ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

聖なる作品 

 

僕が初めて小津映画に接したのはいつだっただろう?子どもの頃だったか、あるいは中学生ぐらいにはなっていたか?記憶は定かではないが、テレビで観た「東京物語」が初めての小津映画だったと思う。まだレンタルビデオなんて一般的ではなかった時代だったのは確かだ。

両親とも、特に小津映画ファンということもなかったと思うが、放送前から「これはいい映画だ、お前も観なさい」と半ば強制的に(?)テレビの前に座らせられたような気がする。正直、淡々と物語が進行していくだけ・・・という印象で、小津映画初体験は、子どもだった僕に鮮烈な印象を残したとは残念ながら言えない。

「伝記みたいだなぁ・・・」と思った。学校の図書室で借りてきて読んだ「りょうかんさま」とか「キュリー夫人」「モーツァルト」といった伝記を読んだ後の読後感と似ている・・・

「いい人」なのだ。子ども向けの伝記なので、主人公は「いい人」であるのだが、どの偉人も品行方正で立派であり、「自分とは違うなぁ・・・」などと思っていた。子どもなりに、子どもだからこそ、心の中の自分の「狡さ」のようなものは自覚していたし、それを「子どもらしさ」というもので隠していたようなところも自分にはあったので、伝記の人たちは「もとが違うんだぁ」と感じていた。たしかに子ども向けのモーツァルトの伝記に、スカトロ趣味なんて盛り込めないよなと思う。

「東京物語」の原節子が演ずる「紀子」という人物に似たような印象を持った。「いい人」なのだ。伝記の人みたいと。

僕の父の世代にとって、原節子という女優は偶像化していたような印象がある。マドンナ的存在であり、どこか聖なる憧れを持たれていたような?たしかに美しい女優だけれど、おそらく小津映画の「紀子三部作」によって、その聖なるイメージが確立されていったのではないだろうか?

「東京物語」は1953年の映画らしい。僕の母が娘時代だった頃だ。当時、日本の一般家庭で紀子のような話し言葉が普通であったとは思えない。紀子というキャラクターだけではないが、小津映画の登場人物の話し言葉というものが、ある種の「小津らしさ」みたいなものを作り出していて、それが違和感というか、現実にはないだろう・・・的な雰囲気をも醸し出していた。子どもだった僕にはそう感じたのだ。

紀子三部作の中で、この「東京物語」の紀子だけが、嫁入り前の娘役ではない。未亡人なのだ。たしか次男の嫁で、その次男、つまり紀子の夫は戦死している。亡くなってから8年が経過している・・・という設定だったと思う。

東京に住む実の子どもたちは親を、どこか邪険に扱う。「この忙しいのにお父さんたち、東京見物に来るんですって・・・」のように。子どもたちにも、それぞれの生活、人生があるのだ。尾道から出てきた老夫婦を歓待するのが、未亡人、つまり血のつながっていない「元嫁」である紀子なのだ。あくまでも聖なるいい人なのだ。

「あんたはいい人だ」「そんなことないんです」「いや、いい人だ」「私、狡いんです」「いや、あんたはいい人だ・・・」

紀子を偶像化し、聖なるマドンナとした男性、「今時こんな女性いないよな、原節子(紀子)・・・いいなぁ・・・」このような男性は、軟弱で時代遅れなのかもしれない。「まっ、言葉使いからして男尊女卑じゃない・・・」みたいなことを小津映画から感じる現代女性はいるのかもしれない。分からないけれど。妻だけが夫に丁寧な言葉を使うなんて・・・と。

たしか「彼岸花」だったと思う。あまりにも映画の中の古風な女性像に、ある人(忘れたが)が「今時の女性はこんなことしないわ」と小津監督に言ったのだそうだ。小津監督は、ただ一言「僕はそんな女は嫌いだ」

なぜ紀子は「私、狡いんです」と義理の父親(笠智衆です)に言ったのだろう?そしてワッと泣き出したのだろう?

誰にでもあり、そしてそれは他人には絶対に見せない心の中のドロドロとしたもの、それを小津監督は淡々と、気づかせないほどの淡々さで表現しているのかもしれない。人生も後半期になると、なんとなくそのことを感じるようになってくる。

この会話、1953年頃には普通だったのだろうか・・・この言葉使い・・・

紀子さん、いい人・・・なのだ。

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東山魁夷 

 

少し前に蓼科の御射鹿池の映像をブログに貼りつけた。とても神秘的な場所で、来月訪れるのが楽しみだ。最初は「なんだ、農業用のため池か・・・」と少し(かなり?)バカにしていたところもあったのが恥ずかしい。

「御射鹿池・・・東山魁夷だね」と友人が言う。「東山カイイ?」

僕は全く知らなかった。とても有名な人なのだそうだ。「御射鹿池は、たしか『緑響く』という作品の場所だったんじゃないかな?」

「Kazは東山魁夷、知らないの?日本人だったら、まず誰でも知っているような画家だよ?」

そうなのか、知らなかった・・・

その友人は、クラシック音楽に不案内、というか、クラシック音楽が苦手で、「白鳥の湖?ショパンだっけ?」などと知識が皆無の人。「もう少し常識範囲でいいからクラシック音楽の知識も養えばいいのに・・・」などと生意気なことを(少しだけ?)思ったりしたこともあったが、もうやめようと思う。

二つ目の絵が『緑響く』・・・う~ん、たしかに御射鹿池だ・・・

なんだか、事実がそこにある、そこに向かっていく・・・という世界のように感じた。癌を宣告されて、死が先に事実として横たわっている・・・のような。

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日常の綾を積み重ねて・・・ 

 

ピアノを弾くということは、日常生活の中での「非日常性」というものを感じさせるものなのだろうか?たしかに人前で演奏、発表会などで、舞台の上で、しかもドレス姿で多くの人(椅子?)の前で演奏するなんて、非日常的体験ではあるだろう。ドレス姿の人が、実は朝、子どもの弁当作りで塩鮭を焼いていたり、ゴミ出ししていたりするのかもしれない。発表会だと夕食も作れなかったりして、夕食のカレーを家族のために煮込んできたのかもしれない。

そのような意味では、(人前で)ピアノを弾くということは、日常的ではなく非日常的なものでもある。毎日の平凡な営みとは正反対のところにあるもの。

あるピアニストの演奏に感動して泣いてしまったとする。このような経験は誰にでもあると思うし、あるからこそピアノというものを弾いているのだとも思うけれど、これも日常的体験なのではないかと思う。音楽を聴いている時には意識しないけれど、音楽が心の綾・・・のようなものに直接タッチしてくるような感覚?その心の綾は絶対に他人には見せないものだし、日頃は自分の中に、時には無意識のレベルでしまっているものだけれど、音楽、演奏がそれを開けてしまう・・・

感じたという感性は、自分だけの、しかも日常的なものなのに、ややもすると、自分が弾くという行為になると、これも無意識レベルで非日常的なものにしてしまう。自分=日常=俗っぽい、プロのピアニストの演奏=非日常=崇高・・・とでもいった仕分けがあるかのように、どこかに「感じた自分」というものを置き去りにしてしまう。自分の感性、自分が感じたという事実を不当に自分自身で下げてしまう。

まずは弾けるように、まずは基礎を固めて、とにかくチェルニーやハノンをワシワシ練習してから・・・のように。日常的な私が非日常的な感動的な音楽に触れるなんて・・・みたいな?指も動かないのに、音楽的な、感動的な演奏を目指すなんて、とんでもございません・・・みたいな?音楽を感じて泣いた感性はどこに?弾けるまで自分の気持ちは封印?

