ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノが弾けなくなった時 

 

なんとなくピアノに対してのモチベーションが上がらない、キープできない、弾けないわけではないけれど、弾きたいという感じでもない。こんな時って誰にでもあるだろうし、贅沢な悩みでもないのかもしれない。生活上の、そして人生においての浮き沈みのようなものはあるしね。大人だってそうなのだから、子どもだってそうだろう。進学して、なんとなく今までのピアノモードではなくなるというか、お稽古事という感じではなくなるというか・・・

「辞めます!」・・・たしかにピアノ教室の先生としては、そのような思いになるのかもしれないが、生徒もだが、先生も「辞めます」というよりは「中断します」と捉えたら何かが変わるのではないかな?「辞めないための工夫」というよりは「○年後の再びの時のための工夫」がより重要になるというか。むろん、「お嫁さんになって母親になってからも、また先生に習っていい?」と言われて、「そう?では15年後の3月の予定は?レッスンは何時にする?」なんて考える先生はいないだろうし、再開するにしても、自分ではない別の先生と出逢うであろうことは想定するであろう。それでも「中断します」ではないだろうか?

誰にでも「弾けなくなる日」は必ずくるのだ。ピアノを弾きながら呼吸が止まるなんていう人はいないのだから。弾けなくなったと自覚した時、それまでのピアノ人生を振り返るだろうと思う。そうしたくなくても走馬灯のように駆け巡るだろう。

弾きたい、でも弾けない、このような苦渋を味わった人が実際にいたのだと知るだけでも、「自分は何をやっているのだろう?」と思う。むろん、思うだけで何も行動はできないが。時間だけが過ぎていく・・・それだけは感じることができる。

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category: ピアノ雑感

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パリの香り 2 

 

フィレンツェ時代の原智恵子の教えを受けたピアニストに中井正子がいる。彼女は当時藝高に在学中だった。「感受性の高い若いうちに留学した方がいいわ。私はパリ音楽院がいいと思う」この原智恵子の言葉が大きかったのだろうか、中井正子はパリに留学するのだ。勇気あるなぁ・・・などと思う。

彼女がフィレンツェの小さなサロンコンサートで演奏した時、原智恵子は聴いていた人々に「ねぇ、あの子の演奏はどうだったかしら?」と尋ねていたという。「私は原先生の意見だけ訊ければいいのにな・・・」そのことを伝えると、原智恵子はこう言ったのだと言う。「あなた、演奏家というのはね、人がどう感じたのか知らなければいけないの。人がちゃんと聴けているかとか、正しいとか正しくないとかは関係ないの。自分が弾いたものに対して相手がどう思ったのか知っておきなさい」この言葉は演奏というものについての本質を突いていると僕は思う。

デュオ・カサド、つまりガスパール・カサドの共演者として、原智恵子はヨーロッパ中で再び活躍することになる。カサドの教えは相当厳しかったらしい。彼の要求に応えられるようになるまでには数年を要したと・・・

マダム・カサドとしてヨーロッパ音楽界、社交界の華として君臨することになる原智恵子。当時、時折日本でも演奏することはあった。先のショパンの協奏曲も日本での演奏だ。これは想像だが、日本の楽壇の重鎮たちの態度も変化していたのではないかと。かつては「生意気な女」として排除することができたが、今は、あの大物、カサドの夫人、マダム・カサドなのだ。手のひらを反したような扱い・・・とまではいかなくても、その変化を原智恵子は感じとっていたのではないかと。彼女が日本を本当の意味で見限ったのは、その時ではなかったかと・・・

「夫や子どもを捨てた鬼女」そのように日本では言われていたが、離婚の真相は夫の女性関係にあったらしい。その辛さをカサドに伝えると、彼はこう言ったのだ。「じゃあ、僕と結婚する?」と。厳しい音楽家としての夫、愛情を注いでくれた夫でもあったカサド。

「61歳まで独身を通してきた私は独身主義者だと思われてきました。この度の結婚について世間が驚くのは無理のないことだと思っています。でも世間が驚く以上に私がチエコを知って驚いたのです。チエコが結婚の優しさを私に教えてくれました。もう20年早かったら・・・と残念に思います。チエコが私の最初で最後の恋人であり、妻であります」  ガスパール・カサド

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category: 開拓者

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パリの香り 1 

 

もしウィリー・カぺルが事故死せず、そのままピアノを演奏し続けていたら?そんなことを想像しても仕方がないのかもしれないが、ピアニスト系図のようなもの、伝統の伝承のようなものが異なり、今のピアノ界も変化していたのではないかなどと思う。

視点を日本という国に移してみると、カぺルのように、つまり、もしこのピアニストが日本で演奏活動を続けていたら、今の日本のピアニズム、ピアニスト系図のようなものも著しく異なっていたのではないか・・・そんなことを思わせるピアニストが二人いる。二人とも女性だ。

もしかしたら、権威とか狭い意味での頑ななアカデミズムのようなものに反発し、独自のものを発するような勇気、これは男性よりも女性の方が発揮することがあるのでは?つまり女性の方が勇気があり、男性は権威とか体制というものに、少し弱い面がある?

神戸で生まれるが、完全にパリ仕込み、幼い頃よりパリで暮らし、パリ音楽院でラザール・レヴィの薫陶を受ける。そのままヨーロッパで活躍するが、戦争の影濃くなると、日本に戻る。原智恵子にとって、日本は母国というよりも異国そのものであったのではないだろうか?当時、鮮烈なまでのピアノ・・・と聴衆は感じたはずだ。人気ピアニストのトップの座に君臨し、日本で演奏活動を続ける。

しかし、原智恵子は東京の掟に従わなかった。パリ時代の自分を通してしまった。聴衆の心は掴んだが、音楽のためならば、大物男性にも物おじせずに自分の意見を言ってしまったのだ。楽壇からは当然反発がある。

「原というピアニストは女のくせに生意気だ」「あの女はそのうちに力を持つようになる。とんでもないことだ」「今のうちにあの女を潰してしまうのだ」

原智恵子というピアニストの人気が大衆に浸透するほど、「いじめ」に近いような圧力さえ加わるようになった。

かつての師、レヴィやコルトーと日本で接し、パリを想い出す。「ああ、パリ、あの頃は良かった。なぜここでは自分は疎外されてしまうのだろう?でも自分の音楽を曲げることはできない。そして自分には家族、子どもがいる・・・」

夫との離婚、子どもたちとの離別、そして新しい愛・・・

「子どもを捨てた鬼のような女」当時は週刊誌などで相当叩かれたらしい。

1959年4月、ある二人の音楽家の婚約が日本の各新聞で報じられた。

原智恵子(ピアニスト)44歳・・・再婚
ガスパール・カサド(チェリスト)61歳・・・初婚

二人はイタリア、フィレンツェで新生活を始めることになる。

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category: ピアニスト

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音楽ってサウダージ 

 

「私って人生の勝ち組!ホホホホ・・・」と自覚している人ってどれくらいいるのだろう?高級住宅地に住み、夫は官僚。息子は東大。カリスマ主婦として時折取材だってされるのよ、そう私はセレブ、私は勝ち組・・・

そんな人はいないんじゃないかなぁ。反対に「私って負け組だから・・・」と思って暮らしている人も少ないんじゃないかなぁ。人って、それぞれある。蝶よ花よ・・・でもないけれど、不幸な感覚に自己陶酔しているわけでもない。じゃあ、どんな感じ?

「まぁ、それなりにあると言えばあるけれど、それなりに懸命に・・・」という感じではないかな?サウダージというポルトガル語はなかなか日本語に訳すのが困難な言葉なのだそうだ。哀しみ?郷愁?そうなんだろうが、それだけでもないようなのだ。

「今は幸せ・・・かな。でも過去を想い出すと、胸が痛くなることっだってある。じゃあ、不幸なの?哀しいの?そうではない。ちょっとした後悔みたいなもの?あの人に愛していると伝えられなかったとか?でもそんなことを想い出せる自分は不幸ではない。でも超ハッピー♥なんて単純なことでもない」みたいな?

音楽みたい・・・などと思う。「楽しい曲なんです」「悲しい曲なんです」なんて単純に分類できないような?長調でも明るいだけではない曲って多い。胸がキュンとしてしまうような?日常生活の中での心の隙間に入り込んできてしまうような?小さなサウダージを感じさせてしまうような?

どうしてピアノなんか弾くのだろう?教養のため?時間が余っているから?高級そうな趣味だから?上手になって人に自慢したいから?

サウダージを感じたからピアノを弾いているのでは?胸がキュンとして、微かな痛みさえ感じた。でも、それは喜びでもある。単純な人生を歩んでいる人なんていないから、心の隙間にサウダージとして音楽は入り込んでくる。言葉にはできない。「ああ・・・」とだけしか言えない。だから弾くのではないかな?

カルロス・ガルデルの曲に「想いの届く日」という曲がある。ガルデルはレ・ペラと組んで多くの名曲を残し、そして歌った。レ・ペラの詩の世界とガルデルのメロディーは調和しているように思う。この曲は映画の中の曲だ。ガルデル主演の映画「想いの届く日」の中で、ピアソラ少年は新聞少年の役で出演している。「君、僕の楽団で弾いてみないか?世界中を周るんだ」ピアソラ少年は、両親の反対にあい、参加できなかった。だからピアソラは生き残ったのだ。レ・ペラ、そしてガルデルの乗った飛行機が墜落するのだ。生き残ったピアソラはタンゴの革命児として飛翔していく・・・

アルゼンチンではガルデルの命日を「タンゴの日」と呼んでいるのだそうだ。

明るい曲?短調ではないね。でも明るいというのとは違う。暗い?サウダージじゃないかな?この曲は・・・

歌っているのはアルゼンチンの歌手、ファン・カルロス・バリエット。基本的にこの人はロック歌手ということになるのだと思うが、ガルデルやユパンキの曲を歌うと、サウダージになるような気がする。

「想いの届く日」  アルフレッド・レ・ペラ

人生は笑っているようだ
君の黒い瞳が僕を見る
君の笑い声が僕を包んで守ってくれる
すべてを忘れられる

君が僕を愛してくれる日
バラの花は素敵な色の晴れ着を身につける
鐘は君はもう僕のものだと告げる

君が僕を愛してくれる夜
嫉妬深い星たちが私たちを見るだろう
神秘の光が君の髪に宿るのだ

君は僕の慰めなのだ。




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category: Saudade

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ピアノでタンゴ 

 

