ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

表現先送り習慣 

 

某所で読んだのだが、ピティナのステップ、参加者は演奏の抱負というのだろうか、一言メッセージを書いて提出する。それが演奏前に読み上げられる。参加者のメッセージに多い言葉、それは「間違えないで弾きたいです」そして「強弱をちゃんとつけて演奏したいです」というものらしい。まあ、たしかに「ショパンを演奏します。ショパンの精霊と共に昇天してみたいです」などとは普通書かないだろう。

この「間違えない」「強弱をつける」という参加者の言葉から想像すると、楽譜というか、音符を読んで、形にしていって、一応つっかえたりしないで弾けるようになってから、強弱というものをつけてみる・・・のような手順が見えてくるようだ。まぁ、そうなのだ。あるパッセージを何度も止まりながら・・・では「まず弾けるようにしましょうよ」となるだろう。

この「間違えない」「強弱」というところに、もう一歩進んで「表現」というものも考えてみる。ここが指導でも、練習でも最も困難なところかもしれないなと思う。「そこ、つっかえないで」とか「もっと強く」のようなことは言えるけれど、表現が平坦とか、そのようなことは何故にそう聴こえるかの原因、解決、実践・・・というところまでを押さえなければならない。その難しさと共に、ピアノを弾く人にとっての上達王道というか、王道思考のようなものが存在していないだろうかと。「心を動かす演奏?そんなことは弾けるようになってから、さらに先のことだ」みたいな?ある演奏家の演奏のある部分にときめく。ああ。再現したい、自分もあのような世界に触れてみたい。そう思うことは、どこかその演奏家と自分とを同列に感じなければならないところもある。なんて不遜で生意気な・・・

ピアノを弾きたい、あるいは再開したい、そして○○という曲を弾いてみたいと感じた、そもそもの根源的な動機は「私も・・・」という部分ではないだろうか?「聴いた演奏家、プロのCDでしょ?まずそんなことよりも弾き方とか、ちゃんと弾くことが大事なのでは?実際自分はまだ弾けないんだから」と、かつての「萌え」というか動機を先送りしてしまう。

「間違えないで」「強弱をつける」「表現を考える」という手順、そこで忘れているものはないだろうか?それは、そもそもの動機とか、そもそもなぜ自分は・・・の部分の「萌え」の部分。自分なんかまだまだ・・・そうかもしれないが、ある理想サウンドにときめいたから、萌えたから弾いているのでは?常に自分の中の萌えサウンドと比較してパッセージ練習をする必要はないだろうか?弾けてから、つっかえなくなってから・・・ではなく。

「何度も練習しました~」「つっかえないで弾けるようになりました~」がゴールではなく、自分が、かつて萌えたサウンドと比較し、「こんなに現実的でガツンとした感じじゃなく・・・」と常に比較しながら地道練習をする必要はないだろうか?比較しているサウンドがフランソワだったり、ホロヴィッツだったとしたら、その人は生意気で不遜なのだろうか?

このマスタークラスの映像は以前にも紹介したようにも思う。生徒たちは選ばれた人たちなのか、非常に上手だ。もしここで弾いている生徒たちの演奏会を聴いたら「上手ね~」「ハイレベルね~」と思うだろう。でもヴェンゲーロフとは違うのだ。面白いことに、それは誰にでも感じることなのだ。「え~っ?クラシック?苦手なんだよな~」という人にも感じる差が存在している。

「才能じゃない?」それを言ってしまっては・・・という感じだが、僕なりに感じるのは、ヴェンゲーロフの演奏は、「萌え」・・・それは空中に漂っているような彼にとっての「萌え」の要素を絶対に逃していないということだ。その萌えを自分でサウンド化したかったから彼はヴァイオリニストになった・・・みたいな?萌えは空中に漂っていたり、楽譜の行間とよく言われる部分に存在したりするらしい。それを逃さない。「それ、僕のだ・・・」と。

これは「弾けてから」とか「プロだから」というような先送り事項なのだろうか?最初から存在しているべきものでは?

生徒の後にヴェンゲーロフが弾く。「ねえねえ、どうしてそんなに素敵なところを素通りしてしまうの?キャッチしようよ?ね?」

生徒には、ある戸惑いの表情。それは「えっ、私もやっていいの?」という・・・

その時のヴェンゲーロフの目は童(ワラベと読んで欲しい)のようだ。「えっ?やらなきゃ!やりたいからヴァイオリンを弾いているんでしょ?そうでしょ?」

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老いていくではなく成熟していく・・・ 

 

芸能人の婚約会見、金屏風の前などで、指輪を見せながら。よくある光景だろうと思う。ここで決まったように質問されるのが、「お子様は何人の予定ですか?」という質問。笑顔で「二人ぐらいかな・・・」とか「野球チームができるくらい?」とか答える。大変に微笑ましい光景だと思う。この場で「子ども?私たち子どもは作りません」と答えたら、婚約以上の話題となるような気がする。

結婚=子どもという図式は世の習わしなのだろうか?そのような人たちが多いのだろうが、そう思わない人もいていいような気はする。多数派に対しての少数派、そのような図式が成り立ってしまうのは当然だとしても、少数派=異端という図式は違うのかなと思う。

慣れ・・・意外とあるのかも。昔からそういうものだったから、とか一般的にそれが普通なので・・・とか。そのようなものに慣れてしまう。

最近感じるのだが、幸福感のようなものは、自分自身で演出できるのではないかと。どうしても降り注いでくる困難なものに翻弄されてしまい、自分では何もコントロールできないような気になっているけれど、そうではなく、幸せって感じ方次第というか、意思でつかめるもの・・・

「ああ、悔しい。あの人ばかり何故?」「ああ、私は負け組。勝ち組の人っていい気になってない?」みたいなメンタルではなく、自分で幸せというものを演出するか、しないで諦めてしまっているか・・・

このことを自覚できる時は誰にでも公平にやってくる。それは死の直前。多くの人が「ああ、勇気を出して幸せになろうとすればよかった」と思うらしい。死の直前だと、あるいは不治の病を宣告されてからだと、その思いは後悔ということになってしまうだろう。

「普通は○○のように考えるものよ」「そんなことをすると世間様から色々言われるわよ」みたいなものを取っ払ったら、死の直前に後悔する確率は低くなるかもしれない。

浅田真央選手に対して、いい歳なんだから引退すればいいのに、こう言っていた人は、主に中高年の男性が多かったらしい。では、その人たちは自分の人生をどのようにプロデュースしているのだろう?幸せな輝く60代、70代人生を満喫しているのだろうか?そうも思えないところが哀しいというか面白いところだ。

「こうあるべき」というものを取っ払ってしまうといいのかもしれない。世間様は後ろ指を指すかもしれない。でも世間様は自分の幸せのために何かしてくれるわけでもない。

この動画、映画の広告なのだが、ピアノ仲間が紹介してくれたもの。これを見ながら「自分次第」みたいなことを考える。

人生は劇場で、自分はそこで演技をする・・・人生後半にこのように考えられるといいなと・・・

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空の魂を拾う 

 

誰にでも愛は降り注いでいる。でも、それが見えない時もある。周囲には愛が降り注いでいるのに、自分にだけはそれが感じられないと思ってしまう。羨んでしまったり、傷ついてしまったり、周囲を恨んでしまったり。世の中って、どこか切なさをも伴う。自分の人生にもかな。自分の人生が幸せに包まれていても、誰かの尊厳が踏みにじられたり、世界の中にそのような人が存在しているのを知るだけで、それだけでも切ないのだ。苦しくもなる。

切なさ、切ない魂って、空に舞っているのではないかな?

ある人は、その切なさを現世界の認識でも感じられるようなものにしたいと願う。音であったり、色や線であったり、文字であったり。音楽家は音で切ない魂を音楽としてこの世に表出した。それを実際に音として表した演奏家によって、空に舞っていた魂が、聴いていた、あなたに届いた。

「ああ、なんていい曲なの」「切ない曲、自分も弾けたらいいな」そう感じたからピアノを弾いている。ピアノっていいな、苦しいけれど弾くのはやめられないな、そう思うのは、空に舞っていた魂が、届いたから。

練習では弾けない箇所、困難なパッセージなどを弾けるようにする。でもそれは自分に届いた魂を、今度は自分で音として表現するための手段だ。目的ではないのだ。いつのまにか、日々の練習で手段が目的化してしまう。弾けなければ伝わらないので、そうなるのだが、伝えたいもの、表に出したいものは「練習成果」なのだろうか?かつて自分が「ああ・・・」と言葉にできずに泣いた音楽を自分なりに出す、放出することではないか?

日頃の練習で「成果」だけを気にする。「練習の時と同じに弾けますように」と願う。失敗はしたくない。でも本番の日に、いきなりファンタジーだの、音楽表現だの、切り替えられるものだろうか?パッセージではなく、長い練習期間、最初に貰った魂を大事にしてきただろうか?その練習はしてきただろうか?

「アマチュアなのでぇ・・・」「プロとは違うのでぇ・・・」「音大生ではないのでぇ・・・」たしかにそうだが、魂を受け取る感受性にプロもアマチュアもないのでは?人の人生に初級も上級もないのでは?「ああ・・・」と音楽を聴いて涙した、あなたにしか表現できない魂というものもあるのだ。感じた人、その人オンリーワンの魂・・・

魂は空に舞っている。それを音や言葉で具現化したいと思う人がいる。サウンドや詩、小説、映画、写真、絵画、様々な形で魂は何かしらのものとして我々に届く。届いた人はそれをキャッチしたのだ。

1960年代、洋楽って割と切ない歌が多い。切なさが沢山舞っていたのではないかな?世界中が分断していたのかもしれない。ベトナム戦争によって、切ない魂が沢山舞ったのだ。

それを音や詩にした人がいる。それを聴いて、その魂をキャッチした人がいる。

この歌を聴いて「哀しいな」「切ないな」・・・何かしら感じたのならば、魂を受け取ったのだ。今度は自分が自分なりに、世界のオンリーワンとして表出してみるのだ。

「いい曲だな・・・」それは出発点であり、目指す到達点でもあるのではないか?感じる心、キャッチする心にアマチュアとかプロとか・・・あるのだろうか?

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映画とピアノ演奏の共通点 

 

映画とピアノ(に限らずだが)演奏って似ているところもあるように思う。ただ音符を並べているような演奏、ただストーリーだけを追っているような映画・・・

映画のストーリーって重要なのだと思うが、観る人の印象ってストーリーだけではなかったりする。もちろん音楽もだが、一言のセリフであったり、俳優の表情や舞台になっている風景とか、そのようなものが複合的に重なって「印象」として残るのではないか?

