ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

さあ、ショパンを弾こう! 1 

 

これは想像だが、もしショパンが現代のショパン・コンクールに参加したらどうなるだろう?一次予選を通過するだろうか?意外と落ちてしまうかもしれない。現代のピアノに慣れていないだろうしね。他のコンテスタントに比べたら音も小さいのかもしれない。「なかなか聴かせるユニークな演奏ね。でも音に迫力がないわね。もっとカ~ンと鳴らさないと!」

運よく先のステージに進めたとしても、解釈とかスタイルという点でショパンの演奏は問題となってくるかもしれない。ショパンは即興も得意だったらしいから、審査員が聴いたこともないようなヴァリアント満載だったりして、それはコンクールという場に相応しくないと判断される。審査員がショパンに向かって「あなた、エディションは何を使っているの?作曲者の意図を追及する気はないの?」「あの・・・僕が作曲者なんですけど・・・」みたいな?

いわゆる細かな装飾、ショパンの作品にはこれが沢山ある。譜読みが面倒なんだよね。細かくて読みにくいし。ショパンの最初の難関は細かな装飾部分、右手と左手が合わないこと。数を数えて「この右手のこの音、えっと左手の伴奏のこの間に入れるのだな」みたいに線を引っ張ったりして。どうしても僕のような昭和のピアノ世代は、楽譜をそのまま、忠実に弾かなくては、つまり印刷されたとおりに弾かなくてはと思うので、だから大変なのだ。次の難関、ヴァリアントって数種類あるらしい。ショパンは弟子によってヴァリアントを書き換えたりしていたらしい。これが複数の楽譜の存在となり、ショパンの楽譜研究の難しさともなっているらしい。なるほど。でも僕は研究家でもないし、真面目でもないので、ヴァリアントがあるのならば、楽譜に記載しておいてくれればいい。

でも、書いてある楽譜、少ない。ヘンレ原典、パデレフスキには基本的にはヴァリアント記載はないのでは?エキエルにはある。でも全部ではないよね?だったら、ヴァリアントなんて入れなくてもいいのかもしれないが。

ヴァリアント、そもそも楽譜に書いてあるものを、そのまま弾くという発想とは異なるものなのでは?ショパンの時代には、即興の素養も演奏者に課されていたのだろうか?そうかもしれない。でも「さあ、好きにヴァリアントつけて弾いてみて」と言われて「では・・・」と弾ける人、今の日本で、アマチュアだけではなく音大生にだってどれだけ存在するのだろう?コンクールや試験でヴァリアントなんてつけて弾いていいのだろうか?いいのか・・・というより、受かるのか?落ちるような気がするが・・・

今の時代でも普通にヴァリアントというものがある世界がある。声楽の世界。特にベルカント・オペラの場合、ヴァリアントは必要になってくるはずだ。簡単に言ってしまえば、歌手によってアリアのパッセージの音型などが異なってくるのだ。

声楽の楽譜、リコルディの楽譜だったと思うが、リッチのカデンツァ集という楽譜がある。様々なカデンツァ、ヴァリアントが楽譜化されている。数パターンあったり、中には「これは歌手○○さんのヴァリアントです」なんて譜例もある。基本的にベルカント・オペラのアリアの場合、再び同じ旋律が登場したら、前と同じには歌わないという鉄則があるみたいだ。マリア・カラスもジュリアード音楽院のマスタークラスでそう言っていたと記憶している。

「その旋律は前に出てきましたね。聴衆は一度聴いているわけです。二度目は変えましょう。これはベルカント・オペラの伝統でもあります」

つまり、二度目はヴァリアントをつけて歌いなさい、飾りなさい・・・ということになる。声楽科の学生はピアノ科の学生よりも即興能力に長けているのだろうか?そうではないからリッチの楽譜などが出版されているのかな?でもいくら変えたとしても、その音型を楽譜に自分で鉛筆で記譜してしまったら、それは厳密にはヴァリアントとは言えないような気もしてくるが、どうなのだろう?先生に言われたからそのように変えていますというのは、ヴァリアント精神に反するのでは?

ベッリーニの清教徒というオペラ、その中の「私は美しい乙女」というアリア。僕が所有しているアリア集、最初の旋律が二度目に出てきても楽譜は最初と同じだ。ヴァリアントは記載されていない。この演奏はサザーランドのもの。彼女は二度目の旋律、もちろん飾っている。サザーランド独自のヴァリアント、それを集めた楽譜は存在しているらしい。歌手独自のヴァリアント集なんて持っていたら楽しいだろうな。

これを聴きながら思う。ショパンの装飾音、つまり「埋め草パッセージ」を弾く時、あるいは旋律にヴァリアントをつける場合、「左手のこの音とこの音の間に右手のこの音をいれて・・・」みたいに線を引っ張るような弾き方ではなく、あたかも歌手のヴァリアントのように弾いてみるのがいいのかもしれない。つまり「合わせなきゃっ!」というよりは、サザーランドのようにパーッと軽やかに・・・みたいな?

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海は燃えている 

 

来月日本で公開の映画。ドキュメンタリー映画で地味な感じなので、ハリウッドの大作映画のようなヒットはしないだろうけれど、ちょっと宣伝しておきたい。

「海は燃えている」という映画。イタリアは位置関係から、アフリカ、中東からの難民の入り口となることが多い。イタリア最南端の小さな島、ランペドゥーサ島が映画の舞台だ。弱視の少年、サムエレが矯正メガネを通して見た現実、そして島で難民と接するバルトロ医師が見た現実、島民の長閑な生活、海を渡ってくる難民、平行線であり、両者が交わることはない。難民は島に直接上陸するのではなく、センターに一度収容され、そこからシチリア島に送られる、なのでランペドゥーサ島の住民は直接難民を目にすることはない。

「こうした人々を救うのは、すべての人間の務めだ」バルトロ医師の想いとは裏腹に、島民はどこか無関心だ。交わらないのだからそうなる。でもバルトロ医師はこうも言っている。

「(ランペドゥーサ島は漁師の島だ)漁師は海からやってくるものを受け入れるのです」

難民の中には地中海で溺死してしまう人も多いという。

静かな映画なのだと思うが、海は燃えているのだ。

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チャリティーコンサート 

 

「あの子、難民だと思う。イタリア人じゃないね」ルカが言った。たしかにレストランで働くには幼い年齢に思えた。「どこから来たの?」「コソボ・・・」「ここで働いてるの?」「そう」「ご両親は?」「死んだの」「親戚とかは?」「全員殺されたの。みんな死んだの・・・」

圧倒的な光景として今でも僕の心の中に残っている。ルカの紹介で、ネマニャさんというセルビア人のギタリストと話したことがある。かつては同じ国民として暮らしていた人同士が殺し合うという紛争を体験している。セルビアの民主化と引き換えに、多くの人たちの涙、犠牲もあったのだ。

瓦礫の中を逃げ回る日々、自分のギターどころではなかったと言う。一応の平和が訪れても、どうやって生活していこう、どうやって立ち上がっていこう、迷う日々だったらしい。

「自分も苦しかったけれど、ある母子のことが今でも忘れられないんだ。瓦礫の中で小さな女の子を抱きしめながら、こんな時に、こんな国で、あなたを生んでしまってごめんなさい・・・と泣きながら謝っていた母親のことが・・・」

かつて日本はセルビアの民主化の時に、物資、金銭的に多くの寄付をしている。日本は恵まれた国なので、それは当然なのかもしれないが、セルビアの人たちは、そのことを忘れてはいなかった。

日本で東日本大震災があったとき、セルビアは約2億円の義援金を被災地に送っている。セルビアの人口は約700万人。埼玉県の人口と同じくらいだろうか?そしてセルビア人の平均月収は、日本円で約4万円。それを考えると、とても大きな額なのではないだろうか?

ネマニャさんはこう言った。「遠い国の出来事だからね。僕たちにできることは、祈ることと僅かのお金を送ることしかできなかったんだ。でもそれは人として、当たり前のことだとも思う。人として当然のことをしただけだ。日本人はかつて僕たちを助けてくれたのだから」

野谷恵さん主催によるチャリティーコンサート、続行ということで、とても嬉しい。出演者の一人としての感覚としては、正直「寄付をするのだ」という感覚はなかった。アマチュアピアノ弾きにとって、貴重な演奏の場を与えてくれたという感覚。考えてみれば、サークルの練習会に参加するのだって、あるいは、ピティナのステップに参加するのだって費用はかかるのだ。それと全く同じ感覚だった。

チャリティーというものを快く思わない人もいるのだろう。そのような人のオーラを一人背負う野谷さんは大変だと思うが、でも野谷さんは一人ではないよな・・・などとも思う。

ネマニャさんの演奏・・・

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映像とパフォーマンス 2 

 

ドヴォルザークの「我が母の教え給えし歌」、歌詞に惹かれる。僕はこのような歌詞に泣いてしまうような、だらしないところがある。


老いた母が私にこの歌を教えてくれた時、その頬に涙が光っていた
今、私が子どもにこの歌を歌っていると、頬に涙が流れている

ドヴォルザークらしい美メロディー。個人的にはクライスラー編曲のヴァイオリンでの演奏に馴染みがある。「ユーモレスク」もだが、クライスラーとドヴォルザーク、なんだか結びつくような気がする。

演奏しているのは、いくつか前の記事に登場したセルビアのヴァイオリニスト、ネマニャ・ラドゥロヴィチ・・・

とても素敵な演奏であり、映像であると思う。

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映像とパフォーマンス 1 

 

音楽のパフォーマー、特にクラシック音楽の人は、ビジュアル的な面に頼らず(?)あくまでも演奏で聴かせるべきという考え方が一般的なのかもしれない。たしかに演奏がすべてなのだろうが、視覚的な魅力も演奏の印象というものと全く無関係ではないような気もする。最近の若い演奏家は、割とこのあたりに積極的な人もいて、単純に「いいな」などと思う。

映像に凝るクラシック演奏家、いいじゃないか・・・と思う。ビジュアル・・・と言っても、芸能人、アイドルではないのだから、モデルのような美人、イケメンである必要はない。全体の印象と言うのだろうか、そこが魅力的だと素敵だなと思う。

映像に凝ったクラシック演奏家、第1弾。クラリネット奏者、アンドレアス・オッテンザマー。クラリネット人口はピアノ人口と比較すると、少ないだろうから、このような映像で「あら?クラリネットもいいじゃない?」とか「この人のCD,買ってみようかしら?」と思う人が増えることは、いいことのように思うがどうだろう?