まぁ、現実には絶対にあり得ないことだと思うが、メゾソプラノの方から伴奏を依頼されたと仮定して、弾きたくないなぁ・・・と感じるのが、カルメンの「ハバネラ」だと思う。楽譜そのものはそれほど難しくはないのかもしれないが、あの同じリズムの連続、大変そうだなぁ・・・と。あの独特のリズムそのものが大変そう。

タンゴ、この場合はアルゼンチンのものを想定するが、タンゴをピアノソロで弾くというのも、相当難しいことなのではないかと想像する。ピアノの場合、最もよくあるのが、ピアソラの曲をピアノソロ版で演奏するというケース。ピアソラが、いくら「タンゴの破壊者」だとしても、やはり難しそうだ。タンゴって、踊りに非常に密着しているような?非常に短い間隔で、強い律動がある。「ザッ!ザッ!」のような?アルゼンチン・タンゴの楽器と言えば、それはピアノではなく、バンドネオンということになろう。あの独特の強力な律動は、バンドネオンに相応しい。

アルベルト・ニューマンというブラジルのピアニストを知っているという人は少ないように思う。余程のラテン好きの人しか知らないような?この人は非常にピアソラに可愛がられたのだそうだ。彼のバンドでピアノも弾いていたのかもしれない。後にヨーロッパでミケランジェリにも師事する。う~ん、ピアソラとミケランジェリって、どう結びつければいいのだろう?アルベルト・ニューマンのドビュッシー、かなり個性的かもしれない。ミケランジェリの弟子ということで、なんとなくドビュッシーと結びつく感じなのだが、その演奏は非常に「印象派風の典型的モヤモヤドビュッシー」とは異なるような?僕などはドビュッシーの作品は苦手な方なので、かえって聴きやすいのだが。

でも彼の本領発揮・・・という演奏は、やはりピアソラ作品ということになろうか?この演奏は、あの有名な「ラ・クンパルシータ」で、ピアソラ作品ではないけれど、タンゴ独特の短い間隔での律動にも動揺せず(?)見事に弾き切っているように思う。

ピアノでベルカントオペラのアリアを歌うように、長く、メロディーラインを引っ張っていくことは難しいことのように思うが、反対に短い間隔で律動を入れていくのも難しいように思う。

こういう演奏って「血」なのかなぁ?

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category: 未分類

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返事を期待しない後世の人への手紙 

 

2月25日の自分のコンサートまで、あと約4ヶ月。本当は必死に練習している時なのだろう。いや、練習はしているが、今ひとつまだ実感がないというか?もう少し経てば「自分は何という大それたことをしようとしているのだろう?」などと感じるのかもしれないが。

なにぶん、すべてが初めての経験なので分からないことだらけなのかもしれない。来月のピアチェーレ、その時弾く曲と2月のコンサート、曲の重複が一曲もない。積極的に「頑張ろう」と思ったわけでもなく、たんに計画性というものが僕に欠如していたということなのだろう。

僕は事務能力というものが、著しく欠けているような気がする。キャンセル待ちの方を募るという、普通ではないことをしているのも、間際で焦ると思ったから。多分、間際になると演奏のことで一杯になり、「その日は残念ながら聴きに行けなくなりました」というメールが来ても、「ああ、残念だな」と思うだけで、何もしない可能性がある、なので、少しでも余裕のある時に、考えておこうと思うのだ。

年が明けたら、申し込んで頂いた方に確認というか、正式な曲目などをメールさせて頂きます。会場までのアクセスとか、正確な時間とかもですね。

曲目は、でも大体は決まっている。今まで人前で弾いてきた曲の総決算(?)という感じかな?是非ラテンの曲はプログラムに入れたいと思っている。あとは、ショパンとリストとか。

ブラジルってクラシック音楽が非常に盛んなのだろうか?とても素晴らしいピアニストを輩出しているような気がする。往年系では、タリアフェロとかノヴァエスとか。日本での知名度は今ひとつだが、アメリカではスターであるオルティスとか。先の動画で紹介したモレイラ=リマなども、よほどラテン系のピアノ曲に興味のある人以外は知らなかったりするのではないだろうか?フレイレは有名だと思うけど・・・

国際コンクールの賞命中率(?)はブラジルよりも、日本の方が高いのではないだろうか?音大の数なども、ピアノを習っている人の数も、セミナーの数なども。表面的には日本の方がピアノが盛んであるイメージを持つ。立派なホールで毎日催されるピアノリサイタル・・・うん、ブラジルよりは盛んなのだろう。

アントニオ・バルボーザ、彼もブラジルのピアニスト。たしか、アラウのお弟子さんだったと記憶している。この人は、ショパンの演奏に定評があった。彼のCDは、おそらく非常に入手困難だと思うけれど、でもユーチューブで聴けてしまうんですねぇ。個人的にはマズルカ全曲がこの世のものとは思えないほど素晴らしい。興味のある方は是非是非聴いてみて頂きたい。

この演奏は、バルボーザのヴィラ=ロボス。「ブラジル風バッハ 第4番」の全4曲を弾いている。やはり、僕にとってはバルボーザ=ショパンなのであるが、このヴィラ=ロボスも非常に素晴らしい。

ヴィラ=ロボス自身、自分の曲に関して、こう述べている。

「私の作品は返事を期待せずに書いた後世の人々への手紙である」

バルボーザ、本来はもっと有名になっていたはずだ。でも彼は心臓発作で、たしか50歳の若さで亡くなってしまった。50歳・・・僕と同じ齢ではないか!できることは、いや、できないと思ったことでも、挑戦可能なうちにやってみることだ・・・そう思う。

ちなみに、2月のコンサートではヴィラ=ロボスは演奏しない。ブラジルの曲は考えているけれど・・・

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category: リサイタル

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ブラジルのショパン 

 

幼かった頃の僕は、世の中の人は皆ピアノを弾くものだと思っていた。世の中の人は自然に鍵盤に向かい、即興的に何かが弾けるものだと。ピアノのレッスンを受ける、ピアノを習うということは、その即興演奏のようなものを伸ばしていくものだと。でも実際は違っていたわけだ。楽譜を読むということに慣れなかった。「どうして出来上がった曲として退屈らしきものをチマチマと練習していかなければならないのだろう?」

「もうちょっと練習してきてね?本当にお願い・・・」そう言われてもレッスン課題(バイエルですね)を練習することはなく、即興演奏で遊んでばかりいた。読譜ができないと、家で何を練習すればいいのか分からない。なので、練習はレッスンで先生と一緒にするものとなっていた。それはそれで先生も感情的になるし、苦痛だったから、練習すればよかったのかもしれないが、何をしていいか分からなかった。その曲を「弾きたい」という欲求そのものが皆無でもあった。導入指導のコツ、それは読譜能力を養うことではないかと思う。練習しない子どもって、「しない」ではなく「できない」「何をすればいいのか分からない」という可能性がある。

「ああ、弾いてみたい」というようになったのは、やはり医大生に音楽や偉大な演奏を紹介してもらってから。火のような欲望というのだろうか?まず最初に弾いてみたのは、いわゆる発表会御用達のような曲。当時、神西敦子という大変に折り目正しい演奏をするピアニストのレコードを所有していた。そのレコードには収録されていた曲の縮小版全音ピアノピースが付録(?)としてついていたのだ。ワイマンの「銀波」とかランゲの「花の歌」とか、そのような曲を弾いてみた。自然と読譜もできるようになっていったと思う。

「一応弾けた!!!」何という喜びだっただろう。その成果をレッスンで披露することはなかった。「弾けるわけないじゃない!」と拒絶されてしまったので。今思えば、レッスンではバイエルを片手でも弾けなかったわけだから、無理もないと思う。「一応弾けた」という喜びもつかの間、模範演奏のレコードの演奏と、自分のそれとは、何か大きなものが異なっているように感じた。「ピアニストの演奏なんだから当たり前じゃない?」と思えばそうだが、自分の演奏はバシャンバシャンしていて、ただ弾いているような気がして、それがイヤだったのだ。

最近ユーチューブで中村紘子のレッスンを見て感慨深かったことがある。彼女の指摘、「バタバタしない」「指先に音を集めて」「同じフレーズ内の響きとして散漫なものにしないために同じ動きの中で」「入れて抜く」・・・このようなことは、自己流ながら、当時自分で研究していたところがあるからだ。音が散ってしまう、歌い方に抑揚がないというのが自分の欠点で、自分なりになんとかしようと思ったのだ。

医大生の紹介してくれる演奏、何らかの影響はあったのだと思うが、それはそれとして具体的に自分のピアノというものと結びつけることは、それまでしなかった。あまりの感動でボーッとしていたというか?神西敦子の演奏は、清潔で折り目正しかったけれど、なんというか劇的印象を僕に与えるというものではなかったし、中村紘子のレコードから受ける印象は、音そのものは冴えていたけれど、曲によってはあまりにピアニスティックなところに多少の違和感を感じたりしていた。「アルプスの夕映え」とか、あまりに冴え冴えと演奏されていたから。そのような印象は、ショパンの作品の演奏からも感じたりはしていた。

そんな時、なんとなく購入したレコードが、ブラジルのピアニスト、アルトゥール・モレイラ=リマのショパン名曲集。「まあ、なんと渋い趣味なの!」という感じだが、そのレコードは日本で録音されたもので、来日公演の際に録音されたものではなかったか?今では知る人ぞ知るという感じのピアニストなのかもしれないが、1970年代当時は、今よりは日本でも有名だったのではなかったか?ショパン・コンクールで第2位となっている。アルゲリッチが優勝した時の2位。そのような意味では、モレイラ=リマのショパンは、それほど奇抜な選曲ということでもなかったのだろう。

「幻想即興曲」・・・弾いてみたいと思ったのだ。そう当時の僕に感じさせる魅力がモレイラ=リマの演奏には備わっていた。キラキラした音、どうすればいいのだろう?散らずに散漫な音にならないためには?カンティレーナの部分、どうしてこのように歌えるのだろう?ブレスの際に力を肘ではなく、手首から抜いてみたら?・・・とか、当時は未熟なりに、色々と工夫してみたものだ。「モレイラ=リマさんのように弾いてみたい!!!」

「一応弾けた!!!」むろん、モレイラ=リマの演奏とは雲泥の差だっただろうが。自分の中でも先生に認められたいという気持ちはあったのだろうと思う。「自分で弾いてみたんです!」「ショパンなんて弾けるはずないじゃない?」そして僕のブログ愛読者(いるのか?)には有名な、例の楽譜ビリビリ事件。そう、先生に楽譜を破られてしまったのだ。

