ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「どんなに愛していたことか・・・」 

 

ピアノを辞める理由、「先生が嫌い」「練習が嫌い」「上手くなりそうにもない」「忙しくて」「勉学、進学との兼ね合い、優先順位として」・・・と、まぁ、色々とあるだろうが、自分の経験からすると、そのような理由の他に「将来図が描けない」「希望が持てない」というものがあったように思う。

「一応合格ね。次の曲を練習してきなさい」ピアノのレッスンって、意外とその繰り返しだったりするのではないだろうか?人前での演奏、それは年に一度の発表会。「ねぇ、しっかりしてよ?間に合うの?」・・・ピアノなんて嫌いだ!!!

子どもだって将来図はシビアに描くものだ。ピアノ、嫌いというほどではないけど、このままレッスンを受けて練習して、一年後、二年後、それは自分にとって心躍るものだろうか?少しは今よりも上達しているかもしれないけれど、でも心躍るというものでもない。つまらないな、魅力があるものでもないな、辞めよう・・・

発表会の選曲。いきなり「何が弾きたい?」とその時だけ言われても生徒は困惑するのではないだろうか?日頃、「ハイ、次の曲」という感じでは、困るだろう。日頃から「課題をこなす」とか「曲を仕上げる」ということだけではなく、子どもなり、生徒なりのサウンドどして表現する独自の世界観をレッスンで育んでいるだろうか?

レッスン室でのホームコンサート、どんなに初歩と思われる生徒でも、15分とか20分のステージを経験させる。「曲を弾きこなす」ではなく、その生徒なりの世界観、独自の世界を音楽として表現させてみる・・・

「ねぇ、間に合うの?」ではなく、どんなにシンプルな曲の組み合わせでもいいから、音世界として表現させてみる。「お友達とか御両親を呼んで弾いてみない?あなたの世界をその人たちに伝えてみない?」みたいな?「そろそろやってみない?」みたいな?

曲を弾く、仕上げる・・・それだけではなく、音楽の持つ力、初歩でも中級でも、それは表現できるのだと日頃のレッスンに組み入れていく。「あなたの世界」「あなただけしか表現できない音世界」・・・

一年に一度の発表会とは別に、ステージ経験、曲を・・・ではなく音世界。コンクールに出場させて・・・それもいいのかもしれないが、それよりもレッスン室、教師の自宅でのホームコンサート。

子どもって純粋で無邪気?そのような面もあるのかもしれないが、人間の本質に迫る想い、感情は感じている可能性はあるかもしれない。「死ぬほど愛した」とか、そのような感情、それを音として表現した曲に寄り添うということは子どもにはできないというのは違うような気がする。自分の経験から判断するとね。

「どんなに愛していたことか」

僕があなたをどんなに愛していたのか
あなたにはわからないだろう

こんなにも美しく、心に描き、そして生きて、そして死んで・・・
そうしてまであなたの影を追い続けた

そんなふうに僕はあなたを愛した

子どもには無理な世界なのだろうか?上達して専門的に学んで難関音大を目指す人だけの世界なのだろうか?プロだけに開かれた世界なのだろうか?

「ねぇ、そろそろあなただけの世界を発表してみない?世界中であなただけしか表現できない世界、皆さんの前で演奏してみて伝えてみない?」このようなホームコンサートをしてくれる教師がいたらいいなぁ・・・と思う。

もし、子どもにもそのような世界があるのだとしたら、気づかないで「ピアノ・・・さようなら」では寂しいようにも思う。

kaz




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category: レッスン

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音源を参考にしますか? 

 

自分が弾いている曲の音源を参考にするだろうか?それとも自分が弾いている曲のCDなどは一切聴かないのだろうか?ショパンの○○という曲を弾くとして、二人とか三人だけの有名どころのピアニストの演奏を一応聴く、これがいいとか悪いということではなく、それしかしないというのは少々寂しい気もする。ピアノを弾いているのだし、ピアノが好きなんだから、ピアノしか聴かない・・・少々寂しい。

参考音源としてのサウンドの引き出しのようなものは、沢山持っていた方がいいような気がする。

ドヴォルザークの「ユーモレスク」を先日弾いた。幼いころより親しみを感じていた演奏はヴァイオリニストのクライスラーの演奏。大人になって、ピアノを再開してからはピアニストのフリードマンの演奏も知った。この二人の演奏に魅力を感じる。でもそれしか聴かないとか、多くの人の「ユーモレスク」を聴きまくるとか、そのようなことはあまりしなかった。

「ユーモレスク」を弾くために、音源として参考にしていたのは、ヴンダーリヒとかプライのようなドイツ系の歌手の歌唱。それも「ザ・歌曲」とか「ザ・アリア」のような本格的(?)クラシックではなく、軽めというか、オペレッタとかポピュラー系の曲を聴いていた。僕自身が理想としていた「ユーモレスク」のサウンドと似たサウンドを彼らは歌で具現化していたから。

彼らの歌っていた(僕の聴いていた)曲と「ユーモレスク」とで共通点があった。ABAという形であること、跳躍も3度とかの連続が多く、超絶系の動きは皆無であること、メロディーとして覚えやすいというか、どこか口ずさめるような親しみやすさがあること、彼らのような歌い方は、長調のメロディーでも、どこか哀愁というか郷愁のような、かすかな切なさを感じさせるところ・・・

「ああ、このような効果をユーモレスクに盛り込めたら・・・」「彼らは何をしているのだろう?」

むろん、実際に歌を歌うわけではないが、彼らのやっていることを盛り込めたらいいなと思ったのだ。「きゃっ、素敵!」と鑑賞者としてただ聴くのではなく、参考音源として聴くのだ。最初のメロディーが再現されたとき、同じように歌わずに、彼らはあることをしている・・・とか、そのようなことに留意して聴いてみる。ただ「いいな・・・」ではなく何故に「いいな・・・」と感じるのか、そう感じさせる要素を探りながら聴いていくのだ。

不用意に弾くとあっけらか~んとなってしまうようなシンプルなメロディーを彼らはどう処理しているのだろう?

まず、自分が演奏する曲に対して、「このような音世界が欲しい」という明確なものを自分の中に持つこと、ピアノだけではなく、ピアノ以外の楽器とか声楽の曲にも自分の理想サウンドに近い演奏を求め、探していく。見つかったら「何をしているのだろう?」「どうして素敵に聴こえてくるのだろう?」と分析(?)していくのだ。そして実際にやってみる。本番でできるかどうか、そこよりも、実際にやってみる過程にワクワクしないだろうか?

自分が惹きつけられた演奏、そこには理由があるのだから。踏み入ってみるというのもピアノを弾く醍醐味のような気もする。

「ユーモレスク」を弾くために最も多く聴いていたのがヴンダーリヒの歌うこの曲・・・

kaz




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category: ピアノ雑感

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今年のピアチェーレ終了 

 

第4回ピアチェーレの演奏会、終了しました。お越し下さった方々、ありがとうございました。現在、沢山のプレゼントに囲まれています。お菓子が多かったので、すぐに食べてしまいますが・・・

自分の演奏直後に抱く感想としては、多くの人がそうだと思うけれど、「もう少し冷静でいられたら、あのアクシデントにも、もっと冷静に対処できはず」「練習の時はもっと上手く弾けていたのに、本番でのあの演奏が自分のすべてと聴いていた人に判断されてしまうので、なんだか残念」みたいなこと。この思いは、ある意味自然なものだとも思う。フィギュアスケートの競技会などでも、直前の練習では跳べていたジャンプを本番では転倒したりする。「さっきまで、あんなに軽々と跳べていたじゃないの?」みたいな?それが普通なのだろう。本番特有の何か・・・はある。

「演奏というのはね、自分がどう弾けたのかは関係ないの。聴いている人がどう感じたかが大切なの」この原智恵子の言葉はごもっともだと思うが、やはり演奏した本人にとっては「どう弾けたか」という部分においての後悔、反省点は重く圧し掛かるものだ。でも、ここである程度、その思いとの距離を持ってみるのも大事だろうと思う。あまりに「今度はミスなく弾けるように」とか「今度は失敗しないように」と、そこばかりに重点を置くのも、やはり違うだろうから。ミスのない演奏=魅力的な演奏ではないのは、知っているわけだから。

バランス感覚・・・なのだと思う。「演奏ってミスがあっても人がいいと思えばいいわけでしょ?ミスの有り無しよりも感動よ、そうよ、そうだわ!」と、あまりにここにシフトしてしまうと、今度はネジのゆるんだような、緊張感が皆無のような演奏になってしまう可能性もある。

人の演奏に聴き手として自分は何を求めるのか、これを自分にも当てはめてみればいいのだと思う。意外にこれは難しいものだ。

演奏直後は特に自己肯定のバランス感覚が難しくなるように思う。誰でもそうなのかもしれないが。

ここまで書いて、お気づきだと思うが、昨日のピアチェーレの演奏会、個人的には自分の演奏に関して、あまり満足できてはいない。「今回は集中が持続せず、今一つだったかな・・・」と。でも聴いてくれた人たちの感想は、僕のそれとは、また違ったものも多かった。今までは、自分の出来栄えという観点だけで終わっていたところもあったが、これからは聴いていた人の感想も自分なりに、どうしてそう感じてくれたか、思われたか・・・と考えてみようとも思う。まぁ、ここもバランス感覚が必要だと思う。

第5回、来年のピアチェーレの演奏会は11月18日(土)の予定。会場は同じく雑司ヶ谷音楽堂になる。「来年は何を弾こうかな?」という瞬間が一番楽しい。

本番直後に元気をもらえる言葉がある。バーブラ・ストライサンドの言葉。


「経験とか芸歴とか関係なく、今、この瞬間の自分を最も素敵にみせること。そして楽しむこと」
                                           バーブラ・ストライサンド




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category: ピアチェーレ

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昔々、あるところに・・・ 

 

二日遅れだが、11月22日はスティーヴン・ハフの誕生日だった。1961年生まれということだ。ピアチェーレの演奏会、最後にスティーヴン・ハフの編曲版「眠れる森の美女」を演奏する。チャイコフスキーの原曲をパウル・パブストがピアノ用に編曲したバージョンを、さらにハフは編曲している。二重編曲?