アンドレアス自身はベルリン・フィルの首席奏者。お父さん、そしてお兄さんがウィーン・フィルの首席クラリネット奏者。クラリネット家族だねぇ・・・

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クオモ氏の表明 

 

現在のニューヨーク州知事はアンドリュー・クオモという人。このクオモ州知事が、昨年11月、大統領選挙後、緊急の表明を行っている。僕は今までそのことを知らなかった。州知事の表明としては、かなり思い切った発言のように思う。


わがニューヨーク州には
この国の先進性の源であり続けてきた誇るべき伝統があります。

きょうほど、そのことが重要な意味を持つ時はありません。

ニューヨーカーである我々の哲学は、運動のなかで
ドナルド・トランプが唱えたものとは基本的に異なります。

ですからハッキリと述べておきます。是非知っておいてください。
あなたが攻撃されていると感じたら、「自由の女神」を戴く港を持つ
わがニューヨーク州が、あなたを保護するということを。

あなたがゲイであるかストレートであるか、イスラム教徒であるか
キリスト教徒であるか、富める者か貧しい者であるか、黒人か白人か
或いは褐色系かに関わらず、わがニューヨーク州はあらゆる人々を
尊重し受け容れます。

これは、我々の信じること、我々が何者であるかの核をなすことです。
また、ただ言葉でそう主張しているわけではありません。
わが州法にその精神を反映しています。
国家に何が起ころうと、我々はそうし続けます。

移民を迫害する連邦政府が、わが州で同様のことを行うことは許しません。

我々は移民の州です。
最低賃金を15ドルに押し上げた州です。
家族休暇制を導入した州です。
あらゆる平等な結婚を認めた州です。

我々はニューヨークです。

あなた方のために立ち向かいます。

そのためには決して妥協をしません。

ご安心ください。

                                 ニューヨーク州知事  アンドリュー・クオモ


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練習は直すことではない 

 

できていないところを、できるように練習する。当たり前のことのように思えるけれど、そして難しいパッセージを練習するという行為そのものは同じだとも思うけれど、でも、練習には否定的練習と肯定的練習とがあると思う。

「私は大人になってピアノを始めたから、指が動かない、だから練習する」「いつも本番でミスをする、だからそうならないために練習する」練習そのものは悪いことではないけれど、練習の動機が「ダメダメな自分を直す」みたいな否定的なところから発しているような気がする。ダメダメな自分を・・・という発想だと、いつまでも否定要素を抱えていることにもならないだろうか?本番では決まって何かが起こる。「またダメだった!私は人前で弾く、舞台で弾く資格なんて、ないんだわ」のような方向になってしまう。

ダメな自分を否定、そして直すことが練習なのだろうか?

曲の神髄、つまり「私はこの曲のここに惚れた」という部分、要素を人と共有したいから練習するという考え方はいけないのだろうか?直すというよりは、伝えるための練習。演奏のための練習。ダメな自分を直すのではなく・・・

失敗したくないとか、それは当然の心理だと思うけれど、演奏って、音楽って創造行為みたいなところもあるのでは?「~しないように」という発想とは、あまり結びつかないような気はする。

ネマニャ・ラドゥロヴィチというヴァイオリニスト、僕はこのような演奏をする人が大好きだ。練習そのものは、どのように感じようが、そこには辛いものがあるとは思うけれど、でもこの人は「直さなきゃ」的な練習はしていないんじゃないかな?

表現したいから、伝えたいから、でもそれにはまだ至らないところがある、だから練習する、演奏のために練習する、この考え方は自分を直すという考えよりも素敵なことに思える。

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category: ピアノ雑感

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練習で歌ってみればいいのに・・・ 

 

ある日本人ピアニストの演奏をユーチューブで聴いていた(僕に聴かされていた?)友人がボソッと言った。曲はたしか、ショパンのバラード第1番だったと記憶している。

僕の個人的感想としては、そのピアニストの演奏、速いパッセージ、難所がいきなり「エチュード化」してしまうということ。特に1番のコーダ、難所だよねぇ。音符は弾けているし、はずさないのも凄いが、ピアノと格闘みたいな?

そこで非クラシック人である友人がボソッと言ったのだ。「これ、何ていう曲?」「バラードの1番」「それってラフマニノフの曲?」そこで僕はのけぞってしまったわけだが、その先の言葉にちょっとドキッとしたのも事実だ。

「彼女、歌ってみればいいのにね」「それって、もっとピアノで歌ってということ?」「というか、家で練習している時に実際に声に出して自分が弾く曲を歌ってみれば、こうはならないんじゃない?」

別に音程まで正確に、ショパンの埋め草パッセージをコロラトゥーラのように歌えというわけではない。メロディーを実際に歌ってみるのだ。ラララ・・・と。

これって「素人意見」なのだろうか?

非クラシック寄り聴き手って、色々と気づいているものでは?感じているというか?その原因追及をする欲求も理由もないから言語化しないだけで。自分は弾かないわけだから。

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category: レッスン

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素人のレッスン 

 

まずは自分のピアノ環境というものを考えてみる。環境といっても、電子ピアノだとか、グランドピアノだとか、あるいは防音室がどうとか、そのようなことではない。人前で全く演奏しない、それでいいという人もいるだろうが、多くの人は、人前での演奏機会はあるだろうと思う。自分はどのような聴き手環境にあるだろうか・・・ということ。

ピアノサークルのメンバー、聴き手は自分の場合はそうなる・・・このような人は多いと思う。でもサークルのメンバーって率直な、正直な感想を言ってくれるだろうか?相手とよほど親しければ、後でそっと言ってくれるのかもしれないが、基本的にサークルのような場って、批評はしないというのが普通ではないだろうか?「あ~ん、失敗しちゃったぁ」「ううん、よかったよ~」みたいなことはあるだろうが、「あなたの演奏、抑揚に欠けると思う。弾き方が悪いんじゃない?」なんて誰も言わない(言ってくれない?)はずだ。

クラシック音楽に詳しくない、ある意味偏見を持っているような親しい友人、悪友、このような人に演奏を聴いてもらうというのは、とてもいいことではないかと思う。「クラシック?ピアノ?ちょっとなぁ、自分は高尚な人間でもないし、クラシックってなんだか分らないし」みたいな人。ピアノに関して非協力的な配偶者などでもいいかもしれない。

「練習が足りないんだわ。手が痛くなるまで練習するしかないんだわ」あるいは「私って感性とか才能がないんだわ。だったら人の3倍は練習しなきゃ。今からパッセージ練習100回!」という方向になるよりは、非クラシック友人の率直な、時には見当はずれとも思えるような、ボソッとした一言がヒントになるかもしれない。そのような非クラシック人間から肯定的な言葉、例えば「退屈はしなかった」「クラシックも聴いてみればなかなかいいものだね」みたいな言葉が自分の演奏から引き出せたとしたら、その演奏は本当に「なかなかのもの」であるのでは?社交辞令0パーセントの人の裸の感想、そのようなことを言ってくれる人、人的環境を整える。まぁ、最初は「聴いてくれる?」なんて頼んでも拒否されるだろうが、食べ物で釣るとか・・・

ピアノを自分でも弾く人って、ピアノ演奏の難しさを熟知(?)しているようなところがあるので、どうしても表面上の出来栄えということに視点(聴点?)がいきがちだ。よく弾けるわね・・・みたいな?でも非クラシック人は、意外とそのようなことには無関心だ。その人がどれだけ弾けるかということよりも、音楽として退屈しなかったかみたいなところで聴くからだ。

悪友(?)のボソッとした一言が実は正しい、問題を指摘している・・・ということはあるような気がする。「なんだか、どんな曲かよく分らなかった。よく弾けるねぇ?でも僕はクラシックなんてわからないから」この場合、「そうね、豚に真珠ということかしらぁ?」ではなく、「全部の音が同じ音色で抑揚もフレーズ感覚も皆無でバタバタ弾いているから聴き手に何も伝わらないんだよ」ということを「自分はクラシックなんて分らないから」と言う言葉に置き換えている場合だってあるのでは?聴き手が無知ということではなく、演奏が未熟である・・・

この演奏、僕の友人が非常に驚いた演奏。「えっ?クラシックでこれってあり?」みたいに。たしかに手拍子が起こる曲ではある。ショパンの葬送ソナタでは手拍子もないだろうし、聴いている人も微笑まないだろう。もちろん曲にもよる。でも客席で聴いている人が微笑んでいる、このことに驚く人がいるのだ、クラシックってそういうものではないと。これって、一体感、曲と演奏者、そして聴き手、ここでの一体感に欠けている演奏がクラシック界には非常に多いということでもあるのでは?

クラシックって堅苦しい。それは演奏がそう感じさせているのでは?

