ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアニストのギャラ 

 

ピアニストのギャラ、僕は相場のようなものは知らない。まぁ、人それぞれなんだろうなとは思う。現実には「持ち出し」という人も多いのだろうなと想像する。有名なホールで華やかに・・・のように見えても、それが自主リサイタルであれば、チケットが売れなければ「持ち出し」ということになるだろうし、多くの場合、黙っていてもプレイガイドでチケットがさばけるなんていう人の方が少ないと思うし。

活動しなければお金にならないし、活動しようとすればお金は出ていくしで、ピアニストって大変だなと素直に(?)思う。自分でチケットを売ったり会場の予約をしたり会場費やプログラムの印刷代などを払わないピアニストもいる。来日する外来のピアニストとか、日本人でも非常に有名な人などは、純粋にギャラを貰うという形になることが多いのではないかと思う。

パデレフスキ、駆け出しの頃はどうだったのかは知らないが、有名になってからの彼のギャラ、一回の演奏旅行でのギャラは当時の米国大統領の年俸の3~5倍だったそうだ。むろん、一晩のリサイタルへの報酬ではなく、何回もリサイタルは行うわけだし、演奏旅行中の全部のリサイタルに対してのギャラなのだろうが、それにしても高額だ。

トランプ大統領は給料は受け取らないと言っていたそうだが、米国大統領の年俸は約40万ドル。4300万円ぐらいか?その3~5倍の額がパデレフスキのギャラだったわけだ。億???まぁ、今だったら・・・ということだが。それにしても・・・

パデレフスキの演奏、特にこのノクターンの演奏が好きだ。この曲、僕の最も好きな演奏はヨゼフ・ホフマンのものになると思うが、パデレフスキもいいなと思う。なんというか、現代の名手とは大きく大きく異なる演奏ではある。伸び縮みというのだろうか、ルバートというのだろうか、さすがに大胆だねぇ・・・

このノクターン、現代のショパンコンクールでどう評価されるかということは、とても興味あるところだ。予選敗退?

この曲、何人か現代の名手の演奏を聴いてみた。「う~ん、これは受けるだろうな、これは高評価だろうな」と個人的に感じたのが、ツィメルマンとポリーニの演奏。上手いよねぇ?当たり前だが音楽的というか?両者ともとてもクリアだ。印刷されたものを全部表現しつくしています・・・のようなクリアなところがある。素晴らしい・・・と僕でも思う。

でも、夜寝る前、ひと時の音楽としてショパンを聴くのであったら、僕はポリーニでもなく、ツィメルマンでもなく、このパデレフスキやホフマン、あるいはコチャルスキなどの演奏を聴いて眠りたいと思う。これは完全に主観的な好みの問題だろう。

音が違うんだよな・・・と思う。まずは伸び縮みに耳がいくのだが、そのことよりも音。何と言ったらいいのだろう?パデレフスキに限らずなのだが、往年系のピアニストの音って独特の軽さがある。キラキラなんだが、同時にコロコロという軽さ。現代の演奏に最も欠けている、という言い方はいけないな、個人的にもっと欲しいなと感じるところでもある。キラキラした音の人は多いのだが、コロコロ・・・という人が今は非常に少ない。キラキラとかコロコロとか、表現が稚拙で申し訳ないけれど・・・

この演奏に札束が舞ったのか・・・と思う。その価値はあると当時の人たちは判断したのだろう。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング
スポンサーサイト

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

狙い撃ち 

 

音楽や演奏が自分の気持ちや感情を代弁してくれるような気がする。そのように音楽と接する。自分なんて芥子粒のような存在だ。自分の人生なんて世の中の流れからすれば、歴史の積み重ねからすれば、それは豆粒のようなものだ。

そんな豆粒人生でも、いろいろとあったりする。楽しいこともだが、辛いことだってあったりする。それは僕だけではないだろう。誰でもそうではないだろうか?多くの人は別に泣きながら歩いたり買い物したりはしないけれど、すべての人がハッピー、バラ色・・・なんていうことも少ないだろうと思う。

そんな誰でも感じる辛さ、その感情を音楽や偉大な演奏は代弁してくれる。雲の上の存在ではあるけれど、でも「自分なんかには関係ないところの高尚なもの」という感じではなく、どこかで自分の感情や気持ちとつながっていてくれる、そして代弁してくれる・・・

なんとなく芸術=高尚、人間=低俗・・・のようには切り離して考えられないところがあるのだ。僕がものすごく傲慢なのだろうか?そうかもしれないが、それとは別にもう一つの理由があるようにも思える。それは僕がオペラ好きということも関係しているような気がする。オペラ・・・といっても色々だが、特にヴェリズモ・オペラを聴く(観る?)とそう感じることが多い。

ヴェリズモ・オペラ、生活感バリバリのストーリー、人間の隠したいような感情、それは嫉妬とか、そのようなものだが、それを隠さずに音楽、歌で表現してしまう。「ねえ、聞いてよ。あの人ったら私という女がありながら浮気しているの。酷いと思いません?」とか「ああ、こんなに愛しているのに・・・」「そういうところがウザいんだよ」とか。その女性は軽薄な男に突き飛ばされたりして。「ああ、なんてこと。今に見てらっしゃい。後悔させてやる。女は怖いのよっ!」このような俗界バリバリの世界が舞台で表現されるのだ。登場人物も王女さまとか妖精ではなく、そのへんで洗濯を干している女だったり、浮気性の酒飲みの男だったりするのだ。


「ああ、現実にもあるある・・・」などと思う。別にオペラのリブレットのような体験、つまり浮気されたりしたことはなくても、なんとなく登場人物の心情と自分のそれと重なることもあるのだ。「そうそう、それって辛いんだよね」みたいな自分の感情に音楽がズドンを狙い撃ちしてくるのだ。

僕の場合、ピアノ曲やその他の器楽曲を聴いたりしても、同じように「ズドン」と狙い撃ちされる感じなのだ。この辛い、切ない、そのようなものを吐き出すというか、乗せたくなるのだ。おそらくヴェリズモ気分のピアノなのだと思う。聴いている人は大迷惑かもしれないが・・・

この男は浮気されている。悔しい、哀しい、切ない、そう思う。泣きたい。でも男の職業は道化師。皆の前で泣くわけにはいかない。苦しみを笑いに変えるのだ。それが俺の宿命。道化師なんだから。衣装をつけるんだ。道化師になるために・・・

この男は舞台上のストーリーと現実が分からなくなってくる。そして女を殺してしまうのだ。実際にイタリアであった事件をもとにリブレットが作られたそうだ。

マリオ・デル・モナコの「道化師」・・・1961年、日本での公演より。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

G線上のアリア 

 

ピアノを弾いていくうえで、何を目標とするか、それは人それぞれなのだろう。美しく弾きたいとか、できるできないは別として、自分が鑑賞者として受けた感動と自分の演奏とを切り離したくないとか、そのような人もいれば、憧れの曲が実際に自分の手で音になっていくということ、それが楽しいという人も中にはいるだろう。この場合、曲のレベルが上がっていく、つまり徐々に難曲に挑戦してくということに満足感を感じる人だっているかもしれない。どう弾くかよりも、何を弾くか、○○という曲が弾けるということが重要な人もいるのかもしれない。そのようなことって人それぞれなのかもしれない。

60歳からピアノを始めた人がいるとする。トツトツと弾いているだけで楽しい。たまにはサークルなどでも演奏してみる。非日常性を感じるし、ちょっとおしゃれをして都会の素敵なサロンで演奏する。いいことなのでは?その場合、どう弾くかとか、こうすればもっと美しく弾けるのに・・・のようなことがあったとしても、その人が楽しければいいのかもしれない。美しくとか、もっと弾けたらとか、全員が思う必要もないというか?その人がその時点で満足しているのだったら、それはそれでいいのでは?

ピアノ教室の現場でもそうかもしれない。生徒は別に職業ピアニストを目指しているのではないのだ。あまりヤイヤイと細かな事を言っても・・・

この生徒がそれなりに音楽とかピアノに楽しめればいいのでは?どう弾くか、そこまで考えないピアノ・・・それもありなのでは?人それぞれなんじゃない?

昔受講したサナトロジーの講義を思い出す。70歳を過ぎた、ある末期癌の女性の話だ。その女性は命の有限性というものを考えた。「私は残された人生、何をしたいのだろう?やり残しということで後悔することって何だろう?」その女性はヴァイオリンを弾きたい、弾けるようになりたいと感じたのだそうだ。音楽とは無縁の人生だったし、子どもたちを育てることで幸せな人生でもあった。いきなりヴァイオリン?周囲は驚いたが、自分でも驚いた。「私はヴァイオリンに憧れていたんだ。少女時代から。でも、ヴァイオリンを弾くとか習うなんて、私にはあまりにもかけ離れたことだったし、元気な頃は考えもしなかったけれど、本当は弾いてみたかったんだ・・・」

その女性はバッハの「G線上のアリア」を弾きたいと思った。大好きな曲だ。でも自分で弾きたいと思うなんて。いや、本当はずっと思っていたのかもしれない・・・70歳を過ぎて、もうすぐ死ぬのに、一からヴァイオリンを習う?教えてくれる先生なんているかしら?

