ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

You never know until you try it! 

 

CDというものが登場するまでは、世の中の人はレコードというもので音楽を聴いていた。今、そのレコードで音楽を聴いている。叔父が亡くなった時、沢山のレコードが遺品として残された。兄弟の誰もが「粗大ごみに出してしまおう」とは思えなかったらしい。長い間、兄弟の誰かの所にレコードは保管され、巡り巡って僕のところへ来た。

流しをしていた叔父は、時折はキャバレーなどで歌うこともあった。客のリクエストにより何でも歌ったと思うけれど、叔父が好きだったのは、いわゆるムード歌謡。フランク永井の歌みたいな。実際に叔父はフランク永井を崇拝していたし、可愛がられたようだ。フランク永井って世話好きだったというか、食べていくのがやっとの叔父のような歌手の面倒を見ることもあったらしい。

ムード歌謡のレコードの他に、洋楽のレコードも多い。西洋への憧れもあったのかな?今は、その中のビリー・エクスタインのレコードを聴いている。低音の、深い深い声だ。叔父も低音だったので、憧れたのではないだろうか?

遺品のレコードを譲り受ける時、それまで保管していた叔母がポツリと言った。「テルちゃん(叔父のこと)はこの人に手紙を書いたのよ。返事が来たとき、泣きながらそう言っていたので印象に残っているの」

この人・・・というのが今聴いているビリー・エクスタイン。古ぼけたレコードジャケットの中に、丁寧に紙に包まれた便箋のようなものがある。そこにはビリー・エクスタインのサインと、You never knou until you try it!という言葉が添えられている。叔父はどのような手紙、ファンレターを書いたのだろう?そもそも英語で書いたのだろうか?日本語ではないだろうが、誰かに代筆してもらったのだろうか?

叔父のような「流し」という生き方は、叔父が生きていた頃は異端だったのだと思う。今でもそう思われるかな?レールから外れた人生・・・みたいな?叔父への風当たりは強かったように思う。幼かった僕でも感じたので、叔父も辛かったのでなかったか、そう思う。

「結婚もしないで、いつまでもそんなことをしていていいのか?」「一流企業は無理だとしても、流しのような道楽仕事ではなく、きちんとした仕事をすべきなんじゃないか?」「霞を食べて生きてはいけないぞ」

幼かった僕は、夜の仕事である流しをしていた叔父に預けられることが多かった。でも、まれに母がこう言うこともあった。「テルおじさんは、きちんとした仕事に就いたの。もう迷惑はかけられないのよ」

兄弟の紹介で、堅気の仕事(?)をすることもあった。でも長続きしなかった。苦しい生活が待っていても、また流しをするようになっていった。叔父が定職、堅気の仕事をしていた期間も、日曜日などは叔父の家に遊びに行くこともあった。

「久しぶりだねぇ・・・大きくなったねぇ・・・」

叔父は元気そうだった。そして僕がいる時は流しをしていた頃と同じく、二人で音楽を聴いていた。何も以前と変わることはなかった。いや、変わったことが一つだけあった。流しをしていない頃の叔父は、音楽を聴きながら、そしてレコードジャケットを抱えながら、すすり泣くことが多かった。幼かった僕でも「辛いのかな?」と感じたが、叔父は聴いている音楽から切り刻まれるような痛みを感じていたのではないか、今ではそう思う。

ビリー・エクスタインに、どのような内容の手紙を書いたのだろう?それは分からないが、ビリー・エクスタインからの返事が「You never know until try it!」ということは、叔父なりに、諦めきれない歌手への道、歌への憧れを綴ったのではなかったか・・・

ビリー・エクスタイン自身、差別と闘ってきた人だ。彼が歌手になった頃は、黒人歌手の歌える曲は限定されていた。ラブソングなどご法度だったのだ。黒人の歌うラブソングに白人女性が心を奪われるなんて、とんでもない・・・

彼はそのような偏見、差別と闘ってきた。「黒人は裏口から入れ」でもそうはしなかった。身の危険も感じていたのだろうか、常に拳銃を携帯していたらしい。どのような差別があったのか、想像はできる。また、彼は後輩の面倒を見ることでも知られていたらしい。売れない頃のサミー・デイヴィスJrのエピソードがある。彼はビリー・エクスタインにお金を借りに行ったんだね。「恥ずかしいことなのですが、僕に5ドル貸して下さい。きっとお返しします」

ビリー・エクスタインは、サミーに「きちんと食べているのか?」と訊いたのだと言う。これは叔父もフランク永井から言われたそうだ。「食べているのか?」と。

「これからステージなんだ。とりあえずは君も聴いていきなさいよ」とビリー・エクスタインはサミーに言ったのだそうだ。ビリーの歌を聴きながらサミーは5ドル借りる辛さをかみしめていた。

「今日はわざわざ会って頂き、相談に乗って頂きありがとうございました」サミーが大先輩にそう言うと、「ああ、そうだ。これ・・・」と言って、スッとサミーのポケットに紙幣を入れたのだそうだ。その紙幣は100ドル札だったと。現在の価値だと、20万円ほどだろうか?

なんとも素敵なエピソードだ。叔父がもらった言葉も素敵だと思う。叔父は歌えなくなるまで流しをしていた。一生貧乏だったと思うけれど、光り輝いていた人生だったのではないだろうか?叔父は亡くなる直前、「幸せだった。心配ばかりかけてごめんなさい。でも僕は幸せだった」と言ったのだそうだ。

叔父はビリー・エクスタインからもらった言葉を心の支えにしていたのかもしれないね。

You never know until you try it!

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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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バーブラの軌跡 27 

 

バーブラの70年代、特に後半は「ディスコにチャレンジ」という印象が強いのだが、個人的には、やはり「いつものバーブラ」という歌唱が好きだ。「スター誕生」の直後、バーブラは「スーパーマン」というアルバムを発表している。そのアルバムでビリー・ジョエルの曲を歌っている。これがいい感じだ。

ビリー・ジョエルとバーブラとは、なんとなく接点がないようだが、バーブラはシンガーソングライターをとても崇拝しているところがあって、そのような意味でビリー・ジョエルにも憧れていたのではないかと想像する。

「スーパーマン」はジャケットも評判になったアルバム。

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category: Barbra Streisand

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バーブラの軌跡 26 

 

バーブラがディスコ?その意外性でヒットした曲としてはドナ・サマーとの「ノー・モア・ティアーズ」がまず思い浮かぶが、その直前にバーブラはディスコスタイル(?)に挑んでいる。バーブラファンにとっては驚愕のサウンドとなったはずだが、意外とスンナリと(?)受け入れられたようにも思う。その理由としては、その曲が映画の主題歌として発売されたからというのもあると僕は思う。

「メーン・イベント」という1979年の映画。共演は72年の映画「おかしなおかしな大追跡」に続いて二度目の共演となるライアン・オニール。「おかしなおかしな大追跡」では、コミカルな演技が評判となった。バーブラはミュージカル時代、コメディエンヌとしての才能を発揮していたから意外ではないが、ライアン・オニールは「ある愛の詩」の直後で、どこか「愛とは決して後悔しないもの」というシリアスで哀しげなイメージというものがあったと思う。一転して、コミカルな演技、それが評判となった。二人の掛け合いがコメディとして絶妙だった。スクリューボール風の他愛ない映画なのかもしれないが、ヒットした。この二人の演技は大好評で、二度目の共演となった。

二度目の共演となった「メーン・イベント」も当然コメディ調の軽い映画で、その内容と主題歌、ディスコ調の音楽が実に合っていて、スンナリと受け入れられたのではないかと思う。

現在74歳のバーブラ、こんな熱唱時代もあったんだねぇ・・・

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バーブラの軌跡 25 

 

ドナ・サマー、懐かしくて身もだえする。1970年代といえば、ディスコ音楽。ディスコの女王といえば、ドナ・サマー。ディスコ全盛時代、歌手としてバーブラにとっては逆風の時代となった可能性がある。歌は上手く、偉大な歌手だが、ちょっと過去の人、時代遅れの人・・・みたいな。でもそうはならなかった。それどころか、躍進の時代となった。

この時代、ドナ・サマーとか、アバとか、ヒットしていたよねぇ。でもバーブラも売り上げとか、ヒットチャートという意味でも、そこにしっかり食い込んでいたというところが好きだ。常に躍進というか、過去ではなく、前を向いているというか、過去のヒット曲に依存しないというか・・・意外と大物になればなるほど、このあたりは難しいのではないかと思う。

バーブラは70年代の最後にドナ・サマーとデュエットしている。もちろん、大ヒットしたねぇ。

ドナ・サマーが今はいないということ、信じられない感じだ。時代は感じるが古さは感じない。

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バーブラの軌跡 24 

 

バーブラにとって1970年代は、それまでのイメージを脱却することの繰り返しの時代だったのではないだろうか?結構大変だったかもしれない。まずは70年代に入って、すぐに「ストーニー・エンド」で若返りを図った。ミュージカル歌手、スタンダードを歌うバラード歌手のようなイメージからの脱却。もっとポップなイメージ?