パブスト版の豪華でフリルヒラヒラバージョンを現代風に、スタイリッシュに改作した・・・という感じだろうか?パブスト版は、いかにもピアノ技巧を盛大に盛り込んだというサウンドだが、ハフ版は、スッキリとキラキラとしているような?

スティーヴン・ハフが少年期に過ごしたイギリス、ホイレイクという田舎町(村?)をグーグルマップで散策してみる。「まっ、素敵!」という風景ではある。でも暮らすとなると、少し刺激に欠けるかもしれないなどと思ったりもする。

ハフは自らゲイであることを公言している。ハリウッドの俳優にはカムアウトした人は多いけれど、ピアニストでカムアウトした人は非常に珍しいように思う。「絶対にそうだよねぇ・・・」と噂される人はピアニストにも多いのかもしれないが。

1960年代のホイレイク、ハフ少年は苦しんだのではないかと想像する。「僕はサッカーの選手になる」「僕はパイロットかな」その中で「僕はピアニストになってキラキラした世界を再現したいんだ」とは言えなかったのではないだろうか?「クリスマスのプレゼント、プラモデルか・・・本当は綺麗なお人形がよかったのに・・・」とは言えなかった。保守的なホイレイクでそれを公言することは、仲間からの追放を意味したのではないかと・・・

ピアニストとして活躍するようになり、自らのセクシュアリティを公表したハフは、演奏という行為の他にも作曲家として、かつて憧れたキラキラした世界をサウンド化したのだと思う。「僕はお伽噺が好き・・・キラキラした夢の世界が好き・・・」

ハフはピアニスト、作曲家としての側面の他にも作家、画家としても活動している総合的アーティスト的な面もあるから、おそらく「眠れる森の美女」の原作もバレエも、そしてディズニー映画にも接していたと想像する。

「ああ、このキラキラした世界を音にしたい・・・」かつてのハフの憧れと共に、この曲からハフ自身のセクシュアリティへの誇りさえ感じてしまうのは、勘ぐりすぎだろうか?

「フィリップ王子が眠れるオーロラ姫に口づけし永遠の愛を誓うと、オーロラ姫は魔女の呪いから解き放たれるのだ。お姫様と王子様は一生幸せに暮らすのだ」

昔々、あるところに・・・

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category: ピアチェーレ

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ピアニスト フリッツ 

 

聴く者の心の襞に入り込んでくるような演奏とでも言うのだろうか?「君だって精一杯生きてきたじゃないか?それでいいんだよ、それで・・・」と言ってくれているようなユーモレスクだ。

個人的な感想だが、「ユーモレスク」の演奏で最も好きな演奏がフリッツ・クライスラーの演奏。彼の編曲により、ユーモレスクはピアノ曲というよりは、むしろヴァイオリンで演奏される機会の方が多いのではないか?

最初にクライスラーのピアノ演奏、次にヴァイオリン演奏での「ユーモレスク」・・・

どちらもため息ものの演奏だ。楽器というものは手段なんだね。目的は音楽、楽器を弾きこなすことではない。

クライスラーは、かつてウィーン・フィルの入団試験を受けたのだそうだ。結果は不合格。「演奏が粗野である」「初見能力に問題あり」ということだったらしい。意外だねぇ・・・

ヨーロッパが混迷していた時期、彼はパリに逃げたりアメリカに渡ったりしている。第2次世界大戦の時、アメリカ移住を決意し、アメリカ人にさえなった。偉大な名ヴァイオリニストとしての評価も定まっていたし、尊敬もされていただろう。でも考えてみれば、アメリカにとってはクライスラーの祖国オーストリアは敵国であったわけだ。アメリカ人となったクライスラーにとって、「ウィーン」という街、「ウィーン」という言葉は胸に突き刺さったのではないかと想像する。

楽器というものを超えた人をアーティストと呼ぶのではないだろうか?

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category: ピアチェーレ

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難易度 初級上 

 

3曲目に演奏するのが、ドヴォルザークの「ユーモレスク」、最も有名な7番、というか、ユーモレスクと言えば7番なのではないだろうか?この曲はカスキの「夜の海辺にて」以上に発表会で演奏される機会が多いのでは?動画でも子どもの演奏が多い。5歳ですとか7歳ですとか・・・

ガーシュウィンが子どもの頃、初めて接したクラシック作品が、このユーモレスクであったらしい。そして音楽家の道を目指したと。僕自身の記憶を辿ると、いつ聴いたのか定かではない。レコードなどで「これがユーモレスクです」ときちんと(?)鑑賞した記憶もないし、ピアノ教室の発表会などで聴いた記憶もない。でも知っている。昔、歌謡曲全盛期の頃のヒット曲みたい。なぜか知っている・・・みたいな?

この曲の難易度ってどうなっているのだろう?調号が多い。フラット6つ。調号が多いと譜読みが困難と一般的にはされていると思うけれど、譜読みの時って一つ一つ音を読んでいくものだろうか?一つのかたまりというか、グループ読み(?)みたいに読むのではないだろうか?そうするとGフラットの調って意外と弾きやすいように思う。簡単にアレンジされたト長調のものよりも、黒鍵が多い分弾きやすいかもしれない。

難易度、全音ピアノピースのサイトで調べてみた。「B」ということだ。つまり「初級上」という難易度らしい。中級ではないんだ。

初級上だけれど、この曲は子ども御用達の曲でもないだろうと思う。成熟した(しすぎた?)大人のユーモレスクがあってもいい。「中間部、哀しげな旋律になるわね、最初の部分は中間部との違いをはっきりさせるために、リズムも弾んだ感じで明るく弾きましょう、付点のリズムをもっと意識して。ラッタタッタ ラッタタッタ・・・」

動画でも、そのような演奏が圧倒的に多い。最初の部分、むろん悲劇的でもないし、重厚でもないが、明るくもないのでは?どこか胸がキュンとするような、郷愁を感じさせるような、一抹の寂しささえ感じさせるような?暗いですか、明るいですか・・・では分類できないような微妙な感じ?大人のピアノではこの微妙な部分を表出したい感じだ。もっとも、プロの演奏家でも、この微妙なニュアンスの再現に成功している人は非常に少ない。オリジナルのピアノ版ではイグナツ・フリードマンの古い録音、ヴァイオリン編曲版ではクライスラーの演奏と、美音で聴かせるエルマンの演奏に個人的には惹かれる。

多くの人、子どもも大人も、プロもアマチュアも「ラッタタッタ」と何故か明るい。そのような曲・・・ということなのだろうか?

この演奏は全音ピースのサイトにあったもの。つまり全音楽譜出版社が自信を持って提供する模範演奏なのだろう。きちんと弾けているし、これはこれでありなのだと思うが、このように弾かなければならないというものでもないだろう。

もっと違うもの、もっと微妙なニュアンス、この部分に踏み込んでいくのも大人ピアノの醍醐味かもしれない。

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category: ピアチェーレ

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罪のようなメロディー 

 

二曲目、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」この曲のメロディーは非常に美しい。ラフマニノフ最上のメロディーかもしれないなどと個人的には思う。ここまで美しいと、それはもう罪・・・

会場の雑司ヶ谷音楽堂は小さな会場ということもあり、ステージ(客席との段差はないが)から客席がよく見える。いっそのこと客席が遠く真っ暗の方が演奏する側としては演奏しやすいのかとも思うが、結構聴いている人の顔とかよく分るのだ。弾いているときにはさすがに見ないけれど。

一応、演奏会だから、聴きに来てくれた人も「外出です」的な服装はしている。華美ではないけれど、普段着でもないような?とても幸せそうに見えるんだな。「弾かない人は気楽でしょうよ」とか、そのようなことではなく、聴き手の各人生が穏やかであるような印象。そりゃそうだろう。悲痛な面持で演奏を聴く人なんていないだろうから。でも、それぞれ顔には出さないし、言葉にも出さないけれど、色々とあるんだろうなと思う。死んでしまいたくなるような薄幸さ・・・ではないかもしれないが、苦しいこと、押さえ込んでいること、あるだろうな・・・と。僕はそのような時、音楽に助けられてきたような気がする。音楽にはそのような光があるのだと・・・

一筋でいいから、たった一瞬の光でいいから、僕から音楽として何かが届けばいいと思う。むろん、実際に弾きながら「あそこに座っていたAさんは」などと思って弾いているわけではないが、自分がかつて感じたものを、今度は・・・みたいな野望(?)はある。一生単位で、できればいいことなんだけど。

ラフマニノフの歌曲は大半は亡命前のロシア時代に作曲されたもの。「ヴォカリーズ」ももちろんそうだ。ラフマニノフにとって歌曲はロシアそのものだったのではないだろうか?