「慕情」はオペラ「蝶々夫人」と実話を基にしているらしい。実話が蝶々夫人のよう・・・というか?香港在住の英国と中国とのハーフである女性がアメリカ男性と恋に落ちる。男性は既婚。妻との愛は冷めていて別居中。でも本国の妻は「絶対に別れるもんですか!」みたいな?香港の二人、つまり不倫・・・ではあるわけです。この映画、主演の二人の魅力、そしてサミー・フェインのテーマ曲がなければ、たんなる「平凡な不倫物語」になっていたかもしれない。

サミー・フェインは、テーマ曲の根底にあるイメージとして「蝶々夫人」のアリア、「ある晴れた日に」を想定していたらしい。曲そのものは、あまり「似ている」とも感じないけれど。蝶々夫人のピンカートンは本国から妻を連れてきてしまうけれど、「慕情」では男が戦死してしまう。悲恋だねぇ・・・

二人の愛のシーン、そして、かつて逢引きした丘で、男の幻影を見る女、このあたりのシーンと音楽が非常にマッチしているように思う。

やはり「慕情」はマット・モンローの歌唱に惹かれる。感情が爆発しそうになるくらいに切々と歌い上げてくれるから。哀しみを上回る愛の讃歌・・・のような?

映画とピアノ演奏、似ていると思う。

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熟年パワー 

 

フォー・エイセスというグループ、実は解散したり消滅したりすることなく、現在も存在している。

「えっ、慕情のヒットが1955年でしょ?えっと今は2017年でしょ?えっ???」

むろん、メンバーの入れ替わりはある。でも1950年代から歌い続けているメンバーもいて、息の長いグループであることに違いはないだろう。

個人的には映画公開時のフォー・エイセスよりも、アダルトな魅力満載の、今のフォー・エイセスの方がいい・・・などと思う。声、若くないですか?

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音の連なりが動かすもの 

 

聴いていて、いつのまにか惹かれている演奏と、そうでもない演奏というものがある。惹かれる、つまり「持っていかれる」みたいな演奏。ミスがあるとか、ないとか、そのような表面上のことではなく、何かしらの要素が潜んでいるのだと思う。

演奏者に尽きせぬほどの熱いものが内在していても、伝える技術が伴っていなければならない。単なる指の運動ということだけではなく、音の連なりのようなものを感じること。楽譜を読むのような?音符ではなく。そのようなものをどう演奏として、サウンドとして連結させていくか・・・なんだと思う。パラパラとミスもなく上手なんだろうけれど、曲と演奏者との間に、なんの関わり合いも見いだせないような、そのような演奏を目指している人はいないはずだ。その人がどのような位置、それは初級者とか上級者とか、そのようなこと、どのような位置に、たまたまその時にいるかは、あまり関係ないように思う。難曲をツラツラとは弾いているのだけど、曲との関わり合い不足のような、そのような演奏をしてしまう人が、シンプルな曲を弾いたら、別人のように人を魅了してしまう演奏をすることって、あまりないようにも思う。

音楽的表現のノウハウのようなものは存在していると僕は思う。ただ音符を並べているようにしか弾けないという場合、そのノウハウを伝授してもらっていないからだと。演奏が平坦、それは才能がどうたらとか、そのようなことではなく、いい教師から何かしらを教えてもらっていないから・・・

逆発想をしてみる。素晴らしい教師に教えてもらうとする。ただ「歌って~」とか「もっと感情を込めて~」と水っぽい指導だけではなく、何故にそのようになるかという具体的なノウハウを伝える能力のある教師。その場合、生徒の方に問題があるというか、感性不足というか、そのような場合、生徒の音楽は変わっていくのだろうか?つまり「感動?別にぃ・・・」とか「難しい曲を弾けば人から注目されるしぃ・・・」みたいな生徒。このような生徒を優秀な教師は導いていけるのか?まぁ、そのような人は、そもそもピアノなどという面倒なものに関わろうとは思わないのかもしれないが。

人から教えてもらわなければ絶対に分からないことってあると思う。弾き方・・・のようなもの。楽譜の捉え方・・・のようなもの。内在しているものをサウンドとして具現化するためのノウハウ。でも、自分で成長させる、育むことのできるものってないだろうか?「何故にこの音楽に感動するのだろう?」みたいなことを自分で突き詰めて考えてみる・・・みたいな?

「どうしてこの映画を観て私は泣くのだろう?」「どうしてこの絵画の前から動けなくなるのだろう?」「この演奏を聴いて心が動くのは何故?」

そもそも音楽という、音符の長短、高低という現象に何故に心が動いてしまうのだろう?

音楽と映画って密接な関係にあると思う。もし感動的なラブストーリーに全く音楽がなかったら?セリフと演技と背景の音だけ・・・例えば「慕情」のような映画に音楽がなかったら、この映画は人々の記憶に残っただろうか?

「慕情」という曲を聴いただけで映画のワンシーンが浮かんでくる。あるいは、映画のワンシーンのスチール写真を見ただけで音楽が浮かんでくる。何故にこのようなことがあるのだろう?ただの音の連なりじゃない?音楽なんて・・・

人が生きてきた歴史、人が人と関わってきた歴史、そのようなものと音楽、音の連なりが密接につながって心を動かしてしまう・・・そんなことはないだろうか?その摩訶不思議な現象に敏感になる、つなり感性を自分で訓練することって、もしかしたら可能なのかもしれない。

「慕情」は1955年公開の映画。映画も良かったねぇ。ジェニファー・ジョーンズが非常に美しい。「慕情」のテーマ曲を書いたのはサミー・フェインという人。60年以上も昔の映画だけれど、この曲は聴いたことのある人は多いのではないだろうか?映画の中で、このテーマ曲はただのコーラスとして扱われていたと記憶している。それでも、このテーマ曲が存在したからこその映画のヒットがあったのだと僕は思う。

映画公開後、フォー・エイセスというグループが、このテーマ曲を歌い、ヒットした。今でいう映画とのタイアップヒットなのだろう。フォー・エイセスのヒット後、多くの歌手が「慕情」を歌った。個人的にはマット・モンローの「慕情」が好きだ。映画の中でテーマ曲を歌ったのはマット・モンローだと長い間思っていたほど、「慕情」=マット・モンローの歌唱・・・なのだ。

人間としての自分に、もともと備わっている感性を自分で訓練してみる。ノウハウという外からくる情報だけではなく、備わっているであろう「感動能力」のようなものを磨く、このような訓練というか練習って各自で可能なのだろうか?

フォー・エイセスの「慕情」を聴くと、ジェニファー・ジョーンズとウィリアム・ホールデンとの美しいラブシーンが浮かんでくる。死んでしまった男の幻影を見る哀しい女・・・そのようなシーンが浮かんでくる。音の連なりが何故にそのような現象を起こすのだろう?

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若葉のころ 

 

叔父はデモテープを持っていた。いわゆるカセットテープというもの。叔父の夢はレコードを出すことだったような気がする。売れようが、売れまいが、オリジナルの曲を書いてもらい、レコード会社からドーナツ盤を出すということは、歌手としての夢だっただろうと。そのデモテープを叔父自ら処分してしまっているという事実は、非常に哀しい。癌になってしまったことで、レコードを出すという夢も捨ててしまったのだろうか?

叔父が亡くなったのは1973年。歌謡曲全盛の時代だ。キャバレーで歌う、酒場で流しとして歌う、単純に「仕事」としては、まだ成り立っていた時代だったような気がする。だからこそ、志半ば・・・という叔父の無念さも感じる。叔父はフランク永井を尊敬していた。叔父も低めの声だったし、演歌ではなくムード歌謡を歌いたがっていたから、その理由も理解できる。フランク永井も進駐軍でトラックの運転手をしたり、タクシーの運転手をしながら歌手を夢見ていた人だ。なので、叔父のような売れない歌手に対して援助することもあったらしい。「食べられているのか?」・・・僕自身、フランク永井の膝に乗った記憶がある。叔父と一緒にフランク永井の家に行ったのだと思う。犬がいたなぁ・・・などとセピア色の記憶だ。

叔父はフランク永井が自殺未遂をしたことは知らない。これは叔父にとって良かったことだと僕は思っている。その時に叔父が生きていたらショックだったと思うから。徐々に歌謡曲というものが衰退していく時代に突入する前、叔父が亡くなったことは、叔父にとっては良かったのか?ちょっと判断できないな。でも叔父にとっては、さらに厳しい時代になっていたような気はする。キャバレーなども衰退していっただろうし、流しという仕事もカラオケという装置に変わっていく、そんな時代になっていくのだから。美しい旋律も、一度聴けば記憶に残るような、そんな旋律の曲も少なくなっていく。どの世代も歌えるような、そんな曲も東西問わず少なくなっていく。叔父はそのような世界を知らずに旅立ったのだ。

ビージーズのドーナツ盤、「メロディ・フェア」よりも、実はカップリングされた「若葉のころ」に叔父は惹かれたのではないか?叔父はこの旋律に惹かれてレコードを買ったのではないか、そんな気がしている。今、ヒット曲にこのような旋律の曲は少ないように思う。メロディーは死滅したのか?打ち込み音がまず耳に入るような曲しかヒットしないのか・・・

この「若葉のころ」は、後に日本のテレビドラマにも使用されたらしい。そして、かなりのヒットも記録したらしい。人々は美しい旋律を求めていないわけではなかったのだ。なので何十年も昔の曲がヒットするのだ。人々は旋律をまだ求めているのだ。

「歌謡曲は衰退してしまったけれど、美しい旋律も少なくなってしまったけれど、人々はそれを忘れてしまったわけではない、求めている。叔父さんが生きて歌っていた頃と変わっていないものもあるんだ」叔父にそう言ってみたい気がする。

叔父は「そんなこと知っていたさ・・・」そう僕に答えるような気がする。

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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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小さな恋のメロディ 

 

3歳から6歳ぐらいまでの頃、叔父の家に預けられることが多かった。叔父の歌を聴いたりレコードを聴いていた。おぼろげな記憶だが、部屋いっぱいにレコードがあったと思う。叔父の遺品としてのレコードは段ボール箱に数箱。入退院を繰り返すようになり、かなりの数のレコードは処分したのだと思う。段ボール箱の中のレコードは、叔父が、どうしても処分できなかったレコードなのだろう。やはり歌謡曲、それもムード歌謡のレコードが多く、意外と演歌は少ない。洋楽のレコードも多い。僕もそれらの洋楽は聴いた記憶がある。ティノ・ロッシとかビリー・エクスタインのような昔の歌手のレコードが多い。

ビージーズの「小さな恋のメロディ」のドーナツ盤、このレコードは、なんだか叔父らしくはない選択のようにも思える。当時のヒット曲だったはずだ。映画も大ヒットしたらしい。1971年公開の映画だ。僕は小学生になるか、ならない頃で、リアルにこの映画を観てはいない。おそらく、1950年代生まれの世代には胸キュンの映画であり、曲なのではないかと想像する。