「ああ、でもあの曲が弾けたらどんなにいいだろう?死ぬ前に、治療がもっと辛くなってヴァイオリンどころではなくなる前に、弾いてみたい」

予想以上に高齢になってからヴァイオリンを習うことは難しかった。「音を出すことがこんなに難しい楽器だったなんて・・・」でも先生は根気よく熱心に指導してくれた。「来年、発表会があるの。出演するのは子どもたちがほとんどなの。そのような意味で、あなたは出にくいかもしれない。でも憧れのバッハ、そこで弾いてみない?せっかく習っているのだから・・・」

初めての人前での演奏、自分なりに精一杯弾いたし練習もした。憧れのヴァイオリン、憧れの「G線上のアリア」を弾いたんだ・・・

もう思い残すことはない・・・

でも初めての人前での演奏後、その女性はこう思った。自分でも不思議だが、こう思ったのだそうだ。「弾けた。そう、憧れの曲が弾けた。その意味では満足だ。でも、私はもっと上手になりたいと今思っている。こんな気持ちになるなんて。もっと美しく弾きたいとか、上手になりたいだなんて。プロになるわけでもないし、私はもうすぐ死ぬかもしれないのに。ヴァイオリンが上手になったからどうなるというの?美しく弾けるようになったからどうなるっていうの?でも上手になりたい。もっと美しいヴァイオリンを弾いてみたい」

最後のレッスン、その女性はヴァイオリンの先生にこう言ったのだそうだ。「もう本当に最後なんです。癌とは闘ってきましたが、もう終わりです。緩和ケアに移行します。私の決断です。レッスン、ありがとうございました。憧れの曲を人前で弾けたのはとても嬉しかった。でもその後、なぜだかもっと上手になりたいと思った。そんなことしてどうするの・・・なんて先生は仰らず、難しい課題を私に与えてくれた。人生の最期でも私は成長することができた。美しいものに憧れて触れようとしたし、そのような気持ちになれた。弾けたことよりも、それが何よりも嬉しかったです」

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

練習のための本番って変かもしれない。 

 

学校の授業には「指導案」というものがある。指導計画があり、その計画を具現化しなければならないのが建前(?)ではある。授業という限られた時間の中で、計画に沿って目標に達していく、その段階を具体化したものが授業の指導案・・・ということになろうか?つまり行き当たりばったりではなく、目標達成のために、やるべきことを各授業単位で計画しなさいということだろうと思う。

ピアノのレッスンで実際に指導案作りをしている先生はいるのだろうか?いるだろうと思う。特に大学で教員養成的なものを学んだ先生は、その分野に強いだろうと思う。レッスン毎にプリントアウトされた指導案が必要かとどうかはともかくとして、目標があり、その具現化という基本の流れはピアノのレッスンでも必要かもしれない。病院などでも「看護計画」とか、あるはずだ。それと同じかな?

僕自身はピアノ教師ではないので、具体的なピアノレッスン指導案みたいなものには興味はないし、語る資格もないと思う。でも達成したい目標、その具体化のための課題、その課題の克服・・・のような段階を踏む、手順を踏む、今やっている練習は、そもそも何をしたいからやっているのか・・・などという日々の練習方法というか、そのようなことは元教員でもあるので、なんとなく感じることはある。

まず、日々のピアノの練習において、自分なりの「達成したい目標」というものが音イメージとしてあるだろうか・・・ということ。指導計画であれば「大目標」となる大きなものになる。この目標が「一応弾けるようにする」ということはないだろうか?それも目標なのだろうが、それは極々小さな「小目標」であり、到達点とすべき「大目標」ではない。ピアノは義務教育ではないので、この「大目標」は自分で作り上げていくものとなるだろう。それは「理想のサウンド」「(無理かもしれないが)具体化したい音世界」ということになるのでは?練習の動機、ピアノを何故弾くのか、その曲をどうして弾きたいと思ったのか・・・などという心の奥底で感じたであろう、根本にあるようなもの・・・

日々の練習、これを本番での演奏という大目標の手段、つまり小目標と考える。ややもすると「弾けるようにする」という小目標スタンスのまま本番・・・という人も多いのではないだろうか?「あそこ、大丈夫かしら?」「○○となってしまったらどうしましょう?」これは日々の小目標の具現化ができるかの心配ではないだろうか?大目標はどこへ???

譜読みの段階から「大目標」を目指す。そもそも「ああ、素敵だな」とか感じたから、その曲を弾きたいと思ったわけで、その大目標の音イメージ、音世界なく、ひたすら小目標の具現化が目標となってしまっては本番で「何故いつも私は・・・」とか「それに比べてあの人は何故?才能?」とか思ってしまう。これって不幸だし、何か違う。そもそも練習は本番を想定して、そこでの目標音世界に向かっていくものでは?本番は練習という小目標の具現化・・・これでは何か逆のような気がする。

一応楽譜(音符)が弾けてから表現を考える・・・これを否定してみたらどうだろう?できるかどうかは別として、具現化したい音世界という大目標が自分の心を動かしたのだったら、それが演奏とか練習というものへの動機となっている、そう考えてみる。もしホロヴィッツの演奏に心動かされ、弾いてみたいということの動機となったのなら、自分の大目標とホロヴィッツは乖離するべきものではないような気がする。「自分なんてまだまだ・・・」実際はそうでも、「ああ、何て素晴らしい」と感じた音世界があるのだったら、それはその人の大目標ではないだろうか?

ピアノと対面する。練習のためにピアノを蓋を開けピアノの前に座る。日々行っていることだ。「あのパッセージ、弾けるようにしなきゃ」「あそこまで譜読みして両手でなんとか通せるようにしなきゃ」・・・小目標だ。でも、いつも「大目標」のための「小目標」という意識は必要だと思う。大目標のなるべき音世界を忘れて音を出している瞬間はないだろうか?その音世界が自分などとはかけ離れた壮大なものであったなら?そこを目指すのは傲慢なのか?いや、素敵なことじゃないか?手が届かないような音世界だからこそ、だからこそピアノを弾いているのでは?

kaz


にほんブログ村


ピアノランキング

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

グリンカ ノクターン「別れ」 

 

グリンカの歌曲は大好き。悩ましいメロディーの曲が多い。ピアノは・・・となると、歌曲をバラキレフが編曲した「ひばり」が有名だろうと思う。でも結構難しいような?黒系の楽譜のような?でも「ひばり」のメロディーは素敵だなと思う。そう、あれをグリンカ節というのだろうか・・・

よく言うレベル分けだと中級程度になるのだろうか?それとも初級?ロシアでは子どもがコンペティションなどでよく演奏しているみたいだ。日本でもそうなのかもしれないが、日本の子どもの動画は少ない。ロシア人の動画が圧倒的に多い印象だ。

メロディーが「グリンカしている」というか・・・

このロシア人の子は若き日(幼き日?)のトリフォノフ。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 選曲に困ったら・・・

tb: --   cm: 0

△top

パデレフスキ ノクターン 

 

ピアノサークルの練習会、あるいはピアノ仲間との弾き合い会のようなもの、そのような機会がある人は多いと思う。そのような時、必ず登場する作曲家って誰だろう?それはショパン・・・だと思う。サークルの練習会は、ショパン人気が相当なものだと実感する機会でもある。教室の発表会でも同じなのでは?「あら、今年はショパンを弾く人が誰もいないのね」なんてことはあるのだろうか?

僕自身はショパンっていいな・・・と素直に思う方だ。でも選曲の幅というのかな、より多くの曲を知っていると選択の幅が広がって楽しくなると僕は思う。「次の練習会、ショパンのワルツにしようかな?」それもいい。凄くいい。でも誰かが弾くかもね?それもいい。でも・・・

往年の巨匠ピアニストを好んで聴いていると、今ではあまり演奏されなくなってしまった、ちょっとした気の利いた曲というのかな、珍曲とまではいかなくても、「あら、素敵な曲ね。何ていう曲なんだろう?」的な曲を知ることができる。巨匠の演奏を聴くことの副産物とでも言うのだろうか・・・

「どうやって曲を知るの?」とはよく訊かれる。どこから引っ張り出してきたんですか・・・的な曲を弾くとも言われる。自分自身はそうでもないと思うのだが・・・

そのような曲、人によっては「どこから引っ張り出してきたんですか?」のような曲を紹介していけたら楽しいのではないかと思った。選曲の基準は、それほど超絶系の曲ではないということ。むろん、往年の巨匠が好んだわけだから、ある種の難しさや、効果は含んでいるだろうが、いわゆる「真っ黒系の楽譜」ではない曲を選んでいこうと思う。また、楽譜の入手がそれほど困難ではない曲。全音ピアノピースに含まれているとか、パソコン音痴の僕でも入手できた・・・とか。

曲としては誰でも一度は聴いたことのある曲、でもあまり練習会、ピアノ弾き合い会、発表会では登場しない曲も含んでいきたいと思う。

ずっとパデレフスキのことを綴ってきたので、まずはパデレフスキの作品を紹介したい。最も有名な「メヌエット」もサークルでは聴いたことがない。有名だが演奏されない曲の一つなのではないだろうか?でも「メヌエット」は意外と難しいような気もする。「メヌエット」以外のパデレフスキ作品もとても素敵だ。

ノクターン Op.16-4

「メヌエット」と比較すれば、さらに演奏されることは少ないと思うが、いい曲だ。

スティーヴン・ハフの演奏が素敵だと思う。

ハフ・・・若い!