亡命後、ラフマニノフは、なかなか作曲をしなかった。友人であるメトネルが質問したんだね。「何故再び作曲を始めないんだね?」と。むろん、ピアニストとしての活動が超多忙ということもあったのだと思うが、彼はメトネルにこう答えたのだそうだ。

「もう長い間ライ麦のささやきも、白樺のざわめきも聴いていないんだ。僕にはもうメロディーがないんだ・・・」

この曲をパラパラと、ただ弾いてしまっては、それこそ罪であろう。この曲は「泣き」が欲しい。演奏しながらな泣くのではなく、音が泣く・・・

個人的に理想の「泣きヴォカリーズ」は残念ながらピアノバージョンではなく、オリジナルの声楽でもなく、ヴァイオリン。ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ、今一つ日本では知名度が低いというか、知ってはいても、あまりお好きではない崇高な人が多いようなのだが、僕は大好き。音が泣いてるよ・・・

やはり、このメロディーは罪だと思う。

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category: ピアチェーレ

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メロディーは死滅していない 

 

今度の土曜日、26日がピアチェーレの本番。人並みに(?)緊張したり、どうしよう・・・などと感じているべきなのかもしれないが、まだその実感はない。今のところは、聴いている人が退屈しなければいいなと。自分がどう弾けるかとか、そんな感じではない。あと数日すると、自分都合の感じ方、聴いている人がどう・・・ではなく自分がどう・・・となっていくのだろうか?

思いつくまま、自分の演奏する曲などについて書いてもいいかもしれない。でも、曲の調性や形式など、そのようなことをツラツラと書いても面白くないような?まぁ、重要なことではあるけれど。

一曲目、ヘイノ・カスキの「夜の海辺にて」だが、この曲は結構有名なのではないだろうか?発表会などで演奏されることも多いような?でもプロのピアニストのリサイタルで主要レパートリーとして演奏されるという曲でもないような?何故だろう?カスキの曲に限らず、サロン風と分類されるような曲は、今のリサイタルでは、あまり歓迎されないのだろうか?

カスキは同じフィンランドの作曲家、シベリウスと同じ年、同じ日に亡くなっている。むろん、シベリウスは国葬。でもカスキの死は新聞の片隅に小さく掲載されただけであったという。作曲家、ウーノ・クラミはカスキについてこのように書いている。「無数の湖の悲しみを音楽で伝えた最後の作曲家。そして、もはや過去の人である」

クラミの予言(?)どおり、カスキの名前、曲は急速に忘れられていったようだ。フィンランド内では知られた存在だったのかもしれないが。

革新的なこと、カスキの流儀ではなかったのだろう。様々な音楽への実験、試み、時代は革新の波があり、カスキのような曲は時代遅れとされてしまったのかもしれない。このようなことを書いていて、ある作曲家を連想した。それはトスティ。カスキよりも時代は前になるが、トスティも革新的に進むというよりは、時代の主流に逆らってでも美しい、ロマンティックな曲を書き続けた人だ。そのような点でカスキとトスティはロマンティックな人たちだったのかもしれない。

トスティの曲は、とても20世紀まで生きた人とは思えないほど甘美で美しいメロディーに溢れている。300曲以上の歌曲をトスティが書き続けていた頃、ストラヴィンスキーの「春の祭典」だのスクリャービンのピアノソナタなどは、世に出ていたのだ。それらの音楽からすると、トスティの歌曲は前時代の遺物なのだろうか?サロン風音楽は時代遅れ?

トスティの歌曲、今でも大変有名だ。その点でカスキとは多少異なる。何故だろう、二人とも時代に逆行するような音楽を書いたのに。何故にピアノのカスキは「知る人ぞ知る」的で歌のトスティは有名だったのか・・・

トスティって声楽を学ぶ人が必ず通る道というか、教材になっている。ごくごく初歩とされる人でも古典イタリア歌曲集(実はアリアだが)をある程度こなすと、「次はトスティの○○という曲をやりましょう」となるのが普通らしい。トスティが風化されなかった一つの理由ではあるだろう。ピアノでも耳ダコの曲というか、超有名曲は人前では弾きにくいとされているようだが、トスティを人前で歌うとしたら、そのような意味では「幻想即興曲」を人前で弾くよりもトスティ歌曲は勇気が必要かもしれない。例えば、声楽の演奏会、聴き手の大半は声楽家、声楽を学んでいる人ということになると、聴衆の多くが歌手の歌うトスティはすでに暗譜で歌っている可能性が非常に大きいのではないかと思われる。これは辛い・・・

もう一つの理由、そしてこちらの理由の方が重要だと思うけれど、カスキの曲は偉大なピアニストたちが演奏してきた歴史はない(とは言えないかもしれないが、少ないとは言える)が、トスティ歌曲はカルーソーをはじめ、彼の芸術を受け継ぐような偉大な歌手たちが演奏会や録音でトスティ歌曲を大切に大切に歌い継いできた歴史がある。カルーソーが歌う自作の曲をトスティ自身も聴いていたはずだ。その歴史、伝統が現代にも引き継がれているのでは?

ピアノのリサイタルよりも、声楽(歌曲)のリサイタルの方が、大曲至上主義ではないというか、どこかサロン風な趣を現代でも残しており、そのようなこともあり、声楽の世界ではトスティは超有名人であり、トスティ歌曲は超有名曲なのではないかと・・・

時は現代、一人ピアノと対面しながら、ヘイノ・カスキの小品を弾く。何故かトスティを弾いている気分になってくる。20世紀にも、このようなメロディーが紡がれていたのだと・・・

メロディーは死滅したのか?聴き手が「あら、素敵なメロディーね」「哀しげで心に訴えてくるメロディーね」と感じたのだとしたら、現代でもメロディーは死滅していないと思う。そう切望する・・・

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category: ピアチェーレ

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モニカ・ゼタールンド 

 

これが実際のモニカ・ゼタールンド。

美しい人だったんだな・・・と思う。この人は火事で焼死してしまうんだね。波乱万丈の人生だったとも思う。

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category: The Singers

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「ストックホルムでワルツを」 

 

モニカ・ゼタールンドという歌手のことは全く今まで知らなかった。1960年のスウェーデンの片田舎の小さな街、モニカは電話交換手をしながらジャズ歌手になることを夢みていた。

彼女の父親はジャズプレイヤーだった。テナーサックスの奏者だったようだ。モニカはジャズを聴きながら育った。英語の意味も分からないながら、見事に歌ったのだという。ジャズに囲まれた家庭環境であったわけだ。でも父親はモニカを応援するわけではなかった。おそらく、モニカが5歳の娘を持つシングルマザーであったこと、仕事の合間にジャズ歌手として地方巡業に出かける母親を見送る孫娘の切ない顔を見ていたこと、「ママ・・・クリスマスはいないの?」「そう。おじいちゃんと過ごしてね・・・」そんな様子も知っていたのだろう。あとは、自分自身が北欧、スウェーデンでジャズ奏者として、いかに苦労したか、その思いを娘にはさせたくなかったのかもしれない。

「お前は母親なんだ。お前は子どもの頃からそうだった。木のてっぺんに登らなければ気がすまなかった。他の子が途中であきらめてもお前は違った。だから死ぬ思いをするんだ。お前には娘がいる。家族がいるんだぞ?周囲は迷惑するんだ」

「私は外の世界を知りたいの。木のてっぺんからの景色は素晴らしいのよ。パパはその景色を見ようとしなかった。挑戦しなかった。だからパパは成功できなかったのよ」

モニカはスウェーデン内では、そこそこ知られる歌手となった。アメリカ制覇、ジャズ歌手として誰もが夢見ることであろう。結果は思わしいものではなかった。「美貌のスウェーデン歌手、実力不足」と新聞に書かれる。歌を聴いてもらったエラ・フィッツジェラルドにはこう言われてしまう。「あなた、歌の意味が分かってるの?誰かの物まねじゃなく自分の気持ちを歌わなきゃ」惨敗である。

