ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

楽譜に忠実 

 

ピアノの上が楽譜の山になりながら、選曲作業をしている。大きなイベント(?)の曲は決まった。2ヵ月毎の練習会までは無理かなぁ・・・

サークルの発表会ではグラナドスで、ドーンと奈落の底に落ちるような陰鬱(神秘的なエロスとも言う?)さを表出し、教室の発表会では「これぞマッチョ!」というバラキレフの曲で男の子を応援し、ピアチェーレでは往年のコンポーザーピアニストたちへオマージュを捧げる・・・

実現できたら楽しいと思うな。今日のように「一日中ピアノを練習していてもいいんですよ」みたいな日、真面目な人は何時間も鍵盤の前で頑張るのだろうけれど、僕はそのような意味では不真面目なので、ピアノ関係の本を読んだり、CDを聴いたりしてしまう。それも練習かな・・・と自分では思う。

青柳いづみ子著の「ピアニストが見たピアニスト」を読んでいて、僕の長年の疑問に答えてくれるような記述があった。往年のピアニスト(に限らずだが)の演奏って、どこか勝手気ままで楽譜からの逸脱があるのが常識とされている。「テキストをきちんと読む」ということについて、僕の中で曖昧のままのところがあった。楽譜に忠実という概念は僕の先生がそうだと思う。「あれ、そこはそうなっています?」と楽譜を見ていなくても先生から指摘が入ったりする。その場合、僕はなんとなく弾いてしまっている。それは理解できる。でも曲にもよるが、「そこは右左ずらしてみたらどうですか?」などと楽譜にはない助言もあったりする。楽譜に忠実という意味において正反対の指摘があったことになる。

現代の楽譜に忠実、実際に楽譜を見ながら聴いても、記号などの取りこぼしはなく、時代考証もなされているようなのに、そして技術的欠陥なども皆無で完璧な演奏なのに、聴いていて恐ろしく退屈な演奏というものは存在する。そして往年のピアニストの演奏を聴いていて、やはりどうしても勝手気まま・・・とは思えなかったりもした。たしかに和音を楽譜には書かれていないのに分散和音で弾いたりとか、アッチェレランドが入ったりとか、ベースとトップを意図的にずらしたりは多くの往年系ピアニストはしている。コンクールでは真っ先に排除されてしまうかもしれない。「そんなこと楽譜には書いていませ~ん」なんて普通の先生だったら言うのかもしれないなどとも思うが、聴いていてやはり違和感はない。世間で楽譜に忠実とされている演奏に退屈さを感じることの方が多い。

僕が変なの???往年系の演奏が好きで聴いているから、耳が、感覚が濁っている?

本の中でバレンボイムの言葉が紹介されていた。「往年のピアニストたちは、今のピアニストより楽譜を奥深くまで読み込むことを知っていた。つまり、ピアノやクレッシェンドという記号に満足しませんでした。これらは相対的なものに過ぎない。何に対して強くなのか、前後のところはスコアには書いていない。まさにこの部分が、音作りの領域なのです」

つまりバレンボイムは「新世代の演奏家のようにテキストに書かれたとおり弾いただけでは解釈したことにはならない」と言っているのだ。楽語、楽譜の相対的解釈の重要性としてはエリック・ハイドシェックの言葉も紹介している。

「松葉マークが閉じたあとに、さらにディミニュエンドが記されているケースが多い。もし松葉マークが細くなるにつれて音量を減らすようにという指示なら、なぜそれを重ねたりする必要があるのか?」ハイドシェックは松葉マークは音の強弱ではなく、空間感覚の増大・減少、テンポの収縮・弛緩にかかわっていると言っているのだ。

そのようなことも含め、主にリストの直弟子たちの演奏をCDで聴いたりしていた。たしかに相対的なものの最低限の記述というように楽譜を捉えているような演奏に感じる。このようなことも「練習」に含まれるのなら、僕は練習熱心かもしれない。

kaz




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ポジティヴ耳とネガティヴ耳 

 

もしかしたら現在のフィギュアスケートの採点システムはベストのものなのかもしれない。難易度や出来栄えによって、素人には判断できないようなところまで細かく、かつ専門的に採点される。なによりも絶対評価であるというところが旧採点システム時代とは異なる。旧採点システムには弊害もあった。だから採点システムが変わったのだろう。なんとなく、お国事情とか選手の名声とか、そのようなところが微妙に反映されがちで、公平性に欠けるところがあった。滑走順によっても点数に違いがあったりして。なによりも、選手同士を比較する相対評価が採点の特徴だったようにも思う。

でも、すべての要素に取りこぼしもなく、出来栄えも特に減点する要素もない演技が人を魅了する演技とイコールでもなかったりするのが不思議なところだ。ミスもあったり、細かな(素人には判断できないレベルの)要素には多少の雑さがあっても、音楽と一体化し、観客席を湧かせる、つまり人を魅了してしまう演技というものもあるのは事実。スポーツなのに、このあたりは面白いと思う。でも現在の採点システムでは、このような個性的(?)選手はあまり浮かばれない感じだ。皆が平均以上でソツがない。

現在の採点システムでは「ネガティヴ判断」が基本になっているような気もする。むろん、出来栄えによって加点されるわけだけど、基本的には「あそこができていない」「ここで違反している」「この部分が足りていない」のような・・・

「なんだか分かんないけど、この選手、凄くいい!!」みたいな演技はあまり認められないような?そのような選手そのものが少ないというのもある。かつてのキャンデロロ選手など、現在の採点システムだと、かなり損をするのではないだろうか?まぁ、フィギュアスケートだったらスポーツなのでそれもありなのだろうと思う。そうあるべき・・・なのかもしれないし。

でもピアノ演奏において、「ネガティブ耳」で判断してしまうのはどうなのだろう?コンクールの審査員は普通、ピアニストであったりピアノを教える人であることがほとんどだ。つまりピアノの専門家。専門家にしか分からないような細かなところで判断する。「派手に聴こえているけれど、実はあのパッセージは簡単」「パッと聴いたら分からないけれど、内声とトップの差が曖昧」「魅力があるようにも判断できるが様式感に乏しい・・・」「○○のような音型が苦手なようだ」

例えば、音楽に携わる人でも、ピアノオンリーの人ではなく、レコード会社のプロデューサーだったら、ネガティヴ耳では判断しないのでは?「このピアニストにはどのような魅力があるだろう?人にアピールできる要素はあるだろうか?」みたいな、ポジティヴ耳で判断するのではないだろうか?ピアニストと同じ芸術家でも審査員に画家や映画監督が加わったら、コンクールの順位なども微妙に(大きく?)変わってくるかもしれない。

当たり前のことながら、ほとんどの聴衆は演奏というものを「ネガティヴ耳」では聴かない。「ミスがどれくらい頻発するのかしら?」とか「音の粒ぞろいはどうかしら?」なんて聴き方はしない。

おそらく近い将来、ネガティヴ耳に認められたピアニストが、ポジティヴ耳で判断する聴衆に無視されてしまう時代が来るのではないかと予想している。ますますクラシック界は衰退し・・・

フィギュアスケート基準にしてもコンクールの基準にしても、まぁ、アマチュアピアニストには関係のないこととも思えるし、変えることもできないだろう。でも変えられるものがある。それは自分で「ネガティヴ耳」ばかり成長させないというみたいなこと。

ネガティヴ耳のままピアノライフを送ってしまうと、難曲が弾ける人=上手い人みたいな、誤った認識を持ってしまいがちだ。指も動いて、バリバリと弾けてしまう、いいなぁ・・・みたいな?

むろん、子ども時代だけではなく、ピアノを弾いていくということと、徐々に難しい曲にチャレンジしていくということは密接な関係がある。でも難曲を弾ける人が上級者で偉いわけではない。ピアノは何を弾けるかではない。どのように弾くか・・・だ。

上級者は初心者をバカにしたりとか、上級者は易しい曲は弾かないとか、そんな考えは捨ててしまうことだ。バリバリ弾く人から何か、そのようなことを言われたら、その自称上級者は初心者なのだ。初級者とか上級者なんて概念を捨ててしまえばいいのに。

こう思ったらどうだろう?やたら音符の多い真っ黒楽譜の曲を弾きたがる人は永遠の初心者なのだと・・・

フリードマンの奏でる「無言歌」・・・自称上級者、難曲が弾ける=偉いと思っている人だったら、こんな曲は弾こうとは思わないかもしれない。派手な要素もパッセージも皆無だしね。

もし、あなたが「この演奏素敵!私もこのように弾けたら・・・」と心の中で感じたら、あなたはその瞬間からピアニストなのだ。そして日々の練習で何かを始めようとしたら、何かを考え始めたら、難曲バリバリ自称上級者よりも、あなたは上級者なのだ。

「素敵・・・私も・・・」という野望を持ってピアノライフを送れるといいと思う。

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私的フィギュア世界 6 

 

最近・・・といっても、もう5年も前だが、僕にとっては最近の演技で印象に残っている男子シングルの演技が、アメリカのライアン・ブラッドレイ選手のフリー演技。ご本人はむろんジャンプの練習を積んできたのであろうが、そのようなことよりも、振付や動作が印象に残ったプログラムだ。

なんとなく日本人にとっては地味というか、あまり知られていない存在なのかもしれない。ちょうどウィアーとかライサチェク、そしてアボットが活躍していた頃の選手で、彼らの影に隠れてしまった印象がある。

なんとなくアメリカの選手って「タフだなぁ・・・」などと感じることがある。昔、エレイン・ザヤックという選手がいた。現在の選手を悩ませる(?)、あの「ザヤック・ルール」は、エレイン・ザヤック選手からきている。ジャンプの非常に得意な選手で、1980年代初め、トリプルはプログラムに2回程・・・という女子シングルの世界で、7回もトリプルを盛り込んだプログラムでジャッジや観客を驚かせたものだ。僕としては2A-3Tという当時としては高難度のジャンプを鮮やかに決めていたのが印象に残っている。世界選手権で優勝もしている。でも彼女、足の指を幼少の頃切断しているんだね。身体を鍛えるためにスケートを始めたらしい。それで世界チャンピオン。また、デヴィ・トーマスという選手にも驚いたものだ。彼女も世界チャンピオンになっているが、彼女は当時医学部の学生だった。アメリカの大学に留学経験のある身としては、大学、それも医学部の勉強とスケートを両立していたということが驚異的だ。彼女は現在は当然というか、医師である。

タフ・・・というか、ガッツがあるというか・・・

アメリカのフィギュア界って、とても盛んというか、明るいというか、競争が激しいというか、そんな気がするのだが、昔、アメリカのフィギュア界に悲劇が襲ったことがある。サベナ航空機墜落・・・アメリカフィギュア界は、なんとなくそこから這い上がったという印象を持つ。

1961年、アメリカの世界選手権代表全員の乗った飛行機が墜落し、選手、コーチ、ジャッジ全員が死亡するという事故があった。どのような損失だったのだろう、もう想像できないほどだ。前年のオリンピックで有名選手が引退し、若手の希望溢れる選手が犠牲になった。当然、その年のプラハでの世界選手権そのものが中止となった。想像もすべきではないが、もし今シーズンの日本の世界選手権代表の選手たちが同じ運命を辿ったら・・・当時のアメリカ国民の気持ちは分かる。それがどのようなものであったか・・・

