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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

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今年最後に発想転換 

 

僕がピアノを再開したのは2009年らしい。記憶が定かではなく、日記をつける習慣もないので、サークルのホームページで調べてみたら、その年のようだ。2009年の6月に初めてサークルの練習会でショパンを弾いている。あれから8年かぁ・・・

再開した当初はコンプレックスだらけだったような?世間で「~であろう」「~あるべき」みたいなものから大きく外れた自分のピアノ歴が恥ずかしかった。

子どもの頃、6年もピアノを習っていたけれど、とうとうバイエルも終わらなかった。その後30年以上ものブランクがある。自宅には電子ピアノしかない。

僕がバイエルに苦心していた頃、ソナタやショパンのワルツなどを弾いていた優等生、サークルって、そのような元優等生の集まりなんだろうな・・・と。インヴェンションやチェルニーを学習してこなかった、このことは聴く人が聴けば分かるんだろうな・・・とも。

基礎力が不足している、そう言われる、そう指摘されるのを何よりも恐れた。かと言って「チェルニー30番から学びましょう」というのも、心のどこかで「それは違うのでは?」とも薄々感じていた。でもコンプレックスがあったのは事実だ。「きちんとピアノを習ってこなかった」「途中で辞めたとしても、チェルニーの40番とかハノンとか、きちんとやってきた人と自分は違うのだろう」そう思っていた。

再開後、初めてピアノのレッスンを受けた。たしか、ショパンのマズルカとハイドンのソナタを弾いたと記憶している。僕は恐る恐る先生に質問したと思う。「ハノンとかチェルニーをやったことがないんです。やるべきでしょうか?」先生は「そのようなことがお好きなんですか?」と質問してきた。好きなわけではないと答えると、「ではやらなくていいです」と・・・

「これから一緒にどんな曲を勉強してみたいですか?」先生の質問に、しばらく迷った。「あの、ショパンのバルカローレを弾いてみたいんです。無理でしょうか?」「ショパンがお好きなんですか?弾いてみたいのだったら弾いてみるべきでしょう?」

6月のサークルの練習会でショパンのバルカローレを弾いた。誰も僕が、かつてバイエルも終了できなかった劣等生だとは気づかなかった。「素晴らしい!演奏活動とかなさっているんですか?」などと、とんでもないことを質問してくる人もいた。

その時、自信がついた・・・とは言えない。でも練習会(+打ち上げ)の帰り道、ある種の発想転換のようなものが出来たような気もする。

「僕は基礎がないんだ。きちんと教材を勉強してこなかったんだ。なんちゃって~と自己満足で弾いているだけなんだ」そのような想いを消すことはできなかったけれど、こうも思えたのだ。

チェルニーやハノンをワシワシと弾いてはこなかったけれど、往年の巨匠ピアニストや偉大な歌手たちの録音を聴いてきた、そして涙してきたという歴史が自分にはあるのだ・・・と。欠点や弱点もあるだろう。でも聴き続け、憧れ続けてきたという強みもあるのではないか?

まずは一応弾けてから・・・それができたら・・・という手順を自分は踏まない。それもどこかコンプレックスではあった。でも、そうでなくてもいいのかも?いきなり熱い想いを曲にぶつけてみるやり方があってもいいのかも・・・異端児でもいいじゃないか?僕はピアノを弾くことで心を熱くしたいのだ。弾くことで熱いものを放出したいのだ。

ピアノに限らずだが、「なんで自分は~なんだろう?」などと感じた時、それは世間一般で言われていることと照らし合わせ、それと合わないから、自分は基準から外れているから・・・ということで自分を下げて劣等感、不幸感を感じてしまってはいないだろうか?

たまには発想転換を試みてもいいのではなかろうか?結果的には変わることはなくても、「なんとなく多くの人がそうやっているので」みたいなものを定期的に見つめてみるのもいいかもしれない。自分に訊いてみる・・・みたいな?「本当に自分はそうしたいの?そう思っているの?」と。

この巨漢の男性、マイク・パロウさん。身長193㎝、体重136㎏。まるでプロレスラーのよう。はい、この方はプロレスラーです。警察官の父、日曜学校の教師である母に育てられ、クリスチャンの学校に通っていた。厳格な家庭だったのだろうか?

マイクさんは自分がゲイであるかもしれないと幼い頃に感じた。でもテレビに登場するゲイキャラクターは女々しく、いわゆる「お姉キャラ」のような人たちばかり。「僕はあんなじゃない・・・僕はゲイなんかじゃない」意識的にフットボールなどスポーツに熱中するようになった。

20代になるとゲイであるということは否定できなくなった。否定はできないが真から肯定などもできない。レスリングに集中し、プロレスラーとして活躍するようになった。フロリダ州では、かなりの有名レスラーにもなった。

「もしゲイだと世間に知れたら?今までのキャリアもすべてなくなってしまうのでは?」マイクさんは自分の殻に閉じこもるようになっていった。精神科を受診し、コンバーション・セラピーなども受けた。「僕はゲイなんかじゃないんだ。僕は治るんだ」精神科医に「治るとか、治らないとか、そのようなものではない」と言われても納得できなかった。

そんな暗黒の中にいたマイクさんを救ったのがフィアンセのモーガンさん。「彼は、ありのままの僕を愛してくれる。認めてくれる」

マイクさんは周囲にカミングアウトをし始めた。正式にプロレスラーとしてカミングアウトをしたのは、オーランドのナイトクラブ「パルス」での銃撃事件の後。そこで多くのゲイの人たちが射殺された。犠牲者の中に、かつてマイクさんを励ましてくれた、時には𠮟咤激励してくれた人が複数含まれていた。

彼らはマイクさんにこう言ったのだ。「怖がっていないで助けろよ」僕が助ける?誰を?どうやって?

こうも言われた。「あなたがカミングアウトをするというのは重要な意味があると思うの。ゲイの男性ってなよなよしているみたいな偏見があるじゃない?あなたのようなアスリートがカミングアウトすることで、多くの14歳、15歳の少年たちが自殺を思いとどまるかもしれない・・・」

マイクさんは発想の転換をしたのだ。

「人は本当に理解する必要があると思うんだ。みんなが同じわけではないということを・・・」 マイク・パロウ

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なんちゃって能力 

 

他人には、あまり話したことはないのだが、実は、僕はヤマハのグレードを取得している。指導グレードではなく演奏グレードのみだが。演奏グレード4級というのは、結構大変らしい。そのために訓練したとか、レッスンを受けたということはなく、「なんちゃって~」で受けたら受かってしまった。

課題曲、ヤマハっ子の作曲した曲集から選択。これが苦痛ではあった。なんだかフィギュアスケートの音楽みたいな曲ばかり。それも渡部絵美選手とか、少女時代の伊藤みどり選手が使用していた音楽のような?完全に僕の好みの音楽ではなかったけれど、課題なので弾いた。自由曲はプーランクを弾いた。有名な「エディット・ピアフを讃えて」という曲。楽譜を持っていなかったので、完全耳コピで弾いてしまった。つまり「なんちゃって~」と弾いてしまったのだ。多くの人が難関と感じるのが即興。短いモチーフのようなものがあり、適当に(本当は適当ではいけないのだろうが)伴奏をつけて、発展させて弾いてしまった。和音記号やコードの知識は皆無だったから、これも「なんちゃって~」と弾いてしまったわけだ。

ヤマハのグレードは、もう幾光年も昔の話だが、今も「なんちゃって~」の傾向はある。声楽曲やギター曲など、素敵だなと思ったら、1段譜をもとに弾いてしまったり、完全耳コピで弾いてしまったりする。普通の曲(?)はきちんと譜読みしているつもりだが、一つ一つの音を読んでいく前に、全体をワーッとつかんで、まずは弾いてしまう。つまり「なんちゃって~」という感じ?

サークルのピアノ仲間には、正式にジャズを学んだ人もいて、この人は即興とかアドリブとか得意。まぁ、ジャズを学んだのだから、それが普通なのだろう。少女時代、エレクトーンから始めたという人も、耳コピでポップス系の曲を見事に弾いてしまったりする。

いわゆる「ソルフェージュ能力」とかいうものが備わっているということなのだろうか?

ちょっと仕事関係で、音楽療法のお手伝いをしている。セッションを僕がするわけではなく、ただピアノを弾くお手伝い。知っている曲、「瀬戸の花嫁」とか「北国の春」のような曲であるならば、その場で1段譜をもとに移調して弾くことができる。民謡などは口ずさめないので厳しいが。

多くの人は、このようなこと、耳コピで弾く、1段譜をもとに移調してその場で弾いてしまう、譜読みも全体をまずワーッと弾いてしまう・・・のようなことができないようだ。別に即興をしたいわけではなく、いわゆる名曲を弾けるようになりたいからピアノを弾いているわけだから、最終的には曲が弾ければいいのだとも思うが、いつもいつも一つ一つの音を視覚的に読んで曲を作っていくというのも、逆に大変なのではないだろうか?子ども時代、多くの人はバイエルとかハノンなどの他にレッスンで「ソルフェージュ」なるものをやった経験はあるらしい。でもせっかくやったのに、その経験が大人になって生かされていないような?