1971年頃、叔父の病気が発見された頃だ。「もう叔父さんの所へは、あまり行けないの。叔父さんは病気と闘っているから、あまり邪魔しちゃいけないのよ」親にそう言われた記憶は鮮明だ。なにか、子ども心にも叔父に重大な事が起こっているような、そんな気はした。

その頃に叔父が買ったレコードで、しかも当時のヒット曲のレコードだ。叔父はこの曲や映画が好きだったのだろうか?そうだったのだろう。流しとして「小さな恋のメロディ」をリクエストされると叔父が考えていたとは思えないから。仕事用ではなく、純粋に聴くために買ったのだろうと思う。

叔父が癌と闘いはじめた頃、1970年代の前半、日本の歌謡曲も洋楽も、美しい旋律が、まだまだ健在だったのだなぁ・・・などと思う。叔父は1973年に亡くなっている。

彼が今のJポップ、今の洋楽を聴いたら、どのような感想を持つだろう・・・そんなことを考えたりする。

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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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ドーナツ盤 

 

地方などを旅していると、偶然に蚤の市などに遭遇することがある。大規模なものではなく、神社仏閣の境内などで地元の人が・・・みたいなもの。いわゆる骨董品、陶器とか掛け軸とか、そのようなものには興味は全くないので、今までは素通りだったのだが、そのような市の片隅で昭和のドーナツ盤を売っていたりする。レコードプレーヤーを所有してから目につくようになった。

貴重品として高額な値段がつくようなものではない。段ボールの中に無造作に詰め込まれていたりして、物色する楽しさがある。「わぁ・・・この頃は初々しかったんだぁ・・・」などと小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」のドーナツ盤を手にしたり・・・

懐かしさ・・・なのだろうと思う。別にその人のファンではなかったとしても、妙な懐かしさがある。金井克子のレコードなど、買おうかどうか迷ってしまう。

そのような「懐かしさ」ではなく、絶対にその歌手、その曲を自分は知らないはず。でも曲のタイトルとか、ジャケットの印象とか、歌手の名前、そのようなものが総合的に絡まって、なんとなく購買意欲を感じてしまうレコードというものがある。

「これって、どんな曲なんだろう?どんな感じで歌っているんだろう?」という興味・・・

帰宅してターンテーブルに乗せて、そして音を出してみる。その時に自分の想像以上のサウンドだったりすると、なんだか分からないが、非常に嬉しかったする。

この、ある蚤の市で遭遇したドーナツ盤、僕の宝物となった。昭和って楽しくなかった???

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アナログ世代の楽しみ 

 

アナログレコードがひそかなブームであるらしいことは、なんとなく感じる。僕がたまに中古CDを物色する店、ディスクユニオンという店がある。オヤジの巣窟(?)みたいな感じの店で、圧倒的に男性の客が多い。まぁ、僕もその中のオヤジなのだと思う。最近気づいていたのだが、アナログレコードの売り場面積が昔と比較して広がってきているような?ディスクユニオン、東京では(クラシックオヤジには?)有名な店だと思う。吉祥寺店はそうでもないが、新宿店や御茶ノ水店は半分の面積がアナログコーナーのような印象だ。

アナログレコード、つまりLPだね。当たり前だがCDプレーヤーでは再生できない。僕はレコードプレーヤーを持っている。アナログ愛好者は、アナログ独自の音質というものに惹かれるみたいだ。僕はそこまでではなく、懐かしさからレコードを聴く。

叔父は昔、流しだったので、沢山のレコードを持っていた。幼児の頃からそのレコードを聴いて育ったのだが、叔父が亡くなった後、回りまわってそのレコードが遺品として僕の所へ来た。それらのレコード、最初は保管しているだけだったが、なんとなく聴いてみたいと思ったのだ。圧倒的にフランク永井のレコードが多かったように思う。つまり歌謡曲のレコード。フランク永井の、いくつかのヒット曲は僕も知っていた。言葉を変えると、フランク永井という歌手に関しては、いくつかのヒット曲だけの印象しか持っていなかった。歌が上手い人とは思っていたけれど。

そのフランク永井のライヴのコンサートのレコード、おそらくこれは一般にCDとしては流通していないと思うが、そのコンサートのレコードでのフランク永井が素晴らしかったのだ。トークも含め、「この人は歌に賭けていたんだ」みたいな鮮烈な印象を僕に与えた。その他に、このような印象を与えたのが、アイドル歌手だった天地真理。彼女のヒット曲は僕のような年代には非常に懐かしい。「恋する夏の日」とか「ひとりじゃないの」なんて、歌える人、僕の世代ではまだ多いかもしれない。彼女の場合もコンサートのライヴのレコードが素晴らしかったのだ。「えっ?これがあの天地真理?」みたいな?自分のヒット曲も歌っているのだが、ほぼ渋めのフォークばかり収録されていた。それが実に素晴らしかったのだ。もしかしたら、彼女の領分は、ほんわか歌謡曲ではなく、フォークだったのかもしれない。あまりにアイドルとして売れすぎてしまったための悲劇、そのレコードから受けた印象だ。

やはり僕は、いわゆる「クラシック音楽」が好きなので、ディスクユニオンの「クラシック館」に通う。ここで思うのだ。まだまだクラシックファンは健在なのだなと。駅ビルなどに入っている普通のCDショップ、クラシックのコーナーなど無残なものだ。店によってはクラシックのCDなど売っていないこともある。「ああ、クラシック離れ・・・」などと思う。でもディスクユニオンのクラシック館のような店も健在なのだ。クラシックファンはいるのだ。でも非常に残念なことに、僕を含めて昔を懐かしむようなファンが多いんじゃないかな?まぁ、中古CDを物色するような人はそのような人が多いのだろうが・・・

クラシック館、もちろん往年の演奏家、フランチェスカッティやルービンシュタインのレコードも売っている。いわゆる「音質」みたいなものに拘りをそれほど持たない僕は、それらの往年組の演奏はCDでも堪能することができる。僕なりのクラシックの掘り出し物としては、有名な演奏家、CDもバンバン(?)出しているような日本の演奏家の若い頃のレコード。

中村紘子のデビュー盤なのではないだろうか?録音は1968年。このリストのレコードに収録されている曲の何曲かは彼女は後年に再録していて、その演奏はCDでも聴くことができる。再録であるCDの演奏の方が演奏家の特質を表出しているのだろうと思う。演奏家は成長するものだから。1968年の中村紘子の「ため息」を聴く。なんというか、非常にフレッシュな印象。正直驚いてしまったほどだ。再録の(CDの)「ため息」は、「ああ、中村紘子さんですね」と納得してしまうような演奏。多くの人が「中村紘子というピアニストの演奏」という情報から想像できるような要素がある。ファンはそこがいいのだろうし、そうでない人は、そのあたりが気になる・・・そんな部分。その人なりの歌い口というのだろうか・・・

若い演奏、おそらくその部分が、まだ確立されていない頃の演奏なのだろう。少なくとも僕はそう感じた。このような発見、非常に楽しい。

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わぁ・・・♡♡♡♡♡ 

 

「ねえねえ、Aちゃんは昔部活何だったの?」「私、新体操やってたんだ」「わぁ・・・」このわぁ・・・の後ろには♡マークが五つぐらいはつくのではないだろうか?イメージというものはある。バレエとか、茶道なども、わぁ・・・+♡マークのイメージではないだろうか?ピアノもそうかな?「私子どもの頃ピアノ習ってたんだ!」この場合、あまりにも特殊性というか神秘性に欠けるかもしれないが、♡マークも一つぐらいは、つくのではないだろうか?でもこれは女の子の場合。男子ピアノも昔はイジメの対象に、なりかねなかったぐらいだが、最近では♡マーク組になるかもしれないね。

「僕、新体操やってたんだ・・・」今の世の中、♡マークはいくつつくだろう?むしろ「えっ?」とか「・・・・」のような?絶句・・・のような?

でも、男子新体操という競技、スポーツが世間一般にもっと知られるようになれば、もうこれは♡マークものの特技(?)、経験になるのではないかと思う。皆、ただ知らないだけ。これって残念だなと思う。しかも日本発祥のスポーツなのだから。

鹿児島実業高校、先の演技、21位なのだそうだ。「あれだけ会場を熱狂させて21位?」とも思う。では1位の演技は・・・と興味を持った。岡山県の井原高校、なかなかの新体操名門校らしい。

演技の感想なんて人それぞれなのだろうが、個人的には、このような演技、競技は世界にもっと知られるべきだと思った。将来、日本の男子新体操のナショナルチームが存在するようになり、オリンピックでその妙技に触れた全世界の少年たちが新体操に憧れる・・・これは夢物語ではないように思う。

高校や大学の部活動、そのような範囲内だけのものではない。そして日本国内だけのものではない。世界に広がる可能性を持った魅力はないだろうか?

まずは多くの人に知られるようになること、これだと思う。

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日本発祥のスポーツ 

 

昔はフィギュアスケート、マイナーなスポーツだったのか?日本でも、それなりに人気はあったように思うけれど、全日本選手権のチケット入手が困難・・・みたいなことはなかったように思う。1985年の世界選手権、東京で開催されたのだが、シングルのフリーでも空席はあったと記憶している。フィギュアスケート、今ではアマチュアの選手もスポンサーがついたりしているらしいけれど、やはりアマチュアとプロとの境目は、はっきりしているように感じる。現役引退みたいな形で明確化されているように思う。

これは完全に僕の偏見なのだと思うが、オリンピック競技の放送で、ゴルフとかテニスなどを観ると、ちょっと違和感を感じたりもする。プロとして賞金を稼いでいるような人がオリンピック?なんとなくそう感じてしまったりもする。まぁ、いいのだが。

世の中にはマイナーなスポーツというものもあるらしい。新体操はどうだろう?スリムで小柄な女性(少女?)が柔軟性を活用し、美の競演をする。魅せる競技、パフォーマンスとして技術だけではなく、観客のテンションを集める表現力・・・みたいなことも重要だったりする。そのような意味ではフィギュアスケートと近いような?女子の新体操はオリンピック競技になっているぐらいだから、メジャーではあるのだろう。

男子にも新体操はある。女子と、ある意味では似ているかな?個人と団体があり、男子も個人では種具を用いる。クラブとかロープとか。さすがに男子にリボン・・・はないが。

男子新体操の競技人口は約1000人。これではマイナーなスポーツかもしれないね。各国に1000人・・・ではなく日本で1000人。競技人口は日本に集中している。男子新体操は日本発祥のスポーツなのだ。海外に男子新体操の魅力を発信したりとか、色々とやっているらしいのだが、国体の競技からも男子新体操は、はずされてしまったりと、なかなか難しいようだ。