どうも、ピアノ教師という人たちに、今でも何らかのマイナス感情が僕にあるとしたら、この時の自分の体験は関係しているかもしれない。それよりも、あの時の火のような欲求、欲望と表現した方が近いような気がするが、「なんとなくただ弾くのではなく、モレイラ=リマさんのように弾いてみたい」という欲求に、自分なりに忠実になり、独自の工夫をしてみた、小学生だった僕を自画自賛してみたくなる気持ちの方が強いだろうか?「自分でやってみた・・・」これが30年後、ピアノを再開した時に、そして今でも役立っているように思えるからだ。

平凡な人間の日常生活というもの、そこから遥か遠いところにあるような、素晴らしいもの、演奏、音楽・・・芥子粒のような存在である自分だけれど、触れるかもしれない、一瞬でもその中に身を置くことができるかもしれない、この胸の震えるような欲求、それが現在、ピアノを弾いている動機となっているような気がする。小学生の時からその部分では変わっていないのだ。

その曲が弾けるようになりたい・・・それよりは、何かに自分でも触れてみたいと思う。だから弾いている。

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category: 月の輝く夜に

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キャンセル待ちについて 

 

来年、2月25日の僕のコンサートなのですが、日にちも決定していなかった時から、数名の申込みがあり、その後、客席の定員を15名から20名に増やしました。有難いことに満席となりました。現在、キャンセル待ちの方が一名いらっしゃいます。

「満席(20席)+キャンセル待ち一名」なわけですが、ふと考えてみました。申込みされた20名の方のうち、当日聴きに来られない、つまりキャンセルする方はどれくらいいらっしゃるだろうと。むろん、全員の方が聴きにいらして、キャンセル待ちの方は、今回は諦めて頂くという可能性もありますが、キャンセルが出る可能性もあるのかな・・・と。

時期が時期だけに、インフルエンザ大流行だったりして、聴きに来られない方もいるのではないかと。病気ではなくても、どうしてもはずせない用事ができてしまったりとか。50000円のオペラのチケット・・・であれば、余程のことがない限り、聴きに行くでしょうが、無料のコンサートなので、急な私用(公用)で聴きに行かれなくなったというケースだって考えられる。

もし、何らかの理由で聴きに来られなくなった場合、できるだけ早めにメールフォームからお知らせ頂けると助かります。よろしくお願い致します。

さて、その場合、空いた席はそのままでも、無料のコンサートなので、経済的負担(僕の)は変わらないわけですが、なんとなく勿体ないというか。一名のキャンセルだった場合、もちろん、現在キャンセル待ちの一名の方にお知らせするわけですが、複数のキャンセルがあった場合はどうするか?

その場合は、席を空けておけばいいのだと思いますが、それもなんとなく勿体ないような?

キャンセル待ち募集・・・というのは、とても変な感じですね。「募集」ではなく、「受け付けます」という感じでしょうか?キャンセル待ちの方の場合、完全に申し込み順にキャンセルがあった場合、ご案内させて頂きます。キャンセル待ちの場合も、このブログのメールフォームをご使用下さい。

キャンセルがあった場合、その都度このブログでお知らせしようと思っていたのですが、本番間際になりますと、事務処理どころではない・・・となるような予想をしています。一人でプログラムを全部弾くということは初めてですし、慣れていないので、演奏だけに翻弄されてしまうのではないかと思います。キャンセル待ちの方を募っておけば(?)キャンセルがあった場合、メールでその方にお知らせすればいいかと。つまり、本番間際にバタバタしないかと。まぁ、全部自分都合なわけですが・・・

しかしながら、「いつのまにか満席になってしまった」と仰っていた方もいるので、キャンセル待ちの受付は可能・・・ということをここでお知らせしておきます。

キャンセル待ちの方には、少なくとも本番2日ぐらい前までには、状況(キャンセルの有無など)をお知らせしたいと思っています。もちろん、キャンセルがあり、ご案内できるという場合は、その都度お知らせします。

あと、お申込み頂いているハンドルネーム「もも」さま、メールフォームからではなく、コメント欄からのお申込みでしたので、御面倒だと思うのですが、再度「メールフォーム」からお申込みして頂けますか?むろん、現在でも申込み済ということになっていますが、メールアドレスが不明なので、こちらから会場アクセスとか、その他メールでお知らせできないので。よろしくお願い致します。

以上、事務的連絡でした。

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category: リサイタル

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ハイフィンガーという提起 

 

その昔、テレビで中村紘子のレッスンを放映していた時、たしか僕は大学生だったと思う。ピアノを弾くということとは無縁の生活だったし、無縁の世界にいたけれど、ピアノを聴くということは愛好家として生活の中にあった。NHKで放映されていた「ピアノのおけいこ」なる番組、実は子どもの頃から結構観ていた記憶がある。中村紘子のレッスンはそのような「ピアノのおけいこ」のものとは少し異なっていたように思う。先生ではなく現役のピアニストが・・・ということが違っていたと当時は言われていたし、なんとなく僕もそう感じていたように思うが、「実に具体的なレッスンだな・・・」というのが正直な感想だった、もっと違うものを想像していたのは事実だ。「深淵なるお芸術とは~」みたいな?全然そうではなかったのね。でも、日本人ピアニストとか、優秀音大生の演奏に対して感じていた弱点のようなもの、その原因を、そのレッスンから感じとるとか、考えるということはしなかった。自分が弾いていなかったからだろう。ただ過ぎ去ってしまったという感じだろうか?

それから何年か経ち、中村紘子の「チャイコフスキー・コンクール」という本を読んだのだと思う。1988年、中央公論社刊・・・とあるから出版後すぐに読んだのだと思う。そして感じたのだ。日本人ピアニストを聴いて感じていた、ある種の物足りなさのようなものは、これだったのか・・・と。

「ハイフィンガー奏法」なる言葉は、この本がきっかけで世に浸透したのではなかったか?「指先と鍵盤との関係が、常に真上からのものであるので、響きがポツポツと固く・・・」とか「音楽を自分の内面的欲求からというよりも、むしろ形式からつかんでいるようなところがあって、いうなれば音楽の輪郭を表面からなぞっているような感覚があり、もちろん表面上は音譜をきちんと弾いてはいるのだが、その音楽と演奏者との間になんの関わりあいも見出されないのである」のような、愛好家として感じていた日本ピアノへの不満のようなもの、その要因が巧みな文章で説明されていたように感じた。

「ああ、そうだったのか・・・」

むろん、この本が出版される以前にも、日本人ピアニスト、日本ピアニズムにおける、ある種の平坦さ、機械のようにノーミスに弾くが、どこか無表情、何を弾いても同じ・・・のような欠点は言われていたように思う。でもその根底には、文化の違いとか、宗教がどうたらとか、西洋音楽の歴史の浅さとか、はては日本人特有の恥じらいとか謙虚さのような、人種としての特有性のようなものとして語られていたように思う。「私たち、歴史も文化も西洋人とは違うから・・・」のような?

「チャイコフスキー・コンクール」では一つの問題提起があったように思う。「そうだろうか?日本人の西洋音楽に対する基本的な感受性の有無に関することなのであろうか。それとも知性や感受性といったものを論議する以前の、ごく具体的に言って表現技術に類する問題なのであろうか?」と。つまり、それ以前に弾き方に問題があるのでは・・・と。

僕のような音楽愛好家であれば、「ああ、そうだったのか・・・」で納得してしまえるが、当時の優秀な音大生とか、留学生とか、つまり国際コンクールに挑戦するようなコンテスタントたちとか、中村紘子の提起をどのように受け取ったのだろう?実によく弾けるのだが、どこか平坦・・・どんなに練習しても、心のどこかで感じる音楽性の不足というか、もっと残酷な言い方をすれば、聴き手を感動させる演奏にはなり得ない、何かの不足・・・のようなものの起因を提起されてしまったら?

「感受性?歴史?そこよりも、むしろ、弾き方の問題でしょ?」

想像だが、「あなたたちには決定的な西洋文化の歴史が不足している」とか「埋められないような文化の違いがある」のような、自分たちにはどうしようもないような(?)深淵で曖昧なことが起因であれば、まだいいだろうと。でも「弾き方に問題があるのでは?」ということだと、それまでの辛かったピアノ道をどう受け止めればいいというのだろう?楽しいことも我慢して、厳しい修練に耐えてきた。レッスンも頑張って、練習も頑張った。だから私は難関の音大にも合格した、でも感じる。「とても達者に弾ける。もっと練習すればもっと弾ける。でも、人を感動させたことはないし、自分でも自分の演奏には何かが欠けているのは自覚している。でもだからといってどうしたらいいというのだろう?」

「弾き方」などと言われたら、「今までの私の苦労は何だったの?」と感じた人も多かったのではないだろうか?その時師事していた音大教授を恨む?過去に教えを受けた先生を恨む?自分を恨む?どう解決していったのだろう?

さて、現代、中村紘子の「チャイコフスキー・コンクール」から30年近くが過ぎようとしている。中村紘子が提起した「ハイフィンガー」という問題も解決し、弾き方に関しても全国津々浦々、音楽を具現化させるためにメカニックをどうテクニックとして連動させて・・・などの問題もクリアし、全国の音大では、かつての「平坦で無表情」とか「機械のようにノーミスだけれど、何かが足りない」とか、そんなことは過去のことで、麗しい音楽がレッスン室に鳴り響いている。人の心を動かしてしまう日本人の演奏は、西洋人など足元にも及ばないレベルになり、国際的に活躍する日本人ピアニストは数えきれないようになった。

そうはなっていない・・・ような気がする。現在もどこかの音大で悩んでいる優秀な音大生は存在しているのではないだろうか?

ピアニスト、中村紘子の死、問題提起をする人がいなくなった・・・と感じる。

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category: 未分類

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共通認識 

 

フィギュアスケート観戦をしていると、羨ましく感じることがある。最近の傾向なのかもしれないが、「いいスケート」「スキルの高いスケート」というものへの共通認識があるということが羨ましい。基礎点の高いジャンプをただ跳べば・・・ということではなく、質が求められる。流れのあるジャンプ、空中姿勢の美しさとか。ノーミスという観点でも羨ましく感じる。転倒があっても基礎スキルの高い選手の点数が高いのは、もはやスケート界では当たり前のことなのではないだろうか?

このようなこと、共通認識が、スケート関係者だけではなく、ファンにも浸透していることが凄い。選手やコーチ、ジャッジだけの認識で、観客は置いていかれるということはなく、「美しいスケーティング」というものが評価されるということは、観客も認識している。

ピアノの場合、このあたりが曖昧なのかも。そもそも「いい演奏」という観点が曖昧のような気がする。フィギュアスケートであれば、ノービスの選手であろうと、国の代表としてオリンピックに出場するシニアの選手であろうと、「何を目指すか」「どうすれば評価されるか」というところは共通しているような?

