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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

一般人って??? 

 

最近人様のブログを読んでいて、心がザワザワ、ハラハラしてしまうことが続いた。このような文章を読んだ。

「一般人には演奏レベルの細かな違いは分からない」というもの。一般人、それはクラシック音楽と日常生活に接点というものがない人・・・という意味なのだろう。スーパーで「今夜はサバにしようかしら。塩焼き?それとも味噌煮?」と悩んでいる人が、その時にマーラーの深遠さについて考えていることは、まずないだろう。そのようなことを考えずに生活が流れていく人は多いのだろう。サバで迷っている人のすべてが、クラシック音楽の演奏の細かなニュアンスの違いが分からない?そうだろうか?

一般人は、演奏時の、指がはやく動いたりとか、両手で違うことをしたりとか、そのようなことで驚くと。でも演奏の質などのようなものは、そのようなレベルなので、到底感じることなどはできない・・・ということなのだろうか?

「クラシック音楽を極めた私たちには残念なのだが」という文章から、この人がピアノ教師ということが分かった。極めたという言葉を使うというのもなんだか凄いと感じたが、なんとなく「クラシック音楽は一般人には豚に真珠、猫に小判なのよ」と言われているようにも感じてきてしまう。

「いや、いけない」と自分を戒める。人様の文章を否定的に解釈してもいけないのだろうと。おそらくこう言いたいのではないか?クラシック音楽に接点のない一般人である御祖母ちゃん。孫のピアノ演奏を発表会で聴く。「凄いじゃない?指があんなに動いて。あんなに沢山の鍵盤から正しい音を選んでるんでしょ?A子ちゃん、ピアノ上手なのね」みたいな?一般人には演奏レベルの違いはわからない・・・とは、このような状況の事を言っているのでは?そう、好意的に文章は読まなくてはいけないですね。

でも、この文章を書いた人は、ピアノ教師であるので、生徒はいるのだろう。生徒って一般人なのでは?このピアノ教師が人前で演奏するとして、聴き手は一般人なのでは?どのようなスタンスで自分の演奏を磨いていくのだろう?そこは興味深いところだ。

むしろ、指が動いてすごいと感じるのは、ピアノを弾く人なのではないかと。「ワァ、こんな難曲をミスなく、凄い」みたいな感じ方。一般人こそ違うところ、細かなニュアンスを聴くのでは?

クラシック音楽って堅苦しくでつまらない、これは一般人が分からないからではなく、演奏がつまらないからでは?つまり細かなニュアンスを瞬時に感じるから、一般人はクラシック音楽を聴かない・・・

二つの演奏がある。ショスタコーヴィチの「ポルカ」という曲。二人のピアニスト、演奏の方向性というものは著しく異なっていると感じる。一般人は、この違いを感じるのではないか?僕はそう思う。何がどう・・・と説明はできなくても。

どちらのピアニストも固定ファンが存在すると思うので、どちらの演奏を好意的に感じたかは書かない。でも一般人は演奏の細かなニュアンスを感じ取れない、そうは思えない。

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ポーランド国歌 

 

外国の街を歩いていて、例えば、見ず知らずの人とエレベーターに乗り合わせるとする。その時無言でも相手が笑顔になる時がある。無言ではなく「ハイ」とか「チャオ」と言ってくれることも多い。それに比べると、日本人の場合は無言、無表情であることがほとんだ。人とぶつかっても無言とか。これって日本人が不愛想というよりは、愛想の必要さえない平和な国に住んでいるということにもなるのかもしれない。周囲は自分と同じ日本人。外国の場合、様々な人種の人がいて、考え方もそれぞれ・・・みたいなことが前提にあり、「私は危険人物ではないのよ、あなたもでしょ?」的な習慣が身についているのでは?

あるエッセイストの中国留学時代のこと。中国の田舎で何が何でも英語で通そうとする西洋人と遭遇することが多かったらしい。「こんな田舎で英語?あんた、そりゃあ無理ってもんよ」と思い、拙い中国語と英語で通訳をしなければならない状況が何度もあった。その時、通訳したエッセイストにお礼を言った西洋人は皆無だったそうだ。「英語は世界共通語?それはあんたたちの言葉が世界で最も簡単な言語だからでしょ」などと思ったりしたそうだ。西洋人たちの各々の性格が傲慢だったというよりは、英語が通じないという世界を知らな過ぎたということもあったのではないかと思う。

育った環境、国によって植えつけられるものというのは、あるのかもしれない。

被征服民族としてのポーランド人、彼らにとって、そのようなものはあるのだろうか?個人的経験からすると、祖国に対しての愛憎入り混じった複雑な感情・・・というものだろうか?むろん僕の知り合い一人だけでポーランド人を語ることはできないだろうが・・・

パデレフスキのサロンに出入りするのは、もはや音楽家、芸術家だけではなかった。世界の要人のような政治家も出入りしていたと仮定できる。パデレフスキは、一人のピアニストという枠では収まらない国際人となっていた。祖国の首相、兼外務大臣に任命されるのは、ある意味自然なことだったのかもしれない。政治家でピアノの上手な人というのはいるのかもしれないが、ピアニストが一国の首相になった例はパデレフスキが最初で最後かもしれない。

ショパンとパデレフスキ、愛憎混じった複雑な祖国への想いというものは共通していたのかもしれないが、あまりにパデレフスキの場合は、翻弄される祖国を見つめてしまったのかもしれない。

ナチス・ドイツ軍がポーランド侵略、一か月後にはワルシャワ没落。このニュースを知った時、パデレフスキのポーランド魂は震えたのではないかと想像する。

1941年、滞在先の米国でパデレフスキは亡くなった。パデレフスキの個人的友人でもあった、時の合衆国大統領、ルーズベルトの命により、500人の米軍、音楽隊が遺体に付き添い、五番街を行進し、アーリントン墓地に19発の礼砲と共に埋葬されたと言う。これは米国最高の礼をもって行われたということになる。

記憶を辿ってみる。異国の地で共にテレビで観た長野冬季オリンピックだっただろうか?それとも他のスポーツの大会?覚えてはいないのだが、ポーランドの人の友人が「君が代」を聴いて、「なんだか永遠に続くような曲だね」と言った。僕は鋭いなと感じたと共に、ポーランド国歌を聴きたいと思った。友人は「ドンブロフスキかい?僕は好きじゃないんだ」と寂しそうな表情で言った。何か彼の中の、触れてはいけない領域に触れてしまったような気がした。

ポーランドの国家は、通称「ドンブロフスキのマズルカ」と呼ばれているそうだ。リズムは、もろマズルカ。ポーランド人の自尊心さえ感じるほど強烈だ。また歌詞が強烈だ。

「ドンブロフスキかい?僕は好きじゃないんだ」

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category: リサイタル 2018

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被征服民族 

 

リサイタルの後半はショパンの作品。1曲だけパデレフスキの作品を演奏する。「後半はショパン名曲集なのね?」そうなのだが、僕としてはショパン名曲集を演奏するというよりは、ポーランドを弾くという意気込みではある。パデレフスキ作品(ノクターン)はそのために入れたつもりだ。

ポーランド史を簡単にでも調べてみると、もうそれは侵略され続けた歴史でしかない。このような国は珍しいのではないか?ポーランドは常に征服される側の国だったのだ。そのことがポーランドの芸術、この場合はショパンやパデレフスキのピアノ曲となるが、それらのものに「被征服民族」としての何かが反映されているのかもしれない。

そもそもパデレフスキの当時の人気ぶりというのが謎だ。たしかに今風に言えば「イケメン」の部類だったのかもしれない。残されたパデレフスキの録音、たしかにロマンティックで素敵だが、当時の他の偉大なピアニストを超えるほどだったのだろうか?

カリフォルニアに牧場を所有し、ロンドンとパリに家を持っていた。さらにはスイスに別荘(城館と表現すべきか?)を構えた。移動は自家用の鉄道。もちろんグランドピアノ付き。秘書、執事、シェフ、調理師、マッサージ師らもパデレフスキと乗り込み、まるで大名行列のようであったと。聴衆のほとんどが女性で、パデレフスキが舞台に登場しただけで、一種の集団ヒステリーを起こした・・・

現在、これほどのカリスマ的スターがクラシックのピアニストに限定しなくても存在しているだろうか?異常とも思えるような人気ぶり、フィーバーぶり(死語?)は不思議ではある。

パデレフスキが被征服民族の国の人だったからかもしれない。時には地図から消滅してしまうような、危ういポーランドから来た人。当時の分断された世界の人から愛されたのではないだろうか?

現在、パデレフスキの演奏をノイズ承知で聴く人は多くはないかもしれない。パデレフスキ版において名を残しているのみ?唯一現在にも残っているパデレフスキ作品は「メヌエット」だけ・・・みたいな?

