ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

温泉宿とピアニスト 

 

先日、友人に誘われて温泉に行ってきた。僕の趣味・・・というか道楽は温泉旅館に泊まること。ずっと働いているのだし、僕の場合は、闘病という側面も生活の中にあり、「今まで頑張って生きてきたで賞」的な意味合いもあるので、たまには贅沢もいいのではないかと思う。

温泉旅館といっても、「超」がつく高級旅館に宿泊するのが趣味なんですよねぇ・・・

自分の稼ぎで楽しむことが基本だけれど、「退院祝い」とか、そのような意味合いで友人から誘われることも多い。そのような場合は、もちろん自分の宿泊費は当然負担するけれど、僕の趣味ではない・・・というか、自分の選択では選ばないような宿に宿泊することも多い。先日宿泊した伊豆・土肥の「富岳群青」という宿もそんな宿だった。

このタイプの宿と同じ感じなのが、鳥羽の「御宿 The Earth」とか熱海の「ふふ」などではないかと思う。思い切り部屋が贅沢な感じで、もちろん部屋には専用露天風呂、食事は食事処で・・・というタイプ。布団ではなくベットなので、仲居さんが出入りすることもなく、思い切りプライベート感覚を楽しむことができる。僕自身はアメニティとか、興味のない夢のない人間なのだけれど、人によってはアメニティが「ブルガリ」だったりすると、すごく嬉しいらしい・・・

もちろん、「超」高級(値段も超高級!)なので、不満なところなどないのだけれど、なんというのか、その宿ならではの個性というものには乏しくなるというか・・・

人々(特に乙女?)が喜ぶであろう・・・というものを「詰め込みました、これでどうでしょう?」的な感じが個人的にはする。それがいけないわけではないけれど・・・

どこか、コンクールで優勝するようなピアニストタイプのような宿・・・と言えようか?「自分たちの想い」というよりは、宿泊者(審査員)の最大公約数的美点を追及しているとでも言いますか・・・

個人的には、昔ながらの(?)仲居さんが料理の配膳、説明をしてくれて、布団は男衆が担当、女将の挨拶があり・・・というような部屋食基本の宿が好き。たとえば、修善寺の「あさば」のような宿・・・

このタイプの宿は、往年のピアニストタイプの宿と言う感じがする。その宿にしかない特色、空気があり、そこを何よりも大切にし、売りにしている。「富岳群青」と「ふふ」との印象は、どこか似ていて、何年か後には二つの宿の記憶としては曖昧になってしまう(宿泊時は感動していても)ところがあるけれど、老舗タイプの旅館は、記憶の劣化がない。際立った「その宿ならではの、もてなし」というものがあるからだと思う。

個人的なお気に入り宿は、福島・飯坂温泉の「御宿 かわせみ」という宿。「あさば」とか「俵屋」は「引き算的美学」による宿なのだと思う。料理から接客からすべてが・・・

「かわせみ」も基本的にはそうなのだけれど、ここは料理が「足し算美学」の宿なので、そこが好き。ワクワク感がある。

いつまで道楽が続けられるだろう・・・

「富岳群青」の動画を貼りつけてみました。良かったですよ~

kaz



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12歳までに習わせるべき習い事の第1位・・・ピアノ 

 

12歳までに習わせるべき習い事の1位がピアノなのだそうだ。脳科学者たちの意見だそうで、たしかにピアノを弾くということは、脳の活性化にとても良さそうだ。

「だからピアノを習いましょう!ピアノを習うと学校の成績も良くなるし、計画性も養われるし・・・」

そうなんだと思うなぁ・・・

でも「脳とピアノ」、僕のようなピアノ挫折組には「脳の活性化に失敗したんですねぇ・・・」と僻み根性で捉えてしまうところもある。「僕って、頭悪かったんだぁ・・・ピアノを辞めてしまったのは頭が悪いからなんだぁ・・・」と。