全米選手権で3位となり、代表権を得たティモシー・ブラウン選手は墜落したサベナ航空機に乗らなかった。インフルエンザに罹り世界選手権への出場を辞退したのだ。全米で4位だったダグラス・ラムゼー選手に代表の座を譲ったのだ。そしてラムゼー選手は帰らぬ人となった。

ブラウン選手は、事故後、ラムゼー選手の遺族に手紙を書いている。「私が無理にでも出場していれば、あなた方の息子さんがなくなることはなかった。申し訳ない・・・私が生きることになって申し訳ない・・・」ダグラス・ラムゼー選手は16歳だったのだ。生き残ったブラウン選手は、その後若くしてエイズで亡くなっている。このあたりは華やかなアメリカフィギュア界の哀しい歴史のように思う。

・・・と、全くブラッドレイ選手とは関係のないことを書いてしまったが、このユーモラスな演技から、なんとなく明るさを支えている強さのようなものを感じたのかもしれない。

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私的フィギュア世界 5 

 

僕は、あまりジャンプの難易度とか成否には執着しないみたいだ。あまりにジャンプの転倒が続くと、演技の印象として影響してくるので限度はあるが、別に一つや二つ転倒しても演技そのものが、そしてプログラム全体の印象が良ければ別にいい。

このあたりってピアノ演奏と似ていないだろうか?とても興味深い。

完全に個人的な好みだとは思うが、プログラムとしては、「各エレメンツを一生懸命こなしています」という演技よりは、観終わった後に、大きな一つの作品として感じられる演技が好きだ。このあたりもピアノ演奏と共通しているような気がするし。そのような意味で、今シーズンの浅田真央選手のフリープログラムには、とても惹かれる。でも個人的に、大きな一つのストーリーというか、作品として演技を感じられる、エレメンツの寄せ集めではない印象深い演技・・・となると、男子シングルの演技(僕の場合は過去の演技に当然なるが)に惹かれるようだ。3人の選手の名前が浮かんだ。それらの選手が好きなのかと問われれば、好きなのだろうと答えるだろうが、やはり作品として好きなのだろう。

1994年、リレハンメル・オリンピック。男子シングルの金メダル候補だったカナダのカート・ブラウニング。彼は世界選手権には何度も優勝しているが、オリンピックでの金メダルがない。なぜかオリンピックで金メダルを逃す選手っている。ミシェル・クワンとか・・・

カートの場合、ショートで痛恨のミス。たしか12位だったかな?金メダルはおろか、メダルさえ絶望的な順位だ。でもフリーで素晴らしい「カサブランカ」の世界を披露してくれた。僕は、この時、順位なんてどうでもいいと感じた。氷の上でハンフリー・ボガードになるなんて素敵なことじゃないか?

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category: The Skaters

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私的フィギュア世界 4 

 

「フィギュアスケート・・・詳しいんですね?」などと言われたりもする。でも最近の選手のことは、あまり知らないので、好きな選手は・・・なんて訊かれても答えられなかったりもする。いきなり「男子シングルだったらイギリスのジョン・カリーかな?」なんて言ってもジョン・カリーなんて知らないよね?好きな選手という質問そのものが難しい。あの選手の、あの大会での、あのフリーの演技が・・・みたいな感じだったら答えやすいんだけど・・・

採点方法とか、ルールとか、そのあたりも詳しくはない。最近はほとんど徘徊しなくなったが、スケートブログでは詳細に演技が分析されていたりして「凄いよなぁ・・・」などと思う。専門用語もバンバン飛び出し、「あなた、ジャッジなんですか?」みたいな?

「スケートっていいよね?」程度のファン、テレビで放送されていれば熱心に観戦する・・・というファンがほとんどなのではないかと思う。会場で声援を送ったり・・・までは普通のことだと思うけれど、選手を追って海外まで応援遠征までするとなると、もうこれは熱心なファンであり、やはり普通・・・ではないだろう。ほとんどが普通のファンなのではないだろうか?

テレビでグランプリシリーズの各試合、さらに全日本選手権を観たけれど、ある意味非常に不満が残る。ダンスやペア競技の演技を放送しないから。日本からもペアの代表が世界選手権に出場する。でも演技は紹介しない。日本のペアは層がシングルと比較して薄いのだろう。出場カップルがいないのか、ペアを実施しない年もあったりする。だからこそ応援したいのに。ワーワーとシングルの選手のように騒がれるのも大変だろうが、頑張って代表の座を手にしたのに、放送もされない・・・

世界選手権の代表が発表される段階で、初めて知る・・・みたいな?「ペアも出場するんだ?日本にもペアなんてあったんだ?」みたいな?演技ぐらいは放送してあげようよ?ダメなのかな?日本の代表だよ?

ペア競技って割と「豪快」というか「危険」みたいなイメージがあって、実際にそうなんだろうけれど、この演技はとてもストーリー性を感じる。ペアの演技で僕の最も好きな演技なのではないかと思う。ベレズナヤ&シハルリドゼというロシアのカップル。スケートというかエッジの流れが流麗で、そのあたりが好きなのだと思うが、このプログラムは振付にも惹かれる。ダンスで活躍したクリストファー・ディーンの振付らしい。僕はクリストファー・ディーンが好きみたいだ。

ケーブルテレビのスポーツ局だったらダンスやペア競技も放送されるのだろうか?でも地上波で気軽に観たいよねぇ・・・

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ピアノ年間実施計画案 

 

年末なので、一応来年のピアノライフについて計画している。どうも、僕の演奏をリアルに知る人の中には、僕は譜読みが非常に早いと美しい誤解を抱いている人もいるようだ。それは本当に誤解なのだ。譜読みは遅い方ではないと思うが、早くもない。普通だろうと思う。でも、このあたりは人様と比較するのが難しいところでもある。

今年は選曲に対して計画性がなかったというのが最大の反省点だ。割と直前に曲を決めたりすることも多かったので、それなりの曲をなんとか間に合わせたという感が強い。自分でアレンジした曲とかね。それはそれでいいのかもしれないが、来年は「ザ・ピアノ曲」という路線でいきたい感じだ。

来年11月のピアチェーレの曲は決まっている。これは僕としては、とても珍しいことだ。ピアチェーレの演奏会直後、まだ体力的、気分的に演奏会のことを覚えているうちに選曲をしたので、これが良かったのだと思う。11月に決めた曲は現時点でも変えようとは思っていないので、このままいくと思う。6月、サークルの演奏会では、華やかな曲という路線を捨て、大曲ではあるけれど、そして感じ方によって派手に感じる人もいるかもしれないが、割と静かで暗い曲を弾こうと思っている。今年は「メフィストワルツ」を弾いてオオトリになってしまったので、ド~ンと暗く奈落の底に沈みこんでしまう曲なら、どこか目立たない順番で弾けるかも・・・などとも思う。まぁ、その目的で選曲したわけではないが。でも再度トリということはないのではないかな?

今年は(自分にとって)大きな演奏会では、すべて「メフィストワルツ」で統一してしまった感がある。来年はピアチェーレ、サークル演奏会、教室の発表会と、メインの曲はすべて異なる曲にしたい。サークル演奏会で地味で暗い曲を選曲したのには、発表会の曲とは変えたいと思ったからでもある。

僕の先生が男性だからかもしれないが、生徒には男の子(男性)が多い、僕がピアノを習っていた頃は、女の中に男一人・・・みたいな感じだったので、時代の経過を感じたりもする。でも男の子にとってピアノを習うということは、むろん昔ほどではないだろうが、やはり勇気が必要なことだと僕は思う。やはりピアノのお稽古って、どこか「お花・フリル」の世界だったりするし、イジメに発展しないまでも、男の子だったら多少はピアノを習っているということで、からかわれたりした経験は持っているのではないだろうか?

ピアノの先生って圧倒的に女性が多いから、微妙な男の子心理に、どうしても無頓着になることもあると思う。たとえば月謝袋に熊さんやお花のイラストがあったり、教室からの配布物が、可愛い系だったり。初歩のピアノの本も、イラストといい、色使いといい、あれは女の子を対象にしているように思う。多くのピアノ教室のホームページ(先生のブログ兼ねる)も、小学生の男の子には少々辛いものがないだろうか?いかにも少女・・・という雰囲気満載なので。

「本来ピアノは男のものだった!!!」

時代錯誤も甚だしいが、青年(中年)の男がピアノを弾いている姿というのは、男の子にとってインパクトがあると僕は思う。なので、僕は発表会では「男曲」を弾きたいと思うのだ。優雅というよりは、逞しい曲かな?僕自身、子どもの頃男性が舞台で弾いている姿って見たかった気もする。むろん、プロのピアニストだったらあるけれど、普通の男(?)がピアノの発表会で弾いている姿を見たかったのだ。僕が弾いている曲、姿、何かしらの印象が聴いている男の子に残るといいな・・・などと思う。もしかしたら印象に残るのは「高齢者が頑張っている姿」になるのかもしれないが・・・

サークルの練習会、これはもう直前に弾けそうな曲を無理やりに弾く・・・ではなく、もう少し計画性を持って進めていきたい。むろん、全部参加するとなると、練習会頻度は2ヵ月に一度なので、非常に忙しくなる。だから計画が必要になってくる。

今現在は、(電子)ピアノの上は楽譜の山になっている。僕はもともと選曲という作業が大嫌いなのだ。人によっては練習を始める前の選曲作業が一番好きという人もいて、信じられない。とても面倒に感じる。なので先延ばしに今までしてきたのだ。これではいけないと思う。

今年もあと2日あるので、今年中には来年の「ピアノ実施年間計画」も立てられるのではないかな?計画を立てられるということ、それが幸せなのだと思う。未来が多少でも残っているから計画するのだから!

これはオーストラリアの電話会社のCM。海外のCMってユニーク、かつ優秀なものが多いように思う。ピアノ計画もいいが、今年中に「これをしなきゃな・・・」などとも思う。

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競技会でのプレゼント、花束攻撃 

 

愛読しているピアノブログにて、フィギュアスケートの競技会においての、花束やプレゼントをリンクに投げ入れることへの記事がありました。演技終了後に花束などを投げ入れるという習慣は、昔からありました。さらにこの習慣は日本の一部熱狂的なファン・・・ということだけではなく、外国でも行われていることです。いわば普通の習慣でもあります。でも、この行為が危険にさえなるということならば、そのブログにも書いてあったように、スケート連盟に訴えて、その習慣そのものを考えていくというやり方もあるのかもしれません。

バブルの頃だったでしょうか、ツィメルマンのリサイタルを聴きました。まだ彼が麗しい美青年(?)だった頃です。演奏は素晴らしいものでした。どちらかというと、彼の演奏は厳粛な雰囲気を醸し出すものだったので、演奏終了後に大勢の女性が花束を持って舞台下に集まり群衆化してしまったことで、演奏会の雰囲気がすっかり壊れてしまったような印象がありました。あの独特のキャピキャピした空気をツィメルマンも感じとったのか、彼女たちからの花束は一切受け取らず、そのまま舞台袖に引っ込んでしまいました。また演奏中、花束のセロファンの音が非常に気になった演奏会でもありました。現在では花束などは客席に持ち込まず、受付などに預けるようになってきていると思います。これはいいことだと思います。同じようなことが、フィギュアの競技会でもできないのか?