母国語、スウェーデン語でのジャズ、モニカの挑戦だった。「ジャズは英語で歌うものだ」多くの偏見と闘いながら、モニカは自己を確立していく。歌手として多忙を極めるほど、娘との距離は広がり、母親として苦しんでいく。「お前は母親失格だ。あの子は俺と暮らす。もっと家族を大切にしろ」父親はモニカを突き放す。「自分の娘の歌をパパは聴いてもくれない。それでも父親なの・・・」

酒浸りになり、自己管理能力さえ疑われていく。自殺未遂、入院・・・

復帰したモニカは再び夢を追った。憧れのビル・エヴァンスとの共演。「何を夢みたいなことを言ってるんだ?彼は君の存在すら知らないんだぜ?」「もうデモテープは送ったわ」

そしてビル・エヴァンスからの答え、「素晴らしい歌でした。一度ニューヨークで一緒に僕と歌いませんか?」

ニューヨークでは美貌の北欧からのジャズ歌手を今度は暖かく歓迎した。モニカとビル・エヴァンスの共演は、スウェーデンにも実況放送された。

モニカの滞在するニューヨークのホテルに国際電話がかかってくる。父親からだった。

「モニカか?国際電話は高いからな。何というか・・・聴いたよ。とても感謝しているというか・・・お前は私に木のてっぺんからの景色を見せてくれた。感謝しているよ」

ここまで映画の内容を書いてしまうと、完全にネタバレということになるのであろうが、一度モニカ・ゼタールンドという人の歌声を聴いて欲しいと思う。夢を追った人の歌、そんな気持ちにさせてくれるから・・・

kaz




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category: kinema

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深い感情 

 

「言葉では表現できない深い感情を、音楽は明確に示してくれる」

            レナード・バーンスタイン





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category: 音楽家の名言

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名言 カルロ・ベルゴンツィ 

 

「私は歌っているのではありません。ただ呼吸をしているだけです」

      カルロ・ベルゴンツィ




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category: 音楽家の名言

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名言 アルトゥール・シュナーベル 

 

「音符の間の休み、ああ、そこにこそ芸術がある」

            アルトゥール・シュナーベル




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category: 音楽家の名言

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名言 マリア・カラス 

 

「修練と勇気、あとはゴミ」

     マリア・カラス





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category: 音楽家の名言

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教師の背中 

 

実際のレッスンで、ではどれくらい教師は弾いてあげるべきだろう?ピアノ教師もピアニスト・・・ということと矛盾しているかもしれないが、どれくらいとか、そのようなことではないような気がする。弾いて示さないで口頭だけで伝えるという方法だってあるだろうし、ケースバイケースということもあるだろうと思う。

生徒としては、同じ道を歩んでいるというのかな?教師自身がピアノに、そして音楽に焦がれていて欲しいと思う。

音楽を聴き、それが圧倒的な演奏だったりすると、胸が痛くなるような思い?苦しく熱くなるような?その世界に身を置きたくなる。傍観者として「あら、素敵♡」ということだけではなく、「ああ・・・自分もこのように・・・いつかは・・・無理かもしれないが・・・でもいつかは・・・」みたいな?封じ込めることが不可能なほどの強い、苦しいほどの音楽に対する憧れ・・・

だからピアノを弾いているわけだ。聴くだけではなくね。これでよしということはないようなことだ。でも先に歩んでいる人を身近に感じたい。先に歩んでいる人の背中を見てついていきたい。先に歩んでいる人、それが自分のピアノ教師であって欲しい。

弾かないでそれは可能だろうか?背中を見ている生徒はついてくるだろうか?

アンジェロ・ロフォレーゼ、92歳の時の歌声。92歳!!!

誰でもが可能なことではないし、こうあるべきというのとは少し違う。でも彼は何歳であろうと憧れを持ち続けている。それは彼の生徒ではない僕にも伝わってくる。

「生徒を上達させること。自分が華麗に弾きこなすのが仕事ではない」

何か違うような気がする。

生徒は教師の背中を見ているものだ。

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category: レッスン

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有言実行ピアノ教師 

 

ピアノ教師は生徒にピアノを教えること、生徒を弾けるようにさせるのが仕事。ピアノ教師の仕事は自分自身が華麗に弾きこなすことではない。このような意味のメールを以前に頂いたことがある。要するに、ピアノ教師はピアニストではないということなのだろうか?コンサーティストではない・・・ということだったら、演奏による収入ではなく指導(レッスン)によって収入を得ているので、なんとなく分らないでもないのだが、ピアニストではない・・・となるとどうなのだろう?

例えば、今日はパリ、明日はモスクワ・・・のような演奏活動をしている、あるいは、今月は東京と名古屋、再来月は札幌・・・というような演奏活動をしている、このような人をピアニストと呼ぶのだろうか?ピアノを弾く人=ピアニストと認識してしまうと問題なのだろうか?

それよりも、いわゆる指導、レッスンで生徒に演奏を聴かせる場合、自分が弾けなかったらどうするのだろう?別に全曲を模範演奏のように弾きこなす必要はないだろう。でも、一部だったら?この場合、ピアノ教師はピアニストである必要はないだろうか?

「そこは○○でなく△△のように弾きなさい」とか「そこはそうではなく・・・」という場合、口頭だけではなく「こんなふうに・・・」と教師が弾いてみたほうがいい場合だってあるだろう。

生徒に弾けるようにさせるために、やはり教師は弾けたほうがいいのでは?もし教師が弾けない・・・ということはないまでも、「人前でクラシックの曲を弾いたのは、えっと・・・音大の卒業試験の時かしら?」では、やはり無理があるのではなかろうか?

生徒が弾けるようになったとき、あるいはとてもよく弾ける大人の生徒の場合、メカニックと音楽性というものを、どこか切り離してしか捉えられていなく、またその自覚もない場合、救ってあげられるのは教師だけではないだろうか?この場合、なぜそうなってしまうか、つまり音楽としてなぜ平坦に聴こえてしまうのかの、具体的な救済、アドバイスは教師の説明と、実際の演奏によって解明され、それが「指導」となるのでは?メカニックと音楽的表現は結びついていて、それは具体的な「テクニック」として具現しなければならないとしたら?

「何故そんな風に弾けるんですか?」「あなたのはこうなってるの。でも私はこうしてるでしょ?」「あっ、本当だ・・・」みたいなレッスン?口頭だけでそのようなことは可能なのだろうか?

「発表会はもうじきなのよ?暗譜できてないじゃない?どうするの?」・・・「どうするのって・・・先生が暗譜で弾いているの見たことない」

「聴いている人の心に訴える演奏をしましょう」・・・「でも先生の演奏、聴いたことないし・・・」

このようなことって巷では結構あるのでは?生徒は教師の背中を見て育つ・・・

ピアノ教師よりも声楽教師のほうが実際に歌ったりしているように思えるのは気のせいか?

アンジェロ・ロフォレーゼ、一部の声楽家の間では非常に有名な人のようだ。

① 有言実行・・・つまり実際に生徒の目の前で手本を示す
② 一生現役・・・何歳になっても舞台で歌う

声楽って、肉体が楽器だから、楽器そのものは衰えていくだろう。それはピアノなどとは比較できないほど歴然とした厳しいものだろう。でも歌って示す教師はピアノよりも多いかもしれない。

これはロフォレーゼのレッスン風景。やはり歌っている。この時、彼は70歳なのだそうだ。

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category: レッスン

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また逢う日まで 

 

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」は1971年のヒット曲なのだそうだ。僕は小学生になったばかりだったと思うが、記憶にある。「歌が上手い人だなぁ」と。

渡辺真知子のデビューは1977年なのだそうだ。「迷い道」とか好きでした。この人も「歌が上手い人だなぁ」と思った。

尾崎紀世彦が亡くなってしまっているのは非常に残念だが、このパフォーマンスは、テレビに頻繁に登場していた頃の二人のそれよりも、なんだか響いてくるような気がする。

年齢を重ねるって素晴らしいことなのかもしれない。

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category: 昭和

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括らないピアノライフ 

 

ピアノを習う、あるいはピアノ教室という言葉から連想するのは、やはり大人ではなく子ども。主に小学生かな?でも、ピアノは小学生のものなのだろうか?本来は大人のためのものでは?小学生時代のピアノは、本番のための準備期間なのかも?