少し前に、ある中学生からメールを頂いた。「あなた、学校の成績良くないでしょう?あなたのピアノ聴いていればわかるわ!」と先生に言われてピアノを辞めてしまったという。なんてひどいことを言うんだろう。でも、僕も小学生の時に、このフレーズは言われ続けていたんだよね。「あなた、頭悪いでしょう?」と。

実際に悪かったんだと思う。楽譜の仕組みが理解できないなんてね・・・

その時はメールの中学生のように、やはりとてもショックではありました。心に傷・・・という感じですね。そもそも、何かのために、たとえば成績向上のためにピアノを習っているわけでもないと思う。「音楽」「ピアノ」が好きだから弾いているわけだ。「何かのために・・・」じゃないよね・・・と思う。

習わせる側にも「脳活性化」ということを考えてピアノを習わせることもあるのだろうか?「今から学習塾というのもね。そこまでガツガツしなくてもね。でもどうせだったらピアノがいいんじゃない?脳の活性化にもいいみたいだし」ぐらいの感じで習わせる、ピアノが好きとか、そのような理由でなく・・・

あるんだろうなぁ・・・と思う。

あくまでも、ピアノは「好き」だから弾くんだよねぇ・・・と思う。何かのため・・・ではなく・・・

でも、このような演奏を聴くと、「ピアノ演奏」=「脳内活性」ということは、成り立つのではないかとも思えてくる。

今習っている先生は「君、子どもの頃成績良くなかったんじゃない?」なんて絶対言わないと思うけど、今の僕だったら大人なので(生意気なので?)、落ち込むんでしまうよりも、このように思ってしまうだろうと思う。

「12歳までに習わせるべき習い事の1位ではなく、ピアノって12歳までに辞めてしまう習い事の1位じゃないんですかぁ・・・」と。

「脳活性」と「ピアノ」は、たしかに関係はある・・・と思う。

でも「好き」だから弾くんだよ?

kaz



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先生が弾いてはいけない理由 

 

赤ペン先生ではないにしても、「安易に先生は弾かない方がいい。特に導入においては・・・」という意見を持つ先生は多いようだ。「先生は弾けなくてもいい。ピアニストじゃないんだから・・・」という意見には全く同意できないが、「弾かない方がいい」に関しては、僕も考えるところがある。

かつて、某音楽教室に関係していたことがあった。この教室には楽譜の読めない生徒が実に沢山いた。自分で予習できない生徒、なので練習しようにもできない生徒の存在があった。多くの生徒はグループレッスンを経験していた。まずは、耳から入ってゴージャスなサウンドを体感してしまう。その代償として、読譜に問題ありの生徒が続出・・・

「弾けない・・・つまらない・・・辞める・・・」の無限ループ・・・

「A子ちゃん、次の曲はこの曲ね。先生が弾いてみるから聴いててね」・・・はまずいだろうと僕でも思う。僕自身も読譜ができなくて苦労したので、読譜力というものが大切であることはよくわかる。

でも、ピアノって読譜ができて、そつなく弾ければいいというものでもあるまい。音楽ってそんなものではないはずだ。読譜力に問題がある場合、読譜ができる能力の取得ということが「小目標」となるはずだ。でもそれは、「究極目標」ではない。究極目標は音楽としてのピアノ、演奏、そのようなサウンドへの具体的奏法というものだと思う。導入であっても。究極目標のためには、やはり先生が弾いてあげるべきだと僕は思う。

このような意見もある。「音楽とか、そんなことの前に全く練習しない生徒がほとんど。レッスン中も集中力が続かないし、なんのためにピアノを習っているんだろうと思う生徒ばかりなのが現実。それが街のピアノ教室の実態。教材研究をして少しでも練習してきてくれるような曲や教材を探さないと本当にやっていけないのが現実!」

そうでしょうとも!それが現実でしょう・・・と思う。世の中、セミナーが大流行りなのも、「練習しない生徒」というものが重く存在しているからこそだと思う。でも思うのです。それも「小目標」でしょう・・・と。素人意見だけれど、今のピアノ教育界は小目標が究極目標化しているな・・・と。

子どもの能力を信じることでしょうかねぇ・・・いつかは開眼すると・・・空しい希望なのだろうか?