いわゆるサロン風小品という曲。この「メヌエット」は多くのピアニストが弾いていたようで、当時でもヒット曲ではあったのだろう。現在ではピアノの発表会でまれに演奏される程度?結構技巧的に難渋な曲なのではないだろうか?簡単に聴こえるかもしれないが・・・

有名なパデレフスキの「メヌエット」だが、個人的にベストの演奏はパデレフスキ本人のものではなく、ラフマニノフの演奏。これは素晴らしい。この一見(一聴?)優雅な「メヌエット」という曲からさえも、何か翻弄され続けた被征服民族としての憤りみたいな感情を聴きとってしまう僕は、どこか変わっているのかもしれない。

パデレフスキが3歳の時。父親が反ロシア分子なのではと、ロシア兵たちがパデレフスキの家に家宅捜査に入った。家中が滅茶滅茶になるほどの荒い捜査ぶりだったと想像できる。隅で震える3歳のパデレフスキ・・・

「お父さんを連れていかないで!」「すぐに帰ってくるんでしょ?」涙ながらにロシア兵に訴えるパデレフスキ。ロシア兵は、この時3歳のパデレフスキをムチで打ったのだ。パデレフスキの肌は裂け、血だらけになった。ロシア兵は高らかに笑いながらムチを打ち続けた・・・

この時パデレフスキは自覚したのではないだろうか?自分たちポーランド人は常に支配される側の人間なのだと・・・

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category: リサイタル 2018

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一流音大 二流音大 三流音大 

 

某所で音大のレベルについての文章を読んだ。「音大とは藝大、桐朋、国立、武蔵野を言う。東京音大などはギリギリ認められるか?でも地方の音大なんて音大ではない」みたいな?このままの言い方ではないけれど、まぁ、こんな感じの内容。あとは、そのような地方の音大出身者がリサイタルをしたり、留学をしたりしていることに関して「○○音大でリサイタル?笑っちゃう!留学?師事した教師だって無名の人ばかり・・・」みたいな?

演奏を出身校によって判断する人っているのか?そうだとすると、そのような人はアマチュアなんて音楽をする人と認めていないのでは?それとも「アマチュアはいいのよ。好き勝手に楽しんで弾いているだけなんだから」と思っているのだろうか?

ジョンは子どもの頃からドイツ文学に親しんでいた。ドイツという国に惹かれていた。生まれ育ったカリフォルニアにはない何かがドイツの言語、文化にはあるような気がしていた。ドイツ語を勉強した。ジョンは大学でドイツ語、ドイツ文化を学んだ。スタンフォード大学は難関校。入学率は5パーセントを切ると言われている。

スタンフォードを卒業したジョンは高校のドイツ語教師になった。自分が学んできたものを後進に伝えるという仕事は誇らしかった。充実し、安定した人生・・・

生徒の答案を採点して夜遅くになったりする。そのような時、ふとジョンは思う。「ああ、最近ピアノ弾けてないなぁ・・・」ジョンは幼い頃からピアノを習っていた。とてもいい先生で、高校教師になってからも、ずっと同じ先生のレッスンを受けていた。その先生は、いわゆる街のピアノ教師。僕はアマチュアのピアノ弾き、趣味でピアノを弾いている。

そう納得しようとするジョンだったが、毎日の生活の中で、音楽、ピアノというものが残酷なまでに心の中に入り込んでくるのを感じていた。心の奥底では「音楽で表現してみたい」という欲求で爆発しそうになっていた。

「ピアノは続けているし、今のままでいいじゃないか?」そう納得させようとした。知人たちもジョンの音楽への想いを知ると、こう言った。「趣味でいいじゃない?ピアニストの夢?だって、あなた音大出てないんでしょ?」

スタンフォード大学は名門だ。でもピアノ専攻ではなかった。「ドイツ語なんてピアニストのキャリアに何の得にもならない。音大?ジュリアード音楽院とか?そのような学校を卒業していないと、お話にもならないのか?」

ジョンは30歳目前だった。自分に正直になろうとすればするほど焦りの気持ちが強くなった。高校教師の人生だっていいじゃないか?そう納得させようとする。でもこの苦しさは何なのだろう?

ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール・・・ジョンでもそのコンクールの名前は知っていた。アメリカでは、かなりのステイタスのあるコンクールだ。ギリギリ年齢制限には引っかからない。「応募してみようか?でもいきなりこんなコンクールなんて壮大すぎる話だろうか?」自問自答してみる。年齢的には今年が最後のチャンスだ。「もし本選にでも残れば、音楽界に接点など何もない僕でも少しは注目されるようになるのだろうか?」

でも僕は全く無名の先生に子どもの頃からピアノを習っているだけだ。何もない。音大なんて出ていないのだから・・・

「だからこそ・・・なんじゃないか?」心の声がそう叫んでいた。「音楽で表現したい、それが僕の夢なんじゃないか?」

無名のアマチュアのピアノ弾きはテキサスにやってきた。コンテスタントの一人として。全く注目されていなかった。世界の有名な音楽院の学生、様々なコンクール経験者、覇者たちの中でジョンは心の声に従った。「表現してみたいんだ。音楽は趣味じゃないんだ。僕のすべてなんだ」

1997年、ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール、ジョン・ナカマツという、それまで全く無名のピアニストが優勝した。

でもジョン・ナカマツは有名音大出身者ではないので、ピアニストではないのだろう。一部の人にとっては・・・

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栄養ドリンク演奏 

 

外国の方って高齢になっても、お元気というか、ピアノ演奏の動画なども結構あるように思うが、日本の方の動画を発見。どうも老人ホームに入居している方のようで、動画撮影時の年齢は85歳ということらしい。

かなり高級なホームなのではないか思う。グランドピアノがあるということもだし、調度品なども高級そうな感じ。

演奏そのものに驚く。とにかく活力がみなぎっているような演奏。

聴き手は演奏を聴いて栄養補給・・・みたいな?

自分は何を疲れているんだろう・・・とも思う。

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スティーヴン・ハフの魅力 2 

 

ハフ作品に限らずだけれど、トランスクリプション作品がどうも好きみたいだ。今回のリサイタルでも意図したわけではないが、自然とトランスクリプション作品が多くなった。弾きたい曲を中心にプログラムを考えると、そうなったという感じだ。

トランスクリプションって、「へぇ、この曲はこんな感じに変わるんだ」的な面白さがある。これってクラシック音楽では珍しいことかも?カバーアルバムを聴く楽しみのような?

作曲家でありピアニスト、つまりコンポーザー・ピアニストたち。ハフとかラフマニノフなど。彼らは他人の曲を譜読みする時、我々と異なるのだろうか?「これはド、ここは二拍で・・・」と視覚的に読んでいくのだろうか?一応つっかえずに弾けてから表現を「つける」のだろうか?

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category: リサイタル 2018

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スティーヴン・ハフの魅力 1 

 

曲目変更の大きな理由としては、アール・ワイルドというピアニストから、ワイセンベルク→スティーヴン・ハフという現代に繋げてみたかったから。「えっ?現在現役のピアニストの作品?」「これも現代の音楽?」みたいな驚きを感じてもらえたらと。ロマンへの郷愁は、ボルトキエヴィチ、ラフマニノフから現在に引き継がれている・・・

スティーヴン・ハフ、海外での知名度と比較すると、日本でのそれは今一つなのかも?そのような意味でも、一人でもハフのファンが増えてくれたらとても嬉しい。

ワイセンベルクと同様、クリスタルな音が魅力なのかな・・・と思う。集中された音のキラキラした連なり。個人的には歌謡性のある、まるで「歌手ですか?」のようなピアニストが好きではある。ワイセンベルクもハフも歌うピアニストであると感じているけれど、音そのものにまず惹かれる。音の長短というよりは、その瞬間の立体的なサウンドの魅力。

ハフのドビュッシーは好き。基本的にフランス近代のピアノ曲は苦手なのだが、ハフの音とドビュッシーは合っているように僕でも思う。

また、アンコールでしか演奏してくれないけれど、コンポーザー・ピアニストとしての魅力を感じるトランスクリプションの演奏も好きだ。

スティーヴン・ハフ、たしか、夏ぐらいに来日するのではなかったか?

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category: リサイタル 2018

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曲目変更について 

 

リサイタル、変更後の曲目です。

2018年 6月30日 (土) 開場 13:30 開演 14:00 入場無料(事前申し込み制)

雑司ヶ谷音楽堂


グラナドス   「ゴイェスカス」 愛と死
バッハ~コルトー  「アリオーソ」

ボルトキエヴィチ  エチュード   Op,15-8
ラフマニノフ~ジロティ  ロマンス  Op,8-2
ラフマニノフ~アール・ワイルド  ヴォカリーズ  Op,34-14
トレネ~ワイセンベルク  「4月にパリで」
チャイコフスキー~パブスト~ハフ   「眠りの森の美女」によるパラフレーズ

休憩

ショパン  華麗なる円舞曲 Op,34-1
       バラード 第1番 Op,23
パデレフスキ  ノクターン Op,16-4
ショパン  アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op,22

変更は前半の最後の2曲となります。

クライスラー~ラフマニノフ  「愛の悲しみ」「愛の喜び」



トレネ~ワイセンベルク  「4月にパリで」
チャイコフスキー~パブスト~ハフ   「眠りの森の美女」によるパラフレーズ

に変更です。

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category: リサイタル 2018

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自分も教師 1955年 「ユール・ネヴァー・ノウ」 

 

初歩からスタートして徐々に難しい曲を弾けるようにしていく。ある特定の曲を練習していく。初めは譜読み状態。でも通せるようにはなっていく。でもなんだか音楽的に弾けてはいない。いつもそう、人前で弾くとミスばかりになってしまうし、それ以前に表現というものがつかない。あんなに練習したのに。才能とか感性がないのかな?いつも不満だ。

でも、まずはきちんと弾けてもいないのに、音楽性とか、そんなこと早いのかな?でも練習しても練習しても上手くならない。パッセージそのものは弾けてくる。でも・・・

そのためにレッスンに通っているのだと思う。音源を聴いたり、書籍を読んだりもする。それは上手くなりたいから。チャラチャラ弾けるようになるだけじゃなく、自分だって人の心を動かす演奏がしたい。アマチュアだからとか、専門教育を受けていないからとか、ブランクがあるからとか、基礎がないからとか、そうではあっても、できれば音楽的な表現を伴って、人の心を動かすような演奏がしたい・・・

練習する、レッスンに通う、本や音源で研究する→上手くなる

自分はどこへ?自分の理想のサウンド。いつ再現できるか分からないし、できないかもしれないけれど、明確な理想サウンドは頭の中に鳴っているだろうか?最大のお手本、それは自分の中の理想サウンドではないだろうか?自分の持っている架空、妄想サウンド、絶対に自分の指では無理と感じるかもしれないが、頭の中だけだったら?