先生によって、その人のピアノ運命が決定されてしまうようなところはないだろうか?もしその先生が「脱力命」のようなところがあり、どこもかしこも腕ふりや手首ふり満載で、フワンフワンと音が散ってしまったりとか、反対に固く構えすぎて、鍵盤チョップのようなワンワン演奏だったり?この場合も、音は散っていたりして・・・

そもそも「いい演奏」とは?世界共通、立ち位置共通の弾き方ってないのだろうか?

「趣味のピアノ」「アマチュアのピアノ」「二流(?)音大生の演奏」「難関音大生の演奏」「ピアノ教師の演奏」「プロの演奏」「世界的なプロの演奏」・・・目指すものがいろいろあるような?学生らしい演奏って?よく分からない。世間的立ち位置によって目指すものが変化するという感覚が分からない。音符の少ないシンプルな曲だろうと、音大生だろうと、初歩だろうと何だろうと、「いい弾き方」というものは必要なのではないだろうか?

スケートのように共通認識があるといいと思う。演奏には「いい演奏」と「悪い演奏(退屈な演奏?」があって、自分が世間的にはどのような立ち位置にいようと、やはり目指すのは「いい演奏」のほうが弾いている人は幸せなのでは?

いい演奏のための共通した認識、これが重要であるように思うが、ピアノだとそのあたりはどうなのだろう?○○奏法?△△奏法?そのような分類以前の「弾き方」のようなもの・・・

演奏を聴く、この時には○○奏法とか、あまり考えて聴いている人はいないだろう。でもその人の演奏、ただツラツラと過ぎ行くものなのか、多少の破綻はあっても、「えっ、素敵・・・かも?」と感じるか、このあたりはシビアに、というか、聴こえてきてしまうものではないだろうか?何かが存在しているのでは?感性とか音楽性とか才能というもの、そこに視点を移してしまい、「ああ、私は・・・」と考えるよりは、何かを伝えるには、基礎的な伝達方法というスキル、弾き方があり、そもそもの弾き方を習っていないのでは・・・と考えてみる。

ただ音符が並んでいるようにしか弾けない、その場合の問題は、感性とか、そんな曖昧なものではなく、実は「弾き方」なのかもしれない。

ピアノにもフィギュアスケートのような、共通認識があるといいなと思う。本当は「弾き方」ってあるのかもしれない。共通の、どんな立ち位置にいても必要なスキル、弾き方。なぜ認識されていかないのだろう?

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category: ピアノ雑感

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ピアノの弾き方 

 

ピアノを弾くためにはマニュアル、この言葉が適当ではないのなら、語法のようなものがあるのではないだろうか?弾き方・・・と言ってもいいのかもしれない。

どんなに心を込めて、感情を込めて弾いても、その語法を知らない限り、聴いている人には伝わらないような何か。

どうしてピアノには声楽のような発声練習がないのだろう?管楽器のようなロングトーンがないのだろう?基礎練習というと、ピアノの場合、せいぜいハノンのようなもので指をガシガシと動かすみたいな?そのもっと前の段階の、音作りというか、響きづくりというか、その部分の練習って?その部分の弾き方、語法って?

音譜が立て込んでくると、全部がフォルテになってしまう。存分に歌って伝えたいのに、なんとなく癒し系というか、BGMのようにしか弾けない。才能?感性?音楽性?語法を知らないのかも?教えてもらっていないのかも?

教えてもらっての途中段階ならいいのだ。研鑽するさ。頑張るさ。でも教えてもらっていなかったら?

私は趣味、私はアマチュア、弾いて楽しければいいの・・・100%そう思えなかったら?心の片隅で「私も美しく弾けたらどんなに幸せだろう?」と少しでも感じてしまったら?今はそうではなくても、将来そのように思ってしまったら?

もし、自分の中のどこかで「どうせ・・・」と思ってしまうのだったら、言ってしまってはいけないのだろうか?

「私にピアノの弾き方を教えてください」・・・と。

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category: レッスン

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もう一つの「悲しきワルツ」 

 

最も有名な「悲しきワルツ」はシベリウスのものだろう。フランツ・フォン・ヴェツェイの「悲しきワルツ」も一部ヴァイオリン関係者だけではなく、もっと広く聴かれて欲しいような曲だ。もう一つの「悲しきワルツ」がある。最も地味な感じかもしれないが、悲痛さを最も感じさせてくれる「悲しきワルツ」かもしれない。

ボヘミア四重奏団でヴィオラを担当していたオスカル・ネドバル、先の動画の写真では右から二番目に写っていた人だ。

「オスカル・ネドバル?誰?」ピアノ曲もあるのかもしれないが、有名ではないはずだ。オペレッタやバレエ音楽が東欧諸国、特にチェコ、スロヴァキアなどでは演奏されているように思う。でも日本では、ほぼ無名の人かもしれないね。

ボヘミア四重奏団でヴィオラを弾いていた頃、彼はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者も務めている。約10年間ぐらいかな?

その後、ウィーンに移っている。あのウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の創立者でもある。おそらく、当時の音楽界では知られた存在だったはずだ。

オスカル・ネドバルの「悲しきワルツ」はバレエ音楽として作曲されている。「怠け者ホンザの物語」というバレエらしい。「悲しきワルツ」だけが単独で演奏され有名になっている、そんな感じみたいだ。でも有名・・・ではないかな?

悲痛、悲哀、消滅してしまいそうなほどの絶望感・・・このようなものを感じさせてくれる「悲しきワルツ」であるように思うが、それはオスカル・ネドバル自身の哀しい人生からくるイメージもそう感じさせてしまうのかもしれない。

「オスカル・ネドバル」

ボヘミア四重奏団ヴィオラ奏者、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団指揮者、そして作曲家、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団創設者。1930年、クリスマス・イヴの夜、演奏旅行先のザグレブにて投身自殺を図る。多額を負債を抱えていたという。

享年・・・56

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category: 秘曲

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ボヘミアの風、新世界の風 

 

医大生から多くの曲や演奏を紹介してもらうと共に、自分が所有しているレコードは聴かなくなってしまった。無理もないのだ。両親が買ってくれた、「名曲シリーズ」のようなレコードとか、僕が買うにしても当時駅前にあったレコード店で買ったレコードしかなかったから。選択というものがなかったのだ。店の隅にあったささやかなクラシックの棚にあるレコードが僕にとっての音楽の世界だったから。

でも偶然・・・ということもある。多くのレコードは聴かなくなってしまったが、その中で愛聴盤の地位を保っていたレコードがあった。ドヴォルザークの「新世界より」のレコード。偉大の演奏を紹介してもらった後でも、僕の愛聴盤は依然輝いていた。カレル・アンチェル指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏だった。

このレコードだけは僕が医大生に逆紹介(?)したレコードだ。「新世界より」というシンフォニーそのものは、彼にとって新しい発見ではなかったに違いないが、彼はこう言った。「チェコ・フィル?また随分と渋いというか?ああ、アンチェルの演奏は初めて聴いた。ノイマンよりずっと熱っぽいね。ボヘミアの風みたいだ」・・・

「新世界」なのだから、アメリカの風では・・・などと生意気にも思ったが、サウンドとしてはボヘミアのそれだったのかもしれない。「プラハって行ってみたい街なんだ」そう言って静かに目を閉じ、アンチェル盤「新世界」を聴き入っていた。

そして、医大生は、ある弦楽四重奏曲を聴かせてくれた。ドヴォルザークの「アメリカ」僕にとっては初めての室内楽体験だった。「ボヘミア四重奏団の古い録音なんだけどね・・・」そう言って再度目を閉じて聴き入った。

ドヴォルザークのメロディーって、果てしなく切なくなる。彼が言うとおり、古い録音で、ノイズの彼方から弦の調べが聴こえる・・・という演奏だったが、やるせなさ、儚さは僕にも伝わってきた。

ボヘミア四重奏団、後にチェコ四重奏団と改名しているし、メンバーも時期によって入れ替わったりしているが、古い録音ということを気にせず、音楽を聴けば、それはそれは素晴らしい演奏なのではないだろうか?

この動画、「アメリカ」の第2楽章だが、このような曲が存在しているということ自体に切なさを感じる。写真、一番左の人がカレル・ホフマン。この人はリーダー的存在で、他のメンバーは入れ替わっても、ずっと演奏していた人。左から二番目の人、名前がないが、チェロのヘネシュ・ヴィハーンだと思う。この人がいなければ、ドヴォルザークのチェロ協奏曲は誕生しなかったのではないか?そのチェロ協奏曲を献呈された人でもある。右から二番目の人、これまた名前がないが、ヴィオラのオスカル・ネドバル。この人については別に述べたい。一番右の人がヨゼフ・スーク。最近亡くなったチェコのヴァイオリニストで同名の人がいるが、その人の祖父になる。ドヴォルザークの娘婿でもある。今ひとつ知名度が低いが、ヨゼフ・スークには素晴らしいピアノ曲がいくつかある。いつか、どこかで自分も弾いてみたいと思ったりする。チェコのモラヴェッツとか、生前スークの曲を愛奏していたように思う。

「辛いのかい?じゃあ、僕の音楽で泣けばいいじゃないか?君一人じゃないんだから・・・」僕にとって、この演奏はそんな感じかな?

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category: 月の輝く夜に

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レッスンって導くこと? 

