ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

根底 

 

自画自賛になってしまうのだが、昨日の演奏会に限らず、サークルの練習会などでも、僕の演奏を聴いて「音楽的」と言ってくれる人は多い。「どんな練習をしているの?」という質問も多い。「どのようにしたらそう弾けるの?」とも・・・

この部分に対しては僕の中で明確な答えがある。それは僕が音楽的才能に満ち溢れているからではない。それは「歌を聴いてきた」ということに尽きると思う。

僕にとってはピアノを弾くということは、どこか「ピアノで歌う」的な願望があって、歌を追い求めているところがある。

残念なことに、僕の子ども時代のピアノレッスンというものは、どこか上手くいかなかった。でも仮に、教材がサクサクと進んでという意味において、上手くいっていたとしたら・・・と思うことがある。先生に新しい曲を渡されて、楽譜を懸命に音にして、弾けるようにして、先生の注意を守ってというピアノレッスンを続けていたら・・・と。

ピアノって鍵盤を押せば音が鳴るから簡単といえば簡単。でもそこが落とし穴となるような気がする。音だしそのものは簡単だけれど、楽譜は複雑。両手の動きがあって忙しい・・・

この部分で「楽譜を一生懸命に音にしていく」という行為が、どこか「ピアノを弾く」ということになってしまうところがあるのでは?

子ども時代のピアノ道が、上手くいかなかったのは残念なことではあるけれど、でもそのおかげで僕の場合は「ピアノで歌う」ということを全うできたのかもしれないなどと思う。

小学2年生までは、僕は「ピアノを練習しない、ただの困ったちゃん」だった。そのままピアノを習っていても辞めていただろうとは思う。そしてその時に辞めていたら、現在でもピアノなんか絶対に弾いていなかったとも思う。

転機は小学3年生の時だった。その時にいろいろと音楽のシャワーを浴びたのだ。導いてくれた医大生の影響も大きい。彼とピアノも聴いたけれど、やはりオペラや歌曲を聴くことが多かった。8歳の時にオペラの全曲盤を聴いた。DVDなんて当時はなかった。医大生の説明つきで聴いたのだ。ニコライ・ゲッダの歌曲をレコードで聴いた。叙情的な彼の歌声を聴き、「音楽って哀しいね・・・」「そうだね」などと言い合ったりしていた・・・

僕はピアノではなく、歌から音楽に入ったのだ。

8歳の時、生まれて初めて生の演奏会を聴いた。その医大生に連れられて、渋谷のNHKホールに行った。フランコ・コレッリの演奏会だった。彼のことは僕は全く知らなかったし、有名なテノールのアリアも沢山歌ったのだと思うけれど、正直、この部分は記憶にない。

コレッリの演奏会はオーケストラ伴奏だったけれど、アンコールになるとピアノが舞台に運ばれ、コレッリはピアノ伴奏でアンコールを沢山歌ってくれた。この方式は変わったものだと思うけれど、コレッリならではのファンサービスだったのだと思う。彼はいつもこの方式でアンコールを歌うのが通例となっていたらしい・・・

このピアノ伴奏のアンコールの時、なんと表現したらいいのだろう、コレッリの歌、声がハラハラと僕の内部に入ってきたのだ。理屈ではない。彼の音の伸ばし方、ポルタメント、跳躍の際の音の扱い方、息遣い・・・このようなものすべてが僕の内面に入ってきた。そして僕の中の何かが動いた。無意識に「これだ・・・」と感じた。

それ以後、コレッリのレコード特に集めたりということはなかったけれど、その時の彼の歌というものは、僕の中に入り込み、現在の僕のピアノを支えていると思う。

僕の演奏、音楽表現は、どこか濃いというか、どこか濃厚なところがあると自分では思うけれど、それは8歳の時に聴いたコレッリの影響なのだと思う。彼の歌が僕のピアノ表現を形作っていると言ってもいいと思う。

昨日の演奏会を終え、改めて8歳の時、41年前に聴いたコレッリの歌唱の影響の大きさというものに驚いたりしている。僕はピアノが上手くなりたい・・・というよりは、ピアノでコレッリのような表現をしたいのだ。41年前のあの時の・・・

kaz



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演奏会を終えて・・・ 

 

昨日はピアチェーレの演奏会。自分の演奏はともかく、無事終了。聴きに来て下さった方々、本当にありがとうございました。また、海外を含め、演奏会まで励ましてくれた友人たち、ありがとう。

自分の演奏に対して、思うことは多々あるけれど、トークを交えて演奏するという僕にとっての初の試み、この部分は「やってよかった」と思う。演奏直後は「もう絶対にトークと演奏は一緒にやらない」なんて思ったけれど。

難しいところはトークを交えると、演奏に集中するのが極めて大変だということ。ピアノを弾くということと、人前で話すということは、脳の異なる部分を使うのだろうか?正直、ただピアノを弾き続ける方が100倍楽だとは思った。

でもプログラムに印刷するよりは、直接伝えたかったことも昨日の曲には多かった。奥さんを助けるために海に飛び込んだグラナドスのことや、入水自殺をしたアルフォンシーナ・ストルニのことなど・・・

初の試みでもあったので、上手くいかないこともあって当然なのかもしれない。

演奏そのものは、初めに書いたように、思うところは沢山ある。昨日は演奏中に、もう一人の自分が囁くのが聴こえた。「このまま心の思うままに弾いてしまえ」という声。「こうすればいいのでは?やってみろよ」という声も聴こえた。(実際に聴こえたということではないが)

それに対して、やはり無難に弾き終えたい、安全運転せよと囁く自分もいた。でもその声は無視して弾いた。

少なくとも、練習の時と同じように弾けますように・・・という思いは打ち消してしまったし、練習の時とは異なる演奏になったと思う。心の声に従って良かったと思うが、その声についていける技量が伴えばさらに良かったのだとも思う。このところは、やはり自分は専門的な教育を受けていない、幼少の頃から訓練を積み重ねていない・・・という劣等感のようなものにつながっていく。いつもそうだ。演奏が終わるといつも思うことだ。

「伝わった」という満足感と「基礎が足りない」という劣等感・・・これがいつも弾き終えた時にはある。

本番の演奏中に「心の声」に従ったということ、これは師事している先生の教え方というものもあったと思う。普通、ピアノの先生は生徒の楽譜に書き込みをするのが普通なのではないかと思う。でも僕の先生は一切書き込まない。これは日本で定期的に習っている先生もそうだし、海外でピアニストにレッスンを受ける時もそうだ。この「楽譜に書き込まない」というところは一致している。

「指示を守って弾くということは、厳密には演奏ではなくなる・・・」

ということなのだそうだ。

また来年の11月に第3回ピアチェーレ演奏会を予定している。というか、開催する。会場は今年と同様に雑司ヶ谷音楽堂。もう会場押さえてしまったので、やるしかない。

kaz

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category: ピアチェーレ

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本番前日に・・・ 

 

いよいよ明日が本番。本当は呑気にブログなどを書いている場合ではないのかもしれないが、本番前日の心境などを残しておくのもいいだろうとも思う。

普通に心配している。明日は弾けるだろうかとか、あの部分はミスをしないだろうかとか、練習の時と同じように、あまり緊張しないで弾けるだろうか・・・とか、普通に心配している。

同時に、なぜか「表現したい」という欲求が強いことも感じる。この感情は自分でも驚くほどだ。

明日演奏する曲の中に、「ウィーン、我が夢の街」という曲がある。もともとは歌の曲だ。作詞、そして作曲をしたのは、ルドルフ・ジーツィンスキーという人。この人はアマチュアの作曲家だった。本職はお役人さんだったみたいだ。定年まできちんと勤め上げ、生涯を役人として過ごした人。でもこのような曲を「趣味で!」残している。

音楽として湧き上がるものがあるのならば、それはアマチュアの作だろうと「音楽なのだ」と僕は思う。その想いが明日は伝わればいいと思う。

このヴィーナーリートをピアノに直して弾こうと思い立ったのは、ドイツのバリトン歌手、ヘルマン・プライの歌を聴いたからだ。数あるこの曲の名唱の中でも、プライの歌唱は、最も甘美な演奏なのではないかと思う。

甘美・・・それは美しくもあり、同時に、甘美さは哀しさにもつながる・・・

この僕の想いを明日は表現できればいいと思う。甘美さは悲哀につながるのだという想いを・・・

ジーツィンスキーやプライが残したもの、「ああ・・・音楽・・・」という憧れの部分、この部分を僕は受け継ぎたい、この想いを。そして明日は共有したい・・・

たくさんのメールを頂いています。ありがとうございます。お返事は遠慮しますというメールばかりで、心遣いに感謝しているし、それに甘えてしまっているけれど、とにかく明日が終わってから返信していきたいと思う。

甘美なプライの、そしてジーツィンスキーの「ウィーン、我が夢の街」・・・

やはり哀しさを感じるな・・・

kaz



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category: ピアチェーレ

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静かに暮らした人・・・ 

 

グアスタビーノのピアノ曲は、あまり知られていない。そして生涯も知られていない。

2000年まで生きた人だ。つい最近まで生きていた人なんだなぁ・・・などと思う。激動の人生というわけではなかったようだ。ナザレのように神経を病み、音が聴こえなくなり、森の中で遺体が発見される・・・というような人生ではなかった。90歳近くまで長生きした人だ。生涯独身であったという。静かに暮らしていた人・・・そのように感じる。

グアスタビーノは音楽溢れる家庭で育ったようだ。ピアノも習うけれど、大学では化学を専攻した。でも、やはり音楽家としての人生を歩むことになる。

それなりに外国でも演奏し、全くアルゼンチンの外に出なかったわけではないようだが、どこか「アルゼンチンで密やかに暮らした」というイメージがグアスタビーノにはある。それは彼の作風からくる印象なのだろうか?