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 選曲に困ったら・・・

tb: --   cm: 0

△top

イグナツィの瞳 

 

パデレフスキ、パリ征服(?)後、アメリカに演奏旅行へ出ている。レパートリーが少なかったという一例が、この演奏旅行で分かる。「こんな曲・・・弾いたことない」ということがあっても、契約なので演奏しなければならない。スケジュールも相当厳しいものであったようだ。パデレフスキ自ら語っているが、この時期は一日に17時間の練習(譜読み?)をこなしていたようだ。

成功してからのパデレフスキの人気は相当なものであったらしい。専用の列車に専属の調律師、執事、コックなどが乗り込み、列車には練習用のピアノが二台も積まれた。王侯貴族の移動・・・のようであったのではないか?その様子を見物する人たちの群れ。

演奏会場でも女性の黄色い声が飛び交う。サインを求めてパデレフスキを追いかける女性たち。滞在先にも忍び込む女性がいたらしい。ある時などは「あなたの髪を下さい」とハサミを持った女性が・・・

現在の某スケート選手にみられる以上の「追っかけ」ファンの存在。クラシックのピアニストとは思えないような熱狂ぶりだ。若い頃のパデレフスキ、なんとなく今でいうところの「イケメン」であったのではないだろうか?豊かな金髪(彼の髪は有名だったようだ)、どこか影のある風貌。そのようなイケメン男性がショパンを切々と奏でる、ファンも多かったのではないかと想像する。

ヨーロッパ、特に小国を旅すると、その旅が完全に観光であっても、なんとなく感じる感覚というものはある。最初は有名な風景に「あっ写真と同じ」とか「キャッ、これ美味しい」などという反応でも、次第に「あの山のむこうには異なる文化がある、異なる言語を話す人がいるのだ」という、ある種の緊張感みたいなものを感じるようになってくる。国境というものを直に感じる瞬間とでもいうのだろうか?この感覚は日本でも北米でも感じることのできない特殊な感覚。地続きということの緊張感・・・

これは侵略、支配・・・などということの歴史を感じてしまうことなのかもしれない。ポーランドという国は大国に翻弄され続けてきた国。時には消滅さえした国。そのような憂いの国から、憂いを感じさせるポーランドのイケメンがショパンを奏でる・・・

ここにピアニスト・・・というだけではない魅力のようなものが加わったのかもしれない。

自分の国を捨ててきた人たち、捨てなければならなかった人たちに共通しているものがあるように思う。それは瞳。ある瞬間、その瞳に異様なまでの光が宿るのだ。会話をしている時、何かを考えている時、何かを見つめている時、とても強い光を感じる時がある。それは「誇り」であるように僕は思う。

パデレフスキの異様なまでの人気ぶりは、この瞳の光にあったのではないかとも感じる。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: ピアノの本

tb: --   cm: 0

△top

イグナツィの冒険 

 

パデレフスキはワルシャワ音楽院を退学になっている。これには驚いた。むろん、後に復学しているが、血気盛んな青年ではあったようだ。練習室にこもり、ひたすら練習していた・・・というよりは、世の中の動向を気にし、ポーランド人としての血が騒いでいたような青年ではあった。首相になる素質(?)は若い頃よりあったのだろう。

学生時代、友人たちとロシアに演奏旅行に出ている。むろん、有力なマネージャーなど存在せず、自分たちだけで切り開いていくような冒険旅行だったようだ。友人たちが次々と脱落していく中、パデレフスキは演奏旅行を続ける。そこで無一文になり、極寒ロシアで死ぬ一歩手前まで経験したりする。

パデレフスキ、もちろん幼い頃からピアノを弾いている。ただし、その他の大ピアニストとは異なり、幼い頃から偉大な教師に導かれ、正しい教育法で神童として順調に育っていった・・・というのとは異なるようだ。彼の育った環境は極貧というわけではなかったようだが、片田舎で、周囲にはそれなりの教師しか存在しなかった・・・という背景がある。本格的なピアノ道というのは成人してレシェティツキに師事してからということになる。このあたりが普通ではないところだろう。即興名人ではあったようだ。鑑賞者としての耳がパデレフスキのピアノを育んでいったというか?優秀なピアノ少年というよりは、壮大な音楽少年だったのだ。

自然と、「ひたすら訓練してきましたっ!」というピアニスト・・・というよりは、作曲家として認められるようになっていく。若かったパデレフスキの才能を認めた人たち、アントン・ルビンシュタインやブラームスなどもピアニストとしてよりも、作曲家、音楽家として、まず認めていたようなところがある。モシュコフスキーもパデレフスキの作品を出版する際、ヘルプしたりしているようだ。レシェティツキ夫人は高名なピアニストでもあったから、パデレフスキの「メヌエット」などを盛んに人前で演奏し、彼の名前は、まず作曲家として知られていったようだ。

レシェティツキ、パデレフスキによれば、まず彼のペダリングに驚嘆している。また指のコントロールによる、百万色の音の世界への評価。でもこうも評価する。「しかし、訓練されていない・・・」と。24歳から訓練を始めるのか?蓄積は?レパートリーは?職業ピアニストは無理だろう、教える・・・それは可能だろう。師匠はパデレフスキにストラスブールの音楽院の教授職を推薦するのだ。「それが君の道だね」「遅すぎたね」と。

パデレフスキのことだから、「ああ、そうなのね」とはならなかったのだろう。当時のパデレフスキは極貧状態だったから、生活のために師匠の進路指導(?)に従うが、「俺はピアニストになる」という夢は捨てることはできなかったのだと思う。

パフォーマーとしての魅力は絶大なものだった・・・僕はそう感じる。数少ないながら残されているパデレフスキの音源を聴いてそう思う。

奇跡的なデビュー後、彼は苦しむ。「弾ける曲がもうない・・・」一晩のリサイタル分しかレパートリーを持っていなかったのだから。そこでパデレフスキは血の滲むような練習を開始することになる。譜読み地獄というか?

ブランク・・・ということを考える。または、「ピアノは子どもの頃より訓練していないと上手にはならない」とか「指は大人から始めても絶対に動くようにはならない」とか、そのような迷信を考える。むろん、パデレフスキと自分を同じように考えるわけでは、むろんないが、彼の演奏を聴いていると、そのような固い迷信が徐々に柔らかく溶けていくような気はしてくる。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: ピアノの本

tb: --   cm: 0

△top

イグナツィを読む 

 

パデレフスキの自伝を読んでいる。ナイトキャップとして読んでいるので、なかなか進まない。楽譜の校訂ということで有名なピアニストで、ピアノ小品「メヌエット」の作曲者であることでも有名。「ああ、あの曲の・・・」

でもピアニストとしては、やや過小評価されているような?古い年代(?)の人なので、それだけでも「あまり聴かれない」という理由にはなるのかもしれないが、他の往年の巨匠たちと比較しても、なんだかあまり聴かれないような?

中村紘子著の「ピアニストという蛮族がいる」という本の中でも、パデレフスキは1章を割かれているが、どうも、その他登場するピアニストたちと比較すると、パデレフスキというピアニストに対しての著者の評価が、やや低めのような気もする。ホロヴィッツやラフマニノフに対しての愛情がパデレフスキには感じられないというか。

現在、一国の首相が元ピアニストだったということなんてあるだろうか?ピアノの上手な政治家はいるだろうが、ピアニストから政治家、それも首相、兼外務大臣を務めるなんていうことはあるだろうか?

また、一晩のリサイタルが大評判になり、「神が舞い降りた」などと騒がれた新人ピアニストが、実は24歳になって本格的にピアノの修行をし、レパートリーとしては、その時に弾いたプログラムしか持っていなかったなんていうことがあるだろうか?次々と舞い込むオファーに対して「どうしよう?弾ける曲なんてない」などということ、あるだろうか?ピアニストになるには、幼少の頃から厳しい訓練を受け、それなりの蓄積があるのが普通なのでは?蓄積、才能があっても光など当たらないのが普通なのに、後光差し込むほどの成功を収めた人が、実は一晩分のリサイタルのレパートリーしか持っていなかったなんて・・・

このあたりに、ピアニスト、パデレフスキ評価の要因が隠されているのでは?

実際に聴いてみるといいのだ。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: ピアノの本

tb: --   cm: 0

△top

大ピアニストからの贈り物 

 

最近ボルトキエヴィチのピアノ曲は注目されているのではないだろうか?彼のピアノ曲が注目されるということは、ロマンティックなものが必要とされ、人々が求めはじめているということであるのかもしれない。

ボルトキエヴィチは時代の寵児という作曲家ではなかったような気がする。彼が生きたのは時代を先取りするような、前衛的な、実験的な作品が目立っていた時代だったのでは?そのような時代において、彼の作品は「時代遅れ」のような扱いさえされてしまったこともあったのでは?