プレゼントや花束を投げ入れたい・・・応援の気持ちを何らかの形で表したい、選手や演技に対しての賞賛の気持ちを表したい、この気持ちがリンクへの投げ入れという習慣を作ってきたのだと思います。

一人一人が冷静になったらどうでしょう?

例えば、羽生選手にプレゼントはすべて渡っているのでしょうか?彼はどのくらいのプーさんを持っているのでしょう?投げ入れられたプーさんだけで部屋は占領されているのでは?もしすべてが彼に渡っていたらですが・・・

投げ入れる前に冷静になってみては?「このプーさん、彼は喜ぶかな?投げ入れたいのは羽生選手のため?私の自己満足のためでは?私を見て・・・みたいな?」

外側から決まりを作って制限してもいいとは思うし、現在のあのプレゼント攻撃は選手にとっても危険だし、試合の流れを切断していることにもなっているとは思います。でもこの習慣は世界的な習慣です。日本だけの問題ではないのでは?「全米選手権でもリンクに物を投げ入れないようにお願いします」とか人気日本人スケーターが出場する国際大会、例えばスケートカナダなどの大会において、カナダ側に「今回は○○選手が出場するので投げ入れ禁止を徹底してください」などと日本側がお願いするというのも現実的ではないような気がします。その前に、「ファンが自覚すること」が必要であるような気がします。

習慣が問題なのか、キャピキャピと選手をアイドル化している一部ファンが問題なのか?

リンクに物が残っていると、当たり前のことながら非常に危険です。この当たり前のことが、すべてのファンが認識しているのかどうか?

1994年、幕張で開催された世界選手権は会場で観戦しました。僕は佐藤有香選手を応援していましたが、こんなことがありました。ショートプログラム(当時はテクニカルプログラム)の佐藤選手の演技前、前に滑った選手へ投げ入れられた花束が残っていました。小さ目の花束でしたし、リンクの端にあったので回収時に見落とされてしまったのでしょう。僕も気づきませんでした。佐藤選手も気づかなかったのでしょう。名前がコールされ、リンクの中央で演技前の集中を始めようとします。

その時、リンクサイドから声がします。「有香ちゃん・・・あれ・・・」佐藤選手も初めは何が起こったのか分からなかったようですが隅にあった花束を自分で取り、リンクサイドに渡します。

この場合、異物は取り除かれ、リンクは安全な状態になったので、それで良かったのでしょうか?一度は集中しようとし、音楽が始まる態勢を作っていた佐藤選手にとっては、とても過酷な状況になってしまったと想像します。もう一度集中し直さなければならなかったわけですから・・・

もし、あなたの投げ入れたプレゼントが、次の選手の集中を乱すことにもつながってしまったら?もし転倒までにつながってしまう可能性もあるとしたら?

選手を応援しているの?自分をアピールしたいの?

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アンサンブルと対話 

 

ピアノを再開する前は、今よりも音楽を聴いていたように思う。でもこれは、ある意味当たり前のことのようにも思える。余暇の時間を聴くことだけで過ごしていた頃と比較すれば、自分が弾くという練習の時間がそこに加わったわけだから。

以前から、ピアノ曲よりは声楽やヴァイオリンの曲を好んで聴いたいたように思う。それは今でも変わらないが、以前は聴いていて、今では全く聴かなくなってしまった分野もある。それがピアノの連弾とデュオ。これは非常に興味深いことだと思う。ピアノを再開してからは、どこか「ピアノ曲」=「自分が弾く曲」という認識になってしまったような?自分と連弾、デュオは関係のない世界になってしまったような?

僕だけが感じているのかもしれないが、モーツァルトのピアノ・ソナタって、あまり面白くないな・・・などと正直思う。ヴァイオリン・ソナタもそう。天才モーツァルトに対して、これはとんでもない感想なのかもしれない。でもピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲はとても大好き。ソナタに少なく、協奏曲に満載なもの、それは「対話」なのではないかとも思う。独奏楽器とオケとの対話がある。この対話の魅力がいいのだ。むろん、独奏ソナタの場合も、その対話感を演奏に盛り込めばいいのだろうが、多くの演奏家はあまり実現できていないようにも思う。

モーツァルトの作品で対話を最も感じるのがオペラ。オペラの魅力を経験せずに、ピアノ・ソナタを魅力的に演奏するのは難しいのかもしれない。モーツァルトのように「対話」の魅力を感じる作曲家がプーランク。プーランクのピアノ作品も、ソロよりはアンサンブル作品の方が僕には数倍魅力的に感じる。

連弾やデュオ作品の多くで感じる魅力が、やはり「対話」なのだ。むろん、演奏にもよるが、わざわざ対話力を必要とされる、これらの作品を演奏する人たちは、一部ソロのピアニストのような、変な力みがなく、対話を楽しんでいるようにも聴こえてくる。ソロ専門の人って、なんでああ一生懸命なんだろう?「ここまで精密に仕上げました~」以上のものを演奏からは感じたい。

別に「合わせもの命」みたいなピアノライフは望んでいない。でも魅力的なデュオ作品は曲として、もっと知りたいなどとは思う。ソロだけではなく・・・

幸い、僕は「ピアノ聴き専門人生」の一部をアメリカで過ごした。日本では、あまり演奏されないような曲も聴いてきたような気がする。あちらでは結構演奏される機会の多い曲でも、こちらでは「珍曲」という曲も多いように思う。

リチャード・ロドニー・ベネットという作曲家、この人はイギリスの人だけれど、アメリカでも有名だったように思う。純クラシックというよりは映画音楽とかジャズ風の曲が多い。管楽器の曲がアメリカでは演奏されることが多かったような気がする。

たとえば、彼のピアノデュオの曲、知らないで人生を終えてしまうのは、なんとも勿体ないような?

自分が弾く、弾かない・・・そんなこと関係なく、もっと連弾、デュオの曲も知りたいなどと思う。

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category: ピアノ雑感

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アンサンブルの難しさ 

 

僕としては大変珍しいことに、来年のサークルの練習会でアンサンブル(連弾)を予定している。考えてみれば、連弾というのは初めてだ。むろん、クリスマスや感謝祭などで、即席連弾をやったり、高齢者施設のイベントでの経験はあるけれど、そのような場で弾いたのはクリスマスの曲とか、欧米のポップス(スタンダード)だったし、お互いに初見とか、ぶっつけ本番だったりした。今回は、お互いに練習して、合わせも、どこかのスタジオで行い、クラシックの連弾曲を弾く。

連弾に限らずだが、アンサンブルとソロとの違い、まずは合わせないといけないことではないだろうか?お互いに専業主婦で「いつでも合わせはOKよ」というのなら別だろうが、仕事をしながらピアノを弾いている身分だったりすると、「予定が合いませんねぇ・・・」などということも充分ありえる。演奏以前の時間のやりくり・・・という問題があったりする。このあたりは意外と大きな難問かもしれない。仕事をズル休みしてはいけないと思うし。ソロの場合は、5時起き、4時起きして練習はできるけれど、連弾だとそれは厳しい。

過去にピアノ五重奏の経験がある。この時は音が聴こえなくて本当に困った。弦楽器って発音の瞬間が曖昧のような気がする。完全に僕の聴覚の問題だと思うが、音が徐々に聴こえてくる。なので、「合わせ」という観点からすると、非常に厳しい。まぁ、僕のせいで崩壊しましたが・・・

歌と合わせたこともある。歌は聴こえてくる。発音の違いもあるだろうが、立つ位置によって聴こえ方も変わってくるような気がする。ピアノ五重奏の時は、ピアノから弦楽器の人たちとの多少の距離があるし、ピアノから離れて座っている人の音なんて、まず聴こえない。

連弾なら聴覚の問題はクリアできるのではないかと思う。演奏前に緊張する要因としては、やはり暗譜の問題があるのだと思う。連弾の場合は楽譜があるので、あまり緊張しないのではないかと想像している。まぁ、やってみなければ分からないが。でも僕の数少ないアンサンブル経験から想定すれば、アンサンブルの時はソロほど緊張しない。やはり暗譜というのは心理的負担は大きいのだと思う。独りぼっち感を実感してしまうし、頭の中が真っ白になったら止まってしまうわけだから。

でも「楽譜がある」=「心理的に楽」というところが連弾の難しさなのではないかとも思う。人と合わせるって、それだけで孤独に一人で弾いているよりは楽しい。でもその楽しさが、演奏者だけの範囲になりがちなのではないだろうか?そこが非常に難しい。「きゃっ!連弾って楽しいね」と演奏者が感じることは大切だが、聴いている人も「きゃっ!楽しい」にならなければいけない。「なんだか自分たちだけで楽しそうなんだけど・・・」という演奏ではマズイのだ。聴き手との共有の難しさと言うところ?

また「その曲をあえて弾いている必然性」というものも重要だ。ソロではなく、あえて連弾の曲を弾いているという必然性。聴き手がそれを感じること。「ソロって大変だし、暗譜することを考えると、まっ、今回は連弾で・・・」みたいなものを、少しでも聴き手に感じさせてはいけない。「ショパンとか弾けばいいんだろうけど、大変だし・・・まっ、今回はB先生とディズニーメドレーの連弾にしとこうかな」みたいなものを感じさせてはいけない。ディズニーメドレーで、必然性を聴き手に感じさせることって、ショパンよりも難しそうだ。

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category: サークル

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私的フィギュア世界 3 

 

現在浅田選手や小塚選手のコーチをしている佐藤信夫コーチ、当然ながら昔はフィギュアスケートの選手だった。でも選手時代に全日本選手権で10連覇していることは、あまり知られていないのかもしれない。この記録は現在でも破られていないと思う。連覇したのは1957年から1966年ということだ。最初の頃は収縮性のない、普通のズボンで演技していたそうだ。なんだか時代を感じさせる。

その頃のフィギュア人気ってどんな感じだったのだろう?1950年代、男子シングルは出場者一名のため全日本選手権は実施せず・・・なんて年もあったくらいだから、なんとなく想像はできる。暖気のため大会中止なんていう年もあったりして、昔は戸外で競技をしていたことも分かる。人気がない・・・どころか、ある種の偏見もあったかもしれない。1963年の世界選手権、日本スケート連盟は資金不足だったのだろうか、代表の佐藤選手に「申し訳ないが、自費で参加してくれたまえ」なんてこともあったようだ。今とは大分違う感じだねぇ。エッジ系のジャンプが得意だったようで、日本人として初めてトリプルサルコウを試合で成功させてもいる。娘の佐藤有香選手もエッジジャンプが得意だったので、このあたりは遺伝なのだろうか?

佐藤信夫コーチは大変厳しい人であるような印象を受ける。あまり笑ったしない感じ?でもソチオリンピックのフリー直前、浅田選手にこう言ってリンクに送り出している。「何かあったら先生が助けに行くから・・・」

佐藤久美子コーチも現役時代は全日本選手権で4つの銅と銀、2つの金と10個のメダルを獲得している。オリンピックにも出場し5位に入賞している。当時の日本人最高位だったと思う。二人の娘である由香選手は1994年の世界選手権で金メダルを獲得している。まさにスケート一家?