非クラシック人間に自分の演奏を聴いてもらおう。上達への道・・・かもしれない。

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category: レッスン

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閲覧注意 

 

閲覧注意なんてタイトルだと、かえって注目されてしまうのかもしれないが・・・

グラナドスの「ゴイェスカス」が情念渦巻く絵画絵巻を音にしたと感じるならば、モンポウの曲は写真のようだと感じる。被写体を狙い、その一瞬を音として表した・・・

感情の移ろい、起伏の流れ、そのようなものが「ゴイェスカス」ならば、モンポウは内なるもの、その一瞬が出た瞬間みたいな・・・

モンポウのピアノ曲に興味があったわけではない。なんとなく曖昧、印象派風、癒し風というか、そのような曲だと思っていた。曲としては限られるのだが、いくつかのモンポウの曲、特に「歌と踊り」からの数曲が僕の心に立ち止まってしまったのだ。

スペイン内戦、自分なりに調べるうちに、ロバート・キャパの写真に出会った。スペインの写真だけではない。彼は戦場のフォト・ジャーナリストのように思う。なので世界各国の写真が存在する。でも一瞬の内なる姿をカメラに収めたというところが、モンポウを連想させたのだ。

ロバート・キャパ、本名はフリードマン・エンドレ・エルネー。ハンガリー人でユダヤ人であった。戦場の写真が有名だが、彼は、いわゆる有名人の写真も残している。恋人であったイングリット・バーグマン、ピカソ、ヘミングウェイなど平常時の写真も多い。戦場の写真というよりは、戦場においても「人間」が被写体ではあったという気がする。

モンポウの音楽、それは一瞬を捉えたものなのだ。なので曲調としては起伏が少なく、同じムードで音楽が進んでいく。このあたりが癒し風、サティ風などと言われる所以なのかもしれない。でも個人的にはモンポウの音楽は全くサティ風ではないと感じる。

かなり控えめな人だったようだ。作曲さえしなかった期間も長い。この期間、スペイン内戦もその理由に絡んでくると思う。心臓を抉られるような瞬間、痛みの瞬間、その一点をそのまま音にする。そこだけを音にする。カメラの被写体のように・・・

ロバート・キャパは自ら地雷を踏んで亡くなっている。最後までフォト・ジャーナリストであったのだ。

「スペイン内乱を通じて、私は戦争写真家になった。その後、私は、はったり気味の戦争写真を撮り、ついに本当の大激戦の数々の写真を撮ることになった。そして、このような戦争のすべてが終わったとき、失業した戦争写真家となって、非常に幸いだと思った。私は人生の終わりの日まで、戦争写真家としては失業のままでいたいと願った」   ロバート・キャパ

戦時の写真が多い、なので穏やかに人々が草原でダンスをしている長閑な写真などは皆無だ。閲覧注意ではある。

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平和と鳴く鳥たち 

 

スペインのピアノ曲を弾く際に、やはりスペインの歴史などは分っていたほうがいいのだろうか?いいと思う。知ったから、すぐにスペインのピアノ曲が上達するわけでもないとは思う。モーツァルトの生家を訪ねたからといって、その日からモーツァルトのソナタが上手く弾けるとは限らないように。でも知るということは無駄なことにはならないよなと思うのだ。

「ゴイェスカス」を演奏するのに、「ゴヤって誰?」では、やはりよろしくないだろう。スペイン内戦などについても僕の知識は、ほぼ皆無であると言っていいだろう。それでも中学生、高校生、いや、大学生の頃もかな、これでも一応文学青年らしきところはあったのだ。たしか、高校生の時ジョージ・オーウェルの「カタロニア讃歌」などは読んでいる。内容は忘れてしまったけれど。やはり勉強は若いころに・・・ということを痛感する。今は吸収力に欠けるというか、そのようなものを読む元気がない。

でも加齢というものは、水分不足による肌の衰え・・・のような悩みも出てくるが、他人の出来事を自分のことのように同化させて感じることも可能になってくる。カザルス・・・偉大なチェリストだったのよね、そのような感覚から、彼がなぜにカタルーニャを去ったのか、なぜ国連でのスピーチで「平和、平和、平和・・・と鳥たちは鳴くのです」と言ったのか、なんとなくだが分ってくるのだ。

カザルスは難民ではないだろうか?厳密にはそうなる。外国に逃げたわけだから。そして二度と故郷カタルーニャに戻ることはなかった。フランコ独裁政権が続く当時のスペイン、「本当の平和がスペインに戻らない限り、私は故郷には帰らない」と。演奏そのものも中止してしまった。諸外国がフランコ政権を容認したからだ。

カザルスが大切に演奏したきた曲がある。故郷カタルーニャ民謡「鳥の歌」だ。自分で編曲し演奏してきた。

1971年だったかな、95歳のカザルスは平和活動家として国連でスピーチしている。

「久しぶりに演奏しなければならないと思っています。鳥の歌という曲を演奏します。私の故郷カタルーニャでは、鳥たちはPeace、Pieace、Pieaceと鳴くのです。この曲はバッハ、ベートーヴェン、すべての偉大なる音楽家たちが愛したであろう曲。この曲は私の故郷カタルーニャの魂なのです。 カタルーニャ!」

スペインの人々は地上では訴えることができなかった。平和を・・・と。でも空高く、鳥たちのように自由になれば、自由に叫ぶことができるのだ。平和・・・と鳴くことができるのだ。分断というものを悲しみ、絶望したカザルスの思いではなかったか?

「音楽は言葉では表現できない感情までも表現してくれるのだ」    レナード・バーンスタイン

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どうしても聴く気になれない 

 

今月28日は野谷恵さん主催のチャリティーコンサート。日暮里のサニーホールって、サロン的な小さな会場もあるけれど、チャリティーコンサートは、そちらではなく大ホール。400人以上のキャパなのでは?なので当日券もある。出演者として、一人でも多くの人に聴いて頂きたいという想いは非常に強い。

「愛の夢のつづき」という野谷さんのブログを読んでいて、非常に哀しく感じた。ある方からのキャンセルの理由。「どうしても聴く気になれない」というもの。だからキャンセルすると・・・

この「どうしても聴く気になれない」というメッセージを、わざわざ野谷さんに送った人、基本的に募金活動と演奏というものとが結びつくのを快く感じないのか、つまり、チャリティーという概念そのものに違和感を感じるのだろうか?

有料の演奏会、全額寄付、では演奏そのものは、たいしたものでもないのでは・・・という思い込み?どうなのだろう?でもその方は寄付金の3000円、つまりチケット代金分は演奏の対価として期待すると書いていたみたいなので、おそらく出演者の経歴のようなものが気になったのかもしれない。出演者の経歴はチラシなどには一切書かれていないから。

誰でも知っている有名な人、超難関音大卒業生、コンクール入賞者、CDを何枚も出している人、このような、いわゆる「立派な経歴の人」がいい演奏者であって、そうではない人たちは聴くにも値しないということなのだろうか?無名の人、素人、そのような人たちの演奏?どうしても聴く気になれない・・・ということなのだろうか?

そのように感じる人がいても不思議ではない、というか、感じ方は人それぞれでいいような気もする。そのような人は28日のコンサートなど聴きに来ないだろうし、万が一聴きに来たとしても、ある種の偏見、「どうせ無名の人たち」みたいな耳で聴いたとしても、演奏そのものは心には響かないはずだ。頑なな感性で聴いても・・・

そのような頑なな人は、立派な経歴の人の演奏には、いつでも拍手喝采なのだろうか?

「どうしても聴く気になれない」僕自身は、この言葉を「素人分際の演奏なんて聴く価値はない」というメッセージだと受け取った。

ただ「哀しい・・・」と感じた。

どうしても聴く気がしない、立派な経歴の人こそ本物と思う、そのように感じる人に見て頂きたい動画がある。この動画の中の「人種」という言葉を「経歴」という言葉に置き換えてみればいいのではないだろうか?

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年齢は自分で決める 

 

KFC、日本では「ケンタッキー・フライドチキン」と呼ばれるチェーン店。創始者は、これまた有名なカーネル・サンダース。ケンタッキーおじさんなどとも言われるのだとか?

KFCは、もともとガソリンスタンドの物置を改装したスペースにたったの6席・・・という小さな規模からスタートした。カーネルさんが大規模なチェーン店にしようと思ったのは、なんと彼が65歳の時のこと。今では世界規模だね。カーネルさんが「もう俺もいい年なので」なんて思っていたら、KFCは日本にはやってこなかったのだ。カーネルさんは、こんな言葉を残している。

「その人の年齢は、自分が感じた歳、思い込んだ歳で決まる」

浅田真央選手に対して、「もう引退した方が・・・」という意見があるそうだ。「過去の栄光があるのだから・・・」という、どこか親心(?)みたいな気持ちなのだろうか?よく分らない。

過去の栄光とか、年齢とか、あるアメリカ人スケーターのことを思い出した。ルディ・ガリンドという選手。彼はクリスティ・ヤマグチとペアを組んでいた。全米で2回優勝し、世界選手権でも5位になっている。実に立派な成績だ。その後二人はそれぞれシングルの選手となった。クリスティの方は、シングルの選手として大躍進をした。世界選手権でもオリンピックでも優勝した。

ルディの方はクリスティほどの成績を残せずにいた。「ルディ・ガリンド?ああ、クリスティのパートナーだった人ね?」元パートナーが輝かしい成績を残すほど、ルディとしては思うこともあったのではないかと思う。「ルディ?まだ現役なの?」そう言われることもあっただろうし、何よりも自分自身に対して最も悔しかったのではないだろうか?

現役生活最後の全米選手権、彼は最後の挑戦を試みた。HIVに感染している、おそらく現役としては今年が最後だろう・・・と。彼は26歳になっていた。

1996年全米選手権男子シングルフリー、ルディは3位という成績でフリーを迎えた。前年の全米では8位だった。今年こそ過去最高位の5位を超えることができるかもしれない。

そして優勝したのだ。シングルの選手として最初で最後の世界選手権にも派遣された。そこでも初出場で銅メダルを獲得している。

26歳での全米選手権優勝、全米男子シングルでの、過去70年間で最も高齢(?)での金メダリストとなった。ちなみに全米男子シングルの優勝者、最も年齢の高かった選手、クリス・クリステンソン選手、1926年に優勝している。その時、彼は51歳だったそうだ。

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飛び出せ、カール! 