男子新体操、発祥国日本においてさえ、あまり馴染みは少ないのかもしれない。もしかしたら「え~っ、男にも新体操があるの~」みたいな人もいるかもしれない。見てみると、これがまた素晴らしいのだ。このようなスポーツ競技が消滅してしまうのは、なんとも勿体ないと思う。

このブログは新体操ブログではないし、スポーツブログでさえない。このブログを訪れる人は、何かしら「ピアノ」と関係ある人が多いだろうと想像する。そのような人に、一人でも「えっ?男子の新体操ってこんなに素晴らしかったの?」と知ってもらいたい気持ちがある。

鹿児島実業高校、野球部が有名らしいのだが、この高校、新体操でも有名なのだ。大会で連覇している・・・みたいなチームではないのね。成績だけを見ると、あまりパッとしないのかもしれない。でも演技が非常にユニークなのだ。およそ3分間の演技なのだが、見入ってしまう。飽きさせない、これは、ある意味非常に難しいことのように思う。それを鹿児島の高校生がやっているということに、まず驚く。

もともと、あまり強いチームではなかったらしい、大会に出場できるということは、鹿児島実業高校新体操部にとっては、当たり前のことではなく、ある意味「ハレ」の舞台であった。数少ない機会であるのなら、なおのこと印象に残る演技をしたい・・・そう監督は思ったのだそうだ。ユーモラスな動き、振り付けは生徒(選手)と監督との共同作業なのだそうだ。

監督はこのように言っている。

「ビデオで早送りされないような演技をさせたい」これは非常に難しいことのように思うが、彼らは見事にクリアしている。

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自分たちの中にある原因 

 

先のアーンを独唱している人も、このラフマニノフを弾いている人も韓国の人。日本人演奏家の平均的演奏と比較すると、なにか表現意欲旺盛というか、したたかというか、闊達な印象を持つ。僕なりに考えていたことは、民族的なものがどうこうというよりも、韓国の音楽留学というもの。かの国ではヨーロッパなりアメリカなりに、非常に幼い頃からスパーン(?)と渡ってしまう人が多いような?小学生とか?日本の場合だと、音大4年生を終えてからとか、割と悠長というか?まぁ、人によるとは思うが、平均的にはそう感じる。音楽高校を終えて・・・でも、もう18歳。そこから・・・というのは、かなり遅い感じになる。日本の場合、学歴というものへの拘りはあるのかもしれない。人気ピアニストになれればいいけれど、そうでない場合、学歴がないと厳しい。むろん、外国の学位取得ということでもいいけれど、正式なディグリー取得をする場合は、ピアノのレッスンだけを受けていればいいわけではない。大変に厳しい語学力の問題というものが絡んでくるはずだ。特に大学院ではなく学部留学の場合。

ご本人に訊いたわけではもちろんないけれど、中村紘子さんのジュリアード音楽院留学、あれはマスターズディグリーではなく、ディプロマだったのではないかと思っている。そうだとすると、彼女の日本流の最終学歴は「中卒」ということになる。高校を退学して留学していたと思うので。中村紘子さんのように有名になれればいいけれど、そうでなかったら?このあたり、日本人の留学発進の遅さの一因ではないかと。22、22歳になってからでも遅くはないけれど、やはり多感な時期を外国で過ごす韓国人音楽留学生とは、どこか差がついてしまうのかもしれない。

でも、このような基準というか、僕の考えは、根本的に「日本が普通」という感覚に基づいている。物心ついた時から日本に住み、日本人だけの中で日本語を話して育ったので、僕は「日本が普通」という感覚を持っているのだろうと思う。そこを基準にする。もしかして、日本では普通でも世界からすると、異端・・・ということもあるのかもしれない。

いきなり算数の話しなる。このような問題があったとする。「1袋に8個のアメが入っています。その袋が7袋あります。袋に入っていないアメが17個あります。アメはいくつありますか?」ある生徒が次のように解答した。そして教師はその答えを不正解にした。

8×7+17=73  アメは73個

何故不正解なのか?何故なら、その生徒はまだ授業で掛け算を習っていないから。こう答えなければならなかったらしい。

(8+8+8+8+8+8+8)+17=73

この話は有名な話らしく、「ひぇ~、それはおかしくない?」という人が「掛け算をまだ授業で習っていないんでしょ?じゃあ生意気に掛け算なんか使っちゃだめじゃん」という反応の人を圧倒していたのがせめてもの救いだが、なんとなく「ああ、日本・・・」という気はする。でも、僕自身、このようなことに自然と順応させて生きてきたように思う。ここは日本だから・・・と。国語のテストで小説か何かの一部の文章が載っていて「主人公の気持ちを答えなさい」などという設問があったりすると、心の中では「そんなこと作者じゃなければ答えられませ~ん」と思っても、正直に書くとどうなるか知っていたので、こう答えたらいいんだろうな・・・みたいな答えを書いていたように思う。そのようにして、周囲に順応させながら生きてきた。このようなことって、長い間には「それが普通」みたいな感覚になっていってしまうのではないだろうかとも思う。本人は意識しなくなっていく・・・

何故に韓国の演奏家は・・・ではなく自分たちが「ああ、日本・・・」であるという可能性。

何故○○さんは○○なの?原因を相手だけに探るのではなく、独自の、独特の自分というところへも広げてみる。

また新たなパズルの一片が見つかったようだ。

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パズルの一片 

 

パズルの一片のようで、その場では解決できないのだが、心の中に保存しておけば、そのパズルが、ある時、偶然に形になる。なんとなく日常生活において、そのようなことは度々ある。忘れてしまうことも多いけれど。

今朝偶然にテレビで観た光景。日本人歌手、この人はカウンターテナーなのだが、ウィーン国立歌劇場にデビューするという話題だった。日本人のカウンターテナーとしては初めてだとか?快挙・・・なのではないかと思う。その歌手が衣装をつけた状態で、女性にこう言う。その女性はオペラハウスのスタッフなのか、歌手なのかは分からない。西洋人だ。「僕、この歌劇場、今日がデビューなんだ」女性はこう答えるのだ。「成功するに決まっているじゃない?」と。日本人だったら、普通、このような時、「頑張って!」と言うのではないかと思った。頑張って・・・がいけないわけではない。成功に決まってるでしょ・・・は素敵な言葉だ。でもこの反応は一般的な日本人とは違うなと。この小さな違い、色々な事にもリンクしているような?

この時の西洋人女性の言葉はパズルの一片として僕の中に入ったのだ。むろん、そのパズルはすぐには完成はしない。でもこれって意外と大事な一片なのかもしれない。

ピアノ指導法、奏法、このようなこと、いや、ピアノに限らずだと思うが、あることを身につけたいとか、自分に不足していると感じたら、一つの「こうであるべき」ということを集中的に、無批判に取り込もうとするだけではなく、少しの懐疑心をも含み、自分の中に入れておくことも必要なのではないかと思う。完成はいつになるかわからないけれど、○○法というものに猪突猛進というか、素直に学ぶという姿勢だけではなく、ただパズルの一片を入れておく・・・熟させておくみたいな?

小さなことなのだ。例えば、「楽譜に忠実?クラシック音楽だもの。当然よね。ピアノと書いてあるから弱く弾かなきゃ」無批判に実行してしまうのではなく「ショパンの演奏って即興的要素もあった?えっ?ショパンを弾く時、そのことはどう自分の中で処理するんだろう?だって楽譜に忠実・・・なんでしょ?えっ?ヴァリアントって何?」このような疑問はパズルの一片なのだ。「弱く?それってもしかして相対的なことなのでは?だとしたら、どこの部分に対してのピアノ?書いてないし~」すべてパズルの一片なのだ。否定してしまわず、また安易に「これで納得!ショパンの演奏法」といった本に盲目的になってしまうのでもなく、ただ入れておく。そうすれば、ある時、ピアニストの言葉とか、なんでもないような情報、音楽以外の芸術などから、その疑問が自分なりに納得できる形でパズルの形になっていくかもしれない。

「成功するに決まっているじゃない?」この言葉、非常に「日本人的発想ではないな」と感じた。つまり西欧的反応だなと。これがパズルの一片になったわけだが、別に入れておいた別のパズルと重なった。もし、成功するに決まっているという言葉が、日本人や東洋人らしき人から発せられたら僕はどう感じただろうと。

西欧的、ここには西欧の歴史とか文化とか宗教とか、そのような多くの事柄が含まれている感じで、それが「我々とは違う」という感覚に結びついている。もしその言葉を東洋人が発したら、その人の国の背景というよりも、「その人という個人」の独自性に着目してしまうだろうと。国とか歴史、文化ではなく、その人個人という感覚?なぜ西洋人、金髪、青い目・・・みたいな人だと、全体的な観点になり、黒髪、黒い目の東洋人だと「個人」みたいな感覚を僕は持つのだろう?

おそらく、日本人と見た目の変わらない東洋人に関しては、無意識に日本人化してしまい、その上で、日本的感覚との比較をする。西洋人の場合は、最初から異人さん、違う所の人という感覚があり、その人個人というよりも、より大きな要因、文化とか、そのような観点で比較をする。それは僕が日本という島国で育った日本人だから・・・

パズルの一片として、見た目からは西欧人のように違いは判断できないけれど、韓国とか中国の演奏家は、どこか日本人の演奏家とは違うと感じていた。共通しているところもある。勤勉さとか緻密さのようなもの、いい意味で演奏に反映されている。でも日本の演奏家とは明らかに演奏そのものが違う。どちらが上手とか正しいとか、そのようなことではなく何かが違う・・・のだ。

喜怒哀楽、ラテン系、例えばイタリア人などは激しかったりする。リアルな友人関係から考えてそう感じる。もしイタリア~ン的反応を、韓国の人がしたら?やはり韓国人だからというよりは、その人、個人の個性として感じるような気がする。

もし日本から他国へ・・・という基準の発想を僕が捨てたら、パズルの一片はどのように完成されていくのだろう?また新たなパズルの一片が加わった。

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意外なヒットメイカー 

 

ブラームスって「渋い」とか「難渋」とか、そのようなイメージ?暗い・・・とか?インターメッツォなどの後期のピアノ曲に馴染んでいると、どこか深刻そうなブラームスが浮かんでくる。髭に埋もれたような、あの威厳たっぷりのブラームス。

当時のヨーロッパに「オリコン」みたいなチャートはなかったと思うのだが、ヒット曲のような扱いの曲はあったのではないかと思う。どこかキャッチーで、人々が思わず鼻歌として口ずさんでしまうような曲。そのような曲と厳粛なるブラームスって、どこか結びつかない。

そのブラームスに「日曜日」という小さな小さな歌曲がある。民謡調の曲だ。詞はドイツの民謡集、ヨハン・ルードヴィヒ・ウーラントという人が収集したテキストから採られている。曲はブラームスなのだが、彼らしくない(?)ほどのキャッチーなメロディーなのだ。

あの髭もじゃ厳粛なるブラームスがこの曲を書いている図を想像すると、自然に微笑んでしまいたくなるようだ。最も、イケメンの面影を残していた頃の作品なので、髭もじゃではなかったかもしれないが・・・

この曲、当時ヒットしたんじゃないかなぁ?