音楽的に弾けない・・・まず自分の理想サウンドがあるだろうか?そこを端折ってはいないだろうか?「いつか弾けてから」ではない。その理想サウンドが、その曲を弾かせているんじゃない?理想サウンドを確認せずに視覚的な譜読みを始めてない?

ディック・ヘイムズという往年の歌手がいる。1940年代、一世を風靡した歌手。柔らかでメロウな歌声で人気があったらしい。そのディック・ヘイムズが1955年に「Rain or Shine」というアルバムを発売した。名曲「ユール・ネヴァー・ノウ」も収録されている。これ以上切なく、哀しく歌うことなんてできるのだろうか・・・そんな歌声だ。

バーブラ・ストライサンドの少女時代、それは幸せ一杯というものでもなかったようだ。「あんたは器量がよくないねぇ・・・女優?バカなこと言ってるんじゃないよ」母親は自分を認めてくれることなんてなかった。「私ってそんなに魅力ない?少しはいいところもあるんじゃない?」

「あのルイスという男、大嫌い。この家から出ていけばいいのに。もう少し大きくなったら私が出ていくんだ」ルイスとはバーブラの義父。この男はバーブラに精神的虐待を与え続けたとされている。

想像の世界、鏡の世界は現実からの逃避になった。薄汚れた場末のブロンクスのアパートではなく、鏡の向こうは素敵な世界。バーブラは鏡に向かって演技をした。王女様、幸せな少女、そこでは何でも手に入った。鏡の中の演技している自分は不幸な少女ではなかった。「私の演技も捨てたもんじゃないかも?」

レコードを聴いて、自分の頭の中に理想サウンドを作った。そして実際に壁に向かってラブソングなどを歌ってみた。「恋とか愛とか、まだ知らないけど、私の歌って捨てたもんじゃないかも?」

演技も歌も誰に習ったわけではない。自分がいいな・・・と感じた要素をインプットしておくのだ。いつでも頭の中で再現できるようにしておく。だって現実の世界はこんなに醜いんだもの。切なく歌いたい。切ないサウンド、理想のサウンド、それを自分は追うのだ。誰も教えてなんてくれないから、自分で追うの。頭の中のサウンドを・・・

1955年、12月29日、バーブラは「ユール・ネヴァー・ノウ」を録音してみた。生まれて初めてマイクの前で歌ってみた。「ちょっと記録を・・・と思ったの」バーブラ・ストライサンド、13歳の時だ。「ユール・ネヴァー・ノウ」とても13歳の少女が選曲するとは思えない曲だ。彼女は自分の脳内サウンドを追ってみて、記録してみたくなったのだと思う。「実際の私ってどう聴こえるんだろう?」

なんだか自分で才能ないのかなぁ・・・音楽的に弾けない・・・まず自分の理想サウンドはあるだろうか?それがなければ追うこともできない。

♪ 「ユール・ネヴァー・ノウ」

あなたは私の想いなんか知らないのね
私がどれほど好きなのかなんて知らない
あなたは気づくべきよ
もう何回も言ったじゃない
百万回、それとももっとたくさん

私の心はあなたと共に去っていった
息をするたび呼ぶのは、あなたの名前
私の愛を証明する方法が他にあるにしても
私にはどうしていいのか分からないの

今のあなたが気づいていないのなら
これからもずっと気づかないままなのね

1955年発売のディック・ヘイムズの「ユール・ネヴァー・ノウ」を13歳のバーブラは聴いたのだろうか?なのでその年の年末に自ら「ユール・ネヴァー・ノウ」を録音してみた。違うかな?

誰もバーブラに演技や歌を教える教師はいなかった。だから自分の理想サウンドを教師とした。それを追った。違うかな?






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歌うメトネル 

 

サンドロ・ルッソの演奏で個人的に最も気に入っているのがメトネルの演奏。メトネルってカプースチンのように、一時ブーム(?)になりそうな予感があったのだが、そうでもなかった?あまり演奏されないような?特にアマチュアの演奏率が少ない?まぁ、難しいのだろう。音も多そうだし。でも真っ黒な楽譜って、腕達者なアマチュアの最も得意とするところではなかったか?ホロヴィッツやシフラのトランスクリプション、アマチュアの動画もあるような感じだが、メトネルは?音は多いが挑戦するほどでもない?

僕もメトネルに関しては「これから開拓する人」という感じで、よくは知らない。でもCDは何枚か所有している。その演奏があまり良くないのかな、いい印象はあまり持っていない。四角く固くベートーヴェンを弾いてみました、眉間に皺でブラームスを弾いてみました的演奏が多いような?あとはアンニュイというか、散漫な音でロシアのサティです・・・のような演奏?

たしかにソナタなど、構成のしっかりした大曲も多いような気もする。「かっちりと正確に弾いてみました」みたいな演奏が多く、ロシアのロマンというものを感じる演奏とは出逢っていなかった。

サンドロ・ルッソのメトネルには歌があった。ロマンがあった。音そのものがベルカントなのね。そこに音の高低、長短、フレーズの微妙な陰影を表出しているので、僕のメトネル像を覆してくれたのだ。

このようなメトネルだったら、もっと知りたいし、聴きたいな・・・と。

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カサロヴァのワルツ 

 

歌うピアニスト、サンドロ・ルッソの紹介を続けたいと思った。毎年のように来日して全国縦断スケジュールをこなすようになり、ピアノの弾き合いの打ち上げでも「サンドロ・ルッソってさ・・・」と名前が出ても「誰それ?」とサンドロさんが言われなくなるように願いながら。

グリゴリー・ギンズブルク編曲作品。ギンズブルクの編曲ものって、やたらマッチョ系のピアニストが弾いたりしている。「ペール・ギュント」とか?「セヴィリアの理髪師」とか?まぁ、そのような華やか、絢爛豪華な作品もあるが、このような作品もある。

ポーランドの作曲家、ロヅィツキという人のオペラをギンズブルクが編曲したもの。何故この曲はあまり演奏されないのだろう?こんなに素敵な曲なのに。じゃあ、お前が弾けよ・・・という感じではありますが・・・

サンドロ・ルッソ・・・もう少しだけ日本でも知名度が上がって欲しいな。

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歌になってしまう人 

 

往年系のピアニストって歌うピアニストが多かったような気がする。現代にも少数派になってしまうのかもしれないが、存在はしていると思う。「あなた、ピアノを弾いているけれど、本当のあなたは歌手なんでしょ?」「あなたは指と鍵盤で歌う人なのね」みたいなピアニスト。0.001秒の絶妙な間・・・それが存在しているピアニスト。

何故だろう?世界的スターピアニスト(特に若手)って「ピアノを弾く人」が多いような?それが流行なのかもしれないし、演奏スタイルというものを偉い人(?)が「こういうものなのですっ!」と決めてしまっているからかもしれない。

メジャーなコンクールでも、コンテスタントたちの演奏って達者だけど、そして音楽的表現も備わっているのかもしれないけれど、皆さん弾く人なんだよね。歌う人って落ちちゃうのかな?

個人的に「あなた、歌っているでしょ?弾いているのではなく歌っちゃってるでしょ?」と感じるピアニスト、セルジオ・フィオレンティーノ、アントニオ・ポンパ=バルディ、ロベルト・ピアナ、ヴァイオリニストだったらナージャ・サレルノ=ソネンバーグ・・・

イタリア系、イタリア人ばかり?やはり歌の国だから?これって偏見?関係はあるかもしれない。あとはイタリア語も関係しているかもしれない。でもポリーニは完全に弾く人だよねぇ・・・

上記の人たち、有名と言えばそうだが、ポリーニのような知名度はない。そこが共通している、やはり昨今の主流の流れというものは、どこか達者系、サクサク系の演奏が持てはやされているのかもしれない。

サンドロ・ルッソ・・・やはりイタリア。この人も今一つの知名度?でも歌うピアニストだなと感じる。

素朴な疑問。オペラに親しめばピアノでも少しは歌えるようになる?