アメリカのソプラノ歌手、バーバラ・ヘンドリックスがソビエトでリサイタルを行った。ピアノ(伴奏)はソビエト人のドミトリー・アレクセーエフ。当時、彼が西側の国際コンクールで優勝した後だったから、雪解け前のソビエトでも二人の共演が実現したのだろうか?おそらくリサイタルでは普通の(?)歌曲が演奏されたのだと予想する。シューベルト、ヴォルフ、ドビュッシー・・・のような?

リサイタル後の軽い打ち上げの場、ヘンドリックスはアカペラで自国の歌をサラッと歌い始めた。何の曲を歌ったのかは不明だが、おそらくガーシュウィンのような曲?アレクセーエフは、その場で即興で伴奏をつけた。

「あなた、こういうこともできるの???」

ヘンドリックスが驚いたという事実は、やはり即興のようなものは、ある意味特殊技能ということなのだろうか?

「提案があるの。一緒に黒人霊歌をレコーディングしない?今のような感じで弾いて頂きたいわ!」

シューベルトのような有名作曲家の歌曲であれば、高声用、中声用、低声用と、同じ曲でも楽譜は出版されているけれど、霊歌のようなものは、おそらくそうではなく、不完全なピアノ譜だったり、声だけの1段譜のような楽譜がほとんどなのではないだろうか?曲によっては自分たちでサウンドを作り上げなければならなかったり・・・

ヘンドリックス夢の企画は実現した。二人の黒人霊歌は実に見事だ。特にアレクセーエフのピアノが素晴らしい。今、生まれた音楽・・・のような?魂の躍動・・・のような?冷戦時のアメリカ人、ソビエト人、音楽が国境、人種を超えた瞬間でもあった。

今は昔と違ってセミナーも盛んだし、指導法も研究されているのだろう。おそらくソルフェージュのようなものも、レッスンで取り入れても自立後(?)それが生かされない・・・ということはなくなるのであろう。

今ピアノを習っている子どもたち、将来大人になって再びピアノを再開したとする。憧れのショパンを弾きたい、憧れのリストを弾きたい、そのような時、視覚的に一つ一つの音を読んでいくのだろうか?

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練習して弾けてからサウンド?サウンドのために練習するの? 

 

デミジェンコから連想するのがアレクセイ・ドミトリーエフというピアニスト。二人はデュオをしたりしているのでデミジェンコを紹介したのだったら、ドミトリーエフもと思ったのだ。二人とも日本での知名度は今一つかなぁ?サークルの打ち上げで「ドミトリーエフが・・・」と話題に出しても「その人誰ですか?」となるのだろうな。もう少し知られて欲しい。

ドミトリーエフと言えばロシアもの、ラフマニノフになるのかな?このプレリュードは同じ音型の連続で、上手く弾かないとエチュードのようになってしまうのではないだろうか?

音型美と言うのかな?シェイプに沿った音色の変化が素晴らしいと思う。

アレクセイ・ドミトリーエフというピアニスト自体が知られていないので、おそらく知られていないと思うのだが、彼は編曲をして自分で演奏したりする。いわゆるコンポーザー・ピアニストということになる。昔はピアニスト=作曲、編曲というのが珍しいことではなく、ごく普通のことだった。今では完全分業になってしまっているけれど・・・

自分で作曲したり、編曲したりする、これはショパンやラフマニノフなどの普通の(?)ピアノ曲を普通の(?)ピアニストとして演奏した場合プラスになるのだろうか?おそらくプラスになるだろうと思う。マイナスにはならないよね。

クラシックのピアノを習っている人の多くは、ジャズのアドリブを演奏したいわけではない。自作の曲を披露したいわけでもない。ショパンやリストの曲が弾ければいい。作曲とかは興味ない。それが普通だろう。ただコンポーザー・ピアニストの場合、楽譜を視覚的に読んでいって、指に覚えさせていって、「弾けました。では表現を考えて弾いてみましょう」のような手順を踏まないような気がする。

最初から頭の中にサウンドが鳴っているのではないだろうか?視覚的に「ドね。次はミとソね・・・」のような感じではなく。我々の場合、実際には視覚的に音は読んでいく場合が多いのだろうが、コンポーザー・ピアニストたちの練習手順のようなものは参考になるかもしれない。曲をどう仕上げていくかみたいなこと。

練習して一応つっかえずに弾けてから音楽なのだろうか?最初に音楽があり、表現したいものがあるから練習するのでは?逆になっても気づかなかったりするし、逆を推奨されたりもする・・・

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右脳と左脳の入れ替え 

 

もしコンクールで前のバッハのような演奏を繰り広げ、続いてこのようなエチュードを聴かせてくれたら、「あっ、この人優勝候補かも」と一次予選の段階で思うだろう。

音が集中していて生きている。キラキラとしているというか?指も達者だけれど、決して機械のようではなく・・・

機械のようではない、つまりただ音を並べない、これが難しいんですよね。一応ショパンのエチュードなんかもレッスンで弾いているけれど、まるで自分のは機関銃のような?このような悩みを持つ人は多いのではないだろうか?

音並べ演奏の一因として、同じような音しか出せないというものがある。それを自覚していない。移動と同時に弾いてしまうと、音としては「バシン」「ゴツン」のような粗雑な音しか出せない。これではどんなに心を込めても機械的な演奏からは脱せないかもしれない。準備が必要。素早く効率的に移動し、弾く瞬間よりも前に鍵盤上に指が達していないと、なんだかな・・・という演奏になってしまうような気がする。

ゆっくりな曲でも移動、動作は機敏に・・・という感じ?打鍵の一瞬前に「気を入れる」みたいな?移動と同時だと間に合わないんです。

このあたりは、もろ「弾き方」みたいなことになるから、実際には先生から学ぶしかない。でも先生自身の演奏が音並べで、バシン、ゴツンのような演奏だったら?そうなると難しいよね。

「黒鍵のエチュード」そのものは一応弾ける、ミスもなく弾ける、だってリズム練習とか死ぬほどしたもの・・・

でもデミジェンコのようには弾けない・・・

「まっ、アマチュアの私とデミジェンコとを比較する方が間違い。才能が違うもの」

普通はそうなるだろうし、才能も違うのかもしれないが、「あっ、素敵な演奏」と自分が感じたのだったら、それを打ち消す必要はないと思う。素敵を追い求めないとピアノはそこで終わってしまうような?

まずは「バイエル」を弾いてみる。ドミソドミソとかドソミソドソミソのような伴奏型の曲。沢山あると思う。

左手のドミソドミソに右手のメロディーを無意識に合わせていませんか?モーツァルトのソナタ、左手の刻みに右手のメロディーとか音階を合わせていませんか?チェルニーも左手の刻みに右手のパッセージを合わせていませんでしたか?

実は導入段階から、そのように弾いてきてしまったのかも?

右脳と左脳を入れ替える・・・みたいな発想転換をしてみる。単純なことだ。右手に左手のドミソとかドソミソを合わせる感覚で弾いてみたらどうだろう?

あら不思議!ミスは多くなるけど、ちょっと流麗に弾けている?

デミジェンコは「黒鍵」「蝶々」「Op.10-4」という左刻み典型の曲をどう弾いているだろう?

右脳と左脳を入れ替えてみる。

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音型美と音力 

 

コンクールでの第一関門、つまり一次予選、ほとんどのコンクールでは「バッハ」「エチュード」が課せられているような気がする。音大の入試なども同じ。これって指が動くとか、そのような面を聴くというよりも、特に国際コンクールの場合、基本的な音力を判断しているのかなとも感じる。

バッハ、例えばプレリュードとフーガみたいな曲の場合、同じ音型の連続であったりする。中間部でショパンのようにカンタービレで歌うとか、スクリャービンのように幅のあるダイナミクスによる魅力で圧倒するとか、そのような音楽ではないので、音の質、根本的な音力、目力ならぬ音力が必要となってくるのでは?「いつも同じパターン」という難しさ?