 

チェルニーが好き…という人はあまりいないのではないかと思う。僕自身はピアノ教室挫折組なので、チェルニーへの憧れみたいなものはある。それは「わぁ、やっと黄色い帯の本♡」みたいな進級の憧れみたいなものではある。満足に1冊の本が終了できなかった人ならではの憧れ?あっ、終了した本もあったな。「バイエル上巻」は終わったのだった。あとの本は数曲弾いてという感じだったかな。

そのような個人的感情は別としても、チェルニーの練習曲って、ある種のエクスタシーさえ感じる。これって変だろうか?そもそも高速で敏捷なスケール、音型って躍動感を感じるし、運動美のような快感を、聴いていても感じるのだ。洒落た美メロディー、陶酔メロディーが存在していなくても感じるエクスタシー。ショパンのエチュードもそんなところないかなぁ?つまり「音型美」のようなものを感じる。

でも不思議なことに、音色として、どこか軽やかでないと、たちまち「困苦」「根性」のようなサウンドになってしまう。ガリガリというかバリバリというか、そんなに鍵盤の底を叩かなくても的なカールは魅力的ではない。ピアノ教室で繰り広げられているであろうカールは、どこか「根性カール」になっているようにも推測する。それだと辛いだろうなと思う。なので皆嫌うのだろう。

もし、古タイヤを引っ張りながらうさぎ跳びをしているカールではなく、孫悟空のように軽やかなカールだったら、人前演奏で弾いても映えるのではないだろうか?充分に魅力的だと思う。

たしかに、ソロピアノリサイタルで「カールの夕べ・・・エチュードを集めて」というのは辛いものがあるだろうと思うが、サロン的な演奏会などで数曲チェルニーを弾いてみるというのも面白いかもしれない。「えっ?これってチェルニー?」みたいな?

なぜ巷のピアノ教室で根性カールが繰り広げられてしまうのだろう?もしかしたら教師の自らのカール経験が根性そのものであった可能性がある。「きゃっ、楽しい・・・」「きゃっ、軽快♡」というカールサウンドではなかった。それをそのまま・・・では生徒も気づかないのではないだろうか?良薬口に苦し・・・ではなく、本来は躍動美さえ感じるものなのかも。

この動画、映画の一部分なのだろうか、実際に弾いているように思う。吹き替えではないよな。このようなカールだったら楽しいと思う。演奏効果抜群だし、抒情的な曲の間にパッとこのようなカールを入れてみたらプログラムとして、とてもいいのではないだろうか?少なくとも、聴いていて僕はワクワクした。

レッスン室を飛び出して、舞台でカールを弾いてみたら面白いかもしれない。スケールの連続ってワクワクするものなんだ。発想転換をするだけで空飛ぶカールに出逢えるかもしれない。宿題の課題とだけ思わず、レパートリー候補として今弾いているカールを弾いてみたらどうだろう?

それにしても、この映画、何なのだろう?とても気になる。

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リサイタルの流行 

 

もう大昔、僕が高校生か大学生か、その頃、あるピアノリサイタルを聴いた。昔のことなので、記憶も曖昧なところが多いのだが、草野政眞という男性ピアニストのリサイタルだったように思う。。曲目に惹かれたのだと思う。大曲バ~ンという通常のリサイタルとは異なり、19世紀のサロンコンサートといった趣きだったのだ。往年のピアニストのトランスクリプションやパラフレーズがてんこ盛りで、その種の音楽はレコードでしか聴いたことがなかったので、興味を抱いたのだ。

演奏は素晴らしかったと思う。非常に素晴らしかった。会場は、たしか上野の東京文化会館小ホールだったように記憶している。でも定かではない。

当時は「音楽の友」のような雑誌も時折読んでいたので、そのリサイタルの批評が目に入ってきた。その内容も記憶が曖昧なところもあるが、たしか演奏そのものだけではなく、プログラミングについても触れていたように思う。

「小曲、サロン風小品を並べすぎで、リサイタルとしてまとまりに欠けていた」とか、そんな感じだっただろうか?この批評、つまりリサイタルというものは、大曲を並べることだ・・・という意味だったのだろうか?ワンコーナーとしてならいいけれど、全体を19世紀サロンというのはちょっと・・・みたいな?

たしかに僕も、もっとこじんまりした会場で聴きたかった・・・とは感じたように思う。サロンというかホームコンサートというか。でも当時は小規模のサロンなんて、東京にもそうは存在していなかったのではないだろうか?発表会は公民館、市民ホール・・・と決まっていたような時代だ。器、つまりハードが充実してきたのは、もうちょっと後になってからのような気がする。

数十人規模のサロンコンサート、今はその種のコンサートに適した会場、特に東京などでは充実しているように思うが、ハードは充実していても、なんとなくソフトが追いついていない感じもしたりする。演奏者も聴衆も、どこか「リサイタルとは大曲バ~ン」というものだと思っているのか、それとも演奏側は「勉強の成果を披露したい」と思いすぎ、聴き手との交流という側面まで考えられないのか、両方なのか、素敵なサロン小品というものが、教材としてもレパートリーとしても定着していないように感じる。

30人のコンサートで、大曲が並び、聴き手もどこか固まったまま、咳もできずに、「シッ・・・」みたいな感じでは、ちょっと窮屈な感じもする。

サロン小品を素敵に演奏できる感性、つまり「きゃっ、素敵!」という要素を演奏者が醸し出せなくなったということもないだろうか?パデレフスキの「メヌエット」のような作品を聴かせることのできる人が少なくなった、あるいは聴き手も、その種の小品を素晴らしく演奏された時の、ある種の恍惚感のようなものに鈍感になった・・・

「わっ、立派!」とか「よく研究したのね!」という感覚はリサイタルで満たせても、もっとシンプルに「なんて素敵なのかしら・・・」という感覚は久しく味わっていない・・・みたいな?

サロン風の曲、往年のピアニストの編曲作品、この種の曲って、もともとザハリヒな方向性とは合わないのかもしれない。楽譜に忠実、例えばベッリーニのアリアを印刷された通りに歌う、そういうことではないように思うのだが。そんなベッリーニは滑稽でしかないのでは?長い歴史が培ってきた演奏者サイドの伝統、例えば楽譜には印刷されていないヴァリアントをどうするか・・・みたいな?その伝統、習慣のようなものを無視して印刷してあることを正確に・・・ということが楽譜に忠実ということでもないように思うのだが・・・

リサイタルの会場が大きくなるにつれ、演奏スタイルというものがザハリヒなものになるにつれ、サロン風、サロンに適したピアノ曲というものが忘れ去られていったということはないだろうか?例えば、教材としては超有名だが、メンデルスゾーンの無言歌集などをリサイタルで素敵に弾ける人が限られていったとか、ウェーバーの「舞踏への勧誘」のような作品を、ただ立派(?)に正確に演奏されてもなぁ・・・のような???

草野氏、僕が生で聴いた頃は盛んに演奏していたようだ。でも今は演奏していないようだ。氏のホームページで確認しても次回のリサイタルの予定などは記載されていない。また是非聴いてみたいと思うのだが・・・

今、素敵なサロン風小品、往年のピアニストのトランスクリプションなどを、こじんまりした会場で聴いたみたいという人は相当数存在しているように思うが。大曲バ~ン形式に飽きてしまった人も多いように思うがどうなのだろう・・・

そう、演奏を聴いて「なんて素敵なの!」そう感じたいだけなのだ。最も高尚とされているクラシックのリサイタルでそれが難しいというのは、かなり寂しいように思う。

そろそろ草野氏のような演奏家の時代到来だと思いたいのだが・・・

kaz




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category: リサイタル

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これもまたショパン 

 

フーベルマンはユダヤ人だった。フリードマンもだが、ナチスの台頭によりヨーロッパからの離脱をしなければならなかった。フーベルマンの声掛けによって亡命ユダヤ人たちのオーケストラが結成された。パレスチナ管弦楽団。このオケは現在でも存続している。現在のイスラエル・フィルがそう。

当然、反ナチだったフーベルマンはドイツなどには住んでいられない。アメリカに渡ることになる。フリードマンは演奏旅行中のオーストラリアで亡命を決行し、そのままその地で暮らした。このような背景って、何か切羽詰まっている。それぞれの亡命ユダヤ人演奏家の心中を察すると、何故に彼らがあのような音楽を奏でたのかも理解できるというものだ。

「僕たちは、どこにも居場所がないんだ・・・」この言葉が胸に響いてくる。このような時、音楽家にとって音楽とはどのようなものになるのだろうと。

フーベルマンは後年、航空機事故により両腕を負傷している。ヴァイオリニストとしては再起不能とまで言われたらしい。でも復帰したんだね。音楽しかなかったんじゃないだろうか?

フリードマンと共演したベートーヴェン(クロイツェルソナタ)や、このサラサーテ編曲のショパンなどを聴いていると、単純に「今はこういう演奏する人いないよな、ロマンティックだな」と思う。

再び演奏スタイルがロマンティック傾向に傾けば、底状態のクラシック音楽人口も少しは増えていくのではないかとも思う。

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天才と凡庸の割合 

 

多くの人は現代のスター演奏家を聴いて育つのだろう。往年系に走る(?)人は、現代スターの演奏に、どこか物足りなさを感じ、そちらに走る(?)のだろうか?逆ということはあまりないような?

現代スターを聴いて育った人、つまり王道ルートの人は、往年系演奏家の古い録音などを聴くと、「アゴーギグが大袈裟、大胆」とか「随分と自由な演奏ね」とか感じるらしい。僕自身は全くそうは感じないけれど、なぜにそう感じるのかということは想像はできる。なぜなら、僕自身が現代の多くのピアニストの演奏を聴くと「随分とあっさりなのね」「まるで事務処理のようにサクサクと・・・」と感じるからだ。

僕の場合、幼いころから往年系の演奏家を聴いて育ったので、王道ルートとは異なるルートを辿ってきたのかもしれない。

往年系を聴きなれてしまうと、美しい誤解が生まれてくる。例えばフリードマンのショパンなどを聴きながら「昔の人はロマンティックだったんだぁ・・・」と、あたかも昔のピアニスト全員が素晴らしかったような錯覚、幻想を感じてしまうのだ。黄金時代も現代も、変わらないものがある。厳しい現実だが、それは天才と凡才の割合みたいなもの。昔だってフリードマン、パデレフスキ、ホフマン、このクラスの天才はほんの一握りだったはずだ。その他大部分はロマンティックもどき(?)の凡庸な演奏だったはずだ。そのような演奏は年月の波を生き抜くことができずに消滅してしまっているので、現代の我々は聴くことができないだけなのだ。

当時の聴衆は凡庸な演奏を聴きながら、こう思ったのではないだろうか、「ああ、もっと作品の本質を感じられるような演奏が聴きたい」「演奏者の勝手気ままな思いつきを聴かされるのは、もううんざり。美しい作品を味わいたいの。演奏者ではなく作品を・・・」

さて、現代。やはり天才と凡才の割合は同じなのだろう。ただ年月の洗礼を受けていないので、天才も凡才も混沌と混ざっているのだ。今は人気でも10年後には過去の人・・・なんてピアニストは大勢出てくるはずだ。我々は凡庸な原典忠実演奏を聴かされていることにもなる。むろん、天才もいるから、そのような人は忠実主義の素晴らしい演奏をし、作品の素晴らしさを人々に伝えているのだろう。でも・・・凡庸な忠実主義演奏も聴かされているのだとしたら?