晩年は生まれ故郷のサンタフェに戻るけれど、彼はずっとブエノスアイレスで暮らしていた。独身だったので、一人暮らしだったのだろう。貧しい生活ではなかったのかもしれないが、どこか質素な生活だったように感じる。

彼のアパートは32平米だったそうだ。32平米というと、畳20畳に満たない広さだ。日本の感覚だと1DKという感じだろうか?キッチンと寝室だけのアパートという感覚でいいのだろうと思う。

彼のピアノは古いアップライトピアノだったそうだ。生涯そのピアノを弾き、そのピアノで作曲した。そのアップライトピアノにはハンマーにパッドが装着されていて、つまりミュートの状態でいつも弾いていたらしい。その理由は近隣の迷惑にならないように・・・

何故か、僕はグアスタビーノがピカピカのスタインウェイを弾いていなかった・・・という事実に驚くばかりだ。別にスタインウェイでなくてもベヒシュタインや、いわゆる名器とされるグランドピアノを弾いていたわけではない・・・

彼のピアノ曲はミュート状態のアップライトピアノから生み出されたのだ・・・

32平米の部屋、そして音を小さくしたアップライトピアノ・・・

グアスタビーノのピアノ曲はここから生まれた・・・

彼のピアノ曲では「バイレシート」という曲が比較的演奏される機会があるのだと思う。個人的にはグアスタビーノのピアノ曲では10曲のカンティレーナという曲集が好きだ。どの曲も素晴らしいが、僕は5曲目の「アベラルダ・オルモス」という曲が大好きだ。

アベラルダ・オルモスとは変わった題名だが、実在した人物の名前だ。グアスタビーノの小学校時代の先生の名前なのだそうだ。その先生のことをとても尊敬していたのだろう。

32平米の部屋で小さな音の出ないピアノで作曲された、かつての恩人への愛情、リスペクトから生み出された「アベラルダ・オルモス」という曲・・・

静かに暮らしたグアスタビーノそのもの・・・という曲のようにも感じるし、グアスタビーノはとても強い人だったとも感じる。

kaz



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ロマンへ逆行した人 

 

アルゼンチンとピアノ・・・

まず多くの人が連想するのがピアニスト、マルタ・アルゲリッチなのではないだろうかと思う。作曲家としてはヒナステラを連想する人もいると思う。ピアソラもアルゼンチンの人だけれど、彼は「ピアノ」という枠では考えにくいところもあったりする。

最近は少しだけ注目されるようにはなってきたのだろうか?でもまだまだ演奏される回数は少ないと思う。

カルロス・グアスタビーノ・・・

声楽曲とピアノ曲が多いのだという。声楽の世界では以前から、少しは名の知れた存在であったようだ。特に「バラと柳」という歌曲は演奏される機会が多かった。この曲は、美しいメロディーに満ち溢れたグアスタビーノの曲の中でも、傑出した「美・メロディー」の曲と言う感想を個人的には持つ。

最近までは、地元アルゼンチン以外では、「知る人ぞ知る」という存在だったグアスタビーノ・・・

歌曲「バラと柳」を聴くと、グアスタビーノが20世紀の作曲家とはとても思えないほどだ。彼は没後まだ14年にしかならない作曲家なのだ。ほとんど現代の作曲家と言っていいだろうと思う。

これからの時代、グアスタビーノの曲は演奏されていくようになるだろうと僕は予想している。グアスタビーノはロマンの時代へ逆行した人だからだ。今、世の中もロマンの時代へ戻ろうとしているように思う。

革新的で刺激的なものから、美しいもの、ロマン溢れるものへ・・・と。

kaz



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category: Saudade

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「お願いです・・・僕にも表現させてください!」 

 

演奏会の3日前なので、さすがに落ち着かない。胸が熱くなるような緊張感を感じたりする。心配で心配でどうかなりそうになったりする・・・

「与えられた表現の機会を無駄にしてはいけないよ・・・」

友人の紹介で知り合い、その後もつきあいのあるパウロという歌手は僕に言った。このブログでも少し前にパウロのことは書いたと思う。「そんなに自分のことを素人、素人と言うな」と僕に言ったパウロだ。

もしかしたら、ミュージカルに詳しい人は彼のことを知っている人もいるかもしれない。彼の名前はパウロ・ショットという。ブラジル生まれのパウロは、歌が好きで、幼い頃から歌手になりたかったという。サンパウロで歌の勉強をし、そして両親の故郷でもあるポーランドでさらに歌の勉強をした。

パウロは自分の夢の実現のためにニューヨークへ・・・

彼は、自分の歌人生の中で、最も辛かったのは、このニューヨーク時代だったという。オペラの舞台に立ちたくて、そしてオペラを歌いたくてニューヨークにやってきたものの、ポーランド系ブラジル人であるパウロに歌う機会はなかなかやってこなかった。彼はメトロポリタン歌劇場のカバー歌手を長い間していたことがある。

カバー歌手・・・・

本キャストが急病などで降板した時、代役として舞台で歌う歌手のことだ。カバー歌手は稽古にも出て、もちろん暗譜をし、いつでも舞台に立てる用意がなくてはならない。でも実際にはメトの舞台で歌えることはまずない。どんなに勉強をし、練習を積み重ね、完璧に近い状態にまで仕上げ、そして体調を整えて本番の日をむかえても、一声も出さずに家に帰るのが普通だ。

パウロはこう思ったのだそうだ。

「僕にも表現させてください。歌えるためだったらなんでもやります。表現できるのだったらなんでもします。お願いします・・・表現させてください!」

パンを買うお金さえなくても辛くはなかったという。でも練習を重ね、そして音楽に浸り、表現したいという爆発するような想いを発散できなかったこと、これがとても辛かったという。

パウロにチャンスがやってきた。ミュージカルの仕事がきたのだ。でもパウロはオペラ、そしてクラシック音楽を専門に勉強してきたので、ミュージカルの経験はない。でも舞台で歌えること、聴いている人がいる空間で歌えるということが何よりも至福に思えたという。

パウロは「南太平洋」というミュージカルに主演した。

そして、トニー賞の最優秀主演男優賞を獲得した。このトニー賞受賞により、オペラの仕事も少しずつ入ってくるようになってきたという。

「自分を表現できる機会なんていつでもあるものではないんだ。表現したいのにできない・・・これほど辛いことはないんだよ。だから表現することだけを考えればいいと思う。それだけでいい・・・」

あと3日・・・

表現できる機会まで・・・

kaz



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category: ピアチェーレ

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あやまち 

 

グアスタビーノの歌曲に「鳩のあやまち」という曲がある。グアスタビーノの曲は歌曲であれピアノ曲であれ、実に美しく、そして実に切ないメロディーの曲が多い。

この「鳩のあやまち」は、どちらかといえば、素朴なメロディーなのだと思うけれど、この曲の歌詞に惹かれる。

考えてみれば、作曲家が歌曲を作曲する場合は、詩が先に存在していることがほとんどだと思うので、詩の内容というものが作り手に大きな影響を与えているのではないだろうか。

ピアノの場合だと「本場の音」というものは、あまり考えたくはないのだが、声楽となると、言語というものが演奏する際に大きな影響を与えてしまうのではないだろうかと思う。日本の一般的な音大生の声楽専攻の学生にとっては、たとえばロシア歌曲やスペイン歌曲となると、言葉というものが大きなハードルとなるのではないかと想像する。

グアスタビーノはアルゼンチンの作曲家なので、歌曲の言語はスペイン語となる。スペイン人の歌手にとってと、日本人の歌手にとってのグアスタビーノ歌曲は、どこか取り組みやすさという点では違いが出てきてくることもあるのではないだろうか?このあたりは器楽奏者にはない問題となってくるように思う。

ホセ・クーラはアルゼンチン人だからグアスタビーノ歌曲が上手いのね・・・

でも、「そう」とも言い切りたくはない気もするが・・・

この「鳩のあやまち」という歌曲の歌詞、とても不思議な歌詞だ。なんだか僕の人生そのもの・・・という歌詞のような気がする。



「鳩のあやまち」

鳩はまちがえた

北へ行くはずが南へ行き
麦を水だと思い込んだ
まちがえてしまった

海を空だと思い
夜を朝だと思い
まちがえてしまった

星を夜露と思い込んで
日差しを雪と思いこんで
まちがえてしまった

きみのスカートを きみの上着と
きみの心を自分の巣だと
まちがえてしまった

鳩は岸辺で眠りについた



うーん、やはりこの詩は僕の人生そのものだ。

kaz



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本場の音 

 

ナザレの曲を見事に演奏していたのはアルトゥール・モレイラ=リマというピアニストだ。ラテンのピアノ曲が好きでよく聴く人なら、このピアニストのことは知っているのではないかと思う。

このピアニストはブラジルのピアニストだ。南米のピアノ曲を弾かせたら、ちょっと他のピアニストは太刀打ちできないのではないだろうか?

「本場の人だから上手なのね・・・」

南米の曲は、民族的な匂いが強烈な気もする。この民族的な部分を真に再現できるのは、その民族だけ、つまり本場の人間だけ・・・という考えもあるのだろう。基本的に、僕個人としては、このような「本場の人ならでは・・・」という考えは好きではない。たとえば、ブラジルの作曲家の作品は、モレイラ=リマのような本場のピアニストにはかなわない・・・とか、ショパンのマズルカを本当の意味で正しく理解できるのはポーランドのピアニストのみだ・・・のような考え。

そのような考えが正しいとしたら、我々日本人はどうしたらいいのだろう?

日本人ピアニストが真の意味で本領を発揮できるプログラムはタケミツなどの作品や日本民謡の編曲メドレーである・・・たとえば、外国人がこのように言ったとしたら、日本人としてはかなり違和感を感じるのではないだろうか?

日本ではあまり一般的ではないモレイラ=リマだけれど、この人はショパンコンクールで第2位になっている。アルゲリッチが1位になった時の2位がモレイラ=リマ。この年のショパンコンクールは1位、2位と(ショパンの本場ではない?)南米勢が上位を占め話題になったという。

あまり「本場の音」「本場の演奏」というものを信じたくはないのだけれど、モレイラ=リマの南米ピアノ曲の演奏は、やはり見事だ。

本場の音・・・なのかなぁ・・・



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陽気な哀しみ 

 

エルネスト・ナザレの作品は、どこか特殊なレパートリーとされてしまうラテンの作品の中では演奏される機会が多いのではないかと思う。ただし、アマチュアがサークルの会で弾いたりとか、子どもがピアノの発表会で弾いたりとか、そのような感じなのではないかとも思う。とても魅力的な作品が多いと思うが、どこかプロのピアニストにとってはリサイタルなどでは組み込みにくいというか・・・

躍動感溢れる曲が多く、旋律もとてもキャッチ―、つまり、とても聴きやすい曲が多い。それほど演奏困難というか、楽譜が音符で真っ黒という至難さがはナザレの曲にはないので発表会などでは演奏される機会も多いのだと思う。

ナザレの曲は、聴いた感じでは「凝っていない」という感じがする。どの曲もABAという感じで、中間部をはさみ最初の旋律が戻ってくるという形の曲ばかりだ。だからこそ、プロの演奏家にとってはリサイタルで弾きにくいのだろう。

大きなホールで演奏されるよりは、サロン的な場所で演奏されるほうが似合うのがナザレ。演奏会というものの形態が変化してくればナザレの諸作品が演奏される機会も増えてくるのかもしれない。

シンプルであるからこそ「ブラジルの魂」そのものといった感じがする。ナザレは留学どころか、音楽院で本格的に学んだ経験のある作曲家ではない。だから「魂」というものを直接感じるような気がする。

躍動感のあるリズム、踊りたくなるような旋律に彩られているけれど、一瞬、サウダージというものを感じる、そんなところがナザレの魅力なのかもしれないが、現在知られているナザレの曲は一部なのだと言う。楽譜として残っていなかったり、残っていても不完全であったりとか、ナザレの全貌は見えていない。