「ピアノ教室を辞める」=「ピアノを辞める」ということではない。霞を食べて生きていけるお坊ちゃま、お譲ちゃまという特殊の人たち以外は、生きていくために働かなければならないので、ピアノそのものは中断するのが普通だろうと思うが、でも「辞める」ではない。音大を卒業した人だって、人前で弾き続けている人は、そうでない人よりも少ないそうなのだから、進学のためにピアノを一時中断することは普通のことなのだ。

メインは小学生、あるいは中学生のピアノではなく、再開した後、つまり「大人のピアノ」がメインなのでは?多くのピアノ曲が子どもを想定した作曲されたとは思えないし。

難しいのは、再開後も、かつての準備期間ピアノであるところの「子どもピアノ」そのままの感覚で再開してしまうこと。難しい曲に向かって練習し、指訓練も頑張り・・・みたいな?それがいけないということではなく、そういうものと思い込んで「括ってしまう」と辛くなる。生物学的は成長曲線は下降気味になっているはずだ。お肌の水分量とか、骨密度が下降するように。

でも、大人ピアノの強い味方は、「成熟ピアノ」であるということ。その根源は、やはりアネーロ、憧れではないだろうかと。息苦しくなるほどの、痛くなるほどの熱望、憧れ・・・切望・・・

大人ピアノは、そこが強みなのだ。括らないようにしたらどうだろう?「お仕事をしながらのピアノ?まぁ、大変でしょうに。楽しく弾ければ・・・」そう思う人はそれでいいが、そうであるのが普通と括らない。50歳でも60歳でも進歩できる、成長できる。

「大変な中で人前で弾いているのね。サークルに参加するだけでも凄いことだわ」そうなのだが、でも「だからそれでいい」と括る必要もない。その人は、さらに成長できるし、まだその時点では具現化できていないアネーロを秘めているかもしれない。なので、「今も素晴らしいけれど、もっと素晴らしい演奏になるよね?」的なもの追っていく権利は誰にでもあるのではないかと・・・

この男性の奏でるショパンに惹かれる。動画がアップされたのが9年前だから、この人は、今50代後半ということになる。なんとなく、今も弾き続けているような気がする。「楽しく弾けたから、今はピアノではなくフラワーアレンジメントに夢中です」とはなっていないような気がする。

アネーロは死ぬまで持ち続けられるものだから。括らなければね・・・

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category: 世界のピアノ仲間

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103歳のワルツ 

 

意外かもしれないが、僕はお菓子作りをしたりする。自分で「意外かもしれないが」と書くところに、僕自身が「~と思われるのでは?」ということを意識してしまっているということなのだろう。「男、それも中年の男がお菓子?気持ち悪い」と思われたくないために、予防線として「意外かもしれないが」などと書いてしまうんだね。正直なところ、お菓子作りに男も女もないと思っている。

お菓子・・・といっても、たかが焼き菓子だ。凝ったものは作らない。練って焼くだけのパウンドケーキとかスコーンとか。夜中に焼いたりしていると、オーブンの前で無我の境地に近いものを感じたりする。ストレス発散かな。

お菓子は料理と異なり、一種の化学反応なのだという。大雑把、適当に・・・というわけにはいかない。なのでレシピ本は必要になる。でも思うのだ。まだまだお菓子作りとなると女性のもの、世間ではそのような認識なのだろうと。どうも、お菓子レシピ本は料理のそれと比較し、「花柄」「パステルカラー」満載なのだ。ピンクのハートのイラストが眩しい?

「ブルーベリーを練りこむことで、あなたも可愛い奥様から、できる奥様へ・・・」みたいな文章が普通に書いてあったりする。ヒラヒラのフリルのエプロン姿を想定している?

これって男女差別では?そこまで厳しく思わないにしても、可愛い奥様なんて書かなくてもいいと思う。女性=可愛いスイーツ、男性=豪快な野外料理・・・みたいな分け方は少し強引かも・・・とは思う。

78歳の女性がピアノを習いたいと言ってきたらどうするだろう?さすがに「ピアノは子どものころから訓練しないと弾けるようにはならないですよ?」と、つまりその年齢ではピアノは無理ですよと言う教師はいないだろうと思うが、でも教材とか選曲、つまりどのようなスタンスでということになると、色々とでてくるのではなかろうか?むろん、ピアノ経験が過去にあるか、完全に初心者なのかでも異なるだろうが、もし本人の希望が「多少大変なのは覚悟しています。でもピアノを素敵に奏でられるようになりたいんです」という希望を持っていたら(そう思っていても正直には言わない可能性もあるが)どうするだろう?

「そうねぇ・・・唱歌とかお弾きになれればいいのでは?」そう言ってしまったら、それは年齢差別になるだろうか?「楽しく弾ければいいのでは?」そう言ってしまったら?

「差別である!」と、これもそこまで厳しく思わないまでも、78歳からでも上達できる、人の心を奪ってしまうような演奏をすることはできる・・・そのような可能性は奪ってしまうことにはなるのでは?

「幼いころ少しだけ弾いていました。でもブランクが60年あるんです。それでもショパンを素敵に弾けるようになりたいんです」できるだろうか?できないだろうか?

決めるのは教師ではなく、この場合生徒なのでは?

女性にできて男性にはできない、あるいは難しい、若者にできて年配者には難しい、そのようなことって意外と少ないのでは?なんとなく多くの人がそう思っているだけで・・・

この女性は、103歳なのだそうだ。78歳だったら、あと25年もあるね。

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category: 音楽自立人、音楽自由人

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テスト投稿 

 

とうとうパソコンが故障。今は新しいパソコンで打っている。設定は自分ではできないので、データ移行などと共にプロにやってもらった。いちいち前のパソコンと使い勝手が異なるので、慣れるまでは大変かもしれない。

メールもアドレス帳がハードディスクの中で飛んでしまった(そのような説明だった)ので開けないし、アドレス帳のデータそのものが移行できなかった。過去の受信メールそのものは、なんとか復旧(全部ではないような?)したので、アドレス帳は新たに作れそうな感じだ。一度僕あてにメールをして頂けると、確実にアドレスが新パソコンに記憶されると思うので、心配な方はメールしてみてください。このブログのメールフォームからメールして頂いた方も同様です。アドレスが全滅ということはないと思うのですが、今しばらく様子を見させてください。

この間テレビが映らなくなったので、買い替えたばかりだ。家電製品って壊れる時は続くのだろうか?でもエアコンって真夏に壊れるような気がするなぁ・・・

これはフィンランドからの動画。先のムスリムの人の動画と趣旨は同じような気がする。この男性はHIVポジティブ。おそらく、沢山の偏見や差別を経験してきたと想像する。信頼している人に打ち明け、裏切られたりしたこともあったのではないかな?圧倒的な孤独感を味わったりもしたのでは?ちょっと想像はできないのだが・・・

今でも空気感染するとか、触れただけで感染するなんて思っている人はいないだろう。でも「僕も一人の人間なのだ」ということを感じられなくなるような体験は今でもあるのだろう。

テスト投稿にしては内容は重かっただろうか?

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category: 未分類

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ブラインド・トラスト・プロジェクト 

 

なんとも陰鬱な気分だ。昨日から降り続く雨のせいだろうか?おそらくアメリカの大統領選の結果に対してなのだ。アメリカ人の友人たちは、そろって危機感を感じているみたいだ。「この国はどうなってしまうのだろう?」と。

あとは、パリの同時多発テロから、あと数日で一年になるということも関係しているように思う。こちらの方の影響が大きいかな?

昨年の11月13日、パリでテロがあった。その時、テロによって妻を亡くしたアントワーヌ・レイリスさんが、あるメッセージを世界に伝えた。このメッセージは多くの人の共感を呼んだ。

「私は、あなたたちを憎みません。憎しみを感じることで、あなたたちと同じになってしまうからです。私たちの世界は憎しみではなく愛に溢れている。だから、あなたたちは私たちを負かすことはできない。あなたたちの負けなのです」

このメッセージは世界を駆け巡った。日本にも紹介されたので、覚えている人も多いだろうと思う。

パリでテロのあった日、ニューヨークでの出来事。アレックス・マロイさんは帰宅するためにタクシーを拾った。すると運転手はこう言ったのだ。「私のタクシーに乗ってくれて感謝します・・・」と。何故そんなことを運転手は言うのだろう?

アレックスさんは、こう書き込んだ。「今日、とても悲しい経験をしました。タクシーに乗ったのですが、運転手は僕のアパートに着くまで、ずっと泣いていました。人は私がイスラム教徒というだけでテロリストだと思っている。でも私はテロリストではない。人は私のことが怖いから誰も私の車には乗らないんだ・・・彼はそう言って泣き続けていたのです。宗教によって人を判断するなんて、とても悲しくなったのです。あってはならないのでは・・・と」アレックスさんの書き込みに対して、翌日には3万以上のリツィートがあったのだそうだ。アメリカだけではなく世界中から・・・

「ブラインド・トラスト・プロジェクト」というものがある。ムスリムの人が街頭に立ち、目隠しをする。「私は無防備な状態です」ということを表す。そしてプラカードを置くのだ。「私はイスラム教徒です。私はテロリスト呼ばわりされています」というものと、「私はあなたを信頼しています。あなたは私を信頼してくれますか?どうぞ、ハグしてください」というプラカード。街の人々はどのような反応を示すのだろうか?検索をしてみると、実に多くの動画がアップされている。ヨーロッパ、アメリカを中心に多くの都市で「ブラインド・トラスト・プロジェクト」が行われているのが分かる。この動画はカナダのものみたいだ。

肌の色、宗教、性別、年齢などが違っても、同じ人間なのではないか?人間の心の根底部分は、この動画を観ると信じられるような気がしてくる。

雨はいつか上がるものだ・・・

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category: 未分類

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休符は音楽? 