たしか「スター誕生」は1976年の映画だったと思う。バーブラはロック歌手、エスター・ホフマンを演じている。少し前までだったら、バーブラとロックとは結びつかなかったように思う。個人的には、「スター誕生」のサウンドトラック盤を聴くと、あまりロックという感じはしないが、それでも「脱却」という試みは充分に感じることができる。

この映画では、相手役のクリス・クリストファーソンがいい味を醸し出していたように思うが、この人もバーブラと同様、日本での認知度が上がって欲しい人だ。

バーブラはこの映画で、アカデミー賞の主演女優賞ではなく作曲賞を受賞している。「愛のテーマ」はバーブラが作曲した曲ということでの受賞だ。それまでにもアルバムの中で、自分が作曲した曲を発表していたが、アカデミー賞を受賞したことで、作曲家としても認められたところはある。この時代から、いや、もう少し前、73年の「追憶」あたりから、自分の世界は他人ではなく、自分でプロデュースしたいという想いはあったのではなかろうか?アルバムも自分でプロデュースしたい、映画も自分で監督したい・・・のように。

サウンドトラック盤は、この種のアルバムとしては異例のヒットとなったようだ。たしか300万枚の売り上げとか?映画もヒットしたように思う。

「愛のテーマ」は、現在、アメリカでは結婚披露宴での定番曲となっているらしい。

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調性浮遊 

 

最近、加齢と共に絶対音感がなくなってきているように感じる。聴力と異なり、日常生活に支障はないが、音楽を聴いたり、ピアノを弾いたりする時には非常に不便ではある。正確には、絶対音感が完全になくなったわけではないのだと思う。中途半端に残っているというか。実際よりも高い調性で聴こえてくるのだ。ショパンのノクターン、有名なOp.9-2、あれがへ長調に聴こえてくる、ドラ~ソラソファ~・・・のように。これは混乱する。思わず移調して弾きたくなるし。

ピアノって、鍵盤位置と指の関係ってものすごく関連があるのではないだろうか?ドを弾いてもレと聴こえてくるから、当然混乱する。でも興味深いことに子どもの頃から馴染んでいる(聴き手として)曲は、自分で弾いても混乱が少ない。大人になってから知り、練習して弾けるようにした曲などの場合、混乱が大きいように思う。

ピアチェーレの選曲には、このあたりで悩み中だ。メフィスト・ワルツは、弾いたのは最近だが、曲そのものは子どもの頃から知っている曲だ。反対に、スティーヴン・ハフの曲などは、そのような意味で、非常に弾きにくい。途中で調性が浮遊してしまい、摩訶不思議なサウンドに聴こえてきてしまうのだ。弾きながら「今、どこを、なにを弾いているのだろう?」

メフィスト・ワルツの方が断然弾きやすい。ハフの曲は細かなパッセージも多く、調の変化も多いので、感覚が浮遊しやすい。そのようなことから、「リストだな・・・」と思ったわけだが、今はどちらにするか悩み中。

加齢に伴い、高く聴こえてくるというのは、僕だけではないようだ。青柳いづみこの著作にもそのあたりのことが書かれている。リヒテルがそうだったらしい。「イ短調で弾いてもロ短調に聴こえてくるので、我知らずにト短調に移調してしまいます」これはリヒテルの言葉だが、我知らず移調できるのが凄いというよりは、不便だろうな・・・と。リヒテルが暗譜をしなくなったのには、恐怖症というよりも、このようなことがあったことも関係しているのではないだろうか?

デ・ラローチャも高く聴こえるようになったという。でも彼女の場合は、引退まで暗譜で弾いていた。混乱はなかったのだろうか?青柳氏はこう分析する。「指が覚えていたからではないだろうか?」と。指使いを熟考し、曲を分析していく訓練をラローチャは受けていたと。反対に、晩学で耳と目、感性で曲を覚えたリヒテルは耳に頼れなくなった時に、楽譜に頼ったのではないかと。

僕の場合は、ラローチャ派ではなく、完全にリヒテル派だと自分では思う。こう表現すると何だか立派だが、確固な初歩教育、訓練が不足している。混乱もするだろう。リヒテルみたいに移調も得意ではないし。

「指が覚えていた」これってピアノ教育では「いけませ~ん」みたいなことなのだろうか?「耳で聴きなさ~い」みたいな?でもピアノって指運動のようなところもあるから、調性が浮遊してしまうのだったら、「指で覚える」というのも一つの方法ではなかろうか?

ハフにチャレンジしてみようか?リストにしておこうか?

人生を終末から逆算していく、この考えは今の僕の基礎となっているところがある。いつ死んでも後悔したくないために。僕が特に不器用なのかもしれないが、この考えをピアノライフにも応用すると、一点に盛り込み過ぎというか、どこか頑張ってしまうところがある。演奏会など、「これが最後の人前演奏かもしれない」と。一点に集中しすぎてしまい、演奏会を長いピアノライフの通過点というように考えることができなくなる傾向がある。

今年のピアチェーレも、ついついそう思う。まぁ、これは毎年そうだが。どうしても演奏会をチャレンジする経過点と捉えることができない。もうそろそろ、その演奏会という一点ではなく、長いピアノライフというものを線的に考えてみてもいい時期なのではないか?チャレンジして、舞台上で感覚麻痺というか、調性浮遊状態になって演奏が中断してしまっても、将来、加齢とともに、さらに浮遊するのだったら、「それでも弾ける方法」というものにチャレンジしてみてもいいのかもしれない。

そうは言っても、数日選曲に悩みに悩むとは思うが。

今はイタリアの歌手、マンゴの歌をよく聴いている。マンゴの葬儀の映像などを見ると、少し前までは「自分もいつこうなっても不思議ではないのだ。人生は有限なのだ」と思ったものだ。今も当然思うが、人生って一つ一つの点が重なっているものでもあるのではないか、そんなふうにも最近は思えるようになった。

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category: ピアチェーレ

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追悼 マンゴ 

 

楽しいからピアノを弾くのか?辛いから弾くというのもあるのでは?誰でもそうだと思うが、本当の辛さは表には出さないし、人には見せない。でも誰にでもあるよね・・・と思う。

だから聴きたくなる音楽というものもある。傷にタッチしてくれるんだな。

マンゴの歌唱のすべて・・・というわけではないが、この曲なんてそうかな。

長年、こんな歌を歌ってくれたら、そりゃあ、亡くなったら「ありがとう」しかないよな。

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弾けなくなる時はきっとくるから・・・ 

 

歌手のマンゴが亡くなったのは一昨年であっただろうか?友人のルカは同じイタリア人なので、マンゴの熱烈なファンというわけではなくても、非常にショックだったらしい。「マンゴが突然亡くなるなんてね。信じられないよ。イタリア人だったら誰でもショックだと思う」

たしか、心臓発作だったのではなかったか?舞台上、歌っている途中で突然歌えなくなり、そのまま意識がなくなり、亡くなってしまったと記憶している。

マンゴの例は特別なのかもしれないが、でもレナード・ウォーレンも舞台上、歌っている最中に倒れ、そのまま亡くなっている。まあ突然死というのは普通ではないとしても、ピアノなんていずれ弾けなくなるのだ・・・と思う。多くの場合、命が尽きるまでの短くはない時間、「ああ、もう弾けないんだ」ということを自覚しながら、死に向かっていくことになるのが普通なのではないかと思う。

ターミナルイルネスにより、病院のベットで過ごす、意識は明瞭だが、身体はもう動かない・・・なんて、そんなに特別なことでもないような気がする。

死、そのものよりも「もう弾けないんだ」と自覚する期間のあるということが非常に怖い。その場合、僕だったら何を後悔するだろう・・・などと考える。そんな段階になったら、もう死のことだけ、病気の辛さだけで精一杯でピアノのことなんか考えないだろうか?でも、そのような時って、失ってしまったものを想うものではないだろうか?

自分が受けた感動というのかな、そんな音楽に自分でも触れたかったと思うような気がする。僕などは芥子粒のような存在なのだから、むろん理想の音世界になんて自分では近づけないだろうが、でも「やってみた」という事実、憧れたという事実は、そのような時の自分を随分と癒すのではないだろうか?

「プロじゃないし・・・」本当にそう思えればいいけれど、人の演奏を聴いて、心が動いた、涙した・・・などという人は「ああ、本当にトライしておけばよかった。諦めないで、自分には無理、関係のない世界のこと、なんて思わずに、やってみればよかった」と弾けなくなった時に感じるのではないかな?

弾けなくなってから、「本当のピアノを弾いてみたかった」と自覚するなんて幸せじゃない。

マンゴって唸るような上手さ・・・というタイプの歌手というよりは、聴き手の痛みにタッチしてくるような歌手だったのではないだろうか?ルカが送ってくれたCDを聴きながら、そう思う。

マンゴの歌を聴いた人の多くは、自分の心の傷を想い、「マンゴ・・・あなたもなんですね」と何かを共有したのではないだろうか?

だからマンゴが亡くなった時、多くのイタリア人が彼に「ありがとう」と言ったのだ。

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満席になりました。 

 

昨日一人の方から申込みがあり、来年2月25日の僕のリサイタル(サロンコンサート)は満席になりました。まだ先のこと(そうか?)ですし、キャンセルなどがあった場合は、その都度このブログでお知らせしていきたいと思います。ただ、積極的な告知はせず、ただブログで呼びかけただけで満席になったということは、とても嬉しいですし、自分自身、しっかりせねばな・・・と思います。

前記事に書いたピアチェーレでの曲目ですが、コメント、メールなどの反応としては「同じ曲でなぜいけないの?」という反応が多く(というかそのような反応ばかりで)、今年もメフィスト・ワルツを弾くという方向に気持ちは傾いているところです。

ポツポツとした活動でもピアノを弾き続けるということの困難さを感じたりします。ピアノを弾いていればいい生活ではないので。仕事が忙しかったりもしますし、加齢により体調も「壮健」という感じではなくなったりします。モチベーションということでも下降したりはします。最近は、自分の出来栄えとか、あまり気にならなくなりました。むろん、「良かった」という聴き手の反応は嬉しいですし、「あんな自分の演奏を褒めてくれるなんて・・・」とは思いませんが、自分のことはどうでもいい・・・という気持ちが最近は特に強いです。自分ではなく、「そうでしょ?この曲・・・いいでしょ?」という気持ちが非常に強い。演奏者である僕自身が感じた「何か」、音楽の「何か」を僕以外の人、つまり聴き手も感じてくれたらという想いが強い。もっとも、これは最近からということではないとも思いますね。このブログ、動画の貼り付けが多いですが、その理由としては「いいでしょ?」「この人の演奏、いいよね?」「この曲、いいよね?」という共感を求めるような気持ちからそうなっているところがある。実際に自分が演奏する時にもそのような気持ちが強いです。

昨日、練習会で演奏して、まだまだ歌い込みが足らんな・・・などと思いました。僕自身は生活の中での、生きていく中での、様々な感情みたいなものを感じる演奏が好きです。「ああ、そうだよね、辛いよね」とか「哀しいことだってあるよね」とか、そのような感情を感じる演奏が好きだし、自分もそのような演奏を目指したい。そのような意味で、まだ歌い込みが足りないなと。

僕の心の師匠・・・とでも表現したらいいのでしょうか?その人が感じているであろう「何か」「様々な感情」のようなものを、聴き手である僕が感じる演奏を紹介したい。

生活の一場面での感情表出みたいな、そんな演奏。

このギターの人、これまでにも何度も紹介していると思う。このような演奏が好きだ。

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category: リサイタル

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同じ曲 

 