ラフマニノフの作品も、かつてはそのような扱いだったのかもしれない。でも時の洗礼を生き残ったのは、前衛的な作品ではなく、ラフマニノフの作品だった。ボルトキエヴィチの作品は、どこかラフマニノフを彷彿とさせるような?事実、ラフマニノフの二番煎じなどと言われていたこともあるようだ。

世間の流行、動向に合わせ、自分を変えることをしなかった。そして時代から取り残されるというか、どこか忘れ去られた存在にさえなっていった。

そのような時代、あえてボルトキエヴィチの作品、録音までしたピアニストがいる。モリッツ・ローゼンタール。ミクリとリストの弟子だったピアニストだ。ただ一人のショパン、リスト直系のピアニストということになる。そのピアニストが自分の作品を録音してくれたのだ。ボルトキエヴィチは嬉しかったのではないかな?なんとなくそう感じる。

ボルトキエヴィチは自分の作品をローゼンタールに献呈したりしている。おそらく、二人の間には共通した何かがあったのかもしれない。

当時の偉大な大ピアニストが、リストやショパンの作品と共に、同じような扱いで自分の曲を演奏している・・・

今から50年後、巷のピアノサークルではショパンの作品と同じようにボルトキエヴィチの作品が演奏される時代になっているのではないか、そのような想像をしたりする。カプースチンの作品が今よりも演奏されなくなったとしても、ボルトキエヴィチの作品は「定番」にさえなっているかもしれない。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: リサイタル 2018

tb: --   cm: 0

△top

曲目決めてみました。 

 

来年のリサイタルの曲目です。

2018年 2月24日(土) 開場 13:30 開演 14:00 無料 

場所 雑司ヶ谷音楽堂

このブログのメールフォームよりお申込み下さい。

曲目

バッハ~コルトー  アリオーソ
ロジィツキ~ギンズブルグ カサロヴァより ワルツ
ボルトキエヴィチ  エチュード Op.15-8
サン=サーンス~ゴドフスキー 白鳥
グラナドス 「ゴイェスカス」より 愛と死
グルック~スカンバーティ メロディー
バッハ~ブゾーニ シャコンヌ

ショパン ワルツ Op.34-1
      ノクターン Op.15-2
パデレフスキ ノクターン Op.16-4
ショパン マズルカ Op.41-1
      マズルカ Op.67-4
      アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ

どうしても小曲というか、大曲よりも小品が好きなので、曲数は盛りだくさんになってしまいますね。時間的には普通の(?)リサイタルと同じぐらいなのではないかと思います。

僕のような身分(?)でリサイタルを行う場合、誰かからリクエストや要望があるわけではない。たとえば「有名な曲を入れてください」とか「ショパンの英雄ポロネーズを弾いてください」のようなことはないので、自分の弾きたい曲だけを弾くことができる。これはアマチュアの特権なのではないかとも思う。

定番の曲・・・というものがあるような気がする。サークルの練習会とか、プロのリサイタルなどでもよく演奏される有名な曲。むろん、素晴らしいので有名なのだろうが、いつもショパンのバラードとかラフマニノフの前奏曲とかだけではなく、もうちょっと異なる曲も弾いてみたい。別に「珍曲探し」をする必要もないけれど、「今度は何を弾いてみようかな?」などと思った時に、定番の曲+もうちょっと広い範囲というか、あまり演奏されないような曲からも選曲できると、ピアノライフももっと楽しいものになるのではないかと思ったりもする。

「ああ、こんなに素敵な曲なのに、もっと人々、それは知識豊富な専門家とか研究家ではなく、普通にピアノを弾く人にも知られればいいのにな」と個人的に感じる曲も数曲意識的にプログラムに組んでみた。パデレフスキのピアノ曲、たまにピアノの発表会で演奏される「メヌエット」だけしか知られていないというのも少々寂しい気がする。「ああ、あのメヌエットね?楽譜で有名な人よね?」・・・とパデレフスキが語られてしまうのも寂しい。

グリゴリー・ギンズブルグが編曲した「カサロヴァ」のワルツ、例えばこのような曲が、もっとピアノ弾きの間に浸透して、巷で演奏されるようになるといいな・・・などと思う。

ベートーヴェンの「悲愴」も「月光」もいい。ショパンの「舟歌」も「英雄ポロネーズ」もいい。もちろんリストの「ラ・カンパネラ」も素敵だ。でもギンズブルグの「ワルツ」も、そのような「憧れリスト」に入れて頂けるようになると楽しいんじゃないかな?ボルトキエヴィチやパデレフスキの作品とかね。

これがカサロヴァのワルツ・・・演奏しているのはイタリアのピアニスト、サンドロ・ルッソ。このピアニストも、もっと知られていいのかなぁ・・・などと思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: リサイタル 2018

tb: --   cm: 0

△top

素敵な悪魔 

 

悪魔はヴァイオリンが上手なのだそうだ。たしかに「メフィストワルツ」の冒頭なんて、そんな感じではある。「ピアノのパガニーニになる」とリストは言ったそうだ。パガニーニ、悪魔に魂を売り渡し、ヴァイオリンの妙技を貰った・・・そのようなイメージすらある。

パガニーニとリスト、誰でも気づく共通点、それはヘアスタイル。長髪だった。これって当時の品行方正な紳士のヘアスタイルではなかったように思う。不良?そのような枠からそれたような、そんな魅力があったのではないだろうか?

女性がスボンを履いただけで後世に語られてしまうような世の中だったのだ。常に良家の子女らしく振舞うのも大変だっただろう。ちょっとだけ乱れてみたい・・・それが失神だったのかもしれないし、もう少し人間らしく・・・なんて思いもあったのかもしれない。

世間が考えもしない、想像もつかないような自分の内面、それに自分自身が演奏に接している間だけは酔える、そんな大胆な自分に酔う・・・

世の中の常識なんて覆してしまえ、道を踏み外してみろよ、快感だぜ・・・ひと時の陶酔。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

聴き手が失神する時 

 

フランツ・リストの人気は物凄いものだったらしい。聴いている最中(見ている最中?)に失神してしまう女性も(男性も?)いたとか?想像はできる。リストの直弟子たちの演奏は、録音で聴くことができる。彼らの演奏から想像すると、師匠であったリストの演奏は失神を誘うに充分だったような気はする。

ロックスターのコンサートならまだしも、現代、クラシックの演奏会で人が失神したという話は聞かない。会場で具合が悪くなったというケースはあろうが、演奏に魂を奪われ失神してしまったということは今のクラシックの演奏会であるのだろうか?でも、それに近い状態になることはあると思う。僕の経験からもそう言える。陶酔・・・という状態を抜けると、そんな感じに近くなるだろうか?でもそのような演奏って非常に少ない。

バロック期の音楽、日本の場合だと、特に大バッハに対してその傾向があるように思うが、必要以上に「キリスト教大元締め」のように扱うことがないだろうか?神聖、神々しい、崇高・・・のような?まぁ、そうなのだろうが、そこに「魅惑的」とか「人間愛」のような要素が含まれると、その神聖さを汚すかのような?レッスン室バッハって、割とこの「キリスト教大元締め」のようなバッハに近いような気がする。ペダルによる魅惑的な響きは神聖なるバッハの音楽を汚す・・・のような?

バロック期でもドイツからイタリアに飛ぶと、一気に「失神」ワールドに突入のような?これって不思議だ。バッハの音楽でも失神・・・性的衝動(?)に近い感覚を否定しなければ、ドイツもイタリアもないのだろうが。

これに近い状態、実際にあったのではないだろうか?失神の理由、実は換気不足、コルセットの締めすぎ・・・ということだったのだろうが、やはり失神の理由はファリネッリにあったと思いたい。

肉惑的なバッハ、あるいはバロック音楽っていけないのだろうか?

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

チェルニーの目的 

 

なぜチェルニーを弾くのだろう?「だってハノン、チェルニー、バッハ、曲・・・ってピアノ学習の王道でしょ?」ということなのだろうか?

ハノンは指を強くする、とか、チェルニーは指を速く動かすため・・・という誤解(?)は今でもあるのかもしれない。

たしかに指のアジリティというものはチェルニーを弾く際には必要だと思う。重苦しい鈍重なチェルニーって、あまりいい感じではない。

でも、パラパラと速く・・・ということだけが目的だと退屈なのではないだろうか?ピースもの感覚で一曲だけチェルニーを仕上げるというケースは少ないと思う。多くは教本としてチェルニーは存在する。その教本には40曲とか50曲とか100曲とか、延々とある。スケールとかアルペジオとか、音型群の大群(?)が。

「ああ、これを延々と?」

ただ速く動かす・・・ではなく、音型美で成り立つ素敵な曲を弾けるようになるため・・・と考えたらどうだろう?チェルニーの練習曲は、美しい音型が連なってできている美を効率よく身につけるための手段・・・と。曲になっているし、同じ音型を効率よく繰り返すことで、「ただパラパラと動かす」ではなく、音型を美しく・・・みたいな?