華やかなコンチェルトの競演である本選よりも、むしろ「バッハ」「エチュード」の競い合いである一次予選を聴くと、いろいろと感じることがあるかもしれない。ドレとドソではエネルギーが異なる、長い音符と短い音符でも異なる。休符は単なるお休みということ?つまり音の連なりのシェイプを感じ取り、表現できるか?まさに導入期でなされるべき基本的なもの、それが顕著に表れるのがバッハであり、エチュードなのかもしれない。

ドライな音質でポツポツと・・・丹念にさらい込みました・・・このようなバッハって「沢山練習しましたけど何か?」的なものを感じてしまう。音そのものに威力というか、魅力が欲しいし、音型の美をサウンドとして感じないと聴き手は(僕は?)「だから?」と思う。

日本人の演奏って、パラパラとよく弾けるし、ミスもないけれど、なんだか心に響かない、このようなことは大昔から言われてきた。そしてそれは、西洋音楽の歴史がないとか、文化の違いとか、控えめな国民性とか、そのようなことが根本にあるように言われてきたように思う。

もしかしたら、導入段階から「音型美」「ドレとドソの違い」のようなものを感じ取り、実際に表現するというものが落ちてしまっていることが要因なのかもしれない。そして「感じ取り表現する」ということは、上級になってから、一応弾けてから・・・みたいな風習が根付いてしまっているからかもしれない。

ロシアの中堅どころ・・・という感じのピアニストだろうか?デミジェンコは剛腕というイメージのピアニストが多い旧ソビエト出身のピアニストの中では、リリカルな魅力を感じるピアニストだ。

この演奏、音力があり、音型美に満ち溢れているように思う。禁欲的にポツポツと・・・ではなく音が生きている。

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有名とか無名とか 

 

前記事の動画、「巴里で4月に」の演奏、ワイセンベルク本人ではなく、実はアムランの演奏。悪くはない演奏だと思う。最初はワイセンベルク本人の演奏だと思って聴いていたので、「自作ということからか、随分サクッとラフに弾いているな」という印象を持った。繰り返すけれど、アムランの演奏も悪くはない。でもワイセンベルクのような音の集中力、クリスタルクリアなトーンに欠けるな・・・と。

お気づきだと思うが、僕はアムランの演奏に、あまり魅力を感じない。嫌いとか、受けつけないとか、そのようなことはないのだが、一部の人たちのように、彼のことを神様のように崇めるということはない。逆に、技巧だけのバリバリ派だとも感じない。普通の良質のピアニストなのではないだろうか?個人的には好きでも嫌いでもなく、普通・・・と感じる。

アムランは有名なピアニストだ。有名になる理由も分かる。別に彼が有名でも不満などない。この「有名」というところの捉え方だが、例えばサークルの打ち上げなどで、ピアニストの話題になった時、特に注釈が必要でないピアニストというように僕は思っている。アルゲリッチに対して、何かしらの説明をしないと人は分からない・・・ということはない。キーシンに対しても「子どもの頃天才少年として話題になって・・・」とか説明は不要だろう。アムランも説明不要の有名ピアニストだと思う。「カナダ人でね、超絶技巧を要する曲とか得意としていて・・・」などという説明は不要。そう、彼らは有名ピアニストだから。

アムランも最初は(日本では)無名だった。たしか、熱烈でディープなファンが招聘したのではなかったか?「こんな凄い人も世界にはいるんだよ」みたいな?難渋現代曲、誰も弾けなかったような曲を颯爽と演奏するアムランは有名になったし、一部ファンは神格化しているのではないだろうか?

サンドロ・ルッソというピアニストをご存じだろうか?この人も日本にディープなファンが存在していて、彼らが日本に招聘したことがある。アムランは順調に有名になったが、ルッソさんは有名と言えるだろうか?

ツィメルマンやユジャ・ワンと同じような感じで会話中に「サンドロ・ルッソって・・・」と彼の名前を出したら、まず「誰?サンドロ・ルッソ?知らない・・・」となるのではないだろうか?

アムランやポリーニは有名なのだ。でもサンドロ・ルッソは(日本では)有名ではない。

○○音大卒の人は優秀で、地方の△△音大卒の人は二流・・・そのようなことはないだろう。学校ではなく人によるのではないだろうか?同じように有名=名演、無名=冴えない・・・みたいな先入観だけは持ちたくはないような気がする。

「巴里で4月に」の演奏、個人的にはアムランの演奏よりも、このサンドロ・ルッソの演奏に魅了される。くどいようだがアムランの演奏が悪いということではないが、個人的には彼よりもサンドロ・ルッソの演奏に惹かれるということだ。

トーンが好き。クリスタルな感じで。また歌いまわし、間の取り方などが素敵な感じなのだ。

自分だけが会員のファンクラブ、そのような感覚でサンドロ・ルッソの演奏を聴いたりしている。もう少しだけ日本でも有名になって欲しいなと思う。

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巴里で4月に 

 

ワイセンベルクはコンポーザー・ピアニストでもあった。このことは割と最近認識されてきたような気がする。個人的にはアムランの功績が大きかったのではないかと。アムランはワイセンベルク作品を録音しているし、リサイタルのアンコールでも盛んに演奏しているようで、その動画により多くの人に知られるようになったような気がする。ユーチューブ、つまりネットの普及により、ワイセンベルクが再び脚光を浴びる。「えっ?素敵な曲じゃない?」

中でもシャルル・トレネが歌ったシャンソンを編曲したものが素敵だ。「巴里で4月に」とか・・・

シャルル・トレネはパリ解放の時、記念的コンサートを行っている。決して暴力に屈しないパリ、美しい愛の街パリ、その想いを歌に託した。ナチス・ドイツに迫害されたという意味で、トレネや巴里という街とワイセンベルクは共通点がある。

ワイセンベルクは故郷ブルガリアで強制収容所の経験がある。ユダヤ人だったから。イスラエル経由でアメリカに逃れ、そこでワイセンベルクはピアニストとして花開くわけだが、そのような彼にとって、シャルル・トレネやパリ解放のような出来事は、どこか他人事とは捉えられなかったのかもしれない。

ワイセンベルクはニューヨークのジュリアード音楽院で、あのオルガ・サマロフに学ぶ。ウィリアム・カペルと同門ということになる。
二人はお互いの才能を意識していたと考えられるが、カペルになくワイセンベルクにあったもの、それは「故郷を捨ててきた」「自分だけ逃れてきた」という想いではなかったか?故郷を愛しながらも、同時に憎悪のような感情をも持つ、これは苦しかったのではないだろうか?ワイセンベルクが再び故郷ブルガリアの地に立つためには、30年近くの歳月を待たなければならなかった。

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早すぎたピアニスト 

 

大変に古い話だが、ある女性ピアニストがデビューリサイタルをした。昭和20年代だったのではなかろうか?コンクールに受かって翌年に・・・みたいな感じ?まだ高校生だったのではないだろうか?時代が時代なだけに(?)将来有望な若手のホープみたいに期待されてもいただろう。中村紘子さんよりも前の時代・・・と言うと分かりやすいだろうか?

当時は(今も?)新聞に批評が載った。そのピアニストのリサイタルの批評は、当時の重鎮、山根銀二という人が書いていた。無論、僕が生まれていない頃の話なので、実際にその新聞を読んだわけではない。そのピアニストの日記が出版されていて、そこで知った。

「将来有望の人である」と最初にあり、これはいいのだが、「黒鍵」のようなものはいいが、「舟歌」のようなものは当然ダメであり・・・と続き、「ダメであり」って?と思ったものだ。批評家が、ただ「ダメであり」とは?

「このような段階で人前で聴かせようとするよりも、まだやるべきことがあるのではないだろうか?」とその批評は結ばれていたと記憶している。これってパワハラなのでは?当時はそのような重鎮の批評を「ありがたや・・・」と受け取っていたのだろうか?この雰囲気が当時のピアノのレッスンというものにも反映されていたのかもしれない。このピアニストは永井進という、これまた当時の重鎮教授(?)に師事していたのが、日記によると、厳しいを通り越して「怒鳴る」みたいなところがあり、生徒は緊張し、時には泣いてしまう・・・のようなレッスンだったようだ。このようなパワハラレッスン(?)も当時の人は「ありがたや・・・」と受け入れていたのだろうか?

ワイセンベルクも日本での批評は、あまり芳しいものではなかったと記憶している。中には絶賛批評もあったのかもしれないが、スーパー技巧、スーパーサウンドを讃えつつも、「冷たい」とか「技巧的すぎる。サウンドとしての心地よさは認めるとしても音楽とはそのようなものだろうか?」的な批評が多かったように思う。

魅惑的であることが、人間が心を動かしてしまうということが、ある意味音楽の神聖さを犯す・・・のような?神聖なるバッハは魅惑的にではなく、僧侶のようにノンレガートでポツポツと弾くべし・・・みたいな?ワイセンベルクは、そのような音楽神聖主義のエリートには受けなかったのだろうか?だから僕のような「大衆」に受けたのだろうか?