作品そのものもそうだが、ナザレの生涯というものも以外と知られていない。

映画館で弾いたりとか、楽器店で弾いたりとか、昔はオーディオ装置などもなかったから、そのような場所で演奏していた。ナザレの曲は当時からとても人気があったそうだ。とても売れた。聴きやすいし演奏もそれほど至難ではないし、なによりも魅力的だから・・・

いつからだろう、ナザレの人生が狂い始めるのは・・・

最愛の妻や娘を亡くした頃からナザレは鬱病となってしまったようだ。そして難聴・・・

僕は徐々に音が聴こえなくなってくるという状態がナザレには辛すぎたのではないかと感じる。最後には完全に聴覚を失ってしまったとも言われている。

神経を冒され、そのような患者を保護する施設で晩年は暮らすようになった。ある日「家に帰る」と言い残し施設を出てしまった。そして森の中で亡くなっているのが発見された。滝壺の中で亡くなっていたとも、滝のそばの河で亡くなっていたとも言われている。ピアノを弾いている姿のまま亡くなっていたとも・・・

溺死・・・であったようだ。

明るい太陽、ブラジルの陽光のような曲が多いナザレの曲、そしてそのような曲の演奏機会が多いが、中にはこのような曲もある。サウダージそのもののような曲も・・・

魂の叫びそのもののような曲も・・・



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忘却の木 

 

ヒナステラのピアノ曲はあまり聴かないなぁ・・・

ピアノ・ソナタとかアルゼンチン舞曲ぐらい?なんとなくリズムが強烈という印象がヒナステラにはある。

「ミロンガ」という2ページの小品があり、この曲はバリバリリズム系という感じではなく、どこか憂いがあって好きな曲だった。実は知らなかったのだけれど、この曲、もともとは歌の曲だったのだ。「忘却の木」という比較的ヒナステラの初期の歌曲をヒナステラ自身がピアノに編曲したのが「ミロンガ」というピアノ曲だったのだ。

そうだったのか・・・知らなかった・・・

歌曲「忘却の木」は歌詞が、いかにもサウダージという感じがする。この歌詞にこのような旋律をつけるヒナステラも凄いよなぁ・・・と思う。

あとは、歌っているホセ・クーラ、彼はやはりオペラよりも、このような歌曲がいいと個人的には思う。彼はアルゼンチンの歌手だからヒナステラには愛着もあるのだろう。

アネーロ〜切望アネーロ〜切望
(1998/07/25)
クーラ(ホセ)

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このアルバムは、ホセ・クーラの故郷の歌、つまりアルゼンチンの歌曲ばかりを集めたもの。クーラは、編曲や指揮までやっている。彼はアルバムのタイトルを「アネーロ」とした。アネーロとは、クーラによれば、「息苦しいほど、痛いほどに激しい希望、そして憧れ・・・」という意味なのだそうだ。

サウダージそのものの「忘却の木」の歌詞・・・

村のはずれに大きな木がある
村人たちは、この木を「忘却の木」と呼ぶ
そして、こう信じている

心が苦しくて死にそうな時、この木の下で眠ればすべてを忘れることができる・・・と

ある夜、僕は忘却の木の下で眠った
あなたのことを忘れてしまいたいから・・・

目が覚めた時、僕はあなたのことばかり想った

僕は、あなたのことを忘れるということを忘れてしまったから・・・



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サウダージ 

 

BolerosBoleros
(2002/04/22)
Jose Cura

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本番までもうすぐなので、やはり落ち着かない。先生は「不安を打ち消すことを目的とした練習をしてはいけない」と言うけれど、練習の目的は、そこなのでは・・・とさえ今は感じる。

なぜドをレと弾いてしまったら「音楽が崩壊した」と思ってしまうのか?聴いている人はそんなことを聴いているわけではないのに・・・

完璧に音を並べようとしても無駄なのだ。そこを追い求めてはいけない。「サウダージ」を追い求めたい。

サウダージ・・・このポルトガル語は訳すのが困難な言葉なのだそうだ。郷愁、思慕、切なさ、憧れ・・・

なぜピアノを弾くのか、それは「サウダージ」というものに自身が包まれたいから・・・

かつては身が焼けつくほどの痛みを感じた。今ではその痛みもセピア色になってしまっている。想い出すこともないほどだが、でも想い出してしまえば、やはり今でも微かな切なさ、苦しみを感じるのだ。それが僕にとってのサウダージ・・・だろうか。

この曲は「どんなに愛していたことか」というボレロだ。ボレロとは、南米のスローなバラード、歌謡曲全般のことと言っていいのだと思う。この典型的なボレロを聴くと、サウダージというものを感じる。

そして共有したいと思うんだ。この痛み、切なさをね・・・

だから人前で演奏するんだ・・・

アルマンド・マンサネーロって、僕は「アドロ」くらいしか知らなかったけれど、こんなに切ない曲も書いているんだ。歌っているのはオペラ歌手のホセ・クーラ。彼も南米出身の歌手なので、この種のボレロは上手いなと思う。いつものオペラ的発声で朗々と歌うというよりは、これはクルーナー唱法に近いのではないだろうか・・・

これが僕にとってのサウダージなのだ・・・




「どんなに愛していたことか」

僕があなたをどんなに愛していたのか、あなたにはわからないだろう

こんなにも美しく、心に描き、そして生きて、そして死んで・・・そうしてまであなたの影を追い続けた

そんなふうに僕はあなたを愛した・・・





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30年後のピアノレッスン 

 

以前にこのようなメールを頂いたことがある。「私はずっとピアノを弾いてきましたが、正直音楽から感動をした経験がないのです。もちろん、いい曲だなとか、上手い演奏だな・・・とは感じることはありますが、心が揺さぶられるとか、涙がとまらないとか、そのような感情を音楽から受けたことはありません。ピアノは嫌いではないと思いますが、それは練習すべきものであり、そのような対象であったのだと思います。幼い頃から練習はしてきて、ピアノって練習するものというか・・・そんな感じでした。そして音大を卒業してピアノを教えるようになって、でも自分は本当に音楽が好きなんだろうかと疑問に思うこともあります。嫌いではないです。でも本当は練習して曲が弾けるようになることが好きだったのかなとも思います。どのようにしたら感動というものを得られるのでしょう?」

頂いたメールの文章そのままではないけれど、このような内容ではあったと思う。

僕はこのメールには答えることができないと思っている。答えられる人なんているのだろうか?そもそも感動することとか、心の揺さぶられるような体験というものは、誰かに教えてもらうものでもないような気がする。

でも、ある意味、このピアノの先生のように、大きな心の動きのような感情が音楽に対してなくても、物心つかない頃から真面目にピアノの練習をして、そして真面目な性格であるがゆえに、きちんと練習し、その結果ピアノも上達して・・・というケースもあろうかと思う。課題をこなし、それが習慣化してくる。ピアノの練習には不可欠なものだと思うし、ここに耐性がなければ、やはりピアノは上達はしないと思う。でもここは危険なところでもあるのかもしれない。

昨今のピアノ教育は、どうも「楽しくレッスンいたしましょう」的な色合いが濃いように思う。むろん、楽しくないよりは楽しいほうがいいけれど、それだけではピアノは上達しないという難しい側面もある。

指導法ノウハウ、教材について・・・ここもとても大切なところなんだと思う。でも「生徒が辞めないための楽しさ」というところに重点が行き過ぎていないだろうかとは思う。この方向性に傾くのは、よく言われるように少子化ということもあるのだと思う。ピアノの先生の生徒数、むろん多い先生もいるだろうが、平均すると一人数人・・・ということになるのだそうだ。まぁ、厳密な統計ではないだろうが、なんとなくそんな感じにはなるのかなと僕も思う。一人数人という生徒数だと、もはや職業として成り立たない。

でも「楽しい」という方向性に傾くのは、生徒数減少ということの他に、もう一つ要因があるような気がしている。それは先生方が自分の修業時代を全肯定していないのではないかというところだ。ピアノの先生たちは基本的にとても真面目な人たちという印象があるので、おそらく幼い頃からきちんと練習して、課題をこなしてきたのであろうと想像する。でも(だから?)残念なことに、修業時代は楽しいという思い出よりも、どこか辛かったという印象をも持ってしまっているのではないだろうかと。

先生も厳しかっただろうし、音大に入学までも大変だっただろうし、心のどこかで「自分の生徒には自分の受けたピアノ教育を繰り返してはいけない」のような感情もあるのでは?

それが新しい指導法に発展し・・・といけばいいのだろうけれど、いささか「楽しい」に流れすぎのような?そうなると「弾けない生徒」というものが出てきてしまうのでは?ピアノって弾けないと楽しくないから、弾けるようにならないと生徒は辞めてしまうのでは?

ここが難しいところだ。「練習しなさーい!」とうるさく、そして厳しく注意し、レッスンでは仁王立ち、家でも親が厳しく叱責し、泣きながらピアノに向かう。そして「ピアノなんて大嫌い!」となっていく・・・

そうではなく、楽しいレッスン・・・

でも「弾けなくては・・・」

ここをどう結びつけるかが、これからのピアノ教育の課題となっていくのではないかとも個人的には思う。

ここで一般人的というか、素人的な考えなのだが、これほどセミナーというものが盛んで、教材もワンサカ増えて、昔とは違ってきているのだから、そろそろ数字的な成果が出ているべき時期なのだと思う。つまり、高度経済成長期とは生徒数は減少していて当然だとしても、小学生で辞めてしまう・・・という現象は昔と異なり著しく減少していなければいけないと・・・

つまり「辞めます」という割合の変化は出てきていて当然なのではないかと・・・

そうなっているだろうか?

昔はチェルニー、ソナチネと教材そのものに幅がなかった。そしてネットなどもなく、どこかピアノ教室というものは密室性があった。つまり、他の先生はどうしているのだろう・・・という思いが各先生にあったのではないかと思う。

そしてネットの普及、様々な教材の出現、その結果としてセミナーの普及、先生方の情報交換・・・

もし先生方の心の中のどこかに「自分の受けたピアノ教育」「子どもの頃のレッスン」というものを否定する気持ちがあるのだとしたら?

「ピアニストになるわけではない。Jポップでも楽しんで弾いてくれれば・・・」
「今の子たちに自分の受けたような指導をしても逃げてしまうから・・・」

なので「楽しいレッスン」という方向にダーッと流れてしまう。

これからの時代のレッスンは、「楽しい」つまり「ワッ♥」「キャッ♥」という感じの方向性というよりは、最も教えるということの困難であろう「心が動く」「心が揺さぶられる」というものを生徒にどのように伝えていくかということが焦点となっていくように僕は思う。

子どもだけではなく大人だって(僕だけか?)今やっていること、つまり練習というものの最終目的というものが見えていなければ、練習なんかしない。練習そのものが快感という人は特殊なのだと僕は思う。練習そのものは退屈なものでさえある。最終目的、到着点というものが実感できていなかったら練習は苦痛だ。

「苦痛を取り除いてあげましょう。オブラートに包んで感じないように楽しくいたしましょう」ではなく、退屈、時には苦痛の先にあるもの、そこにあるものを伝えられれば・・・

それは「憧れの曲が弾けた」とか「上手に弾けた」だけではないのだと僕は思う。むろん、それだけでも嬉しいものだが、それだけでは練習する動機としては乏しい。というか、続かない・・・

では到達点、そしてそもそも練習とか精進をする動機となるものは?