感動というもの、それを音楽から貰う、感じる、これは日常生活、つまり、その人の人生の中の小さな心の綾の積み重ねと無関係ではないと僕は思う。

小津映画を、まだ観たことがないという人は、やはり代表作「東京物語」を最初に観るといいのではないかと思う。地味なシーンなのかもしれないが、「とよ」が孫に語りかけるシーンがある。孫は祖母の言葉なんか聞いてはいないのだ。孫に語るというよりも「とよ」の独白シーンだろうと思う。小津映画なので、大袈裟なところはない。東山千榮子のセリフも表情も淡々としたものだ。「あんたがお医者さんになる頃、おばあちゃん、居るかのう?」セリフの言い回し、セリフ後の空間・・・僕には孫なんかいないけれど、このシーンを見た時、「ああ、切ないほど分かる、切ないほど同じだ」と感じた。この感覚は音楽を聴いた時と同じものだ。同じ種類の切なさ、そう感じた。

こんな不幸な私に誰がした?私が不幸なのは世の中の責任、このように感じながら生きている人は少数だと思う。逆に、蝶よ花よ、思い悩むことなんか皆無、すべてがハッピー・・・という人も少数だろう、と言うよりも、こちらは皆無だと思う。ほとんどの人が平々凡々な毎日を営んでいる。その中でも小さなことが積み重なるのだ。それを声を大にして赤裸々に語ったりはしないだけなのだ。心の中に蓄積されていると言うのかな、心の中に織り込まれていくと言うのかな・・・

音楽はそれを代弁してくれている、日常的な中での積み重なった綾を代弁してくれている、僕はそう感じる。

まずは基礎を・・・

それはそうなのだろう。でも、いつかはピアノは弾けなくなる。そのような日は必ず来る。その時に自分なりの、日常的な綾を音楽で代弁しようとしなかったら、かなり後悔するのではないかと思う。

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ピアノの老後対策 3 

 

何か話す度に周囲が驚き、離れていくような気がする。私は私なのに。変わらないのに。

息子と名乗る人も現れた。私に息子なんていたかな?すると、あの女性は私の妻なのか?訊いてみたい。本当なのかと。でも彼らの寂しそうな顔を見るのは辛い。いい人たちのようだ。でも私が話すと彼らは哀しくなるようだ。黙っていようか?もう何も語らずに・・・何もせずに・・・

ある時、ふと気づいた。歌を歌うと彼らが安心することに。私は歌手だった。それは覚えている。音楽が鳴ると歌いたくなる。ならば歌おう、そう思った。私も幸せだし、彼らも幸せだったら歌おう。

私はアルツハイマーという闇の中にいるのだそうだ。彼らの哀しみと関係があるのだろう。世界には私と同じような人が沢山いて、私のように闇の中にいるのだそうだ。

「そのような人たちを元気づけてあげよう・・・」息子と名乗る彼からそう言われた。

「私に何ができる?」「歌えばいいんだ。父さんの歌が同じような境遇にいる沢山の人に、その家族に勇気を与えるんだ」「歌えばいいのか?」「そう、いつものようにね」

ロンドンにある、なんとかという有名で由緒あるスタジオでレコーディングをするらしい。昔は場所の名前なんて忘れたことはなかったのに。やはり私はアルツハイマーということなのだろう。

「これは何だ?」「マイクだよ。これが音を拾うんだ」「ここに歌えばいいんだな?」「そう、いつものように・・・」

「歌は好きだ。昔から好きだった。だから歌っているんだ。それだけでいいんだな?」「そう、それだけでいい・・・」

CDというものになるのだそうだ。私は見たこともないが。売り上げはアルツハイマーというものの研究資金になるのだそうだ。まあ、それもいいだろう。

彼らには迷惑をかけてきたようだ。でも彼らは笑っている。私も笑いだしたい気分だ。

歌い続ける、それでいいのだと思う。

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表現なのか、説明なのか? 

 

中野 翠の「小津ごのみ」(筑摩書房)という本と共に小津映画を楽しんでいる。この本はローアングルがどうとか、映画技術がうんたら・・・ということではなく、変わった切り口の本というか、非常に斬新、かつ分かりやすい小津入門書だと僕は思っている。

この本の中で著者が小津映画について語っているところで、「これってピアノ演奏と同じだ!」と感じた箇所がある。どうして往年のピアニストや歌手ばかり聴きたくなるのだろう?とても上手で文句なんか一つもないけれど、どこか楽しめない現代の多くのピアニストたちの演奏、彼女の文章が僕の「ピアニストごのみ」を代弁してくれているような気がする。少々長いが、引用してみたい。

以下引用

小津映画に親しむようになってから、多くの映画がうるさく感じられるようになった。いや、逆か。映画の多くがうるさく感じられるようになったから、小津映画に吸い寄せられたのかもしれない。ここで言う「うるさい」というのは「騒々しい」という意味ではなく「煩わしい」という意味です。悲しい場面になると、演者が悲しい顔やしぐさをして(時には鼻水まで垂らしたり、天を仰いだりまでして)、悲しいセリフを吐き、悲しい音楽が流れる・・・これでもかこれでもかとばかり、見る者を一つの感情へと、出来合いの大ざっぱな感情へと追い立てようとする。そういう映画を世間では「わかりやすい」と言うのだが、私は「うるさい」と感じる。顔を歪めるのも涙を流すのも内面吐露も切々たる音楽も50パーセントOFF、五割引くらい控えめにしてもらいたい。

子どもじゃないんだ。そんなに「ここは悲しい場面」と説明されなくても、普通の人間なら十分に察するところだろう。そもそも、どこにどう悲しみを見出すかは見る者の自由じゃないか。「喜怒哀楽」と言うけれど、実際には人間の感情はそれほどハッキリと割り切れたものではない。ほとんどつねに、悲しみも一色ではなく、おかしみの入り混じった悲しみ、怒りを帯びた悲しみ、恐怖にも似た悲しみ・・・などさまざまなニュアンスがある。これでもかこれでもか式の感情表現では、そうしたニュアンスを察して味わうことは難しい。大ざっぱで、型にはまった平板な悲しみしか伝わってこないのだ・・・などと、頭の中で演説が始まってしまうのだ。

引用終了

そうなんだよな、と思う。「上手じゃない?」「ミスもなく立派じゃない?」そう思う。見事な演奏だよね。事務処理のようにサクサク・・・というわけでもない(そのような演奏も実は多いと思うが)、一応表現のようなものもある。いや、それは「表現」なのだろうか、「説明」ではないか?「このような曲なんですよ~」というものを減点なく示されても、聴いているこちらとしては、「乗れない」のだ。音楽という翼に一緒に乗れない。演奏者は一生懸命に演奏者。聴き手はどうしたらいいのだろう?なぜにその曲を弾いているの?その理由が不明のまま、曲解説を聴かされているような気分になる。

大袈裟な演技もない。ドラマティックな音楽が壮大に流れるわけでもない。いかにもラブシーン・・・のようにカメラワークもグルグルしたりしない。セリフも最小限。でもこれは感情の「説明」ではない。感情表現なのだと思う。小津式表現・・・

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ピアノの老後対策 2 

 

「どうしたんだ、僕は息子だろ?どうして分からないんだ?どうしちゃったんだ?」

意味不明な言動、剃刀を冷蔵庫にしまったりする。息子の僕を「父さん・・・」などと呼んだりする。

「アルツハイマー型認知症ですね」医師はそう言った。「父は治らないのですね?」「治るということはありません・・・」

この世の終わりと感じた。「なぜ父が?」「なぜ僕が?」

父の人生は終わったのだと感じた。僕は何もしてあげられない。

終わったのだ・・・

父は歌手だった。その歌声は慣れ親しんでいて、今まであまり意識したこともなかった。父は変わっていないのでは、ふと父の歌声を聴いてそう感じた。

今も父はいる。どうして父と一緒に歌わなかったのだろう?寄り添わなかったのだろう?

父の人生は終わってなんかいない、父と一緒に歌いながらそう感じた。父は何かを表現したいという意思を持った一人の人間なのだ、一緒に歌いながらそう感じた。

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ピアノの老後対策 1 

 

僕が子どもの頃は男がピアノを習うなんて珍しかった時代、男は完全にピアノマイノリティだった。今は「ピアノ男子」と持てはやされている?そのピアノ男子が中年になり、仕事をしながらピアノと人生を歩んでいる頃、僕は高齢者ピアノを満喫しているだろうと思う。

男の高齢者ピアノは、そのままピアノマイノリティを引き継いでいるだろうから、昔のように肩身の狭い思いもするのだろうか?お婆ちゃんピアノだったら「まっ、素敵!」となるのだろうが、お爺ちゃんピアノはどうだろう?