ワイセンベルクは日本でも「大衆」には絶大なる人気があったので、来日公演も多かったような気がする。ただ時期が早すぎたのかもしれない。絶大な人気を誇っていたのは1970、80年代だったように思う。もし、今ワイセンベルクのようなピアニストが日本に紹介されていたらどのような評価をされるのだろう?大変に興味深いところではある。

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男のくせに・・・ 

 

今は「男子ピアノ」も肩身は狭くはないらしい。逆に「素敵♡」みたいな?「ピアノが弾ける男性って素敵よね?」

そう、昭和40年代とは違うのね。僕の場合、ピアノに熱心ではなかったし、習っているということさえ知らないクラスメートも多かったと思う。合唱の伴奏なんてやったことがない。「ピアノ習ってるの?えっ?楽譜読めないの?」みたいな感じで、伴奏者オーディションなんて初めから対象者にさえならなかったし・・・

それでも言われた。「男のくせにピアノなんか(!)習ってるんだ」・・・

子どもって、絶対に周囲の大人に、そのようなことは言わないので、今も「男のくせに」発言で傷ついているピアノ男子も結構存在しているのではないかと思う。

当時、アレクシス・ワイセンベルクのファンだった。小学生だった僕にとっては貴公子のようで、憧れたものだ。元祖イケメンピアニスト?お花、フリル・・・みたいなピアノイメージを覆してくれたピアニストでもあった。

今もクリスタルクリアな音のピアニストに憧れる傾向があるが、それは昔からだったのだ。

ワイセンベルクのレコードを聴きながら「ピアノは男の楽器なんだぜ!」と一人叫んでいた頃を思い出す。久々にワイセンベルクの演奏を懐かしんでいる。この映像、演奏を聴きながらこう思った。

「男のくせにピアノなんか習ってるんだ」かつてそう言った奴らにこの演奏を聴かせてやりたい・・・

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不寛容に不寛容だったピアニスト 

 

シフラのリストは名演が多い。特に「ハンガリー狂詩曲」や自身がソロに編曲したブラームスの「ハンガリー舞曲集」などの演奏を聴くと、ハンガリーの血・・・みたいなものを感じるかもしれない。実に見事な歌いまわし、そしてパッションを感じる。

突然話題は飛ぶけれど、もし、あなたの息子がこう言ったらどう感じるだろう?「母さん、結婚を前提としてお付き合いしている人がいるんだ。一度会って欲しいんだ」「どんな人なのかしら?是非家に連れてきなさいよ」「驚かないで欲しいんだけど、彼女、日本人じゃないんだ」「えっ???」「あの・・・エジプト人なんだ」「えっ???」

「どこの国の人だろうと関係ないじゃない?あなたが好きになったんだから・・・」脳内がこうなるまでには、どんな母親でも時間が必要なのではないか?

シフラの伴侶となった人はエジプト人だった。今でさえ「えっ?」となると思うが、当時のハンガリー、それも戦争の影が押し寄せるような不安定な時代のハンガリーで二人は結婚した。シフラがロマの血を引き継いでいるのは有名な話だ。どう考えてもロマということで、数えきれないような偏見、差別を受けてきたと想像できる。そのような経験が「自分は絶対にそのような差別をする人間にはならない。僕は一人の人間として彼女を愛した。彼女はエジプト人だった。それだけのことだ。愛する人と共に人生を歩む、当たり前のことだ」シフラの根本にはこのような想いがあったと考えられる。

リスト音楽院への入学も微妙なところだったらしい。一応「年齢が低すぎるので」というのが理由となっているし、実際当時のリスト音楽院には年齢制限下限のようなものもあったらしいが、シフラがロマの血を受け継いでいたということも入学を渋る理由であったのではないかと想像する。そこに鶴の一声を発した人物がいる。エルンスト・ドホナーニ。「才能があるのだから、その子を入学させなさい」ドホナーニは、後に多くのユダヤ人音楽家を匿った人物としても知られている。当時の世相だったからこそ、偏見、差別に真っ向から向き合う人物もいたのかもしれない。

もともと順調なピアノ修業から始まった人生ではなかった。非常に貧しかったし、姉が働き始めて、やっとレンタルのピアノ(!)がシフラ家にやってきた。病気がちだったシフラは姉のピアノの音色を聴いて成長したという。

戦争、そして差別への反抗、この二つがシフラの運命を大きく狂わせることになった。ナチスドイツへの協力を拒んだ音楽家は、その後苦渋を味わうこととなるが、シフラも同様だった。

爆弾の破裂音を近くで聞いてしまったために、彼の耳は半分しか機能しなくなった。CDに残されている数々の名演、片耳で演奏しているということになる。後に捉えられ、刑務所で重労働を課せられた時、手の筋を痛めてもいる。そして徒歩での命懸けの国境越え・・・

そして長期間のブランク・・・

シフラは、考えようによっては「再開組」「やり直しピアノ」のピアニストでもあるのだ。

「まぁ、シフラのような天才だから弾けるようになったのよ」

そうかもしれないが、こう考えてみてもいいかもしれない。「彼には音楽への熱い想いがあった。情熱や憧れがあった。それがシフラをピアニストにした」と。

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超絶派手派手ピアニストという誤解 

 

音楽雑誌やネットによくある「10大ピアニスト」みたいな記事、参考にはなる。そのようなピアニストって基本的に演奏にハズレはない。このような企画(?)での常連ピアニスト、アルゲリッチ、バレンボイム、ポリーニ、アシュケナージ、キーシン、ラン・ラン、ユジャ・ワン、ツィメルマン、ペライア等々・・・CDショップで見かける(クラシックのCDがあれば・・・だが)ピアニストも、大体彼らのものになるし、あとは日本人ビジュアル系の人とか、コンクール覇者組とか。

CDも日本人ビジュアル系は、ある意味冒険かもしれないが、有名どころ(?)はハズレがない。基本的にCDって、演奏はとんでもなかったりしても、そうとは帯などで書かない。素晴らしいピアニストとあるはずだ。選択が難しかったりはする。ユーチューブは気軽だし、CD購入よりは選択の幅は圧倒的に広がるけれど、演奏の質としては、CDよりもはるかに幅があり、数も多すぎて困ってしまう。「練習中で~す」という動画はすぐに分かるとしても、色々なレベルの演奏が混在しているだろうと思う。結局はユーチューブでも有名どころ、安心どころ(?)の評価の定まったピアニストを聴くことになる。

それでもいいと思うが、自分だけの「お気に入り」のような、自分基準のピアニストがいると非常に楽しい。鑑賞生活(?)がより豊かになると言うか?

僕の「お気に入りピアニスト」を紹介していこうと思う。実力の割に無名というピアニストもいれば、有名どころもいる。人によっては「何でこの人が?」ということもあるだろう。人には主観的好みというものがあるから。でも、「えっ?こんなピアニストもいたんだ」と新たな発見と共に、パソコンのお気に入りに入れてくれる人が世界中(日本中?)に一人か二人でもいたら、僕としては非常に嬉しい。

考えてみれば、「ねっ?ねっ?このピアニスト、いいでしょ?」みたいな共有期待(?)のようなものは、自分が演奏する際にも意識することだ。「自分はどう弾きこなせるだろう」というよりは、「ねぇ、この曲いいでしょ?」的なものを聴き手と共有したいから演奏する・・・みたいなところがある。演奏や練習、つまりピアノを弾く動機としては「ねぇ、この曲(サウンド)いいと思わない?」みたいな子どものような動機が主だったりするのだ。「ねぇ、ママ、二重跳びできたんだ。逆上がりできたんだ。見て見て・・・」みたいな?

シフラは誰でも知っている有名どころだと思うが、個人的には少し誤解されているピアニストのようにも思う。なので、最初はシフラを紹介したい。腕達者なバリバリ系(?)のアマチュアがシフラの編曲作品を演奏していたりする。物凄く技巧的にインパクトのある編曲だから挑戦してみたくなるのだろう。どうも、腕達者たちの演奏は、「どう?シフラ本人よりも8秒も速く弾けるんだぜ」みたいな演奏が多いように感じる。そして面白いことに、その道(?)に走る人って男性が多いように思う。譜読みをしてみようと、そして実際に譜読みをして弾いてしまうというのは凄いと思うけれど、シフラって派手派手超絶ショーマン・・・みたいな謝ったイメージが広まってしまったような気もしないではない。

シフラは跳躍が得意だったのかな?あり得ない跳躍技巧が彼の編曲には多いように思う。あとは、シフラは即興名人でもあった。

アピールが必要だったのだろう。戦争でピアノなどに触れない期間も長かった。夜の街のバーなどでピアノを弾いて稼いだ。その後、朝からクラシックピアノの練習を重ねたそうだ。クラシックピアニストとしての実績を自分自身で開いていかなければならなかった。お膳立てのようなものがなかった。「シフラって?」という状態からスタートした。しかし彼には得意なものがあった。それは聴き手にアピールするものでもあった。即興、超絶跳躍技巧・・・

音がクリア、クリスタル・クリアな感じがする。どんなに厚い和音が連続しても「バシャン」とうるさくならない。これは往年系のピアニストたちが持つ美点だと思う。クリアで軽さのある音。

真っ黒系のバリバリ系・・・そうではなく、無名の即興名人がピアニストとして生きるために生み出したサウンドとして、この曲を聴いてみたらどう聴こえてくるだろう?