多くの人は、そろそろ感じているのでは?「楽譜通りには弾けているのかもしれないけど、皆同じような個性のない演奏をする」「もっと演奏者自身が感じられる演奏が聴きたい、ただ弾いているみたいな演奏にはうんざりなの」「正しい演奏じゃなく感動する演奏が聴きたいの」そう思い始めているのではないだろうか?

演奏スタイルの変換みたいなもの?もしかしたら、それは聴衆、大衆というものが方向を決定しているのかもしれない。

100年後、現代のスターの一握りは生き残っているだろう。そして100年後の人々にこう思われるのだ。「昔の人って作品に忠実で作品そのものを味わえるわね、いいわね。今のスターって勝手気ままな演奏にしか感じない。ああ、昔は良かった」と。

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ブラームスが愛したヴァイオリニスト 

 

ポーランドで生まれ、そして1882年という同じ年に生まれた、二人の演奏家がいる。ピアニストのイグナツ・フリードマン、そしてヴァイオリニストのグロニスラフ・フーベルマン。両者とも熱烈なファンは存在していると思うが、ヴァイオリンを勉強中、あるいはピアノを習っているという人たちの間で有名であるとは言えないだろうと思う。次々にCDを発売し、毎年のように来日する人気スターのような知名度はないだろう。

実に残念だな・・・と思うのだ。現代はロマンティックな時代ではなくなったのだろうか?個人的には何種類もエディションを研究しました、曲についても作曲家についても調べ上げました、ということを感じてしまう演奏は、あまり好きではない。でも僕だけなのだろうか、実に見事な演奏だ・・・ということを感じたくて多くの人は演奏を聴くのだろうか?少なくとも、僕はそのようには演奏を聴かない。演奏者自身だけが楽譜(音符)や楽器だけに対面しているような演奏ではなく、聴き手も誘い込んで、包み込んでしまうような、その人なりの情念とか、そのような生々しいものを聴きたい。演奏者の演奏密度、解釈密度を聴きたいのではない。

フーベルマンの演奏、おそらく原典版の楽譜と照らし合わせて聴けば「そんなことは書いてないぞ」とか、色々とあるのかもしれない。でもエディション、楽譜に忠実、作曲家に忠実とはどのような意味に解釈すればいいのだろう?書いてあるように弾く、あるいは鍵盤を押す?

厳密には楽譜から逸脱している(と現代ではされる)演奏、もしその演奏を作曲家自身が絶賛した場合、それはどのような意味になるのだろう?

フーベルマンはブラームス自身が聴いている演奏会で彼のヴァイオリン協奏曲を演奏している。フーベルマン、13歳の時のことらしい。異例なことだが、カデンツァの途中で客席から拍手が起こった。若き(幼き?)フーベルマンはそのことで動揺し、自分としては満足な演奏ではないと感じたらしい。

「動揺してしまいまして・・・」

ブラームスはこう言ったのだそうだ。「そんなに美しく弾くからだよ(だから拍手が起こったのだ)」なんと麗しい言葉なのだろう。ブラームスは自分の肖像画に次のような文章を書き込み、13歳のフーベルマンに捧げた。

「1896年 2月1日 ウィーン、そして感謝に満ちた、あなたの聴き手であるヨハネス・ブラームスを親しく思い出してくれることを願って・・・」

ブラームスはフーベルマンのために曲を書くことも約束してくれた。でも翌年、ブラームスは亡くなってしまうので、それは実現しなかったのであるが・・・

たしかにフーベルマンやフリードマンに限らず、往年の、黄金期の演奏家の録音は残っていたとしても、現代の優秀な録音とは比較にならないだろう。遠くから聴こえてくる、ノイズの奥から聴こえてくる、そんな感じだ。録音が古いのだから仕方ない。でも音は分る。違いは分る。

我々は音響を聴いているのだろうか?音楽を聴いているのだろうか?

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草団子とカールマン 

 

アメリカに滞在していた頃、特にホームシックというものを経験したことはない。子どもの頃、葛飾区柴又という土地は近所であったので、帝釈天とか非常に身近に感じるものだった。「草団子が食べたい」と猛烈に感じたことがある。ニューヨークでは、その辺を探せば日本食材などは普通にある。でも草団子はなかった。高級な虎屋の羊羹などは買えたが柴又の草団子はなかった。日本資本のスーパーで草餅はあった。でも「草団子じゃないとダメなのだ」・・・

せいぜいホームシックらしきものを経験したのはその時ぐらいだ。ルームメイトのHは僕と違い、故郷ポーランドの食べ物に執着していたように思う。食べ物だけではなく、すべてのものに。でも故郷を遠く平和に懐かしむというよりは、そこには愛憎混ざった強烈なパワーさえ感じたものだ。

今まで知り合ったヨーロッパ人の友人たち、何で物事をそう複雑化するのだろう、そう思うことが今でもある。草団子を懐かしむなどということとは違う、何か重いような感情。

ウィーン・フォルクスオーパーの初来日は1970年代の後半だったそうだ。当時は空席も目立ち、会場もどこか閑散としていたらしい。でも口コミで日本に広がっていった。「素晴らしいみたいだ」「あんなに楽しかった経験、初めて・・・」

オペレッタというもの、そのものに馴染みがなかったのかもしれない。全曲盤のレコードなどは存在していたとは思うし、レハールの「メリー・ウイドウ」などの作品、その旋律などはそれなりに知られていたとは思う。でも「オペレッタを聴こう」という雰囲気ではなかったのだね。多分・・・「な~に、それ・・・」みたいな?

口コミにより日本でも人気が出たウィーン・フォルクスオーパーだが、カールマンの代表作、「チャールダーシュの女王」を演目に加えた時には、フォルクスオーパー側にとっては賭けになったのではないだろうか。むろん、地元ウィーンでは人気作品だろう、でも日本で?レハールならともかく、エメリッヒ・カールマン?

ネットもなかった。音楽雑誌の特集、あるいは当日渡された(買わされた?)プログラムぐらいだけが情報だったのではないだろうか?今のように字幕スーパーが流れるわけでもない。むろん、ウィーン訛りのドイツ語を理解できる人など、そうは会場にはいなかっただろう。それでも手拍子、笑い、涙に会場が包まれたのだ。この瞬間、日本人にとってクラシック音楽は敷居の高い、教養の必要なスノッブだけのものではなくなった。日本の聴衆が積極的に音楽に飛び込んだ瞬間でもあった。

カールマン、「オペレッタ銀の時代」を同郷のレハールと共に築いた。ハンガリー人の作品らしく、ハンガリー色が強いようにも感じるが、まさしくこれはウィーンそのものだ。ウィーンはカールマンを歓迎した。自分たちのオペレッタの作者として。

でも、カールマンはウィーンを離れたのだ。ユダヤ人であったため。彼はウィーンを愛していたのではないかと思う。自分を認めてくれた街、生まれ故郷でも亡命先のアメリカでもなく、やはり彼はウィーンを最も愛していたのではなかったか。でも僕などには想像できない愛憎が含まれる。愛していたからこそ、裏切られたという想いが強かったのだろうか?

カールマンは、やはりヨーロッパ人だった。世情が落ち着くと、彼はアメリカからヨーロッパに戻った。でも彼はウィーンには戻らなかった。彼はパリという街を選んだ。

「チャールダーシュの女王」のこの場面、楽しいね、音楽も、踊りも何もかも。ウィーン文化そのものだ。ウィーンの香りに酔う。でも何かしらの胸の痛みをも感じる。ウィーン的であるほど深まる痛み。

僕も草団子だけではなく、郷愁、痛みというものを感じる年齢になったということだろうか・・・

エメリッヒ・カールマン・・・現在はウィーンの中央墓地に眠っている。

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category: あっぱれ麗し舞台

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お知らせ 

 

来月25日の僕のコンサート、1席の余裕ができて、募集お知らせをしていましたが、ありがたいことに申し込みがありましたので、満員ということになりました、ありがとうございます。

定員について、ここでまとめておきます。会場のキャパとしては最大30席です。でも30席だとキツキツと感じ、最初は定員15名としました。「気づいたら埋まってしまっていて・・・」「あっという間に満員になってしまって・・・」という声もあり、定員を20名としました。

2月後半、キャンセルとかあるだろうな・・・と予想しました。インフルエンザとか。そこでキャンセル待ちの方を募りました。2名のキャンセル待ち希望がありました。でも一人でも多くの方に聴いて頂きたいなという想いが徐々に強くなり、キャンセル待ちの2名の方も正式にご招待しました。計22名ですね。その後、1名の方がキャンセルされましたので、新たに1名募ったわけです。

これ以上は席を増やすことはないつもりです。22席、22名の方と音楽を共有したいと思っています。このあたりの経過がちょっと分りにくいと思われるので、聴きにくる人にしか関係のないことですが、ここにまとめてみました。

すでに申し込んだ方で、キャンセルということがありましたら、ご連絡下さい。その場合のみ、ブログで再度(その都度)お知らせ、募集をします。2月、コンサートが近くなりましたら、僕の方から申し込んで頂いた方には、メールしたいと思っています。開演時間とか・・・

今月も日暮里のサニーホールという所で演奏します。野谷恵さん主催のチャリティーコンサートです。こちらは、もう1週間後なのですが、あまり緊迫実感なく、なんとなくノンビリした気分です。どうしよう・・・というよりは、楽しみのような。練習しなくてはならないのですが・・・

来月の自分のコンサートも、なんだか遠足を待ちわびる小学生のような気分で、どこかワクワクしています。まだ譜読み中だよね・・・という曲もあり、本来は焦りまくるべきなのでしょうが、なぜかワクワク・・・

以前このブログで紹介した韓国のハンちゃん。彼女のサロンコンサートの動画。まるで父親になった気分で聴いてしまう。「よくここまで成長したな」みたいな?