ある目的のための手段、それがチェルニー。チェルニーが手段となるならば目的は何だろう?

こんなに素敵な曲をこんなふうに素敵に弾くため・・・

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: レッスン

tb: --   cm: 0

△top

時間 

 

中学進学というのがピアノ継続の大きな壁なのだろう。進学塾に通う子供は小学生のうちから多いのだろう。「生徒がピアノ教室から塾に流れる」みたいな感じなのだろうか?でも考えてみれば、成人になるまで、ずっとピアノ教室に通い続けるということは難しい。ピアノが好きとか嫌いとかは関係なく。人は進学に限らず、色々と経験しなければならない。就職、起業、結婚、出産、転勤、突然の病気、介護・・・等々。ずっと同じ教室に水曜日の18時に・・・ということはないだろう。いつかはピアノは、教室は辞めるのだ。

でも、できるだけ辞めるのを引き伸ばしたいというか、「せめて中学時代もピアノに触れていてくれれば・・・」みたいな願いは当然ピアノ教師側は持つだろう。このあたりはセミナーの中心テーマでもあるのではないだろうか?生徒が辞めないレッスン、教室、興味を持たせるレッスン・・・等々。工夫やノウハウもあるのだろう。多忙な中での練習方法、負担のない教材、モチベーションの維持とか。そのような様々な工夫は、ある意味「手段」なのではないかと思われる。「目的」を具現化させるための手段。この手段については、本当にいろいろと語られていたり、セミナーなどで伝えられたリしているという印象を持つ。でも肝心の目的はどうなのだろう?むろん、ピアノを習う目的というか動機は人それぞれ・・・と言われればそれまでだが、ある共通した想い・・・のようなものはあったりするような気もしている。

塾や部活で忙しくなる・・・そうなのかもしれないが、ピアノを弾き続けている大人はどうなのだろう?フルタイムで仕事をしていたり、育児や介護をしている中でピアノを弾いている大人は多いような気がする。いかに練習時間を確保するか、モチベーションを維持するかというのは、大人にとっても大きなテーマであるように思うし、むしろ忙しいのは大人・・・なのでは?

残業などで忙しい会社員に興味を持たせるレッスン・・・などというセミナーは、あまり聞かない。大人にはピアノを習っている、一般的な就学中の子どもと何が異なるのか?意思がある・・・のでは?「ピアノを弾きたい」という強い意志。暇なのでピアノでも・・・という理由でピアノを弾いている大人って少ないような?意思・・・弾きたいという意思、その根底には音楽への想いがあるのかもしれない。その想いはそれぞれだろうけれど。

保護者はどのような理由で子どもにピアノを習わせるのだろう?「習いたいと子どもが言ったから」「情操教育」「脳にいいから」などということもあるだろう。でも「ラフマニノフの3番を大ホールで演奏させたいから」という保護者はいないだろうと思う。

将来、この子の人生の一コマで、何かしらがあった時、そのような時、ピアノを弾いて音楽に触れることができたら、そのことによってこの子の心が慰められるのなら・・・

仕事におけるキャリアアップとか収入ということだけではなく、もし音楽で人生における、大切なものを感じ取れたら・・・

・・・そのようなことなのではないだろうか?これって大人がピアノを再開する時に心に秘めて感じているものだったりして。

将来ピアノを職業として・・・と願うから子どもにピアノを習わせる保護者は少ないように思う。「塾に行くから」「忙しくなるから」「受験なので」あるいは「ピアノに興味をあまり持てなくなってしまったので」という理由でも、ピアノを辞めるという時、さらにはピアノを習っている時から、それは将来の一コマの、ある「時間」につながっているのかもしれない。

このような「時間」が尊いから、今、ピアノを習っているのでは?習わせているのでは?

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: レッスン

tb: --   cm: 0

△top

シャコンヌ 

 

ショパンのマズルカやポロネーズはポーランド人でなければ真には理解できない・・・などと言われる(こともある)。その真偽はともかくとして、ポーランド=ショパンのような構図はあるのかもしれない。イタリア人=カンツォーネ・・・みたいな?ではお前はどうなんだ?と問われると、恥ずかしいことに日本の伝統芸能に明るいとはとても言えない。

僕のよく知るポーランド人は、元ルームメイトのHだけだが、彼も特にショパンラブという感じではなかった。ショパンの曲なんか聴いたりしていた記憶などないし。Hは誇り高い人というか、祖国の偉人(?)に対して僕に熱く語ることは多かった。コルチャック先生とかコルベ神父のことは、僕に話してくれた。でもショパン・・・に関して何かしらのことでも話題になったことはなかった。Hに関しては「まっ、ポーランド人でもクラシック嫌いはいるでしょ!」のように安易に思い込めないところもあった。なので何故にポーランドの有名人、ショパンに冷たい(?)のか不思議ではあった。そのことを訊く前に彼は亡くなってしまったが・・・

彼が熱く語ったポーランド人、有名な人ばかりではなく、無名の一般人のことも話したりしてくれた。別にメモを取りながら彼の話・・・というか祖国自慢(?)を聞いていたわけではないので、詳細は忘れてしまったことも多いが、そのような無名人(?)の話の一つに、片腕を失ってしまった少年の話がある。ゲットーを抜け出し、その後両親を亡くし、片腕を事故で失い、森で野宿をしたり、貧しいポーランド人に助けられたリして生き抜いたユダヤの少年の話だ。

図書館でポーランドについて調べものをしていて、ある本を見つけた。岩波少年文庫の本なので、中学生あたりを対象にした本なのであろう。「走れ、走って逃げろ」というタイトルだ。何気なく読み進むうち、かつてHが話してくれた片腕を失った少年の話だと知った。実話なのだそうだ。ドイツ兵から必死で逃げている時、もう死んだと思っていた父親と会う。ドイツ兵が迫っていて長くは話せない。「スルリックか?」「父さん?」「お前、無事だったのか・・・」

父親は、かつての姿とは変わってしまっていたが、別れ際にスルリック少年にこう言うのだ。「お前だけは生き残るんだ。俺の言うことを覚えておくんだ。自分の名前を忘れろ。記憶から消すんだ。父さんや母さんのことは忘れてもユダヤ人であることだけは決して忘れてはいけない。いいか?」「はい、父さん」「父さんは立って走る。ドイツ兵は父さんを追うだろう、十秒待つんだ。そうしたら走るんだ。走って逃げろ・・・」

スルリックはユーレクというポーランド名を名乗った。様々な事を経験し、生き延びるうち、彼は本当に自分の名前を忘れてしまった。解放後、こう答えている。「あなたの名前は?」「ユーレクです」「そうではなくユダヤ人としての本当の名前よ」「あの・・・忘れました」

この本を読むうち、何故にHがショパンを話題にしなかったのか、なんとなく理解できるような気がした。Hはポーランド人について僕に語っていたわけではなかったのだ。彼が話したかったのはユダヤ人・・・だったのだ。彼はユダヤ人としての誇りを僕に熱く語っていたのだ。なんとなくだが、今そう思う。

かつてアウシュビッツの強制収容所跡を訪ねたことがある。そこでの印象などはここでは語ることは不可能だ。これからもそんなことはブログなどには書けない。Hの父親はここから生き延びたのだ。彼もHには収容所での経験を話さなかったという。

多くのユダヤ人たちが殺害された場所に立ち、歩いた時、ある曲が僕の頭の中から離れなくなった。それはショパンの曲ではなかった。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: リサイタル 2018

tb: --   cm: 0

△top

ダンス・ダンス・ダンス 1985 ③ 

 

ジュディ・ブルンバーグ&マイケル・シーバートというアメリカのカップルの演技を初めて観たのは西ドイツのドルトムントでの1980年の世界選手権。フリー演技の採点で、芸術点で西ドイツのジャッジが彼らに対して極めて低い評価を出した。地元西ドイツの観客席から非常に盛大なブーイングが沸き起こった。会場を揺らすほどだったかな?そのことで印象に残っている。女子シングルでのフリーでも似たようなことがあった。日本の渡部絵美選手に対してのジャッジの評価が低いと、やはり観客席からブーイングが沸き起こった。いわば、渡部選手は、地元西ドイツのルルツ選手のライバル的存在だったのだが、その選手の評価に対して低すぎると西ドイツの観客からブーイングが起こったので、非常に印象に残っているのだ。

ブルンバーグ&シーバート、トーヴィル&ディーン、そして彼らを追うソビエト勢に次ぐ位置にいただろうか?1985年の世界選手権までに銅メダルを二回獲得している。当時、イギリス、そしてソビエトのカップルに対抗しメダルを獲得するのは非常に大変だったに違いない。でもメダルを狙った1984年、サラエボでのオリンピックではメダルを逃してしまった。その直後の世界選手権では銅メダルを獲得したので、もう彼らはそのシーズンで引退するものと僕は思っていた。長年頑張ってきたのだもの・・・ずっとトーヴィル&ディーン、そしてソビエトのカップルに追いつこう、追い越そうと頑張ってきたのだもの。