僕がアメリカに留学していた頃は、プロ転向後の有香選手がアメリカで活躍していた時と一致する。あの頃、アメリカで最も有名な日本人は、「ヨーコ オノ」でもなく「セイジ オザワ」でもなく「ユカ サトウ」だったように思う。現在は「ユカ サトウ」はアメリカ、デトロイトでコーチをしている。

なんとなく、佐藤有香コーチが指導しているアメリカの選手、ジェレミー・アボット選手の演技と、佐藤信夫コーチが指導するようになってからの浅田真央選手の演技が、気のせいか、どこか似ているような気もする。何があっても、自分の表現すべき世界を守り切って滑る・・・みたいなところ?多少のジャンプでのミスがあっても、表現すべき世界、ストーリーは出し尽くすみたいなところ?

佐藤信夫コーチの現役時代の演技は非常に短い動画でチラっとしか観たことはないので、なんとも判断できないが、もしかしたら佐藤信夫、そして大川久美子というスケーターから、佐藤有香、そしてジェレミー・アボットという流れで伝統のようなものが伝わったのかもしれないなどと空想したりする。それは楽しい空想でもある。

ジェレミー・アボットの演技って、ド派手なところはなく、ある種の盛り上がりには欠けるのかもしれないが、僕は大好きだ。ジャンプのミスがあっても大好きだ。このプログラムの振付はジェレミー・アボットと有香コーチの共同作品。

誰もフィギュアスケートなんて興味を示さないような時代に、その魅力に惹きつけられた人たちはいたのだ。それを後世の人に伝承した。もし何かがジェレミー・アボットに引き継がれていたら素敵だなと思う。

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category: The Skaters

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私的フィギュア世界 2 

 

NHK杯後、世界選手権での同じ演技。NHK杯ではノーミスの演技だったが、世界選手権ではサルコウがダブルになっている。これをミスと解釈するかは微妙なところだが、まぁ、ほぼ同水準の演技だったとは言えるだろうと思う。

でも動画(演技)から受ける印象としては、世界選手権での印象の方が格段に強いように思う。これは、会場の熱狂度のようなものがそうさせているのだと思う。選手だって歓声が大きければ、そりゃあ乗ってくるだろうし。伊藤みどり選手の演技中のスピードなども、NHK杯の時よりも二割増しか・・・みたいな印象(錯覚?)さえ持つ。

この時の世界選手権はカナダのハリファックスという都市で開催されている。アメリカとの国境にある都市なので、カナダ人はもちろん、アメリカ人の観客も多かったのではなかったかと想像する。応援が上手い・・・と思う。

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category: The Skaters

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私的フィギュア世界 1 

 

ある特定のフィギュアスケーター、書いてしまうと羽生選手に対しての熱狂的なファンがいるらしいのは知っていた。「ユズリスト」という言葉も実は最近知った。どちらかと言えば、フィギュアスケートというスポーツ、以前はここまで人気のあるスポーツではなかったように思う。むろん、昔もスター選手は存在したけれど、何というか、ここまで応援が黄色くはなかったような?

これも最近知ったのだが、羽生選手のファンは「ユズリスト」という呼ばれ方が好きでもないようだ。熱狂的、かつ非常識行為までに及ぶ一部の人たちと、自分たち純粋なるファンと一緒にしないで欲しい・・・みたいな強い想いもあるようだ。試合を終え、疲れている羽生選手を待ちかまえ、車に乗り込もうとする羽生選手にプレゼントを強引に渡そうとしたり、演技直前、音楽が始まる直前の、選手にとっては最も集中の必要な瞬間に「ユズ・・・愛してる!!!」と絶叫したりとか?もうこれは「応援」ではないだろう。完全に「妨害」だろうと思う。

そのような自称ファンは一部の人だけなのだ・・・という認識を一般の人(?)にも知らせるべきではないだろうか?多くの羽生ファンは彼のことをアスリートとして応援しているはずだ。ジャニーズ系タレントではないのだ。

でもフィギュアスケートが競技として人気が高まるのはいいことだと思う。僕は1985年、1994年の世界選手権を会場で観戦している。特に1985年のワールドは、日本人選手と世界との壁を再認識させられるような大会であったように思う。空席などもあったりして、今とは大違いだ。なんというか、声援も控えめというか・・・

あまりに黄色い応援というのも、どうかと思うが、選手自身、そして演技に対しての声援が、あまりに控えめというのも、ちょっと残念な気がする。昔は日本での国際大会(むろん国内大会も)では、あまり観客が盛り上がらないという雰囲気はあった。外国での競技会では演技中に手拍子があったり、立ちあがって拍手をしたりなど普通だが、日本の競技会ではそのような光景はあまりなかった。

控えめな国民性なのだろうか?そうなのだろう。自分の感情をあまり表に出さないというか・・・

でも、演技そのもの、選手に対しての敬意という意味からも、もう少し反応して欲しいとは感じていた。そのような意味では、最近の観客の反応は以前よりは、かなりいいように思う。非常識な声援、非常識な応援をする人たちが、これからのフィギュア人気を邪魔してしまうことになるのかもしれない。そうだとしたら、とても残念だ。

これは1989年NHK杯の伊藤みどり選手のフリー。今観てもこの演技は凄い。むろん3Aの高さは普通ではないが、後半(!!!)に入れている3T-3Tがとにかく凄い。セカンドジャンプでも高さが変わらないんだねぇ・・・

NHK杯という競技会が以前は粛々とした大会だったのかもしれないが、これだけの演技に日本の観客は冷たすぎるのではないだろうか?心の中で「凄い」と思っても表さないと。演技後、誰も立ちあがらないってどうなのだろう?立ちあがって拍手をしているのは、競技会に参加した外国選手だけって・・・

フィギュアスケート人気が高まるのはいいことだ。今では、いい演技に対してスタンディングして声援を送るよね?だからこそ常識的な応援、声援というものを考える時なのかもしれない。

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category: The Skaters

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奇跡の人 

 

演奏前、極度に緊張すると、僕の場合は音が聴こえ難くなる。ほぼ聴こえない時もある。人によっては気分が悪くなったり、悪寒を感じたり、眩暈がしたり、身体が冷え切ったりと、症状は異なるが、何らかの身体の変調はあるのが普通なのではないだろうか?平常心のまま、何の高揚感も緊張感もなく、冷静に練習の時と同じように弾き切ってしまうというのも、なんだか恐ろしい人のような気がする。人間は緊張するものなのだ。それが普通・・・

でも音が聴こえないと困るのも事実だ。まず暗譜に支障が出てくる。暗譜は手の動きというか、筋肉が動きを運動として記憶するという面がある。むろん、視覚的な暗譜も必要だろうし、あまりに筋肉の動き、記憶に頼るのも危険ではあるだろう。でも暗譜って総合的なもののような気もする。音が聴こえないと、和声やメロディーの進行を本番中、自分では実際には確かめられないから非常に困るのだ。

実際に耳栓でも使用してピアノを弾いてみれば僕の言っていることも理解できるのではないだろうか?電子ピアノだったらボリュームをオフにして弾いてみるとか。緊張した状態で音に頼れないとなると、鍵盤位置の記憶、自分の手、筋肉の記憶に大いに依存することとなる。結構演奏中のスリルは満載だ。止まったら終わりだしね・・・

「どうしてこんなことに・・・」

・・・と自分をド~ンと落としてもいいのだが、それで問題が解決するわけでもない。舞台上でも、ある程度強引に(多少聴こえなくても)弾いていれば次第に音は聴こえてくることが多い。つまり落ち着いてくるのだと思う。だとすれば、最初に演奏する曲を吟味というか、厳選すればいいわけだ。印象派の曲のようにコロコロとハーモニーが移ろってしまう曲は非常に難しい。ある程度「動きのパターン化」のある曲が弾きやすいのではないかと今は仮定している。音が聴こえない場合を想定して曲選びをすればいいわけだ。今までは、そのあたりの努力を怠ってきたようにも思う。僕でも「メリーさんの羊」だったら、音が聴こえなくても、暗譜が真っ白になってしまわない自信はある。でも「メリーさんの羊」を弾くわけではないのだ。

そんな僕にとって、朗報があった。ピアニストのデ・ラローチャは、加齢により、ある時期から、音が高く聴こえてしまっていたそうだ。むろん、若い頃は大丈夫だっただろうが、ある年齢からそうなっていたらしい。ハ長調の曲がニ長調に聴こえてしまう。絶対音感が皆無であれば、音が高く聴こえてしまうという実感さえないのだから、別にいいのかもしれないが、デ・ラローチャはもちろん絶対音感を持っていた。

同じような問題を抱えてしまったのがリヒテル。彼の場合も、ある時期から、一音高く聴こえてしまったらしい。リヒテルにも絶対音感があった。楽譜と聴こえてくる音とで差異があるので、自分の耳を頼りにすると、無意識に移調したくなってしまう。これでは暗譜で演奏していくのは困難だ。リヒテルは、ある時期から暗譜そのものをやめてしまった。暗譜で演奏しなくなった、彼なりの考えは色々とあっただろうが、聴覚の問題も関係していたのではないだろうか?

楽譜を見てしまう、暗譜そのものをやめてしまう・・・音が聴こえなくなっても弾けるであろう光は見えてくる。

でも、デ・ラローチャは生涯暗譜で弾いていた。どうしてそんなことが可能だったのだろう?音が聴こえなくなってしまうことよりも、一音高く聴こえてしまうほうが、非常に辛いような気がする。絶対音感の記憶が残っているから、自分がドと思って、想定して鍵盤を押すと、レ・・・と聴こえてきてしまう。鍵盤位置の関係が目茶目茶になってしまわなかったのだろうか?僕だったら絶対になると思うな。確実にハ長調を弾いているのに、自分にはニ長調サウンドに聴こえている・・・これは厳しいのでは?

でもデ・ラローチャはやったのだ。できたのだ。これは朗報だ。むろん、デ・ラローチャと自分を同じところで語るということに対して、「才能が違うだろう?努力の量が違うだろう?」とは当然思うが、朗報であるのは事実だし、そこに頼りたい気持ちはある。

デ・ラローチャの場合、幼少の頃からの訓練によって完全に指というか、筋肉の動きというか、そのようなもので弾けたのではないだろうか?でなければ、コンチェルトなんて絶対に弾けないと思う。自分の音を遮断してしまうことができないわけだから。

人間には想像力というものがある。これを活用すればいいんじゃないか?電子ピアノの音を無音にして、タッチ感覚とペダル感覚だけで、音を頭の中で鳴らしてみる。そのような練習を重ね、このようなタッチでこのような音、響きが可能と自己想定できるラインまで持って行く。そしてサークルの練習会などで、いきなりスタインウェイで実践してみる・・・

このあたりを楽しんでできることが来年の課題かなぁ・・・

もっとも、デ・ラローチャの場合は、聴覚の問題を抱える以前から、小柄で、手も小さな彼女が「弾いている」という事実だけでも驚異的なことなのではないかな・・・などとも思う。彼女の演奏で「今ひとつ」という演奏は一つもないような気がする。

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category: ピアノ雑感

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シニアのフィギュア 

 

「どのようなスタンスでレッスンを進めていきましょうか?」

このあたりは非常に大切なことのように思える。指導者と習う側との根本的なスタンスの食い違いがあると、お互いに大変だ。特にシニア世代のレッスンでは重要な気がする。指導者が、あまりに真面目に(固く?)考えてしまい、大人の、しかも大人から始めた生徒に「そこ弾けていない」とダメ出しレッスンばかりでは習っている方も辛いだろうと思う。「別に今さら音大でもないんだしぃ・・・」

「ピアノは初めてなんですね?では楽しくレッスンを進めていきましょう」「そうですね、認知症の予防にもなるっていうし、プロになるわけでもないんだから、楽しくスタンスでお願いします」

子どもの頃にピアノを習っていた経験のある、いわゆる再開組の人は、「昔はピアノが嫌いだった。今度は楽しく・・・」とか「以前よりも上手になりたい」とか「以前のレベルに近づきたい」とかあるだろうが、大人、しかも熟年から始めた人の場合、なにしろピアノというものそのものが未知数なものなのだから、「どのようなスタンスで?」と問われても答えに困ったりもするのではないだろうか?