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ピアノを弾く人、ピアノで歌う人 

 

6月30日のリサイタル、変更後の曲、察しのいい方は感づいているかもしれない。

クライスラー~ラフマニノフの変わりに、トレネ~ワイセンベルク「4月にパリで」というシャンソンのトランスクリプションに変更。まずワイセンベルクの編曲がとても素晴らしい。もちろん、ワイセンベルクは亡くなって久しいけれど、でも僕などの世代にとっては、やはり現代のピアニストという印象が強い。昔の人だけではなく、このようなコンポーザー・ピアニストも現代にいたのだ・・・という想いが伝わればと。

ピアニスト=舞台で弾く人・・・みたいなイメージが今は強いが、編曲とか、作曲などもピアニストだって昔はしていたのだ。その伝統を現代に引き継いでいた人もいたのだ。

「へぇ、こんな曲もあるんだ?えっ?ワイセンベルクの編曲?あのワイセンベルク?」みたいな驚き・・・

この動画、貴公子ワイセンベルクの素敵な写真が沢山出てくるので張り付けた。演奏は残念ながら、ワイセンベルク本人のものではなく、アムランのもの。アムランだって悪くはない。技巧だけの人とは、むろん思ってはいない。でもアムランってピアノを弾く人だと感じる。

「ピアニストなんだからピアノを弾くんでしょ?」そうなのだが、ピアノで歌うというピアニストも少数だが現代にも存在する。僕の中のカテゴライズでは、アムランはそこには入らないだけ。

これだけ素敵なトレネのシャンソン、ワイセンベルクの編曲。アムランの演奏、少しサクサクと流麗すぎるように思う。シャンソンなんだからさぁ、もっと・・・

でもアムランの演奏、悪いわけではないのね。でも歌うピアニストではないんだなぁ・・・

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「ラ・メール」 

 

アムランに「in a state of jazz」というCDがある。そこで彼はワイセンベルク作品を演奏している。ソナタとシャルル・トレネが歌ったシャンソンをワイセンベルクが編曲した作品。このワイセンベルク編曲のトレネ作品、最近は演奏される機会も多いように感じる。これはアムランの功績なのではないだろうか?

アムランの演奏、ワイセンベルク編曲作品に限らないのだが、あと少しの魅力、魔力が欲しいような?「何これ?」なんて感じない。素晴らしい出来栄えなのだと思うし、熱狂的アムラン信者が存在しているのも納得な感じではあるのだが、個人的には今一つ夢中にはなれない。嫌いではない。でも好きでもない・・・みたいな?

ワイセンベルクは何故トレネのシャンソンだけを編曲したのだろう?シャンソンの名曲・・・ではなくトレネのシャンソンだけ・・・

シャルル・トレネという特定の歌手にワイセンベルクは何かしらの思い入れがあったのかもしれない。

トレネは一度引退をしている。「もう40年もシャンソンに人生を捧げてきた。他にもしたいことがあるんだ。旅行とか読書、あとは何もしないこととか・・・」

復帰をしたのは1987年。トレネ74歳の時。彼はこう言っている。「僕は永遠に25歳なんだ」「アーティストが舞台を降りるのはお客さんに見放された時」

トレネの代表作「ラ・メール」・・・この動画は1993年のものみたいなので、トレネが80歳ぐらいの時の歌唱なのだと思う。永遠の25歳だねぇ・・・

♪ 海は何もかも包んでくれる。海は愛の歌で僕の心を慰めてくれる

パリがナチスに占領されていた頃、列車から見えた地中海を見たトレネが、トイレットペーパーにサラサラと詞を書いたという逸話が残っている。

トレネのシャンソンって、枯葉舞い散る哀愁のパリではなく、涙にくれる女性でもなく、愛に包まれたシャンソンだったのではないだろうか?ワイセンベルクはブルガリア時代、ユダヤ人ということでナチスの強制収容所に収容されている。故国を抜け出し、他のユダヤ人がそうだったように、彼も世界中を流浪した。拍手に包まれた華やかな人生と共に、漂う寂しさもあったのではないかと想像する。

愛で包み込むようなトレネのシャンソンは、ワイセンベルクの終着点だったのかもしれない。

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ミスター・クリスタル 

 

最近、アナログレコードが復活の兆しなのだそうだ。僕もレコードプレーヤーを持っている。ソニーがレコードの生産を約30年ぶりに復活させたとか?レコードは静かなブームなのかもしれない。たしかにそのような流れは感じる。ディスクユニオンのアナログレコードの売り場も、ぐっと増えているような?

たしかにCDの方が手軽ではあるけれど、レコードにはある種の懐かしさがあるのだ。CD化されていない、懐かしのレコードなど、即買いでしょう・・・となる。ワイセンベルクのラフマニノフの3番のコンチェルト、指揮がバーンスタインのもの。僕にとっては懐かしさで泣きそうになるレコード。もしかしたらCDでも聴けるのかもしれないが、やはりレコードで聴きたい演奏というものはあるのだ。子どもの頃、トキメキながら聴いた感覚も戻ってくる。これはオヤジの郷愁か?

ラフマニノフの3番、個人的な名演はウィリアム・カペルとワイセンベルクのもの。二人に共通していることがある。それはジュリアード音楽院でオルガ・サマロフに師事していること。クリスタルクリアな音、難所になればなるほど自然に弾いてしまう労働力、力感のなさ・・・ここも共通している。ある種のガンバリズムに美点を見出したい人にとっては物足りないのかもしれない。「冷たい」という批評は、このようなことと関連しているのだろうか?必死=美点でもないように思うが・・・

ワイセンベルクの演奏、もしかしたら汗を感じる熱演好きには好まれないのかもしれない。

アナログレコードとは正反対の方向性になるのかもしれないが、パソコンのユーチューブ、これは便利だ。クリック一つで「動くワイセンベルク」と出逢うことができる。ラフマニノフの3番だけでも、色々と聴くことができる。

ワイセンベルクと黒柳徹子、二人が写った写真を見たことがあるのだが、意外なことに身長差というものがなかった。舞台では大きく見えるけれど、もしかしたらワイセンベルクって小柄だった?

鍵盤に触れただけで、楽々とクリスタルクリアな音が舞い散る?そんなことはないのだろうが、聴き手にそう感じさせてしまうような音だった。

kaz




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ミスター・ラフマニノフ 

 

中学生の頃だったと思う。あるピアニストに夢中になった。ラフマニノフの前奏曲集のレコード、特にOp.23-2の演奏が入り込んできた。クリスタルクリアな音質、勇気あるテンポ設定・・・何と言うのだろうか、男前なピアノと感じたのだ。

レコードの演奏に惹かれることは、それまでにもあった。でもその演奏は往年系のピアニスト、例えばホフマンとかローゼンタール、フリードマンのようなピアニスト。でもミスター・ラフマニノフは現役バリバリのピアニストだったのだ。初めて「チケットを買って聴きに行く」と決意したピアニストでもあった。幸いなことに、ミスター・ラフマニノフは親日家であるのか、頻繁に来日していた。

実物のミスター・ラフマニノフは、演奏以上に男前だった。沢山のアンコールを弾いてくれて、その後はサイン会まであった。その後もミスター・ラフマニノフのリサイタルは聴いたけれど、いつもそうだった。沢山のアンコール、そしてサイン会。

その都度、僕はミスター・ラフマニノフのレコードを持参し、ジャケットにサインをしてもらった。握手をしてもらう時、当たり前のことだが、僕と同じ数の指しかなかった。「この手があの演奏をするのか???」ちょっと不思議だったのだ。指が6本あるわけないのにね。僕と同じ・・・というのが信じられなかった。

いつも会場は熱狂的な空気だったと記憶している。

ただし寂しかったことがある。何故か分からないのだが、ミスター・ラフマニノフのリサイタルの批評は、あまり芳しいものではなかったのだ。理由は分からない。弾けすぎるから?硬質なタッチ、クリスタルの粒が舞い散る・・・それの何が気に入らないのだろう?何故か、批評家には受けが良くなかった。

最も傷ついたのが「彼の音楽は冷たさを感じる」という批評。誰が書いたのかは知らない。でもその批評を読み、非常に哀しくなった記憶は鮮明だ。

メカニカルな面が強調されて批評家たちには聴こえたのだろうか?それとも熱狂する聴衆は素人だから?僕にはピアノという楽器の威力を最大限に引き出しているように聴こえた。

ミスター・ラフマニノフは日本の音楽雑誌に掲載された自分の演奏の批評を読んだのだろうか?日本語は読めないにしても、誰かからその内容を知ったのだろうか?熱狂していた会場の聴衆、それだけがミスター・ラフマニノフに伝わっていたと信じたい。

kaz




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バッコフスキー 

 

たしか「オーケストラの少女」というモノクロの古い映画だった。子どもの頃テレビで観た記憶がある。ディアナ・ダービンの印象も強かったけれど、それにも増してストコフスキーの印象が強かった。たしか本人役として出演していたと思う。とにかくゴージャスだったのだ。フィラデルフィア管弦楽団の音もゴージャスだった。ストコフスキー、イケメンというわけでもないのだろうが、独特のオーラがあったように思う。モノクロの画面、テレビを通した粗末なサウンドでもそれを感じた。

ストコフスキーのレコードを買った。たしかバッハ作品のレコード。正確にはバッハ作品をストコフスキーが編曲した作品のレコード。バッハ、音楽室の後ろに肖像画が飾られていたし、名前は知っていた。親が買ってくれた「世界名曲全集」のようなレコードにもバッハの作品はあったように思う。でもバッハ・・・その頃通っていたピアノ教室のお姉さんたちの恐ろしいようなバッハを聴いていたので、とてもレコードを聴く気はしなかったのだ。お姉さんたちが弾いていたのは「インヴェンション」というもののようで、旋律もないし、弾いていてとても苦しそうで、聴いていた僕も苦しくなった。「変な曲だなぁ・・・曲に聴こえないし・・・」

でもストコフスキーのバッハには美しい旋律があった。「天国みたいだ」子どもだった僕はそう感じた。

ある音楽雑誌(おそらく「音楽の友」)だったと思う)を読んでいて、僕の目にパッと「ストコフスキー」という文字が飛び込んできた。「時代遅れ」という文字も飛び込んできた。「昨今のエディションを吟味し、楽譜に忠実であろうとする流れは喜ばしいことだ。かつてのストコフスキー編曲によるバッハ、あんなものはバッハではない。けばけばしく飾り立てた時代遅れのガラクタだ」この通りの言い回しではないが、内容としてはこんな感じだったと思う。