ロベルト・アラーニャは10歳の時にルイス・マリアーノの歌と出逢った。母親が、いきなりテレビの前にテープレコーダーを用意してカセットテープに録音をしようとしたのだ。その番組はルイス・マリアーノが出演する映画だった。彼は「映画の音楽をそんなことまでして録音するの?」と思ったのだそうだ。

映画の中でルイス・マリアーノが歌った曲は少年であったロベルトも知っている曲ばかりだった。父親や叔父が好きで歌っていた曲だったからだ。シチリアからの移民である彼らは、とても歌うことが好きで、年中歌っていたらしい・・・

そしてロベルトはルイス・マリアーノに夢中になった。

「歌だけでこんなに人の心を動かせるなんて・・・」

その時からテレビドラマや映画の中のヒーローと同じ位置をマリアーノがロベルト少年の心の中で占めるようになった。

「なんて素敵な声なんだろう?なんて素晴らしい歌手なんだろう?こんな人がいたなんて・・・歌というものがこんなに心を揺さぶるなんて・・・こんなことって・・・」

この部分、最も「こうしなさい」「~を聴きなさい」というだけでは伝わらない難しい部分、ここをどのように伝承するかという「ノウハウ」がこれからは求められていくのではないかと個人的には思う。そして願う・・・

kaz



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category: ピアノ雑感

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ルーツ 

 

ロベルト・アリャーニャというオペラ歌手は「スター」なのだと思う。スターなので、自分の歌いたい役は歌ってしまう。ちょっと僕はそんなところが苦手だ。彼の声はリリカルな感じがして、とてもヴェルディ・ヴォイスのようには思えない。アルフレードあたりならまだしも、ラダメスやマンリーコなどのような役柄は彼の声には重すぎるのではないかと感じる。

そんな「ちょっと苦手かな・・・」というアラーニャなのだけれど、いわゆるポップス系というか、クラシックのオペラではない曲を歌った時には、「スター」ではなく「歌手」という感じがして、そんなアラーニャはとても好きだ。

C'est magnifique!: Alagna sings MarinoC'est magnifique!: Alagna sings Marino
(2006/04/11)
Roberto Alagna、Luis Marino 他

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オペラ歌手がポップス系の曲を歌うということは、別に珍しいことではないけれど、アラーニャのこの種の曲の歌い方は、どこか曲に対するリスペクトを感じるのだ。

僕のお気に入りは、ルイス・マリアーノのヒット曲を歌ったアルバム。アラーニャはオペラ界のスターなのだけれど、意外なことに、いわゆるエリート街道出身歌手ではないのだ。有名音楽院を卒業してとか、そのような経歴ではない。

彼の両親はシチリアからの移民。いわゆる「シシリアン」と呼ばれる移民だ。アラーニャはパリ近郊のクリシ―=ス=ボワという地区で育った。パリのことに詳しい人なら、この地区の名前を聞いて、「あっ、そうなの?あのあたりなの?」と意外と思うのではないかと思う。移民が多く、割と治安も良くない、裕福とはいえないような、あまり日本人が近づいてはいけないような、そんな地区なのだ。

アラーニャが初めて人前で歌を歌ったのは、ピザ店だったそうだ。15歳の時。以後、ナイトクラブなどで歌う生活となる。夜中から朝にかけての仕事・・・ということになる。学校に行っていたのだろうか?

アラーニャのポップス、どこか曲へのリスペクトを感じるのは、それは「余興」として歌っているからではなく、この種の歌が彼のルーツだからなのだと思う。ナイトクラブ時代に歌っていた重要なレパートリーだったのだ。

ナイトクラブとかキャバレーで歌う、基本的には飲み食いをしている客を相手に歌うわけだから、誰も彼の歌になんか注目していない。そのような状況で、いかに自分の歌に注目を集めるのか、そこを彼は研究したのだという。つまりナイトクラブがアラーニャにとっての音楽学校であったのだ。

本格的にクラシックの勉強を始めたのは、彼が17歳の時。当時の先生に「君はいい声を持っている。本物のテノールになれる。今の仕事を辞められるかね?煙草も酒もやめられるかね?」と言われ、歌手を目指すようになった。昼も夜も堅気の仕事(?)をしながら、空いている時間に歌の勉強を続ける日々・・・

楽ではなかったはずだ。でも彼はその修業時代を「僕の人生の中で最も美しい日々」だったと感じるそうだ。

憧れ・・・が大切なのかな・・・などと思う。

kaz



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category: The Singers

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自問自答 

 

声楽家の友人に言われたことがある。「ピアノの人って課題をこなすことだけに熱心のように見える。それは凄いことなんだけど、でもそれで楽しいのかな?」

彼は芸大を卒業した人だったので、「ピアノの人」とは芸大の学生のことだったと思われるけれど、たしかにピアノ道というものを熱心に、そしてストイックに歩んでくると、そのような「課題克服」のようなところも演奏に出てきてしまうのかもしれない。それどころか、ある意味「課題克服」ということ、そのものが目的化されてしまうというか・・・それがピアノを弾くということになってしまうというか・・・

別に芸大生ではなくても、多くのピアノ学習者にとって、ピアノを弾くということは、どこか「課題克服」という側面はあるだろうと思う。新しい曲に取り組むとして、むろんその曲を弾きこなすためには、多くの課題があり克服していかなければ弾けないわけだから。幼い頃より真面目にピアノに取り組み、チェルニーなどの練習曲を100曲以上(50番終了という人はそうなるよね?)もこなし、指練習も真面目に取り組み・・・と言う人はアマチュアのピアノ再開組にだって多いと思う。このような場合、音大生ではなくたって、いつのまにか「弾きこなす」という手段が目的化されてしまうこともあろうかと思う。ピアノを弾く、曲を仕上げていくって大変なことだから・・・

むろん、そのような難行苦行(?)のピアノ道が当たり前になった人だって、「この曲が好き」とか「音楽が死ぬほど好き」という気持ちがあるのだと思うし、なければ続かないとは思うけれども、まずは「課題を・・・」という気持ちが優先されてしまうというか、それが癖になってしまっているというか。なんせ、長年「弾きこなす」ということが目的となってしまっているのだから・・・

ピアノのレッスンや練習、曲を仕上げていくということ、ここで考えなければいけないのは、曲が弾けた、練習の成果が出たという「達成感」だけではなく、本来心の内側にもっていたはずのもの、ここを忘れないようにすることも必要なのではないかと思う。

「ああ・・・素晴らしい曲、素晴らしい演奏・・・自分も触れてみたい」という純な部分。そして表現したいという火のような想い・・・

この部分をどこかに置いてきてしまってもピアノ道は進むことができる。ここに落とし穴があるのではないかと思う。「やるべきこと」「練習すべきこと」は山ほどあるわけだから・・・

本番前、いろいろと心配になる。「あそこが・・・ここが・・・」と。このような場合、「あそこが弾けました・・・良かった」ではないはずだ。これは「弾きこなす」ということを目的化した場合の感想だから。「あそこが・・・のように弾けますように」というのは、本来の目的ではなく、目的のための手段なのだから・・・

では本来の目的は?

ミシェル・ペトルチアーニが厳格というかスクエアなピアノ教師に「ピアノを習いたいんです。ピアノが好きなんです」と訪れたとしたら、その教師はこのように言ったと思う。「ピアノ?あなたの身体ではピアノなんてとても無理よ」と。

身長は1メートルしかなく、激しく弾くと骨は骨折してしまい、足もペダルに届かなくて、腕だって非常に短い。

「無理よ・・・ピアノなんて・・・」

でもペトルチアーニは「そうか・・・僕はピアノを弾くのは無理なのか・・・」とは思わなかった。

なぜペトルチアーニはあのような身体でピアノを弾こうと思ったのだろう?その部分・・・

その動機のようなものは、本来はピアノを弾く人は全員持っているべきものなのでは?

持ってはいるのだと思う。でも多くの人は、どこか長年の癖で「想うべき優先順位が逆」になったりしているのではないかとも思う。

ピアノの練習の前に自問自答してみる。「なぜ僕は練習するのだろう?」と。

kaz



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category: ピアノ雑感

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ガラスの骨のピアニスト 

 

演奏中に自分の音が聴こえなくなる・・・

これはいつもというわけではない。緊張していても、ずっと自分の音が聴こえていることもある。聴こえなくなる感じとしては、いきなり標高の高いところへ移動したりすると、耳がキーンと鳴るというか、音が遠くで鳴るというか、あの感じに近い。

いつそのような状態になるのか自分では予想できないところが辛いところではある。最初にこの状態になった時には、演奏を止めて一度退場しようかと弾きながら考えた。でも弾いてしまったけど・・・

何度かこのような状態になっているけれど、会場がざわつくとか、そのようなこともないようで、もしかしたら聴いている人には、ばれてはいないのかな・・・とも思う。

「途中で聴こえなくなりませんように・・・」「この体力でも最後まで弾けますように・・・」と健常者ならしなくてもいい心配はしなくてはならないし、正直、「なぜ僕だけ?」という思いはある。

その反面、「ピアノが弾けるのだから・・・」という思いもある。

ミシェル・ペトルチアーニというピアニストがいた。ジャズの人なのでクラシックしか聴かない人は知らないのかもしれない。この人は「骨形成不全症」という疾患があった。骨が脆く、生まれた時も骨折した状態で生まれたのだそうだ。ピアノの演奏中にも骨折したりしたという。

それでも弾くんだよね。僕は何故・・・とは思わない。弾くんだよね、ピアノがあるから。弾きたいから。

去年だったか、このペトルチアーニのドキュメンタリー映画が公開された。現在はDVDになっていると思う。

ピアノを弾くのが辛い時、練習が苦しい時、この映画を観てみるのをお勧めする。

この映画の中で、印象的な言葉があった。「ミシェルがピアノを弾くとミシェルの音がする。でも素人がピアノを弾くと、その楽器の音がする」・・・これは名言だと思う。

「僕を見て!僕は大丈夫!僕は楽しんでる!」 ミシェル・ペトルチアーニ



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category: kinema

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リハーサル 

 