「ただ弾く・・・それだけでは本当は満足ではない気もするんだけど、でも自分は実際には何も弾けないわけだし、ピアノなんて幼い頃から習っていないと上達しないなんてよく言われるし・・・上手くなりたい・・・なんて先生には言えない。恥ずかしいし。一応、趣味でと答えておけば無難かも」

音楽は、すべての人のもの。でもピアノは子どものもの・・・多くの大人はそのようにどこかで思っていたりするのでは?「だから今さら指が動くようにとか、無理なんだから・・・」と、どこか後ろ向きになりがち。

「大人のピアノ」という言葉があること自体、ピアノを習うというのは子どものものなのだ。「子どものピアノ教室」なんて表現をする人は少ないだろう。やはり一般的にはピアノ=子ども・・・という認識がある。

「好き」ということが前提だろうと思うが、ピアノを習うということは「娯楽」ではない面がある。そのような側面もあろうが、それだけではない。「では(今さら?)音大?」むろんそんなこともない。「じゃあなに???楽しくだけでもない、本格的専門モードでもない、じゃあなんなの?」ここの微妙な部分が悩ましいのだ。でも指導者がそこは掴んでおく必要はある。だから大人のピアノの場合、指導者側と生徒側の本当の意味での相互理解というものが、少々困難なのだ。

フィギュアスケート・・・ピアノ以上に幼い時から英才教育が必要で、若い世代だけのものという認識が一般的なのではないだろうか?ピアノ以上に身体機能、運動能力というものが関係してくるような気がする。

「フィギュアスケートやってみようかな?」「いいんじゃない?肥満防止にもなるし運動するっていいことだし」「うん、それもあるんだけど、もうちょっと本格的にというか」「えっ?どういうこと?ストレス発散とか?」「うん、それもあるんだけど、もうちょっと何ていうか」「まさかその歳で競技会とか?」「うん・・・実はそうなんだ」「えっ、まさか羽生君みたいになりたいの?」「そうじゃない。そんなことしたら怪我するし」「じゃあなに?楽しく運動でもないし、本格モードでもないんでしょ?」「一応僕としては大真面目なんだ」「NHK杯とか目指すの?」「そうじゃないって・・・」「じゃあ何なのよ???」

あまり知られていないことなのかもしれないが、大人のためのフィギュアの世界も存在している。競技会もある。国際大会だってある。レベルによってカテゴリーは細かく分かれている。大人から始めた人、元選手、ジャンプのないカテゴリー・・・等々。

将来の有力選手・・・みたいな子どもに交じってリンクで練習する。仕事をしながら夜間に練習している人だって多いだろう。忙しくて練習できない・・・なんて悩みを持つ人だって多そうだ。

楽しく?肥満防止のため?体力維持のため?それもあろう。でもそれだけではない。真剣だ。じゃあ3Aとか練習するの?違うのだ。現役選手のようにバリバリ滑りたいのとは違うのだ。

「燃えてみたい!」のではないだろうか?リンクに、スケートに賭けてみたい。何かを・・・

ピアノも同じじゃないかな?

この人、僕と同じ年齢なんだねぇ・・・

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category: レッスン

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クラシックと親和力 

 

友人であるルカのお父さんはパン職人だった。でもピアノが弾ける。少年時代に、きちんとピアノを習ったわけではない。自己流ピアノだ。でも弾ける。留学時代のルームメイトはポーランド人だったが、彼もピアノが弾けた。彼の場合も正式にピアノを習っていたわけではない。でも弾ける。むろん、ラフマニノフやリストの難曲をバリバリと弾くというピアノではないけれど、そして時には「滅茶苦茶ですよ~」みたいなピアノではあったけれど、でも弾ける。

アメリカ留学時代はクリスマスなど、結構友達の家に招待されたりした。孤独な留学生を気の毒に感じたのだろう。日本人が思い描く「ホワイトクリスマス」の世界を堪能したりもした。家族が集い、人が集まり、歌が始まり・・・

不思議に思ったことがある。ピアノを弾ける人が多いのだ。習ったことはなくても、それが「なんちゃってピアノ」でもクリスマスソングを伴奏したり、ソロを弾いたりする。

大袈裟に考えれば「これが西欧文化というものなのか?文化が根付いているのか?」とも考えられるが、たしかに日本ではあまり体験できない光景ではあった。日本ではピアノを習ったことはなくても、なんとなく弾ける・・・という人はあまりいないのではないだろうか?ピアノとはピアノ教室で習うものという認識があるような?正式に習わなければピアノなんて弾けない?う~ん、やはり文化の違いなのだろうか?

専門家になります、コンクールを受けますっ・・・という人か、昔習っていたけど、今は何も弾けませ~ん・・・という人かに分かれてしまうような?むろん大人のピアノという新しい世界はあるけれど、大衆とクラシック音楽というものが、なんとなく離れてしまっているような?生活との密着感が希薄というか・・・

アメリカのデュオにアンダーソン&ロエという人たちがいる。結構各々が超絶技巧を持っていて、それが一つの「売り」ともなっているように思うが、彼らはどんなに超絶技巧を披露するような演奏であっても、どこか大衆との一体感がある。日本にもデュオチームは多いだろうし、中には超絶デュオを存在しているが、アンダーソン&ロエのような、親和力というか、そのあたりに欠ける印象がある。むろん、これはデュオだけではなくソロのピアニストでも感じることではある。「自分たちだけが一生懸命さらい込んできました」のような空気を演奏から感じてしまう。聴き手との一体感に欠けるというか?

ピアノなんか習わなくても、なんとなく弾いてしまい、人が集まれば歌が始まり・・・という光景と、プロのピアニストによる親和力の違いなどということは、何か関係があるのかもしれない。

アンダーソン&ロエのようなデュオチームは突如として現れたのではない。先駆者がいたのだ。大衆との一体感を具現したような演奏者がいたのだ。

ラヴィッツ&ランダウアーという往年のデュオチームがいた。オリジナルの2台ピアノ作品、あるいは連弾作品を「一生懸命練習しました~」的なデュオではなく、どこかアンダーソン&ロエと方向性は似ている感じだ。ヨーロッパやアメリカでは、このような演奏に大衆は親しんできた歴史があるのではないだろうか?

ピアノ、一生懸命弾いていますという人、もうピアノなんて弾けませんという人、クラシック音楽に関して、やたら「オタク」的な人、クラシックなんて難しくて高尚でとんでもございませんという人、この分割、分離が一緒に、ごった煮になってしまえばいいと思う。

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category: ピアノ雑感

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偏見 

 

全盛期の頃の天地真理のことは、あまり知らない。でも凄い人気だったので、テレビで彼女の歌を聴くことはあった。周囲の大人たちは天地真理というアイドルに対しては厳しい評価をしていた記憶がある。

「歌・・・下手だねぇ・・・」「最近はこういう顔だけの歌手が多いな」

そんなものかな・・・と思った。大人たちの偏見をそのまま受け入れた。きちんと天地真理の歌唱を聴いてはいなかった。

レコード店で天地真理のレコードを見つけた。その頃は彼女はテレビに登場することも少なくなっていたように思う。たしか「夕陽のスケッチ」というドーナツ盤だったと記憶している。はっきり言って、伸びやかな声に魅了されてしまった。そしてこうも思った。「えっ、これって天地真理?」かろうじてレコード店に残っていた天地真理のアルバムも購入した。店員に天地真理のレコードを差し出すのが恥ずかしかった記憶がある。もうその頃にはアイドルとしては過去の人だったからだろう。

天地真理の印象としては「恋する夏の日」で歌い踊るアイドルとしての印象しかなかったから、アルバムでフォークを歌っている天地真理は別人のように感じた。

「何故フォーク歌手にならなかったのだろう?この路線のほうがいいいのに・・・」と子ども心にも感じたものだ。

でも不可能だったのだろう。オリコンで連続1位のシングルを連発したり、彼女のキャラクター商品(ドレミまりちゃんという自転車とか)が相次いで発売されたり、彼女の冠番組がゴールデンタイムに放送されたりとか、天地真理は、それまでのアイドルという概念を変えてしまった人でもあったから。フォーク路線はアルバムの中でしか歌えなかったのかもしれない。アイドルとしての使命が優先されていたのかもしれない。

「水色の恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「恋する夏の日」のようなアイドル曲をユーチューブで聴いても、今は「下手だな・・・」とは感じない。何故子どもの頃は「この人は下手なんだ・・・」と大人の評価をそのまま受け入れてしまったのだろう?本当に大人たちは天地真理を下手だと思っていたのだろうか?

今のアイドル、かつての天地真理や松田聖子のように個人のオーラで勝負できるアイドルは存在しなくなったような気がする。「いったい何人舞台にゴチャゴチャといるんだ?」としか思えなかったりする。歌そのものも非常にカラオケっぽい。地声で素人が歌っているみたいだ。これは大人の偏見なのかもしれない。かつての大人たちが天地真理に対して抱いた偏見と同じなのかもしれない。

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category: 昭和

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懺悔 

 

この曲はクリスマス・ソングではないけれど、僕はクリスマスになると、この曲を連想したりする。

4番の歌詞が、どこかクリスマスの風景を連想させるのかな・・・

この動画は5番まで歌っている。なので、クリスマスを連想させる歌詞は、この動画では5番ということになる。「ざんげの値打ちもない」は、4番までの歌詞で発売された。1970年のことだ。ヒット要因としては、むろん、この曲でデビューした北原ミレイの歌唱力もあっただろうが、やはり歌詞・・・だったのではないだろうか?この曲の歌詞は当時もそうだっただろうが、今でも充分に斬新だ。

もともと「ざんげの値打ちもない」の歌詞は5番まで存在した。しかし、発売時に「幻の4番」がカットされた。歌謡曲としては、あまりにも斬新な歌詞でありすぎたこと、歌として、歌謡番組に収まりやすいように歌詞をカットした・・・というのが理由のようだ。5番まであると長かったんだねぇ。

「幻の4番」まで歌った5番完全バージョンは、哀しい女の生き様というものが、より強調されるような気はする。

どう聴いても、やはりこれはクリスマス・ソングではないけれど、僕にとってはクリスマスの曲なのだ。

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category: 昭和

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「ザ・クリスマス・ソング」 

 

数あるクリスマス・ソングの中で「ザ・クリスマスソング」は比較的新しい曲になるのだと思う。この曲は1946年にナット・キング・コールが録音し、大ヒットを記録した。彼はその後も何度かこの曲を再録音しているので、「ザ・クリスマス・ソング」=ナット・キング・コールのようなイメージがあったりする。

実はこの曲を作曲したのはメル・トーメ。

「暑い・・・暑すぎる・・・」

1944年の夏の盛り、ピアニストのロバート・ウェルズは、あまりの暑さに、涼しさ、冬を連想できる言葉を紙に書いて、少しでも暑さを凌ごうとした。

「焚火をはぜる栗の実」「着ぶくれた人」「サンタがもうすぐやってくる」「トナカイが空を飛ぶのを見てみたい」

そこへやってきたのが歌手のメル・トーメ。ウェルズの3番までの歌詞を見て、即興で4番の歌詞を付け加えた。

「だから僕はこう言いたいんだ。1歳から92歳までの子どもたちに、もう何度も聴いただろうけど、メリークリスマス・トゥー・ユーってね」

出来上がった歌詞にメル・トーメが、これまたピアノで即興的に曲をつけ、クリスマス・ソングの定番、「ザ・クリスマス・ソング」が出来上がった。

夏の暑さがこの曲を生んだことになる。

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category: The Singers

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明日が見えないとき・・・ 

 

イジメを受け、最後の選択をしてしまう子どもたち、その選択をしてしまう前に周囲は何かできなかったのか?そもそもなぜ誰にも相談せずに自殺などしてしまうのだろう?