30年ぶりにピアノを再開して、ようやく現在師事している先生に巡り合った。先生は本当によく弾いてくれる。ピアノは一台しかないので、立ったり座ったりと、レッスン中は実に忙しい。

弾いてくれる先生に巡り合って、そして先生の演奏、もちろん曲の一部を弾いてくれるだけなのだが、その影響力の大きさに僕自身驚いた。やはり、CDや演奏会場で聴くのとは違うのだ。傍で、同じ空間というか部屋、同じピアノで弾いてくれるのは、やはり違う。サウンドのインプットのされ方が全然違う・・・

説明だけでも生徒は理解できるのかもしれないが、まず先生が弾いて、「えっ、どうしてそんなに素敵に弾けるの?どうして私が弾くのと全然違うの?」とサウンド体験させてから、脱力だの、腕の使い方、手首の使い方・・・などの説明に入っていった方が、特に子どもの場合はいいのではないだろうか?

僕の先生のレッスンは、なんとなくヴェンゲーロフのレッスンに似ていると思う。模範の示し方とか、説明の仕方とか・・・

世界的なヴァイオリニストのマスタークラスだから、生徒もみな実に達者だ。特に二番目の「バスク奇想曲」を弾いている女の子は上手だと思う。でも、ヴェンゲーロフとは違うのだ。彼が弾く音色と生徒のそれとは全く違う。その違いは紙一重のような僅かなものだけれど、素人にもその違いは、はっきりと感じられる。このような場合、「才能の違いって残酷よねぇ・・・」という捉え方もできようが、僕はこう思う。ヴェンゲーロフの模範演奏での「一音」というものは、生徒に確実にインプットされているな・・・と。むろん、すぐにヴェンゲーロフのようには弾けない。でも理想サウンドの例として脳内にインプットされれば、自然とそのサウンドを追い求めていくようになっていく。それがどんなにはるかに遠いところであっても・・・

先生が弾くということの大きな意味はそこにあるのではないだろうか?

サウンドは体感したら忘れない。そのサウンドを生徒は追い求めるようになる。やはり、その体感の感激度、衝撃度は、CDの演奏でもなく、有名ピアニストの演奏会でもなく、やはり「先生」なのだと僕は思う。

ヴェンゲーロフのマスタークラスと街のピアノ教室を同じにしてはいけないのだろうか?

でも・・・同じ「音楽」だよ?

kaz



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category: レッスン

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フリードマンごっこ 

 

僕の演奏を実際に知る人、ピアノサークルの人たちとかだけれど、その人たちにピアノ歴を訊かれることがある。その場合、僕の公式ピアノ履歴というかレッスン歴を話す。「小学生で辞めて、バイエルが終わらなくてブルグミュラーの25の練習曲を数曲弾いて、トンプソンという教本の1巻の初めだけ少しかじった。その後30年ピアノは弾いていなくて、30年後にピアノを再開した」・・・そう説明すると、大抵驚かれる。「一日に何時間練習しているの?」とも訊かれる。「弾けない日も多くて、仕事にでかける前、早朝に30分練習したり、深夜寝る前に15分練習したりとかだよ」・・・この答えにも大抵驚くようだ。

おそらく、人と違うことをしているとすれば、それは今でも「フリードマンごっこ」をしているということだろうか?