今日はサークルの練習会に参加。普通のピアノブログだったら、詳細を綴るのだろうが、自分の出来栄えとか、他のメンバーの演奏の感想とか、なぜか書けない。

書けないと書きながら、書くことに、我ながら矛盾を感じつつ書くが、演奏した曲の中では、ショパンが自分では弾いていて気持ちよかった。ショパンといっても、バラードとかスケルツォ、バルカローレのような大曲ではなく、ノクターン Op.9-2、よく耳だことか言われる曲だ。

11月のピアチェーレでもショパンを弾いたらどうだろう?ふとそう思った。自分で弾いていても気持ちよかったし、サークルのメンバーからの評判(?)もよかった。

Op.9-2をピアチェーレで弾くかは、まだ分からないが、ノクターンやワルツを弾いてみたい。そして後半にリストのメフィスト・ワルツ。ここで問題がある。昨年のピアチェーレの演奏会でもメフィスト・ワルツ(第1番)は弾いているのだ。2年連続で同じ曲というのはどんなものだろう?ちょっと考えている。

サークルの練習会なら、好きなだけ同じ曲を弾いていてもいいと思うし、教室の発表会でも別にいいと思う。他の人と曲がダブらなければね。

でも、ピアチェーレの場合、どうなのだろう?むろん、アマチュアの無料の演奏会なのだから、弾きたい曲を弾けばいいとも感じるが、会の性格上、聴衆の大半は過去のピアチェーレの演奏会を聴いている人たちであろう。つまり、プレイガイドでチケットを購入するような、見ず知らずの人ではなく、簡単に言ってしまえば、メンバーの知り合いが多くなる。昨年、僕のメフィスト・ワルツを既に聴いている人もいるだろう。

3年ぶりに再演します・・・だったら問題ないと思うが、2年続けてというのは・・・

聴き手の立場になってみる。「え~っ?またあの曲を弾くの?」と思うかどうかは、演奏次第なのではないかとも思う。僕が聴衆だったらそう思う。

でも「無料だろうが、何だろうが、こちらはわざわざ時間を空けて聴きに行くのだ。去年と同じ曲を弾くなんて、手抜きではないか!」このような声に僕は反論はできない。「そうだよね?」とも思うところもある。でも好きな曲、というか、その時の事情、その時の好み、そのようなものを含め、「好きな曲を弾ける」というのがアマチュアの特権だとも思うし。

練習会が終わった直後の感触としては、ショパンとリストの作品でプログラムをまとめてみたい気持ちだ。このあたり、どうなのだろう?演奏会なんてあまり経験がないので、よく分からないところがある。

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category: ピアチェーレ

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ムーミン谷の文化 

 

来月に、ある会でピアノを弾く。日本グリ―グ協会なる団体の主催で、演奏曲はグリーグの作品、或いは北欧の作品と決められている。「北欧かぁ・・・」

館野泉というピアニストの影響で、日本にも北欧のピアノ曲は知られるようになった。とは言え、僕はあまり知らない。非常に限られた知識の中で選曲をしなければならなかったわけだが、いくつかの候補曲に絞る過程で、何故かフィンランドの作曲家に惹かれる自分がいた。「フィンランドの曲を弾きたい」という意思が初めからあったわけではなかった。でも偶然に候補曲がフィンランド作品だった。何かしらの魅力を感じたのであろう。

最終的にはメリカントとカスキの曲に決めた。

ヘイノ・カスキ・・・なんとも日本的な響きのする名前ではないか?「平野さん」なんて実際にいそうだし。親近感?どこか日本文化とフィンランドはつながりがあるのだろうか?

フィンランドと言えば、まずはシベリウスということになるだろう。でもいくつかのシンフォニーと「フィンランディア」のような管弦楽曲、そしてヴァイオリン協奏曲を知っているに過ぎない。その他のフィンランドの作曲家の作品なんて、ほとんど知らない。そもそもフィンランドという国にも馴染みがない。首都はヘルシンキだよね・・・ぐらいは分かるけれど。

「ムーミン」は、たしかフィンランド生まれだよね。作者のトーベ・ヤンソンが女性であるということも、そしてレズビアンであったことも知らなかった。パートナーはグラフィックデザイナーだったらしい。共に「ムーミン」を生み出したのだろうか?そうだとしたら素敵だね。個人的には子どもの頃はスナフキンが好きだったな。孤高の人のような感じがアニメには珍しい。

「大切なことは、自分のやりたいことを、自分で知っているということなんだよ」スナフキンの名セリフだね。

厳しい寒さ、白夜、オーロラ、ムーミン、大胆なデザイン・・・これぐらいしかイメージがわかない。どこか「北の人々」という漠としたイメージだろうか?

映画監督にアキ・カウリスマキという人がいる。彼の映画は大好きだ。小津映画が好きな人は惹かれるんじゃないかな?彼は、たしかフィンランドの人ではなかったか?カウリスマキ映画で僕の好きな映画の一つに「浮き雲」という作品がある。

夫婦で失業してしまうわけです。フィンランドも不景気なわけです。二人で協力してレストランを開店する。初めは、なかなか集客できない。「失敗だったか???」ラストに、やっとレストランも軌道に乗った感じになる。そこで映画は終わる。それだけのストーリーなのだが、なぜか泣かせる。

決して感情過多にならない。カメラワークもだが、登場人物も。失業しても大袈裟に嘆くわけではない。レストランが軌道に乗っても華やかな音楽が盛り上げるわけでもない。二人が抱き合って歓声を上げるわけでもない。淡々としているのだ。でも泣かせる。

これは「浮き雲」のラストシーン。レストランは軌道に乗った。良かった。妻が外に出て煙草を吸いながら空を見上げる。夫も出てきて空を見上げる。ただそれだけだ。でも、その表情、これが「フィンランド」なのではないか?この二人の表情、そのような表現をしたカウリスマキ、そしてピアノ曲、それがフィンランドなのかもしれない。

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category: kinema

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行かないで 4 

 

僕がバーブラのファンだからそう思うのかもしれないが、この歌唱は大スターの貫禄というか?別れの歌だし、捨てないで、行かないで・・・という内容だから、哀しい歌なのだと思うが、「哀しそう」ではなく、バーブラ・バージョンは、もろに「哀しい」のだ。

聴き手にも隠しているというか、日常では奥にしまっておくような感情がある。後悔とか、哀しみとか、絶望とか。そのような感情にバーブラの歌唱はタッチしてきてしまうのだ。

これもクラシックの演奏にあることだ。少ないが・・・

これって何なのだろう?

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category: Barbra Streisand

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行かないで 3 

 

アルフィー・ボーの「行かないで」も個人的好みから言うと、ちょっとだけ流麗すぎるような気はする。この曲は大スターの録音が素晴らしい。個人的に気に入っているバージョンの一つが、このシナトラ・バージョン。

スターって、声そのものが個性的というか、ちょっと聴いただけで「あっ、シナトラだ」と認識できるというか・・・

上手い・・・とか、もうどうでもよく(?)、「ああ、シナトラだよね」みたいな圧倒的魅力がある。これって何なのだろう?クラシックの分野でも、そのようなことってあると思う。

何なのだろう???

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行かないで 2 

 

ダスティ・スプリングフィールドがカバーして、シャンソン「行かないで」は世界的なヒットとなった。恥ずかしながら、ずっと長い間ダスティ・スプリングフィールドって男性の歌手だと思っていた。だって「ダスティ」だよ?

この人の歌唱を聴いて感じたのが、「昔の歌手って歌が上手いなぁ・・・」という考えてみれば当たり前のこと。歌手は歌が上手くて当たり前なんだけれど・・・

ジャック・ブレルのバージョンよりも、メロディーラインが強調されたのではないだろうか?だから大ヒットした。そんな気がする。ダスティ・スプリングフィールドのヒット後、多くの歌手もカバーするようになった。魅力的な曲なのだろう。でもこの曲は、「下手くそには歌えないぞ」みたいな、一種の厳しさのようなものも感じたりする。むろん、凡庸な歌手だって歌っているのだと思うが、「行かないで」を歌っている歌手は、大御所、実力派といった面々ばかりのような?

ダスティ・スプリングフィールド、とても上手いが、ちょっと流麗すぎるような気はする。この人ならではの個性というものを、もう少し感じたいというか?あくまでも個人的な感想だが・・・

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行かないで 1 

 

その刑事さん、俳優の渡辺謙を10倍険しくしたような風貌だったから、ジャック・ブレルを聴いて涙する姿は想像しにくい。でもこの歌唱を聴くと泣いてしまうんだねぇ。原曲の「行かないで」は、シャンソンらしく、雄大に高らかとメロディーラインを強調するというよりは、語りを強調した感じ?

「行かないで」はジャック・ブレルの代表曲ではあるが、フランス以外の英語圏の国々でもよく知られるようになったのは、ダスティ・スプリングフィールドがカバーしてからではないだろうか?

まずは原曲、ジャック・ブレル・・・

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事件解決とピアノ演奏 

 

知り合いの知り合いに刑事という職業の人がいる。僕も一度だけ会ったことがあるが、射るような厳しい目をしていて、いかにも「殺人課の刑事です」という風貌。殺人課というのが正式名称なのかは知らないが、ドラマにあるような、あんな感じなのだそうだ。悪人相手に事情聴取とか。拳銃を撃ちあったりみたいな派手はことは、ドラマとは違ってないみたいだが。

毎日の地道な積み上げが事件を解決するという部分はピアノ練習と似ているような気がする。でもその刑事さんが興味深いことを言った。「もちろんそうなのですが、一番最初にやることは、犯人逮捕というか、事件解決という終わりの部分をまず想定することなんです。それが何よりも大事なんです」と。

被害者や、場合によっては遺族もだが、事件が解決したからといって、元の生活に戻れるわけではない。でも解決後は、やはり違うのだそうだ。犯人逮捕の件などを伝えると、「そうですか・・・ありがとうございました」と、被害者や遺族は、それまでとは何かが変わる。

まずは遺族の涙、解放を最初に想定する。目的部分、ここに至るまでに、今から何をしたらいいかを想定していく。ある意味、これは人生の逆算と似ている発想だ。終着点を想定し、未来から今を見つめる・・・みたいな?