教師や親などに相談すると、さらにイジメが酷くなる・・・そう思ってしまうのかもしれない。イジメを目撃して、心を痛めている子どもだっているだろう。でも怖いのだ。もし告げ口して、今度は自分がイジメの対象になったら・・・と。それにしても、なぜ親にさえ相談できないのだろう?

もしイジメの対象の子どもがゲイであり、その個性によりイジメのターゲットになっているのだとしたら?もしその子どもがイジメの暴力だけでなく、自分の性的指向でも悩んでいたら?「僕はなんで普通じゃないんだろう?異常なのかな?皆が言うように変態なのかな?変態だから皆が僕を嫌うんだ。僕がいなくなってしまえばいいのかな?」

最近は先進国(残念ながら日本は入っていない)では同性婚が認められている。そのようなニュースが流れた時、子どもの前で「素晴らしいことじゃない?」と言えればいい。「なんで変態たちの言い分が通ってしまうの?日本もそうなってしまうのかしら?」などと言ったら、ゲイの子どもは傷つく。そして親を信用しなくなるだろう。「きっと両親は僕のことを理解してくれないだろう。僕は変態なんだから」そう思うだろう。

そこまでではなくても、そして親が悪気もなく無意識で言ってしまった言葉でも子どもは傷ついてしまう。「誕生日のプレゼント、サッカーボールにしようか?A男もスポーツぐらいやったほうがいいんじゃない?」「でも・・・僕裁縫セットの方がいいかも・・・」「男の子なんだから、もっと違うものにしたら?」「そ・・・そうだね・・・」このような小さなことが重なり、子どもは自分の性的指向からくる個性、自分らしさというものを認められなくなっていくとしたら?

「まあ、裁縫セット?普通っぽくなくていいじゃない?人と違うって素晴らしいと思うし、裁縫セットにしましょう」と親がもし言えていたら、子どもは最後の選択の前に親に相談してきたかもしれない。精神的に頼ってくるかもしれない。人と違うという異質なものを個性として認めてくれる親だったら・・・

むろん、イジメの対象になるのが全員ゲイの子どもということもないだろうが、「人と違う」「どこか変わっている」という要素があると、イジメの対象になりやすいのかもしれない。

「あいつ変わってるよな?変だよな?」

自分の親までもが、性的指向を含む自分の個性を認めてくれないとしたら、子どもに自尊心が育まれていきにくいような気がする。人間、辛いことがあっても進んでいけるのは、自尊心があるからではないだろうか?自分に対しての誇り・・・

ここが拒否されてしまうと、前に進んでいけない・・・

日本でイジメの報道があると、責任追及みたいなモードになりやすい。「学校は?教育委員会は何をしていた?担任は?親は?」その部分も大切だろうが、もっと根本の部分が流されてしまっているように思えてならない。「なぜ相談できなかったのだろう?自尊心は?変わっているということは個性ということなのに、社会がそのような風潮になっていないのでは?」のようなことが流されてしまう。

「It Gets Better」(今よりもきっとよくなるから)

数年前からアメリカで起こった運動のようなものだろうか?今ではその動きがカナダやヨーロッパ諸国にまで広がっている。人気歌手のような有名スター、俳優、政治家などの個人、さらには自治体や大学や企業などが、動画のメッセージをイジメの対象になっている子どもたちに送るという動きだ。むろん、各々によって表現は様々だが、すべてのメッセージに共通したものがある。

「今は辛いだろう。でも自殺だけはしないで。きっと状況はよくなるから。僕たちも同じような経験がある。君たちと同じような思いをしてきた。高校を卒業すれば変わるさ。絶対に。イジメをしている人の言うことなんか信じてはいけない。君の素晴らしい個性を認めてくれる人、認めてくれる世界はきっとある。だから、今は辛いだろうが耐えて欲しい。それが凄く辛いことなのは知っている。でも耐えるんだ。素晴らしい世界で僕たちは君を待っているから・・・」

この動画はジョエル・バーンズという人のもの。テキサス州フォートワース市の議員みたいだ。市議会での演説で、子どもたちにメッセージを送っている。

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category: 未分類

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少数派の視点  

 

なぜだか脳が教師脳になっているようで、仕事にもピアノにも関係ないことなのに、イジメについて調べたりしている。日米のイジメ問題の比較のようなこと。イジメ問題の取り扱われ方、報道のされ方に日米で違いがあるように思う。日本でのイジメ問題は、学校問題として報道されることが多いように思う。むろん、大人社会にだってイジメはあると思うが、やはり「イジメで中学生が自殺」などのショッキングな出来事は学校という世界で起こることなので、そうなるのだろうと思う。責任追及としては「教師」「学校」というものに対してということになる。これには理由があるような気がする。日本の学校はイジメがあったとしても、事実を認めないというか、隠蔽する傾向があるように思う。あれはイジメではなく喧嘩。我が校、我がクラスにはイジメなんかない・・・みたいな?

アメリカの場合、むろん学校サイドにも問題はあったのだろうが、学校の問題としてよりも、もう少し広いというか、社会問題として語られているように思う。そしてそこに同性愛者への差別という問題をも絡めて問題視しているように感じる。カミングアウトしている子どもの数の違いからそうなるのだろうか?日本では「イジメ」=「同性愛への偏見・差別」のようなトーンで語られることは少ないように思う。何故なのだろう?

違いよりも共通した問題を探ることがより重要なのかもしれない。共通しているのは、異質なものを排除しようとする心・・・のようなものだろうか?異質なものって未知数だし、自分と違うので、怖いのだ。なので人間は同じもの同士でつるんで固まり、マジョリティという世界を作る。その世界で異質なものになるマイノリティというものを排除しようとするのだ。これがイジメになっているのではないだろうか?

「あいつ、男のくせにナヨナヨしてないか?」みたいな世間で普通とされることと少しでも異なるものを見つけ、そのような人を排除しようとする。認められないのかもしれない。本当は「異質」ではなく、その人にしかない素晴らしい「個性」なのかもしれないのに。人と違うということは羨むべきことなのかもしれないのに・・・

ゲイであるということは個性だと思うが、その個性が表面に、人に分かりやすい形で出ることがある。ちょっとした仕草とか、言葉のトーンとか。そのような個性を残酷に見つけ出し、異質なものとしてしまう。「おい、あいつ女みたいだ。ナヨナヨして。気持ち悪い…目障りなんだよな」

表面化していないだけで、アメリカのように、日本のゲイの子ども(おそらく自分のセクシャリティを隠している子どもがほとんとだろう)もイジメに苦しんだり、犠牲になったりしているのかもしれない。

差別って、ちょっとしたことで、される側は傷ついてしまう。「ねえねえ、あの人って“あっち”なんじゃな~い?」などと悪気はなくても言葉として発してしまうなんていうことは、その人は人間として最低の言葉を発してしまったことにならないだろうか?そこまでではなくても、「男の子でしょ?泣くんじゃありません」とか「女の子なんだから、もう少しお淑やかにしなさい」なんて親が無意識に子どもに言ってしまうなんていうのも問題かもしれない。もし、子どもが自分のセクシャリティで悩んでいたら?

「どうして僕、私は普通じゃないんだろう?」「異常なのかな?」「生まれなければよかったのかな?」「普通になれたら楽なのに。僕の、私の責任なんだろうか?病気なんだろうか?」

「Love Is All You Need?」(愛こそすべて?)という短編映画。アメリカでは話題になった映画だ。マイノリティの視点、立ち場になって映画を撮っている。かなり残酷な内容だ。

「えっ?何これ?何変なこと言ってるの?これおかしくない?」と感じるだろう。でもこの違和感はマイノリティの人が日常的に感じている感覚なのかもしれない。

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category: kinema

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学校の先生、ピアノの先生 

 

今までは自分が公立中学の教員だったという、「元教師」としてピアノに関することを綴ったことはなかった。もう昔のことだし。でも採用試験に合格し、5年程だがクラス担任もしていたわけだから、多少は学校の先生、ピアノの先生ということについて語ってみてもいいのかな・・・などと思った。

ピアノ教室と学校(行事)との絡みと言えば、合唱コンクールであろうと思う。生徒が伴奏者に抜擢などされたら、ピアノの先生だって「私関係ないから」などと言ってはいられないのかもしれない。何よりも生徒が困るという状況はマズイしね。ピアノの先生がお手伝いしてもいいかとは思うが、本来は学校行事なのだから、これは学校側の仕事だと思う。

ピアノ教師ブログを読んでいて、このあたりの対処に困っている先生も多いのではないかと感じている。生徒の実力よりも、はるかに高度な伴奏譜だったりする場合だ。「こちらにも計画とか都合というものがあるのに・・・」みたいな?伴奏の難度によっては生徒のレッスン計画が乱れに乱れたりする。この場合・・・

① 生徒のためだし、いい経験にもなるから全面的に協力する。
② ピアノ教師の仕事じゃないからと割り切って協力しない。

おそらく①の先生がほとんどだろうと思う。生徒が「どうしよ~う」などと頼ってきたら「私、学校の先生じゃないし関係ないから」とは言えないだろうと思う。

学校というところは、どこか閉鎖的なところがある。これは高齢者施設などでもそうだと思うが、地域社会との関わりという観点から考えると、ピアノの先生は学校側からすれば、「外部の人」になるので、ピアノの先生が学校と関わっていくというのはいいことだと思う。例えば、合唱コンクールの前座(?)として学校の体育館などでピアノを披露するなんていうのは、もっと積極的に行っていいと思う。

合唱コンクールは毎年行われるというところが悩ましい。ピアノの先生が毎年のように学校行事のことで悩まされるのは、やはりおかしな話だ。

合唱コンクールの目的、上手に歌うことだろうか?見事な伴奏を聴かせることだろうか?違うだろうと思う。音楽的な目的というよりは、クラスで連帯意識を養い・・・みたいな、かなり昭和チックな目的だったりするのでは?