「日曜日」

もうまるまる一週間も
可愛いあの娘を見ていないんだ
ある日曜日
戸口のところで見かけたんだ
千倍も美しいあの娘
千倍も美しい恋人
今日あの娘のそばに居られたら・・・

もうまるまる一週間も
あの笑顔が離れない
ある日曜日
教会に入っていくのを見たんだ
千倍も美しいあの娘
千倍も美しい恋人
神様、お願いだ!
今日あの娘のそばに居られたら・・・

この燃え立つような一目惚れを声で表現できる人、それはヘルマン・プライでしょう。

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ひそかな涙 

 

メロディーが美しい作曲家、メロディーメイカーと呼べるような作曲家、誰だろう?まぁ、人によって異なるのかなと思うが、シューベルト、プッチーニ、モーツァルトとか?ショパンもそうかな?個人的にはレイナルド・アーンがメロディーメイカーとして好きだ。

反対に、このようなことを考えていて、あまり候補にならないのは誰だろう?近現代の作曲家に多い?バッハなどはどうだろう?

シューマンも、どちらかと言えば「美メロディー」という捉え方をされていないのかもしれない。シューマンのピアノ曲って、大雑把な印象だと、「絡み曲」という感じ?複雑に対旋律が絡んでいるというか、文学が絡みこんでいるというか?イメージとして「わぁ・・・素敵なメロディー」というのとは、ちょっと違うのかもしれない。長いトンネルの中で、もがいている感じ?そこが魅力なのかもしれないが。

絡み好き(?)なので、どうしても曲が複雑化、長大化してくる。シューマンがショパンよりもアマチュアに演奏されにくいのは、この長さということもあるのでは?むろん、難しさということもあるのだろうけれど。発表会とかサークル、アマチュアの演奏の場って、意外と時間制限がある。10~15分ぐらいの持ち時間で選曲ということに慣れてしまう。ショパンだったら、バラードだのスケルツォだの、10分程度で、内容盛りだくさん、曲としても完結できる曲が多いのだが、シューマンの場合、どうしても抜粋しなくてはならない。あとはリピートなしで弾くとか?シューマンの「パピヨン」を繰り返しカットで弾くのだったら、ショパンのバラードの方がお弾き得というか?「クライスレリアーナ」とか「交響的練習曲」を抜粋というのも、やり方によっては、サウンドとして唐突感を感じてしまうかもしれない。我々の世代はLP世代(LPという言葉自体が古い?)なので、やはり全曲を聴くことになれてしまっているところがある。

話は変わるけれど、曲を練習していて煮詰まってしまうことがある。その曲のことばかりに入り込み、その曲の作曲家の一面を追いがちになってしまう。練習過程ってそんなものなのかもしれないけれど、煮詰まったら解放してあげた方がいいような気がする。練習をやめるというのもいいけれど、練習している曲の作曲家の別の楽器の曲を聴くとかすると、とても気持ちがよかったりする。違う面から作曲家を感じられるというか?

シューマンの場合、声楽曲を聴くと解放されるかもしれない。1840年、シューマン30歳、この年が、まさに「歌の年」なのだ。集中的に傑作を生みだしている。ピアノ曲も傑作なのだが、なんというのだろう、シューマンの声楽曲は、長いトンネルを抜け、光に包まれた解放感を感じる。眩しいほどだ。裁判に勝ってクララと共に生きることができるという眩しさか?

シューマンの場合、やはりチクルスが多いように思うが、ケルナー歌曲集などは、別に全曲通さなくてもいいように思う。この「ひそかな涙」という歌曲、「えっ?シューマン?」と思ってしまうような美メロディーだ。同時に「ああ、シューマンですね?」とも感じる。

歌曲散歩をしてから、練習している曲に戻ってみるのも、たまにはいいのではないか?それで「私ピアノ上手くなってるぅ・・・」となるほど現実は甘くはないけれど、少なくとも弊害にはならないような?まぁ、ピアノを弾く時間は減るけれど。

「ひそかな涙」   詞:ユスティヌス・ケルナー   曲:シューマン

君は眠りから目覚めて
牧場をさまよっている
広々とした大地の上に
青く澄んだ大空が広がっている

君は惑いもなく眠っていた
その間、大空は朝方まで
限りない涙を降り注いでいた

静かな夜に人々は
悩みのために泣くくせに
朝が訪れると いつもこう思うのだ
心はいつも喜びに満ちている・・・と

歌っているのはペーター・シュライアー。1945年、空襲で瓦礫の山になったドレスデン、そこの聖十字架教会の聖歌隊で少年ペーターは歌っていた。まずなによりも聖歌隊、教会の復興というのがドイツらしいというか?その聖歌隊、ドレスデン十字架合唱団を80歳を過ぎたペーターが指揮しているというのも素敵な話だ。歌手生活を引退してから、彼は指揮者として専念している。

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明日! 

 

R.シュトラウスに「明日!」という歌曲がある。彼の歌曲の中でも僕のお気に入りの曲。ピアノのパートが素敵なんだよね。ジェラルド・ムーアだったかな、この曲のピアノパートについて「壊れものにつき、取り扱い注意のラベルを貼るべき」と言っていた記憶がある。たしかにそれぐらいピアノパートも極上だ。難しそうだが・・・

この録音は歌中心というか、ピアノが奥まって聴こえるのが残念なところだが、歌っているのがビョルリングなので、それもまあいいか・・・などとも思う。でも歌とピアノが対等に聴こえるような録音だと、さらに素晴らしく聴こえるのではないかと思う。やはり・・・

詞はジョン・マッケイという人の詞。詞だけを読むと、なんとなく甘い恋人たちの歌という気もしてくる。

「明日!」   詞:ジョン・マッケイ

そして明日には太陽が再び輝くだろう
そして私の歩む道で幸せな二人を再び一つにするだろう
光に満ちたこの地上で・・・

そして広々として 青い波の打ち寄せる浜辺へと
私たちは静かにゆっくりと下りていく
黙ったまま相手の目を見つめるだろう
すると幸せの無言の沈黙が
私たちに降りてくるのだ

明日には恋人とルンルン(死語!!!)という詞に、やはり思えてくるが、R.シュトラウスの音楽によって、どこか崇高なものに昇華されているように思う。音楽の不思議というか・・・

今は憎しみと偏見で分断されてしまっているけれど
明日・・・明日こそ光に満ち、愛に満ちた無言の沈黙の世界・・・
そのような世界がやってくるだろう

なんとなく、そんなメッセージ性が音楽によって加わっているような?

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DNA 

 

「ポーランド野郎」「ユダ公」とても原文(英語)では表現することが躊躇われる言葉。アメリカに移民として暮らし始めたHがよく言われた言葉なのだそうだ。悔しかったのではないかな・・・そう問うと、「そりゃあ傷つくさ。ポーランド人ってアメリカでもそういう扱いなんだと思ったね」でもHは悔しさとか憎しみという感情を排除する努力を自ら課していたようだ。

彼の父親はナチスの強制収容所の生き残りだ。両親も親戚全員も収容所で餓死したり惨殺されたりしたのだそうだ。でも彼の父親は解放後「ドイツ人を憎むのだけはやめよう」と誓ったのだそうだ。彼はHに「そう、憎しみは人々を分断させてしまうから・・・」と静かに言ったのだという。「頑固で偏屈な親父だったけど、その言葉はとても印象に残っている。だからアメリカで色々あっても憎しみという感情と闘ってきたんだ」

「僕はポーランド人としての誇りというものよりも、もっと大事にしたいものがあるんだ。皆が兄弟みたいに仲良くなれればいいと思う。そう思えるのは祖国への誇りよりも尊いと僕は思うんだ。これって幼い発想かな?」

僕は生粋の○○人だ。その誇りは当然の感情だろうと思う。自分の国、自分の国の文化や歴史を愛する、当然の感情だ。紛争や侵略等があった場合、その相手国を良くは思えないというのも当然の感情だと思う。Hや彼の父親にとってのドイツ・・・とか。
人は両親から、それぞれ50パーセントDNAを授かる。両親は、そのまた両親から50パーセント授かっている。そのまた両親も。もしDNA検査で自分が生粋の、純血の○○人ではないと判明したら?快く思えないような国だと思っていた国の血が入っていると分かったら?

「僕は生粋のイギリス人さ。ドイツは苦手だね」その人にドイツの血が入っていたら?「僕はキューバ人さ」その人に東欧の血が入っていたら?

もしかしたら皆が兄弟なのかもしれない。

「皆が兄弟みたいに仲良くなれればいい。それは祖国への誇りよりも尊いと思うんだ」
「憎しみは人々を分断させてしまうから・・・」

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分断 

 

アメリカに住む友人、知人、バーニー・サンダースの支持者がほとんど。というか、全員そうだったと思う。多くの人はサンダース候補の選挙運動、ボランティアとして何かしらの活動をしていた。ビラ配りとか。なぜにサンダースなのか?まぁ、自分の国のことではないし、政治に興味があるとは言えないほうなので、あまりサンダース候補については知らなかった。

彼らが衝撃を受けたのは、クリントンがトランプに負けた時ではなく、サンダースがクリントンに負けた時だった。「この国はどこへ行ってしまうんだろう?どうなってしまうんだろう?」このような想いは今もアメリカは抱えているのではないだろうか?

人々が分断している、ある友人はそう言っていた。

人間は同じ。人種、肌の色が異なっても同じ人間なのだ。このように考える人と、なぜ働いても働いても生活が苦しいの?でも移民たちの中には税金なんて払わない人もいる、なぜ私たちが彼らの分まで払わなければならないの?なぜ私たちは移民を養わなければいけないの?私たちだって苦しいのに。このように考える人とがいる。そして大きな分断・・・

今さら・・・なのだろうが、サンダース候補の言っていたことは個人的に、とても納得できる。彼が主張するような世界が現実化して欲しかった。でも僕などが蚊帳の外から言うのは簡単だよね・・・とも思うし、やはり人間として最低限の尊厳とか、誇りとか、それを捨てては終わりだろうとも思う。

分断しているのはアメリカだけではないよなとも思う。国レベルではなく、一メートル四方範囲の生活・・・みたいな小市民的なレベルでも分断ってあるような気がする。

普通に、普通に幸せになる、これが難しい社会は苦しい。

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万霊節 

 

なぜに今、R.シュトラウスなのか?おそらく今月が5月だからだろう。5月・・・万霊節。フォン・ギルムの詞は多分に感傷的なのかもしれないが、R.シュトラウスの音楽によって、光に包まれるように昇華されているように感じる。

長調の曲だから明るい?そうでもないね。暗くもないけれど。どちらでもないというか?音楽ってそこが魅力的なんだ。どちらともカテゴライズできないところ。ピアノだってそうだ。楽しい?辛い?どちらでもないような、どちらでもあるような?