ピアノライフでも、この発想を拝借してみたらどうだろう?ピアノ道って、初歩の頃から教則本を順番に、階段を一段づつ上るように仕上げていく。まずは自分にとって近しい課題を克服して順番にこなしていく。偉大な演奏を聴いて、心が動いても、「まずは○○できるように」となりがち。自分のやるべきことと、焦がれているものが、どこか分離してしまう。

「来月、サークルの練習会があるの」このような時、偉大な演奏が表出していた「何か」に自分も触れたい、その第一歩と考えているだろうか?これは練習会でグールドやアルゲリッチのように弾きこなすということではない。そのような演奏は一生自分には手が届かないかもしれないが、でも自分が弾く時に、焦がれた世界と分離しないで憧れてみる。

ただただ一生懸命に練習し、その成果をとりあえずポンと出してみる・・・ではなく、まずは終着点を想定し、その一歩と考えてみる。

この考えは少数派なのだと僕は思っている。「何様?」とか「素人とプロとは違うんだから」とか言われたりするので。

アルフィー・ボーがこの曲を歌ってくれて、とても嬉しい。もともと、この曲はシャンソンだ。厳つい(?)その刑事さんは、シャンソン、特にジャック・ブレルが好きなのだそうだ。その風貌とブレルの歌声に涙する姿はダブらないが、「シャンソンを聴くと泣いちゃうんですよ」というメンタリティーと刑事という職業とはつながっているのかもしれない。アルフィーが歌っている「If You Go Away」はジャック・ブレルの「Ne Me Qutte Pas」が原曲。「行かないで」と訳せるだろうか?「行かないで!捨てないで!行かないで!」という内容の曲。

まずは終着点を想定して、初めから目指すって傲慢なのだろうか?でも「ピアノを弾きたい」という動機の根っこの部分でもあるのではないだろうか?

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メリット 

 

ピアノ再開組、大人からピアノを始める、この場合、不利な点がややもすると強調される傾向がある。「指が動かないんだよね」「時間がなかなか取れないんだよね」

3歳から本格的にピアノを始め、超難関音大を卒業し・・・という人と比べたらそうだと思うが、不利なことばかりだろうか?

有利なことはないのだろうか?

仕事をしながら、それでもピアノを弾いている・・・これは物凄い強みではなかろうか?何らかの不安を感じながらも、「また弾いてみようかな?」あるいは「これから弾いてみようかな?」という、その人なりの決意の瞬間があった、これも大きな強みではなかろうか?

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途中参加組 

 

24日にサークルの練習会がある。出来栄えとかミスがどうたらとか、そのようなことではなく、10本の指で歌いたいなと思う。これは今回だけではなく、いつも思っていることではあるが、なかなか現実は厳しい。一つ一つの指が一人一人の歌手のように・・・理想ではあるが、難しいよね。

イギリスでは、かなり有名な歌手だと思うのだが、アルフィー・ボーという歌手を紹介したい。この人は、変わった言い方をすれば、途中参加組の歌手だ。幼い頃よりピアニストになるため、厳しい訓練を受け、物心ついた時には、ピアノしか弾けない、という一般コースとは異なり、物心ついた時には自動車整備士見習いという職業に従事していたという人。車が好きなんですね。

歌手には意外とこの人のような途中参加組の人って多いように思う。有名オペラ歌手でも経歴を調べてみると、コレッリのように船舶会社の社員だった・・・みたいな人はたくさんいる。ピアニストにはこのような例は少ないかな。少しはいるけれど。

むろん、歌は好きだったのだろう、職場でも仕事をしながら、歌っていたりしたのだろう。この声だ、当然目立つ。

「お前、こんなところで働いていていいのか?素晴らしい声じゃないか?歌手にはならないのか?なれるだろう?」

「でも、僕、見習いじゃなく本当の整備士になりたいんだ。きちんと資格を取って・・・」

「でも、歌が好きなんだろ?」

「そうだけど・・・でも車も好きだし、整備士になりたいな・・・」

「それもいいが、オーディションとか受けてみたらどうだ?」

このような人が「僕・・・やってみるよ」となった時、凄いことが起こるのではないかな?

自分が焦がれたものを、そのまま表出しているような魅力がある。

kaz




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category: The Singers

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シャコンヌ 

 

Aさんとは留学中に知り合った。彼はヴァイオリニストだったけれど、何故か僕を可愛がってくれた。「kazさんは本当に音楽が好きなんだな」彼はそう僕に言った。その頃の僕はピアノなんて弾いていなかったし、完全に音楽は聴くものとして捉えていた時期だった。

「またピアノを弾けばいいじゃないか?」

「でも・・・」僕はその時、ピアノを弾かない、弾けない理由を100個ぐらいは並べ立てたように思う。「今は勉強が(英語が?)大変」「音楽とは全く関係のない学問だし」「ピアノだってないし、レンタルにしてもお金は今はないし、貧乏学生だし」

そんな不甲斐ない僕をAさんは非難することはなかった。ただ微かに笑うだけで・・・

Aさんは、日本人だけれど、日本の教育はあまり受けずにアメリカに渡った。父親が駐在員・・・とかだったと思う。ヴァイオリンはアメリカで目覚めた。ジュリアード音楽院を目指した。そして入学後、初めての挫折を味わったのだと言う。「同じクラスに滅法上手い奴がいてね。ピンキーという愛称だったのだが、そいつの演奏を聴いて正直、自分との器の違いを感じたよ。元々の才能が違うのだとね。その頃は自分にも才能はあるかもしれないと自惚れていたから、ピンキーにはショックだったね。ハドソン河をじっと理由もなく見つめていたものだ。飛び込んじゃおうか・・・とか一瞬思ったりしてね」ピンキーとはピンカス・スーカーマンのことだ。

「自分は芥子粒のような才能だし、存在だけれど、でも音楽はどの人にとっても芥子粒なんかじゃない、そう思えたんだ。もっともそう思えるまでには数年は必要だったけれど・・・」

音楽そのものは、演奏する側が、どのような立ち位置にいようと、変わらないものだ・・・それはAさんの持論だった。僕が「ずっと弾いていないし、ブランクも長いし、どうせ素人ピアノだし」そんな意味のことを言うと、Aさんは本気で怒った。「音楽に素人もなにもない。音楽は音楽だ」と。

「僕は故郷で死にたい。先は長くはないように思う」Aさんは末期癌を患い、日本に戻っていた。僕も留学を終え、現実の厳しさを感じていた頃だ。住んでいる所が近かったこともあり、Aさんとはよく話をしたりしていた。

「まだピアノは弾かないのかい?」

僕は甘かったんだな。留学してアメリカの大学院の学位があれば、就職なんて簡単だと思っていたのだ。その頃の僕の職業、自分では「黒服時代」と呼んでいる。夜、酒・・・というアルバイトをしていた。飲食業だね。完全に昼夜逆転をしている生活だったし、ピアノどころではなかった。

「身体、壊さないようにな、もっとも僕が言っても説得力ないか・・・」力なくAさんは笑った。

日本に戻ってから、Aさんには演奏の仕事はなかったように思う。たまにはあったのかな?でもAさんは「日本には死ぬために帰ってきたのだから」とそう言った。

Aさんの憧れはジノ・フランチェスカッティだった。「僕にとっては神様のような存在だよ。僕自身は芥子粒でも何でも、彼に憧れて追い続けた後半生は光り輝いている。そう思うんだ。光り輝いているとね。そんなものだよ・・・」

本当に久しぶりなんだがと言いながら、座位でヴァイオリンをAさんは聴かせてくれた。「この曲をジノのように弾けたらと若い頃から願っていたよ。それでいいんだ。むろん、ジノのようには弾けなかったけれど、でもいいんだ」

Aさんのシャコンヌは壮言なものとして僕に入ってきた。途中で突然Aさんは演奏を止めた。「体力が続かない・・・もう無理だ」

芥子粒のような存在、人間一人一人はそんなものなのかもしれない。でも音楽は演奏する人の立ち位置によって変化するものだろうか?「自分はアマチュアなので、これぐらいの感動度で」とか「感銘を受けた世界に素人が自分で触れたいなんて図々しい」とか、コロコロと変えるべきなのだろうか?身の丈にあった表現・・・???

なんだか、あの世にいるAさんに怒られるような気がする。本気で怒るだろうなぁ・・・

kaz




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category: 月の輝く夜に

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あるラフマニノフ 

 

自分に正直でいるというのは非常に難しい。最も自分の人生を肯定しようと無理していた時期、それは就職する時だったかなと思う。本心では「日本だけではなく異文化の中でも暮らしてみたい、一つの価値観だけではなく、異なった世界も知りたい」という欲求を感じていたと思う。でも僕はその本心を封印し、与えられた現実を肯定しようとしていたように思う。教員採用試験に合格してしまったんだね。これは予想外だった。でも僕にはその人生を振り払い、外国に出ることのできない理由があった。お金がなかったのだ。勇気も足りなかったのかもしれないが。

両親は、無干渉というのか、自由奔放主義というのだろうか、子どもの生き方に一切口出しはしなかった。それは非常にありがたかったが、経済的な援助も一切しなかった。「20歳になったら大学の学費は自分で払いなさい。この家からも出ていきなさい。自活をしなさい。20歳を過ぎたら大人なんだから」このような両親に留学費用の援助は望めないと思った。自分でなんとかしなければ。

しかしながら、自分に与えられた教員という人生を、本当に望む人生への、一つのステップと考えることは若かった僕にはできなかった。なので、教員をいう職業を肯定した。とにかく働かなければならなかったのだ。

卒業前だっただろうか、それとも就職して無理やり捻出した休暇の時だっただろうか、記憶が定かでないのだが、僕はニューヨークで、ある演奏を聴いた。この時の演奏は、かつて中学生だった僕の心を切り刻んだバーンスタインのように、再び僕を切り裂いた。この時はアンドレ・ワッツの演奏によって切り刻まれてしまった。

自分の本心ではなく、世間一般での常識、そのようなものに無理やり併合してしまう時に、音楽というものは残酷なまでに心に入り込んでしまうものと思う。少なくとも僕の場合はそのようなことが多い。堅実に生きるという選択だってあるんだ。いいじゃぁないか、教員なんて立派な職業じゃないか、誰でも合格するというわけでもないんだ。

自分を封印したのだ。そのような時、突然美しい音楽は残酷なものとして僕に切り込んできてしまうのだ。

完全に観光客気分だった。エイヴリー・フィッシャー・ホールは有名なリンカーン・センターの中にある。メトロポリタン歌劇場やジュリアード音楽院の建物を外から眺めながら「さすがにアメリカはスケールが違う」などと感じていた。エイヴリー・フィッシャーとは人の名前だったということも知った。オーケストラ(ニューヨーク・フィル?)に多大な寄付をした人らしい。10億5千万ドル(円ではない)もの寄付。「スケールが違う・・・」などと感じた。ワッツはアメリカピアノ界のスターだった。彼のラフマニノフを聴きながら「うーん、さすがに日本のスターピアニストとはスケールが違う」などと感じながら聴いていた。

そして徐々に切り刻んできたのだ。「お前は本当にそれでいいのかい?」「表現したいという感情は本当に封印できるものなのかい?」

この時は歩きながらではなく、客席で大泣きしてしまった。周囲の人は演奏に感動していると思ったのではないだろうか?