まず今から予想できる偏見は、「ピアノって認知症予防にいいっていうし・・・」のような偏見。今だってピアノ道への勧誘に「ピアノって脳にいいらしいと脳科学者も言っている」という勧誘句(?)がある。脳細胞の活性化のためにピアノを弾いているわけでもないのだが・・・

むろん、脳細胞が停滞するよりは活性化された方がいいだろうけれど、そこが目的というのとは違うのだ。おそらく、僕は90歳になってもそう思っているだろう。「そのお年でピアノ?脳にもいいらしいですわね」なんて言われたくないだろうし、「老後の楽しみなんですね?」と言われても内心ムッとするだろう。

今だって「ワッ!キャッ!」のような娯楽的楽しみのためにピアノを弾いているわけではないと思っている。90歳になっても同じだろう。そのあたりの頑固さ、頑なさはキープしていたいと思う。

90歳の未来予想図、一つはピアノのレッスンに通っていること。もう一つが、人前での演奏を常に計画していること。これが理想だ。

90歳でも「もっと上手くなりたい」と思っていたい。

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悲しい風格 

 

自分にとって身近ではない国の映画を観ると、まずはその国独自の文化、風習のようなものに目が行くと思う。そうですね、例えばブータンとかウルグアイといった国は、僕にとっては非常に遠い国なので、映画で描かれるであろう、独自性にまずは着目するだろうと思う。料理とか部屋の佇まい、登場人物の動作とかね。

小津映画にも日本独特のものがあるとは思う。おそらくハリウッド映画にはないようなもの・・・

とにかく小津映画は何も起こらないのだ。ハリウッド映画のようなドラマティック性には欠ける。ストーリーも「嫁だし物語」が多いし、僕などはストーリーはゴチャゴチャになっていたりする。だって似ている(同じ?)なんだもん。娘役は司葉子だったっけ?あれ、有馬稲子じゃなかった?・・・のように。父親役も笠智衆だったか、佐分利信だったっけ・・・と混乱してしまう。

それでも(それだからこそ?)世界共通のものを感じるのかもしれない。誰も銃で殺されるわけではない。平々凡々な生活、人生が描かれる。だからこそ感じるもの。

結婚式の後、父親は一人で帰宅する。妻は先立っている。娘との二人暮らしだった。「紀子も、もう27だ。嫁に出さねば・・・」本心からそう思っていたはずだ。娘が片づいたという安堵感はあろう。でも悲しみもある。

他人にその悲しみを語ることもない。「よかったじゃない?結婚できたんだから・・・」そう言われるだけだろうし、実際にそうなのだ。世の中にはもっと不幸な人はいるのだ。

でも、その悲しみは日本人でなくても感じるのだ。父親でなくても感じる。共通の感情なのだ。そのところが小津映画が世界で評価されるところでもあるような気がする。

「役者に泣かせなくても、悲しみの風格は出せる」  小津安二郎

この動画は「晩春」のラストシーン。小津監督は笠智衆にこのような指示を出したそうだ。「笠さん、リンゴの皮を剝き終わったら慟哭してくれ」と。

笠智衆は「オーバー嫌いの先生からそんな注文を受けたのは初めてだったので驚きました。あの場面で慟哭するのは、なんぼ考えてもおかしい」

「先生、それはできません」小津の演出に対して「できません」と言ったのは、その時が最初で最後だった。小津監督自身も慟哭に関しては迷っていたらしく、それでこのようなシーンが生まれた。

このシーンの感情は、世界共通のものと思う。娘がいなくても、父親ではなくても、生活していれば、誰でもが感じるようなこと。誰でもが持つ感情・・・それは自分の中にしまいこむしかない感情・・・

だから世界の小津・・・なのではないだろうか?

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世界共通のもの 

 

小津映画は海外での評価も高いようだ。この動画の人のように、わざわざ北鎌倉まで訪れて墓参りをする人もいる。小津映画、小津ワールドの何が異国の人たちを惹きつけるのか?

日本的なるもの?日本的情緒?現代の日本が失ってしまった古風なる日本文化を感じるのか?たとえば「ゲイシャ」「フジヤマ」のような?

僕は小津映画が好きとは言えると思うが、全部の作品を観たわけではない。「喜八もの」なんて一本も観ていないし、いわゆる小津調というものが確立された「紀子三部作」あたりから最後の作品「秋刀魚の味」までしか観ていない。

古風、たしかにそう感じるところもある。言葉遣いとか。娘が父親に対して「お父さん、奥さんお貰いになるのね?」なんて言葉、今時ないだろうと思う。何か言われて「うん」ではなく「ええ」と答えたりとか。「ええ」は死語ではないだろうが、今時「ええ」なんて答えると、「なにカマトトぶってんの?」なんて思われるかもしれない。このあたりは古風・・・かもしれない。

着物?浦野理一の着物って日本人の僕から見ても「渋いな」と思う。現実には、あのような着物って珍しい。成人式とか、妙にデレデレした重苦しい着物ばかりだし、浴衣も今はデレデレしている。現実感という点ではおかしいのだ。登場人物が全員同じ趣味・・・などということは現実にはありえない。女性の洋装(男性の洋装は凝っていると思う)も、白い襟、白いソックス、無地のワンピース、当時としても古風すぎるのではないか?ほぼ小津映画の洋装女性は「無地の女」なのだ。たまに格子柄になったりはするが、現実にはありえない。そもそも小津監督は洋物(カーテンとか)にはチェック、和物(湯吞み茶碗とか)には縦縞のような法則、美意識さえあるのではないか?

もしかしたら、日本的な独自のものに異国の人は惹かれるのではなく、人種や文化に関係なく、共通したものに惹かれるのではないか?なんとなくそう思う。表面上は、いかにも古風な日本、でもそこには悲しい風格さえ漂う。それは世界共通のもの・・・

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諸国民の中の正義の人 

 

下呂温泉から地図を下に辿っていくと、八百津町という小さな町がある。ここには杉原千畝の、これまた小さな記念館がある。杉原千畝は、最近でこそ彼の功績が映画化されたりして、多少は有名になった感があるが、少し前まではその名前すら知られていなかったのではないだろうか?

イスラエル政府は杉原千畝にヤド・ヴァシェム賞を与えている。勲章みたいなものであろうか?ヤド・ヴァシェム賞よりは「諸国民の中の正義の人」と表した方が分かりやすいかもしれない。ユダヤ人たちを、自分の命の危険さえ顧みずに助けた非ユダヤ人への功績を讃えた賞。日本人では唯一、杉原千畝だけが受賞している。この賞を授かった人、有名なのは、これも映画化されたオスカー・シンドラーあたりかと思う。

リトアニアのカウナス、ここの日本領事館の領事代理として多くのユダヤ人のためにヴィザを発行した。日本政府の正式な判断ではなく、杉原千畝の独断での発行だったらしい。これは外交官としては、ある意味失脚・・・を意味していたのかもしれない。それでもヴィザを発行した。映画の中でもこのようなセリフがあった。

「僕がすべてを失っても君はついてきてくれるかい?」妻の幸子に言うセリフだ。

カウナスに杉原千畝の記念館があるらしい。でもリトアニアは遠い。岐阜県は杉原千畝の故郷。だから記念館があるのだろう。旅の最後の訪問地に相応しいように思う。

戦後、日本の外務省は杉原千畝の功績を長い間認めなかった。杉原千畝という外交官の存在すら否定していたらしい。命を助けられたユダヤ人が戦後日本を訪ねてくる。「命の恩人なのです。生きていたらまた会いましょうと約束しました。これが彼が書いてくれたヴィザです。今彼はどこにいるのでしょう?」外務省の答えは「センポ・スギハラなどという人物は存在しません」というものだった。

チウネという名前が外国人には発音しにくいだろうと、彼はよく「センポと呼んでくれ」と言っていたらしい。千畝をセンポ・・・と。外務省としては、本名ではないのだから「そんな人物は存在しない」と答えたのだろうか?お役所とはそういうものなのか?分かりそうなものじゃないか?おそらく訪ねてきたユダヤ人たちはカウナスの領事館というような情報は言っていたはずだ。

杉原千畝の存在が長い間知られていなかったのには、日本側の対応にも理由がありそうだ。日本政府が杉原千畝の功績を正式に認めたのは、なんと2000年ということだ。戦後何年経っているというのだろう?