昨日はピアチェーレのリハーサル。本番と同じ会場を借りてのリハーサル。

「本番と同じピアノで弾いてみる」という目的が大きいのではないかと思う。

自分の出来などは、まあどうでもいいことで、メンバーの演奏を聴きながら、思うことがあった。

まずは「皆本当にピアノが好きなんだなぁ・・・」ということ。当たり前のことだけれど、全員仕事を持ちながらピアノを弾いている。これはピアノが好きでなければできないことだと思う。ちなみに、本番まであと9日残されているわけだけれど、僕の場合、休みをとれる日が本番までない。ヘアカットにも行きたいけれど、時間が取れないので、本番当日に美容院に行くしかない。そんな感じ・・・でもピアノは辞めないんだねぇ・・・

あとは、ピアチェーレのメンバーが、世間で「~とされている」ということを覆しているんだということ。

世間で「~とされている」の中に「電子ピアノだと上達できない」というものがある。メンバーの中でグランドピアノで日頃練習している人はいない。アップライトで練習している人が一名。あとは、昔はグランドピアノで練習していたけれど、親から独立してからは電子ピアノで練習している人が一名、つまりほとんどのメンバーが電子ピアノで練習しているのだ。

大人からピアノを始めるのは難しい・・・などとも言われる。ピアチェーレのメンバーの多くは、いわゆる「再開組」ということになろうが、完全に大人になってピアノを一から始めた人も一人いる。彼の演奏を聴きながら、「大人・・・趣味・・・楽しんで習えれば・・・では歌謡曲でも弾ければ・・・」という方向だけに進んでいってしまうのは、なんとも勿体ないなどとも感じた。「大人から始めても、いわゆる難曲とカテゴライズされている曲も弾けるじゃない?」と。

ホロヴィッツ編の「死の舞踏」とか、バッハ~ブゾーニの「シャコンヌ」とか・・・

大人からのピアノでも弾けるじゃない?大人からだと指が動かない?子ども時代に音感は身につけておかなくては?・・・でも弾いている人もいるよ?

僕自身のこと、昨日は事件があった。前からたまにあるのだけれど、演奏中に自分の音が聴こえなくなってしまったのだ。もともと僕は難聴ではあるのだけれど、全く聴こえないということではない。でもピアノを人前で弾くとそうなる時がある。最初にこの「聴こえない」という状況を体験したのは、サークルの演奏会の時だったと記憶している。その時以来、「もし本番で音が聴こえなくなったら・・・」ということも想定して練習するようにしている。具体的には、電子ピアノなので、音を消して、手の感触だけで弾くという練習。自分の音が聴こえないと、暗譜というものに支障が出てくる。音を聴きながら判断しながら普通は暗譜で弾いているのだと思うけれど、その自分の音というものに頼れないわけだ。

でも「聴こえなくても弾ける・・・」と思う。自分の頭の中で指の感触から音を鳴らせばいいわけだ。その音を確認はできないので、そこが難しいところだけれど・・・

「~とされている」から「~する」というのも楽しくないんじゃないかな?一度の人生だし、ピアノが好きなんだから・・・

kaz

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category: ピアチェーレ

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リチートラの訃報 その2 

 

リチートラは昨年ではなく、なんと2011年に亡くなっていたらしい。

前記事で貼りつけたリチートラの日本へのメッセージ、そこで彼は9月に日本で歌うと言っていたけれど、あれはボローニャ歌劇場の日本公演のことだと思われる。その時のボローニャ歌劇場公演では、主要な歌手のキャンセルが相次ぎ、話題となったものだ。リチートラも来日しなかった。当時、放射能被害の報道は世界各地に伝えられていたから、歌手たちのキャンセルも予想できたところではあるけれど、リチートラは、日本に向けてメッセージを送っていたわけだから、彼のキャンセルには非常にがっかりした記憶がある。別にチケットを購入したわけではなかったが・・・

「なんだ・・・彼も来ないのか・・・あのメッセージは何だったの?」みたいな・・・

リチートラはキャンセルしたわけではなかったのだ。亡くなっていたのだ・・・

交通事故だったという。スクーター運転中の事故。病院に運ばれ、数日昏睡状態が続いたらしいが、亡くなってしまった。「脳死」だったという。まだ43歳だった・・・

リチートラは歌手を志したのがとても遅い歌手だ。20歳を過ぎて本格的に声楽を学び始めた。最初はデザイナー志望だったみたいだ。「サルヴォ・・・あんた、いい声してるわ。歌手になれるんじゃない?」と周囲が言うので、「では歌でも勉強してみようか」と思い立ったらしい。

これは個人的な印象だが、イタリア人という国民は、基本的に歌が上手いのではないかと思う。全く歌の勉強をしていない人でも結構いい声で歌ったりするから驚く。

歌手を志したのも遅かったけれど、リチートラはデビューも遅かった。30歳になって、やっと舞台に立てたのだから。

「修業時代はコンクールも受けた。たしか7つのコンクールを受けたけれど、見事に全部落ちたね。さすがに僕は歌手になるのは無理かな・・・なんて思ったりしたよ」

リチートラの才能を開花させたのが、あのカルロ・ベルゴンツィだった。彼はリチートラにこのように助言したという。

「君は自分の声に合った曲を歌っていない。非常に重い曲を歌いすぎる、無理をしている。今までのことは全部忘れなさい。できるかね?」

サルヴァトーレ・リチートラ・・・すべてにおいて「イタリア」というものを感じさせる歌手だったように思う。

kaz



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category: The Singers

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リチートラの訃報 

 

テノール歌手のサルヴァトーレ・リチートラが亡くなっていたそうだ。それも去年。全く知らなかった。

ファン・・・というわけではなかった。でも正統的なイタリアン・テナーとして、これから注目していこうとは思っていた。

亡くなってしまったとは・・・

個人的な知り合いでは全くないけれど、このような訃報というものは心に打撃を受けたりする。

正統的・・・リチートラはカルロ・ベルゴンツィの愛弟子だったから、イタリアオペラの伝統というものを引き継いでいく役割をも担っていたし、リチートラ自身もその役割を自覚していたのだと思う。

ベルゴンツィの訃報にも心が痛んだけれど、リチートラは、まだこれからの人という認識でいたので、なおさらショックなのだと思う。

kaz



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category: 未分類

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返信 

 

心ないメールをもらったこと、そのことを書いてから、多くの励ましのメールを頂いている。返信は考えないでくださいという方ばかりだし、実際に返信することも難しいのは事実なので、この文章を感謝の心を込めた返信としたい。アマチュアだの、プロだの、音大卒だの、そのようなことに捉われない人も多くいるのだ。

まだ記憶に新しいアメリカの同時多発テロ。ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が激突し、ツインタワーは崩壊、多くの人が亡くなった。

このツインタワーに激突した旅客機にブライアンは乗っていた。ビルに激突する数分前にブライアンは携帯電話で妻に電話をしている。自宅の留守番電話にその時のブライアンのメッセージが残っていた。

「いいかい、僕の乗っている飛行機がハイジャックされた・・・とにかく君を愛している。それだけは覚えていて。良いことをして楽しい人生を送って欲しい。両親もみんなも、本当に愛している!」

激突されたツインタワーから亡くなる直前に電話をした人も多い。ビヴァリーは夫からの電話を受け、心から安堵した。夫の仕事場であるツインタワーに飛行機が激突し大変なことになっていると知り、夫の身を案じていたのだ。夫からの電話が鳴った時、夫は避難したのかと思ったのだそうだ。

「僕はまだ105階にいる。愛しているよ・・・」

その時、電話から轟音が聞えた。ビルが崩壊し始めたのだ。夫は電話が切れるまでビヴァリーに言い続けた。

「愛している・・・愛している・・・愛している・・・」

人は人生で無条件の愛というものを学ぶのだそうだ。人生には苦難がつきものだけれど、それは無条件の愛というものを学ぶレッスンなのだそうだ。愛を与え、そして愛を受け取る。その連続が人生であり、そして本当の愛、無条件の愛というものを真から知り、学んだ時に人生のレッスンというものが終わるのだと・・・

これはエリザベス・キューブラ―=ロスという精神科医の教えでもある。彼女は「死」というものを専門的に研究した人だ。

愛というものを追い求める、この時の心の動きというものは音楽から受ける心の動きと非常に類似しているように思う。音楽というものは、3分間であれ、10分間であれ、30分間であれ、人生の類似体験のようなものなのではないかと思う。何かを追い求めるのだ。そして何かが与えられ、何かが受け取られる・・・

人生において追い求め、受け取り、そして与えるべきものが「愛」なのだとすると、音楽もまた「愛のやりとり」、そしてその時の心の動きというものを追い求めるということが「音楽をする」ということになりはしないかと・・・

そのように考えれば、「音楽をする」という立ち位置にいるということは素人でも音大卒でも同じなのではないだろうかと・・・

心の動きを求めていく、愛という説明できないもの、それを求めていくというただそれだけ。その欲求があるのか、それともないのか・・・ただそれだけ・・・

そのような意味においては、プロも自分も同じところにいるのだと僕は思う。傲慢なのだろうか?また「素人の分際で生意気だ」とか言われるのか?

僕は傲慢だとは思えないし、言いたいことを言う人には言わせておけばいいと思う。

大事なのは、僕自身が音楽というものを「人生というものの類似体験」と考えていて、「愛」というものを追い求めていきたいということ。

不遜なのか?もしそう思う人がいれば、それはそれでいいと思う。

僕はアマチュアだけれど、たとえば、このロドルフォ・メデーロスのような演奏に憧れるし、追い求めていきたいと思う。上手くなりたいというよりは、彼と同じものを追い求めていきたい・・・

世界的なバンドネオン奏者と自分というものを同じ立ち位置にしてしまうということは、傲慢なのだろうか?メデーロスも愛を求めていると感じる。自分も・・・

メデーロスは、もともとは生物学を勉強していた人だ。そのメデーロスを音楽の世界にいざなったのは、あのピアソラなのだ。ピアソラは感じたのだと思う。メデーロスという若者が愛を追い求めているということを。自分と同じものを求めているということを・・・

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同じ人間なのに・・・ 

 

彼はギタリスト。セルビアというところで生まれた。ネマニャさんという・・・

セルビア・・・かつてはユーゴスラビアと呼ばれていたところだ。

そんなに昔のことではない。ほんの15年ほど前のことなのだ。この地域には紛争があった。空爆を恐れる日々、食べ物も尽きてしまう日々、飢える人々、泣き叫ぶ子どもたち・・・破壊される街、破壊される故郷・・・

ネマニャさんは、そのような厳しい現状でもギターの練習を続けた。彼はギターを、そして音楽を愛していたから。

ネマニャさんは、たくさんの涙を押さえこみ、飲みこみながら成長した。

「まだ自分の心を癒せない」とネマニャさんは言う。

昨日まで親しくしていた友人が敵となり、闘わなければいけない日々、同じ民族同士でさえ、殺し合わなければいけない日々、ネマニャさんは、それらのすべてを自分の胸に押さえこんだ。そうしなければ生きてはいけなかったから・・・

