃から「Jポップとかアニソンとかを楽しく弾いていきましょうね♡」というレッスンではなかったと思うし、厳しい修行に耐えたという意識も芽生えてくるのかもしれない。「そんな私が○○短大の人よりも生徒が少ない?あの苦労はなんだったの?ふん、○○音大でリサイタル?たいしたことないくせに」みたいな?ある種の特権意識?

この特権意識の根底には、ピアノの場合、「厳しい修行」「絶え間ない基礎訓練」のような苦しい過去を否定したくない、されたくないという強い思いがどこかにあるのではないだろうか?友達と遊んだりすることも諦めて、ハノン、チェルニーを、それこそ泣きながら練習してきたのだ。お遊びでやってきた連中と一緒にしないで欲しい。ましてや、そのような輩より劣っているなんてあり得ない・・・そう思う方があり得ないのかもしれないのに。

この「基礎」という概念、指訓練をワシワシという意味に捉えてしまうと、その根性練習が、「いつかはピアニスト」というものに直結すると信じてしまうのかもしれない。この「基礎」という言葉は非常に影響力がある。アマチュア、特に再開組のブログでよく見かける「私って基礎がないから」「基礎があれば、また違うのかもしれないけど」などの言葉は、「基礎」という言葉の影響力を感じさせる。

ピアノの場合、基礎には二つあるように思う。一つ目は弾きこなす能力。皆が基礎と言っているのは、この部分なのではないかと思う。でも基礎にはもう一つあるような気がする。それは音楽総合能力のようなものの基礎。この能力は、どこか「教えてもらう」的なニュアンスから離れてしまうのかもしれない。でも実際には弾きこなすという能力とリンクしていて、その人の演奏を決定づけているような?「達者に弾きこなしてはいる。でも・・・」この場合、音楽総合能力に欠けているのかもしれない。

リヒテルは、ピアノの手ほどきを父親から受けた。父親はウィーンの音楽院を卒業したピアニストだったのだ。でも幼きリヒテルは、いわゆる基礎練習を否定してしまう。音階練習とかね。「僕はチェルニーを弾いたことがないんだ」

リヒテルが最初に弾いた曲、バイエルとかそのような曲ではなく、ショパンのノクターン、そしてベートーヴェンの「テンペスト」だったそうだ。あとは、オペラのアリアなどを弾きまくっていたらしい。「えっ?いきなりテンペスト?いきなりショパン?」アルゲリッチにも似たような話がある。ある日本人ピアニストとの対談でこう言っていた記憶がある。「3歳でショパンのワルツを弾いていました」「えっ?3歳でショパンのワルツを?」「ええ・・・」

リヒテルもアルゲリッチも早熟というか、神童ではあったのだろう。この神童の要素は、音楽総合能力ではなかったか?なんとなくそう思う。むろん、リヒテルにしてもアルゲリッチにしても、いわゆる「練習」「訓練」というものは積み重ねてきたはずだ。でもそれが「弾きこなし基礎」と「音楽総合基礎」と見事なまでに結合しているのではないか?

音楽総合能力が生まれながらに身についている人、あるいは後から身につけた場合でも、おそらく譜読み→練習→人前での演奏という道を辿る時、最初から理想の音楽、サウンドがあるのではないか?これは一応弾けてから表現を考えるという、よくあるパターンとは正反対のような気がする。

練習の目的も異なってくるような?「こう弾きたいから練習する」のように。プログラム化された練習を淡々とこなしていくというのが練習ではなくなる。「このような音楽をしたいから練習している・・・」

リヒテルは18歳まで、音楽総合能力を自己流で伸ばしてきたのだ。彼の脳内サウンドがそれを導いたのかもしれない。彼はオデッサの歌劇場でコレペティトールになる。ピアニストというよりは、どこか指揮者のような感覚も備わっていたはずだ。

音楽総合能力、これってよくある「ここの教室ではソルフェージュにも力をいれてレッスンしています」ということと同じなのだろうか?あるいは音大の入試にある「聴音」とか「初見」のようなものと同じなのだろうか?聴音で満点だったとしてもリヒテルのように弾けるとは思えないのだが・・・

このソナタ、やさしい部類に入るのだろうね。小学生でも弾いてしまう。ソナチネを弾いたら、これ・・・という人も多かったのでは?でもどう弾いていただろう?リヒテルの演奏、オペラみたいだなと感じる。コレペティ経験が演奏に反映しているのかもしれないが、これは音楽総合能力に関係あるように感じる。随所に「魔笛」のキャラクターが登場してくるような演奏だ。

この曲を弾く段階になったら、「弾きこなし基礎」だけではなく「音楽総合能力」も必要になってくるのではないだろうか?音楽総合能力の必要性が浸透していけば、音大のランク分けなども必要なくなってくるかもしれない。

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