ピアノのある人生を選択するのには、まだ時間が必要だった。今思えば、30年間も自分の気持ちを封印しておく必要はなかったと思う。でも今だからそう思えるのだ。それぞれの時期、30年の間、やはりそれなりに大変だった。住む場所を変え、職業も転々とし、生活の中にピアノというものを取り込んでいく余裕はなかった。音楽に切り刻まれても。

「人生は永遠に続くものではない」そう認識させられる出来事があった。その時にピアノというものが初めて僕の人生の中にすんなりと入り込んできた。極めて自然に。

人生を、ある意味で逆算したのだ。「もし自分に残された時間が5年だったら、3年だったら、1年だったら、半年だったら、僕は何をしたいだろう?何を最後の瞬間にやり残したと後悔するだろう?」その時の選択にピアノというものもあったのだ。

初めは薄氷を踏んでいくような、世間一般での再開と同じだった。譲り受けた電子ピアノでトツトツと孤独に弾いていた。レッスンを受けたいと思った。先生を探した。人前でも弾きたいと思った。ピアノのサークルに所属した。憧れの曲もあった。弾いてみた。人前でも弾いてみた。「まだまだだな」「意外と弾けた?」・・・ごく普通のピアノライフが始まった。でも多くの人と異なる要素もあったと思う。それは逆算人生の考え方。

ある意味、僕は身の丈思想を捨てた。ある演奏家の演奏に感動したとする。その場合、自分はアマチュアなんだから、とか、そのように自分を封印しないように、もう二度としないように自分に誓った。

「この世界に自分も触れてみたい」「できないかも、一生無理かもしれない、でも最初から身の丈思想に自分をあてはめてしまい、ここまででいいじゃないかとは思わないようにしようと」

人生の最後の瞬間に「やってみる価値はあったのでは?一瞬でも触れられたかもしれないよ?なんでそうしなかったんだい?」そう後悔したくなかったのだ。

非常に傲慢な感覚なのかもしれない。素人が偉大な演奏家のみが醸し出せる世界に触れたいと願うなんて・・・

素人なんだから、アマチュアなんだから、それなりでいいじゃない?ピアニストのように?なんて不遜な考え・・・

そのように思う人がいたっていい。身の丈思想も一つの考え方だ。世間一般の無難な考えなのかもしれないね。いくら感動しても、自分というものと見事に切り離す。人から何かを言われることもないしね。「謙虚よね」と。

でも僕は封印はしないことにした。また音楽に切り刻まれるのは金輪際イヤだし、最後の瞬間に後悔したくないから。世間の常識は最後の瞬間に助けてはくれないよ。「できたかもしれないのに・・・」その時に救ってくれるのは自分だけだ。自分がやってきたこと。

初心者だから、素人の領分で、アマチュアらしく、本当にそう思うのならば、それでいいと思う。でも他人から何か言われたらとか、そのようなことであったら、いつか切り刻まれるかもしれない。

kaz




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category: 月の輝く夜に

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慟哭 

 

中学生になって、うまくピアノのお稽古は辞められたと思った。でも先生を変えて・・・とも一度は思ったのだ。実際に探した。当時、即興の好きな、実力に見合わないような曲を勝手に弾いていた中学生を好きなように泳がせて(?)教えてくれるという先生はいなかった。「バイエルが終わってない?じゃあ終わらせなきゃ。悲愴?幻想即興曲?無理に決まってるでしょ?」

やはり辞めてよかったのだ。鑑賞者として音楽は楽しめばいいのだ。ピアノなんて趣味だったのだ。いいじゃない?それでいいじゃない?プロになるわけでもないし、音大なんかに行きたいわけでもないしね。

退屈な練習から自由になるんだ。自分が感動を受けたからって、そこに触れたい、自分でも触れたいなんて思わなければいいんだ。僕は鑑賞者、音楽愛好家、それでいいじゃない?

そもそもプロのピアニストの演奏から感銘を受けたからって、自分に何の関係があるというのだろう?憧れ?聴き手としてね。自分でもそのように表現してみたいだなんて微塵でも思ったら、そりゃあ傲慢な考えだろう。趣味趣味・・・それでいい。

しばらくしてピアノさえ売り払われたのか、部屋からなくなっていた。別にいいじゃない?鑑賞者なんだから。今まで習っていた、ピアノが好きだった、でもそれは趣味として。中学生になったら忙しくなりそうだから辞めると言ったのは自分なんだから。

東京文化会館でバーンスタインの演奏を聴いた。というか、指揮ぶりを見たというか?中学生だった僕をバーンスタインの音楽は切り刻んだね。音楽は深い感動を呼ぶものだと思っていたけれど、ここまで残酷に心を引き裂くなんて思ってもみなかった。

「お前は表現したくないのか?音楽を聴いて爆発しそうなんじゃないか?どうするんだ?これからどうするんだ?」

なんだかバーンスタインの音楽はそのように僕に迫ってきた。「だってピアノなんて趣味だったし、これからもそうだし・・・」

会場を出て歩きながら僕は封印しようとした。「自分でも触れたいなんて、なんて傲慢なんだ!生意気なんだ!専門的に勉強するわけでもないんだろ?その気はないんだろ?だったらいいじゃないか。関係ないじゃないか?」

上野から電車には乗れなかった。涙が止まらなかったから・・・

自分でも・・・なんて、プロを目指す人だけのこと。自分は感じるだけでいいんだ。触れたい、表現したいなんて思ったらダメなんだ。鑑賞者の領分から出てはいけない。自分でも・・・なんて素人のくせに図々しい」

封印した。聴くだけでいいんだ。多くの人はそれで満足しているんじゃない?

だったらなぜあの時涙が止まらなかったのだろう?

素人が美を求める、自分でも美に触れたい、できれば人と美を共有したい、そう思うのはいけないことなのだろうか?

この時、泣きながら歩いた、その時の慟哭・・・もう二度と味わいたくはないと今は思う。他人から、素人の分際で・・・と言われても、書かれても味わいたくはないと思う。

kaz




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追悼 

 

僕ぐらいの年代の人なら、もしかしたら懐かしい記憶を持っているかもしれない。全音ピアノピースの楽譜、昔は唐草模様の表紙だったと記憶している。この唐草模様のデザインと同じデザインのレコードを少年の頃は愛聴していたと思う。演奏は、たしか神西敦子という人で、大変に折り目正しいというか、楚々とした誠実な演奏だったように思う。時は高度経済成長期、世の中が太っ腹だったのか、このシリーズのレコードには収録された曲の楽譜がついていた。縮小された全音ピアノピースがついていたのだ。

楽譜を見ながら演奏を聴くという、初めての経験をしたのも、この神西氏の唐草レコードでだったと思う。バイエルの赤本を右往左往していた、つまり楽譜が読めなかった僕は、音と共に楽譜を見ることで、少しだけ楽譜も理解できるようになった気がした。音が高くなるとこうなるのね?・・・みたいな?でも収録されていた曲を弾いてみようという気は起こらなかった。無理だと自分が感じたというよりは、「バイエルだとまだ無理でしょう?」という常識に捉われていたからだと思う。弾いてみようという発想すらなかった。

同じ時期、中村紘子の2枚組のレコードを親が買ってくれたのだと思う。主に「おさらい会用の曲」が収録されていたと思う。神西氏の、どこか「楚々としたお手本演奏」といった趣とは異なり、子ども心にも随分と中村市の演奏は個性的というか、聴き手を意識したというか、ドラマティックな演奏と感じた記憶がある。その中で、ワイマンの「銀波」、そしてランゲの「花の歌」の演奏に惹かれた。

「弾いてみたい」・・・多分に自己流のメチャメチャ演奏ではあったが、レコードで聴くサウンドを自分が再現しているという事実に興奮した。僕が初めて「世の中のきちんとした人はそういうことはしないものですよ」ということを、自分から打ち破った初体験でもあり、どこか気持ちよかった。この時は例の神西氏のレコードの付録の縮小ピースの楽譜が役立った。やはり楽譜を自分で買うというのは、小学生には大変なことだったから。この時の経験、中村氏、神西氏のレコードがなければ、ブライロフスキーのショパンを聴いて、自分で楽譜を買い、弾いてみようという気にはならなかったかもしれない。この時の自己流ピアノ遊びが現在の僕の演奏にも影響を与えているのだとしたら、僕が今現在ピアノなどを弾いているのは、両氏のお蔭であるとも感じる。

温泉では、湯に浸かる他に、中村氏の著作を再読したりしていた。彼女が自著の中で「ハイフィンガー奏法」という言葉を初めて使ったのではなかったか?この言葉、今ではすっかり定着しているようにも感じる。「指は上下運動のようにバタバタ動かさない」とか「丸めた指ではなく、伸ばした指で・・・」とか。日本人ピアニストの欠点を、文化的、宗教的、歴史的切り口ではなく、もっとシンプルに「基礎的な弾き方、奏法に問題があるのでは?」という率直、かつ勇気ある発言には、僕などにも「ああ、そうだったんだ」的なことを感じさせる説得力もあったように思う。彼女自身が書いていることだが、レヴィン女史のレッスンを受けて、そこで「その弾き方は基礎から直しましょうね」と言われ、指の上げ下げからやり直しをさせられたという。大変だったと思う。日本のコンクールを総なめにし、デビューリサイタルも行い、N響との世界一周演奏旅行を終了した後のことだ。中村氏の著作によれば、そのN響と共演したこの演奏は、ハイフィンガー奏法による、まさに「基礎からやり直しましょうね」の演奏ということになる。