学校の音楽の先生は何をしているのだろう?むろん合唱指導はしているだろうが、負担気味の曲を抱えてしまった「ピアノ教室に通うピアノが弾ける生徒」(つまり伴奏者のことです)に対してのフォローはどれくらいしているのだろう?本来、ここも学校の仕事になると僕は思う。例えば、聴き映えにそれほどの影響が出ない範囲で伴奏譜を生徒の実情に合わせるなどのアレンジなどは学校の音楽の先生の役目なのではないかと思う。ピアノの先生が「あの生徒にこの伴奏は難しすぎるような気がします。アレンジをしてもいいのなら、私はできますが、本来は学校行事なのですから、音楽の先生が担う仕事のように思います」くらいの手紙は書いてもいいように僕は思う。

おそろしく面倒だ。そして避けたいとも思う。指導しちゃった方がいい・・・それで解決するんだったら・・・

でもそのピアノの先生の善意は仕事なのだろうか?仕事というものには報酬があるのが前提だ。伴奏指導してもレッスン代は頂いているのだから、それは報酬なのかもしれないが、ピアノの先生が少しでも「ピアノ指導に負担、レッスン計画が乱れる」などと感じるのであったなら、それは報酬と言い切っていいものかどうか?ピアノ教室は学校の便利屋ではない。

ピアノの先生は、自分のやっていること、指導内容に誇りを持つことが、特にこれからの時代は必要になってくる。学校行事も必要。授業も大切。でも自分が行っているピアノ教育も同じように重要なものなのだということを、学校だけではなく、社会に知ってもらうのも、これからのピアノ教師の重要な役目であるように思う。もしピアノの先生が自分のカリキュラムを犠牲にしてまで学校側に協力するのであれば、その報酬は?生徒の負担だって大きかっただろう、でも頑張った、自分も頑張った、それで学校が何も言ってこないのであれば、ピアノ教師という仕事を学校側に甘く見られているということでもあるのでは?

「ピアノ教室は学校の便利屋ではありません。伴奏指導はしません」言う権利はあると思うが、生徒は困るだろう。だから指導する。でもそこに「ピアノ教師の社会的地位向上」というものを含めて考える必要はある。

自分の指導計画に学校行事である合唱コンクール伴奏というものを、初めから組み込んでおくという手もあろう。でもその場合でも「生徒の実力とはかけ離れた難度の曲」は負担なのではないだろうか?

学校の音楽の先生は何をしているのだろう?

kaz


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男の女心 

 

叔父のドーナツ盤を整理がてら聴いていて、叔父が最後に買ったレコードが西島三重子の「池上線」だと分かった。シングル盤として発売されたのが1976年だから、叔父が亡くなった年だ。叔父が自分で買ったものなのか、誰かに買ってきて貰ったのかは分からない。その頃は叔父は骨と皮のようになっていて、自分の死期が近いことも自覚していたようにも思う。

叔父はドーナツ盤の歌詞カードにコードを書き入れている。この行為は聴くだけの目的でレコードを購入したのではなく、自分の新たなレパートリーにするために購入したことを表している。でも、あの頃の叔父の状態では仕事は難しかっただろうと思うし、実際に叔父の日記に仕事に関しての記入はない。「池上線」のシングル盤の発売から一か月半後に叔父は病院で亡くなっている。叔父は復帰を信じていたのだろうか?その頃の日記にはよくこう書かれている。

「ただ空を見ている・・・」と。

叔父が女性歌手の曲に興味を持ったということも珍しい。でも考えてみれば、叔父の主要レパートリーであったムード歌謡は男性歌手が女性の言葉で女性の心を歌ったものも多い。叔父としては違和感はなかったのかもしれないし、ムード歌謡自体が当時でさえどこか衰退していたところがあったと思うので、当時の新曲をレパートリーに入れようと思った際に女性歌手の曲の中から選んだとしても不思議ではないような気はする。

「池上線」を作曲したのは、この曲を歌った西島三重子。作詞は佐藤順英という人だ。この曲の歌詞は作詞者である佐藤氏の実体験、実話なのだそうだ。彼はアメリカの大学に留学していて、恋人とは遠距離恋愛となった。まだ若かったのだろう。愛というものを永遠だと思っていたのかもしれない。恋人から手紙がくる。「私・・・もうあなたを待てない・・・」

佐藤氏は二人の関係を修復するために帰国する。でも二人の関係は戻らなかった。

「話すこともなく、池上線の電車のなかで立つ。池上線は駅と駅との間隔が短いので、いくつ駅を過ぎたのか分からなくなる。彼女に訊ねる。彼女から返ってきた言葉は“ごめんね”だった。泣きそうになる。白いハンカチを握りしめる。駅を出る。商店街を抜け踏切を渡る。そして自分の気持ちを告げるのだ。“待っている”と。彼女は何も言わずに抱きしめる。去って行くうしろ姿が涙で見えなくなる」

このような内容の歌詞だ。僕は男性の心を表した歌詞として、決して女々しいものとは感じない。心に男も女もないように思うし、強さしか見せられない男は人間としては弱いのだ。

その女性は別の相手と平凡かもしれないが、幸せな結婚をしたという。佐藤氏は今でも独身なのだという。

フルーツショップだけが明るい商店街、踏切・・・この駅は実際の池上駅なのだそうだ。フルーツショップは現在ではKFCに変わっているらしい。

ネットも存在しなかった当時、「池上線」の歌詞のことを叔父が調べていたとは思えない。なのでこの歌詞内容が男性の実体験に基づく実話だということも知らなかったと思う。

でも女性の心を歌った曲だと感じたのだろう。なので歌いたかった。実際には歌えなくても・・・

叔父はこうも思っていたのかもしれない。「うん、これは男にだってありうる世界なのだ」と・・・

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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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叔父が歌った「また逢う日まで」 

 

叔父が歌っていた曲、僕の記憶の中で、最も印象に残っているのが「また逢う日まで」になるのかな?その理由としては僕がその曲を既に知っていたということが大きいような気がするが、もう一つ理由があるような気もする。

尾崎紀世彦の歌い方の特徴としては、パワー全開というか、熱唱系というか、歌い上げる系というか、そのようなイメージを持つ。「また逢う日まで」も例外ではないと思う。というか、パワー歌唱のお手本のような歌であり、尾崎紀世彦の歌唱であったように思う。ギターを弾きながら歌うという感じではない曲のようにも思う。

叔父の声は尾崎紀世彦のそれよりは、幾分ソフトな感じがした。フランク永井にどこか似ているような・・・

当時僕は非常に幼かったのだが、叔父が尾崎色の濃い、尾崎紀世彦そのもののような「また逢う日まで」を自分流に変えていく過程を実際に同じ部屋で聴いている。パワー全開そのままの歌い方では叔父も歌えないと判断したのかもしれない。

歌を歌ってくれる物静かな人・・・叔父のことを僕はそれまでそう思っていた。流しという仕事のこともよく把握していなかった。歌が好きだから歌っている人・・・

「また逢う日まで」を叔父の流儀で歌えるように変化させていく過程を体験したことは、叔父がプロの歌手であったことを初めて認識することにもなった。売れなくてもプロだった。歌うことで生活していたわけだから・・・

むろん、当時はそんなことを具体的に思っていたわけでもないと思う。幼かったしね。でも「へぇ・・・歌い方で随分曲って変わるんだなぁ・・・」とは幼くても僕に伝わってきた。

叔父の「また逢う日まで」は僕だけの記憶の中に今まであったのだが、叔父と、ほぼ同じような歌い方をしている「また逢う日まで」の歌唱を発見した。「そう・・・この歌い方だった!!!」

叔父バージョンのような「また逢う日まで」を僕に披露してくれたのは尾崎紀世彦本人だった。

共演している渡辺真知子も素晴らしいと思う。彼と曲へのリスペクトが感じられる。

年末だし、この歌唱を聴きながら、今しばらく叔父の想い出、感傷に浸って涙してもいいのではないかと思う。

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「また逢う日まで」 

 

普通の子どもであれば、アニメソングとか、子供向けテレビ番組で流れる曲に親しみながら成長していくのだろう。僕は叔父に預けられていた時間が非常に多かったので、アニメソングなどに親しむということはなく、叔父の歌を聴いて育った。叔父は僕がいたからといって、僕に合わせるようなこともなく、演歌やムード歌謡をギターを弾きながら歌っていた。

男女の情念とか、別れるとか、泣きたくなるほど好きとか、そのような世界を幼い子どもが聴いて育つというのは、今でも珍しいことなのではないかとも思う。僕は当たり前のことながら、叔父が歌っていた曲を知っていたわけではない。後年、叔父の日記を読んで「ああ、この曲も歌っていたのか」と認識したにすぎない。そして叔父が歌っていた曲は、厳格な親であれば「子どもがそんな曲を聴いてはいけませ~ん」などという曲だったようにも思う。

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」は数少ない、叔父が歌っていた曲の中で、当時の僕でも知っていた曲だった。小学生になった頃か、もしかしたら幼稚園に通っていた頃かもしれない。「また逢う日まで」のレコードが発売されて、割とすぐに叔父はこの曲を歌い始めている。練習し始めたというか。テレビという媒体の影響力は大きい。幼かった僕でも「また逢う日まで」は聴いたことがあったから・・・

1970年代になると、叔父は新しいレパートリーの開拓を積極的に行っている。それまでは演歌、ムード歌謡ばかり歌っていた叔父だったが、フォークや純正歌謡曲(?)も歌い始めている。お客さんからのリクエストにも時代の変化というものがあったのだろうと想像する。でも当時のアイドル(郷ひろみとか)の歌はレパートリーとして入れてはいない。

叔父の声質は割と低音で、叔父はフランク永井を非常にリスペクトしていたところがあったので、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」を歌うということは、簡単なことではなかったようにも思うが、叔父は歌いたかったのであろう。おそらく、阿久悠の歌詞に惹かれたのではないかと僕は想像している。

尾崎紀世彦は晩年癌で苦しんだようだ。闘病生活も長かった印象がある。自覚症状はあったのだろうか?叔父も癌で苦しんだので、僕にとってはそのあたりが重なってしまう。

むろん、叔父は若かった頃の尾崎紀世彦しか知らずに亡くなってしまったわけだから、彼が年齢を重ねても声量も歌唱力も落とさずに歌っていたことは知らない。

この歌唱も、もし叔父が聴いたら喜んだのではないかと思う。聴かせてあげたいとも思う。

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叔父に聴いてもらいたい歌 

 

「そんなピアノしか弾けないんだったら辞めちゃいなよ」叔父の痛烈な一言だった。発表会の直前だったように思う。その頃習っていたバイエルと共に発表会で弾くブルグミュラーの曲を弾いた。たしか「子供の集会」という曲だったと記憶している。

「音楽じゃないみたいだ・・・」

叔父の言葉に相当傷ついてもおかしくはなかったと思うが、何故か僕は傷つかなかった。先生に言われたように、鍵盤の底までカッチリと弾いていたが、自分でも「これは変だな」と思っていたから。その後、自分で先生には内緒でショパンなどを弾いてみたりした。その「なんちゃってショパン」を聴いた叔父は、僕のピアノを褒めてくれた。自分勝手に弾いていたと思うが、叔父は「上手くなった・・・どうしたんだ?」などと言ってくれた。