ピアノの先生とか、音楽をよく知っているような人にはストコフスキー編のバッハに心が動いたなんて知られてはいけないのだ・・・子ども心にそう思った。だって雑誌に文章を書くような偉い人がそう言っているんだもの・・・

ストコフスキーがバッハの編曲作品を演奏した時、当時の批評家たちはこう言ったのだそうだ。「こんなものはバッハではない。バッコフスキーじゃないか・・・」

たしかに子どもだった僕には、ストコフスキーのバッハは天国の音楽に聴こえたのだ。でも自分の気持ちを信じずに、偉い人の文章を信じてしまった。

その時、僕は「クラシック音楽って難しいんだな。堅苦しいんだな」・・・そう思った。

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蘊蓄 

 

クラシック音楽は堅苦しいとか、敷居が高いとか言われる。中にはクラシック音楽なんて全く受け付けない、嫌悪感すら感じるという人もいるのかもしれないが、そのような人って少数なのではないかと思ったりもする。

何を、そして誰の演奏を聴いていいのか分からないし、知識もないけれど、たまたま聴いたクラシック音楽の演奏を聴いて「意外といいじゃない?」などと感じる。「少なくとも嫌いじゃない」と。それは、その人にとってクラシック音楽との素敵な出逢いなのだと思う。

「でも君ぃ・・・この演奏はバッハの演奏としてはロマンティック過ぎるよ。バッハでこんな表現はありえない。最近は時代考証という観点も大事にされていてね、こんな演奏ではなくピリオド楽器による○○の演奏を聴くべきだよ」などと自称クラシック通の人から言われたりする。

正直、「うるせえな・・・」とも思うが、専門用語を出され、クラシック通の人からそう言われたら、そんなものかなと思ってしまう。同時に堅苦しいんだな、とか、敷居が高いんだな・・・とも。蘊蓄を傾ける・・・ではなく、蘊蓄をひけらかされてしまった?

自分はどうだろう?ひけらかすことはあるだろうか?クラシックが苦手な知人は周囲に多いけれど、そもそも彼らは音楽の話など僕にはしてこない。こんな場合はどうだろう?サークルの打ち上げ、周囲はピアノ弾きばかり。「フジコ・ヘミングっていいよね?」みたいな話を聞くとする。「ああ、もっと幅広く聴けばいいのにな、彼女の演奏だけではなく・・・」とかは思う。でもそれを言った人に直接返したりはしないと思う。

そもそも僕自身の好みが、いわゆる主流派スター演奏家ではないことが多いので、心の中で「その人もいいけど、有名だけれど、○○という人もいいんだけどな、聴いて欲しいんだけどな」と思うことは非常にしばしばある。このブログを書いている目的の多くは「こんな演奏もあるんだけどな?」という演奏の紹介目的だったりするのだ。あまり主流派というのだろうか、人気スターの動画って登場しないのではないか?ピアノ以外の楽器とか、声楽の演奏だったらスターの動画もあるかもしれないけれど。ピアノだったらホロヴィッツの記事とか、あまり書いていないように思う。

「kazさんはピアニストだったら誰が好きなんですか?」答えられないような質問をされることはある。そのような時は正直に答えてしまう。場の雰囲気、空気を重視して「アルゲリッチとかトリフォノフとか・・・」みたいに相手の好きなピアニスト周辺に合わせたりはしない。その辺の社交性は皆無だと思う。でも「アルゲリッチとかポリーニだけではなく○○という人の演奏を聴くべきだよ」なんて相手に言ったりはしないと思うなぁ・・・

「君ぃ・・・ベートーヴェンだったらフルヴェンの〇年の録音を聴くべきだよ」みたいな「~するべし」みたいな固さって、クラシック特有のものかもしれない。

「僕、天地真理が好きなんだ」「僕は南沙織かな・・・」みたいな好みの違いってある。でも歌謡曲で「そんな人(演奏)ではなく誰それを聴くべきだよ」なんてないような気がする。「都はるみなんてダメだよ。矢代亜紀を聴くべきだよ」なんてないような?それぞれの好みは明確でも、誰それを聴くべしなんて・・・

クラシックの場合、演奏される曲が同じ・・・それが蘊蓄たれる、とか、「~を聴くべき」みたいなものが発生する理由なのだろうか?

「そのようなスターもいいけれど、こんな人もいるんだよ、こんな演奏もあるんだよ」という気持ちは正直強い。だって、日本に招聘される演奏家って同じ人ばかりという気がする。有名で集客できる人。それが当然ということなのかもしれない。でもちょっと寂しい。

サークルの打ち上げでも、例えば往年のピアニストとか、ハイク・メリキャンとか、スティーヴン・ハフとか、そのような人の名前がバンバン飛び出すようになれば、ちょっと僕は嬉しいと思う。でもブログを書く目的がなくなってしまうかなぁ???

ヴァイオリンでの「ヴォカリーズ」・・・むろん、スターであるパールマンも上手いし、ヴェンゲーロフもいい。ピアノ編曲版だけを聴くよりはいいと思う。でもこの人の演奏はどうだろう?ナージャ・サレルノ=ソネンバーグの「ヴォカリーズ」は・・・

ピアノのサークル、弾き合い会の打ち上げで「ナージャの演奏は・・・」みたい会話が普通になったらいい。でもそうなるとブログは書かなくなってしまうな。紹介する喜び、蘊蓄のひけらかし(?)の楽しみがなくなってしまうもの。

この泣き節、泣きっぷり・・・

kaz




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お知らせ 

 

6月30日のリサイタル、申込者が40人になりました。雑司ヶ谷音楽堂ですが、ホールというよりはサロンに近い?でも天井が高く2階席もあるので、「部屋」という感じではないです。ある人に「ライブハウスみたいな感じですか?」と言われたけれど、そうではないと思う。でも一般的なホールとも違うかな。舞台というものがなく、いわゆるフラットな形。椅子を並べるので、キャパシティの変動はこちらで可能。雑司ヶ谷音楽堂で検索してみると、会場の様子が分かると思います。このあたり丸投げで申し訳ありませんが・・・

最大キャパは60席まで可能。ただ舞台と客席が同じ高さなので、60席だとピアノのすぐそばにお客さんがいることになる。誰かにハンカチを持っていてもらって、手に汗を感じたら「ちょっと貸して・・・」ということも可能だし、暗譜が怖い曲は客席の誰かに楽譜を開いておいてもらい、チラ見をする・・・ということも可能ではある。そんなことはしないけどさ。でもそれほどに近い位置になるということだ。

今、迷っているのは、50席用意で理想聴衆数40人プラスアルファにするか、60席用意して50人プラスアルファにするか・・・

年度が替わらないと予定が分からないという人もいる。伺えるか未定なんだけども申し込んでおくという人もいる。無料の演奏会だし、チケットというものも存在しない。ただこのブログのメールフォームから申し込むだけなので、申し込んでも当日は聴きにこられない(こない)という人の人数も想定しなければならない。年度が替わってしばらくしたら、再度キャパをどうするか考えたいです。

今のところ、残席10、あるいは残席20・・・ということになります。60席以上は考えていません。残席情報は都度ブログでお知らせしていきたいと思っています。

曲目ですが、もしかしたら一部変更があるかもしれません、ここも今、迷い中です。変えるとしたら、2部の最後のクライスラー~ラフマニノフの「愛の悲しみ」「愛の喜び」になります。両曲とも譜読みが大変に困難な曲で、やっと弾けるようになった・・・という状態。せっかく弾けるようになったのに、弾かないのは勿体ない・・・という気持ちは非常に強い。

2部はボルトキエヴィチ、ラフマニノフ歌曲のトランスクリプション作品を2曲。ここは変わらないです。その後に「愛の悲しみ」「愛の喜び」と続けると、プログラム的にスッキリするのだと思うけれど、また「譜読みしたのに勿体ない」という気持ちもあるけれど、ラフマニノフ~アール・ワイルドの「ヴォカリーズ」を弾きながら、さらに現代につなげたい・・・と。ボルトキエヴィチ、ラフマニノフ、当時全盛の斬新で現代的な響きとは逆行したようなロマン溢れる作品。「ヴォカリーズ」もそのような作品になると思うが、アール・ワイルド的サウンド(つまりヴォカリーズですね)から、さらに現代につなげたいと・・・

アール・ワイルド版の「ヴォカリーズ」、結構現在では演奏されているみたいだが、かつて清水和音がこの曲を録音した時、まだ楽譜は出版されていなかったのだそうだ。録音するにあたり、清水和音はアール・ワイルド本人から楽譜を送ってもらったらしい。このCDは1985年に録音されているから、当時はアール・ワイルド版「ヴォカリーズ」は未出版だったということになる。割と最近のトランスクリプションなのだ。ある意味現代曲?1985年なんて、クラシック音楽的概念だと、もうほとんど現代なのではないだろうか?