フリードマンごっこ・・・

小学生の時、フリードマンのレコードを目をハートにしながら聴いていた。彼の演奏も僕の理想サウンドだったから。フリードマンがメンデルスゾーンの無言歌を演奏しているレコードがあって、その演奏を聴きながら、「僕にも(曲は)弾けるかも・・・」と思ったのだ。早速駅前のレコード店の隅のコーナーにあった楽譜売り場で全音の無言歌の楽譜を買って、僕は弾き始めた。

頭の中のフリードマンの演奏を追い求めて、僕はフリードマごっこをしたのだ。実際の彼の演奏を真似した・・・というより、もっと漠とした理想サウンドを追い求めたのだ。これが「フリードマンごっこ」だ。

レッスンで「フリードマンごっこ」をすることは一切なかったし、家で自己流で一人で弾いていた。その時は、「なんなの、その変な弾き方は?」などと注意もされなかったし、自分だけの世界、自分だけのピアノだった。

「フリードマンごっこ」は、時には「ローゼンタールごっこ」になったり「ホフマンごっこ」や「ホロヴィッツごっこ」になったりもした。でも完全なる自己流世界、自己流サウンドだったとも思う。先生は往年のピアニストたち・・・

30年後、ピアノを再開した時、僕はバイエルの続きを弾こうとは思わなかった。チェルニーを弾こうとも思わなかった。でも「フリードマンごっこ」は再開した。というより、現在の僕の演奏を支えているもののすべてが「フリードマンごっこ」なのだ。

30年前とは異なり、ネットで先生を探した。何人かの体験レッスンを受けたりもした。そして、初めて僕の「フリードマンごっこ」を認めてくれる先生に出逢った。「変だよ・・・その弾き方」ではなく「いいですねぇ・・・」と認めてくれた。

現在の僕の演奏、少しだけ人と違うとしたら、それは今でも「フリードマンごっこ」をしているからだ。

そう思う・・・

kaz



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category: 履歴書

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理想サウンド 

 

豊潤な和音の響き、その圧倒的な響きの中に浮かび上がるクリスタルクリアな音、メロディー。そのクリアな音は硬質というのではなく、どこかセクシーで哀しくもある・・・

これが僕の理想とするピアノのサウンド。まぁ、実際に具現化するのは困難ですね。不可能ですらある。でも追い求めることが楽しいの・・・これが現在の僕のピアノ道でもある。

この理想サウンドというものを、初めて実感したのも小学生の時。ゲザ・アンダのレコードを聴いた時だ。この時は、多感な少年時代だったから、その日の夜は眠れなかった。それほどの体験であり、興奮でもあったのだ。

自己流でショパンやらベートーヴェンを弾くうちに、なんとなく楽譜も読めるようになり、「バイエル」も弾けるようになった。ただ困ったことにもなった。僕としては、バイエルにも「理想サウンド」を求めてしまうのだ。

「なんなの?その変な弾き方は・・・」

先生は「もっと鍵盤のそこまで、きちんと弾きなさい」と注意する。でも、そう弾くと、僕としては理想サウンドから離れていき、「コンコンコン」とか「カンカンカン」というサウンドになってしまう。実際に僕の弾き方も相当変だったのかもしれないが・・・

教室にはソナチネやそれ以上のレベルに達した生徒も多かった。でもその人たちの演奏も「コンコンコン」「カンカンカン」というようなサウンドで、僕の理想とするものとは大きく異なっていた。

この時の僕は、「どうやったらゲザ・アンダのような音が出せるのだろう?」と悩んでいた。頭の中では、理想の音が鳴り響いていたけれど、具体的な奏法を知らなかった。その具体的な奏法を知りたくて知りたくて、どうかなりそうだった。

先生を変えたりもした。でも言われるのは「その弾き方はやめましょう。もっとしっかり弾きましょう」で、コンコンコン、カンカンカンの世界に戻されてしまう。

もしかしたら、この時に言ってはいけないことを先生に言ってしまったのかもしれない。

「ゲザ・アンダというピアニストのような音で弾けるようになりたいんです・・・」

「ゲザ・アンダって誰?まだバイエルでしょ?そんなこと考えるのは早いわよ!」

先生に弾いて欲しいな・・・と思った。でもそれは言えなかったな。どうしても・・・

まぁ、その時は子どもだったし、幼かったし、なんだか悔しくて、レッスンの帰りに泣きましたねぇ・・・

でも、どうしてもコンコンコン、カンカンカンという音世界でピアノを弾きたくはなかった・・・

「まだ早い」・・・ではいつになったら具体的な奏法を教えてくれるのだろう?ゲザ・アンダのようなサウンドに憧れるのは先生が言うように「生意気!」なのだろうか?ソナタやショパンをレッスンでも弾けるように進んだレベルになれば教えてくれるのだろうか?でもそのレベルの人もコンコンコン、カンカンカンと弾いてるよ?