 

シフラの「ハンガリー狂詩曲」からゾルタン・マガの「チャールダーシュ」まで、かつて医大生が曲を紹介してくれた方法で僕も紹介してみた。その演奏、曲を特徴づけている要素を探って、関連させていく、あるいは演奏者や作曲者の周辺まで広げていく聴き方。率直に言って、とても楽しかった。僕には、かつての小学生時代の僕のような少年など周囲にはいないので、実際には導き役にはなり得ないがブログがその欲求を満たしているようなところはある。どこかで僕の選んだ曲や演奏を聴いて「あっ・・・」と感じてくれる人がいるかもしれない、それは何と素晴らしい想像だろうと。

月の輝く夜以降、曲紹介という聴かせ方から、演奏を際立たせている要素を探る聴かせ方に変わっていった。曲としては、僕も知っているような有名な曲を、演奏の違いによってどうなるか・・・という観点で医大生はレコードを選択することが多くなっていったように思う。

この曲は僕も知っていた。「おさらい会御用達」みたいなレコードに収録されていたから。僕の持っていたレコードの演奏も悪いものではなかったように思う。純粋に「素敵な曲なんだな」と思ったから。でも医大生がかけてくれたこの演奏は何かが違っていた。すべてが違っていた。

この演奏を僕に聴かせた後、「ローゼンタール、聴こうか?」そして「コルトーの演奏で聴いてみようよ」何度もレコードの針を戻しながら「今の部分、ここなんだよ!!!」と・・・

自分が演奏する際、一応自分なりのスキルのようなものはある。言葉ではとても説明できるようなことではないし、僕はピアノ教師ではないので、伝える方法を考える必要性さえ感じない。かなり大雑把、かつ主観的な説明をしてみると、ピアノは「弾く」ではなく「狙う」みたいな感覚?伴奏とメロディー、これまた単純すぎる言い方だが、響きと、その響きの中からクリスタルな感じで浮かんでくるメロディー・・・みたいな?この部分は、自分がこれで・・・というよりも、かなり大胆にしてみて調度よろしいかと。アゴーギク要素は、抑揚のツボ・・・みたいなものはあるように思う。波みたいな感じ?パッセージを百回機械的に練習するよりは、イタリア映画を音的鑑賞してみた方がアゴーギク訓練にはなるかも・・・とかは思ったりする。

聴き手としては、演奏者との間に距離をまず置く。そして期待するのだ。「何かしらで惹きつけてくれるだろうか」と。「あっ・・・」と何かしらで感じさせてくれるだろうかと。これを期待する。これがないと、ノーミスで破綻なく、一応の表現らしきものがあっても聴き手としては退屈してしまう。演奏する際は、自分でも聴き手になってみる。シンプルなこと。「自分の演奏、聴き手の立場としてはどうよ?」という観点というか?

上手く言語化はできないのだが、この一応のスキルらしきものは、医大生の聴かせてくれた音楽や演奏によって導かれたものと僕は思っている。

生活の中にピアノというものを組み込むのは大変なことだ。それでも弾く。弾かずにはいられないから。僕は思う。やはり、導き役は自分が習っているピアノの先生がベストなのではないかと。いい先生に習う・・・意外と難しいことなのか?それとも意外とシンプルなものなのか?いい先生の基準、それは学歴ではないように思う。先生自身が追っているかだと思う。焦がれて苦しいまでの想い。一緒に探して、追っていける先生がいいと僕は思う。そのような先生は自分でもピアノを弾いている。焦がれて苦しんでいる。

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月の輝く夜 

 

今でも満月だったりすると、医大生と聴いた、この曲が頭の中で流れたりする。あの時の月夜の日から、彼の僕に対しての、音楽の聴かせ方が変わったのだと思う。

オペラの全曲盤を、身振り手振りで、あるいは彼なりの絶妙な解説を加えながら聴くのは楽しかった。オペラだけではなく、それまでの彼は、子どもだった僕に、音楽を「紹介する」という聴かせ方だったように思う。

「真珠取りは全部聴く必要のないオペラだから、ゲッダのアリアだけを聴いてみよう。震えるような旋律でね・・・」

10歳だった僕に、ゲッダの歌うナディールのロマンスは強烈だった。ここまで汗とか労力というもの、一生懸命さを感じない演奏ってあるだろうか?ハイCをここまで柔らかく表現するテノールが今現在いるだろうか?

レコードを聴かせてもらううち、小学生にしては夜遅くなる時間になることも多かった。そんな時は医大生が家まで送ってくれたりした。

「音楽って悲しくて切ないんだね」僕の言葉に彼は少し驚いたようだった。「そうだね・・・そうなんだよ」月の輝く夜、そんな会話をしながら二人で歩いた。

それから彼の聴かせ方が変わった。レコードを途中で止めて、「今のところ、もう一度聴いてみるけど、ここが凄いんだ。、Kaz君も感じるだろ、そう、ここだよ、こういう個所をこのように歌うということで演奏と曲を素晴らしいものにしている・・・」「Kaz君が、ここって感じたら僕に教えてくれよ。君なら感じると思う」「そう、そこだよね、もう一度戻して聴いてみるよ・・・」

素晴らしい演奏が、素晴らしい演奏として聴き手に伝わってくる、ある要素、それはマニュアル、ノウハウの如くに規則性があるように僕には思えた。新しい音楽の聴き方だった。漠然と「いい曲ね」「上手ね」と聴くのではなく、そう感じさせるものを解いていくような聴き方・・・

今思えば、この時の体験が僕にとっての「ピアノレッスン」「ピアノのお稽古」になったような気がする。むろん、「これはピアノの先生の役割なのでは?」とは当時でも思ったものだ。「何故ピアノの先生はこういうことを言ってくれないんだろう?」と。でもそんなものなのかもしれない。今、多くの音大のレッスン室で、何故「美」というものを「美」と感じさせるのだろう・・・というものを具体的に追っているようなレッスンが行われているのだろうか?いないだろう・・・と思ったりする。

切なさの理由を僕は知りたかった。切なさに浸りながら人生を生きてきた。ピアノを再開してからは、切なさを追うようになった。

月の輝く夜に感じた切なさを・・・

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チャールダーシュ 

 

前に紹介したゾルタン・マガ、ヴェツェイの「悲しきワルツ」を演奏していた人、彼について調べてみたけれど、あまり詳しいことは分からない。ハンガリーでは当然人気があるとして、ウィーンでも人気があるみたいだ。

そもそも、ウィーンの人って「ハンガリー的」なるものが好きなのでは?オペレッタとか、かなりハンガリーへの憧れがあるような気がする。ウィーンからハンガリーのブダペストまでは列車で3時間ほど。平和な風景を観つつ、国境なども分からないまま、列車はブダペストに到着する。この到着時の印象は、非常にドラマティックな感じだ。「ああ、東欧・・・」というか「ああ、元社会主義の国なんだ・・・」みたいな?たった3時間でこの劇的な変化。ウィーンは西欧なんだね。でもブダペストは東欧。この劇的変化はヨーロッパそのものという感じだ。

ゾルタン・マガ、きっと演奏したらハマっているんだろうなと検索した曲がモンティの「チャールダーシュ」という曲。非常に有名な曲なので、誰でも知っている曲と言ってもいいだろうと思うが、いかにも「ハンガリー的」という感じがする曲ではある。

ずっと僕は、この曲はハンガリーの曲だと思っていたのだが、それを知ったイタリア人のルカに怒られて(!)しまったことがある。「何を言っているんだ?この曲はイタリアの曲じゃないか!」と。たしかに作曲者はヴィット―リオ・モンティ・・・イタリア人だよね。「イタリア・・・というより、彼は生粋のナポリ人だよ」

イタリアという国、紛争のあったコソボと意外と近い。僕など「コソボって?」という知識しかないが、こんなことがあった。ルカと食事をしていて、彼がレストランで働いている女性(少女)のことをこう言ったのだ。「彼女、イタリア人ではないね。難民なんじゃないかな?」

年齢的にも少女・・・という感じだったし、それにしては、実家の手伝いを子どもがしているというようでもなかった。

「国はどこなの?」「コソボ・・・」「一人で働いているの?」「そう・・・」「お父さんやお母さんは?」「死んだの・・・」「ナポリに親戚とかいるの?」「ううん、いない・・・みんな殺されたの・・・」

その会話、いかにも悲劇的というふうでもなく、日常的な出来事として淡々と話されていた。ヨーロッパの人々は、このようなことを経験してきた民族の共同体なのではないかと・・・

ゾルタン・マガの「チャールダーシュ」、このような演奏を聴くと、「絶対にこれだけは捨てない」というような、何かとても強烈なものを感じる。イタリアの曲なのかもしれないし、やはりハンガリーの曲なのかもしれない。

壮絶な歴史を重ね、未来に紡いでいくヨーロッパ民族の曲・・・ではあると思う。

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流浪 

 

ヴェツェイの師にフバイがいる。フバイは愛弟子ヴェツェイ少年を自分の師であるヨアヒムに託したわけだが、もちろん自分の師ということもあっただろうが、ヨアヒムが同じハンガリー人であったことも関係していたのではないだろうか?

非常に強い自国への誇り、自国の文化への誇り、これはどこからくるのだろう?ヨーロッパ人との付き合いから感じることだ。若い頃の僕は、日本独特の「呪縛のように固定化されたもの」から逃れたかった。アメリカ逃亡(?)という手段もそこからきていた。でもヨーロッパ人は、どこか「固定化」を求めるような?

自分の国はある、国境もある、でもそれはいつ変わってしまうかもしれないような流動性がある。紛争も人種間の争いも多いので、いつ自分たちの国が大国に吸収されてしまうのか分からない。なので、奪えないもの、他人に渡さなくてもいい、自分たちの文化を守る、そこに誇りを感じる、流浪の民にいつなるのか分からない不安定さ・・・

ポーランド人からも、そのようなものを強く感じたし、一般的には「陽気」とされているイタリア人からも感じることだ。川向う、あるいは、山を越えたら、そこには異国があり、異なった文化を持つ人々が暮らしている、この感覚は僕には分からないものだ。

フバイの「カルメン幻想曲」は最近演奏される頻度も高くなってきているように感じる。サラサーテやワックスマンのものは以前から有名だったが、フバイの知名度アップは嬉しい。ヴァイオリンの小品では「クレモナのヴァイオリン作り」という哀愁漂う曲も素敵だ。でも、これらの作品はヴァイオリンを弾く人にとっては、良く聴く曲なのかもしれないが、ピアノ弾きにはそうでもないだろう。

「チャールダーシュの情景」と呼ばれる曲集の第4番、この曲がフバイの曲の中では最も有名なのではないだろうか?「へイレ・カティ」と呼ばれる曲だ。この曲は特にヴァイオリンに親しくない人でも「あっ、これ、聴いたことある」という曲かもしれない。

明るい曲、陽気な曲・・・なんだと思う。でもここまでの「ハンガリー色」を打ち出された演奏、曲を聴くと、「これだけは守り抜いてやる」というような、誇りさえ感じてきてしまう。流浪の哀愁さえも・・・

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小さな巨星 

 

フバイにしろ、ヨアヒムにしろ、どのようなレッスンをヴェツェイ少年に行ったのだろう?むろん、「そこはドレじゃなくドミでしょ?」とか「そこは二つ伸ばすのだよ」みたいなレッスンではなかったことは想像できる。では後光射すヨアヒムが、ただ一回静かにうなずけば・・・というレッスンだったとも思えない。意外と具体的なレッスンだったのではないだろうか?