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心から流れる血 

 

ある方の主催によるチャリティーコンサートには、これまで3度出演した。東京で2回、札幌で1回。別に僕自身チャリティー活動に熱心なわけではない。演奏する機会、それも大きな舞台で演奏する機会が得られるという動機で出演した。

「ああ、僕が振り込んだお金が被災地の人たちの役に立っているんだ!」という喜びに震えながら演奏していたわけではない。貴重な演奏の機会を頂いた、そのような気持ちだった。それは僕だけではなく、出演者の多くはそう感じていたのではないかな?

結果的に振り込んだお金が被災地の役に立つのだから、出演者の動機がどうであれ、それはいいことなのではないかと思う。単純かもしれないが、いいと思う。いけない理由が分からない。

そのチャリティーコンサートは現在のところ休止中。出演者が激減したわけではない。主催者の方に心ないメールが送られたりするから。「偽善者」とか・・・

そのような心ない攻撃メールを送る人は、極々一部の人なのだろう。多くの人は主催者の方を応援している。個人的には主催者の方に頑張って頂いて、チャリティーコンサートを再開してもらいたいと思っていた。いや、今もそう思っている。どうして社会の役に立っている活動が、一部の人のために休止しなければいけないのだろう?悔しい・・・そう思う。

でも、主催者の方にこう言うのも酷なのではないかとも最近は感じ始めた。「どうか再開してください。いいことをしているのですから。攻撃メールを送る一部の人に負けるなんて悔しいし、おかしいではないですか?お辛いでしょうが、そのような攻撃に耐えて頂いて活動を再開して頂きたい」

何百倍も応援している人の方が多いにしても、心ない文章を直接読むのは、僕ではない、主催者の方なのだ。心に血を流すのは、僕でもなく、応援している人でもなく主催者の方なのだ。

どう感じようとその人の自由だ。「チャリティー?偽善的よね」「売名行為なんじゃないの?」そう思う人の心に処方箋を出してあげたい感じだが、でもそう思おうと自由だ。でもそれを直接活動をしている人にぶつける権利はないはずだ。人間として当たり前のことを、そうとは思えないから攻撃メールなどを送るのだろうが・・・

カナダに住むアダムさんとクリスさん、もう10年以上も自宅の庭にクリスマスの飾りつけをしている。「近所の子供たちが喜ぶからね」と。彼らはゲイのカップルだ。今年、恒例の飾りつけ、インフレータブル人形を心ない人たちに傷つけられてしまった。防犯カメラにその様子は残されていた。

被害額は500ドルだったそうだ。でも金額の問題ではない。アダムさんとクリスさんが心に受けた傷、心から流れた血、それが問題なのだ。

ゲイのくせに幸せそうだ・・・

そう感じたのだろうか?自分たちはこんなに不幸なのに・・・と?そう思うのなら思えばいい。でも実際に何かをしてしまうのは許されないだろう。

防犯カメラに映し出された犯行の映像、これを見て心が痛んだ。遠いカナダのゲイカップルのことなど関係ないはずだが、僕の心に血が流れた。

お辛いでしょうが、耐えて頂いて・・・そう簡単に言ってしまってもいけないのではないかと・・・傷は消えないから。流した血は流れ続けるから。

アダムさんとクリスさんは犯人である若者5人に対してこう言っている。

「500ドルを僕たちに返すのではなく、そのお金をチャリティーとして寄付して欲しい。もしくは、近所の奉仕活動などに参加して欲しい」

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吾亦紅 

 

「親を気遣う暇があったら、後で恥じない自分を生きなさい」

杉本真人の母親の形見の言葉なのだそうだ。杉本真人の母親が亡くなった時、友人でもあった作詞家、ちあき哲也が「吾亦紅」という詞を杉本真人に送った。その詞に曲をつけて歌い、「吾亦紅」は杉本真人の最大のヒット曲となった。

ちあき哲也&杉本真人コンビによる名作は数多い。その中でも「吾亦紅」はちょっと異色な作品かもしれない。ちあき哲也の詞って、女心の切なさを表現したものが多い。でも「吾亦紅」は俺・・・が主役だ。わたし・・・ではないのね。

ヒットを狙った曲ではなく、極めて個人的な歌だったのでは?ジワジワとヒットしていったらしい。

現代も(だからこそ?)、このような歌が求められていた?今年の紅白の曲との距離を感じる。

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一時間だけのクリスマス・イヴ 

 

テレビのニュース(NHK)で今年の紅白歌合戦の曲目が発表されていた。子どもの頃以来、紅白などは、ほとんど観ていない。だって退屈なんだもの。今年の曲目、ほぼ知っている曲がない。「津軽海峡冬景色」は知っている。「夜空」も知っている。あとは「for you」も。でもかなり昔の歌ではないか?今は誰でもが口ずさめる歌謡曲は消滅したのか?

クラシック界も低飛行というか、色々と大変なのだろうが、歌謡曲(Jポップ)の世界も大変なんだろうな・・・

昭和時代は歌謡曲全盛時代だった。子どもも高齢者も知っているという曲が多くあった。誰でも知っている曲。なので紅白歌合戦もステイタスがあったような気がする。選ばれるということが名誉だった時代。

フリードマンやホフマンの演奏を聴くと、「ああ、昔はよかった」と思う。同時に現代のスティーヴン・ハフの演奏などを聴くと、「現代も捨てたものではないな」などとも思う。

歌謡曲だと、僕にとって、スティーヴン・ハフのような存在が杉本真人なのかもしれない。このような人が頑張っていて、根強いファンも存在している。昭和の歌謡全盛時代も良かったけれど、今、頑張っている、メッセージを伝えている人もいるのだ・・・そうも思う。

今日はクリスマス・イヴ。世の中にクリスマスソングは数多いけれど、僕はこの曲が好き。

「切ないなぁ・・・」聴いてそう感じられる曲、歌は現在も存在しているのだ。

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黄昏シネマ 

 

クラシック音楽の基準みたいなことを考えた出来事がある。もう10年以上も昔のことになるが、ピティナのセミナーを見学したことがある。ピティナ主催のコンクールの課題曲セミナーみたいなもの。率直な感想としては複雑だった。「このようにこの曲は演奏するんですよ」というものを強制するようなセミナーではなかった。バロック期の課題曲であれば、その曲をどうたら・・・というよりは、バロック期全般の指導法とか、演奏法に関して説明されていたように思う。

でも、ピティナ側講師が課題曲を演奏してしまうんですね。客席の(街の?)講師たちは、その演奏に全く引きずられないのだろうか?テンポ感とか・・・

演奏が始まると、聴くというよりは、客席が一斉にメモ魔と化する・・・という雰囲気ではあった。休憩時に、録音した演奏(本当は禁止なのでは?)を聴きながら、メトロノームを参考に楽譜にメトロノーム記号を書き込んでいる(と思われる)人たちが結構いたように思う。

「それって演奏という行為から、かなり逸脱しているのでは?」とクラシック嫌いの知人は言っていたが、課題曲を講師側(ピティナ側)が実際に演奏してしまうと、それはやはり「模範演奏」と感じてしまう講師たちも多かったのではないだろうか?演奏行為からの逸脱・・・というのは厳しすぎる感想かもしれないが、基準というものが重要視される世界なのではないかと感じたのは事実だ。

そもそもコンクールなんて基準到達度判定の場・・・みたいなところはないだろうか?優勝者に演奏の機会が与えられるということは素晴らしいことだが、正直聴き手としては、「どの人も同じ」みたいな印象さえ持ってしまって、どこかクラシック界が停滞してしまう一因のようにも思えてくる。

どれだけ弾けるか、理解しているか、実行できているか、つまり到達度を聴きたいわけではないのだ。聴き手は演奏者の近親者でも先生でもないのだから、そんなことは関係ないのだ。そうではないものを期待する。でも多くのコンクール組の達者な人たちからは、その「何か」を感じることは非常に少ない。

杉本真人という作曲家がいる。クラシック畑(?)の人ではありません。歌手の時は「すぎもとまさと」という平仮名表記になるんだったかな?作曲家として杉本真人は、ちあきなおみに、かなりの曲を提供している。歌手すぎもとまさと、として、ちあきなおみに提供した曲も自身で歌っている。職人芸的な上手さからすると、圧倒的にちあきなおみに軍配が上がる。ちあきなおみという歌手は、どんな曲であっても「なおみワールド」という色香の世界を表出しているので、単純比較をすれば、歌手すぎもとまさとは不利ではあるのだ。

美声・・・とはとても言えないのではないか?悪声というのは言い過ぎだとしたら、だみ声(同じか?)?上手基準であるところの適度なヴィブラートにも欠けているような?