楽しければいい?難曲を弾いて苦難の道?そういうことではない。どちらでもない。ではなに?それが言葉で表せないから弾いている・・・みたいな?

「万霊節」  詞:フォン・ギルム  曲:R.シュトラウス

テーブルに香り高いもくせいを飾り
最後に赤いアスターを添えよう
僕たち、もう一度愛を語ろう
かつての五月にそうしたように・・・

手を出して、そして僕に握らせて
人が見ていようと、かまいはしない
君の甘美な眼差しを僕に注いで欲しい
かつての五月にそうしたように・・・

今日はどの墓にも花が咲き
香りが立ち込めている
死者たちの自由になる一年に一度の日だ
僕の胸に来て、もう一度だけ僕のものになって欲しい
かつての五月にそうしたように・・・




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地上からの解放 

 

実は過去に臨死体験をしたことがある。勝手に臨死・・・と僕が解釈していただけで、ただの夢だったのかもしれないが、自分としては、あれは臨死体験だったと思っている。天国という概念は文化、宗教、国を問わず存在しているように思う。共通しているのは、光というものだろうか?細かなディテールは人種によって異なったりするようだが、光に満ちているというのは共通している。

池に蓮の花が浮かんでいたり、お釈迦様がいたわけではない。キリストが手招きしていたわけでもない。ただ、光に満ちていた記憶は非常に鮮明だ。表現しにくいのだが、どこか心地よさもあったような?「ムーミン」に登場していた「ニョロニョロ」というキャラクターがいたと思うが、その「ニョロニョロ」が輝いていて、輪郭を曖昧にしたようなものが僕を包み込んでくれる。愛に包まれる感じだろうか?おそらく、過去に僕が会い、すでに他界した人の霊魂みたいなものが「ニョロニョロ」として登場していたのではないかと思う。

どの「ニョロニョロ」も慈悲に満ちていたが、一人だけ険しさを感じる「ニョロニョロ」がいた。「まだ早いじゃないか!戻りなさい!」そう厳し気な「ニョロニョロ」に言われた。なので今もこんなところでブログという駄文を書いていられるのだと思う。

この光に満ちた、なんとも説明しがたい情景を音楽で表そうとしたのが、R.シュトラウスなのかなぁ・・・などと感じたりしている。寿命で肉体は朽ちても、魂は存在していて、光に包まれ天昇していく。天昇していく本人の魂、そして残された人の魂とでも言うのだろうか、つまり光に包まれて昇天していくような音楽がR.シュトラウスの音楽。

R.シュトラウスってメジャーなピアノ曲って、あまりないような?必ずピアノサークルの練習会や発表会で演奏されるという話は聞かない。「ブルレスケ」はオケ付きだし。ソロ・・・となると・・・

ピアノしか興味な~い・・・それだと、あまりR.シュトラウスなんて聴かないのでは?それでは勿体ないような?

僕もR.シュトラウス博士というわけでもないので、主に彼の歌曲しか聴かない。でも歌曲、素晴らしいんだな。あの世に連れていってくれるような?愛する人は、このようなサウンドと光に満ちて天昇したんだろうなと思えるような?

「地上からの解放」という歌曲、なぜか、この曲を聴くと「ニョロニョロ」を想い出す。

「地上からの解放」  詞:デーメル  曲:R.シュトラウス

君は泣かないだろう、君は微笑むのだろう
旅立ちの前のように、僕は君に視線とくちづけを返すのだ
僕たちの大好きな部屋を、君のために大きな世界に広げた
君は僕の幸せだ!

君は僕の手を握って、魂を僕にゆだねる
僕たちの子どもに僕を残すのだ
君は全生命を僕に贈ってくれた
僕は子どもたちにそれをまた贈ってあげよう

時は迫っている。僕たちはそれを知っている
僕たちは互いに苦悩を解き放ち
僕は君を、君の生まれたところに返すのだ
やがて君は夢の中だけで僕の前に姿を現し
僕を祝福し、僕と共に泣くだろう
ああ、君は僕の幸せだ!




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天国に持っていく音楽 

 

テッドさんの息子、サイモンさん、そして妻のリンダさん。一連の動画を観ていて感じたことがある。サイモンさんも、リンダさんも妙に(?)明るいということ。辛いという次元を超えた明るさ?まぁ、よくできた人たちなのだろう。でもそれだけだろうか?

愛する父親、夫がアルツハイマー型認知症に。辛くなかったはずはないのだ。自分の下の世話も怪しくなっていたりとか、ヤカンを冷蔵庫に入れてしまったりとか、歯ブラシで髪をとかしたりとか、色々とショッキングな出来事はあったはずなのだ。

職業柄、認知症に関するノンフィクションは読む方だと思う。それらの本の内容は、まさに「ザ・壮絶」とも言えるようなものだ。できれば考えたくない、少なくとも今は蓋をして考えないようにしておきたいようなことだ。「こんなに悲惨なの?壮絶なの?まっ、自分には関係ないことにしておこう」みたいな?家族がいかに大変か、これらのノンフィクションを読むと切なくなってくるほどだ。

でもテッドさん一家は明るいんだよね。不思議でもあるし、そうなんだろうな・・・と納得してしまうところもある。そもそも、認知症って病気なのだろうか?そうなのだろうが、できたことができなくなっていくという、後退・・・みたいなイメージが大きいのではないだろうか?たしかに今、目の前にいる愛する人が、とんでもない行動をする、周囲は愛する人の過去の姿を知っているだけに、そりゃあ辛いだろう。

「なんでそんなことをするの?」「なんで分からなくなっちゃったの?」「こんなことが一生続くの?」

ピュアになっていくのではないだろうか?現世の余計なもの、人間関係とか地位とか、そのようなものが削ぎ落とされていく。そしてその人が最も心の中で大事に守っていたものが表面化してくる、認知症ってこのような面もあるのではないだろうか?テッドさんの場合、それが「歌」であった・・・言い換えると、テッドさんは愛情表現、配偶者や息子、そして自分が生きてきた人生への愛を歌で表現するようになった。

昔はプロの歌手だったから。そう思えば、テッドさんが80歳でアルツハイマー型認知症でも、これだけ歌えるということは、どこか納得できそうな感じだ。でもそれだけだろうか?

天国に持っていくもの、音楽に魅せられている人は、肉体は亡くなっても、光に包まれ魂が天昇する時、音楽も一緒に持っていくのではないか?

音楽を聴いて、心が動く。切なくなったりとか。このような気持ちの動きって説明するのが難しい。ピアノを弾いている人、多くの人は魂と共に音楽も持っていくような気がする。現世のどうでもいいこと、誰それは上級者でどうたらとか、自分は○○しか弾けないとか、上手く弾けたとか、弾けなかったとか、そのようなことは削ぎ落とされ、その人にとっての音楽が最後には残る。最後に残った音楽は、限りなく「愛」というものに近くなる。サイモンさんも、リンダさんも、テッドさんの愛情を感じているような気がする。彼の歌を通して・・・

誰それ・・・と他人との比較のピアノではなく、自分の中身、それは現世では隠しているものなのかもしれないし、自覚さえしていないものなのかもしれない。でもそれが大切なのかもしれない。それは最後の時、光と共に持っていくものだから。

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80歳、認知症、それでも世の中のために・・・ 

 

テッドさんはCDデビューしている。このことは多くの人を勇気づけているはずだ。

当たり前のことだが、アルツハイマー型認知症を患っている人の歌声というだけで、同病の人、またその家族にとって救われるものがあるのではないかと思う。不幸のどん底から這い上がることができる、実際にそのような人がいるではないかと・・・

80歳の人の歌とは思えないほど、若々しい歌声だ。なんというか、もう言葉がない。

80歳?アルツハイマー病?何て気の毒な・・・

テッドさんは、気の毒な老人にはとても見えない。

彼のCD、売り上げの25パーセントはアルツハイマー型認知症に関しての研究に寄付されているのだそうだ。

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困難を笑う強さ 

 

もし自分がアルツハイマー型認知症になったら?う~ん、考えたことはない。若年性認知症ということもある。でも考えたことはない。もし、自分の親がアルツハイマー型認知症になったら?親が僕のことを分からないとか?やはり考えたことはない。そんなことあるはずない・・・なんて断言はできないのは分ってはいる。でも考えたことはない。考えたくないんだね、きっと。

テッドさん、80歳。昔は歌手だったようだ。アルツハイマー型認知症を患っている。家族のことも理解できなくなってきているらしい。でも、歌を歌っている時だけは、発症前のテッドさんに戻ったかのように、シャンとしてしまうらしい。

なんとなく、分かる気がする。身体に染みついたもの、テッドさんにとっては歌がそれになるのだろうが、そのようなものは息子の名前、息子の顔を認知できなくなっても、染みついているので忘れないものなのだろう。

しかしながら、実際にその様子を見てみると、驚嘆してしまう。こんなことってあるんだ・・・と。息子のサイモンさんは、父親が歌っている様子を動画に収めていた。世の中には、こんな息子もいるんだね。

親がアルツハイマー型認知症を患って平気でいられる子どもなんていないだろう。サイモンさんは何度泣いたことだろう。でもここまできたんだね、そう感じる。困難を乗り越えられる人って、たしかにいる。

むろん、全員ではないが、世の中には、困難を人生の打撃とだけとらえるのではなく、自分を成長させる機会と、とらえられる人が、たしかに存在する。サイモンさんが笑っている、これは凄いことのように思う。

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ハイケンスのセレナーデ 

 

ジョニー・ハイケンスという作曲家、この人を知っているクラシック愛好家は少ないかもしれない。唯一知られている曲は「セレナーデ」という曲で、俗に「ハイケンスのセレナーデ」として知られている。

ハイケンスという名前や曲名を知ったのは、大人になってからだが、彼の「セレナーデ」は4歳の僕のお気に入りの曲だったらしい。幼稚園のお遊戯の曲だったと記憶している。ピアノが自宅にあったわけでもなく、習ったわけでもなかったが、幼稚園にあったピアノで、いきなり「セレナーデ」を弾き、それもメロディーを変奏して弾いたということで、幼稚園の先生が母親に連絡してきたという。母親は「まっ、天才児?ピアノを習わせなければっ!」とはならず、スルーしてしまった。「子どもってそういうことよくあるから・・・」みたいに。僕自身は、その時の記憶はない。