「1985年、それに近い時期に、こんなにロマンティックなサウンドが生み出された・・・」この衝撃的な想いをプログラムに乗せてみようと・・・ラフマニノフに戻るのではなく。

曲を変更するにしても、具体的には現在考え中です。でも、クラシック音楽的概念での現代ピアニスト、あるいは現在存命中、活躍中のピアニストのトランスクリプションを検討中ではあります。このあたりも決定したらブログでお知らせしたいと思っています。

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、もともとは歌曲。母音唱法で歌われる歌曲を「ヴォカリーズ」と言う。つまり「ア~」とか「ウ~」と、歌詞がない。下手な歌手が歌うと「発声練習ですか?」のようになってしまう。でも多くの歌手が歌っていて、それは、あまりにも美しいメロディーだからだと思う。その美しさは「ロマン回帰」をしていたラフマニノフならではと感じる。多くの楽器に編曲されていて、ピアノバージョンだけでも、僕の演奏するアール・ワイルド、コチシュ、リチャードソン、フィオレンティーノとそれぞれのバージョンが存在する。

歌バージョンで僕が最も好きな演奏が、アンナ・モッフォの歌唱。ストコフスキーの指揮も素晴らしい。声の美しさが際立っているように思う。アンナ・モッフォは、見れば分かるように、大変な美貌の持ち主でもあった。女優、モデルのよう?

この声、この美貌・・・世間が放っておくわけなく、彼女は美貌のソプラノとして人気を博した。それは同時に歌手生命を短くすることにもなった。あまりに多忙で声を酷使してしまった。たしかに全盛期と比較すると、後年は、たしかに声が落ちた・・・という感じがしないでもない。でもマリア・カラスもそうだったような?

残念なのは、アンナ・モッフォという歌手を「美貌だけの歌手」と評価する人が存在することだ。オペラと視覚的要素のようなものが語られる時、決まってアンナ・モッフォが例に出される。しかもいい例えではなく。

「もしオペラに視覚的要素だけを求めるのならば、椿姫のヴィオレッタがでっぷりと太っていたら困るわけだ。視覚的要素だけを求めるのだったら、アンナ・モッフォの方が適役なのだろう。でもあんなに酷い声を披露する彼女の歌を聴きたいなんて人がいるとは思えない」みたいな???

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プロッティのジェラール 

 

昔から自分の名前が嫌いだった。義江なんて女の名前みたいだ。「女の子の義江ちゃん」友達からもからかわれた。弟たちは普通の名前なのに・・・

父親の強い希望で義江と名付けられたのだそうだ。母親は「女の子の名前みたい」と反対したらしい。長男、跡取りとして、父親は自分に対して、いつも厳しかった。そのことに対して不公平だとも思った。いつも暗くなるまで働いている両親は立派だとは思う。酪農という仕事を継ぐことは自覚していたし、馬や牛は家族のように思えた。でも、どうしても「自分だけに厳しい」という想いは拭えない。「なぜ俺だけいつも牧場の手伝いを?弟たちは遊んでいるのに・・・」

広大な十勝平野、義江は自分の生まれ育った土地が好きだった。昭和30年代、本土では高度経済成長と浮かれているようだが、北海道の田舎に暮らす義江には実感はなかった。豊かで広大な自然の中で働き、そして人生を終えるのだ。

「俺、高校を卒業したら東京で働きたい」義江が言い終わらないうちに火花が散ったように感じた。床に横たわっていた。「そんなことは許さない」いつもにも増して厳しく、そして寂しそうな父親の顔が見下ろしていた。

父親に反発したい・・・いつもそう思っていたし、そうしてきた。「なんで俺だけ・・・」そのような感情を止められない自分がいつもいた。

離れに父親の部屋があった。立派なステレオ装置は農家にはそぐわない感じもしたし、どこか子どもでも踏む込めないような神聖な空気さえ漂っていた。父親はいつも仕事が終わると、そこでクラシック音楽を聴いていた。特にオペラが好きだった。母親は「あの人の唯一のハイカラな趣味でね」と苦笑していた。

不思議なことに、音楽を聴く時には、いつも自分にだけは厳しく、突き放したような印象さえあった父親が、義江だけを誘った。音楽を聴く父親、その時だけは柔和になるように義江には感じた。外国語のレコードで、知識もない義江には、その良さが分からなかったが、優しい父親と過ごせることは内心嬉しかった。その時だけは父親を好きになれそうにも思えた。

父親は東京にも演奏を聴きに行くことがあった。そのような時は義江に演奏の素晴らしさを熱く語ったりした。「プロッティのジェラールが素晴らしくてな・・・生きていて良かったと感じたよ」プロッティのジェラール・・・何のことか義江には分からなかったが、機嫌のいい父親は嬉しかった。同時に反発心もあった。「自分だけ東京で遊んでくるのか・・・」

勘当という言葉を背に、義江は上京した。働くことの厳しさを知り、家族を持ったことで、さらに父親に対して複雑な想いを抱いたりした。「父親のこと、もしかしたら、あまり知らなかったのかも・・・」

「義江ちゃん、お父さんが危ないの。忙しいとは思うけど、帰ってこられる?」

父親は静かに目を閉じ横たわっていた。「さっきまで頑張っていたのよ。義江はまだかと言って・・・」母親はそう言いながら泣き崩れた。音楽を聴いていた時の顔みたいだ・・・義江はそう感じた。「あなたのこと、何も知らない・・・」そうも感じた。

突然に亡くなった。早すぎると感じる。弟たちも札幌や東京に出ていた。跡継ぎがいない・・・母親は牧場のことは諦めていた。「あんたたちには夢があるだろうから」と。

十勝の山、牧草地は懐かしく、義江を包んでくれるように思えた。そして妻が言った。「ねぇ、北海道に越してきましょうよ?」「お前、酪農の経験なんてないだろ?」「お義母さんがいるじゃない?教えてもらうわ」「本当にいいのか?」「なんだか何かに呼ばれているという気がするの。子どもが生まれたら東京の狭いアパートよりも、ここで育った方がいいと思うしね。とにかく呼ばれている感じなの」

かつての両親のように暗くなるまで働いた。馬や牛たちも疲れを癒してくれた。離れの父親の部屋、そこには古いステレオ装置とレコード、そして父親が聴いたであろう演奏会のプログラムがまだ残っていた。

アルド・プロッティ、アンドレア・シェニエ・・・色褪せたプログラムをパラパラとめくってみる。「プロッティのジェラール・・・生きていて良かった」父親の声が義江の脳裏に蘇ってきた。「そうだ、たしかにプロッティのジェラールと言っていた・・・」

オペラ「アンドレア・シェニエ」イタリア歌劇公演1961年、東京文化会館、ジェラール・・・アルド・プロッティ(バリトン)とある。そうだ、この時の公演のことを父親は熱く僕に語っていたのだ。レコードを探してみても「アンドレア・シェニエ」のレコードはなかった。プロッティという歌手のレコードもなかった。

高度経済成長期の波は十勝平野にも訪れていた。娘が「ピアノ習いたい」と言った時も、ピアノを躊躇することなく買い与えた。離れの部屋にピアノを置いた。初めは夢中になって、喜び勇んでピアノ教室に通っていた娘だったが、お決まりのように練習をしなくなっていった。「ピアノ・・・つまらない・・・ピアノなんて大嫌い!」

妻は「あなたがやりたいって言ったのよ?ピアノだって高かったのよ?ちょっと我がままじゃない?」泣きながら訴える娘にそう言い聞かせていた。義江は切なくなった。ピアノなんて大嫌い・・・娘の言葉が胸に突き刺さってきた。父親もこのような気持ちがしたのでは・・・

クラシック音楽を聴かせてくれた。オペラへの熱い情熱を僕に語ってくれた。でも僕は父親への反抗心から無関心を装った。「クラシックなんて大嫌いだ」

パソコンを起動してみる。そして検索した。アルド・プロッティ・・・と。ユーチューブでヒットした。セピア色の動画だった。1961年、イタリア歌劇団の公演だろう。「こんな古い映像が残っていたのか?この歌唱を父親は生で聴いたのだ」おそらくパソコンのスピーカーで聴く歌声の百万倍の素晴らしさだったのではないだろうか?義江はそう感じた。そしてクラシック音楽というものを初めて聴いたような気がした。「プロッティのジェラールが素晴らしくてな・・・生きていて良かった」かつての父親の声を聴いたような気がした。プロッティの歌声を聴きながら、義江は父親のことを誇りに感じた。また父親のことは何も知らない、そうも感じた。

「義江・・・この名前が子どもの頃から嫌で仕方なかった」妻はこう言った。「あら、素敵な名前じゃない?藤原義江の義江でしょ?」「藤原義江って?」「やだ、義江さん、知らないの?私でも知っている有名なオペラ歌手じゃない?藤原歌劇団とかあるでしょ?」

「お義父さんは義江さんに夢を託したんじゃないかしら?もしかしたらお義父さんは若い頃歌手を夢見た。でも時代がそうはさせなかった。だから子どもに夢を託したのよ。きっとそう・・・」

そうだったのか?オペラ歌手?藤原義江?

主人のいなくなったピアノ、離れにあるピアノ。「僕が弾いてみようか?この年齢で今さらピアノのお稽古か?」

義江は父親のことは何も知らなかった。でも、父親の顔はトツトツと弾く義江のピアノの音色に微笑んでいるようにも感じた。

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大人になったら耳から練習 

 

ハイク・メリキャン、コンポーザー・ピアニストということになる。僕は、自作の曲やトランスクリプションを演奏するピアニストが好きな傾向にあると思う。他にはスティーヴン・ハフとか、ロベルト・ピアナとか・・・

視覚的に読んで、音として並べてみました・・・ではない演奏を好む。まあ、これは誰でもそうだと思うけれど。

多くの人は印刷された楽譜を視覚的に読み、音符を音していく・・・という練習をしてきたと思う。それが練習の王道でもあった。今もそうだろう。視覚的にだけではなく、耳で聴いての「音楽として成り立っている素敵要素」を練習に取り込んでみるのもいいのかもしれない。ただし、子どもの場合は特にだと思うけれど、これは危険な綱渡りでもあるのかもしれない。僕自身、楽譜の読めない劣等生だったので、綱から落ちた時の苦しさを体験で知っている。

「音のシャワーを浴びましょう」そこから入ってしまうと、楽譜そのものが読めなくなる、あるいは楽譜を読むのが面倒になる。音のシャワー時代に浴びていたサウンドよりは、はるかにシンプルなサウンドを楽譜から読み取っていく地味な辛さに耐えられなくなるのだ。やはり視覚的に読めないと、耳コピの天才でもない限り、ピアノ道は挫折の道に進んでしまう。個人的には、楽譜を読む苦労の割にはサウンドとしては素朴なので、どこか後退感を感じてしまった。「前はピアノを弾く(ピアノで遊ぶ?)のが楽しかったのに」みたいな?