でも惹かれるんだよね。

クラシックと歌謡曲とは比べられるものではない・・・それを言ってしまってはお終いのような気はするが。

すぎもとまさと(杉本真人)の曲としては、この曲は地味な部類になるのかもしれない。でも僕はこの曲、歌い方、声がとても好きだ。何かをドスンと落としてくれるし、元気が出てくる。包んでくれるというか?

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上手い人基準 

 

「声なんて関係ないんです。上手く歌おうとか、歌えなかったとか、関係ないんです。心で歌うんです」先の動画の中で二葉百合子が言っていた言葉。「決まりました!」という感じ?でも二葉百合子という大御所が言うから決まるのであって、例えば僕などが言ったとしたらどうだろう?おそらく「フ・・・素人は気楽でいいわね。心・・・だってさ」みたいなことを言われるかもしれない。

心をどう伝えるか・・・この部分なのだろう。例えば、心が大切だとして、レッスンで先生から「心で弾きましょう」とだけ言われたら、相当困るだろうと思う。心で演奏しているように第三者(聴いている人)が感じるような、具体的なノウハウを教えてください・・・と思うだろう。

そもそも、クラシック音楽は敷居が高いなどと言われる。「クラシックなんて高尚なものは私なんかには分からない」みたいな?作品そのものが難しいとされてしまいがちだが、そうだろうか?それとも単なる聴き手の問題なのだろうか?演奏者にかなりの責任があるのでは?

ツラツラと達者であれば心が動くわけではない。なにやら難し気な曲を達者に弾いた、次の人もやはり同じようにミスもなく達者に弾いた、でも何も感じない・・・これは作品の責任?聴き手の責任?豚に真珠ということ?

演奏がつまらないのでは?心に何も響かない。ドスンと何かを心に落として欲しいのに・・・それだけでいいのに・・・

「心で歌うんです」この二葉百合子の言葉が重く響いてくる。

クラシックだけではなく、その他のジャンルの音楽にも「この人上手い!!!基準」のようなものはあるような気がする。のど自慢大会で鐘を沢山鳴らすような歌声、歌謡勝ち抜きコンテストで優勝するような歌声、カラオケの自動判定もなんのその、高得点をたたき出すような歌声。上手い歌手、パッと連想してみる。尾崎紀世彦とか五輪真弓、ちあきなおみ、美空ひばり・・・この人上手い基準にピッタリと入る人たち。

でも「この人上手い基準」みたいなものから外れているような、ある意味「ボソッ・・・」とした歌声に心惹かれることもある。クラシック音楽の場合、基準が厳密というか、狭いのだろうか?歌謡曲やポップスみたいなジャンルでは、鐘三つ・・・がせいぜいかと思われるような歌声に心を奪われてしまうことも多い。心にドスンと来るか、来ないか・・・という価値基準のようなものが、聴き手に備わっているのだろうか?何故クラシック音楽の場合も、そのような基準があっていけないのだろう?

バート・バカラック、この人は作曲家として有名。個人的にはディオンヌ・ワーウィックなどが朗々と、それこそ「上手い人基準」で彼の名曲を歌っている。彼の代表作「アルフィー」はバーブラ・ストライサンドのバージョンが最高だ。美声とコントロール力の勝利・・・みたいな歌唱だ。

バート・バカラック自身の歌声。自作自演ということになる。僕は、彼の歌唱を「上手い人基準」の歌声とは感じない。鐘三つタイプ?でも心にドスンと来てしまう。なんなのだろう?これはなんなのだろう?

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岸壁の母 

 

デビュー後はヒット曲にも恵まれ演歌の大御所的な存在でもあった坂本冬美。一時休業していたことは知らなかった。歌手をやめようかと思い悩んでいた時期もあったのだ。

復帰に至ったのには、二葉百合子との出逢い、「岸壁の母」との出逢いがあったらしい。

新人ではないのだ。不動の人気を誇っていた歌手なのだ。再び弟子入りをするという発想、行動に驚く。

「声なんてどうでもいいんです。上手く歌えたとか、歌えなかったとか、どうでもいいんです。心で歌うんです」

ピアノも同じだよなぁ・・・と思う。でもそれが難しいんだよね。

坂本冬美、これまでも歌の上手い歌手だなとは思っていたけれど、それだけではなく、ちょっと評価が変わった。

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梅干し会社から 

 

なんて初々しい・・・

18歳、まだデビュー前の坂本冬美。和歌山出身なんですね。和歌山と言えば、紀州梅干し。その梅干しの会社に勤務していた。これだけ歌えれば、本人がどうであれ、周囲が放ってはおかなかっただろうと思う。

往年のオペラ歌手と同じだなと。コレッリはデビュー前は船舶会社の社員、つまり会社員だったし、バスティアニーニはパン工房で働いていた。もしかしたらパン職人として一生を終えていたかもしれなかった。でも周囲がそうはさせなかった。

「やってみないか?」「うん、歌が好きだ。俺、やってみるよ・・・」

同じようなことが坂本冬美にもあったのだろうと思う。作曲家、猪俣公章がその役目をしたのだと思う。この時点でプロに習っていなかったというのも驚きだ。

ついつい思ってしまう。「これだけ歌えればねぇ」「才能がおありの方は違うのよ」みたいなこと。物凄く上手いが、それだけではなく、内側からの何か、18歳の時点でそれを感じる。

これだけ歌えても、やはり作曲家のレッスンを受けると変わるのだ・・・そこも興味深いところだ。

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君に捧げるLOVE SONG 

 

ここ一か月間の心情としては、こんな感じだったかな?

岡林信康の歌って、どこか社会の矛盾を突く・・・みたいな歌が多いような気がする。クリスマスに聴くという感じの歌ではないような?でもこの曲は、今の時期の僕にとっては・・・だが、相応しいような気がする。

岡林信康の曲としては、ちょっと異色な曲なのだと思うが、これは岡林自身の実体験から生まれた曲なのだそうだ。

何もできない。ただ自分は自分の道を歩んでいく。それが証し・・・

今の自分の心情を代弁してくれているような歌だ。

クリスマスにも相応しい。自分にとっては・・・

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音の歳時記 

 

部屋の中、一応クリスマスの飾りつけをしている。信仰があるわけではなく、クリスチャンではないのだが、飾りつけやケーキぐらいはいいのではないかと思う。初詣だって僕は無宗教なわけだから、別にいらないのだ。でもお参りには行きますね。自分にとっての「歳時記」みたいなものだろうか?

順調に歳時記を描いていくことに慣れてしまっていた。桜の時期は、当たり前のように「開花したんだね」と思い、正月には、おせち料理を食べる。当たり前の日常的なこととして捉えていた。

今年のピアチェーレは精神的に辛かった。11月に入って、歳時記が通常とは異なるものとなったから。最後の追い込み練習の時期と重なったし、本番でも心の中では、実はピアノどころではなかった。聴いてくれた人には大変失礼なんだけれど・・・

自分のこと、これは自己救済というのだろうか、最大限の内なる力を総増員してなんとかしていくものだ。でも自分以外のこととなると・・・

「お子様が救急搬送されました。意識がない状態です。○○病院です」そのような知らせを受けて、2週間後に、どうしても演奏しなければならない場がある、そんな感じに近かっただろうか?ピアノどころではない。でも弾かなければ、練習しなければならない・・・のような?

意外と本番では、緊張はいつも通りしたけれど、割と淡々と(?)演奏できたのではないかと自分では思っている。ピアノなんて、歳時記の中では些細なことなんだろうか?そのような心理状態の中、暗譜で弾いている自分に驚いたりもした。「普通に弾けてるじゃない?」と。「失敗したらどうしよう?」みたいな「自分のこと」を考える余裕が一切なかったとも言える。それどころではなかった・・・

それから一か月が経過し、自分の歳時記も例年通りのものとなった。でも、クリスマス・ソングを聴く気にはなれない。例年この時期はクラシックを聴く気分にはなれなくて、いつもはクリスマスの曲を往年の歌手やバーブラ・ストライサンドのCDで満喫するのだが、今年は違った。

暗い曲ばかり聴いている・・・そう思った。でもそれが今の自分にとって、自然なことなのかな・・・とも思った。

今の時期の自分の歳時記として、今年のクリスマス・シーズンに聴いている曲を記録したくなった。

ブロッサム・ディアリー・・・声に癒されている。

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粋なオジサンたち 2 

 

やはりパープル・シャドウズも若い頃の姿を知らない。50年前の彼らを知っている人は「年取ったな」と感じるのかもしれないが、僕には「かっこいいオジサン」としか映らない。

客席も萌えていて、「ああ、青春♡」という一体感を感じる。

ギター、上手くないですか?