ピアノブログにも、そしてピアノ仲間との会話でもジョニー・ハイケンスの名前が出てきたことはない。「セレナーデ」はピアノ曲ではないし、音楽史に燦然と輝く大作というわけでもないので、それも仕方ないだろう。

ある年代以上の方、高齢者の方にとっては、ハイケンスの「セレナーデ」は懐かしい曲であるらしい。第2次世界大戦中、戦地で戦う人のためのラジオの娯楽番組の放送があったらしい。それは日本国内にも放送されたらしく、昭和16年から2年間放送されたという。「前線へ送る夕べ」という番組で、この番組のテーマ曲がハイケンスの「セレナーデ」だった。

また、この曲は鉄道ファンにもお馴染みの曲だという。僕は鉄道には詳しくはないのだが、ブルートレインという列車は大変な人気だったらしい。これらの列車の車内放送用のチャイム音が、ハイケンスの「セレナーデ」だった。JR時代になってから、そして今でもこの曲は列車の中で流れているのだそうだ。

ジョニー・ハイケンスはオランダの人。イザイにヴァイオリンを師事したが、主に指揮者としてドイツで活躍したらしい。自身の楽団を持っていたらしく、おそらく「セレナーデ」のような親しみやすい自作曲などで人気を集めていたと想像する。「セレナード」は作品21なので、少なくとも、あと20曲はハイケンスの作品があると思われるが、現在では「セレナーデ」以外の曲は忘れられている。

第2次世界大戦中、オランダとドイツは敵国であったはずだ。日本とも。なぜに敵国オランダの作曲家の作品が「前線へ送る夕べ」のテーマ曲になったのか、ハイケンスが、おそらくドイツで活躍していたからだと思う。オランダ人として、ナチスドイツ国家の中で音楽家として生きていく、かなり色々とあったのではないかと想像する。ナチスに融合するようなことも必要だったのでは・・・などと想像する。

ハイケンスは親独派として知られていて、ユダヤ人に対しての、あるいは人種に対しての差別的発言などもあったらしい。でもハイケンスの穏やかそうで柔和な表情、そして彼の「セレナーデ」を聴いたりすると、それほどの悪人とはどうしても感じられない。「生きていくため・・・」ではなかったか。だとしても讃えられるべきことでもないのかもしれないが・・・

戦争末期、ハイケンスは没落したドイツを去り、生まれ故郷のオランダに帰国している。帰国後、親独派、ナチスへの協力者として連合軍に逮捕され、収監された。獄中でハイケンスは自殺をしてしまったという。

ハイケンスのなんとも痛ましい最期・・・

この曲、なんとも痛ましく聴こえてきたリする。曲調が明るいだけに、なおさらハイケンスの自殺が痛ましい。

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妄想 これからの時代のコンクール 

 

コンクールの課題、おおよその決まりがある。第1次予選での課題はエチュードというのが定番。まずは、どれだけお弾きになれるのか判断させて頂きましょうということなのだろう。でも皆さん、よくお弾きになれるわけだし・・・

妄想なのだが、第1次予選で、コンテスタントたちに、いわゆる「発表会御用達」のような課題を与えたらどうだろう?少しは聴衆が望むピアニストと、コンテスタントたちの目指すピアノ演奏というものに接点が見いだせていくのではないか?

たとえば、ランゲの「花の歌」とかエステンの「アルプスの夕映え」とか。このような曲をコンテスタントが大真面目に挑戦するというのも、なんだか聴いている方は楽しそうだ。エチュードなんて皆さん、ミスなくバリバリ弾くのだろうから。

発表会御用達曲ってピアニストがリサイタルで取り上げることは、あまりない気がする。ポリーニがネッケの「クシポスポスト」を弾くとか、あまり想像できない。でも、この種の曲って小さな子どもには難しいところもあるような?オクターヴもバンバン出てくるし、跳躍も以外とハードだったりする。「もみじのような手」では難しかろう。

こんな課題曲のコンクール、それも大人の大真面目な(?)コンクールがあったら、意外とダイヤモンドの原石のような才能を見出せるかもしれない。

第1次予選  「乙女の祈り」「金婚式」「お人形の夢と目覚め」より任意の一曲
第2次予選  ブルグミュラー25練習曲より連番で四曲を選択
第3次予選  チェルニー100番練習曲より任意の二曲
本選      バッハのインヴェンション(2声)より任意の二曲、自由曲

面白いかもしれない。

マリーの「金婚式」という曲、最初の旋律、ラミミミミーレミファ・・・これが繰り返される、まずそこで「萌え!」だと思う。繰り返された後、オクターヴ上からラーソファミレ・・・この上の「ラ」の音も萌えてしまうところだ。ここを「アッケラカ~ン」と弾いてしまうコンテスタントは多そうだ。このような、なんでもないような箇所を聴かせてくれるピアニストを聴衆は待っているのかもしれないよ。ラフマニノフの3番のコンチェルトをミスなく弾けても、金婚式の左手、ブンチャッ ブンチャッをどうにも処理できない人、これも以外と多そうな感じ?

このような演奏、いいな~と思う。クライスラーがピアノを弾き、お兄さんのフーゴがチェロを弾いている。素晴らしいねぇ・・・お兄さん(弟かもしれないが)チェロ上手だね。クライスラーもヴァイオリンだけではなくピアノ、上手いねぇ・・・

新人発掘、このような演奏をする新人が発掘されればいいな・・・と。

kaz




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音楽観戦とスポーツ鑑賞 

 

某国際ピアノコンクール、コンテスタントたちの演奏、バリバリとした、スポーツのような演奏と感じた。むろん、国際コンクールなので、ただ音を並べてみました・・・みたいな人はいない。表現も一応(?)あるというか?考えてみれば、彼らの受けた教育は、お国ぶりを反映しているというか、○○奏法という面から考えれば、様々であるのだろう。なのに「皆同じようにバリバリ・・・」といった印象を持ったのは何故だろう?

どこかフィギュアスケートの採点方法を連想する。昔の採点システムではなく、現在のもの。一つ一つの技には基礎点というものがある。難易度の高い技の基礎点は高くなる。それ以上に重要なのが、出来栄え。技の質によって、加点されたりするのだ。これがどこかピアノ演奏に反映されてしまっているような?

フィギュアスケートは基本的にスポーツであると思うので、技の質の向上という意味で、これはありだと思う。無理して(?)ルッツに挑戦して回転不足になるよりも、ループを完璧に、つまり高さ、距離、着氷後の流れ、空中での姿勢等々、質を重視したジャンプを跳んでいきましょうのような考え。バンクーバー五輪の頃だろうか、この「質」という考えが浸透したように思う。混乱もあったのでは?「なぜ転倒した選手のほうがノーミスで滑った選手よりも点数がいいの?」「なぜ4回転を回避した選手が成功させた人よりも上位なの?」みたいな?

昔の採点は大雑把だったように思う。技術点と芸術点しかなかった。5・8とか5・9という数字、そもそもあれは点数ではなく順位を表したものだった。ジャッジが何故その選手を1位にしたか、その基準を現在のプロトコルのように明確に示すことなどできなかった。現在のように、技に対して基礎点、さらに出来栄えにより加点、減点という方法だと、一つ一つの技の質が均一になると思う。ジャンプはまあまあだけれど、スピンは一応やっている程度・・・みたいな選手はいなくなっていく。でも、この場合、全体の印象というよりは、一つ一つの技そのものの完成度に選手たち、指導陣も集中していきがちというか?

旧採点時代のアイスダンス、トーヴィル&ディーンのようなカップルの演技、例えば1984年の「ボレロ」のようなプログラム。一つ一つのエレメンツが集まっているというよりは、全体的なストーリー性のようなものを強く感じたものだ。物語になっているというか?どこか現在のアイスダンスは、エレメンツの集合体という印象を持つ。凡庸なシングルでの演技も同様な印象。

各エレメンツの完成度を目指しているというピアノ演奏、某国際コンクールでのコンテスタントたちの演奏をそう感じてしまったのだ。このパッセージはレベル3、出来栄えで加点2を狙う・・・みたいな演奏。でも全体的には、技がバラバラに集合しているという印象しか持てず、感動とか、あら素敵・・・とは思いにくい演奏。

そもそも、我々が演奏に求めるもの、期待するものって、レベル3とかレベル4だろうか?出来栄えの加点などだろうか?もっと全体的なものなのでは?コンテスタントたち、もっと大きく捉えると、ピアノ教育界、指導者の目指すいい演奏と、音楽愛好家の求める聴きたい演奏とで、かなりの開きがあったりするのでは?

この演技、僕が知る中で最も抒情的なアイスダンスの演技だ。1992年なので、旧採点システム時代の演技。「この○○ステップの完成度、凄い・・・」のようには観ることはできない。全体的なもの、この演技の場合は叙事詩・・・のようなものを感じてしまう。

バリバリだろうがピアノ演奏は芸術、コンテスタントの演奏は芸術なのだ。高尚なるクラシック音楽。フィギュアスケートはスポーツなのだから、この演技はスポーツなのだ。でも、コンクールの演奏は「観戦」という印象。この演技は「鑑賞」という印象を持ってしまうのは何故だろう?

kaz




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少年のようなモーツァルトを弾いてから死にたい 

 

最近高齢の方の演奏ばかり紹介しているような気がする。「人は何歳になっても成長する」みたいな想いを伝えたいのだと思う。あるいは「人は死ぬまで現役なのだ」みたいな想い。

若い頃、生死学という学問をかじった。「どのように死にたいか?」みたいな?「どのように?う~ん、火葬・・・かな?」そういうことではないですね。「死」って恐ろしいもの、考えたくないものと捉えがちだけれど、死と生というものはつながっているのだ。生きたようにしか死ねない。そして誰にでも死は訪れる。「僕は死が怖いので死ねない。今年300歳になりました」なんてことはありえない。

事故死、突然死となると別なのだが、普通は死を自覚して実際に死ぬまでには、ある程度の期間があるのが普通だ。ここで、ほとんどの人が過去を振り返る。そして多くの人が「後悔」という想いをかみしめることになる。

何を後悔するのだろう?それまでの人生にあった失敗、「ああ、穴があったら入りたい」みたいなことを、「ああ、やらなければよかった」と後悔する?そうではないらしい。ほとんどの人が、やって失敗したことではなく、「やらなかったこと」に対して後悔するらしい。

癌の宣告、なんとなくショッキングな出来事のように思えるし、実際にそうなのだが、ある意味「死の予行練習」みたいな意味も持つのだ。すぐには死なない。もしかしたら再発はしないかもしれないし、するかもしれない。死というものを意識する期間が与えられるのだ。その時、人間は普通「もし1年の命だったら、自分は何がしたいのだろう?」みたいなことを考える。「人生のやり残し、自分にとっては何だろう?」みたいな?