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諏訪湖の謎 

 

来月の旅行、初めは飛騨高山、下呂温泉という岐阜方面だけの予定だった。下呂温泉は日本三大名湯の一つだし、飛騨高山には古い街並みも残っているとか。飛騨牛も美味しそう。

東京から飛騨地方へは車だと中央自動車道を使って松本IC経由で一般道・・・というルートが一般的だろうと思う。諏訪湖は初め予定にはなかった。

たしか「ああ、野麦峠」という映画で有名になったと思うのだが、諏訪湖は、かつての女工哀史と関連が深い。飛騨地方から少女たちが徒歩で諏訪湖畔の岡谷という街の工場に働きにきていた。飛騨が恋しくなると、諏訪湖に佇んでいたのかなぁ・・・などと思う。さらに諏訪湖には謎があるのだ。諏訪湖は飛騨地方に行く途中にあるし、謎というよりは古代のロマンを感じながら湖畔に佇んでみるのもいいかもしれない。そう思ったのだ。

ニューヨーク時代のルームメイトはユダヤ系ポーランド人だった。こちらは英語でさえ四苦八苦しているのに、彼は何か国語も堪能だった。英語とポーランド語の本を読んでいることが多かったように思うが、ちょっと変わった文字の本を読んでいることもあった。蛇がのたうち回るような、そんな文字だった。

「それって?」「ああ、これはヘブライ語だよ」

なんとなくアラブ諸国の文字、ギリシャの文字のようだと思った。そのヘブライ語堪能の彼が、僕の日本語の本を見てこう言ったのだ。

「それ、日本語の本かい?」「ああ、日本語だよ」「なんだかヘブライ語と文字の形が似ていないかい?」

彼は漢字ではなく、平仮名や片仮名を指さし、「やっぱり似てるよ」と言った。僕は日本語の文字がヘブライ語の文字と似ているとは思えなかったが、彼はそう感じたらしい。「とても興味深いね。そもそも日本の文字は中国からだろう?ヘブライ語の文字と似ているなんて不思議だな」「ええ・・・?似てるかなぁ???」

諏訪信仰、その大元締めである湖畔の諏訪大社。なんとユダヤの文化とつながりがあるらしい。

「本当か?」

この動画を観て、「ああ、そうだったんだぁ!」と百パーセント信じる気にはなれないところもある。バラエティー番組というのがちょっと・・・と思う。でも壮大なるロマンではないだろうか?

真相究明というものは僕にとって重要だろうか?謎とロマンを感じながら諏訪湖の湖畔に佇む方が幸せなのではないだろうか?少なくとも楽しそうではある。

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ピアノブログから旅行ブログへ・・・ 

 

このブログを立ち上げる時、ちょっと迷ったことがある。「ピアノブログを書こうか、それとも高級旅館ブログにしようか?」ということ。身分不相応なのは充分、分かってはいるのだが、高級旅館滞在が好き。僕の収入で京都の御三家に宿泊するなんて、本当はありえないことだと思うが、でも趣味・・・なんだよね。修善寺の「あさば」などもいいなと思うけれど、個人的に好きな宿は飯坂温泉の「御宿かわせみ」という福島県の旅館。なぜかここが好き。

なぜにピアノブログにしたのかというと、基本的に僕は「~しました」的な文章が苦手。旅館滞在記って旅行記みたいになるので、僕は書けない。小学生の作文のような文章になってしまう。「これは夕食の焼き物です。おいしかったです」「これが露天風呂。気持ち良かったです」みたいな?あとは、ブログにするとなると、いちいち写真を撮らなければならない。これが面倒。皆さん、全部撮影していますよね?到着から部屋の水回りから食事から全部。これはとても僕にはできない。

でも人のブログを読むのは好き。ピアノブログよりも旅館ブログを徘徊することのほうが多い。何人か、そのようなブログのブロガーともネット上の知り合いだったりする。情報交換をするわけです。「ここはいいよ~」とか・・・

来月、諏訪湖方面に旅行する予定。諏訪信仰とユダヤ教との密接なつながりに興味を持ったので。諏訪湖だけを訪れるわけではないが、諏訪湖の宿に宿泊と考えるのが普通だろう。でも好みの宿がなかなかない。諏訪湖ビューの大規模な宿が多かったりする。個人的にはこじんまりとした宿が好き。部屋数10~20ぐらいの・・・

「諏訪湖ねぇ?あまり知らないな・・・」「あのあたりって山中湖とか河口湖のような感じなんじゃない?観光旅館のような?」旅館ブロガーたちはそう言う。小規模で落ち着いていて、それなりに非日常性を演出してくれていて・・・子どもが走り回っていないような旅館、団体さんが宴会していないような旅館。

「それだったら蓼科にしたら?諏訪からも遠くないし・・・」

ブロガーたちのお勧め宿は一致していて「たてしな藍」という旅館。そこを予約した。

「たてしな藍だったら、そこから近いところに是非行ってみたらいいと思う場所がある。池なんだけどね・・・」「池???」

調べてみると、ため池らしい。周囲には何もなく池だけ。「ため池かぁ・・・」

でもこれを見たら行きたくなってしまった。

ピアノブログではなく旅行ブログを書こうかな・・・

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こだわり 

 

この動画は異国の方がアップしたもののようだ。3本の映画のシーンが集められている。「彼岸花」「お早う」「秋日和」の3本。

こうして短いシーンを寄せ集めたものを見てみると、小津監督の「赤い色」へのこだわり、執着がより分かるような気がしてくる。赤い色に限らず、小津監督が執着した、格子柄、縦縞、浦野着物のオンパレード。色だけではなく「丸」とか「菱形」のような形にもこだわりがあったのが分かる。

ここまで徹底されると、小津美意識が画面に出てくるたび、観ているこちらとしては「出たぁ・・・」と歓声をあげたくなってきてしまうほどだ。

個人的に「出たぁ・・・」と思うのが、「彼岸花」での山本富士子が着ている浦野着物。八掛が目を奪うような赤で、彼女が歩くたびに赤がチラチラと見える。効果的だなと思う。赤い着物を着せるのではないのね・・・

あとは、「秋日和」でのアパートでの母子会話シーン。司葉子も原節子も綺麗だな・・・とは思うけれど、それよりもテーブルの上に乗っている洋菓子の包み紙。コロンバン・・・だろうか?そのトリコロール柄に合わせたように、トリコロール柄のタオルが後ろにかかっている。「出たぁ・・・」


「リンゴの絵を描いていて、うまくいかないからといって、柿や桃を描き始めるようじゃダメだよ。うまくいってもいかなくても・・・。私はそういう人しか信用しない」

小津安二郎が若き頃の若尾文子に言った言葉なのだそうだ。

この言葉にも惹かれる。

「悲しい時に楽しかった日を思い出すほど悲しいことはない」 小津安二郎

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赤いヤカン式譜読み 

 

楽譜を読むって難しい。行為そのものもだが、概念が難しい。印刷された音符類を、ただ鍵盤に移して音にしていく、つまり「ドとソね、これは二拍伸ばして、ここは休符だからお休みして・・・」のようなことだけをツラツラ続けていっても音並びはできてくるけれど、曲にはならない。この部分での落ちというものは、よく「音楽性」のようなものの欠如として語られる。あたかも機械的な読譜を完了させてから、アッハーン、ウッフーンと曖昧なる音楽性というものを吹き込むというか、上書きするかのような?それが足りないからいけないのだと。

ただ音符を並べてはいけません、このことはピアノのレッスンでも指摘されることでもあり、自分でもなんとなく自覚はしている場合が多い。そこで走ってしまうのが、「アナリーゼ」というもの。楽譜にビッチリと和音記号とか、形式、主題がどうとか、書き込む。これは例えば、隠された対旋律のようなものを拾うという意味では重要だと思うし、ただの音の羅列ではなく、曲を大きく捉えるという意味で、練習の出発点ともなるようなものとも思う。では表面的なアナリーゼだけをすれば音楽的に演奏できるのか?

「楽理の本、和声の本、勉強したよ、全部調べたよ?でも音楽的というか、聴いている人の心を捉える演奏はできない」と悩んでいる人も多そうだ。

音符連なりのエネルギー、意味のようなものを感じるということなのかもしれない。ド~ラであれば、ド~ミよりもエネルギーはあるはずだし、長い音符は長いという意味があるはずだ。同じ音、音型が連続しているのであれば、エネルギーをそこで変化させず、持続するとか・・・そのようなこと。

でも、これって本からというよりは、感じることが大切のような?音符を楽譜として読むことに慣れるというか?