「同じ人間なのにな・・・」

何度も何度もネマニャさんは感じた。「同じ人間なのに・・・どうして?」と。

平和が訪れてもネマニャさんの心の奥底は癒えることがなかった。心の奥底で叫ぶ声が消えない。

「同じ人間がどうして・・・」

ネマニャさんはクラシックギターを学んだ。ある日、子どもの頃から大好きだった映画音楽のメロディーが次から次へと頭に鳴り響くようになった。ネマニャさんは、それまでそのような音楽、クラシック以外の曲を弾いてみようと考えたことはなかった。そのような発想そのものがなかった。

「同じ音楽なんだ・・・同じ音楽・・・」

ふと、その映画のメロディーをつま弾いてみた。そして弾きながら、逃げ惑う親子の姿、瓦礫と化した街の中で泣いていた老婆の姿、かつて15年前に目にした光景がネマニャさんの頭の中に浮かんでは消えていった・・・

「同じ人間がどうして?」

ネマニャさんの心の奥はまだ癒えない。でも彼はクラシックのギター曲と共に、大好きだった映画音楽をも弾くようになった。自分でギター用に編曲して・・・

弾きながら、どうしても紛争時代のことが頭の中を駆け巡ってしまうという。心の中で泣きながら弾くという。

「同じ音楽なのだから・・・」そう思いつつギターを弾く。

ネマニャさんはいう。「区別、差別をしないこと・・・これを伝えたい。心から伝えたい。それは生き残った人間の使命だと思うから・・・」

ネマニャさんは、今日も映画音楽を弾く・・・



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ブギウギマンからのメール 

 

「アマチュアいじめ」という記事で紹介した自称ピアノ講師の方からのメール、僕は気にしない、落ち込まないと書いたけれど、やはりそのようなメールは読んで気持ちのいいものではない。

「その方、おかしいですよ。病んでいます。気にしないで」というメールも多数頂いたけれど、やはり演奏会直前なので、気にはなるなぁ・・・

実は書かなかったけれど、僕が動揺してしまったのは、その自称ピアノ講師の方の次のようなフレーズ。

「あなたの演奏も実際に拝聴させて頂きましたが、背伸びをして難曲を弾くよりも、子どもの時に挫折をしたバイエルやブルグミュラーの続きからきちんと勉強した方がいいと感じました。あなたの先生が、そのような身の丈を考えないような曲を、あなたに弾かせているのにも疑問を感じます。やはり、あなたがアマチュアだからということで甘くしているのでしょう。プロの世界はそんなに甘いものではないのですよ。ピアノ講師というプロの耳で判断すると、あなたの演奏はアマチュアそのものです。その程度の演奏を人に聴かせようと思うまえに、やるべきことはたくさんあるのではないでしょうか?」

やるべきことはたくさんあるとは僕も思うけれど、でもこのメールを書いた方は本当に僕の演奏を実際に聴いたのだろうか?昨年のピアチェーレの演奏会だろうか?それともサークルの演奏会?師事している先生の発表会?ではその方はピアノを弾いている僕とブログというものを、どうやって結びつけたのだろう?

聴いてはいないのかな・・・と思う。

気にしないように・・・と思っても、演奏会直前だとやはり気にしてしまう。だから、この自称ピアノ講師の方と正反対の意見を持つ人たちのことを思い出そうとしてしているのだと思う。アントニオにしてもパウロにしても、「アマチュアなんだから・・・」と僕が言うのをとても嫌がる。

プロもアマチュアも究極のところは「追い求めるもの」としては同じなのではないかと僕は思う。でもこの考えそのものが生意気ということなんだろう。

彼も「アマチュアだし・・・」ということを僕が強調するのをとても嫌った人だった。

「そんなの関係ある?」「なんでそんなことを言うの?」「本当にそう思うの?」「それは不健全な考えだよ」「素人だから・・・なんて絶対に思ってはいけないよ」

彼の演奏を実際に聴いた時は少々驚いたものだ。

「演奏が楽しいし、その楽しさを聴いている人に届けたいんだ。それだけじゃダメかい?」

「僕はプロじゃないんだ。ブギウギマンなんだ」

「もうすぐ演奏会だろう?何かを聴いている人に届けよう。そのピアノの先生は少し変だよ。だから気にせずにkazの持っている何かを伝えようよ。フロリダのブギウギマンより・・・」



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category: ピアチェーレ

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アマチュアとか専門とか趣味とか・・・ 

 

アメリカに留学しただけで英語がペラペラになると思っている人が多いのには驚くばかりだ。僕は6年もアメリカに住んだけれど、そして留学中は一度も日本には帰らなかったし、日本人留学生とも、つるまないように努めたけれど、英語はとても苦手だった。むろんトーフルのスコアは大学院側が要求するスコアをクリアしていたけれど、それでも英語は苦手だった。

留学での収穫は、英語の上達でも、一流企業に就職ということでもなければ、お金儲けということでもなかった。まず、そのようなことを人生において重視するような人は留学はしないと思う。留学というのは、一度は日本でのレールをはずれるということだから・・・

最も大きな収穫は、異人種の友人が多くできたということだ。ちょっとしたことで、考え方や捉え方の違いなどを感じることができるという意味で、外国人の友人を持つ大切さを感じている。病気ということでもそうだし、ピアノや音楽ということでも・・・

留学中は、僕はピアノを弾く人ではなかったので、音楽について語り合ったということはなかった。その頃にもプロのピアニストの友人がいたけれど、ピアノの話をしたりということはなかった。帰国して日本でピアノを弾き始めて、ヨーロッパやアメリカで留学時代の友人と再会するようになって、音楽のことを話したりするようになった。

むろん、僕はピアノ留学をしたわけではないから、友人たちも専門に楽器を学んできたわけではないが、でも趣味で楽器を楽しんでいる友人は多くいるし、彼らの先生とか、知り合いのプロの演奏家などを紹介されたりする機会は増えた。

彼らと話をすると、アマチュアとかプロとか、そのようなカテゴライズをしない人が多いのに気づく。

ピアノを習う・・・専門的に?それとも趣味で?

このような考え方・・・というか少なくとも、彼らから、このようなことを質問されたことはない。

趣味だから楽しくとか、アマチュアだから・・・とか、そのような言葉を彼らは言わない。不思議だ。なんとなく「音楽をする人」「音楽が好きで聴くだけではなく自分でも表現したい人」という共通意識があるような気がする。

友人の誕生パーティーで、紹介されたパウロ。ブラジル人っだったと記憶している。友人が僕をピアニスト(!)と紹介する。

「学生時代からの友人なんだ。kazといって、日本人のピアノ弾きだよ。kaz、こちらはパウロ。ブラジル出身の歌手で僕の友人なんだ。気が合うかと思って・・・」

「僕はパウロ。歌手なんだ。君はピアニストなんだってね。楽譜もあるから一緒に音楽でもどう?」

「でも・・・僕はアマチュアだし、初見とかも苦手というか、正式に学校で学んできたわけではないんだ」

「そんなことどうでもいいじゃないか?やろうよ?」

「でもパウロはプロの歌手なんでしょ?ブロードウェイの舞台でも歌っているという・・・僕は素人だから・・・」

「いいからいいから・・・」

パウロと一緒に演奏した曲は、まぁ僕でも弾けるようなシンプルな伴奏だったんだけど、でも歌と合わせるのは楽しかったな。

「楽しいじゃない?もっとやろうよ?」

「でも僕は素人で上手くないし・・・」

「なんでそんなことばかり言うんだ?音楽をするかしないか、したくないか・・・それだけのことじゃないか?プロとか素人とか、そんなことより、音楽で通じあえたのだから、そのことが楽しいんじゃない?」

「kazは本当に歌が好きなんだよ。僕はそれを感じる。それでいいじゃない?それだけでいいじゃない?」

パウロと音楽を共にした時間は実に楽しかった。

「kaz、素人だから・・・なんて言っちゃだめだよ」

日本でも「素人の分際で・・・」などと直接言われたことはないけれど、でもネットなどでは言われた(書かれた)ことはあるし、自分に対してのことではなくても、「専門だから・・・」とか「趣味だから・・・」みたいな文章を読んだりすると、なんとなくそれが普通のことのように思えたきたりはする。だんだんと・・・

「どうせアマチュアなんだから」「まだ初歩なので」「自分は上級者ではないので」「音大に行くわけではないので」

ひとまとめにして「音楽をする人なので・・・」ではいけないのだろうか?

パウロの歌声・・・ピアノは僕ではありません。

kaz



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category: ピアノ雑感

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ピアノ演奏は3分間のドラマ 

 

友人とアントニオはイタリア語と、何故かドイツ語で会話をしていたと思う。このあたり、ヨーロッパ民族は凄いと思う。イタリア語だろうが、ドイツ語だろうが、僕には理解できない言葉なので、二人の会話は解らなかった。でも僕に話す時は英語で話す。アントニオが英語で僕に言っていたことで、印象深い言葉がある。

演奏というのは、一種のドラマなんだそうだ。映画といってもいい。台本、脚本というものがある。これが音楽であれば楽譜にあたるものなのだそうで、演奏するということは、この脚本をもとに、演奏者自身が監督、プロデューサー、そして俳優を兼ねることと同じことなのだそうだ。

なので、演奏者は脚本の単なる再現者ではなく、演じる俳優であり、全体をつかさどる監督でもある。

「演奏ってドラマを演じる感じと同じなんだと思うよ・・・」

ドラマを演じる、そして観て(聴いて)いる側は、そのドラマの世界を楽しむ・・・

でも、それは才能ある一部のプロのみが到達できる世界なのでは?アマチュア、つまり素人がそのようなことを考えて、そしてそこを目指して演奏するのは不遜なのでは?我々はホロヴィッツでもハイフェッツでもないのだから・・・

なので、我々アマチュアは不遜になることなく、できるだけ一生懸命に弾くことだけを考える。人がどのように感じるか・・・なんて、それはやはりプロの世界のこと。そのようなことを考えることそのものが不遜なのでは?