なので、東京での世界選手権に再び彼らが引退せずにやってきた時は少し驚いた。「まだやるんだ・・・銅メダル二個あればいいじゃない?」

ここからは僕の個人的な憶測になる。彼らにとっての1985年、点数や順位はどうでもいい・・・とまでは言わないが、もっと別のことを具現化しようとしていたのではないかと・・・

ずっと彼らは自分たちよりも上の人たちを追ってきた。そして実際に向上してきた。「彼らに対抗できる演技を!」「もっと上を目指せる演技を!」

それまでの銅メダルは彼らにとって価値あるものだったと思う。追って、追いついてきた結果なのだから。でもやり残したこともあった、そう彼らは感じたのではないか?それは「自分たちにしかできないダンス」というもの。追うのではなく、自分たちを表現する、アメリカのスケーターにしかできないダンス、来年、もう一度だけ東京でそれをやってみたい、ライバルは他国のカップルではなく、自分たち自身。人を追うのではなく、自分たち自身を表現する・・・

東京で再び彼らは銅メダルを獲得した。この演技はアメリカ人である彼らにしかできなかった演技だ。

「自分たちにしかできないフリー」で彼らは銅メダルを獲得したのだ。

1985年フィギュアスケート世界選手権 アイスダンス結果

一位  ナタリア・ベステミアノワ&アンドレイ・ブキン(ソビエト)
二位  マリナ・クリモワ&セルゲイ・ポノマレンコ(ソビエト)
三位  ジュディ・ブルンバーグ&マイケル・シーバート(アメリカ)

1985年、東京は熱かった。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

ダンス・ダンス・ダンス 1985 ② 

 

個人的に最も好きな演技が二位になったソビエトのクリモワ&ポノマレンコのカップル。僕はこのような古典的(?)演技、ステップ中心のプログラムが好きなんですね。雄大に一つのストーリーを表現する・・・というよりは、踊りを特徴づけているリズムに合わせ、ステップを踏んでいくのような演技。

「ああ、ラテンダンス!!!」というこの雰囲気が好き。フロアダンスをそのまま氷上で踊っているような?まさに「アイスダンス」という感じだ。

このカップルは緻密というか、正確な技術が凄いと思う。そしてそれが全面に出ないというところ。このあたりは素晴らしい音楽表現と似たようなところか?ユニゾンで滑るようなところ、二人のエッジの角度まで揃えてきているのでは?ダンスなのだから当たり前なのかもしれないが、凄いと思うな。

今は、このようなプログラムはアイスダンス競技では見られなくなってしまった。将来、ダンスでもペア競技のようにスロージャンプが登場してしまうかもしれない。

ダンスはやはり「ステップ」でしょ?

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

ダンス・ダンス・ダンス 1985 ① 

 

もう30年以上昔のことになるんだね。つい最近の出来事のように記憶は鮮明だ。1985年、東京でフィギュアスケートの世界選手権が開催された。僕も会場で観戦したが、おそらく今の競技会の雰囲気とは異なっていたのではないかと思う。まず、メダル争いに日本人選手が全く絡んでいなかったこと、会場には空席が目立ち、フィギュア人気が今のようではなかったこと、アイスダンスが人気種目であったこと等々・・・

ダンス人気の要因としては、トーヴィル&ディーンのカップルの存在があったと思う。あの「ボレロ」の翌年の世界選手権ということになる。僕も含めて、むろん彼らの演技を生で観たかったという人は多かったであろうが、時代を築いた彼らが引退し、その功績を引き継ぐような演技を直に感じることのできた大会であったとも言える。

金メダルの獲得したのはソビエトのベステミアノワ&ブキンのカップル。この人たちはトーヴィル&ディーンが金メダルを独占していた時代、ずっと銀メダルを独占していたカップルだ。1985年、新しい金メダリストは当然この人たちという前評判はあった。

今のようにネットの動画配信などというものはなかったので、彼らの「カルメン」を、この日初めて観たという日本の観衆は多かったように思う。

「ダンスって、こんなに凄いんだ!!!」のような興奮が会場を包んでいたように思う。

1985年、たしかに今の競技会のような盛り上がり(?)には欠けていたのかもしれない。黄色い声援もなかったし、選手たちをアイドルのように追いかける人もいなかった。まぁ、日本人選手の活躍が今のようではなかったというこもあるだろうが、特定の選手を応援するというよりは、この時の東京の観衆は、フィギュアスケートという競技そのものを堪能していた・・・という雰囲気に満ち溢れていたように思う。「この人たち凄いね、でも前に滑った人たちの演技も好きだな」「スケートっていいね・・・知らなかった」みたいな?この年のダンスメダリストたち、各カップルの個性が際立っていたように思う。順位としては一位から三位まで、妥当だったと思う。でも観衆の受け取り方としては、一位よりも三位が劣っているという感じ方ではなく、「それぞれ良かったね、僕はこのカップルがいいと思ったけど、あちらも良かったね」「私はあのカップルの演技が好きだったわ、でもあなたがいいと思ったカップルの演技も素敵だったわ」のような、公平というか、演技そのものを堪能していたように思う。順位とか成績ではなく、演技を・・・

この30年以上昔の会場の雰囲気、現在のスケートブームの雰囲気よりも劣っていたということはないように思う。

金メダル、ソビエトのベステミアノワ&ブキンの演技。それにしてもタラソワコーチ、若い!

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

選曲中 

 

先月のリサイタルは小さな会場だった。約20名の聴衆、一番前で聴いていた人は、僕と2メートルぐらいしか距離がなかったのではないだろうか?会場(ミュージックギャラリー・アリエッタ)の特質を生かし、前回は極めて親密というか、ホームコンサートの雰囲気を目指した。トークも入れて自分なりに頑張った。またあの会場で弾いてみたいと思っている。その時も、やはり親密な感じの演奏会にしたい。

次回のリサイタルは、ホームコンサート形態(というか雰囲気?)ではなく、普通の(?)ピアノリサイタルに近い形態になると思う。満員で60名の会場(雑司ヶ谷音楽堂)なので、やはり小さな会場ということになるが、空間が今度は大きい。天井まで5.5メートルもある。その残響というか、響きを生かした選曲を試みている。「ああ、あそこで弾いてみたら素敵だろうな」という曲たち。

将来のことは分からないが、なんとなく「親密」「空間(普通?)」と交互にリサイタルができたらいいな・・・などと思っている。一年に一回ペースでできたらいい。次回、トークを加えるかは未定だ。「演奏の合間には話しません」と決めているわけではないが、トークを加えるにしても、少しだけになるかと思う。なので「普通のピアノリサイタル」に近くなると思っている。

普通・・・とは言っても、僕のことだから30分程度の大曲をバ~ンと3曲・・・という選曲はしないと思う。小品が多くなるとは思うが、響いたら素敵だな・・・みたいな曲たちが登場するのではないか、なんとなくそう思っている。

基本的には選曲中ということになるのだろうが、自分の中では、ほぼ選曲は終了している。ただ曲目を正式に発表するのはもうちょっと先になるかな?自分の中で温めてみたい。

ただ、色々なパターンのプログラムを考えても、必ず弾いてみたい曲として登場する曲はある。それらの曲は、これから小出しにお知らせしていくかもしれない。

この曲は弾いてみたいな・・・と思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: リサイタル 2018

tb: --   cm: 0

△top

ファッシ伝説 

 

現在のフィギュアスケートの有名コーチというと誰だろう?ブライアン・オーサーだろうか?二人のオリンピック覇者のコーチというのは大きい。彼もだが、僕はフランク・キャロルとか、崇拝したりしている。どのような指導をしているのだろう?

ジョン・カリーのコーチ、オリンピックでのフリー演技の動画で演技後ジョンを迎えていた人はカルロ・ファッシというコーチ。名前から分かるようにイタリア人。むろん、かつては選手だったが、コーチになってからの功績が凄い。僕が知るだけでもジョン・カリー、ペギー・フレミング、ドロシー・ハミル、そしてロビン・カズンズと4人のオリンピック覇者を育てている。インスブルック・オリンピックでは男女シングルの金メダリストが、このファッシ門下(?)だったということになる。

ロビン・カズンズは1980年、レイクプラシッド・オリンピックの金メダリスト。二大会続けて男子シングルの金メダリストを指導していたんだね。

ファッシ指導で有名なのが、規定演技、つまりコンパルソリーの重視だ。基礎的なエッジのさばきかた・・・のようなことを徹底させる。まぁ、これはフランク・キャロルなどもそうだと思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

芸術としてのスケート 

 

ジョン・カリーと言えば、オリンピック覇者ということよりも、プロに転向してからの芸術的フィギュアの方が印象に強い。この「シェエラザード」はアマチュア時代にも演技していたように思う。つまり現役時代から自分でも振り付けをしていたことになる。

衣装を自分でデザインし、振り付けにも凝る・・・このようなスポーツよりは芸術・・・のような方向性は、このジョン・カリーという選手が先駆者だったのではあるまいか?