考えてみれば、いわば「使用前」「使用後」のような、明確な差、それも自分の演奏の基本となる重要な部分を文章にして赤裸々に書いてしまった人は彼女だけだったのではないか・・・とさえ思う。

正直に告白してしまうと、僕はこの演奏からハイフィンガー奏法の弊害というものを明確に感じとることはできない。奏法を彼女は後年変えたな・・・ということはすぐに分かる。安定した上肢・・・などは、この時にはみられない。強引に感じとろうとすれば、後年の彼女の演奏よりは表現というか、音の色の幅が狭いようにも感じる。でも立派な演奏ではないか・・・というところが正直な感想だ。僕の耳が鈍感なのだろうか?他の人はそのようなことは感じとれている?「ああ、ハイフィンガー奏法ね・・・」と。

少なくとも、「指は伸ばしましょうね」「はい、伸ばしました。ハイフィンガー奏法を直しました」というような簡単なことではないんだなということを、この中村氏16歳の時の演奏は教えてくれるような気がする。

kaz




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アウティング 

 

少しブログを書かなかったので、「体調不良ですか?」「なにかあったのでは?」という心配のメールを頂いたりしているが、そうではなく、単に温泉に浸かっていただけ。旅館でパソコンを開く気にはどうしてもなれなくて・・・

福島の飯坂温泉にお気に入りの旅館がある。そこでゆっくりしていました。ご心配をおかけしました。

さて、温泉とは全く関係のない話題だが、ある大学の大学院生が自殺をしてしまったという話について考え込んだりしている。その大学院生はゲイで、親友の一人(もちろん男性)に恋してしまい、自分の気持ちを正直に話してしまった。「君のことがずっと好きだった。つきあって欲しい」と。すごい勇気だなと思うが、自分の気持ちを偽って生きていくのが辛かったのではないだろうか?そんなふうに思う。相手はヘテロだったので、「つきあうことはできない。でも親友であることは変わらない」と。まぁ、その大学院生は失恋してしまったわけだが、それは想定していたであろうと思う。僕が考え込んでしまったのは、その部分ではない。同性愛者よりは異性愛者の割合の方が多いのだから。

そもそも、恋の告白とか、プロポーズって、断られることだって想定してするわけだし。そこには男女の差もないと思うし、ゲイもヘテロもないと思う。だから相手が断ったからどうこうとは別に思わない。

考え込んでしまったのは、相手がアウティングをしてしまったということだ。アウティングとは耳慣れない言葉だが、他人の性癖などを本人の承諾なく第三者に言いふらしてしまうことを言う。「あいつ、ゲイなんだって」とか「ねえ、C子ってレズビアンだったの。告白されちゃったぁ・・・」みたいに。

大学院生は相手を信じていたのだろう。だからアウティングされたことで傷ついたのではなかろうか?アウティングをその相手から聞いて、その大学院生にゲイであることに対して否定的な言葉を言った人もいるらしい。「ゲイなんておかしい。信じられない。そんなの変態だよ」

心のバランスを崩してしまった大学院生は大学の校舎から飛び降り、自ら命を絶ってしまった・・・

その大学院生は法学部の学生で弁護士を目指していたらしい。相手に対して求めていたのは謝罪の言葉だったらしい。大学にも相談していたらしい。でも自殺してしまった。突発的に・・・だったのだろうか?

さらに考え込んでしまうのは、告白された相手に同情の声が集まっているらしいということ。「オカマから告白なんかされちゃって気の毒だ」みたいなことなのだろうか?

もしある女性がこう言ったらどう思うだろう?「ねぇ、聞いて!A男から告白されちゃった。自分の顔を鏡で見たことあるのかしら?何様だと思ってるのかしら?気持ち悪い・・・」

「そうよね、大変だったね」と思うだろうか?、むしろその女性の品性を疑うのではないだろうか?だったら何故告白した側がゲイというだけで告白された側、しかもアウティングをした側に同情の声が集まるのだろう?

北米の自殺者の30~40パーセントがLGBTの人だという統計があるらしい。やはり人と異なるということは攻撃の対象になるのだろうと思う。日本ではそのような統計はない。カムアウトしている人の数が少ないということもあるだろう。

でも日本では一分間に65人もの人が自らの命を絶っている・・・

やはり人と違うということは、いけないことなのだろうか?

ジャック・ルーシェのバッハを聴いたりすると、この演奏はバッハ自身が想定していたサウンドとは、やはり違うものなのだろうとは思う。いわゆる「クラシック」ではないわけだし。でも、もしバッハがジャック・ルーシェの演奏を聴いたら(ありえないが)バッハ自身は「自分の中の普通」とは異なる演奏として排除してしまっただろうか?そんなところも考え込んでしまう所ではある。

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ショパンを弾くならベッリーニを聴こう! 

 

シプリアン・カツァリスはレッスンの中で「ショパンは同じ旋律が二度出てきたら、変えて弾くのが好きでした」と何度も言っている。このことで思い出したのがマリア・カラスのレッスン。有名なジュリアード音楽院でのマスター・クラス。幸いなことに、この時の音源はCD化されているので、現在でも聴くことができる。マリア・カラスも同じような事を言っていた。

「その旋律は一度出てきています。聴衆はもうすでに一度聴いているのです。二度目は変えましょう」と。カラスの場合、たんなる歌い方、表現の工夫というよりは、「これはベルカントオペラの伝統なのです」のような重みを感じさせる言い方だった。

ショパンについて少しでも調べてみると、ショパンはピアノでベルカントというものを追及した人のように感じてくる。特にベッリーニとの関わりが深いような?ショパンを弾くならベッリーニを聴け・・・みたいな?

「オペラって苦手なのよね~、長いし~」でもアリアだけでも聴いてみたらどうだろう?ベッリーニのオペラのアリアなどを聴いてみると、ショパンはベッリーニのベルカントをピアノで追及していたことが分かってくる、というか、そのように感じてくる。ショパンのある種の曲、ある部分、もうベッリーニだよね・・・みたいな?

① 繰り返す連続音型の伴奏に、カンティレーナ、歌うようなメロディーを乗せていく。
② ショパンのメロディーの跳躍の音型は、ベッリーニのポルタメント効果を感じさせる。
③ フレーズの途中で休符がある時は、音の質を統一したり、変えたりすることで、メロディーラインが大きく聴こえたり、緊迫感や憧れの要素が強調されたりする。

メカニックをテクニックというツールを介して表現に結びつける、この考えだとピアノを弾くのが楽しくなる。「どうせ・・・」モードがなくなるように感じるから。でも逆に考えてみると、ピアノを弾くということは運動という側面もあるので、何らかの具体的なテクニックというものを介さないと、ピアノという楽器からは人に何も伝わらないということにもなる。いくら感動に震える芸術夢見る子さんになってみたとしても、それだけでは何も伝わらないということだ。具体的な何かをしないと・・・

でも何もないところからは何も出ないのも事実だ。どんなに高度なメカニックを持っていたとしても、「ああ、このようにこの部分は弾きたい」というものがなければ、それは出ない。いくら指が闊達でも曲に関して「別に~」とか「この曲なら初心者と思われないから」みたいなことでは何も出てこない。

具体的なノウハウって、やはり誰かに具体的に伝授してもらう方が楽だと思う。簡単に言ってしまえば「素晴らしい教師」の存在が大きいと思う。でも自分の中で発酵させること、イメージを磨くことは自分でもできる・・・というか、やらなければいけないことなのではないだろうか?だって実際にピアノを弾くのは自分なんだから・・・

マリア・カラスのベッリーニ。これを聴くと感じるのではなかろうか?

「私の演奏ってその場しのぎみたいで、まとまりがない。あっ、カラスの歌い方、休符の前と後とで声の質が統一されている」「どうも自分の演奏って、あっけらかんという感じから抜け出せないのよね。先生はもっと歌ってというけれど。あっ、カラスの歌い方、跳躍の音型が素晴らしいわ。私って跳躍の時、考えなしに鍵盤をガツンと打ってない?はずさないようにとか命中させなきゃ・・・みたいに。このポルタメントのような丁寧さ?ちょっと単旋律だけで試してみようかしら?」

ピアノではポルタメントできない?でもショパンはその効果を期待しているんじゃない?ポルタメントみたいな効果は可能かもしれない。

自分でイメージ発酵してみる。ショパンを弾くならベッリーニを聴いてみよう。

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category: ピアノ雑感

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テクニックとメカニック 

 

ただ音を並べています・・・ではなく、一応強弱や抑揚もある。ブンチャッチャッのように横の流れも硬直しているわけではない。「あら、上手に弾けてるじゃない?」レベルではあるけれど「あら、素敵ね」レベルではない・・・

音が満載の超難曲、弾きこなすのは難しい。反対に音符の数が少ない曲も難しい。ツラツラとなんとなくは弾けるけれど、間がもたないというか?とても「素敵ね」なんて感じてもらえる演奏には遠い・・・

このような場合、理由として音楽性が足りない、感性や才能が足りないとしがちだ。そうなのかもしれないが、技術が不足していると考えてみたらどうだろう?やたら音楽性とか、才能とか、どこか曖昧な水っぽいところに逃げてしまわずに、そして諦めてしまわずに、人を惹きつける魅力に欠けているのには理由があるのだと。つまり技術、その情報に関するノウハウに欠けている、もしくは表現と技術が密接な関係にあるとは思わす、どこか分離して考えてしまっている?