「まずはきちんと弾けなくては・・・」「まずは自分がどこまで弾けるか・・・」「人がどう思うかなんて・・・」「聴いている人がどう感じるか・・・そんなことをアマチュアが考えるのは不遜・・・」

「僕はその考えが理解できないなぁ・・・」とアントニオ。

「ではこういうことかい?アマチュアは自分中心で聴衆の前に登場して、自分だけの出来栄えを気にして演奏するべきで、そのことが許されると?アマチュアらしく?自分だけの出来栄えだけを気にして人前で演奏して、それが許さると甘えること、そちらの方が不遜なんじゃないか?」

kaz

これはアントニオの楽しい3分間のドラマ・・・



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category: ピアチェーレ

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セピア色の後悔 

 

ピアチェーレの演奏会では、一番初めにレオ・ブローウェルの「11月のある日」を演奏する。この曲は同名の映画のための音楽だった。僕は「11月のある日」というキューバの映画を観たことはないし、これからも観る機会はないだろうと思う。

しかし、この映画のストーリは自分の人生と重なるところもある。脳腫瘍(脳動脈瘤)により、余命僅かだと宣告される青年。その青年は自分の人生を再構築しようとするのだ。自分の生き方、自分の家族、自分の恋人・・・今のままでいいのか、今までの自分の生き方でいいのか・・・と。

この部分が自分と重なる。これは病気を患った人であれば、理解できるところなのではないだろうかと思う。病気ということではなくても「人生の秋」という時期にいる人であれば・・・

ブローウェルはこの映画のための音楽をギター独奏曲に作り替えた。そしてギター曲「11月のある日」はギタリストたちの愛奏曲となっていった。

独奏曲としての「11月のある日」は、セピア色の後悔・・・

人生の秋、この時期にはかつての想い出を想い返すことが多い。病気などを患えばなおさらだと思う。でも不思議なことに、想い出すのは、楽しい笑いさざめくような想い出ではなく、どこか哀しい想い出ばかり。そして後悔ばかり・・・

セピア色になってしまい、日常では想い返すことなどない想い出、後悔・・・それらのものが微かな胸の痛みとなって甦ってくる。

「11月のある日」・・・それは聴く人それぞれの淡い、セピア色の哀しい想い出・・・

そのような音世界を再現できればいいと思う。

kaz



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category: ピアチェーレ

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アマチュアいじめ 

 

アマチュアでもサークルなどに所属していれば、演奏の機会そのものは多かったりすると思う。複数のサークルに所属して、それぞれの練習会でマメに演奏するとしたら、それこそ毎月本番ということも考えられる。でも基本的にそのような演奏の場は、「知っている人の中で弾く」「仲間の温かい視線の守られ弾く」ということになる。

アマチュアでも演奏会を企画し、会場を予約して・・・となると、むろん日頃のピアノ仲間も聴きに来てくれるだろうけれど、この場合「知らない人に演奏を聴かれる」ということになる。さらに、練習会では「聴く人」=「弾く人」であるわけで、このような本番と、演奏会では聴衆の質も変わってくるだろうと思う。「聴く人」は「聴く人」なわけだから・・・

そのあたりが心理的に大きなプレッシャーになったりはする。また、アマチュアの場合、本格的な演奏会に向けての手順というものにも慣れていないのでは?練習会であれば、「とにかく日頃の成果を・・・」でもいいのかもしれないが、演奏会だと「知り合い」だけではないので、それだけでもいけないと思うし、練習の持っていき方とか、心理的なものとか・・・とにかく慣れていないと感じる。僕だけなのかもしれないが・・・

まぁ、一言で説明すれば、「今は不安がいっぱい」という感じではある。

そのような心理状態の時にもらったメール。自称ピアノ講師の方からのメールだ。

「アマチュアの人って気楽ですよね。素人なのに演奏会だなんて。プロの方たちがどのような苦労を重ねているのか想像することすらできない。それができればそんなに気軽に演奏なんてできないはず。私たちピアノ講師だって人前で演奏するのには勇気が必要です。もちろん絶え間ない努力も。なによりも専門的に勉強してきたというところが、あなたたちアマチュアとは異なるところなのです。だからこそ、人前で弾くのが怖いのです。アマチュアの安易な姿勢というものに大いに疑問を感じます」

という内容。メールの送り主が本当にピアノ講師なのか疑問だ。なんとなく違うような気はしている。これは「嫌がらせメール」としか感じられない。

昨年も同じようなメールをもらったことがある。たしか、その時は自称音大生からだったと記憶している。昨年は、演奏会を企画して・・・ということも初めてだったから、大いに揺れ、動揺したものだ。

今回も「ドーンと落ち込む」ところだが、今回はそうはならない。

細かな説明は端折るけれど、今年スペインとイタリアを旅する機会があった。その時はアマチュアである友人のギタリストも同行してくれた。その友人の先生であるプロのギタリストに僕は演奏を聴いてもらった。レッスン・・・ということではない。レストランにピアノがあり、たまたまそのような状況になったのだ。僕はアルコールも入っていたし・・・

その時は「アルフォンシーナと海」を弾いたと記憶している。その友人の先生であるプロのギタリストはこう言ったのだ。

「あなたには私よりもラテンの血が濃く入っている」と。その時の聴き手が友人だけであったなら絶対に言わなかったことを僕は言ったのだと思う。「アマチュアなので、本当に恥ずかしいのだけど」のように。なにしろ、その先生はCDも出していて、ヨーロッパでは割と有名なギタリストのようだったので、無意識に自分がアマチュアということを「言い訳」にしたのだ。

「アマチュアだろうがプロだろうが関係ないと思う。僕はあなたの演奏で心が動いた。それでいいと思うし、それだけが大切なことのように思う。あなたの演奏を聴いて涙が出ました。そしてラテンの魂を感じました。それでいいのだし、それだけでいい。アマチュアだろうが、あなたを音楽をする仲間だと私は感じました」

今回は「アマチュアいじめ」のメールを読んでも動揺しない。彼の言葉を選択する自分がいるから。

そのプロのギタリストはアントニオという名前だった・・・



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category: ピアチェーレ

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メロディーは死滅したのか? 

 

バーブラのCDのお礼メールをしながら、昨今の音楽談義を送ってくれた友人としていた。

「もう人間には素敵なメロディーは生み出せないんだよ」と友人は言う。

たしかにそうなのかもしれない。これはポップスや歌謡曲の世界だけではなく、クラシックの曲でも同じなのかもしれない。僕は思いつかない。クラシックの曲で、ここ最近作曲された「美しいメロディーの曲」というものを・・・

メロディーは死に絶えたのか・・・

これはクラシックの曲もそうなのかもしれないが、今までは「革新的」「刺激的」「斬新なもの」というものを追っていたのかもしれない。でも世の中は疲れてしまった。人間が・・・というべきか・・・

打ち込み音による、これでもか・・・というほどの刺激的な大音響の音楽・・・でも、ふと返りたくなるのかもしれない。美しいメロディーというものに。でも最近生み出された美しいメロディーって?

「時代は昔に逆戻りしているんじゃないかなぁ?音楽だけではなくね。人々は疲れてしまったんだよ。だから自分の感情を揺さぶるような何かを自然と求めるんだ。かつて感じた何かをね。でも現代には、そして未来にもそのようなものはもう無いんだ。だから昔に戻る」

「バーブラのアルバムがこちら(アメリカ)で爆発的に売れているのは、若い世代がこのアルバムを買っているということだと思う。バーブラの昔からのファンだけではこうはならない。バーブラの新作を聴いて、こんなに美しいメロディーが、かつてはあったんだと発見する若い世代が多いということだと思うな。昔を懐かしむ世代、そして若者、この両方の心をバーブラは捉えたのではないかな?僕はそう思うけど・・・」

メロディーは死に絶えた?人間には美しいメロディーをもう生み出せない?

そんなことはないと思いたいが・・・

でもこれから、このような美しいメロディーは生み出されるのだろうか?

kaz



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category: Barbra Streisand

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親の七光り 

 

「親の七光り」という言葉がある。自分の親が偉大であると、その子どもは大変なのではないかと思う。得することも多いのかもしれないが・・・

バーブラの新作「パートナーズ」・・・そのデュエットの相手、ライオネル・リッチ―、スティーヴィー・ワンダー、ベイビーフェイス、ビリー・ジョエル、アンドレア・ボチェッリなどの名前はあまりこの種の音楽を聴かない僕でも知っている名前だ。

デュエット相手の名前の中にジェイソン・グールドの名前があった時に、この「親の七光り」という言葉が浮かんだのだ。ジェイソン・グールド・・・知っています?

彼はバーブラの実の息子だ。最初の夫、エリオット・グールドとの間にできた子どもで、バーブラにとっては一人息子になる。以前、バーブラは自分が監督した映画にジェイソンを出演させた。この時も「親の七光り」という言葉が浮かんだけれど、ジェイソンの演技は素晴らしいものだった。といっても、英語で演技された映画を観て、僕がどれだけジェイソンの俳優としての能力を判断できたのかは非常に疑わしいところだが・・・

母親がバーブラ・ストライサンド・・・

ジェイソンには二つの人生が選択できたはずだ。まずは、母親とは全く異なる人生を歩むこと。サラリーマンとか?この場合、「ねえ、ジェイソン、あなたのお母さんを紹介してよ」「いいけど・・・僕の母は有名人なんだ」「誰なの?」「あのバーブラ・ストライサンドなんだ」「またまたぁ~」のような場面も人生にはあるのだと思う。

でもジェイソンはそのような人生を選ばなかった。母親と同じ道を歩んだのだ。

かつてバーブラは「ファニーガール」というミュージカルに主演したことがある。主人公であるファニーがスターになるにつれ、夫のニックとの仲が上手くいかなくなり、最後は破局するという内容のミュージカルだ。最初の夫、エリオット・グールドとも同じような破局だったという。バーブラは端役として、スターであったエリオットが主演するミュージカルに出演した。その時に二人は知り合い結婚したのだが、やがてバーブラの人気が高まり、自分と立場が逆転してしまう。格下であった妻がアカデミー賞やグラミー賞を獲得するようなスターになってしまった。こうなると愛情がどうとか、愛しているのに・・・といったことだけでは済まされなくなるのだと思う。

夫婦は所詮は他人・・・なのかもしれないが、親子でも同じ道を歩むということは、いろいろと難しいこともあるだろうと思う。なにしろ親は、あのバーブラなのだから・・・

決して追いつくことも、ましてや追い抜くこともできない親の存在、なかなか厳しそうではある。

ただ、ジェイソン、バーブラ、親子の初デュエットを聴いてみると、ジェイソンは歌手として、かなりの才能を持っているのがわかる。正直、かなり驚いた。「ここまで歌える人だったとは・・・」と。

考えてみれば、バーブラという人は歌手としてもプロデューサーとしても大変厳しい人であると思えるので、「息子なので・・・」という理由だけで自分のアルバムでのデュエットは許さなかっただろうとも思う。

ジェイソン・グールド・・・今まで苦労したんだろうなぁ・・・などと思ってしまった。彼も、そろそろ50歳なんだねぇ・・・

kaz



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category: Barbra Streisand

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72歳かぁ・・・ 

 

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(2014/09/16)
Barbra Streisand

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「たぶん練習に明け暮れているか、練習もできないほど心配している頃じゃないかと思って・・・」と友人がCDを送ってくれた。「Barbraの新作でも聴いて違う世界に浸ってみるのも本番まえにはいいと思うよ」