スケート界に大きな影響力を与えたであろう選手だったのだ。でも彼は、たしか44歳という若さで亡くなっているはずだ。エイズだった。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

スケート王国の代償 

 

1985年、サラエボ・オリンピックの翌年だが、東京でフィギュアスケートの世界選手権が開催された。この時には(若かった?)僕も会場で観戦した。オリンピック翌年だが、スター選手の多くは引退せず、東京にやってきた。カタリナ・ヴィット、ティファニー・チン、ブライアン・オーサー、ダンスではベステミアノワ&ブキンが圧倒的力を見せつけた。

だが、シングルのフリー、それも最終グループの頃になっても会場には空席があった。今だったら考えられないのではないだろうか?フィギュアスケートの人気は今ほどではなかったのだろう。日本選手の活躍・・・というのも今のようではなかったのだと思う。

「ああ、日本がアメリカやカナダのようなスケート王国になる日がくるのだろうか?」「野球のような人気スポーツになるのだろうか?」このように思ったような記憶がある。1980年、たしかドイツのドルトムントで開催された世界選手権、この時はテレビ観戦だったが、日本の渡部絵美選手の印象が鮮烈だった。たしか、ショートとフリーだけの成績は2位だったと思う。でも総合4位に終わった。地元西ドイツの選手(ダグマル・ルルツ選手)が有利だったかと個人的な感想を持った。彼女はフリーで冴えなかったものの、総合2位。「釈然としないなぁ・・・」ルルツ選手と渡部選手は、いつも銅メダル争いをしていたような?渡部選手の点数が抑えられているように感じだのは気のせいか?

「ああ、日本がスケート王国だったら・・・」

1980年のオリンピック、その前年の世界選手権で渡部選手は3位だったので、オリンピックの女子シングルの代表枠は一人ではなかったはずなのに、オリンピック代表は渡部選手一人だけだった。当時の日本の層の厚さというか、薄さを物語っているかのようだ。結局、一人の選手が日の丸を背負う・・・みたいな感じになっていたんじゃないかな。

今はスケート王国だ。素晴らしい選手がシングルでは女子も男子もいる。一人の選手が日の丸を背負うというよりは、日本代表枠に入れるかどうかという方が大変だったりする。かつてのアメリカみたいだ。

「ああ、日本も(シングルでは)スケート王国になったのだ!!!」

喜んでいいはずなのだ。でも僕の中では素直に手を叩けない、小躍りして喜ぶような気持ちになれないところがある。

スター選手が存在するということはいいことだけれど、必要以上にその選手を追ってしまうというか?芸能人やアイドルのような追い方?練習後、ファンが群衆のようになって選手を取り囲む。スマホの嵐・・・

海外での競技会なのに、日本人ばかり。いいことなのかもしれない。今はフィギュアスケート大国日本・・・なのだから。でも国内大会かと思うほど、日本人の観客が多い。女性が多いかな?なんとなく違和感を感じなくもない。地元のファンが締め出されていないことを祈る。

昔は、国がどうとか、○○選手の成績が・・・ということよりも、純粋にフィギュアスケートを楽しんで観ていたような気がする。日本人には手の届かない世界・・・という要素もあったのかもしれないが、でも競技として楽しめたような?

僕が完全にフィギュアスケートから心が離れてしまったのは2010年のバンクーバー・オリンピックの頃だと思う。実は僕は韓国のユナ・キム選手の演技が好きだった。当時はそんなこと言えないような雰囲気だった。ユナ・キム選手の演技、動画を観てしまったのだ、日本語の字幕のついたもの。「失敗しろ!」「転べ!」「下手くそ!」このような文字が動画上で狂い舞ったのだ。その時、涙が溢れたし、背筋が寒くなった。おそらくフィギュアスケートから離れたのはこの時だ。彼女は日本選手のライバルという存在だったのだろう。でも特定の選手を中傷するなんて・・・

日本がスケート王国になる前、純粋に他国の選手の演技に酔っていた、あの懐かしい時代、その時代の演技を振り返ってみたい。ジョン・カリー、1976年、インスブルック・オリンピックの金メダリストだ。40年以上も昔の演技だ。「なんだ、ダブルじゃ~ん」みたいな観方は寂しい。彼の演技はバレエ的な所作、、エッジさばきが見どころだ。彼は、このオリンピック後、ある大衆紙にゲイであることを公表されてしまった。ショックだったと思うが、ジョン・カリーの人気が落ちたということはなかったように記憶している。「ゲイなの?だからなに?」みたいな?

オリンピック、フリーの「ドン・キホーテ」なのだが、これはジョン・カリーの「誇り」の演技だったように個人的には解釈している。「男の子でしょ?」「男の子はそんなことをするものではありません」「どうして女の子みたいなの?直しなさい!」おそらく、ジョンはゲイということを隠し、周囲の無意識の攻撃に耐えて、傷つきながら成長したのではないかと想像する。「マッチョな汗くさい男っぽいもの」ではなく、かつては心の奥に仕舞い込んで隠していた自分らしさ、ゲイ的なるものを、彼はこのフリーで全部表現したのだ。エフォルトレスというのだろうか?非常に優雅で、これでもかっ・・・という力感を感じさせない演技だ。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

リサイタル告知 

 

先月25日のリサイタルから、まだ日があまり経たないうちに、次の計画を実行しようと思う。

来年、またリサイタルを行います。

2018年 2月24日(土) 開場13:30 開演14:00

会場 雑司ヶ谷音楽堂にて  入場無料

選曲も、ほぼ固まってはいるのだが、決めてから、また告知します。

告知手段としては、唯一このブログだけだし、友人にもクラシック音楽やピアノなんてものに興味のある人は、ほぼ皆無。このような無名の僕に60名定員の会場が埋まるわけはないと思っている。なので、当日フラッと来て頂いてもいいかと思ったが、万が一、結構な数のお客様が集まってしまった場合、消防法の関係で定員以上の方はお入りになることはできません。

60席・・・割と微妙な数・・・かもしれない。やはり無料だけれど、ピアチェーレの演奏会のように、申込制ということにしたいと思います。

ピアチェーレの演奏会は今年の11月18日(土)で会場は同じく雑司ヶ谷音楽堂。申し込みは10月1日からです。このブログではなく、リンクしてあるピアチェーレホームページのメールフォームからお申込み下さい。申し込み受付は、まだ半年以上先ですが・・・

僕のソロリサイタル、会場はピアチェーレ演奏会と同じく雑司ヶ谷音楽堂です。こちらは上記のように、来年の2月24日(土)です。このブログのメールフォームからお申込み下さい。本日より随時受付ます。

来年のリサイタルは、いつまでもお席に余裕があると思いますので、ゆっくりめのお申込みでも大丈夫かと思います。

以上、告知とピアチェーレ演奏会と申し込み方法も似ているし、会場も同じなので、確認でした。

よろしくお願い致します。

kaz


にほんブログ村


ピアノランキング

category: リサイタル 2018

tb: --   cm: 0

△top

ゴンドリエーレ in ヴェネツィア 

 

イタリアはベルカントの国、オペラの国。でも道行く人がオペラ歌手のような声をしているわけではない。クラシック普及率だってそうでもないような?でも小さな街にもオペラハウスが存在しているということは凄い。

本物のヴェネツィアン・ゴンドラ。ゴンドリエーレが歌うナポレターナ、これは本物と言えるのかは微妙なのかもしれない。ヴェネツィアはナポリではないのだから。

でも、何気ないこのような観光という場面でも、イタリア人、歌、上手いよねぇ・・・と思う。

このゴンドラ、乗り場が沢山ある。観光名所というか、運河からの見どころを満喫できる乗り場から乗るといいと思う。基本料金というものがある。たしか、80ユーロぐらいだったかな?でもそこはイタリア、基本料金はあってないようなもの。最初は高めに吹っ掛けられる。「乗ってきな!100ユーロだよ」みたいに。そう言われたら「高いから乗らないも~ん」と言えば、じきに80ユーロまで下がってくる。さすがイタリア!!