「テクニックはあるけれど、音楽性が足りない」よく使われる表現だが、これはちょっとおかしいのかもしれない。テクニックがあれば音楽的な表現を伴った演奏に聴こえるはずだからだ。もしかしたら、メカニックとテクニックを混同している?「メカニックはあるけれど、テクニックが足りないので音楽的には残念ながら聴こえてこない」・・・なら概念として分かるが。

楽譜面として非常にシンプルな曲で、素敵に聴こえない、これは音楽的な才能がどうたらとか、そのようなことよりも、むしろテクニックが足りないと考えてみたら?指のアジリティとかオクターブ連続を無理なく弾きこなすとか、それはテクニックというよりは、メカニック。シンプルな曲で難ありの演奏だとしたら、伸びる音を奏でるタッチとか、指の動かし方とか、腕の使い方というテクニックが不足しているのでは?音楽性なんたら・・・ではなく。響きの中にクリアなトーンの音を浮かび上がらせる・・・とか、これはテクニックの問題なのではないだろうか?

ピアノ教育現場でさえ、混乱していることもあるのでは?テクニックとメカニック・・・

本来は「このようなサウンドが欲しい」という脳の指令、欲求があって、初めてテクニックというメカニックを使用した表現のためのツールを使用するわけで、「一応間違えずに弾けるようになったから表現を考える」では何か遅いというか、違うのではなかろうか?

リストの「鬼火」やバラキレフの「イスラメイ」は超難曲だけど、弾きこなすのは難しい、ショパンのノクターンは一応弾けるけれど、表現が難しい・・・そうだろうか?ピアノでベルカントで歌っているように聴こえるには、メカニックとテクニックが必要ではないだろうか?

重要なのは、やたらテクニック、メカニックというものと音楽性、才能、感性というものを分けて考えずに、それらのものは密接な関係にあると考えてみる。諦めないですむじゃない?「どうせ才能なんてないし」みたいに。理由があれば諦めずにすむじゃない?

ピアノ曲、合う、合わない、好み、そうでもない、このようなことはあるかもしれないが、簡単な曲と難曲とに分けてしまうのは、少々無理があるのではなかろうか?メカニカルには余裕がある・・・ならなんとなく分かるが、シンプルな曲にもテクニックは必要だ。

「こういうシンプルな曲って聴かせるのは大変ね」「そうね、テクニック的には楽なのにね・・・」この場合、テクニックではなくメカニックでは?簡単な曲なんてあるのだろうか?

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category: ピアノ雑感

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ノクターンに憧れて 

 

大人になってからピアノを習い始めて、十か月でこのノクターンを弾くというのは、結構大変なのではないだろうか?

「ああ、弾いてみたい、この曲を弾いてみたい・・・」

憧れが弾かせてしまう・・・ということもあるのでは?でもそれって、ピアノを弾く動機としては、とても純粋であるように思うが・・・

通俗曲、耳だこの曲、この種の曲を弾くと初心者と思われる・・・

これって何か違うのではないかと思う。

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category: 世界のピアノ仲間

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父娘連弾 

 

もともと、この人の娘がピアノを習っていた。娘のピアノの音色を聴きながら、練習している様子を毎日家で聴いているうちに、自分も弾きたくなった。

自分がこの歳でピアノを習い始めるなんて思ってもみなかった。ピアノなんて子どもの頃から訓練を受けないと弾けるようにはならないと言われているではないか?弾けるのか?でも弾いてみたいという気持ちが勝ったのだ。

ピアノを習い始めて十か月。ピアノの発表会があった。

「お父さんと連弾してくれないかな?」娘は意外にも承諾してくれた。嬉しかったし、ちょっと恥ずかしさもあった。そして「娘が連弾なんてしてくれるのも、今のうちかもしれないな。もうちょっと成長したら、父親なんか見向きもしなくなるのかもしれないな」などとも思った。

ピアノを習い始めた頃から、娘と連弾するのが夢だったのだ。

ピアノっていいな・・・

ちょっとだけ勇気を出して、自分の気持ちに正直になってみた。

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category: 世界のピアノ仲間

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演奏者の責任 

 

聴いている人が曲の魅力を感じる・・・音楽がそこにあり、演奏しているわけだから、それは当たり前の風景のように思えるが、実はなかなか難しいことのようにも感じるし、実際にそのような演奏は多くはないような気はする。上手いとか、よく弾けるとか、そのようなこととは少し違うんだな。「あら、いい曲ね」「あら、素敵な演奏じゃない?」みたいな?

○○音大卒業、○○音楽院に留学し○○教授に師事。○○コンクール入賞、帰国後は○○のような活躍・・・このような経歴を持ちながら、そして決して下手ではなく、むしろ上手ではあるのだが、演奏の始まった瞬間に退屈してしまい「はやく終わらないかなぁ・・・」などと感じてしまうこともある。というか、多い。何故だろう?

達者に弾きこなす、これといって目立ったミスもなく、つまりドキッとするような演奏クラッシュもなく、なんとなく(?)ツラツラと演奏は進んでいく。「あっ、終わった・・・一応拍手しなきゃ!」

多くのクラシックに疎い(?)人はクラシック音楽を「難解」とか「敷居が高い」とか「堅苦しい」と思うらしい。そしてそのような高尚なクラシック音楽の演奏なのに、自分は何も感じられないということに対して、自分に責があると感じる。「教養がないから」「クラシックのような高尚なものとは縁がなくてね」そうだろうか?聴き手が無教養だから、知識が足りないからなのだろうか?

演奏そのものがつまらないから・・・ということもあるのでは?

何も超がつくほど珍しい曲を弾く場合ではなくても、聴き手はその曲に馴染んでいないということは、ままある。ピアノ弾きには耳だこかもしれない「英雄ポロネーズ」や「ラ・カンパネラ」でも、聴き手の中には、あなたの演奏で初めてその曲に接する人だっている。自分の演奏によって、その初めて体験の聴き手が、あなたの演奏ではなく、ショパンやリストに対して、はてはクラシック音楽全般に関して、退屈だと評価してしまうことだってある。「よく分からないし、自分には教養もないし・・・」と。演奏が単純につまらなかったと考えてみたらどうだろう?曲がつまらなかったのではない、実は演奏が未熟だったと。バリバリとノーミスでということではなく、その曲の魅力が伝えられたかどうか・・・

ピアノ弾きは、ピアノ曲に関しては、ある程度詳しいのだろう。だから「耳だこ」なんて言葉があるのだ。では、ギター曲に詳しいだろうか?イタリアオペラについて詳しいだろうか?どうだろう?

アマチュアだと、どうしてもピアノを知る聴き手の中だけで演奏しがちだ。サークルとかね。このような演奏会があるとする。ピアノ2名、声楽2名、ギター1名、チューバ1名という6名の演奏会。もし、あなたがピアノで出演するピアニストの生徒とか、知り合いで、個人的なつながりでチケットを購入したとする。その場合、もう一人のピアニストの演奏は、まぁ、しっかり聴くだろうと思う。でも声楽はどうだろう?チューバやギターは?「まぁ、どうでもいいかしら?」みたいなところはないだろうか?ピアノ関係で聴きに来たのだから、目当ては知り合いのピアニストの演奏なのだから。声楽には興味がない、ギターには興味がない・・・それは自由だが、では実際の演奏会場で声楽やギターが演奏される時間には、ロビーで待機するだろうか?それも自由なのかもしれないが、そうなると会場ではやたら出入りする「目立っている人」にはなるだろう。大概は我慢して(?)聴くのではないかと思う。

「なんだか声を張り上げちゃって・・・だからオペラって苦手よ」「ギターって曲そのものが民族的というか、そのへんが苦手なのよね。やたらジャラジャラ鳴らしているみたいで・・・」

オペラって、ギターって苦手、退屈、そうだろうか?じつは演奏に魅力を感じなかったからでは?ギターが退屈なのではなく、その日のギタリストの演奏が凡庸だったのでは?

ピアノを弾く人は、子どもも含めて他の楽器よりは、はるかに多いのだろうから、ピアノ界で有名曲は世間でも有名曲なのだろうか?そのようなこともあろう。でも「バラードの1番」とか「メフィスト・ワルツ」、ラフマニノフのプレリュードあたりになるとどうだろう?知らない、知識がないという人が、「なんだか難しくて、よく弾いてらっしゃるような気はしたのですが、自分は感性がないのか、そのような高尚な音楽には恥ずかしながら縁がなくて・・・分かりませんでした」と感想をもらしたとしたら、それは「まぁ、そうかもね。猫に小判ということかしらぁ・・・」ということではなく「私の演奏って魅力に欠けていたのかしら?」と思ってもいいのかもしれない。

なんだか高尚すぎて分からなかった・・・実は「あなたの演奏に魅力は感じなかった」ということでもあるのでは?

初めてその曲を聴く人・・・これを想定してもいいのかもしれない。自分の演奏によって、その人のピアノ感、さらにはクラシック感まで決定づけてしまうこともあると。「自分は教養がなくて。どうもクラシックは・・・」これって「退屈だったんだよ。はやく終わればいいと思って我慢しながら聴いていた」ということの別表現かもしれない。知識のない一般人、日頃クラシックなんて聴いたことない人でも感じることはできる。というか、そのような人こそ感じるものがあるというか・・・

「よし、ここと、あそこを練習して」「もっと流麗につっかえないで弾けるようにしないと」「暗譜が心配だわぁ・・・」ツラツラと本番前に思うことはあるだろうが、もう一点加えてみよう。「自分の演奏って、クラシックを日頃聴かない人にどう聴こえるのだろう?自分の演奏は、そのような人から素敵だったと言われるだろうか?」

このギター曲、初めて知った。キャッチ―でいい曲だと思った。演奏が僕にそう感じさせたという要素もあるのでは?凡庸なノリの悪い、ただ弾いているだけのような、とりあえず音符を音にしてみましたという演奏だったら、僕は「いい曲じゃない?ステキじゃない?」とは思わなかったように思う。僕はギターを弾くわけでもないし・・・

曲の責任か?クラシック音楽という分野の責任か?演奏の責任か?聴き手の責任か?

kaz




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どう聴こえているのだろう? 

 

「ねえ、今日の練習会、バラ4が二人いたよね、珍しいよね、バラ1とかスケ2だったらよくあるけど」「ベトソナも多くなかった?」「そうね、会場のピアノがベーゼンということもあったんじゃない?」「次回の練習会、ベヒ様なんだって」「そうなんだ、久しぶりにモー様弾いてみようかな?」「あら、あなたに合っているんじゃない?」「スケ3のキラキラしたパッセージもベヒには合っているかも」「スケ3なんて弾けないもん」「あら、あなただったら弾けるんじゃない?」

この会話、サークル内だったら通じるかもしれないが、一般人には通じないような?スケ3?助さん?・・・みたいな?