 

休符の時、何を考えていますか?

「えっと、拍を数えて次の音の準備を・・・」たしかに音を出すには準備は必要だと思う。肉体的にも思考としても。音を出す瞬間ジャストにいろいろなことをやろうとしても、ちょっと遅いかも。いきあたりばったりの、雑な音しか出せないと、出てくる音楽としては「ただ音符を並べてみました」のようになってしまう。

誰が弾いても休符は同じなのだろうか?ホロヴィッツと自分の休符は同じ?「ええ。音は実際には出ていないのですから同じです」と言い切れるか?

休符前後が異なるのではないだろうか?一つの鉄則(勝手に自分だけが留意している自己流鉄則だが)として、フレーズの終わりの音、そして次のフレーズの始まりの音、これを音質として同じにすると、フレーズはつながるので、大きなラインとして聴き手に伝わる。反対に、緊迫感などを表出したい場合、フレーズごとにテンションを与える。こうすると長いラインというよりは、切迫した音楽になる。また、フレーズには山がある。これはよく言われることだが、山・・・というよりは、フレーズには引力のようなものがある。山にむかって引っ張られるような?自然界に例えれば、波のような?

この「波」を感じ、自分はフレーズをどうしたいのか、長く大きなラインにしたいのか、それとも緊迫感のある短い間隔でのテンションとして表現したいのか?計算は必要だ。これがないと、どんなに心を込めて感情的に弾きたいと思っても、いきあたりばったりな音の羅列になってしまう。聴き手はそのようなサウンドに対して「ただ弾いている」とか「弾けてはいるけど、それだけ?」のように感じてしまうような気がする。

惹きつけられる演奏の休符、退屈しながら聴いている演奏の休符、どちらも0.5秒だけ取りだしてみました的に聴けば、両方とも「無音」であるだろうから、そこには差は感じないのかもしれない。でも無音の前後が大きく異なるのではないだろうか?

「はい、今2拍休んでいま~す」となるか、休符が「ため息」となるかは、その休符の前後の「音」が関係しているのでは?

歌っているのはポルトガルのアントニオ・ザンブージョという人。基本的に「ファド」の歌手なのだが、彼の場合、ブラジルの「ボサノヴァ」とかカーボベルデの「モルナ」などの要素や魅力も加味されているのだそうだ。多国籍演奏みたいな感じ?聴いてみると「ボサノヴァ」というより、この歌い方は「ファド」のようだと感じるが、歌っている曲はブラジルの曲だ。

シコ・ブアルキの曲だね。「Valsinha」というタイトルは「小ワルツ」と訳される。詞は、あのヴィニシウス・ヂ・モライスで、彼の詞が素晴らしい。この世界はブラジルそのもの。

ザンブージョという人、休符が素晴らしい。歌っていない、音のない瞬間が素晴らしい。休符の練習を重ねたのだろうか?難しいパッセージを何度も反復練習するように?休符の前後を聴いてみたらどうだろう?

「Valsinha」(小ワルツ)    ヴィニシウス・ヂ・モライス

ある日彼が帰宅すると、全くいつもとは調子がちがっていた
いつもより、ずっとずっと熱い目で彼女を見つめた
いつも口を開けば生活の呪いだったのに、そうはしなかった
彼女を一人にもしなかった。散歩にさえ誘った
彼女はおしゃれをした。もうずっとそんなことは忘れていたのに・・・
二人は腕を取りあった。もうずっとそんなことは忘れていたのに・・・

二人は公園で抱きしめあった
そこでダンスをした。すると隣人たちが目を覚ました
至福が満ち溢れ、街中にあかりが灯った
何度も狂ったようにキスをした
何も聞えないほど荒々しく声をあげた

みんな理解した
そして夜は明けた

平穏に・・・




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category: ピアノ雑感

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日本も大人文化へ・・・ 

 

某所で読んだのだが、浅田真央選手は引退した方がいいと考えている日本の60代男性は68%にもなるそうだ。「もう充分頑張ったのだから」「競技会で若い選手に追い抜かれるよりも、アイスショーで伸び伸び演技して欲しい」等々・・・

年齢差別ということになるのだろうが、僕は根底にある日本独特の「○○であるべき」というものを感じてしまう。女性はこうあるべき、50歳はこうあるべき・・・みたいな?直接誰かから言われなくても、そのような空気が充満していて、息苦しくなる。

日本って、基本的に若者文化、子ども文化なのではないだろうか?成熟した美とか、文化よりも、キャピキャピ感を重視?

フィギュアスケートなんてスポーツなのだろうから、肉体的にも若い選手が有利だろう。子どものような身体でピョンピョンとジャンプを跳べるうちが華?でも天才少女には出せないものだってあるのではなかろうか?浅田真央選手は、そのような意味で、日本女性が過去に成し遂げなかったことに挑戦しようとしているのでは?フィギュア女子は10代が華・・・それだけではないのだと。何故に20代後半という年齢しか表現できないもの追っている選手に対して、ファンとして観客として一緒に応援しないのだろう?

むろん、浅田真央選手自身は、オリンピックを目指し、表彰台・・・と思って頑張っているのだろう。その姿を実際に見たいというよりは、こうあるべきという固い概念を打ち破ろうとする姿、それは御本人は意識外のことなのだとは思うが、その姿に勇気づけられる人だっているだろうし、実際に彼女の演技は15歳では実現不可能な何かを、今の段階で表現している。そこが素晴らしいのに・・・

こうあるべき、高齢者は縁側で大人しくほうじ茶でも啜っていればいいのだ・・みたいな?70歳の女性が「まぁ、あの青年素敵ね。私のタイプだわ」と言ったら、それは「はしたない」とされる?

介護の現場は慢性的な人手不足とされている。何故どんどん辞めてしまうのか?安い?きつい?きたない?そうだろうか?若者にとって難しいのは、高齢者に対して尊敬の念を抱くことは非常に難しいのだ。こうあるべき・・・と育てられたら、そう、難しいのかもしれない。認知症、自分の内面のどこかを崩壊させながらも、それでも未来に向かって生きているのだよ?僕にはできない。だから尊敬できるのだ。60歳男性の68%、「引退すべき」と考える人たちは、加齢は落ちていくもの、加齢するということはこういうもの、加齢に伴い人間はこうあるべきという頑ななものがあるのかもしれない。縁側でほうじ茶という人生を選ばない人だっているんだよ。「ときめき」とか「萌える」ということを死ぬまで持っている人だっているんだよ。

「アンコール」というバーブラ・ストライサンドの新しいアルバム、全曲がブロードウェイの名曲。といっても、バーブラらしい地味な(?)選曲だ。ハリウッドスターとデュエットしているというのが今回のアルバムの最大の特色だろうと思う。俳優としてしか知らなかった人たち、たとえばアレック・ボールドウィンとかヒュー・ジャックマンとか、歌が上手いのに驚く。

このアルバムは若者、子ども文化ではない。成熟した大人の文化だと思う。縁側でほうじ茶という固定観念を抱いている人たちに是非聴いて頂きたいアルバムでもある。

バーブラ・ストライサンド・・・74歳
アントニオ・バンデラス・・・56歳

アントニオ・バンデラスは、やっと大人の世界に入り込んだ新米者なのだ。大人の世界は艶っぽいのだ。

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category: Barbra Streisand

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何もない形が神すぎる 

 

昔、1980年代だったか、アメリカにロバート・ワーゲンホッファーという選手がいた。この人は、現役での輝かしい戦績を武器にプロでも活躍・・・というよりは、プロになってから人気が出た、珍しいタイプの選手だった。

現役時代も立派な成績ではあった。世界選手権に国の代表として出場しているわけだから。たしか、ワールドでは10位と6位になっていたと記憶している。彼の場合は、アマチュア時代の栄光ではなく、観客のニーズが高まり、アイスショーの常連になったという感じなのだ。つまり人を惹きつけてしまうスケーターだったように思う。

「何もない形が神すぎる!」

ジャンプで魅せる演技ではない。せいぜい2回転しか跳んでいないのだから。スピンも、それほど高速超絶スピンというわけでもない。ただし、姿勢が素晴らしい。スピンの姿勢から、立位(?)になる瞬間とか、次のエレメンツまでの、いわゆる「つなぎ」の部分、それも手先とか腕の使い方とか、何でもないところが実にセクシーなのだ。

すべてが溶け込んでいる・・・という感じ?