ゴンドラそのものは、非常に小型。夏場は臭気もあるのでは?でも建物も運河もすべて本物だ。当たり前だがそこが素晴らしい。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

ゴンドリエーレ in 千葉 

 

東京ディズニーシーには行ったことはない。でも偶然見つけたヴェネツィアン・ゴンドラの動画、これは楽しそうだ。むろん、本場ベネツィアのゴンドラに比べれば、素敵さには欠けるかもしれないが。でもそれは仕方ないだろうと思う。あちらは運河も建物も本物だ。東京のものはフェイクなものなのだから。

でも楽しそうだし、いかにも気持ち良さげではある。

話題はいきなり飛ぶが、なぜ日本ではオペラという娯楽が大衆に浸透しないのか?まぁ、文化の違いとかなのだろうが、もっと基本的、かつ原始的(?)な部分に着目してみると、やはり交通機関とか遠距離通勤・・・のようなことも関係しているのではないか?初日にロングドレスで・・・これはオペラが終演しても電車には乗らないということを想定している。肩を出したドレスで山の手線、新宿で乗り換えて小田急線・・・というのも考えにくい。

ディズニーシーを一歩出れば、そこは現実の浦安市。そこはイタリアではないのだ。コテコテ(?)の日本ではある。すべてがヴェネツィアのよう・・・では辛いものもあるかもしれない。

千葉のゴンドリエーレ、頑張っているのではないだろうか?元気一杯だ。まぁ、夢を売るのが仕事なのだろうから、明るくなければいけないだろう。なので、彼らが歌うナポレターナがイタリア人のようでなくてもいいのかもしれない。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

カーネギーホール 

 

マリラ・ジョナスはニューヨークのカーネギーホールの前に立っていた。新天地アメリカ、そこでピアノを弾く。ピアニストとして、ポーランド人として、そしてユダヤ人として。

客席はガラガラだった。辛うじて招待席に人がチラホラいる程度だった。いくらルビンシュタインの推薦があったからと言って、無名のポーランド移民の女性ピアニストなんて、誰も関心がなかったのだ。

でもカーネギーホールにいた僅かの人々の魂をマリラ・ジョナスのピアノは揺り動かした。彼女のショパンは哀しみに溢れ、そして愛に溢れていた。ポーランドそのものだったのだ。

「聞いたこともないピアニストだが、素晴らしい。こんなショパンがあっただなんて・・・」

やがて「凄いピアニストがいるらしい・・・」と口コミで広がっていった。「とにかく哀しいんだ。訴えてくるんだ」

彼女がそれからピアニストとして活動していたのは約10年間。逃避行での体験が辛すぎたのだろうか?彼女からエネルギーというものを奪ってしまったのだろうか?最後の灯としてショパンを演奏し続けたかのように、マリラ・ジョナスは若くして亡くなった。

マリラ・ジョナス・・・享年48

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

Love trumps hate 

 

「あのポーランド人女性の具合はどうです?」「そうだな、身体は回復しているが、心は依然閉ざしたままだ」「先生、やはりご家族のことは黙っていた方がよかったのでは?事実を知らせるのは酷だったのかも・・・」「そうかもしれんが、我々が黙っていても、彼女はやがて事実を知っただろう。家族が全員殺されたのだ。心を閉ざしていても仕方なかろう」「そうですね。彼女に生きる希望が見つかるといいのですが・・・」

療養所の壁だけを見つめる毎日、どうして自分だけが生きているのだろう?ユダヤの呪われた血なのだろうか?どうしてこんなことに・・・

「彼女は自分だけが生き延びたことで自分を責めているようだ。今はそっとしておこう。時間が必要だ」「そうですね」

そんな彼女のもとに、一人の男性が訪ねてきた。「マリラ・ジョナスさんですね?」

マリラは紹介されるまでもなく、その男性のことは知っていた。アルトゥール・ルビンシュタインだった。

「どうしてあなたがこんなところに?」「あなたのことはトゥルチンスキ教授から聞いています。大変でしたね。でもあなただけでも生き延びてよかった」「わたしなんか・・・」「どうしてそんなことを言うのです?ピアノは弾かないのですか?」「えっ?ピアノ?」「そうです。あなたはピアニストでしょ?」「ピアニスト?」「そうです。我々ポーランド人の誇りを一緒に表現するべきです。あなたはピアニストなのだから」「そんな・・・ピアノなんて・・・」

「ドイツ人、ナチスが憎いのでしょう?」「ええ、憎い。家族を殺したドイツ人が憎い」

「気持ちは分かります。痛いほど分かります。でも愛は憎悪に勝つのでは?それは我々ポーランド人、ユダヤ人の誇りでもあるのでは?」「愛は憎悪に勝つ?」「そうです。愛は負けないのです。それをピアノで表現するのです・・・」

「ピアノを弾く気持ちになったら、そうしたら私のところへ訪ねてきなさい。私はいつまでも待っていますよ。ポーランド人ですから・・・」

ルビンシュタインから演奏会に誘われた。でも正直気乗りはしなかった。ピアノなんて過去のものだ。再び弾こうなんて気持ちにはならない。

演奏会のリハーサル、彼女は同行した。その時ルビンシュタインは唐突に彼女に言ったのだ。「客席でどのような音で聴こえるのか確認したい。ジョナスさん、何でもいいので舞台でちょっと弾いて頂けませんか?」「えっ・・・」「私は客席で音を確認しますから。お願いします」

彼女はピアノの前に座っていた。時間が永遠のように感じられた。「ピアノ・・・」

そして弾き始めた。何時間も弾き続けた。

客席でルビンシュタインは同胞のピアニストの誇りを静かに聴いていた・・・

つづく




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

逃避行 

 

「さあ、今のうちに・・・早く・・・」「どうして私を助けてくれるのですか?あなたはドイツ人なのに」「マリラ・ジョナスさんですね?かつてワルシャワで、あなたの演奏を聴きました。あなたのような方が強制収容所にいるなんて。世の中狂っている。私にできることは、あなたを逃がすことだけです」「逃げられるのは私だけなのですか?家族はどうなるのです?」「ご家族のことはどうしようもありません。どうか私のことは内密に願います。さあ、夜の闇に紛れて逃げるのです・・・」

彼はナチスドイツの高官だった。ナチスにも人間はいたのだ。

「マリラさん・・・どうか、どうか、あなた一人でも生き延びて下さい。ご無事で・・・」

彼はベルリンのブラジル大使館を頼るように言っていた。でも辿り着くだろうか?ここクラクフからドイツのベルリンまで600キロはあるのだ。食べる物はどうしたらいいのだろう?

寒さと餓えに耐えながら、彼女はベルリンまで歩いた。

「おい、人が倒れている。生き倒れになっている」ブラジル大使館の職員がボロボロになった女性らしき人間を保護した。

「あなたは誰なのです?どうしてここにいるのです?話せますか?話をすることができますか?」

彼女は、これまでの経緯をなんとか話した。「よくもここまで無事で。奇跡ですよ、生きているなんて・・・」

大使館側は彼女のことをこう記録した。

「マリラ・ジョナス、女性、国籍ポーランド、人種ユダヤ人、ピアニスト。トゥルチンスキ教授にピアノを師事。ナチスドイツに対して演奏による協力を拒否し、クラクフの強制収容所に収容される。家族については安否不明」

難民としてブラジルに避難させよう、このままベルリンに滞在していては彼女の命は保証できない・・・

新天地、ブラジル、そこではユダヤ人迫害はないのだろうか?両親、兄弟、親戚はどうなったのだろう?

生きているだけでやっとだった。彼女は船でブラジルに渡った・・・

つづく




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

愛のワルツ 

 

子どもの数が減っている。昭和時代ならまだしも、今はピアノ教室は生徒獲得(?)というのも切実な問題なのかもしれない。だからこそ、教材研究とか興味を持たせるレッスンとか、さらには生徒募集に直結した「ブログの書き方セミナー」などというものも存在するのだろう。このようなノウハウのようなものも必要なのだろうが、このような時代だからこそ、もうちょっと根源というか、「なぜピアノを習うのだろう?」みたいなことを掘り下げていってもいいのかもしれない。

ピアノを習う理由、それは「ピアノが上手くなりたい」からだろうか?そうだろうか?ピアノが他の多くの習い事と異なることは、「その時間に頑張る」という習い事ではないことだ。スイミングクラブとか、自宅練習ってあまりしないのでは?ピアノは自宅練習なしには考えられない習い事だ。でも、そんなことは親だって子どもだって知っているのでは?だからこそ「なんのために習うのだろう?」ということは押さえていた方がいいような気がする。練習そのものが快楽・・・という人はあまりいないと思うし。

街のピアノ発表会を聴きに行ったと仮定する。3分の曲を10分かかって、つっかえながら演奏している、ほぼそのような生徒ばかり、これでは「ここで習おうかしら?」とは思わないのではないだろうか?反対に鼻息荒くというか、「コンクールに入賞させるのですっ!」のような発表会も、あまり魅力的でもないのでは?その中間・・・みたいなところがいいのでは?でも中間ってどんな?そこが難しいところだ。

表現・・・なんとなく、弾けてから、上手になってから伴ってくるもの・・・みたいに思っている人も多そうだ。上手になったら表現できるみたいな?そうだろうか?

上手になってから表現・・・ではなく、表現したいからピアノを弾くのではないだろうか?そもそもの根本の部分、表現したい・・・上級者になってからとか、上達してから・・・ではなく、表現したいから習う。

これからの時代、この部分が大事になってくるような気がする。ノウハウというよりも根っこ部分。

お父さんは娘の結婚式でギターを弾いた。「愛のワルツ」という曲だ。結婚式にしては哀しい曲のようにも感じる。でもお父さんは表現したかったのではないだろうか?娘への気持ち、育ててきた、共に生きてきた歴史・・・

娘も、お父さんの演奏を聴いて切なかったかもしれない。いや、お父さんの愛情を感じたのかもしれない。言葉にはできない。だからこそお父さんは音楽で表現したのではないだろうか?

上手になりたいから習っているのだろうか?練習しているのだろうか?



kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top