昔から小津映画は観ていた。でも今一つ、その魅力が分からなかった。ストーリーそのものは平々凡々としたものだ。娘を嫁に出す・・・とか、そのような話。我々凡人の方が、小津映画の登場人物、ワンシーンよりもドラマティックなのではないかとさえ思う。「どうして世界の小津・・・なのだろう?」そこのところが分からなかった。表面的に観ると、そこには何もないというか?

「もしかしたらこれは・・・」と初めて感じたのが、「彼岸花」という映画。この映画は小津映画初の総天然色、つまりカラーの映画ということになる。ここで色、特に小津監督がこだわったとされる赤い色に気づいたのだ。

赤いヤカンは無造作に畳の上に置かれている。ヤカンは台所のコンロの上にあるのが普通だ。でも赤いヤカンに物凄くインパクトを感じたのだ。洋室のカーテンは格子柄で統一されていたり、和物は縦の縞模様だったり。どの映画でもそうなのだ。そのような細部のこだわり、美意識に気づいた。

女性が着ている着物、これも統一されている。帯は必ず無地だ。すべて浦野理一という人の着物らしい。お花とか蝶々のような柄ではなく、いつも幾何学的な美を感じさせる。どの登場人物も同じような着物を着ている。現実にはありえない。でも統一感、小津の世界が広がっていく。

この動画は「彼岸花」のワンシーン。本当に日常的な一コマだ。夫婦の言い争い。言い争いとまでいかないような小さな出来事だ。まず赤いヤカンが登場している。凄くヤカンの色のインパクトを感じる。背景はすっきりしている(浦野理一の着物も含めて)。典型的なスッキリとした日本間だ。でもチラリチラリと色が見える。

「言いたいことがあったら言えばいいじゃないか?」夫の言葉に妻は夫の背広をポンと投げ、座りなおす。それまでは横向きに近いアングルで妻は座っていたのだが、ここで正面を向く。ここで浦野理一の無地の帯の色、緑が強調されるのだ。背景には妻の持ち物であろう化粧水が。それまでもこの化粧水の瓶は映っていたのだが、ここで帯と化粧水の緑が同化し、「妻」というものを存在づけるのだ。凄い・・・と思う。

言い争いのやや重い空気の中、娘が帰宅する。当時としても古風すぎるような洋装だが、赤いバックを持っている。若いから、その赤いバックを振り回したりするのだ。そこに赤いヤカン。動かないヤカンは夫婦そのもの、安定そのもの、動くバックは若さ・・・ではないだろうか?

典型的な日本間、平凡な日本間に見えるけれど、障子の欄間というのも珍しいのではないか?電燈の笠とデザイン的な一致があるのでは?これは赤という色、縦じまの小物、浦野理一の着物と同じく、小津監督の美意識であり、表面的にサッと見ると、そこまでは気づかない。表面的には小津映画は平凡なシーンの連続なのだ。

楽譜を読むということも、同じようなことなのではないか?表面的にだと、気づかないような美意識を感じ取れるようにしていく・・・

赤いヤカンの効果のように・・・

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モーツァルトとダンス 

 

事故死の場合、いつ死ぬかということを予想して生活していたわけではないはずなので、事故死した演奏者の演奏から「死の予感」のようなものを察知するようなことは普通はないのだろう。

そもそも、演奏というものを聴く場合、演奏者の、いわばプライベートな出来事を含んで聴くということはどうなのだろう?純粋に音楽そのものを聴くべきではないか?

そうは言っても、聴いている人も人間。機械ではない。様々な感情を持ち、音楽を聴く時には、その感情に触れることもあるだろう。演奏者についての情報が演奏そのものの印象に何らかの影響を及ぼすということは皆無とは言えないような気もする。

デニス・ブレインは自動車事故により亡くなっている。事故死ということになる。亡くなる瞬間まで「自分は死ぬのだ」ということは感じていなかったと思う。彼の演奏から死の予感のようなものを感じとることは難しいはずだ。

モーツァルトのホルン協奏曲。なんとマイルドな演奏なのだろうと思う。このようなモーツァルトを聴くと、悲壮感の漂う曲ではないだけに、余計にモーツァルト自身も若くして亡くなったんだなということと結びつけて聴いてしまう。このような感じ方は邪道なのだろう。演奏そのもの、楽曲そのものを感じるべき・・・

そうなのだろうが、この演奏から、ある光景を切り離して聴いてみるのは難しい。ある光景が浮かんでくる。二人は同じような年齢で亡くなっている。二人は今、雲の上でダンスをしているのではないかと・・・

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ブログの難しさ、それぞれの意味合い 

 

いくつか前のカぺルの記事について鍵コメがあった。鍵コメなので、その文章をコピーしてここに張り付けるわけにはいかないし、そのつもりもない。攻撃メールのような内容ではなく、僕の文章が新たなデマの発進元になってしまうのではという内容だった。

カぺルの訃報を聞いたホロヴィッツが「これで僕が世界一だ」と言ったというエピソード。個人的にはホロヴィッツが言ったとは思えないし、ブログでも「本当に言ったとは思えないが・・・」とは書いている。でも言葉足らずだったかもしれないとは思っている。

ホロヴィッツが言ったとされる、この言葉は、ネットで知ったのだと思う。また、当時のホロヴィッツの状況から考えて「世界一だ」などと言ったとは思えないといった内容の文章もネットで読んだ記憶はある。ネットでなく何かの印刷物だったか、そのあたりの記憶も曖昧だ。

ネット(ブログ)という媒体に文章を書くのならば、そのエピソードなりの出典を外国語の資料まで含み、分析して書く、つまりブログを書く時には、そこまで調査して書かなければならないというのも、ちょっと大変なような気もしている。

自分としては、僕のブログがそれほどの影響力があるとは思ってはいない。ブログ村のランキングというものも気にしない方だと思う。何位ぐらいをキープしていたいという欲求はない。ただ、ブログ村のピアノランキングを開いた時に、最初のページには留まっていたいな、50位以内にはいたいなとは思ったりしている。

最近は、このブログのハンドルネーム(つまりkaz)でピアノを弾いたりしている。聴きに来てくれる人は、リアルな知り合いという人よりも、ネットつながりの人が多い。「ブログいつも拝読しています」のように言われることが増えてきた。また「ブログを読んで演奏を聴いてみたいと思っていました」とも言われたりする。ブログを書く、その文章が発信されるということについて、もう少し慎重になってもいいのかもしれない・・・などとは少し思う。

思うけれど、このブログは論文のようなものにはしたくはないという想いも強い。ある人間の生活と密着した音楽との関わり・・・のようなものを書きたい、共有したいという欲求は、これからも変わらないようにも思う。カぺルに関しての文章もそうで、カぺルというある時代を一瞬で駆け抜けてしまった一人のピアニストを知ってもらいたいという想いから書いている。「ホロヴィッツって酷い人なのねぇ・・・」ということを書きたかったわけでは、もちろんない。ただそう受け取ってしまう人もいるかもしれない。そこが難しいところで考えてしまうところでもある。

自分自身、非常にまれな確率で生かしてもらっているという想いが強い。医療的に分析すれば、予後は決してよくなかった。なので生きているということに感謝しなければならないだろう。でもその想いを常にキープしているわけではない。なんとなく生活は続いていくような感覚でいるし、一時のような緊迫感は今の僕にはないのかもしれない。つまりだらけてきている、怠惰になってきている。

事故であれ、重篤な病であれ、非常に早く亡くなってしまった演奏家を聴くということは、僕にはとても大きな意味を持つ。「なんとなく毎日を過ごすなよ」「明日という日はあるかもしれないけれど、永遠には続かないのだよ」そのようなことを細胞レベルで認識できるような気がする。駆け抜けた演奏、そのような演奏を紹介したいという想いも非常に強い。

マイケル・レビンというヴァイオリニストを紹介したい。30代で亡くなってしまったと記憶している。たしか転倒して頭部を打ってしまったのが死因ではなかったか?天才と言われ、早々とその才能を披露していたけれど、長くは続かなかった。才能が枯れたというわけではないと思う。でも晩年は麻薬にも手をだしていたとか?