読譜力というものは大切だと思う。でも現に読める人、例えば大人の再開組・・・みたいな人は、もしそれまでのピアノ道、譜読みというものが完全に視覚派だったのであれば、発想転換として耳からの練習をしてみてもいいかもしれない。

「まっ、いきなり即興?」とか「ソルフェージュ?」とか「和声学の知識を・・・」とか重く捉える必要もないのではないか?

〇 ピアノ曲だけではなく、他の楽器や声楽曲を聴いてみる。

これは知識としてではなく、「あら、素敵じゃない?」と自分が感じた要素を自覚化し、練習としてピアノでも同じようにできるかやってみるところに効果がある。なまじ自分が人前で演奏するピアノ曲よりも、純な感じで音楽そのもの、自分が感じた魅力のようなものを追及しやすい利点があると思う。

〇 3段譜をピアノで弾く。

ヴァイオリンなどの楽器は、ソロの部分もピアノのパートも難しい場合が多い。声楽の曲であれば、曲にもよるが、割合とシンプルなものも多い。別に人前で弾くわけではないのだ。ミスなど気にしない。最初から(弾けてからとかではなく)自分で感じた「素敵要素」に挑んでみる。

ハイク・メリキャン自身が編曲した「私を泣かせて下さい」というヘンデルの曲。楽譜としてはシンプルだと思う。視覚的にただ弾く、並べる・・・だったら初見でも可能かも?彼のようなサウンドにはならなくても、とにかく声楽用の3段譜で弾いてみる。なんちゃって~でいいのだ。

素敵と感じた要素、例えば「レーレーミファソドード」という部分、ミファソに「気」が入っているのは聴いていれば分かる。自分も早速やってみるのだ。「ミファソを強くかしら?」ただ強いだけ?あれ???ハイク・メリキャンのようには弾けない・・・

でも、あなたは音楽的練習をしているのではないか?素敵と感じた部分、今はできなくても、感じた素敵要素に直接入ろうとしているのでは?これは立派な練習・・・ではないか?

ミファソ・・・視覚的にただ「3連符ね。一拍を3等分で弾くのね」ではなく、何かしらをやろうとしている・・・

大人になったら耳から練習・・・異端かな?

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デパート売り場とピアニスト 

 

季節の変わり目に女性たちは怒りを感じる人が多いのだそうだ。体感としては、まだまだ寒い。でもデパートなどを見ても、ペラペラの春物オンリーに売り場は一新されてしまい、「いったい何を着ればいいのよ」状態になってしまうのだそうだ。「じゃあ、あなたたち、実際にこれを着て街を歩けるの?」とも思うらしい。色合いとしては「春らしい」でも生地としては寒さをしのげる服を探して洋装店、デパート難民と化す・・・

デザインも「これが流行」となると、すべてそちら方向になってしまい、なんでもないAラインのスカートが欲しいという人は大変困るのだそうだ。今年はそれが流行りでも、来年にでもなれば「とてつもなく過去・・・」のようなスカートしかない・・・

洋服とピアニストを一緒にしてはいけないのかもしれないが、毎年のように来日するピアニスト、新譜も順調に発売されるピアニスト、音楽雑誌に頻繁に登場するピアニスト、つまり人気ピアニスト・・・同じ人ばかり・・・という気もしてくる。コンクール覇者とか、誰でも(クラシック好きとか、自らもピアノを弾くとか狭い範囲だけど)知っているピアニストがいつも人気上位なのも変わらない。好きなピアニストは誰ですか・・・「アルゲリッチとツィメルマン」「キーシンかな」「私はポリーニ・・・」

個人的にはポリーニとかキーシン、とても遠く感じる。「何故この人が人気?」などと感じたことは一切ないし、実際にとても上手だと思うのだが、あまり聴きたいという欲求はない。同時に好きな人もいるだろうなと思う。ただ、皆が同じ方向というのかな、これが流行となったらすべての商品が同じ方向というのかな、そうではない、なんでもないAラインスカートが好きな人は肩身が狭いというのかな、ピアニストにも同じような傾向を感じたりはする。

ピアノは芸術・・・なのだろうが、商業活動でもある。来日しても会場は常に閑古鳥・・・という人よりは、常に満員になるようなピアニストを招聘するのは、ある意味当然なのかもしれない。

でも「有名なピアニスト」だけが「いいピアニスト」でもないと思うのだ。むろん、有名なピアニストは優れたピアニストであることが多いし、それはそれでいいのだが、有名でない、無名=紹介もされない、来日もしない・・・というのは、やはり残念なような気がする。非常に狭い範囲でも選択となるし、その狭い範囲で「クラシックって・・・」などと思われるのも癪だ。

「クラシック音楽って敷居が高くて」「クラシックなんて高尚なものはとてもとても」・・・クラシックの一般大衆的(?)人気の低さ、なんとなく作品について語られることが多いように思う。ジャズはこうだけど、クラシックの特質としては・・・みたいに?

もしかしたら「作品」ではなく「演奏」に対して不満な人が多いことの現れかもしれない。「心が動かなかった」「退屈だった」実際に演奏がそうであっても、高尚なクラシックだから「自分は分からない」と表現する人も存在するのではないか・・・

ハイク・メリキャンの演奏の評判が良かった。世界の人口からすれば数人の反応というのは微々たるものだと思うが、彼の演奏を「いいね」と感じる人が僕の他にも存在したという事実が嬉しい。そうですね、ピアノ弾き合い会の打ち上げなどで「〇さん、好きなピアニストは?」と質問されて「ハイク・メリキャンです」と答えたら、きっと相手は「????」となるだろうけれど。

彼はアルメニア人なので、同国の作曲家の作品への熱意があるように感じる。ハチャトゥリアン、ババジャニアン、アルチュニアン等。

これ、子ども用の教材なのか???

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ロシア強し・・・ 

 

平昌オリンピック、フィギュアスケートの女子シングル、ロシアの選手が強かった印象。金メダルのザギトワ選手、銀メダルのメドベージェワ選手。個人的にはメドベージェワ選手の演技に惹かれたけれど、ザギトワ選手の強みは、15歳という年齢、セカンドジャンプでループが跳べる事、そしてジャンプを後半にまとめた・・・というところだったように感じた。点数も後半のジャンプの方が基礎点が高くなるんですよね?でも、これからは、他の選手たちもジャンプを後半にまとめてくるのだろうか?それが主流になるのだろうか?なんとなく同じようなプログラムばかりになりそうで、そこが不安だ。

ロシア強し・・・そうなんだけど、ザギトワ選手、メドベージェワ選手、そして、あのリプニツカヤ選手も同じ指導者であるというところに僕などは注目してしまう。彼女たちを指導している(していた)コーチ、エテリ・トゥトベリーゼという人。セルゲイ・デュダコフと共同で選手たちを指導しているようだ。何か他とは異なる指導法が存在しているのだろうか?ここまで強い選手を育てるという実績を考えてみると、たまたまではなく、実際に何かあるのだろうと考えてしまう。

フィギュアスケートはスポーツなので、明確に点数基準のようなものが設定されていていいと思うけれど、ピアノのコンクールに、それを当てはめてしまうと問題は複雑になってくる。審査員の主観的なものがコンクールの順位に反映される、これはコンクールの問題点であるとされているけれど、そもそもピアノ演奏に対して、フィギュアスケートのように基礎点とか加点とか、無理だと思うし、完全に客観的になんてなれるものだろうか?ダブルの、あるパッセージを〇秒以内で演奏できたら加点とか、曲によって基礎点を決めてしまうとか、ちょっと考えられない。

考えられないんだけれど、でもコンクール覇者たちの演奏って、どこか似ている。○○コンクールの覇者と△△コンクールの覇者、どこか似ている。むろん、演奏者各々の個性というものはあるのだろうが、どこか彼らの演奏から「傾向と対策」のようなものを感じてしまったりする。演奏そのものは上質だ。レベル4?加点〇点?でも聴き手としては、そこを聴きたいわけじゃないんだな。

コンクールでのピアノ演奏とフィギュアスケート、もしかしたら似ている?

冬季オリンピックが終わり、フィギュアスケートの世界ジュニア選手権が開催された。女子シングルで優勝したのは、アレクサンドラ・トゥルソワという選手。やはりエテリ&セルゲイ共同チーム(?)の指導を受けている選手。なんとまだ13歳なのだそうだ。ショートとフリーの合計得点が225.52だったそうだ。前年のジュニア・チャンピオンのザキトワ選手の得点が208.60だったから、ジュニア世界最高得点を大幅に更新したことになる。

同じプログラム内で4回転ジャンプを二種類成功させている。4Sと4T!この選手もセカンドジャンプにループを入れられる人であり、もちろんジャンプの際には手を挙げて跳ぶ。物凄い「傾向と対策」だ。こうすれば高得点というお手本のような演技。スポーツだったら驚異的なことだと思う。でもピアノ演奏だとどうなのだろう?