「あなたの演奏を聴いて、私、ピアニストになりたいと思いました」何かハンちゃんにもお返ししたいような?

韓国の女性ピアニストって、見た目は日本人と変わりない(東洋人なので)ようだが、微妙に日本のプロピアニスト、音大生、アマチュアの女性ピアニストと異なる。ドレスが違うかな?韓国の人はストン系ドレスの人が多い。日本の人は大きく広がったドカン系(アントワネット系?)のドレスの人が多い。フリル系の人も多いかな。あとは韓国の人は、舞台では右横姿を見られるということをかなり意識している。このあたりは、僕自身の参考にはならないけれど。

舞台マナーというのでしょうか、トーク、足を組んで座位で聴き手に話す・・・このあたりは、日本の人だと違和感を感じたりする人もいるかもしれない。僕自身は距離感の取り方が上手だなと肯定的に解釈してしまうが。

曲の間に、トークしながら水を飲んだりしているが、これは僕もやるだろうと思う。喉が渇くんだよね。でもグラス、床に直置き。このあたりも気にする人は気にするだろうな。

僕は直置きだと蹴飛ばしてしまうだろうから、何か台を用意するかもしれない。あとは足は組まないかな。これはお行儀・・・ということではなく、お腹の肉の関係で・・・

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category: リサイタル

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ユダヤ人かホモか下手糞か 

 

ホロヴィッツの名言(暴言?)に「ピアニストは3種類。ユダヤ人かホモか下手糞だ」というものがある。まぁ、暴言でしょうか?ユダヤ人、全人口の0.38パーセントなのだそうだ。各分野で名を成した、或いは活躍しているユダヤ人を考えると、とても少ない比率ではある。逆に言えば、その比率では考えられないほど、優秀な人材を輩出している・・・とも言える。

僕も含めて、日本人は、あまりユダヤ人よねっ・・・みたいな感じで西洋人を意識することはないように思う。これって偏見がないということにもならないかなぁ?Hはそう言っていたな。「君たち東洋人はユダヤへの偏見がない。だからいいんだ」と。

経済界にはユダヤ人が多そうだ。DELLのマイケル・デルとかグーグルのセルゲイ・ブリン、スターバックスのハワード・シュルツとか。あとはアインシュタインなどもユダヤ人として有名かもしれない。バーンスタインとかスピルバーグとか。

俳優だと、ダスティン・ホフマンとかバーブラ・ストライサンドなどは「ああ、ユダヤ人よね」みたいな雰囲気(?)だが、でもサラ・ジェシカ・パーカーとか、「彼女ってユダヤ人なのね」みたいに感じながら彼女の映画やドラマを観ている日本人はかなり少ないように思う。ボブ・ディランとか、ビリー・ジョエルとか、あまりユダヤ人だから・・・のような意識はないのでは?

往年のピアニスト、かなりユダヤ人が多いと思う。フリードマンとかチェルカスキーとかシュナーベルとか。でも現在スターとして活躍中のピアニストたち、日本人はどこまで「ユダヤ人だから・・・」と意識しながら彼らの演奏を聴いたりしているのだろう?ほぼないのでは?アルゲリッチがユダヤ人であるということなんて知らないし、意識もしないのではないだろうか?シフ、ソコロフ、ぺライア、グリモー、意識していないのでは?

映画監督のマーティン・スコセッシによれば、今、アメリカはドアに鍵をして外の世界から離れようとしているそうだ。鍵をしめて外界から断絶すれば、そりゃあ安心ではあろう。でも日の光も風もない世界になるだろうと。でもアメリカ人はアップルパイとハンバーガーだけで満足できるものだろうか?今更満足できるものだろうか?

最も「アメリカ~ン」的な印象さえあるブロードウェイ劇場街、華やかな舞台、巨額が動くビジネスの世界、アメリカンドリームそのもののミュージカル、でもこの世界だって鍵を開けたから入ってきたものなのだ。

アメリカは0.38パーセントの人々、さらに多くの人々によって生きている。時計を逆回しにするというのは無理なのではないだろうか?

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category: 音楽家の名言

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カールマンの哀愁 

 

ユダヤ人迫害により、多くの音楽家がヨーロッパからアメリカに渡ったことは知られている。ヨゼフ・ホフマンはフィラデルフィアのカーティス音楽院で、そしてレヴィーン夫妻はニューヨークのジュリアード音楽院で、それぞれ後進の指導にあたった。日本のピアノの源流を辿っていくと、音楽取り調べ掛とか、メーソンとか、あるいは「バイエル」などといったものに辿り着く。ドイツっぽい感じ?日本はドイツ式みたいな?アメリカの場合はロシアというものが、ピアノ源流の源となっているのではないだろうか。ロシアという言葉をそのままユダヤ人という言葉に置き換えてもいいのではないかと思ったりもする。

ピアノという狭い世界のことだけではなく、さらにクラシック音楽という枠さえも超えて、アメリカに渡ってきたユダヤ人たちを除いてしまうと、アメリカのショービジネスというものさえ成り立たないような気もしてくる。ブロードウェイのミュージカル、ハリウッドの映画産業等々。現在のアメリカ音楽文化とユダヤ人とは切り離しては考えられないとは思う。ホロヴィッツやハイフェッツなしにアメリカの音楽、演奏、流派のようなものは考えられないのでは?

ブロードウェイのミュージカル、東欧のユダヤ文化であるイデュッシュ劇が発展し、現在のようなミュージカルになっていったという解釈がある。それは正しいとは思うが、ウィーンで花開いていたウィンナ・オペレッタというものも、ミュージカル発展に大いに貢献していたのではないか?

エメリッヒ・カールマン、ハンガリー出身でハンガリー色の濃いオペレッタを残している。彼はユダヤ人だった。迫害を避け、多くのユダヤ系音楽家と同じく、彼もまたアメリカに渡った。アメリカで初演されたオペレッタも存在するらしい。彼ら、オペレッタ作曲家もミュージカルというものの発展に無関係ではないように思う。オペレッタとミュージカルって、どこか同じ空気感があるようにも感じるし。

「モンマルトルのすみれ」というオペレッタ、舞台こそパリで、オペレッタ版「ラ・ボエーム」といった感じだが、このオペレッタは有名であるとは言えないだろうと思う。海外では上演されることもあるみたいだが、日本ではアマチュアの歌劇団が上演した記録があるだけだ。それはそれで実に素晴らしい偉業だとは思うが、知られていない作品ではあると思う。そもそも、カールマンなんてオペレッタに興味を持つ人以外、あまり知られていないのでは?レハールやヨハン・シュトラウスならともかく・・・

ピアニスト、スティーヴン・ハフが「モンマルトルのすみれ」、しかも、その中でも地味目の「初めての口づけもしらずに」というテノールのアリアを編曲しているのには驚く。画家ラウルの甘い甘いアリアだ。ハフは相当オペレッタというものに精通しているのではないだろうか?

♪ 君は本当の愛というものを、まだ知らないんだね?だからそんなことを言うんだね?

アリア「初めての口づけも知らずに」をここで歌っているのは、古い古い(?)歌手、ルドルフ・ショックという人。この人はキャリアを築く時期に徴兵されたりして、かなり苦労した人のようだ。偏見とも戦った人。聴いてみるとヘルデン系の声のように感じる。ワーグナーも得意としていたようだ。でも彼は、カールマン作品のようなオペレッタも歌ったし、ポップス系の曲も歌った。

「ショックという歌手は才能の無駄づかいをしている」「彼は軽薄な歌手だ・・・」「ポピュラー音楽などを歌うなんて・・・」

彼は、それらの意見に意識的に対抗し、オペレッタを歌い続けた。ヘルデン系でオペレッタも・・・という歌手、イェルサレムとかルネ・コロといった歌手を思い浮かべるが、彼らが活躍できたのは、ルドルフ・ショックが茨道を開拓したからではないかとも感じる。このようなことは「文化」と捉えてもいいのではないかと思う。

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category: リサイタル

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マダムの街、センベロの街 

 

コンサートではジーツィンスキーの「ウィーン、わが夢の街」を演奏する。ヘルマン・プライの歌唱を聴きながら自分でピアノ用に編曲(耳コピ?)した。この曲は歌詞もメロディーも郷愁そのものだ。ウィーンに住んだことはないのだが、僕でも郷愁を感じる。

ボストンやブロンクス(マンハッタンにはあまり・・・)の風景をドラマや映画で見ると、やはり胸がキュンとしたりする。これも「懐かしさ」を感じるからかもしれない。難点はブロンクスって犯罪の巣窟みたいに思われているから、あまりドラマや映画の舞台になることはない。マンハッタンは多いんだけど。

世田谷区、成城って「マダムの街」という印象。最寄駅は成城学園前ではないけれど、頑張れば歩いて行ける地域に住んでいる。「あら、奥様・・・オホホホ・・・」昼間の喫茶店(ティールームと表現すべきか?)など、まさにマダムの世界だ。あまり郷愁とか懐かしさを感じる風景ではないし地域でもない。

「センベロの街」立石。昔はここに近い地域に住んでいた。こちらも頑張れば歩いて行ける地域だった。センベロとは千円でベロベロに酔える店が(昼間から)沢山あるという意味のようだ。基本的にアルコールとは縁のない生活なので、センベロの街に足繁く通ったという想い出はないのだが、それでも「奥様・・・オホホホ」よりは懐かしさを感じる。これって郷愁?