レビンはアメリカ人なので、本来なら英語の文献を、ネットなり印刷物を取り寄せて調べてからこの文章を書くべきだったのだろう。でもそれは大変だなと思うし、レビンの演奏から何かを感じてもらいたいという想いのほうが強い。

レビンには何かが起こったのだ。その何かは分からない。でも凡人の生活にも「何か」は存在する。それは小さな小さな豆粒のような出来事かもしれないけれど、生きていく以上何かはある。この演奏から聴いている人、それぞれの何かを感じてもらいたいという想いからブログを書いている。

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楽しくも辛くもないもの 

 

ピアノって楽しければいい。プロではないのだから。趣味なのだから。

昔から、なんとなくこの感じ方には疑問を持っていた。憧れの曲、両手で一応弾けて、音が鳴れば楽しい・・・そうだが、それ以上は求めないものなのだろうか?

反対に、根性練習というのか、何時間もピアノに向かい、苦しさを乗り越えた人だけが本当の演奏ができる、このような感じ方にも疑問を持つ。練習したから・・・ではなく、何かをしたいから練習するのでは?順番が逆では?

趣味コースで楽しく、あるいは音大受験コースで厳しく、ピアノってそれしかないの?趣味でも音楽的に美しく弾きたいって、あってはいけないの?

楽しく、辛く、どうしてこう真っ二つに分かれてしまうのだろう?

音楽に包まれるような感じがする。「辛いよね、でも皆もそうなんだよ?包み込んであげるから、その気持ちをキープして形にしてごらんよ?」ある種の音楽、演奏を聴くとそう言われているように感じる。「今度はあなたがやってごらんよ?」みたいな?

ワッ!キャッ!ワクワク・・・という楽しさでもない。自分否定につながるような厳しさ、修練とも違う。切ないと言えばそれに近いが、苦しいわけでもない。

このような動画を観た後に感じる心の動き・・・この時の感覚に近いだろうか?

これは香港のコマーシャル・・・

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「シッ!静かにしなさいっ!」 

 

「静かにしなさい!」子どもの頃、ピアノの発表会でよく客席で聞かれた言葉だ。とにかく沢山の子どもがいた。生徒としては数分の出番、あとは延々と聴いていなくてはならず、まあ、飽きてしまうわけです。なので大人たちは「静かにしなさい!」・・・

今は生徒も厳選(?)されているのか、昭和40年代のような客席監視係を保護者に頼むような発表会はないのだろうが、僕などでも演奏内容によっては静かに聴いているのが苦痛に思えてきたリはする。お尻も痛くなるしね。

クラシックの演奏会って、どこか窮屈な感じがしないでもない。咳もできない。音楽を聴くわけだから、客席の音というものは厳禁なのだろうが、楽章の合間に皆が競うように咳をするというのも、なんだか痛々しいというか。総立ちで歓声・・・というのはアイドルのコンサートではないのだから無理だとしても、もうちょっと固い空気はなんとかならないものか?

日本人は奥ゆかしい、特に西洋音楽、それもクラシック音楽ともなると、自分たちには歴史も伝統もないという劣等感からか、拍手なども控えめというか、行儀がいいというか?客席から立って拍手をする、つまりスタンディングオベーションというものも、なかなか日本のクラシックの演奏会ではお目にかかれない。誰かが立ってしまえば後に続くのかもしれないが・・・

一時、歌舞伎にハマったことがある。歌舞伎座には一幕見席というものがある。歌舞伎は全幕だと長いので(お高いので?)、一幕だけ観られるという席。立ち見席が多く、料金も1500円ぐらいと意外とお安い。パンフレットに、あらすじが書いてあるので、それを参考に気軽に鑑賞できる。

「ああ、なんて艶やかなんだろう!」幕が開くとそう感じる。そして舞台と客席とに一体感が存在している。絶妙な間で客席から掛け声なんかあったりして。この空気感、イタリアの歌劇場、それも田舎の(?)歌劇場などでも感じられる。「えっ、オペラ?クラシック?」という「静かにモード」ではなく、うるさいぐらいに一体感満載だったりする。主役の歌手などが登場すると、「待ってました」(と思われるイタリア語の)掛け声がかかったりして。高尚な、咳もできないクラシックの演奏会という感じとは印象が随分と異なる。

ピアノの独奏となると、日本と西欧で、そう変わりはしないと思う。でも拍手が違うかなぁ?熱のこもり具合?日本人は行儀がいいから、退屈と感じた演奏でも一応拍手は礼儀としてするけれど、西欧ではパラパラ見事だけどそれだけ・・・的な演奏には非常にオーディエンスは厳しいところがあって、休憩に客席が半分になってしまったりもする。厳しい、熱いけれど厳しい・・・

「自分たちは楽しみにきたのだ。演奏者の力量判断に来たのではない!楽しませろよ?少なくとも何かを感じさせろよ?」という厳しいものがあるような?

バレエ、日本でも鑑賞したことがあるけれど、ABTの会員だったこともあり、アメリカ滞在中にはバレエは実際に劇場で鑑賞したことが多い。日本との違いは、客席が、やたら(?)熱っぽいこと。歓声があがるのだ。派手な技が決まったりすると「ウワーッ」とか、音楽に合わせて手拍子があったりとか。

文化、歴史の違い、そうなのかもしれない。そうなのだろう。

「クラシックって敷居が高くて。あのような高尚なものは自分などには理解できない」

多くの日本人、日頃クラシック音楽とは縁のない日本人は単純統計(?)だと人口の97パーセントらしいけれど、そのような人たちはよくそう言う。「分からない・・・」と。

このあたりと、客席の温度というものは、何か関係はあるように思う。

オーディエンスは楽しみたくて会場に来ている。何かを感じたいとか共有したいという期待をこめて来る。演奏者はどうだろう?それまでの研鑽の成果とか、そのようなことばかりを考えていないだろうか?舞台と客席で目的の相違というものがないだろうか?

ワシーリエフとヴァルデスとの「ドン・キホーテ」・・・オーディエンスは彼らの踊りを楽しみにチケットを購入したと思う。それぞれの技の完成度、難易度を「あれはスケートだったらレベル4かしら?」とか「加点いくつかしら?」のようなものを判断しに来ているわけではないだろう。

場所はニューヨーク。ニューヨーカーは熱くて厳しいと思う。

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高度経済成長期 

 

1973年、高度経済成長期の真っただ中。当時のアイドル、天地真理は「若葉のささやき」とか「恋する夏の日」というヒット曲を歌っていたと思う。2歳の時に両親が離婚、母親が一人で育てた。大変だっただろうなと思う。小学5年生の時にアップライトピアノを買ってもらい、ピアノを習い始める。5年生から・・・というのは随分遅いスタートだと思うが、天地真理は国立音楽大学付属中学に入学する。これはかなり頑張ったのではないかと想像する。

ピアノを習わせた理由として「女性が一人でも生きていけるように」という母親の想いがあったと何かで読んだ記憶がある。当時のピアノ教師というものは、安定した職業でもあったのだろう。

1970年代、たしかに多くの子どもがピアノを習っていたように思う。どのピアノ教室にも生徒がワンサカと詰めかけていたような?自分もその一人であったわけだけれど。当時のピアノの先生たち、とても苦労したんじゃないかな?今のように情報もないし、セミナーなどもなかった時代だったと思うし、音大では「練習しない生徒をどう導くか」なんて習ってはこなかったはずだから。

それでも数が多い、つまり習っていた人数が多いということは凄かった。フリル満載のドレスで舞台で演奏する、つまりピアノ発表会というものは、日本の文化として定着したのではないかと思う。日頃クラシック音楽などとは縁のないお爺ちゃん、お祖母ちゃんが、可愛い孫のために一生懸命クラシックの小曲を聴くなどという光景もあった。

日本という国でピアノというものが一般化した理由、一つは高度経済成長期というもの、そしてその頃は子どもの数も多かった。ピアノ教室、発表会というものが普通の家庭に浸透していった。深窓の令嬢ではなくてもピアノに親しめるようになった。数や経済だけが理由だろうか?

この時代に「ピアニスト」という存在を一般市民に印象づけた人がいる。中村紘子というピアニスト。テレビのコマーシャルにも出演し、それまでは、ヘアスタイルはいつもアップ、どこか厳し気で高尚な・・・というピアニストという印象を変えた。日本全国津々浦々まで華やかなドレス姿、華やかな舞台姿で演奏して、ピアノ演奏というものを浸透させた。

彼女の存在は当時のピアノ少女たちの憧れではなかったか?