もうその頃は小学生だったので、叔父のところへ預けられるということはなくなっていたが、叔父の家には遊びに行ったりしていた。僕は叔父のギター、そして歌声を聴きながら育ったようなものだったので、叔父が歌わなくなっていることが寂しかった。

「叔父さんは重い病気なの。遊びに行ってもいいけど、あまり迷惑かけないようにね」

「kazをどこかに遊びに連れていってあげたいが、身体が動かないんだ」叔父はそう言った。でも叔父が持っていた沢山のレコードを聴くだけで楽しかった。もう歌ってくれないのは寂しかったが・・・

「最近の流行の歌ってどんな感じなんだろう?」叔父は流しだったから、演歌やムード歌謡に対しての知識は豊富だったが、当時流行っていた歌については、あまり詳しくはなかった。特にアイドルというか、その路線の歌手についての知識はあまりなかったように思う。

「お金渡すから、kazがいいと思うレコードを買ってきてくれないか?」叔父はそう言うと千円札を僕に握らせた。僕も歌謡曲については、あまり詳しくはなかったから、この叔父の頼みには困った。迷いに迷った末、僕は伊藤咲子の「ひまわり娘」のレコードを買い、叔父に渡した。伊藤咲子は歌が上手いと思ったし、アイドルでもあったから、叔父の要望には合うと思った。

「歌・・・凄く上手いな・・・」叔父はそう言うと、何度も伊藤咲子のレコードを繰り返し聴いた。「この娘はそのへんのアイドルとは違うな。歌心がある」

メジャーデビューできなかった叔父は、テレビに頻繁に登場しスポットライトが当たっている歌手たちをどのように思っていたのだろう?そう思うことはある。歌は好きだっただろう。でも飲み屋街でギター片手に歩き回る歌手生活は決して楽なものではなかっただろうと想像する。

「流しはどうですか?流し・・・いりませんか?」時には「いらねえよ。うるせえよ」などとも言われたりする。叔父はそのような歌手生活で幸せだったのだろうか?小学生だった僕でも叔父に「テル叔父さんはテレビとかで歌ってみたいと思わなかったの?」などと絶対に言ってはいけないということは分かっていた。伊藤咲子のレコードを聴いている叔父の表情からも、もちろん心の中を察することはできなかった。

伊藤咲子は「ひまわり娘」の後もヒット曲を連発した。やがて結婚し、そして離婚した。子宮筋腫という病気も患った。筋腫がその他の臓器をも圧迫するような深刻な状況だったらしい。

歌謡曲歌手の宿命だろうか、テレビに登場しなくなっていくことで、その歌手の名前、顔、持ち歌などは忘れないまでも、だんだんと人の記憶からは薄らいでいってしまうところがある。「伊藤咲子って今どうしてるの?」正直、僕にも分からなかった。

伊藤咲子は今でも歌っている。再婚し今では幸せな生活をしているらしい。「おばあさんになっても歌います」彼女は舞台でそう言っている。

段ボール箱一杯のドーナツ盤に伊藤咲子のものが、かなりあった。「ひまわり娘」は僕が買って叔父に渡したものだと思うけれど、その後の彼女のヒット曲のレコードも随分ある。叔父が自分で買ったのだろうと思う。

叔父は大きな舞台で、スポットライトを浴びて歌いたかったのかもしれない。テレビに登場するような歌手に憧れていたのかもしれない。そうかもしれないし、歌が好きで歌っていたのだから、それで満足していたのかもしれない。今となっては分からない。

伊藤咲子は今でも歌っている。随分と小さな舞台だ。野外ステージのようだ。○○祭りという地域のイベントのようなものでのショーなのだろうか?正直、「えっ、こんなところでも歌うの?」などとも思ったりする。客席も騒がしい。歌いにくいのではないだろうか?

伊藤咲子は「かつての栄光は・・・」などと思うのだろうか?それとも歌うことだけで幸せなのだろうか?

彼女も、もうそろそろ60歳。これだけ歌えるということは「好き」なだけではできないし、「好き」でなければできないだろうとも思う。

この伊藤咲子の歌唱を叔父に聴かせてあげたいとも思う。叔父は喜んでくれるのではないだろうか?

なぜだかそう思う。

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藤本卓也の怪しい世界 最終回 

 

好評につき(???)続けてきた藤本卓也の怪しい世界もこれで最後。この曲以上にインパクトのある曲も、おそらくないような気がするので。

このシュールな世界に魅せられる人がいるようで、この操 洋子という人のドーナツ盤などは非常に高価な値段がオークションなどでつくみたいだ。もちろん、売ったりするつもりはないけれど。

この「お願い入れて」という曲はB面の曲。さすがにシングルカットはできなかったか?タイトルが凄すぎだよなぁ・・・

このブログで紹介することに関しては、とても迷いに迷ったのだが、やはり紹介したい、僕だけが知っていては勿体ないという気持ちが勝った。

バックに玄関のインターホンを模した音が入っているのが、なんともシュールだ。

このような曲は「カルト歌謡」と呼ぶのだそうだ。なるほどねぇ・・・

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藤本卓也の怪しい世界 2 

 

「まぼろしのブルース」・・・この曲を聴いたとき、椅子から落ちそうになってしまった。衝撃というか・・・

歌っているのは勝 彩也という人。「かつ あや」と読む。この人の最大のヒット曲は「恋あざみ」という曲で、こちらは普通の(?)演歌調の曲だが、「まぼろしのブルース」は凄すぎる。

特に「ああ~」の部分の歌い方が絶品のような?

歌詞も凄すぎる。「地獄の底へ落ちる私を、何も言わずに微笑むあなた・・・ああ~ ここまでおいでと ああ~ まぼろし・・・」シュールすぎる。

勝 彩也さんは、今でも歌っているらしい。でも本業はヨガの先生みたいだ。シュール・・・

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藤本卓也の怪しい世界 1 

 

「あなたのブルース」・・・情念系の矢吹健の歌唱にも驚いたが、この曲の作詞・作曲をした人に興味を持った。好き・・・という世界ではないのかもしれないが強烈なものを感じたのだ。

藤本卓也という人が作詞・作曲している。ロカビリー出身の人みたいだ。

「あなたのブルース」だけだったら、ここまで藤本卓也という人に興味は持たなかったのかもしれないが、この曲以外にもドーナツ盤で藤本作品を聴いて、そのシュールな世界を僕だけのものとしては勿体ない・・・のような気持ちになった。

「こ・・・これは紹介しなくては!」

一応このブログはクラシックのピアノ・・・という品行方正(?)なカテゴリーにあるので、ここまでの怪しい歌謡曲を紹介するのは、どうかとも思ったのだが、自分の気持ちを抑えられない感じだ。叔父は好きだったのだろうか?生きていたら訊いてみたかった。嫌いではなかっただろうと思う。藤本作品のドーナツ盤が何枚もあるから。

まずは矢吹健の「真っ赤な夜のブルース」という曲。この曲はB面の曲なので、ヒットというのとは違うのだが、インパクトが凄い。A面の「蒸発のブルース」はヒットした曲のようだ。この曲も凄いが、B面はさらに凄かった。

歌手が凄いのか、曲が凄いのか、詞が凄いのか・・・全部だろう。

今だったら結構ヒットするんじゃないか?こんな曲、今ないし・・・

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「あなたのブルース」 

 

年末になると、何故か歌謡曲を聴きたくなる。この時期歌番組が多くなるのは気のせいだろうか?もっとも最近の歌謡曲(Jポップ)は聴かない。メロディーがない(?)ように聴こえてしまうし、子ども声そのまま発声みたいな歌手も多く、あまり(全く?)いいと思えない。歌唱力で勝負という人も今は珍しくなってきているのかもしれない。やたら大人数で勝負するアイドルが多いのも感心しない。まぁ、そんなふうに感じるのは、僕がおじさんだからだろうが。おじさんだからこそ、平成歌謡よりも昭和歌謡が輝いているように思えるのかもしれない。

僕の叔父は流しだった。若くして病気で亡くなってしまったけれど、この叔父には可愛がってもらった。彼は飲み屋で歌ったり、時にはナイトクラブのようなところで歌ったりしていた。でもメジャーデビューはできなかった。当時は作曲家に弟子入りし、認められてレコードデビューをするというのが一般的だったらしい。むろん、アイドル路線の歌手は別だっただろうが。叔父に才能がなかったとは思えない。でも運がなかったのかなぁ・・・

叔父の遺品に沢山のレコードがある。LPも多いが、大きな段ボール箱二箱にもなるドーナツ盤がある。レコードプレーヤーはあるのだが、今までドーナツ盤を聴くためのセンターアダプターが無かったので、ドーナツ盤は聴くことができなかった。どこで売っているのかも分からなかったし。でも今はネットで何でも売っているのでアマゾンで購入した。今は叔父の残した昭和歌謡のドーナツ盤を聴いたりしている。

叔父の残したドーナツ盤(シングル盤)は1950年代後半から1970年代前半までのものが多い。流しだったので、お客さんのリクエストに応えるためには当時のヒット曲を把握している必要もあったのだろう。歌詞カードにコードが叔父の直筆で書きこまれていたりして、とても懐かしい感じだ。

聴いていて感じることがある。僕が生まれていなかったり、または幼児だった頃の歌謡曲も僕の耳に残っているというか記憶にあることだ。当時のヒット曲というのは、誰にでも認知されていたということだろうと思う。若者から高齢の人まで、誰でも知っている歌謡曲って今は生まれているのだろうか?あと感じたのが、歌手たちの歌唱力と個性が素晴らしいということ。この歌い方はこの人しかできないだろう・・・という歌唱というのだろうか?

矢吹健という歌手の名前は知らなかった。「あなたのブルース」というタイトルも知らなかった。でも曲は聴いたことがある。僕が三歳の頃のヒット曲みたいだ。相当ヒットした曲なのだろう、叔父は矢吹健のようにテレビに頻繁に登場し、人々に自分を認知してもらいたかったのかもしれない。一人の歌手デビューには多くのメジャーになれなかった歌手たちの涙があったのかもしれない。

矢吹健の当時の風貌は、演歌というよりは、どこか当時のアイドルのような感じもするが、歌は非常に個性的。情念絞り出し歌唱というのだろうか?

メジャーな存在になったからといって、安泰というわけでもないのが歌謡界、芸能界の厳しいところだ。矢吹健は、この「あなたのブルース」の他にも、いくつかのヒット曲がある。ヒット曲が一曲でもあると、その後は安泰などと演歌歌手の場合言われたりするが、そんなこともないような気がする。

矢吹健も、いつのまにかテレビで姿を見ることも少なくなっていったようだ。キャバレーなどで歌うことが増えた。ドサ回りというやつですね。

矢吹健は息子を亡くしている。医療ミスが絡んでいたらしい。もともと、お酒が好きだった人らしいが、その後お酒に依存するようになっていった。その後、奥さんが湖で入水自殺をしている。

矢吹健は今年亡くなっている。故郷である山梨県に帰ったようで、家賃4万円のアパートで暮らしていたらしい。介護用の弁当を宅配にきた人が部屋で亡くなっている矢吹健を発見したらしい。

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練習メモ 3 

 

○ パヴァロッティ実践例

一点に集中し、集めて・・・狙う。

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