ヴェツェイ、フバイ、そしてヨアヒム、3人ともハンガリー人である。ハンガリーの伝統・・・のようなものを伝承していったのではないかな?「上手に・・・」という自分範囲のことではなく、もっと大きなもの・・・

現在ではフランツ・フォン・ヴェツェイという音楽家の名を知る者は少ない。ヴァイオリンを弾く人の中で、「ああ、あの悲しきワルツの?」という程度だろう。

神童から大人になる時の困難さをヴェツェイは乗り切ったのだろう。ヨーロッパ中を演奏していたのではないだろうか?全盛期のヴェツェイの伴奏者(共演者)はベラ・バルトーク。バルトークが「あ、あのヴェツェイの伴奏者ね?」という時代もあったのだ。

この演奏、あのグイド・アゴスティがピアノ共演ということは、ヴェツェイの後年の演奏なのだろう。録音自体も少年時代のものとは飛躍的に向上しているような?

神童として世に出て、ハンガリー人の誇りを人々に伝えた。当時の演奏家の常として、彼も愛するヴァイオリンのために曲を残した。

ヴェツェイの演奏を愛したジャン・シベリウスは自作のヴァイオリン協奏曲をヴェツェイに献呈している。

ヴァイオリニストとして演奏活動を続けていくことに、晩年は倦怠を感じていたともいう。なので指揮者という別の道を考えていたのではないだろうか?

フランツ・フォン・ヴェツェイ・・・享年42

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孫悟空 

 

医大生が往年の巨匠の演奏が好きだったから、僕が影響されたのか、それとも僕がそのような演奏を好んだので、彼が聴かせたのか?おそらく両方だろうと思うが、珍しく、現代の寵児的なピアニストの演奏を聴かせてくれたことがある。当時非常に話題になっていたレコードだ。ポリーニのショパンのエチュード。僕は「ポリーニって?」という感じだったけれど、さすがにその演奏は凄いものなのだとは思った。

「凄いんじゃない?」「そうなんだけど・・・」「凄くはっきりしているよね?」「そうなんだけど・・・」

はっきりしている・・・ここが彼が気にしていたところだった。「この演奏はこれでいい。でも将来、皆がこの演奏の方向性を真似していくんだと思う。そうなると音楽を聴くのも楽しくなくなるような気がするんだ」「・・・・」

「ねぇ、君は感じるかな?ローゼンタールという人の演奏なんだけど、昔の録音だから、今の(ポリーニの)録音のようにはクリアな音ではないんだけど、聴いてみないかい?何を感じる?」

初めて聴くローゼンタールの演奏、僕はこう言ったのだと思う。「孫悟空みたい・・・」「そうなんだよ。孫悟空なんだ」

いわゆる、ミクリ派の軽いタッチ・・・ということになるのだろうが、当時の僕はそんなことは知らなかった。でも天を駆けるような音質、音色に魅了されたのは事実だ。孫悟空が空を駆けるのかは知らないが、そのような気持ちよさを感じたのだ。軽々としている・・・

ヴェツェイ少年の演奏を聴いた時、僕はそのことを感じた。孫悟空なのだ。これはヴェツェイ少年が14歳の時の演奏。バッツィーニ(バッジーニ)の「妖精の踊り」という超難曲だ。いわゆる、技巧を見せびらかす曲とされている。そうかなぁ?まさしく天駆ける孫悟空・・・みたいだと思うんだけどな・・・

この曲、現代のスター、ヴェンゲーロフの演奏が有名なのではないだろうか?見事なものだ。でも孫悟空ではないのだ。実に見事なのだが。天を駆けてはいない。後にフランチェスカッティの同じ曲を聴いた時には、非常に驚いたものだ。その演奏は孫悟空そのものだったから。音の違い?演奏スタイルの変化に伴う意識の違い?なんだろう?軽い、とにかく軽く楽そうなのだ。

ヴェツェイの演奏の楽さ、軽さ、この伝統は、なんとなくフランチェスカッティやハイフェッツあたりで途絶えてしまっているような?これはピアノでも感じることだ。

ヴェツェイ、当時ヨーロッパでかなりの人気ではなかったか?異国的雰囲気というか、ハンガリー的魅力(?)が容姿にも備わっていて、相当騒がれたような?マッチョ的ではなく繊細そうな?

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神童登場 

 

神童といえば、ピアノのヨゼフ・ホフマンだろうと思う。この人の演奏は今でも録音で聴くことができる。でも神童時代の演奏ではない。成長し、神童出身(?)ならではの難しさを乗り越えた後の演奏だ。

神童ならではの難しさ、ヴァイオリニストの五嶋みどりを連想する。まれにジュリアード音楽院で学ぶ・・・などの経歴を見かけるが、間違えではないが、実際にはジュリアードのプレカレッジ中退である。自分の意思で中退している。「タングルウッドの奇跡」などの直後の中退ではなかったか?桐朋子どものための音楽教室在籍が、そのまま桐朋学園卒業ではないように、ジュリアード卒業ということではないとは思う。彼女はNYU卒業だ。ニューヨーク大学だね。つまり、総合大学の心理学の学位を持っている。

神童、天才少女、そしてスター演奏家としての環境、ここに戸惑ったようだ。宿泊は一流ホテル、衣装も同じというわけにはいかない。スターなのだから。移動も主催者側の用意したハイヤーを使用・・・こんなことが辛かったらしい。

拒食症、そして鬱病を患う・・・入院・・・このあたりは、割と知られていないのかもしれない。現在の五嶋みどりは、衣装を含めた荷物も全部自分で持つ。楽器を背負い、両手に紙袋を持って。宿泊もすべてビジネスホテル。衣装もコインランドリーで全部自分で洗濯し、移動も電車やバスなどの公共機関を使う。

普通のことを普通にする・・・神童はここでつまずくのかもしれない。

スポーツ選手、たとえばフィギュアスケート選手などの場合、神童扱いの他に、自分の残した過去の成績との戦いという面もあり、これは相当厳しい戦いのような気がする。過去の自分から完全にフリーになれるのは、もしかしたら引退という選択だけ?浅田真央選手は、オリンピック銀メダリスト、世界選手権金メダリストという実績とも毎年闘っているのではないだろうか?周囲からの期待、プレッシャー、そのようなものを超えると、それは「普通のことを普通にする」ということに戻るのかもしれない。現在の彼女は原点に戻って滑っているように感じる。

「私はスケートで表現するのが好きなの。スケートが好きなの・・・」

元祖神童、それが「悲しきワルツ」のフランツ・フォン・ヴェツェイ。父親からまずはヴァイオリンの手ほどきを受け、イェネー・フバイに師事する。その後、フバイの師であったヨアヒムにも師事する。ヨアヒム、もうこの人ぐらいになると、メンデルスゾーン、クララ・シューマン、そしてブラームス・・・と音楽史の有名人(?)との直接の関わりあいがある。ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演はヨアヒムではなかったか?

神童ヴェツェイ少年、11歳の時の演奏。師であるフバイの「カルメン幻想曲」を演奏している。今から100年以上昔の録音なので、はるか彼方からのヴァイオリンの音色だが、その演奏は驚異的だ。この時代、録音というものの重みは、現在とは全く異なるので、ヴェツェイ少年が、どれだけ当時騒がれたのかが想像できる。

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白いスーツ 

 

ヴェツェイの「悲しきワルツ」この旋律は、やはりやはりピアノではなく弦・・・なのではないか?そう感じる。グリュミオーの非常に美しい演奏、この選択で間違えはないように思うが、もう少し濃い、ハンガリー色というか、民族色を感じるような演奏はないだろうか?

CDを購入する時、意外とジャケットって重要なのではないかと思う。日本人演奏家のCD、かなり損をしているのではないかと感じるCDが多いような?もう少しシックにならないのだろうか?内田光子のCDは、さすがに「脱日本」的な感じがするが。

ユーチューブの場合、CDのジャケットよりも、さらにビジュアルな要素って演奏と密着しているような?このヴァイオリニストは初めて聴いた。どうもハンガリーでは、かなり有名な人らしいのだが、日本ではそうでもないだろう。日本に来日もしない感じだ。

「この人いいかも・・・」と判断した基準は、彼の白いスーツ、あとは昭和の東欧的な舞台とか照明とか。このような場合、演奏としては大はずれか、大当たりとなることが多い。平凡、凡庸、普通・・・ということは少ない。

ゾルタン・マガ・・・という人らしい。名前からしてハンガリー人か?

泣き節が素晴らしい。

そして濃さが好き。

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辛いから歌う? 

 

ヴェツェイの「悲しきワルツ」という曲。ヴェツェイはシフラと同じハンガリーの人だ。この曲はヴァイオリンを弾く人にとっては、まあまあ有名な曲なのではないだろうか?

シフラ編の「悲しきワルツ」を最初に聴いて、まず感じたのは、「これ、シフラの編曲にしては音譜密度が低くない?」ということ。最初の部分など「僕でも弾けるかも?」などと思ってしまったほどだ。途中から「ああ、やはりシフラですね」と音譜密度は高くなるが・・・

もう一つ感じたのが、「シフラ、パッセージを盛り込み過ぎでは?」ということ。静謐なまでに悲しいメロディーなのだ。その印象が薄まってしまうのでは?こう感じたのには理由がある。ヴェツェイのこの曲、子どもの頃から聴いていた曲で、その演奏がグリュミオーの大変に美しい演奏だったのだ。これが僕の「悲しきワルツ」に関しては基本演奏になっていたところがある。

ロマの楽団の演奏をいくつか聴いてみると、僕の最初の「盛り込み過ぎでは?」という印象も変わってくる。彼らが演奏するハンガリーの、それも土着性の強い曲の演奏では、「泣き節」とも思えるようなメロディーを、だんだん盛り上げていく傾向があるように思う。そこまでするかというほど、高らかに歌い上げ盛り上げていく。

それは「蝶よ花よ」という、すべてに恵まれた人の発想ではないように思う。厳しい現実がある。貧困がある。差別がある・・・だから歌うのだよ。「俺たちにできることは歌うこと、高らかに歌うこと、そしてすべてを忘れること、それしかないじゃないか?だから歌うんだよ」という感じかな?

そのような観点でシフラ編曲の「悲しきワルツ」を聴いてみると、悲しさを感じてくる。この編曲、この曲だけではなく、先の「ハンガリー舞曲」でも感じるが、これはピアノというよりは、ロマの人たちが愛奏するツィンバロムの響きに近くはないだろうか?