もし、彼がコーチや振付師になっていたら・・・などと想像する。でも彼はエイズで39歳という若さで突然亡くなってしまった。

ジャンプのないプログラムで魅せられる人って意外と少ないかもしれない。

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category: The Skaters

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何もない形がジュニアすぎる 

 

フィギュアスケート、昔から惹きつけられる選手は、ジャンプなどの各エレメンツの熟練度に加え、「つなぎ」が上手だとされていた。今現在の競技会を、たまに観てもそれは感じる。変わっていない。
各々のエレメンツは、まあまあなのに、どうも観ていて退屈な演技というものはある。大きな失敗、転倒があるわけでもないし、高難度の4回転ジャンプも降りているのに、心のどこかで「早く次の選手の演技にならないかな・・・」と。

振付師がこの動画で指摘するように、惹きこまれない演技は「溶け込んでいない」ということがあるのだろう。「はい、ジャンプ、スピンをこなしました。次はつなぎです・・・」という分断された動きではなく、全てが溶け込んでいなければならない・・・

これはピアノ演奏にも当てはまることのように思う。聴き手は全体印象で判断するところがある。むろん、パフォーマンスって、その瞬間の技を観たり、聴いたりしているのだが、聴き手は分断して聴いたりはしない。「さあ、次のオクターブ連続は?」とか「跳躍はどうかしら?」という聴き方ではなく、一つ一つが溶け込んでいる演奏に惹かれたりするものだ。

演奏者の技量というよりは、演奏している時の心の中身、というか頭の中身が出てきてしまうのかもしれない。むろん、本番、舞台の上では「押さえどころ」みたいな箇所はある。失敗しやすい個所とか、難所とか。でも、あまりに自分中心主義で「練習の時は弾けたのだ」とか「練習の時と同じように弾けますように」みたいに、分断的発想で演奏してしまうと、ついつい「今、自分はどう弾けるか?」というところに意識が集中しがちだ。「次、苦手なんだよな・・・」「ああ、なんとか無事通過・・・」「今はつなぎの部分で~す」みたいな印象が聴き手に伝わってしまう。

溶け込んでいない・・・分断されてしまっている・・・

「何もない形がジュニア(レベル)すぎる!」この言葉、ズシンと響いてしまった。

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category: The Skaters

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貧困のマリアッチ 

 

どうもパソコンの具合が良くない。ネットは大丈夫だが、メールの具合が良くない。送受信ができなくて非常に困った。現在、送受信はできるようになった(僕が直したわけではない)が、アドレス帳が開かない。パソコンも電化製品だから寿命があるらしい。もう8年以上も使用しているので、「寿命でしょう」ということらしい。新しいパソコンに変えるまで、不都合は続くだろう・・・

メキシコの歌に「ベサメ・ムーチョ」という歌がある。むろん、歌詞の内容など分からずに今まで聴いていたのだが、「ベサメ・ムーチョ」とは「もっとキスして!」という意味なのだそうだ。知らなかった。作詞、作曲はコンスエロ・ベラスケスという女性。なんと、彼女は16歳の誕生日前にこの曲を作ったのだそうだ。ということは15歳?まぁ、年齢については諸説あるみたいだが・・・

「ベサメ・ムーチョ」  詞: コンスエロ・ベラスケス

僕にキスして もっとキスして
今夜が最後かもしれないから
僕にキスして もっと・・・
あなたを失うのが怖い この後あなたを失うのが怖い

あなたを抱きしめたい
あなたの目を見て・・・僕の隣にいるあなた・・・
僕はたぶん明日あなたと別れ
遠いところへ行かなければならない

僕にキスして もっとキスして
今夜が最後かもしれないから
僕にキスして もっと・・・
あなたを失いたくない あなたを失うのが怖い

う~ん、やはり15歳というのはどうなんだろう?

ここで歌っているのはメキシコの歌手、ハビエル・ソリスという人。この人はランチェーラ歌手なのだそうで、ランチェーレはマリアッチが伴奏を担当するのだそうだ。個人的にはメキシコの演歌と感じる。「演歌」というより「艶歌」?

ハビエル・ソリスは非常に貧しい家庭、地域で育った。つまり貧困の中で育った。様々な仕事をしていたらしい。肉屋とかボクサー(?)とか。でも、やはり歌が好きで、時おりレストランなどで歌っていたそうだ。その時にスカウトされたらしい。

「歌手になってみないか?いい声だ。人気出るぞ!」
「えっ?俺が歌手?歌手・・・うん、俺、やってみるよ・・・歌が好きだ・・・やってみる!」

ハビエル・ソリスは人気者になった。(見る人の主観によるかもしれないが)甘いマスク、甘い声、特に女性ファンが多く、アイドル的存在になった。映画にも多数出演し、アメリカなどでも大変な人気だったらしい。

メキシコの寵児、スターとなったハビエル・ソリスだが、その輝きは長くはなかった。胆のう炎が悪化し、彼は34歳という若さで亡くなっている。

でも輝いたのだ。彼は自分の憧れを追い、触れようとしたのだと思う。だから輝けたのだ。

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category: 秘曲

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切望 

 

ホセ・クーラに「アネーロ」というアルバムがある。副題というか、日本語のタイトルが「切望」となっている。切望・・・熱望よりも、さらに苦しいような、痛いような希望だろうか?

ステファン・チファレッリ、ベルギーのテノール歌手。日本では無名だと思うが、ヨーロッパではブッファものを中心に活躍している。かつて聴いたニコライ・ゲッダの歌声に憧れ、彼もまた歌手を目指した。

オペラ歌手って華やかなイメージだが、ピアノなどの器楽奏者と異なることがある。それは歌手にはコンクールを制覇し有名になる人よりも、端役から主役へと、下積み経験を経て地位を確立していった人が多いということ。次の契約というのだろうか、「また歌って下さい」「今度はうちの歌劇場で歌って下さい」というものが無い限り、歌手生命は終わるのだ。厳しい世界だと思う。

まず要求されるのは、安定性ということ。調子の良い時ばかりではないだろう。また歌手は、器楽奏者よりも、はるかに体調が演奏に反映されてしまうところがある。ステファンも、まずはその安定性、いつでも、どこでも歌えるタフさ、一定のレベルを維持することに奮闘するようなところがあったと言う。オペラって、つまりアンサンブルだから、自分の失敗や不出来が自分だけの問題ではないのだ。そこが辛かった。プロとはそのようなものなのだろうが・・・

「失敗は許されないのだ」「体調不良は自己管理力に欠けているからだ」「一定以上のレベルをいつでも・・・」

ステファンは、いつのまにか忘れていたものに気づいたと言う。かつて憧れたニコライ・ゲッダを聴いた時の自分、あの時感じたものを忘れていたと。それがアネーロだったと・・・

息苦しいほど、痛いほどの希望、憧れ・・・アネーロ

一部のエリートだけが再現できるもの、それを成し遂げた人をプロと呼び、人の心を動かせるのはプロだけである、この考えは寂しさを感じる。アネーロを感じ、自分を抑えられないほどの憧れを持つから、その思いが何らかの形で人に伝わるのではなかろうか?

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category: あっぱれ麗し舞台

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アネーロ 

 

本番前日って落ち着かないと思う。「~なったらどうしよう?」そのような思考になりやすい。

聴き手は演奏というものに何を期待するのだろう?もし自分が聴き手として客席にいたら、もし演奏の途中で演奏者が「~なったらどうしよう?」の状態になったとしても、一緒にドキドキすることはあっても、演奏そのものの価値を変えてしまうということはないのでは?ミスの有無は関係なく聴くのではないかな?退屈はしたくない。でも退屈しない演奏=ノーミスの演奏というわけでもない。

偉大なピアニストのような演奏?偉大なピアニストの演奏によって自分が感じたもの、その憧れのようなものが伝われば、それで聴き手は満足するような気がする。ノーミスで達者にその演奏者が弾けるとか、そうではないよね。

「自分がどう弾けたか?」そこよりも「聴いている人にとってどうなのか?」であるならば、自分で自分の演奏の聴き手になってみればいいのだ。

アネーロという言葉がある。まぁ、「憧れ」という意味なのであるが、歌手のホセ・クーラは、この言葉をもう少し重く解釈しているようだ。

アネーロ・・・息苦しいほど、痛いほどに激しい希望、そして憧れ

アネーロを感じたからピアノを弾いている、そうなのだとしたら、それは伝わる。きっと伝わる。

ステファンは少年時代、ニコライ・ゲッダの歌うこの曲と出逢った。歌というものに恋してしまった。アネーロを感じたのだ。苦しいまでの、痛いまでの憧れを。

「ああ、この世界に僕も触れたい、自分自身でも触れてみたい・・・」と。これは「この人のように歌えるようになりたい」というのと限りなく近いが、でも全く同じではない。彼のように・・・ではなく、彼が具現化した世界へのアネーロなのだ。

ショパン、リスト、ラフマニノフ、どんな曲を明日弾くにしても、かつてその曲に出逢った時のアネーロを舞台で捨てなければいいのだ。それは客席に伝わっていく。

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category: あっぱれ麗し舞台

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保持練習 

 

自分の音は何かが違う、音を出す際の基本的な法則を知らない、むろん、そのままでもピアノは弾けるし、楽しければ・・・と開き直ることもできようが、やはり自分の頭で鳴っている理想のサウンドと、実際に自分で出している音とのギャップ、これを感じながらピアノを弾くのは辛いものがあった。

日本楽器(ヤマハですね)の銀座店、楽譜を購入しようとしていたのだと思う。そして偶然にある楽譜を手に取ったのだ。目に入ってきたので、棚にあったのではなく、目立つように置かれていたのかもしれない。

「ドホナーニ  指の練習」という楽譜だった。ピッシュナのように指を保持して・・・という感じの楽譜というか教則本だった。完全なる指練習の為の本だった。

「ドホナーニ、ドホナーニ、どこかで聞いたことがあるような・・・」

中村紘子がジュリアード音楽院に留学し、初のレッスン。ロジーナ・レヴィーンのレッスンで、彼女はこう言われたのだ。「まぁ、なんという才能でしょう、音楽的だこと。でもその弾き方は基礎から直しましょうね?」と。その後、曲は弾かせてもらえず、ひたすら指の上げ下げというレッスンだったと。その時に与えられた教材が「ドフナニー」だったのではないか?英語読みだとドフナニーだが、それって今手にしている「ドホナーニ」なのでは?