1973年、中村紘子はショパンの大作を録音している。経済成長もピアノ教室繁栄というものも、どこか過去のものとなった今、当時の憧れというものを、じっくりと聴いてみるのもいいかもしれない。

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アメリカンドリーム 

 

クラシック音楽の演奏においても、なんとなく時代というもの、その演奏者が生きた世界というものを反映させることがあるのだろうか?

ザハリヒな演奏とか、ロマン主義の演奏とか、あるいはピリオド楽器がどうとか、そのような小難しい(?)話ではなく、聴いていて「ウーン、時代を感じさせるなぁ・・・」のような?古いとかそのような意味での時代ではなく、まさに演奏者が生きた時代という意味においての・・・

戦後、最も将来を期待されたピアニスト、アメリカという大国を背負ったピアニストがウィリー・カぺルではなかったか?「アメリカンドリーム」という言葉を最も連想させるピアニストでもある。もはや敵なし・・・のような、キラキラとした勢いをカぺルの演奏からは感じる。

カぺルが航空機事故で31年の生涯を閉じだ時、ホロヴィッツはこう言ったらしい。「ああ、これで僕が世界一だ!」

むろん、実際に言ったとは思えないが、なんとなく「ホロヴィッツなら言うかも?」と思わせるようなところもあるエピソードではあるし、カぺルの当時の立ち位置のようなものも表しているとも思う。

ホフマンやコルトーのような、ロマンティックな巨匠の演奏とも違う。でも、現代のコンクール覇者のような演奏とも違う。「もしウィリー・カぺルが生きていたら?」これはよく言われたりする。現代の主流の演奏というものが、大きく異なっていたであろうことは容易に想像できる。

1940年代後半から1950年代の前半、カぺルが駆け巡った時代、アメリカンドリームの時代・・・

子どもの頃、1960年代のアメリカのドラマで「奥様は魔女」というコメディがあった。結構好きで観ていた記憶がある。サマンサとか、タバサ、エンドラとか、よく覚えている。ドラマに登場する車、キッチン、人々の生活、放映当時の日本人にとって「奥様は魔女」は、まさにアメリカンドリームではなかったか?どこか手の届かない憧れのような?

カぺルの演奏に同じような憧れを感じる。

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殻の内側の代弁 

 

映画の中でアーサーは言う。「自分はみじめな老人だ。皆のように勇気を出せない・・・」

ラストの歌の場面、アーサーが初めて他人に自分の本当の心の色を見せた、殻を打ち破って本当の自分を出せたシーンでもある。

ヴァネッサ・レッドグレイヴ同様、テレンス・スタンプも決して卓越したオペラ歌手のような歌声を披露しているわけではない。でもどうして心が動いてしまうのだろう?

歌に限らないと思う。音符の高低、長短、そのようなものがエネルギーを持っていて、音楽というものは人間の心の内側を代弁するのだ。音楽という「お芸術」を研究して、到達しようとして、ひれ伏して、達成できたほんの一握りの才能あるエリートだけが他人の心を動かせるのではない。人間が芸術に近づくのではなく、芸術が人間の心を代弁してくれる・・・そのような面もあるような気がする。

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本当の色 

 

「アンコール!!」という映画、全編音楽で溢れている。たしか「グリー」というアメリカのドラマがあったと思うが、あれに似ている感じ?でも達者に歌う人は登場しないんだよね。皆「年金ズ」なのだから。

ストーリーそのものは感動的というか、涙を誘うのだけど、この映画はコメディになるのだろうと思う。

マリオンが死の直前、歌を歌う場面がある。完全にアーサーのために歌っているのだろうと思う。この場面でのヴァネッサ・レッドグレイヴは、プロ級に朗々と歌声を披露という感じではないのだが、実に心に入ってくる歌声だ。この場面と、映画のラストでアーサー役のテレンス・スタンプが歌う場面、なんと言ったらいいのだろう、演奏というものは達者なだけでは人の心は動かせないんだなと感じる場面だ。人の心を動かすものって何だろう、そんなことを考えさせる場面でもある。

この動画、音声が小さいように思う。僕だけが聴こえないのかもしれないが。そこが残念だが、日本語の訳がある。実に素晴らしい、場面に適した歌詞だと思うので、これを貼りつけてみた。

本当の色、心の色、殻を破って少しだけ勇気を持つのだ。そうすれば表に出せる。表に出せれば幸せになれるんじゃないかな?

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「アンコール!!」ネタバレ注意 

 

久しぶりに「アンコール!!」という映画を観た。

何人も親しい人を見送った。まだ早すぎると感じたし、本当は「こんなの嫌だ、ありえない」と泣き叫びたかった。何かを封印した。そうしないと生きるのが難しいと感じた時もあったから。

ただ、音楽と接していると、心を開放できた。思い切り泣いて、自分を出すことができた。

「kazも幸せにならなきゃ・・・」皆そう言って亡くなった。死んでいく人に慰められるなんて・・・そう思ったし、自分は幸せになんかなってはいけないのだとも思っていた。

アーサーはかなりの頑固者。自分の気持ちを他人に正直に表すことが苦手だったし、殻にも閉じこもっていた。息子のジェームズともギクシャクしていた。ただ妻のマリオンにだけは本当の自分を出せた。妻は「年金ズ」という合唱団で歌っていた。病弱であった妻の送り迎えをするアーサー。でも合唱団のメンバーと打ち解けることができない。練習が終わるまで外で待っているのが常だった。

マリオンが倒れる。癌が再発したのだ。積極的な治療は無駄だと宣告される。合唱団のメンバーが慰めるために、マリオンの家の前で歌い始めるが、アーサーはどうしても自分の哀しみを他人と共有する勇気が持てない。メンバーを怒鳴り、追い返してしまう。マリオンは再び合唱団で歌い始めるが、その命は尽きてしまう。

「マリオンの代わりに歌って・・・」そう言われる。

人の前で自分の内側の感情を表に出す、アーサーはそれが怖かった。

でも歌うんだね。亡きマリオンへの子守歌を舞台で歌うのだ。

その夜、アーサーが眠りについた頃、留守番電話にメッセージが吹き込まれた。ずっと口もきいていなかった息子からのメッセージだ。

「父さん、最高だったよ・・・」




残された者は何をすればいいのだろう?

残りの人生を幸せに生きる、最近やっとそう思えるようになった。

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自然体 2 

 

全記事の4つのP&Gのコマーシャルだったら、設定を日本に変えて、日本のテレビで流れても違和感はないように思う。

でもこのコマーシャルはどうだろう?今の日本だったら、ちょっと問題になるのではないだろうか?

テーマは同じだ。二番目の子どもになると、どこか力が抜けて自然体になる。それをいい感じで描いている。でもこのコマーシャルでは両親とも男性、つまり親がゲイなのだ。

声高に権利を訴えているわけでもない。主張しているわけでもない。ごく普通の場面、生活の中の一つの場面として描いている。そこが凄いと思う。

ゲイ?普通でしょ?

この感覚を自然体で描いているのが素晴らしい。ヘテロのファミリーと何ら変わりないんだよ・・・と。コマーシャルというものは、自然に目に入ってくるものだ。子どもだって見るだろう。このようなコマーシャルを見て成長する子ども、何か触れてはいけないものとして、大人から隠されて育つ子ども、20年後の先進国と日本との距離は、ますます広がっているのではないだろうか?

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自然体 1 

 

P&Gという会社がある。洗剤やシャンプーなど、家庭やスーパーマーケットでよく見かける商品を扱っている会社のようだ。このP&Gのコマーシャルがとてもいい感じだ。と言っても、日本のP&Gではなく、本国米国のコマーシャル。

P&Gの本社はオハイオ州シンシナティにあるらしい。オムツのコマーシャルが一連のシリーズものになっていて、あちらでも好評なのだろうと思う。

ずばりテーマは「第一子と第二子」というもの。二番目の子どもとなると、最初の子どもよりは、出産や育児に対して緊張感のようなものが抜けて自然体になるのだろうか?

「ああ、そうそう、あるある・・・」のような感覚が共感されるのだろうと思う。

続く・・・

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単音練習 

 

ピアノの日々の練習ってパッセージの練習になりがちではないだろうか?弾けない箇所を弾けるように、それが練習。

「それ以外になにをやるの???」

不思議に思ったことはないだろうか、何故ピアノには声楽のような発声練習、管楽器のようなロングトーン、このような練習が一般的ではないのだろう?