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私的鑑賞法 

 

およそ40年前、医大生が導いてくれた音楽の世界、彼なりの聴かせ方があったように思う。聴き手(僕ですね)の反応を察知し、魅了されている要素、その演奏を際立たせている要素を、どんどん切り込んでディープに聴かせていくという導き方だった。

「この部分、いいよね?そう感じるんだったら、きっとこの人のこの曲も気に入るんじゃないかな?」みたいな?あとは、演奏者の師弟関係とか、影響された音楽家に踏みこんでいく聴かせ方も覚えている。次回にでも紹介するが、ヴェツェイというヴァイオリニストの曲や演奏を紹介し、僕が魅了されたと判断すると、ヴェツェイの先生であるフバイに入っていく・・・

世間で有名な曲を機械的に・・・ということはなかった。

医大生自身はピアノを弾くということはなかったように思う。あれだけ音楽に、演奏家について詳しかったのに。彼の両親も医師だった。父親は大学病院に勤務し、母親は開業医だったと記憶している。彼の自宅には「イーバッハ」というピアノがあり、その当時、僕はピアノというものは黒いものだと思っていたから、彫刻を施された木目調、ヨーロッパ調のピアノに驚いたものだ。何故か鮮やかに覚えているのだが、父親がヴァイオリンを弾き、そして母親がピアノを弾いた「タイスの瞑想曲」をじっと聴く彼の姿は、どこか真剣で哀しげであったようにも感じた。

彼の人生のレールは決められていたのではなかったか?医師になるという道。おそらく、自分で楽器などを弾いたら、後戻りできなくなる、そう思っていたのではないだろうか?

僕のことになるが、よく言われる。「なんで色々な演奏家、いろいろな曲を知っているのですか?」と。僕など、ディープな音楽愛好家と比較すれば、その知識は浅いものだ。でも、例えば、サークルのピアノ仲間でも、自分が演奏する曲のCDしか聴かない、それも一人か二人のピアニストのCDしか聴かない・・・なんていう人もいて驚いたりする。

音楽の聴き方なんて、本当に人それぞれだなと思う。もし、僕が平均的ピアノ学習者よりも演奏家や曲を知っているのだとしたら、それは医大生が導いてくれたやり方を、今も自分自身で続けているからだ。

前記事のシフラの「ハンガリー狂詩曲」、とても素晴らしい演奏だ。シフラの他の演奏を聴く、これは僕も同じだが、自分が魅了された部分、そこを追っていくのが僕の、そして、かつて医大生が教えてくれたやり方なのだ。

シフラの演奏、むろんオクターブとか、跳躍とか、メカニカルな部分にも惹かれるが、それ以上に「ロマ的なるもの」ここに惹かれる。民族的なるもの、あるいは、その民族であることへの誇り、そのような要素をシフラの他の演奏でも追う、探すのだ。

この曲なんか、とても「シフラだな」と思う。

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音楽の扉 

 

本日の日本グリ―グ協会主催、ランチコンサート、無事終了。本当は、ここで演奏記というか、本番記のようなものを綴るのが普通なのだと思う。人様のそのような文章を読むのは嫌いではない。でも自分では書けない。

「僕は過去には捉われない男なのさ」あるいは「僕って反省を知らない男なのさ」・・・ということなのかもしれないが、それよりも、あまり自分の「出来栄え」というものを気にしないというか、無頓着というか。むろん、反省するところは毎回多々あるので、そこは頭に入れようとはするけれど、目標はそこではないと言うか・・・

むろん、「よかったです」と言われれば嬉しい。そしてこう思うのだ。「そうでしょ?よかったでしょ?」と。これは自分の演奏が素晴らしかったでしょ・・・ということではなく、むしろ「いい曲だったでしょ?」「あなたもこの曲いいと感じた?」みたいな感じ?そこには自分の出来栄え、ミスがどうたらとか、そのようなことは入っていない。自分が・・・という感覚はない。自分が曲から感じた、何かしらの魅力のようなものを、聴いていた人も感じてくれた、共有できたという喜びというのだろうか?

この感覚は、実は練習の段階でも感じている。目標は、自分がどう弾けるか・・・ではなく、自分自身が惹きこまれた曲に内在している「何か」を感じてくれるだろうか・・・が近い。

この感覚、実は小学生の時に養われたのだと思っている。小学2年生まで、一応ピアノは習っていたし、何枚かピアノ演奏のレコードも持っていて、聴いていたけれど、「ふーん、こんな曲なんだ」くらいの冷めた感想しかなかった。3年生になって、ある医大生が音楽の扉を開いてくれた。独断的な選曲だったかな?クラシック音楽をあまり知らない小学生が聴くような音楽を聴いていたとは思えない。たとえば、ロシアの往年のテノール歌手が歌うロシア歌曲・・・なんて小学生が聴くだろうか?

「いい曲でしょ?」「よかったでしょ?」「僕は最高だと思うんだ」「これ聴くと涙が出てくると思うよ」

感動の強要ではなかった。僕は感動していたから。僕の反応を見て、選曲してくれたのだと今は思う。恍惚の表情でゲッダのラフマニノフを聴いている僕を見て、「レメシェフ・・・聴こう!」そんな感じだったから。僕が感動で顔が紅潮したり、泣き出してしまった時、彼はよくこう言ったものだ。「そうだよね?いいよね?」と。

その時の医大生、今は医師となっている。インド在住なので、なかなか会えないし、メールも途絶えがちだが、今日、「よかったです」と言われ、僕自身「そうでしょ?いい曲でしょ?」みたいな感覚を今も維持していたのは、彼の影響なのだということを伝えた。

「いいでしょ?そうだよね、いいよね・・・」これは彼の言葉だからだ。とても感謝している。

想像してみる。もし、今、僕の近くに、かつての僕のような少年、一応ピアノは習っているけれど、自由奔放というか出鱈目というか、そんなピアノしか弾けないけれど、でも音楽への憧れで瞳がキラキラしている少年(少女でも)がいたら、僕はどのように音楽の扉を開いてあげるだろうかと・・・

「この人はシフラっていうんだ。とても苦労した人でね、耳は半分しか聴こえないし、ピアニストなのに腕の腱を痛めてしまったんだ。ハンガリー動乱の時、徒歩で国境を越えたんだ。ロマの血を受け継いでいてね、そのことで偏見や差別もあっただろうけど、彼はロマの血を誇りに感じていたところもあるんじゃないかな?ハンガリー狂詩曲という曲、リストの曲なんだけれど、最後の方なんか凄いよね。でも切々と歌い込む箇所が好きなんだ。こんな風に歌える人ってこの人しかいないんじゃないか?そう思うんだ。聴いてみようよ?」

「凄いね。ゆっくり歌うところが凄いと思う。ドキドキしちゃった」

「そうだよね?いいよね?君もそう感じる?そうだよね・・・」

kaz




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本番当日のチェック事項 

 

本番当日に大切なこと、それは時間に遅れずに会場に到着すること。当たり前のことだが。

「どうしよう?」そりゃあ、自分が演奏するわけだから心配にもなろう。どうしようと思っても、どうにもならないのが当日だから、ここは音楽そのものが持つ不思議な力を信じるしかない。日頃の練習をどのように捉えているか、何を目標にして練習してきたか、この部分が重要なのかもしれない。当日、そして本番でいくら「音楽♥」と感じようとしても、ノーミスとか、そのようなことを目標としてきたら、当日だけ「華麗なる転身」をするのは難しいだろうから。

本日演奏するのは、メリカントとカスキの曲だが、何故か朝起きてブラームスのインターメッツォを弾いたりしていた。関係ない曲なんだけどね。

音楽って、感情、心の傷を代弁してくれることもあるのではないだろうか?語りかけてくるというか、「そうだよね」とか「辛いよね」とか?そこに共感するから、その曲を弾いているわけで。「曲」を弾きこなすというより、勇気のいることだが、寄り添ってくれる、代弁してくれる音世界に素直になってみるということが本番当日では大切なことではないかと・・・

演奏者にもあるし、そして聴き手にもあるもの。それは感情というもの?プロだから輝かしい感情があり、素人だから粗末な感情があるわけでもないだろう。

この動画は、全く音楽・・・という意味では関係のない動画だと思う。テーマが同性婚なので。でも、動画の主人公である中村さんのお母さんが息子の披露宴でピアノを弾く場面がある。動画だと11分ぐらいのところだろうか?

むろん、カーネギーホールで拍手喝采・・・という演奏ではないのかもしれない。コンクールで入賞・・・という演奏ではないのかもしれない。演奏目的の動画ではないから、10秒ぐらいしか流れないし・・・

でも聴いていて心が動いたのだ。「素人の演奏じゃない?」そうだが、演奏者の、そして聴き手の感情が見えた、聴こえた・・・そう感じたのだ。

もし、自分の息子がカムアウトしたら?「僕・・・ゲイなんだ」そこまでは受け入れられるとしても、「結婚するんだ・・・だから日本を捨てる」となったらどうだろう?「まあ、それはよかったじゃない?」と心穏やかな母親なんているだろうか?

愛によって受容する・・・そのような感情が演奏から聴こえてくる。見えてくる・・・そんな気がする。

音楽には、そのような力がある。だからピアノを弾いているわけで・・・

本番当日のチェック事項、それは、今一度自分に問いかけてみること。

「なぜ自分は音楽を聴くのだろう?そして弾くのだろう?」

kaz




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本番前日のチェック事項 

 

明日は本番という前日の夜、何をするだろうか?ひたすら練習?「とにかく何度も弾いておこう」「ミスなく弾けますように」「失敗したらどうしよう?」

必死にパッセージの練習をするのもいいが、大切なことを忘れている。

「もし、自分が聴衆だったら、今の演奏、どうなのだろう?どう感じるだろう?」ここで「そんなことはプロが考えればいい」と逃げずに、ちょっと考えてみる。聴き手は演奏者がプロだろうが、アマチュアだろうが、そんなこと気にして聴くだろうか?プロだから感動度100%で、アマチュアだから45%の感動度でと、切り替えて聴いたりするだろうか?

クラシックの聴衆って礼儀正しいから、退屈しても「つまらねぇな」なんて決して言わないし、きちんと拍手もしてくれるだろう。でも聴き手として人の演奏を聴いた時、「早く終わらないかな・・・」と正直感じてしまうことはないだろうか?もし、自分の演奏の時、人からそう思われていたら?