バーブラ・ストライサンド・・・そうか、彼女の新作か・・・真っ青になって鍵盤に向かっているよりは、バーブラでも聴いてみるのもいいかもしれない。

彼女の新作は、デュエット集。「パートナーズ」というアルバムだ。あまりポップス系の音楽は聴かないのだが、バーブラはとても好きで、彼女のアルバムは全部持っているほどだ。そのバーブラの新作のことを他人から教えてもらうなんて、ちょっとショックではあるけれど、それだけ「自分が演奏する」ということに集中していたのかもしれない。追い詰められていた・・・というか。

さて、その「パートナーズ」を聴いて、クオリティの高さに驚いた。このアルバムはバーブラの最近のアルバムの中でも出色の出来なのではないだろうか?聴いて、まず「これは売れるな!」と思った。

友人の手紙には、このアルバムのチャートなどの情報は書かれていなかったのだけれど、アメリカではビルボードのアルバムチャートの1位を獲得したのだそうだ。

バーブラのアルバムチャート1位のアルバム、通算10枚目になる。これは歴代4位ということになる。女性歌手としては最高位だと思う。(1位はビートルズの通算19枚)

それよりも、驚くべきことはデビュー以来、1960年代、1970年代、1980年代、1990年代、2000年代、そして2010年代と6ディケートにおいてチャート1位のアルバムを発表したことだ。デビュー52周年になるという。大御所になると、どこか「チャート」というものとは無縁のものとなっていくのが普通だと思うが、そこがバーブラの凄いところだと思う。

デュエットの相手は、バーブラのことだから大物ばかりなのだが、たとえばライオネル・リッチ―のような「いかにもバーブラと合いそう」という歌手の他に、意外な組み合わせもあって、とても面白い。

マイケル・ブーブレとのデュエット、僕には意外な組み合わせだった。でも考えてみれば、ブーブレの声とバーブラの声は合うような気がするし、ブーブレといえば「スタンダード」というところもあるので、意外ではないのかもしれない。

ちなみにバーブラ・・・72歳なんだよ!

kaz



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フィルの大きな木 

 

僕には闘病仲間のような人が多くいる。癌患者へのサポートしては、国内にも沢山あり、中には患者同士で集い、旅行に出かけたりとか、イベントを企画し参加したりとか、そのようなアクティブなものもある。僕はそのような活動を否定はしないけれど、現状は忙しいので参加してはいない。基本的には壮健な人と同じような生活をしているけれど、癌仲間(?)でメールのやりとり、そのような仲間、友人は多くいる。日本国内にもいるけれど、海外の人が多い。ここに登場するフィル(仮名)もそんな癌仲間の一人。

フィルが「やり残し」ということについて考えさせられるメールを送ってきた。やり残し・・・日頃は考えたくはない、どちらかというと避けたいような心の奥底にある感情、でもそれを解決しないと安らかに死ねないという・・・それが「やり残し」だ。

別に癌患者ではなくても、誰でも「人生のやり残し」というものは抱えているのが普通だ。でも多くの人は「人生というものはなんとなく続いていくものだ」と感じ、そのやり残しを先送りしているに過ぎない。

フィルはデトロイトの非常に貧しい家庭に生まれた。荒廃した家庭だったという。家庭も、住んでいた地区も。フィルは父親に育てられた。母親はフィルが幼い頃、失踪していたし、年の離れた兄は麻薬患者のための施設で亡くなったのだという。父親は、デトロイト産業でもある自動車工場で働いていたが、自動車産業が傾くと、次第に父親自身も荒れていったのだという。それでもフィルには優しかった。酒に溺れて、どこか荒んだ生活をしていた父親をフィルは避けるようになっていった。

「僕は、こんなところで死にたくない。父のような人生はイヤだ。貧困から抜け出すんだ。僕は父のような負け犬のような人生は御免だ」

フィルはデトロイトを去った。新しい人生のために。父親のことを考えなくもなかった。気にはなっていた。でも手紙を書いても返事はこない。電話は父親の家にはなかったし、ネットなどという時代でもなかった。フィルは父親のことを切り離したのだ。考えないようにした。手紙に返事がないのも父親からの拒絶と感じたし、デトロイトを出る時にフィルは言ってしまったのだ。「僕は父さんのような生き方はしたくないんだ」と。父親は初めてその時にフィルを倒れるまで殴り続けたという。そのことも心のわだかまりになっていた。

ある時、病院のスタッフから電話があった。「フィル?あなたのお父さんのことだけれど、もう長くはないの。癌の末期なのよ。あなたが唯一の血縁者だし、お父さんには友人もいないみたいだから、連絡してみたの。お父さん・・・あなたに逢いたがっているわ。やり残しがあるみたい。逢ってあげて。デトロイトまで来られるかしら?間に合わないかもしれないけど・・・」

フィルはカリフォルニアからデトロイトに飛んだ。「間に合いますように・・・」と願いながら。十数年ぶりに訪れたデトロイトの街は荒廃しきっていた。フィルの胸は痛んだが、でもデトロイトと父親から離れたのは間違えてはいなかったのだとも思ったりした。

病室での父親は静かに眠っているように見えた。

「父さん・・・」

父親は言葉を発することができなかった。静かにフィルを見つめるだけだった。

「お父さん、この本をあなたに渡したかったみたい・・・」とナースが父親の代わりに言った。その本は絵本だった。ボロボロの絵本。父親がフィルの幼い頃、誕生日にプレゼントしてくれた本だった。

「まだ持っていたのか・・・」

父親は眠りに入った。フィルは、そのボロボロの絵本を手にし、父親の脇で読み始めた。シェル・シルヴァスタインという人の書いた「おおきな木」という絵本だった。

おおきな木おおきな木
(1976/01)
シェル・シルヴァスタイン

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子どもとリンゴの木は仲良しだった。子どもが成長して青年になると、リンゴの木に言った。「僕はお金が欲しい」と。リンゴの木は「では僕からリンゴをもいでお金にしなさい」と言った。さらに子どもは成長してリンゴの木に言った。「結婚したんだ。家が欲しいんだ」「では私の枝を切って家を建てなさい」・・・「僕は外国に行きたい。船が欲しいんだ」「では私の幹で船を作りなさい」

子どもは老人になった。木が訊ねた。「何が欲しいんだい?僕にはもう何もないよ」と。老人になった子どもが言った。「僕も老人だ。欲しいものは何もない。ただ休める場所が欲しいんだ」

リンゴの木は、切り株だけになった体を精一杯伸ばした。老人になった子どもはそこで休んだ。子どもも木もお互いにそれで満足だった・・・

フィルは「おおきな木」を読み終え、父親に言った。「父さん・・・愛している・・・父さんは僕の誇りだ」と。

父親は、また目を開いた。少しだけ頷いたように見えた。翌朝、父親は眠るように亡くなった・・・

「僕の父はやり残しがあったのだと思う。それは僕に愛情があったということを僕に伝えるということ。そして僕自身にもやり残しがあった。それは父に僕の気持ちを伝えるということ。愛していると最期に言うことだ・・・」

フィルは父親を看取った後、自分の生まれ育った界隈を車で走ってみたという。そこはフィルの記憶以上に荒廃しきっていた。その荒廃した生まれ故郷を見ながら、人生から抹消してしまったデトロイトという街、そして父親との想い出というものがフィルにとっては実は大切なものであったと悟ったのだ。

フィル自身も父親と同じく癌を患うこととなった。

自分の人生のやり残しは何だろう?フィルは考えた。

「デトロイトに住もう。僕の故郷なんだから・・・僕はデトロイトで生まれ育ったのだから・・・父の愛した街だったのだから」

フィルは現在はデトロイト在住である。

デトロイトという街、むろん街全体が荒廃しきっているわけではない。でも「デトロイト?行きたくはないな・・・」というアメリカ人は多い。そして治安も実に良くないという。なにしろ破産してしまった都市なのだから・・・

荒廃したデトロイトの地域、それは日本人からは想像できないような現状だとフィルは言う。



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一体感の連結作用 

 

クラシックが苦手な人の共通した意見として、「クラシックの演奏会って対話がない、聴き手との一体感が感じられない」という意見が多い。「小難しい」とか「退屈」「解らない」と彼らが感じるのは、「一体感の欠如」というものが大きな要因となるようだ。

クラシックの演奏会でも実際に客席から手拍子が起こったりとか、一体感の生まれやすい場面はあるけれど、でもこれは例外的なのではないだろうかとも思う。基本的には聴き手は曲が終わるまでは音を立てずに静かに聴いているのが普通だ。

一体感の欠如というもの、これは演奏に責任があるのだと僕は思う。どんなに演奏が表面的には達者であっても、聴いている人が退屈してしまえば、その人は居眠りをするか、プログラムを眺めるしかやることはなくなる。「まだ終わらないのかな・・・」と感じつつ。

クラシックを聴きこんでいる人ならば、退屈の原因は演奏にあると判断するのだろうが、そうではない場合、演奏からの印象というものは曲の印象との総合的なものになりやすい。「クラシックってつまらない、難しい・・・」と思う人がいるのは、演奏がつまらないからなのでは?曲そのものは芸術として評価されているものなので、退屈の原因は自分の知識のなさ、感受性の低さだとどこか思う。なので「退屈と感じた自分」を「クラシックはわからないから・・・」と思う。

演奏会が近づいているから、なおのこと思うのかもしれないが、「自分がどのように弾けるか」という部分を本番で発揮してしまうと、それが聴き手に伝わってしまうと思う。でもそれでは、演奏者の必死な様子とか一生懸命さは伝わるのかもしれないが、音楽としては伝わるものがなくなってしまうのではないか・・・

「よく練習してあるわ」とか、「よく指が動くのねぇ・・・」「ミスなく弾けて凄い」とか・・・この部分に共感するということは、たまたまその人もピアノを弾いていて、演奏者の、そこに至るまでの過程というものが理解できて、演奏者の裏の苦労、または自分との比較という聴き方が成り立つ場合なのかもしれない。でもそれは「感心」なのでは?「感動」ではなく。そもそも「感心」を伴う音楽の聴き方そのものが特殊であると思う。

別に手拍子が起こらなくてもいいのだ。そのようなことではない。でも聴き手との一体感が欲しいとは思う。それは演奏者が意識して望んで得られるものではないとも思うが、でも退屈されてしまい、曲が終わってお義理で拍手・・・これはイヤだ。

「ああ、やっと終わった・・・」という解放感(?)からの拍手はイヤだ。そのような空気は残酷なほど伝わるから。会場が「退屈だな・・・」という空気に支配されるというか・・・

演奏者が本当に内から音楽を愛していて、共感する部分がある。そしてそれが伝わる。「いいよね・・・この曲、いいよね・・・」という根本の部分。そこが伝わる。「いいね・・・本当にいいね・・・」と聴き手も感じる。そのエネルギーが一体感として連結する瞬間・・・

この瞬間がエクスタシーなのだと思う。

これは、エディ・ヒギンズの一体感ある演奏。「いいよね・・・」「そうだね・・・いいね」・・・演奏者、聴き手、そして音楽との連結・・・



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