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粋なオジサンたち 1 

 

僕はグループサウンズ全盛時代を知らない。おそらく、僕よりも10歳ほど上の年代の方たちには、非常に懐かしさを感じさせるサウンドなのだろう。「我々はGSを聴きながら青春を過ごした」みたいな?

曲そのものは知っている。そこが不思議なところだ。ヴィレッジシンガーズというグループは知らなくても、この「亜麻色の髪の乙女」は聴いたことがある。島谷ひとみという歌手がカバーして、最近ヒットした曲なのだそうだが、僕は島谷ひとみバージョンは聴いたことがない。なので、最近のカバーでこの曲を知ったわけではない。何故か曲そのものは知っていたということになる。テレビで幼い頃聴いた記憶はないのだが、知っている・・・

グループサウンズの人たち、その昔は紅白歌合戦に出場できなかったのだそうだ。品行方正なNHKに不良グループはそぐわない・・・と。今だったら考えられないし、じゃあ、今の紅白って?などとも感じる。

当時は、長髪でエレキギターを鳴らしながら歌うなんて不良だったのだろうか?

全盛時代、現役時代を知る世代にとっては、現在の彼らの姿は「ああ、懐かしい」「ああ、年取ったな」「ああ、普通の人になっちゃったな」みたいなことを思うのかもしれないが、僕は現役時代の姿を知らないので、単純に「かっこいいオジサンたち」「かっこいい先輩たち」と感じる。

芸能界のオーラが消えてしまった・・・そうなのかもしれないが、僕には普通の人がエレキギターを、ドラムを操り、歌まで歌っているという新鮮な印象がある。70歳近い(過ぎた?)オジサンたちが、かっこいい・・・

なんだか自分の目標にしたいような姿なのだ。そろそろ定年かな・・・と思わせるような、会社の管理職のようなオジサンが、青春真っただ中・・・のような?自分にとっての理想像のような?

今の20歳の人が還暦を迎えた時、青春の歌って残っているのかな?

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ウィーンのアンディさん 

 

僕が密かに(?)ウィーンのアンディさんと呼んでいる、世界の大人ピアノの仲間の一人。

決して驚くべき超絶技巧を披露しているわけではないけれど、しかも悪評高き(?)電子ピアノでの演奏だけれど、この人は引き出しが実に豊富なのだなと感じる。

「本当にウィーンものが好きなんですね?」

ウィーンのアンディさん、ビジュアル的にピアノ男子という感じではない。マッチョな感じ?でも弾いている姿と演奏の絶妙なるミスマッチが魅力的。

この演奏、「一応つっかえずに弾けるようになったから表現を考えました」という手順を踏んだ演奏には聴こえない。

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昭和練習からの脱却 

 

大人の再開ピアノ、かつて子ども時代に習っていた昭和ピアノの習慣を引き継いではいないだろうか?ワシワシと練習して、つっかえなく一応弾けるようにする、その後先生のダメ出しをもらう。「そこ、歌えてないわ~」と。一応弾けてから・・・という昭和感覚をそろそろ捨ててもいいのかもしれない。

今自分が弾いている曲よりも、シンプルな曲を弾いてみる。ショパンのスケルツォを弾いているのだったら、モーツァルトのソナタのゆっくり楽章、多くの場合、第2楽章を弾いてみる。例えば、K.545のような。シ~レドしドレ~シソ・・・のような曲。大人の場合、いつピアノが弾けなくなるのかは分からない(?)ので、憧れの曲をキープしておくのはいいと思う。スケルツォは練習継続でいいと思う。

モーツァルト、「一応弾けるんだけど・・・」となる場合が多いのでは?でも最初のシ~の場面、左手の伴奏とのバランスは絶妙ですか?フレーズの頂点とか、呼吸のような伸び縮みは絶妙ですか?ソ~ラソファ♯ミレドレーシソ・・・ラの音、バシン・・・みたいな音で弾いていませんか?

素敵なサウンドを自分の引き出しの中に入れておく。モーツァルトの室内楽とかオペラとか。そのサウンドを一瞬でも自分なりに具現化できていますか?例えばサークル練習会の雑談タイムで、談話中の人たちのテンションを自分の演奏にモーツァルトで集められますか?「えっ?素敵?」のように・・・

昭和時代のピアノレッスン、僕の記憶だと先生はダメ出ししかしてくれなかった。どうやったら・・・の部分が欠けていた。その昭和の残り香のようなレッスンは今は全く過去のものとなったのだろうか?音を弾けるように→先生のダメ出し→本番では言われたことを注意して弾く→なんだかな・・・その繰り返し・・・

この昭和手順は今も消滅していないのでは?曲作り、譜読み、曲作りのノウハウ、弾き方・・・は最初から先生と行うと発想転換してみたらどうだろう?「そこ、バシンとなってない?」「あ、本当だ。どうしたらいいんですか?」「こうしてみたら?」「あっ、本当だ・・・できた・・・」このような共同作業というか、具体的なレッスンがこれからの時代には求められてくるのではないだろうか?

生徒側も自分の理想サウンドを「一応弾けてから考える」ではなく、譜読みの段階から具現化してみる・・・

具現化の領域は先生の具体的アドバイスの助けを求める。「あっ、本当だ」みたいなこと。引き出しの中の理想サウンドは自分で豊富にしておくのだ。「ああ、この箇所はヘルマン・プライがパパゲーノのアリアで歌っていた、あの部分みたいに・・・」その具体的方法を先生に求めるのだ。

できない→レッスンでの具体的なアドバイス→できない→具体的アドバイス・・・のような?レッスン室ではできても、自宅での練習ではできないことが多い。でも「あっ、本当だ」の部分がなければ、曲だけ変わって、いつまでも「音並べの自分」からは脱却できないのではないだろうか?

先生方へのお願い、是非「具体的なもの」を生徒に与えて欲しい。「こうすれば?」のような。生徒は次のレッスンではできていないかもしれないし、後退しているかもしれないけれど、レッスンでの「あっ、本当だ、できた」はとても大切だと思う。

生徒は「音が弾けてから・・・」「上達してから・・・」とか先送りせずに、譜読み段階で自分の脳内理想サウンド、素敵サウンドを具現化しようとすること、先生のヘルプは必要だけれど、理想サウンドを捨てないこと。理想サウンドを最初から求めること、それが練習・・・と発想の転換をしてみること。

ああ、なんて躍動感を感じる演奏だろう?別にJ.シュトラウス父の作品を弾くわけではなくても「ああ、いいじゃない?」「素敵だよね」と感じたのだったら、それを引き出しの中に入れておいて、自分が弾く曲では譜読みの段階から具現化しようとしてみること。

次回は、このヤンソンスの「ラデツキー行進曲」の躍動感、幸せ感を自分の演奏で具現化している人を紹介したい。

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真剣な趣味 

 

「どうせ趣味なんでしょ?楽しければいいじゃない?今さらプロのピアニストになれるわけでもないんだし・・・」こんなことを言うピアノ教師は存在するのだろうか?「まさか、いないわよ!」という声が聞こえてきそうだが、こんなことはないだろうか?A君は基礎力が足りない。古典派の作品のスケールとか、かなり弱点が露出してしまう。でもギロックのある種の曲だったら、その弱点が隠される。「一応雰囲気も出して弾いているじゃない?ソナチネ?う~ん、A君は音大に進むわけじゃないし、ギロックのような曲だったら練習してきてくれるので、まぁ、いいんじゃない?」

いいわけないよね?・・・と僕は思うのだが?逃げのギロック、逃げのキャサリン・ロリンでいいの?

「でも本人は楽しんで弾いているのだから・・・」楽しさって何?

曲を美しく、音楽的に演奏するということに対して、「趣味なんだから・・・」と教師側が思ってしまうのは、これは怠慢ではないかと。逃げのギロックでピアノを辞めたA君が社会人になってピアノを再開したとする。その時に「ああ、あの時もうちょっときちんと習っておけばよかった・・・」と絶対に思わせないのが重要なのではないだろうか?ブランクが長くてということではなく、絶対に子ども時代のピアノで後悔させてはいけないのでは?

真剣な趣味というものもあると思う。真剣=専門的に学ぶ=音大進学=ピアニスト・・・今の時代、こんな設計図は時代遅れではないだろうか?