アマチュアって、どうしてもサークルとか狭い範囲で捉えがちになってしまう危険性がある。聴き手はいつも仲間、ピアノを弾く人たち、ピアノで苦しんでいる(?)人たち。ピティナのステップなども同じかな?クラシックなどには日頃縁遠いオジサン、オバサン、オジイチャン、オバアチャンに自分の演奏がどう聴こえるかという観点が遠くなりがちだ。教室の発表会だと聴き手は少しだけ広がるだろうか?「可愛い孫の晴れ姿を見に」くる祖父母・・・とか?このような人たちは孫が目的で、ショパンやリストの曲が目的ではなかったりすることもあるのでは?そのような人たちに「あっ、この人の演奏・・・なんだかいいかも?」と感じさせる魅力が自分の演奏に備わっているだろうか・・・という観点、それがサークル内だけの価値観に染まってしまうと忘れがちになる。

むろん、アマチュアなんだから、ピアノを弾く目的はそれぞれだ。演奏というもの、そこに他者との心の関わりなんていうものを求めないピアノ道だってあるだろう。極端な例だが、「上級者を見返してやれ」という考えのもとにピアノを弾く人だっているかもしれないし、「他者?聴き手?そんなことはプロの世界のことでしょ?」と割り切ってしまう人だっているだろう。人それぞれだ。

でも、その人が本当に心の底から感動してしまう演奏に出逢った時、日頃そのようなサークル価値観だけでピアノを弾いていたとしたら、慟哭・・・のような感情をどのように自己処理するのだろう?ピアノ演奏への感じ方として「わあ、あんなに難しい曲をノーミスで」とか「あんな初心者が弾くような耳だこの曲なんて弾いちゃって」とか、「今度は私だってノーミスで」とか、そんなことばかりに重きを置いてピアノを弾いていたとしたら・・・

自分自身が感じた慟哭、それを追えない、自己処理できないというのは、随分と辛いことなのではないだろうかと想像する。自分内だけの自己実現達成、見返して・・・みたいな感情でピアノを弾いていたら、慟哭感情なんて認めないのかもしれないが・・・

サークル内だけの価値観(ベトソナ、モー様感覚?)でピアノ道を進んでしまうと、どうしても他者との表面的な比較になってしまう危険性がある。そうなると、まず「自分がどう弾けたか」ということばかりを重要視してしまう。より大切なのは、「人はどう感じたか」ではなかろうか?その「人」という聴き手もサークル内の人・・・ではなく、クラシックなど詳しくはない「人」にどう聴こえるか・・・

本番が近づく。当然自分が人前で落ち着いて演奏できるか心配になり緊張してくる。「弾けるかしら?」「失敗したらどうしよう?」

ほんの少しだけ一般人のことを思い浮かべてみたらどうだろう?今日コンビニで会ったレジのお兄ちゃん、先週検診で会ったナース、そのような人たちに自分の演奏はどのように聴こえるか、「あら、素敵な曲じゃない?なんの曲なのかは知らないけれど、聴いてしまうね」という演奏を考えてみたらどうだろう?少しだけ目指してみたらどうだろう?ほんの少しだけサークル価値観から飛び出してみるのだ。

このようなことを、ツラツラと綴ってきて想いだした演奏がある。シルヴィア・シャシュの歌唱。たしか中学生の時だったと記憶している。それまで僕はテノールの声が大好きで、女性の声にはあまり馴染みがなかった。ある人の「今の、今現在のシャシュの歌唱を聴いておくべきだ」という助言に従い、心の片隅では渋々という感じで聴きに行ったのだった。「ソプラノってなんだかな」という感じであったし、ソプラノのアリアなんて馴染みがなかったし。実はこの有名な「トスカ」のアリアもこの時初めて聴いたのだった。

もし、僕の「初トスカ」が有名音大を卒業したばかりの、高音だけビャービャー出るような人の「トスカ」だったら、声すらなく、貧弱な縮緬声の「トスカ」だったら僕はどう感じただろう?「なんだかあまり上手くないな」と、その演奏者を判断したと思うし、さらに「トスカ」なんてつまらない、退屈だなとも感じただろうと思う。そしてプッチーニなんて、オペラの(ソプラノの)アリアなんて退屈なものなんだ・・・とさえ思ってしまった可能性がある。

演奏というものは、他者がどう感じるかということを考えると、その演奏によって、演奏者自身だけではなく、曲や作曲者、クラシック音楽全般においてまで、他者は判断してしまうことだってあるということだ。つまり演奏というものは他者に対して責任がある。もし、あなたの演奏で「ショパンなんて退屈」とか「リストってなんだか軽薄な感じね」と人が感じてしまうとしたら?

「自分がどう弾けるか」ではなく「コンビニのお兄ちゃんは自分の演奏をどう感じるか」という観点も少しだけ考えてみたらどうだろう?少しだけサークル感覚から抜け出してみる・・・

kaz




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サークル慣れ 

 

アマチュアの特権として「自分の楽しみのために演奏できる」ということがある。人がどう感じようと、自分が満足できれば・・・みたいな?たしかに趣味であるのだから、それでもいいのかもしれない。「私は私だから」と割り切れれば・・・

同じアマチュアの、しかも非常に魅力的な、思わず聴き入ってしまうような演奏を聴いたとして、自分にはない何かをその人は持っているとして、その場合でも「まっ、私は私だし、趣味なんだから楽しければいいんだし・・・」と心から思える人は、どれくらい存在するのだろう?意外と少数派なのではないかと思う。多くの人は「ああ、自分もあのように弾けたらどんなにいいだろう」と思うのではないだろうか?

サークルという場、アマチュアにとっては貴重な演奏経験の場だと思う。でも、なんというか、あまりにサークル慣れというのか、そうなってしまうのもいいことではないのかもしれない。

「こんな曲を弾いたら○○と思われる」とか「難しい曲に挑戦してみたい」とか、「今度はミスなく演奏したい」とか、そう思って練習するのも悪いことではないと思うが、肝心なことを置き忘れてしまい、サークルという仲間内だけの感覚が自分の感覚・・・となってしまうこともあるように思う。大切なのは、難しい曲を弾くことでもなく、ノーミスの演奏を狙うことでもなく、耳だこの曲は避けたいとか、そんな感覚を養うことでもなく、大切なことは「その曲を愛しているのなら、その曲の魅力を伝えられるようになる」ということではないだろうかと。

ショパンのバラード第1番。この曲は大変有名で、弾いたことのない人でも曲は知っている。知られた曲ではある。でも、「有名すぎる曲だから、ミスがバレバレね。耳だこの曲でもあるし、次の練習会では違う曲にしておこうかな・・・」

ありがちだ。でも相当サークル慣れしている感じ方ではないだろうか?アマチュアの場合、サークル内で有名な曲=世間一般でも有名な曲・・・と思いがちだ。でもクラシックに詳しくはない人にとって、バラードは有名だろうか?聴き飽きたと思うほど耳だこの曲だろうか?それはサークル内だけに通用する感覚では?バラードの一番を弾く場合、有名だからとか、ミスがばれやすいとか、そんなことを思うのではなく、「初めてこの曲を聴く人にも曲の魅力が伝わる演奏をしたいな・・・」が本当では?自分もそのような演奏をしたいと思うことの方が、サークル大将になることよりも尊いのではないか?

僕は浮世絵には疎い。歌麿と広重の有名な作品に対して「あっ、これ見たことある」程度の知識しかない。普通はそんなものではないだろうか?クラシック音楽に関しても世間ではそんなものなのでは?

でもその程度の知識でも感じることはできるのだ。実は最も厳しい聴き手はサークル内には存在しない。知識のない一般人(?)の方が曲や演奏に対してピュアな感覚を持って聴く傾向はあるように思う。自分が惹きこまれたか、退屈だっただけで判断するから。彼らには有名曲だの難曲だの、初心者が弾く曲だの、そんな風には捉えて聴かないのだ。だから厳しい。

誰でも初めてその曲を聴いた時、つまりその曲と出逢った時はあったはずだ。その時に思ったはずだ。「なんていい曲なのかしら・・・」と。かつて自分が感じた、心が動いたものを追ってみることが大切なのではないかな?

「人がどう感じるか・・・なんてそれはプロの話でしょ?アマチュアなんだから・・・」

では人の演奏を聴いて「ああ、自分も・・・」とは微塵も感じないのだろうか?感じないのだったらアマチュアなのだから楽しめばいい。難曲を弾いたということで満足すればいい。ミスがどうたらとか、そればかり考えていればいい。

でも、人を惹きつける、つまり、上手になりたくない人なんているのだろうか?

ピアノを弾いている理由、ピアノだけが自分が他人から認められる手段、最後の手段だから?違うのでは?かつて自分の心が動き、感動したからでは?

「耳だこの曲」「ミスがばれやすい有名曲」「難曲」「初級者が弾く曲」「上級者が弾く曲」・・・かなりサークル慣れした言い回しではないだろうか?

デニス・グレイヴスにとってカルメンの「ハバネラ」を歌うというのはどんな感じなのだろう?オペラの中でアリアとして歌うのではなく、リサイタルで歌う場合。「この曲、有名すぎるのよね」と思って嫌々歌うのだろうか?「こんな超有名曲、うんざりだわ」と思って歌うのだろうか?彼女にとって、このような小さな会場で、少人数対象の演奏会というのは非常に珍しいことなのではないだろうか?いつもは歌劇場や、リサイタルでも、もっと大きな演奏会場で歌うのが普通なのではないだろうか?

「まったく・・・素人相手に歌うなんて・・・」

そんな感じはしないよね。「ハバネラ」という超有名曲に対して、曲の説明も詳しく話しているので、きっと聴衆はディープなオペラファンではなく、一般人(?)なのではないだろうかと想像する。いつも彼女が接する聴き手とは違うような?

「ああ、カルメンの魅力を伝えたい、こんなに素晴らしい歌なのだから。かつて私が初めて聴いた時のような感動を、今日、この人たちに伝えることができたなら・・・」彼女はそんな風に感じながら歌っていたのではないだろうか?

そのような想いは伝わるものではないだろうか?

サークル慣れすることよりも、それは大切なことのように思う。

kaz




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