大雑把に説明すると、右手の124の指でドレファと鍵盤を押し、それを保持したまま、残った35の指でミソミソ・・・と弾くというか、押していく。やってみれば分かるけれど、かなりハードではある。保持が困難なのだ。この種の拷問(?)が延々と続くのだ。

とりあえず、購入した。やってみて、むろん「これはハードだな」と思ったが、指先にテンションを集め、指の付け根から意思を指先に伝えるというか、その感じは保持練習によって、感覚として掴み易い気がした。

これは応用できるかも。なにもドホナーニ教則本を制覇したいわけでも、ハードな練習をしたいわけでもないのだ。ある種の感覚、弾き方の感覚をつかみたいのだ。音として散ってしまい、バシャンとした音、どこで弾くという身体の部位にしても、指先なのか、腕全体なのか今ひとつ自覚も意識もなく、その場その場、行き当たりばったりで弾いているという感じがイヤだったのだ。曲としての輪郭さえ伝えられなかったのだから・・・

ドホナーニの他に、実際の曲、むろん全曲というのは無理だから、ある箇所を取りだして、保持練習、兼感覚練習をしたりもした。その時はブルグミュラー25練習曲などで練習してみたものだ。例えば、「アラベスク」とか。音だけだったらチャラチャラ(サラサラ?)と弾けるけれど、最初の左手のラドミの和音、ただ弾いてしまうと、バシャバシャとした散った音になってしまうので、指先集中感覚を研ぎ澄ませ、保持練習をしたりした。42の指でシレの鍵盤を押し、固くなったりせずに、531でラドミの和音を弾く、それもクリアな音で。これは相当難しい。4と2の指がブルブル震えてきて保持できない・・・

保持できるように・・・が目的ではなかった。指で弾くという感覚を知りたかったのだ。ただ楽譜をそのまま弾くよりも、保持した状態で弾いた方が、ハードではあるが、何かをつかみやすかったのは事実だ。

○指先と鍵盤が密着しているような・・・
○バタバタとしてはいけない・・・
○指のアジリティという面も促進していかなければ・・・
○具現化の第1歩は、まず鍵盤に触れてから押す、移動と同時に鍵盤を押すと、大雑把な音、偶然にまかせたような、つまり、いきあたりばったりの音しか出せない、また手指やその他部位の、つまり自分の都合によって音がその場その場で決まってしまうので、音楽そのものをサウンドとして形成できない・・・

こんなことを考えながら、ピアノを再開したように思う。初めは先生も見つからなかったから、独学だ。

今でも、この種の保持練習はパッセージの練習とか和音連続の練習で、やったりはしている。

それにしても、感覚的なこと、弾き方のことなどを文章にするというのは、なんて難しいのだろうと思う。読んでいる人に僕の言いたいことが伝わっているとは、とても思えない。また、保持練習は、僕の場合、あの時の僕の状況に合っていた、少なくとも自分ではそう感じているということで、別に他人様にお奨めしているわけではない。

人それぞれのやり方があろう。でも一つ、なんだか上手くいっていないという場合は、必ず理由があるはずなのだ。その人が気づいていないのかもしれないし、先生も気づかないのかもしれない。でも何かある。ここで「どうせ私は才能ないし」「まっ、プロになるわけじゃないしね」と自己の中で無理やり解決してしまわないことだと思う。

必ず理由はあるのだ。そう思うだけで漠と悩むよりは楽なんじゃないかな?

kaz


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唱歌練習 

 

ピアノを再開するにあたって心に決めていたことがある。それは自分で納得できるピアノを弾いていきたいということ。愛好家、鑑賞者としては経験を積んでいて(?)退屈な演奏と惹きこまれる演奏との違いは明確に判断はできていたように思う。愛好家ならば、それだけでいい。「つまらんな・・・」とそこで終わればいい。でも自分で弾くのであったら、「なぜだろう?なぜそのように聴こえてしまうのだろう?」という部分にまで踏み込む必要があると思った。

人生の有限性を感じたからピアノを再開した・・・とも言えるが、いつまでも生きていられるわけではないという感覚が、ただ弾く、憧れの曲をただ制覇していくようなピアノライフは送りたくないということにつながっていたとは思う。根底には「僕も美というものに触れたい」という思いがあった。

鑑賞者として、いい演奏と凡庸な演奏、そのように異なって聴こえてくるのには、ある一定の法則らしきものがあるのは感じていた。曲をパラパラ弾いていく前に、自分なりにその法則らしきものを感覚として自覚したいと思った。ショパンはそのあと・・・

凡庸で、ただバタバタ弾いているだけの演奏、自分の手指の都合によって、音楽が変わってしまっている・・・この印象はずっと持っていた。反対でしょ・・・と。音楽が要求しているものに自分の動きを合わせるのでは・・・と。

「ほたるこい」という唱歌がある。「ほ ほ ほたるこい・・・」という歌。まずは、様々な唱歌、童謡を右手だけで弾いてみる練習を続けた。弾けないんだな・・・これが。むろん、音は弾けるんだけど。

ラ ラ ラーソソラ・・・

ラーソソのソソがバタバタする・・・そう感じたのだ。具体的に指がいけない動きをしているからそうなるのだと。ソソの部分で指の上下運動が顕著になる。だからだ。指を変えてみる?押し込むように上下ではない動きで弾いてみる?それとも鍵盤の奥から手前に弾いてみる?いろいろトライしてみた。「チューリップ」とか「さっちゃん」とか、色々と弾いてみたねぇ・・・

音楽にはフレーズというものがあり、一つのまとまりとして聴き手に伝えたいのならば、弾き手の動きも実際に一つの動きにしなければならない・・・それができていないのだ・・・と。

有名なショパンのノクターン、Op.9-2。冒頭、左手が跳躍する。難しいのだ。でもメロディーの「シソ~ファソファ~ミ」の最初のファの音、この音を無意識にガツンと鍵盤を下してしまうと(弾いてしまうと)フレーズとしてここで二つに分断されてしまう。それを意識できるか?聴こえてくるか?

楽譜に忠実、楽譜を読む、それは音を読むということだけではなく、この最初の「ファ」をどうするか・・・具体的にどう弾くかということまで含まれるのではないか?不用意にガツンと弾いてしまっては、どんなに心を込めても、感情に浸っても自己陶酔でしかない。つまり伝わらないのでは・・・と。

いきなりショパンというのは、当時の(今も?)僕には複雑すぎたので、唱歌で練習し自覚化を試みたのだ。

指先に集め、鍵盤の「面」というよりは「点」のような感じ?いい演奏にはこれがあり、音が散漫ではなく、集中していてクリア、クリスタルクリアな感じだ。また基本的に人間の指は、それぞれ5本しかないので、指をかえしたりとか、移動したりとか、様々な動きをしなければならない。その時の「演奏者側の都合」みたいなものが、演奏にそのまま反映されてしまう、これがある種の凡庸さを生み出しているのではないか?指のなんとなくの上下運動だけで弾いてしまうと、指都合がそのまま音として出てきてしまいやすい・・・

「僕は右手で唱歌を美しく弾けない・・・」

手指の都合で、微妙にガツン、ゴツン、音そのものもバシャンと散漫な感じ?僕の脳内サウンドと著しく異なる。

世の人々は、ここをどうクリアしているのだろう?していなくてもパラパラと音譜は弾けるから、耳に蓋をしてしまえば、それはそれでピアノライフも充実するのだろうか?「それはイヤだ!」

悩んだ人だっているに違いない。集中された、意思のある音、生まれながらにできる人よりは、できない人の方が多かったはずだ。何かしらの「救済措置的なるもの」は存在しているはずだ。「そうよね、それって困るわよね?だったらこんな方法はどう?」みたいな何らかのものが存在しているはずだ。ピアノの歴史は長いのだから。

続く

kaz


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