むろん、癌などの病とは無縁の人生がいいのだろうが、でもどんなに壮健・・・という人でも死ぬ。「ああ、本当に死ぬんだ」という瞬間はくる。その時に後悔する人が多いんだね。もう時すでに遅し・・・なので。なので癌の宣告は予行練習というか、自分が鍛えられる機会にもなる。そのような意味で、人生とはレッスンの連続でもあるのだ。死の間際に悟っても遅いということはあるのだ。

人はどのようなことを後悔しながら死んでいくのか?実は多くの国で調査済みというか、データはある。そして人種とか国籍の違いというものは、そこには、ほとんどなく、全人類で共通しているところがあるのだそうだ。

オーストラリアの看護師、この人は多くの患者の「最後の言葉」を聞いてきた。そしてその人たちを見送ってきた。多くの言葉、それは共通点があったらしい。人間は後悔する時、同じようなことを後悔しながら死んでいくのだと、その看護師は気づいた。

ほぼ全員の男性に共通していた後悔、それは「働きすぎてしまった」というもの。仕事だけではなく、愛する人たちにもっと気を使うべきだった、時間を使うべきだった、愛していると、もっと伝えるべきだったと。

「生きたいように生きる勇気をもっと持てばよかった」
「自分の感情を表す勇気がもっとあればよかった」
「もっと幸せになることを自分に許していればよかった」
「幸せになるということは、自分で選択できたということ、それをもっと早く知っていればよかった」

多くの人の後悔を集約してみると上記のことのようになる。

僕の場合、死ぬときには今のような汚れた心(?)ではなく、少年のような心を持って死にたいと思う。一度は少年のようなモーツァルトを弾いてから死にたいと思う。

kaz




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伝達手段だけを鍛えることは可能か? 

 

某国際ピアノコンクールの動画配信。コンテスタントたちの演奏に対して「スポーツみたい」「機械みたい」といったような文章を続けて読んだりした。「どんなもんなんだろう?」と僕も動画を確認したけれど、想像以上に(?)スポーツ的というか、マシンの演奏というか、そのような演奏が多いという印象を持った。むろん、皆さん下手じゃないんですよ~。バリバリと、ミスなく、そりゃあ見事なものです。

コンテスタントからピアニストとして巣立っていく時、彼らに需要はあるだろうか?ないのでは?他人事ながら将来を心配してしまう。コンクールで受かる演奏、もしそのような演奏というものが、基準というものが存在しているのならば、そのような演奏と、一般大衆というか、聴衆の望んでいるような演奏との、あまりの乖離は、これはいいことではないだろうと・・・

音楽、演奏を聴く、そして自分も演奏したいと思う、この流れとして自分なりの構図があった。今回、その構図は一般的なものではないのかもしれないなどと思い知らされた感じだ。

①音楽的な感動を得る、心が動く、自分も触れたいと思う→演奏したいと思う
②思いだけでは伝わらないから、音楽語法とか、伝達技術(奏法)を磨く
③ ①と②との完璧なる融合によって、演奏者が体験した①が聴き手という他人に伝わっていく

それが演奏というものだと。そう思っていた。我々アマチュアは①が妄想的に(?)拡大し、②が伴っていないと。そうプロの人などから言われたりする。たしかに伝達ノウハウがないと、想いだけでは伝わらない。多くの人は②の部分で悩みに悩む。「なんで弾けないの~」みたいに。

①はあるけれど、②に問題があり③に到達しない、そう思っていた。バリバリとしか聴こえない、これは①だけではなく②の問題も相当含んでいるとは思う。でも①がない、とか、欠けている場合、そもそも演奏したいなどと感じるのだろうか?クラシックって堅苦しい、まるで作品に責任があるかのようにクラシック嫌いの人は言う。僕は作品ではなく、演奏に責任があるように思う。

今回、某コンクールの動画配信を聴いて、こうも感じた。

演奏者は人間。聴き手も人間。心の中の闇というのかな、隠している部分、感情はある。音楽はそれを揺り起こしてくる。包み込んでくれるというか?「ああ、そうなんだよね」みたいな感情を共有する。曲が演奏というサウンドを通して、聴き手の感情を代弁しているような、そんな感じ。聴き手はそのような体験を演奏に求めるのではないだろうか?

もしかして、もしかして、①という部分に何かしら、つまり感じるとか、感動するという根本部分に足りないものがあっても、②の部分は表面的に鍛えられていくとか、そのようなこともあるのかもしれないと。①を素通りしてしまっても②だけを運動選手のように鍛えることは可能・・・

でも、その考えだと、そもそもなんでピアノなどを弾いているのだろう?コンクールという場は、①②③という演奏行為の流れの盲点が浮き彫りになりやすいのだろうか?コンテスタントは、その曲が弾きたいから弾いているのではなく、「この曲だったら○○という自分の強みをアピールできるから」みたいな動機で弾いている・・・とか?①があるからこそ、そこに近づくためのノウハウが②であるわけで、②だけを鍛えることなんてできるのだろうか?

多くのバリバリスポーツ演奏を聴いて、反射的にこの人の演奏を聴きたくなった。アマチュアだろうが、なんだろうが、死ぬまでにこのような世界を自分でも触れたいと望むのは、アマチュアの甘さ・・・なのだろうか?

kaz




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2050年のピアノライフ 

 

まだまだピアノ教育界は、子どもとか音大生とか、そのあたりに焦点を当てているみたいだけれど、そろそろ主役は40~60代の大人のピアノ組に移ってもいい頃だ。かつての昭和ピアノ教室の申し子ピアノ世代へ。数としては多いと思う。ピアノサークルのメンバーなんて、人数もパワーも演奏力も(?)若者などを圧倒しているのではないか?

この世代は知っている。ピアノって趣味と専門なんてものには分けられないということを。「まぁ、趣味がピアノ?優雅で楽しそうね」「趣味ですね?では楽しく・・・」「クラシックを無理して弾かなくても童謡とか歌謡曲をお弾きになれば・・・」違うんだなぁ・・・と思う。専門?そうでもない。いまさら音大とか、そんな感じではない。我々の年代ぐらいになると、「音大がそれほどいいところなら、なぜ定員割れしているの?」みたいに斜に構えてみたりもする。

ガミガミと「練習が足りな~い!全然弾けてないっ!」みたいなレッスンもイヤだし、「まぁ、それなりにお上手・・・いいんじゃないかしら?それぐらいで」みたいなレッスンもイヤなのだ。多くの人は心の中では気づいているんじゃないかな?自分がかつて受けた音楽的感動、そのサウンド、「ああ、なんて素晴らしい」と感じたものを、自分なりに追いたい、できれば再現したい、切なくなるほどの願望とでもいうのだろうか?「こんな世界はピアニストさんだけのもの」ではなく、心の中で「ああ、私も・・・」と願っている。そりゃあ、現実は厳しい。でも、でもやめられないの・・・みたいな?

そんな昭和ピアノ教室世代、2050年には、70~90歳ぐらいになっているはずだ。「私も衰えたもんね。これでも昔は情熱だけはあったのよ」こうなっているだろうか?なっていないと思うな。ピアノ愛はますます強くなり、美しいものへの憧れはますます強くなっているのでは?

2050年、熟年、あるいは高齢者がピアノ界を支えているのでは?そう、それは我々の世代。今はまだ発表会辞退の理由として「子どもばかりの中で孤独に弾きたくない、恥ずかしい」みたいなものがあると思うが、2050年には逆になっている。子どもたちが「人生の先輩たちの中で若輩者が弾くなんて・・・」みたいな?

電車の中吊り広告などを見てみよう。女性誌の広告、若者対象ばかり。「このアイテムで可愛く。男の子の心をギュッとつかんじゃおう」のようなものが多い。テレビのCMなどもそうかな?熟年対象のものは、生命保険とか介護付きマンションとか霊園・・・とか。そうではなく、これからの世の中は熟年中心のマチュアな世界に変わっていくのだ。それはピアノ界から、つまり我々昭和ピアノ教室世代が発信していくのだ。変えていく。

ちょっと妄想してみようと思う。銀座ヤマハ店楽譜売り場、今は子ども用教材コーナーが充実している。「ミッキーと一緒にバイエル」のようなイラスト満載の教本たち。2050年には高齢者用、熟年用の教材が子ども用を圧している。それも「ピアノで弾く昭和歌謡」みたいなものではなく、正統派クラシック。我々はモーツァルトもショパンも弾いてきたのだから。舞台経験としては平均的ピアノ教師よりも場数を踏んできたのだもの。高齢者用楽譜、それは拡大版。細かな楽譜、見えないのよ~。なのでわざわざ拡大コピーをしなくてもいいように、それようの楽譜が出版されている。「拡大版パデレフスキ版ショパンのバラード」とか「拡大版バッハ、ヘンレ版」とか。全音ピアノピースなども高齢者仕様になっている。

ピティナのステップ、これも子どもではなく、あるいは音大、音高受験リハ目的ではなく、「アダルトステップ」が中心になっていく。70歳以上が出場資格あり。そこで我々は香り高いショパンやラフマニノフを奏でる。

ピアノサークルは益々熟年、高齢世代が中心となって盛り上げている。もう音楽雑誌も音楽業界も、この世代を無視していては生き残っていけない。音大も大学生の専門レッスンみたいなところが中心ではなく、我々の世代を対象としたセミナーのようなものが中心になっていき、熟年音楽コミュニティの中心となっていく。

コンクールは衰退しているのではないかな?我々は達者で立派でバリバリ・・・みたいな演奏には辟易しているから。もっと「ああ、そうなのよ~このように歌って心に触れて欲しかったのよ~」みたいなピアニストに需要が集まっていく。

今、介護の世界で普通にあるもの、訪問介護とか宅配食事サービスとかデイサービスとか。このような産業にピアノも参加しているはずだ。訪問ピアノレッスン、訪問ピアノ演奏会。まぁ、今も出張レッスンというものはあるけれど、対象は子どもの自宅ではなく、特別養護老人ホームなども含まれてくる。この時代に訪問演奏に対して「慰問」などという言葉を使用していては生き残ってはいけない。

ピアノ教室の生徒募集の対象も子どもではなく、熟年世代が中心。「子どもに興味を持たせて」みたいな教室宣伝をブログで・・・という時代は去り、もっと積極的に高齢者施設やコミュニティに働きかけるのが当たり前な時代になっている。

・・・と妄想してみた。

kaz




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