「お兄さん、目が高いね。鰹節はこっちだよね・・・」その地域は気軽に鰹節が買えた。今住んでいる所では難しい。パックになったものは山ほどあるけれど。自分で削ると出汁の味が違うんだ。「旦那、サバのいいのがあるよ。スーパーじゃ一人分なんか買えないだろ?」この雰囲気、懐かしい。懐かしき商店街。

ルドルフ・ジーツィンスキーはウィーン子だった。なので「ウィーン、わが夢の街」という曲、異国の地での郷愁というものとは異なる。でも郷愁なんだよね。観光客に馴染みのウィーン、高級なデメルのお菓子のようなウィーンではなく、センベロのウィーン。

「旦那、今日は仔牛肉のいいのが入ったんだ。あんたには安くしとくよ。いいかね、肉が薄くなるまでしっかり叩くんだよ。上手いシュニッツェルになるよ」

「奥様、オホホホ」のウィーンではなく「旦那、いいのがあるよ」のウィーン。「ウィーン、わが夢の街」はセンベロのウィーンなのだ。

ルドルフ・ジーツィンスキーはアマチュアの作曲家だった。本職はウィーン市の公務員。市役所を定年退職まで勤め上げ、そしてセンベロウィーンの曲を沢山書いた。素敵じゃないか?

ルドルフ・ジーツィンスキー、ウィーンを愛した男、そしてウィーンの街から愛された男。


「ウィーン、わが夢の街」  詞・曲  ルドルフ・ジーツィンスキー



喜びも 悲しみも すべてこの街に
夜も 昼も 心の故郷
誰にでも愛される 私の故郷
彼方から聴こえてくる歌声

ウィーン、ウィーン、お前は僕の夢の街
幸せ溢れる 夢の街


いつの日か この世に別れを告げるだろう
晴れわたる大空に この身は漂う
遥かに見下ろすシュテファン寺院
永遠の別れを告げよう
彼方から聴こえてくる歌声

ウィーン、ウィーン、お前は僕の夢の街
幸せ溢れる 夢の街


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category: リサイタル

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「シュワ・ジェヴェチカ」 

 

来月の自分のコンサート、プログラムの一部にウィーン関連の曲を集めた部分がある。僕自身人間として根暗な部分があるのか、プログラム全体として、ちょっと哀愁に満ちているというか、人生の絶望というか、簡単に言うと「暗いかもな」という印象を持った。そこで先日、今まで弾いた曲の中からウィーン気質のような曲を入れてプログラムを再編成してみたわけだ。ヨハン・シュトラウスのワルツとか、オペレッタの曲とかね。これなら明るいだろうと・・・

ドホナーニが編曲したヨハン・シュトラウスのワルツなども、そのような意図でプログラムに入れてみたわけだ。でも、そのウィーン曲集を「なんちゃって弾き」で通してみると、優雅なウィーン・・・というよりは、郷愁というか、何かしらの念というか、強いものを感じてしまった。やはり僕は暗いのか?

ドホナーニにしても、カールマンにしても、異国(アメリカ)という地で遠くの故郷を想う・・・のような、ある種の心情が常にあったのではないか?その部分が明るい曲調の中にも哀愁を感じさせてしまうのではないか?

この部分は、僕自身にはない感情なのだ。強いて言えば、アメリカ留学中、一度も日本には帰国しなかった約5年間という期間、僕にとっては郷愁のような感情を味わう絶好の時だったように思うが、そのようなウルウルを感じたことはない。基本的に僕は感傷人間だと思っているので、遠く離れた日本を想い、「ああ・・・故郷・・・」という感情に無縁だったのは、考えてみれば不思議なことだ。

僕がアメリカで出逢ったヨーロッパ人たちは、多分に感傷人間であったし、祖国に対して強い、時には矛盾のようなものさえ感じるような感情を抱いていた人が多かったように思う。つまり物凄く強いものを常に感じていたというか・・・

この部分の差、自分との差は何だったのだろう?それは「動機」というものの違いだったのではないだろうか?僕は自分の意思でアメリカという地を選んで留学した。日本という狭い国が息苦しかった。なので、とてもアメリカが居心地よかったのだ。空気が自由・・・そう感じたものだ。

でも彼らは違う。最終的には自分の意思でアメリカに渡ってきたのであろうが、僕のような甘い理由ではなかったはずだ。移民としてアメリカにやってきた、故国という文化を抱えつつ、それをある意味捨てなければ生きていけなかった。そのような重さ、それが彼らから感じる情念とか郷愁のようなものとして僕に伝わったのではないかな?

ルームメイトであったポーランド人のHはキッチンで料理を作っている時、鼻歌を歌うのが癖だった。多くの曲は僕には馴染みのない曲だったが、ある時僕でも知っている曲を口ずさんだ。

「あ、その曲知っているよ」「なんで日本人である君が知っているんだ?」「さあ?なんでだろう?でも知っている。日本人だったら誰でも知っていると思う」

ちょっと調べてみた。そのポーランド民謡、1955年にワルシャワで行われた世界青年平和友好祭でのコンサートで歌われた。指揮者の荒谷俊治という人が採譜をし、そのメロディーに東大音感合唱団のメンバーが日本語の歌詞をつけた。日本では当時全盛だった「歌声喫茶」にて広まっていった。さらにNHKで放送されていた「みんなのうた」により、さらに日本全国に広まっていった。1960年代前半。僕が生まれる前のことだ。でもこの曲はよく知っている。

「日本人の君も知っている、多くの日本人が歌える・・・そうなんだ」そこにポーランド人としてのHを感じた。誇り高いポーランド人。

「ポーランド、やはり懐かしく想う?」これは失言だったと思う。彼に質問してはいけなかった。

「う~ん、その質問には答えられないな・・・」

Hはそう言った・・・

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category: リサイタル

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ハンガリーの気骨 

 

中村紘子氏が、かつてジュリアード音楽院に留学した時、基礎からのやり直しをさせられたことは、ご本人も著書などで語っているので、有名な話だと思う。「まあ、なんという才能でしょう!音楽的だこと。でもその弾き方は基礎から直しましょうね」

レヴィーン女史から与えられたのが「ドフナニー 指の教則本」という教材。ハノン、ピッシュナに近い感じだろうか。この本で指の上げ下げから直されたのだろう。

ドフナニー・・・これは英語読みだと思う。ハンガリー人なので、ドホナーニ・エルネーが正しいのだろうが、一般的にはドイツ語読みのエルネスト・フォン・ドホナーニという言い方が一般的なのではないかと思う。この人は大袈裟な表現をすれば、あのシフラの運命を変えた人でもある。子どもだったシフラをリスト音楽院に入学させたのが、このドホナーニなのだ。

「まだ子どもじゃないですか」「規則に反します」

「この子には素晴らしい才能がある。規則とは破るためにあるのだ。入学させなさい!」

これは全く僕の憶測なのだが、シフラ少年への偏見というものも音楽院の教授陣の中にはあったのではないだろうか?シフラはロマの血を受け継いでいる。ドホナーニは、そのような偏見が大嫌いな人だったに違いない。

ドホナーニの息子、ハンスはナチの強制収容所で処刑されている。ユダヤ人ではなかった。でもハンスは反ナチのレジスタンスだったのだ。ハンスは父親、エルネストの精神を受け継いでいたのではないだろうか?

ユダヤ人ではなかった。でも彼は戦時中、ユダヤ人音楽家を匿ったりしていたのだ。命がけだったと思う。当然、エルネスト自身への圧力も強くなっていく。職を失ったり、楽団を解散させられたり・・・

それでもエルネストは愛するハンガリーに留まったのだ。ハンガリーがソビエトの衛星国になった時、そこでやっと彼はアメリカに亡命することになる。失望というものを感じたのではなかろうか?ヨーロッパ、ハンガリーには未来がなくなったと。人間が人間であることが難しくなったと・・・

エルネストはピアニストとしてだけではなく、教師としても素晴らしい人だったのだろう。その門下にはハンガリーの至宝とも言うべき人材が育っている。ピアニストのアニー・フィッシャー、ゲザ・アンダ、指揮者のゲオルク・ショルティ、フェレンツ・フリッチャイ・・・

ゲザ・アンダが演奏するドホナーニ編曲作品。この演奏からは師への尊敬、敬愛、そして受け継いだという誇りを感じる。ドホナーニの編曲からは、音楽への憧れはもちろんだが、人間の感性とか尊厳のようなもの、それを最後まで信じたという、信じたかったという音楽家、人間の信念を感じる。

kaz




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category: 好きな曲・好きな演奏

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攻撃する人 

 

ある演奏に対して評価が分かれるということは、普通にあるのだと思うようにしたい。「目茶目茶じゃないですか?その程度でよく人前で弾けますね」というものと、「素晴らしかったです」「泣いてしまいました」というものとが共存している・・・

演奏に対する感想なんて、スポーツの記録のように明確に表示されるものではないから、Aさんにとっては退屈なもの、Bさんにとっては感動の嵐・・・なんていうこともある。そう思うようにしたい。そのこと自体は受け入れるというかね。

なので「メリル・ストリープなんて、たかが女優じゃないか?」と思う人もいて当然なのだ。そう思うべきではないと他人は言えないのではないだろうか?どのように感じようと、それはその人の考えなので、それは自由なのだ。

ただ、その感想や考えをご丁寧に文字や言葉で伝えてしまうという行為は、これは問題が別であろうと。この場合、文字や言葉が暴力になることだってある。「この人、違う・・・」と感じることは自由。その場合、黙って立ち去ればいいのではないだろうか?直接ぶつけてしまうと、それは攻撃、暴力ともなるのでは?ここが問題だ。

そして、そのようなものは入ってきてしまう。こう思えばいいのかもしれない。攻撃する人、それはその人の問題であって、自分の問題ではない・・・と。攻撃する人は、おそらく心に何かを抱えている、つまり負のオーラを背負ってしまっている。どこか自分は幸せではないと。周囲のせいにしたくなるのでは?自分を無理やり正当化することで、自分を保っているのでは?人を攻撃することで自分が保たれるのでは?

自分が正しい~周囲がおかしいのだ・・・みたいな?