「趣味なんでしょ?」この言葉の根底に差別意識を感じる。「どうせあなたは・・・」みたいな。音大になんか行かない。でもピアノは真剣に習いたいの。だって美しく弾きたいから・・・この当たり前の欲求に専門も趣味もないのでは?

アメリカ、テキサス州の、ある高校生たちのパフォーマンス。普通(?)の高校の、ある意味部活動みたいなものだろうか?舞台に立っている全員がブロードウェイを目指しているわけではないだろう。ほとんどの生徒が大学に進学したり就職したりするのだろう。趣味・・・になるのだろう。専門・・・ではないよね?

彼らのパフォーマンスは真剣な趣味のように感じる。

「趣味だったら楽しければいいじゃない?」「ミュージカルなんかに夢中になっていないで将来のために勉強したら?」

高校生たちから学ぶことも多々あるような気がする。

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来年 

 

来年は愛の溢れる年になって欲しい。人を攻撃するのではなく、人を差別するのでもなく、ただ愛が溢れた年に・・・

人は不幸を耐え忍ぶことよりも、幸せを受けとめることのほうが難しいらしい。ジョン・ラスキンという人の名言。彼はこうも言っている。その人が何を考えているか、信じているか、それは関係ないのだと。重要なのは、その人が何をしたのか・・・何をするのか・・・

これは、コダック社のCM。

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自分を虐待しない 

 

「専門的に学ぶの?音大に行くの?違うのね?じゃあ趣味になるから楽しくレッスンしていきましょう」

世間ではどれだけこのようなことがあるのだろう?僕が変わっているのかもしれないが、この「趣味なんだから・・・楽しく」という言葉、差別されているように感じる。「専門に行けないから仕方ないね。まぁ、弾くのは自由だし・・・」みたいなニュアンスが隠されているように感じてしまうのだ。

70歳の人がサークルでシンプルな曲をトツトツと弾く。それだけでもいいじゃない?そうだろうか?その70歳の人は進歩するかもしれないじゃないか?75歳になった時には、トツトツ・・・ではなく人の心を動かすほどの流麗さを身につけているかもしれないじゃないか?70歳?そのぐらいでいいんじゃない?これは差別に感じる。まぁ、そう感じる僕が変わっているのだろう。

アメリカの田舎にH君という15歳の少年が住んでいると仮定する。このH少年は歌が大好き。特にミュージカルが好き。ある時、バーブラ・ストライサンドの「The Broadway Album」というCDを購入した。H君はバーブラの存在は知っていたけれど、歌は聴いたことがなかった。女優として認識していたところもあった。

「ああ、なんて躍動感を感じる歌い方なんだろう?なんという声!!!ソンドハイムという人の詞も凄い・・・」H君の心も躍動してしまったのだ。「ああ、僕も歌ってみたい。このように歌ってみたい・・・」

この場合、田舎に住むH少年がバーブラ・ストライサンドのように、それ以上に歌えるということが重要なのだろうか?H君の心が動いたということが重要なのではないだろうか?何が心を動かしたのか?それを自分でも探してみたくなったのだ。動かしたものを追う、それが重要なのではないか?

自分の心を動かしたものに、そこに忠実でありたい。「どうせ趣味だから・・・」「○○さんのような才能なんかないから・・・」「もういい年齢だし・・・」

これって、自分を自分で虐待していませんか?できる、できない・・・ではないのだ。自分を動かしたものに忠実でありたい。それは傲慢でもなんでもないと思う。

我々大人はH君のようになってはいけないのだろうか???

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Being Alive 

 

バーブラの「The Broadway Album」が発売されたのは、たしか1985年だったと記憶している。つい最近・・・という気がしていたが、もうそんなに昔のことだったのか。

グラミー賞も受賞したし、ビルボードのアルバムチャートで1位にもなった。全作品がブロードウェイ作品ということで、しかもバーブラが歌ったということで話題になったし、大変にヒットしたアルバムでもあった。つまり「さすがバーブラ・ストライサンド!」というアルバムだった。そう言えば、バーブラってデビュー当時はクラブ歌手からブロードウェイのスターに登りつめた歌手だった・・・

「The Broadway Album」は、実はお蔵入りするかもしれなかったアルバムでもあった。バーブラ陣営の企画に、レコード会社の重鎮たちが最初はOKを出さずに渋ったのだ。

「あのバーブラが久しぶりにブロードウェイの名曲を歌うのに?大ヒット間違いなしでは?」

おそらく、バーブラがブロードウェイの大ヒットナンバーを歌えば、レコード会社側も反対はしなかったのだろうと思う。でもバーブラの選曲は、そのような大甘(?)の曲ではなかった。有名なミュージカルから選曲されてはいたが、超有名曲ではなく、脇役的な曲を選んでいた。さらに、作品としてスティーヴン・ソンドハイムの作品が多数選ばれていた。

スティーヴン・ソンドハイム、あの「ウェスト・サイド・ストーリー」の作詞者として知られている。数多くの作品の作詞をしていて、作曲者としても「悲しみのクラウン」など、美メロディーの作品を生み出してはいるけれど、やはり作詞者として有名な人なのだ。

バーブラの選曲は、ソンドハイムの歌詞に惹かれての選曲だったのだろう。「The Broadway Album」はレコード会社からすれば、通好みで、地味なアルバム企画とうつったのだろう。むろん、バーブラは保守的な重鎮たちの意見に素直に従う人ではなかったから、強引に企画を通し(?)アルバムは発売された。

たしかに選曲は地味だったのかもしれない。僕自身はそれほどブロードウェイのミュージカルに詳しくはないので、正直地味とは感じなかったけれど、たしかに「マイ・フェア・レディ」の「踊り明かそう」みたいな曲は選曲されていないなとは思った。

ミュージカル「カンパニー」(知ってます?)から「Being Alive」という曲。アルバムの中で、最もソンドハイム色の濃い作品であり、歌唱なのではないだろうか?

♪ あなたと同じように迷いながら生きている いつまでも生きていたい 誇りを持って生きていたい・・・

kaz




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動機の見える演奏 

 

緊張しない方法、それはないのかもしれない。緊張した場合でも何ができるかを考えたほうが得策。それはそうなんだけれど・・・

自分の出番の一つ前の人の演奏、その人の演奏が妙に上手かったりすると落ち着かない。逆に、一つ前の人の演奏が波乱万丈的な演奏でも落ち着かなくなる。舞台袖から中央に歩いていく場合でも、直前まで聴き手として客席にいて、ピアノに向かっていく場合でもだが、その時何を思っているか・・・これは重要なのではないかと思う。

「無事通過(?)できますように」とか「練習の時のように弾けますように」とか?「崩壊は避けたい」「真っ白にだけはならないように」とか?

その曲に取り組もうと思った動機、つまり最初の出発点に戻ってみたらどうだろう?その曲を弾きたいと感じた、そもそもの動機。つまり本番という最終点で出発点を描いてみる。

人の演奏、表面的なミスなどは、あまり気にならない。それは多くの人が気づいている。でも自分の演奏となると、たった一つの音を外しただけで「ああ、この世の崩壊・・・」などと感じる。差があるんだよねぇ。これって「何を思いながら弾いているか?」ということなのかもしれない。人の演奏は「演奏」を聴く。自分の演奏は「当日の出来栄え」を聴く・・・みたいな?

世界の大人ピアノの仲間たち、この人の演奏からは動機が見える。何故にわざわざ歌曲をピアノで弾くのか?リヒャルト・シュトラウスを弾くのか?「あすの朝」を弾くのか?

動機が見える。

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「あすの朝」 

 

震災の直後って来日を予定していた演奏家のキャンセルもあったような気がする。でも、中には来日を決行し、「このような時だからこそ・・・」と日本で演奏をした人もいる。

この演奏会は震災から約一か月後、東京でのもののようだ。被災地ではない東京でも、かなり揺れたし、計画停電などがあったことも思い出す。普通のこと、当たり前のことが、実はどれほど尊いものであったのか、例えば「明日がある」とか、そのようなことが、当たり前のことではなかったということを思い知らされた時期でもあったように思う。

リヒャルト・シュトラウスの作品って、ピアノ弾きには、どうも接点が少ない。歌曲などを聴くと、光に包まれて、陶酔の中、昇天してしまいそうな感覚を覚える。

「あすの朝」という歌曲、この曲のピアノパートは、もはや伴奏ではない。歌との二重唱と表現してもいいだろうと思う。有名なソロ作品を残してくれなかったのかもしれないが、「あすの朝」のピアノパートを残してくれただけでも、リヒャルト・シュトラウスのピアノでの功績は大きかったのではないか?

世紀末の美、リヒャルト・シュトラウスのピアノの世界・・・

kaz




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