本番前の最後のチェック事項は、ストリートミュージシャンになってみることだ。自分の演奏、人が立ち止まって聴いてくれるだろうか?微笑みながら、あるいは真剣な面持ちで聴いてくれるだろうか?そのように自分の演奏をチェックしてみる。

「う~ん、一応弾けるようにはなったけれど、素通りされるな・・・」

そこをどうするか?それが最後のチェック事項。ミスが一つ増えたとしても、立ち止まってくれる人が一人増えることのほうが、重要かもしれない。

人はミスの多い、少ないを聴きたいわけではない。

kaz




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友情 

 

個人的、全く個人的に感じる、歌の歌詞が人間を表していると思う曲がこれ。

本当に辛い時期だったのだと思う。本気で自殺など考えたことはなかったと思う。実行する勇気もなかった。でも「このまま飛び降りてしまえば終わるんだな」などと衝動的に考えてしまうことはあった。

今までで、その時の自分の気持ちを赤裸々に打ち明けてしまった人が一人だけいる。その人は僕の、その軟弱な、弱った告白を受けとめてくれた。でもこう言ったんだね。「君は生き続けなければならないんだ。そうしなければいけないんだ!」と。

僕は自分のことで精一杯だったから、彼自身にタイムリミットがあることなど考えもしなかった。今思えば「君は生きなければいけない」は「僕はそれができないけれど・・・」ということだったのだ。

その時、僕は「守られている」と感じた。不思議なことに、彼が亡くなってからも、その「守られている」ということを感じる。決して孤独ではないのだと。

僕はフェイスブックが苦手だ。何故だろうと思う。便利なのだとは思う。でも時々、知り合いと友人を無意識に混同してしまうことはないのだろうか?・・・などと思う。「今夜は焼肉パーティーです」「我が子の入学式でした」・・・「わぁ・・・いいですねぇ」・・・

知り合いは多い方が孤独ではないのだろうか?でも親友は数少なくても孤独ではないと感じる。その人が亡くなってもね。いつもどこかにいると感じるのは何故だろう?守ってくれていると・・・

僕と彼とは共通点などなかったに等しい。人種も違えば、宗教も違っていた。彼は熱心なユダヤ教徒だったが、僕は無宗教。考え方も生きてきた歴史も違った。音楽という共通点もなかったな。

「君たちの国は侵略されたことなんか、ないじゃないか!」
「祖国があるって、帰れる国があるって普通のことじゃないんだよ?」

平々凡々たる、甘い日本人である僕に、苛立つことだってあったに違いない。

「君は生きなければいけない」そう言った彼は今も存在しているような気がするんだ。

この曲を聴くと、彼とのことをダイレクトに思い出すね。この曲を一緒に聴いたことはないけれど。なので、個人的な一位はこの曲になるかな?

第一位   「明日に架ける橋」

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ノンフィクション 

 

「ステージの上にいる時は自分は最高だと思うことだ。ステージから降りる時には自分は最低の状態なんだと思うことだ」エリック・クラプトンらしい言葉だ。若い頃の薬物依存の頃、「彼は死んでしまうだろう」と誰もから思われていた頃、あの頃も辛かっただろうが、彼にとって最も辛かったのは、息子を失った時ではなかったか?

当時4歳半だったコナー君が53階の自宅の窓から転落死した。この時は誰もが、「また彼は自分の殻に閉じこもってしまうのだろう、薬物にまた逃げてしまうのではないか?」と思った。「今度こそエリックも終わりだろう・・・」

彼は事実、自宅にこもってしまった。でも這い上がった。息子への、コナー君への気持ちを歌にすることで自分を再生したのだ。「ティアーズ・イン・ヘヴン」という歌は、彼にとっては「ノンフィクション」であった。メロディーも歌詞も、「そのまま・・・」という感じだ。その時のそのままの気持ち・・・というか?

エリック・クラプトン、何歳になったのだろう?71歳という年齢、「もうそんな年齢なんだ」とも感じるし、「まだまだ若いじゃない」とも感じる。かなり前から、彼はギターを弾くのが辛くなっていたそうだ。末梢神経損傷ということだ。

今年、最後の来日公演があったらしい。

「エリックを聴ける最後のチャンスなのだ・・・」そう思ったファンも多かったと思うが、実は彼は過去にも「最後の公演」を何度も行っているらしい。最後ということで、名残惜しみながら聴いたが、また来日・・・みたいな?

今年が最後・・・ということだが、また聴けるかもしれないね。71歳なんだから・・・

「両手にそれぞれ指なんか2本あれば弾けるのさ。あとは耳があればね・・・」  エリック・クラプトン

第二位  「ティアーズ・イン・ヘヴン」

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専門家 

 

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したそうだ。彼の音楽は、あまり知らない。世代として少し僕は若すぎるか?ガロのヒット曲、「学生街の喫茶店」にもボブ・ディランという名前が、さりげなく登場していたりして、「有名人なんだ」などとは思ったりはしたが。「学生街の喫茶店」だって、僕が小学生の頃の曲、ボブ・ディランを親しむには幼かったのかもしれない。

そんな僕でも「えっ?文学賞にボブ・ディラン?」と思ったのだから、受賞は御めでたいこととしても、これから賛否両論あるかもしれない。いや、もうあるか・・・

なんとなく、「どの世界も同じなんだなぁ・・・」と感じたのが、受賞決定からの書店の動き。「ボブ・ディランの写真集取り寄せられますかね?」と、意外な受賞に戸惑いつつ、彼の写真集や関する書籍を集めようと必死になる様子。あとは、それまで展示していた書籍を取り除き、ボブ・ディラン関係の本を、展示する様子。取り除かれる本、そして作者が気の毒のような感じさえしてしまった。なんの躊躇もなく、ワーッという感じだったから。「売れるものが最上なのだ」みたいな?事実なんだろうけれど。

「今話題なの」「これから話題になるだろう」ワーッ・・・っていうところは音楽界も同じかなぁ・・・と。

「えっ?ボブ・ディラン?彼は作家じゃなくミュージシャンでしょう?」という感覚、これって「彼って専門家じゃないでしょう?」とイコールとなってしまうと寂しい気もする。でも彼の受賞を素直に喜べない人たちも多そうだ。「だって、彼はミュージシャンじゃない?文学に関しては素人なんじゃない?文字だけで世界を創りあげてきた人たち、文学の専門家はどうなるの?そのような専門家が選外で、いわば素人さんがノーベル賞?」みたいな?

「だって、あなた素人さんでしょう?リサイタル?真面目に勉強してきた専門家(音大卒業生含む)に失礼じゃない?」みたいなことは僕も言われてきているので、「素人さんじゃない?」という人の気持ちも分からないではないし、言われた人の気持ちはかなり理解できるところがある。

「なんで素人分際で?」と言う人は、なんとなく権威というものに弱い気がする。まぁ、ありえないと思うが、ボブ・ディランが「○○文学論」とか純小説などを執筆したら、賛否の「否」の人たちは、手のひらを反したように絶賛するのではないだろうか?なにしろノーベル文学賞受賞者なんだから・・・

音楽における文学的側面、簡単に言うと、歌における歌詞。この場合、歌詞だけを独立させて感じるということは少なく、音楽との相乗効果みたいなところはあるだろうと思う。「ミュージシャンでしょう?」という人たちは、その部分で「ずるい!」と感じるのかもしれない。でも、音楽だけれど、この文字世界(歌詞)が存在しなければ、音楽としても別の道を辿っただろうと思う曲はある。

個人的に、「これは歌詞が凄いのではないか?」と感じた曲を思いつくままに貼りつけてみたい。何故かクラシックの歌曲ではないのだが・・・

第三位  「オネスティ」

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一瞬の光 

 

ベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」は南米諸国だけではなく、世界中に広がっているのだそうだ。でも、やはり裕福な先進諸国よりは、キリスト教が浸透している、どちらかと言うと、貧しい国々で盛んであるような印象は受ける。

「エル・システマ」って?

内容についてはネットで検索して頂くとして(丸投げ?)、この「エル・システマ」そのものに、音楽の持つ不思議な作用というか、効果のようなものを利用しているところがある気はする。つまり・・・

「演奏をするということは、厳しいもの。専門的に学び、専門機関で厳しい修行に耐え、選ばれた人がプロになる」でもなく「趣味なので、それなりに楽しく、それなりに弾ければ・・・」でもなく・・・ということだ。

もっと音楽って大きいものでは?スラムから這い出すという困難さ、日本での非行などとは比較できないほどの深刻な環境に置かれた子どもたち、殺人とか麻薬とか、あるいは売春などの言葉が浮かぶ。そのような中で「一人の人間として、あなたは価値のある存在なのだ」「生きるって、人間って、そして世界って本当は素晴らしいものなのだ」ということを実感する、させるというのは非常に難しいことなのだろう。なので音楽・・・なのだ。むろん、最初は音楽は手段として使用されるのかもしれない。自分を守る手段。でも真剣に音楽と接しているうち、感じる瞬間があるのだ。音楽を聴いて、そして自分で自分なりの音世界を作りだしていくなかで、光のようなものを感じるのだ。それは一瞬なのかもしれないが、その一瞬の心の動きと音楽の動きが一致する時がある。それは、まさに光の瞬間・・・

「ああ、音楽ってなんて素晴らしい」「ああ、生きていくって素晴らしいことなのかもしれない・・・」

音楽は手段であり、そして目的となっていくのだ。「目的」・・・コンクールに入賞してとか、プロになってとか、そんなことではないのだ。自分、自分を取り巻く世界を肯定するということだ。音楽はそのようなことを光で自覚させてくれるのだ。生きる目的を実感するというかね。言葉での説明は困難だが、音楽でそれを感じる瞬間はあるのだ。だから弾いたりするのだ。上手になるとか、達者になるとか、そうではなく、生きるんだね。それだけの力が音楽にはあると信じる。

光を感じられた人の演奏は、やはり人の心を動かすのでは?表面上の稚拙さ、上手さではなく・・・

ここで演奏している「エル・システマ」の経験者たちは、光を感じた人たちなのだ。なので、聴き手に伝わっている。聴き手も拝聴させて頂く、ミスを数えている・・・ではなく、共に音楽を感るのだ。光を見たから・・・

もし、彼らに音楽がなかったら、「エル・システマ」がなかったら、多くの子どもは、路上で生活し、あるいは命を落とし、自分の価値を感じないで死んでいったのかもしれない。

彼らの瞳の輝き、表情の輝きは、音楽によって光を感じた人のものに思える。

カテゴライズしなければいいのに・・・と思う。この人はこうだから、ここが違うのだ・・・ではなく、違うところもあるかもしれないが、それが個性。でも同じところもあるよね?肝心のところは人間は同じだよね・・・と考えればいいのに。同じなのは何だろう?それを考えればいいのに。

kaz




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