でも、どのように感じようと、それはその人の自由なのだと思う。

レズビアンの両親と子どもたち、「変じゃない?」と感じることは自由だ。でもその人たちに「父親がいないなんて子どもが可哀想よ」とか「子どもたちもゲイになっちゃうんじゃない?」なんて直接伝えてしまっては、それは暴力、攻撃だろうと思う。

人に伝えてしまったことって、結局は自分に返ってきてしまうのではないだろうか?そうだとすると、その人は気の毒だよね。でもそれは僕の問題ではなく、その人の抱えている問題。

そう思うと、気は楽になるかな・・・

この偏見に満ちたウェイトレス、彼女と同意見の人もいるだろう。「そう思うべきではない」と彼女には言えない。でも「そんなこと言うなよ」とは言えるのではないだろうか?

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category: 未分類

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たかが女優のくせに・・・ 

 

ゴールデングローブ賞授賞式でのメリル・ストリープのスピーチ、これは名指しこそしなかったものの、内容は完全に次期大統領への批判だったように思う。個人的には彼女のスピーチには賛同。でもそうは感じなかった人もいるようだ。

「たかが女優のくせに・・・」このような日本語でのメリル・ストリープへの批判を読んで考え込んでしまった。「自分とは異なる考えを持つ人、そしてその考えというものを自分はどう(内的に)処理していこうか?」と・・・

ゴールデングローブ賞で連想したのだが、1980年代にバーブラの映画「イエントル」が同じような批判を浴びたように記憶している。この作品は、バーブラが監督、制作、脚本、主演をこなした作品で、ゴールデングローブ賞で作品賞、監督賞、主演女優賞を獲得している。女性の監督としての初受賞になったのではなかったか?この時に「たかが女優のくせに・・・」という批判(嫉妬?)があったらしい。「バーブラは女優で歌手だろ?監督までするのか?おとなしく演技をし歌でも歌っていればいいのだ」1980年代当時、女性監督というものへの逆風は物凄いものがあったらしい。

「イエントル」はフェミニスト映画と解釈することも可能だと思う。舞台はタルムードを学ぶ場所イェシヴァ。そこは女人禁制の場所。イエントルは男装し、そのイェシヴァで「男」としてタルムードを学ぶ・・・

当時、僕は大学生だったように記憶している。「イエントル」は日本でも公開されたので観ている。その時に思ったのは、当時の日本では女性が就職する場合、自宅通勤の人でなければ非常に不利であったということ。一人暮らしの女性は就職が難しかったのだ。今では信じられないことかもしれないが、当時はそうだったと思う。何故自立した女性が不利なの?成人しても親元で暮らしているなんて、半人前ではないか?何故その人たちが有利になるの?そう感じたものだ。

現在でも、あのスピーチをメリル・ストリープではなく、例えばロバート・デ・ニーロのような男性がスピーチしていたらどうなっていただろう?反応は違っていただろうか?

「たかが女優のくせに・・・」「女優の分際で・・・」

この感覚、個人的な生活の中でも感じることがある。仕事ではそのようなことを感じることはないけれど、いわゆる趣味の世界であるピアノの世界ではこの感覚を味わうことがある。

「たかが素人のくせに・・・」「素人の分際で・・・」

この反応、これからどのように内的処理をしていこうか・・・

kaz




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category: Barbra Streisand

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今年の抱負「ラ ラ ランド」 

 

ゴールデングローブ賞の授賞式を観た。目当てはメリル・ストリープのスピーチだったのだが、、受賞した映画で注目した映画があった。日本でもこれから公開されるのではないかな。

「ラ ラ ランド」という映画でミュージカル映画だ。夢溢れるミュージカル映画がヒットし評価されるということ、映画の内容も良かったのだろうが、現実の世界の人々が、いかに夢を求めているということなのかな・・・などとも感じてしまった。

この「ラ ラ ランド」でジャズピアニスト役を演じていたのが、カナダの俳優、ライアン・ゴズリング。この人のことは全く知らなかったのだが、ピアニストの役ということで、3か月間ピアノを習ったのだそうだ。

驚くべきことにピアノ演奏、吹き替えではなく、ライアン・ゴズリング自身が実際に弾いているのだそうだ。3か月で?しかも、この映画の監督は、ピアノ演奏シーンをワンショットで撮りたがったそうで、実際にワンショット撮影が多かったのだそうだ。大変だっただろうな・・・と思う。

普通だったら、3か月間のピアノの特訓がいかに大変だったか、撮影がいかに大変だったのかを語るのだろうが、彼はこう言っている。「ピアノはずっと習ってみたかった。弾いてみたかったんだ。でもその機会がなくてね。今回、仕事でピアノを習えることになった。ラッキーだと思ったよ」

3か月で弾けるようにしなければならない・・・ではなく、ラッキーだと思った・・・

もちろん週1回、30分レッスンということではなかっただろう。猛特訓だったはずだ。でも彼の本職は俳優。ピアノだけを弾いていたわけでもないだろう。映画の中で、彼はピアノだけではなく、歌も踊りもこなしている。まぁ、ミュージカル映画なのでそうなる。

3か月でピアノを弾けるようにしなければならない、これを打撃と捉えず、自分を成長させるチャンスと捉えたわけだ。この発想は、いかにも西洋人らしい発想とも感じるが、今年はこのような発想をしていくということを自分なりの抱負にしようかなと。「~ねばならない」「~なので生意気と思われる」とか、そうではなくチャンスだと、自分を成長させるチャンスなのだと。そして彼のように楽しみながら・・・かな。

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category: kinema

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お知らせ 

 

ちょっとお知らせです。2月25日の僕のコンサートですが、1名キャンセルがありましたので、新たに1名の方の申し込みを受け付ける、というか、申し込みをお待ちしております。無料の演奏会ですが、気が向いたらプラ~っと聴きに行ってみよう・・・ではなく、完全予約制となっています。小さな会場なので。このブログのメールフォームからお申込み下さい。一人でも多くの方に聴いて頂きたいという、素朴、かつ熱い想いがあります。

すでにお申込み頂いている方たちにもお知らせです。曲目ですが、次のように決定しました。いくつかの曲は今日、決定しました。間に合うのか・・・という感じですが。

バッハ~コルトー       アリオーソ
チマローザ           ソナタ イ短調
ショパン             ノクターン ハ短調 遺作  変ホ長調 Op.9-2
                  バラード 第1番

ヒナステラ           ミロンガ
グラナドス           「ゴイェスカス」嘆き、またはマハとナイチンゲール
ラレグラ             ビバ ナヴァラ!

ゴドフスキ           懐かしきウィーン
ジーツィンスキー       ウィーン、わが夢の街
カールマン~ハフ      初めての口づけも知らずに
シュトラウス~ドホナーニ  宝石のワルツ

フォーレ~グレインジャー  夢のあとに
プーランク           愛の小径
ブローウェル         11月のある日
ラミレス             アルフォンシーナと海

リスト              メフィストワルツ第1番

会場はこちらになります。http://www.musicgalleryarietta.com/

時間は未定ですが、午後です。夕刻ではなくお昼過ぎ。

申し込みに関しては、先着順ということになります。1名なので、沢山のお申込みを・・・とは言えないですが、お待ちしております。チケットを印刷して・・・などということもないので、お申込み頂き、僕からの返信メールがあれば、あとは当日来ていただくだけということになります。とても小規模(アットホームと言うのか?)な演奏会です。

kaz


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category: リサイタル

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電子ピアノは、ただの電化製品なのか? 

 

「えっ、電子ピアノで練習しているんですか?」たまに言われる。個人的には電子ピアノでも練習は可能だと思っている。それも「ただ弾いてみました」ではなく、それ以上のことを追及することも可能だと思っている。電子ピアノの機種、ランクにもよるだろう。卓上キーボードでは辛いだろうなと思うし、その楽器で弾き続けるのは厳しいとは思う。でも「電子ピアノだとダメ」ということもないと思う。

日頃グランドピアノで練習している人の方が、電子ピアノで練習している人よりも、常に音楽的に演奏する・・・なんていうことはないだろう。アコースティックのピアノ対電子ピアノ・・・みたいに、あまりに語られてしまうと、ある本質みたいなものが見えてこなくなる可能性もある。ここが怖いと思う。少し狭く、固く考えすぎというか。

たしかに電子ピアノとホールのグランドピアノでは異なるところは多いだろう。でもグランドピアノ同士の個体差というものも、実はかなりあるのではないだろうか?スタインウェイのグランドピアノが自宅にある、それは最高だろうが、でも8畳間に防音・・・みたいな環境では、本番のピアノとの差は、やはりあるだろう。ピアノの個体差もだし、空間も異なる。

自宅にホールを作ってしまえばいいのだろう。天井まで7メートルあります・・・のような?そこにグランドピアノを設置し、人前演奏はすべて自宅で行えばいいのだ。そうすれば楽器の個体差、環境の違い・・・のようなものは解消されるだろう。でもそんな人、まずはいないよね。

「やはりグランドピアノでないと・・・」「電子ピアノでは限界がありますよ」「電子ピアノだとダメなんですか?」そう言い合っているよりも、もっと柔軟に、違うことにも目を向けてみてもいいのではないか?

「練習の時と同じように本番でも弾けるようにするため、何回も練習する」この「同じように」という考え、いつでも、本番でも崩壊しないようにという考え。そうではなく、本番では想定外のことが確実に起こるのだと想定し、「いつでも同じ」ではなく「同じではなくなった時にどうするか」的な臨機応変さ、柔らかさを日頃の練習で行う方が、電子ピアノ論議をするよりもいいのではないか?

「できないから」ではなく「できること」を考えるというか?固くならないようにというか?柔軟にというか?

音出し厳禁というマンションは多い。夜にしかピアノを弾けないという人も多い。僕のように早朝に弾く事が多いという人もいるだろう。出勤前、5時から・・・とか。「電子ピアノだと~だから」ではなく、できることを考えてみてもいいのではないか?柔軟に・・・

日頃グランドピアノで練習している人は、例えばこの動画の人よりも、常に音楽的に弾けるのだろうか?

電子ピアノって、ある意味「裁かれる」ことが多くて、気の毒に感じる。

kaz




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category: ピアノ雑感

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