13歳の少女・・・基礎点と加点、ジャンプだけではシニアの男子と競えるのでは???

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技術は表現 

 

全くの個人的印象として書く。バッハ~ジロティの「プレリュード」の演奏、タローさんよりも、比較にならないほど日本では無名の、このハイク・メリキャンの演奏に、より惹かれる。これは個人の「好み」という問題なのだろうが・・・

一つ一つの音、その音が胸に突き刺さってくるような?非常に意志力のある、集中された音・・・

ハイク・メリキャンが根底に抱えている「何か」を、聴いている僕が感じてしまい、覗いているような、そんな印象さえしてくる。曲を聴いているのではなく、演奏者の何かを聴いている・・・みたいな?これはゾクゾクするような快感、体験だ。この種のものは、現代の多くの演奏家からは感じることはできない。ハイク・メリキャンがコンポーザー・ピアニストであるということも、もしかしたら関係があるのかもしれない。既存の美に近づいていくというのではなく、もともとある「何か」が曲と演奏者で一致し、それを聴いている・・・のような印象。聴き手の「何か」がハイク・メリキャンによって触発される・・・のような?

あと感じるのが、技術というものが表現を生み出しているのではということ。技術と表現は分離されているものではなく、一体化されている。つまり「達者に弾けていて技術面では申し分ないが、表現力に欠けていて、どこか平坦ささえ感じさせる」という演奏は、技術が足りないのではないだろうか・・・

kaz




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最大公約数 

 

ジロティのトランスクリプション作品で有名なのが、この「プレリュード」ではないかと思う。これはバッハ作品の編曲というよりは、もうジロティの作品に聴こえてくる。

ずっと同じ音型・・・難しいんだろうなぁ・・・と想像する。たった2ページの曲なんだけど。

演奏しているのはイケメン(?)ピアニストとして有名らしいアレクサンドル・タローという人。非常に曲の成り立ちが分かりやすい演奏なのではないかと思う。個人的には現代的な演奏だと思う。模範的とも感じる。この曲はこう演奏するとまとまる・・・みたいな?

とても真摯な取り組みを感じるピアニストで、CDも何枚か所有している。どの演奏にも不満はない。不満は何もないけれど、なんとなく、この演奏の後で、往年の巨匠を聴きたくなってくるような演奏でもある。

フレーズのまとまり、そこがこの曲の難しさだとも思うけれど、非常によくまとまっていると思う。リピートする時に、左手の長い長いメロディーが浮かんでくる。ここがこの曲の花火箇所だと思う。流れるようなテンポなので、その花火が非常に聴き取りやすい。そう、タローさんは上手なのだ。

でも一つ一つの音、さらに粘着性というのだろうか、集中された意思表示のような音が欲しくなる。テンポも、もう少し抑えて欲しいとも個人的には感じる。そう弾いてしまうと、まとまりが感じられなくなる危険性はあるだろうが・・・

まずはジロティ、そしてこの曲を知ってもらいたいという気持ちが強い。タローさんの演奏がそのような意味ではいいのではないかと思う。この演奏に不満などないのだ。

現代の模範的、理想的演奏なのではないだろうか?

kaz




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歌うピアニスト 

 

原曲の歌曲「あなたは花のよう」も素晴らしいけれど、ジロティが編曲したラフマニノフ~ジロティ「ロマンス」も素晴らしい。アレクサンドル・ジロティはラフマニノフのピアノ教師であり、また従兄でもあった人。

このジロティ、数々のトランスクリプション作品を残している。これが、どれも絶品のような?ラフマニノフって、あまりピアノへのトランスクリプションに積極的ではなかった印象を持つが、従兄が多くを代弁してしまったという気持ちもあったのかもしれない。

ジロティ編の「ロマンス」はあまり演奏される機会が多くはないようだ。「ヴォカリーズ」のように原曲が有名ではないからかもしれない。

歌うピアニストと僕が呼びたい、イタリアのピアニスト、サンドロ・ルッソがアンコールで弾いている。

曲を紹介したい気持ちも強いが、ピアニスト、サンドロ・ルッソを紹介したい気持ちが、より強い。このような人が日本でもメジャーな存在になり、もっと来日するようになって欲しい。

kaz




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「あなたは花のよう」ラフマニノフ編 

 

こちらがラフマニノフの「あなたは花のよう」という曲。ラフマニノフ、まだ若いのに、しっかり自分の作風を確立している。もういかにもラフマニノフですね・・・という感じだ。

ロシア語にする際、プレシチューエフという人はドイツ語の「Du」を「Ditja」というロシア語に変えている。意味は英語のBabyなので、原詩よりも子どもに語りかけるというニュアンスが若干強まっているとされている。

ラフマニノフの「あなたは花のよう」・・・ロシア語圏ではよく歌われている印象。でもシューマンほどではない。やはりロシア語というのは歌手にとっては難関になるのだろうか?

歌のメロディーの美しさが際立っているように思うが、ラフマニノフ編は、前奏と後奏のピアノも闊達な感じだ。実に美しい。

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「あなたは花のよう」シューマン編 

 

「もうずっとライ麦畑のささやき、白樺林のざわめきも聴いていない。もう僕にはメロディーがないのだ」

ラフマニノフにとってのライ麦畑、白樺林、つまり故郷ロシア。ラフマニノフの歌曲はロシア時代に集中して作曲されている。そのロシアそのもののような歌曲のトランスクリプションをリサイタルでは2曲演奏する。

「ロマンス」Op.8-2・・・原曲のOp.8の歌曲集には各曲に題名がある。Op.8-2、歌曲の正式な題名は「あなたは花のよう」という。編曲者のアレクサンドル・ジロティはシンプルに題名を「ロマンス」とした。

「あなたは花のよう」ラフマニノフだけではなく、多くの作曲家の食指を動かす詞のようで、シューマン、リスト、アントン・ルビンシュタインなど多くの作曲家が曲をつけている。詞はハイネ。

最も有名なのがシューマンの「あなたは花のよう」ではないだろうか?歌曲集「ミルテの花」の中の1曲。ミルテ・・・ピアノ弾きで有名な歌曲は「献呈」ではないだろうか?リストが編曲したバージョンで有名なのだと思う。もしかしたら「献呈」だけが有名なのかもしれない。僕としては「他にもいい曲あるのよ~」と言いたい。「シューマンの本領はピアノではなく歌曲なのよ~」とも言いたい。

声楽曲のトランスクリプション作品、リサイタルでは2曲だけになる。でも聴いてくれた人が「歌みたいな演奏会だったね~」と感じてくれたらとても嬉しい。歌うように弾く・・・これって僕なりの究極の目的だから・・・


「あなたは花のよう」 曲:シューマン  詞:ハイネ

あなたは花のよう
やさしく美しく、そして清らかだ
あなたを見ると、言い知れぬ哀しさが
私の心の中にこみあげてくる

あなたの頭の上に私の両手を
さしのべて祈りたい
神があなたを清らかに美しくやさしく
護って下さるように・・・と


この「あなた」はもちろんクララ・・・なんだと思う。

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生まれた瞬間の挫折 

 

少し前に東海テレビのCMを紹介したように思う。交通安全キャンペーンのCM。その東海テレビがLGBTについて考えさせられるようなCMを制作している。もしかして東海テレビって問題提起CMで有名?

東海地方に居住していなくても、ネットでこのようなCMを知ることができる。

生まれた瞬間が一番の挫折・・・

普通って何ですか?

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ネット 

 

インスタ映えという言葉がある。SNSで見栄えがいい商品なども多数開発(?)されているらしい。「友達とディナーで~す」と、SNS上で、写真が全国、全世界に発信される。その友達を買うこともできるのだそうだ。契約友達?ディナー用にお金で友達として映る人を雇う。僕などは「そうまでして自分を飾りたいか?」と思ってしまうし、いつまでこんなブームが続くのだろうかとも思う。

でも、ネットはたしかに便利。

セクシュアリティーによる差別問題を考える時、ネットの存在が大きいように思う。かつてのウーマンリブ時代、その時代にはネットという媒体は一般的ではなかった。70年代、80年代とか・・・

同性婚が認められている国、短期間で増えているような?長い歴史からすると、非常に短い期間で動きがあるように思う。これってネットも関係しているのではないだろうか?

日本は鎖国をしているわけではないから、同性婚を認めている国ともお付き合いはあるだろう。市議会議員が同性愛者を「異常人間」と表現しようが、同性愛者の国家元首が外国から日本にやってくるような時代になったのだし、そのような情報はネットで瞬く間に拡散される。遠い異国の出来事もネットで知ることができる。

情報は入ってきてしまう・・・

欧米諸国と比較すると、日本はLGBTの問題に関しては、かなり遅れているように感じていた。実際に遅れていて、比較にもならないのかもしれないが、でも日本も変わりつつあるようだ。鎖国をしているわけではないのだから。

海外のLGBT色の強いCMなどを観ると、「ああ、日本では絶対に放送されないだろうな、このようなCMが日本のお茶の間に流れるのは何年先になるのだろう?そのような時はこないかもしれない・・・」などと正直思っていた。

でも日本も変わりつつあるようだ。ネットでこのような日本のCMを見つけた。GoogleのCMのようだ。

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