「あらぁ、ハノンの練習がピアノの基礎練習なんじゃない?」指の強化という意味合いではなく、トーンの研究、練習という目的で使用するならば、ハノンはシェイプが単純で繰り返しばかりだから、いいかもしれない。つまり譜読みに時間を取られない。

ピアノのトーン練習って?例えば、ミレド・・・のような下降形のシェイプを単音で、いかに美しく演奏するか・・・のような、そのような練習。

「歌を聴くといい」とよく言われる。別に実際に舞台でオペラを歌うわけではないのだから、発声だの、横隔膜がどうのこうのということは関係ない。そうではなく「シェイプ」を聴く、感じる、これがいい練習になるような気がする。素晴らしい歌手は、単音(歌だから単音なのだが)の扱いが非常に上手だ。ミレド・・・への情念(?)が並みのピアニストとは格段に違うのだ。

これはカバリエのトスカ。実際にトスカを演じ、歌うわけではないので、解釈とかそのようなことではなく、ひたすらカバリエのシェイプを聴いてみる。音程が広がった場合、どのように歌っているか、長い音のテンションは?順次進行の音型は?そのようなことを聴いていく。

アリアのクライマックス、この動画だど2分50秒あたりからになるだろうか、シ♭~ラ♭~ソ~・・・という順番に下がってくるシェイプがある。おそらく声楽家だったら、まずカバリエがこの箇所をノンブレスで歌っているということに驚嘆すると思う。発声とか?でも我々は彼女のシェイプを聴く(盗む?)のだ。ピアノに応用するために。

「えっ、シ♭~ラ♭~ソ・・・すぐに弾けたけど???」

弾くだけなら簡単だ。押すだけと言うか?そうではなくカバリエ効果をピアノで単音で出せただろうか?

ピアノの練習、パッセージを押せるようになるだけ・・・という練習だけになっていないだろうか?

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太陽に召される 

 

ウラディーミル・バックは10年前に亡くなっている。

偶然にユーチューブで彼の演奏と巡り会う。そして「何者???」と思うのだ。僕が彼の演奏を知ったのもユーチューブだ。このサン=サーンスの演奏。「こんな演奏があるのか?」そう思った。

彼はフロリダ州のウェストパームビーチで亡くなっている。かつて演奏の場を求めた東海岸ではなく。東海岸ではアパートを追い出されたりしている。西へ、南へと心は求めていったのかもしれない。結果的にはモスクワとは正反対のような場所で亡くなった。フロリダの陽光が降り注ぐ中、天に昇っていったと思いたい。

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新天地で・・・ 

 

「鉄のカーテン」という言葉、どこか神秘性を感じさせる。西側には紹介されず封印されていたような才能。しかし、一度西側に知られれば、大きく未来は開けていく、そんなイメージがあった。かつてベルマンが日本で売り出された時、この鉄のカーテンの神秘性というものを感じたものだ。彼のレコードの帯には「とにかく聴いてごらんなさい!」などという文字があった。そして聴いてみたら、たしかに凄かった。

ウラディーミル・バックの場合、ベルマンやアシュケナージのようにはいかなかった。どこかインプレサリオたちから疎んじられるようなところでもあったのだろうか?頑固だったとか?彼の演奏を聴くと、なぜに華々しく西側で活躍しなかったのか不思議にさえ思う。

アメリカに移っても、各都市を転々とするような、そんな生活をしている。ピアノなど置けないアパートに住んでいたりもしている。でも全く演奏できなかったわけでもないのだろう。

モスクワ音楽院でヤコブ・フリエールに師事し、やはりアメリカに渡ったウラディーミル・フェルツマンは、彼のことを「生きる伝説」とさえ言っている。でも同時に「ピアニストとしての生活は非常に不安定であった」とも言っている。彼を高く評価したピアニストとしては、フェルツマンの他には、ホロヴィッツ、そしてアルゲリッチなどがいる。

ただ、ただ、演奏の場に恵まれなかった。大衆に受けないという演奏でもないと思う。むしろ、歓迎されるような演奏に感じるのだが・・・

なんとなくだが、感じることがある。演奏を聴く我々が情報に頼りすぎていないだろうかと。

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闇の中のピアニスト 

 

この世には実力がありながら、知られていない演奏家というものは多いのかもしれない。ウラディーミル・バックというピアニストを知っているだろうか?

名前から分かるように、ソビエトのピアニスト。モスクワ音楽院でヤコブ・ザークに師事している。ソビエトからアメリカに渡り、その地で亡くなっている。ソビエト~西側諸国・・・という道を辿った演奏家は多いと思うが、なぜかこの人は有名にはならなかった。

どこか世渡りが上手ではなかったというか、自分というものを曲げなかったというか・・・

ソビエト時代、この人は何度も検挙されたり、投獄されたりしている。アメリカのスパイ容疑とかゲイ疑惑という理由だったらしい。そこで虐待を受け、鼻や頬の骨を折ったり、殴られて歯を折ったりしている。こうなると、生きていくのも困難だったのではないだろうかと思う。

ピアニストとしての活動も制限され、コンサートや練習どころではない日々を送るようになる。その頃、彼は白タクの運転手をしていたそうだ。闇でガソリンを手に入れるしかなかった。そんな生活が続く。

バックというピアニストはユダヤ人だったのだと思う。暗黒のソビエトを逃れ、イスラエルに移るから。イスラエルから自由の国、アメリカに渡る。

ここまで書いてきて、あるピアニストを連想した。同じヤコブ・ザークに師事したユーリ・エゴロフ。彼の場合はゲイということで、ソビエトでは暮らしにくかったのではないかと想像する。彼にとって、この世のパラダイスであったと思われるオランダに移住した。でも上手くいかないものだ。エイズで亡くなってしまうのだから。

ウラディーミル・バックについては、もう少し書いてみたい。ピアノブログを読むような人たちに知ってもらいたいと思う。一人でもいいから・・・

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歌手の喜び、苦悩 

 

ピアノ弾きにラフマニノフはとても人気があるようだ。ショパン・・・ほどは演奏されないのかもしれないが。ラフマニノフを演奏する際、問題になるのは壮大なる和音の連続。つまりラフマニノフは、東洋の女性のことなど想定したピアノ曲を書いてはくれなかったということ。

それでもなんとか演奏するわけです。それだけの魅力があるから。先生に言われる。「ラフマニノフなんかどう?」この場合、特に小柄で手の小さ目の人は思うのだ。「でも・・・あの和音・・・」と。それでも弾いてしまう。弾いてみたい魅力があり、弾いてみる。

でもピアノ弾きにはない苦しみを感じるのが、声楽家、声楽専攻の学生だど。ネックは言語、この場合、ロシア語、キリル文字ということになってくるのではないか?

ラフマニノフを歌う、このレベル(?)になれば、声楽初歩の学生が「カ~ロミオべ~ン・・・」のようにイタリア語に仮名をふって、なんとか歌うということでは済まされないのではないかと想像する。ロシア語・・・ねぇ・・・

キリル文字・・・例えばДとかБみたいな?どう読めばいいのだろう?アルファベットとは違う見たこともない文字が・・・

おそらくロシアを旅すると僕なんか路頭に迷うのではないかと想像する。「レストラン」とか「トイレ」のような、そのような言葉が読めないと思うから。

この動画の「ラフマニノフ」というキリル文字、読めない。ラフマニノフの歌曲の動画だから、「あっ、これでラフマニノフと読むのか」とは思えるけれど、いきなりキリル文字で提示されたら、まず読めないと思う。「なぜこれでラフマニノフと読むの?」と思う。

それにしてもラフマニノフの歌曲、なんて素敵なのだろう?ピアノ曲以上なのではないか?苦しくなるほど感傷的だ。

歌いたい・・・それでも歌いたい・・・

ピアノ弾きが、和音の音をカットしたり、ばらしたり、なんとか弾いてしまうように、歌手もなんとか歌ってしまうのかもしれない。

手を開ききっても届かない、「ああ、ロシア人が羨ましい」ピアノ弾きはそう思う。歌手はピアノ弾き以上に「ああ、ロシア人になりたい」とロシア歌曲に挑戦する時には思うのではないだろうか?

それでも歌ってみたい・・・そこが音楽の魅力なのだと思う。

kaz




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