この時、僕はやってはいけないことをした。自分で「音楽」と「ピアノのレッスン」というものを切り離してしまったのだ。レッスンではコンコンコンと弾いた。疑問に感じつつ・・・

「ピアノは小学校を終えたら辞めよう・・・」

その時、心に誓った。

kaz



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category: レッスン

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赤ペン先生・・・ 

 

「いろおんぷ」という教材からスタートしたのが敗因なのだろうか?バイエルに昇格(?)したときに、全部が黒い音符なので、とても困ったのだ。「バイエル」という教材そのものが敗因の原因だったのだろうか?今だったら、子どもの興味の持てるようなキャッチ―な教材が沢山あるから、僕もそのような教材や曲を与えられていれば僕の子ども時代のピアノ道も違っていたのかもしれない。

そうだろうか?そうではない・・・と自分の内側の何かが叫ぶ。

僕の場合、どこか特殊だったのだ・・・とは思う。楽譜は全く読めないくせに、鍵盤で遊び弾きをするのが大好きだった。同じ旋律でも調が変わると彩りが変化するのが楽しかったし、転調したりする時のサウンドの変化も好きだった。つまり、楽譜は読めないのに即興演奏を楽しむ変わった子どもだったのだ。

ピアノを弾くという行為が、頭の中にあるサウンドを具現化するものだと思っていた。なので、真っ白な状態で楽譜を読んでいき、曲にしていくという行為そのものが、どこか異質のものと感じてしまっていたのだ。

素敵なサウンド、音を追い求めるということ、これは僕だけに備わっていたものではないと思う。子どもだったら、誰でも素敵なサウンドに開眼する能力は備わっているはずだと僕は思う。ただ多くの子どもは開眼せずにピアノを辞めていく・・・

先生自身がピアノを弾く大切さは、ここにあるのだと僕は思う。子どもに「えっ、ピアノってこんなに凄いサウンドが作れるんだ」「ピアノの音って素敵なんだ・・・」と肌で感じさせること、先生自身がシンプルな曲、あるいはワンフレーズであっても生徒に実際に示すことが大切なのだと思う。

僕のかつての先生は、高音部で、「こうでしょー」とカンカンカンとは弾いてくれたけれど、素敵なサウンドを示してはくれなかった。

大人になると、どこか頭で理解するところがあるけれど、子どもの時って、物凄く「感覚的」だったりすると思う。この時にサウンド開眼できるかできないか・・・

教材研究も大切だけれど、先生自身が理想サウンドで弾ける・・・ということが、より大切なのだと僕は思う。

先生は高音部で「カンカンカン」としか弾いてくれなかったけれど、小学3年生の時に、僕はサウンド開眼をした。沢山のレコードを聴いたのだ。手に入りやすい日本人ピアニストなどの演奏ではなく、往年の偉大なピアニストの演奏に出逢ってしまったのだ。この時に「音楽開眼」「サウンド開眼」したのだと思う。

ローゼンタールのショパンを聴いた。普通は「ショパンが弾きたい」という思いが初めにあるのだろうけれど、僕は「ローゼンタールのような音世界、サウンドに触れたい」と思ったのだ。ショパンの曲ではなくローゼンタールに恋したのだ。

全音ピースの楽譜を買ってローゼンタールの弾くノクターンを弾いてみた。この時、それまで全く読めなかった楽譜も次第に分かるようになっていった。「楽譜の仕組みってこうなっていたのかぁ・・・」

バイエルではダメだったのだと思う。でもキャッチ―な曲でもダメだったのだと思う。僕の場合は、具現化したい・・・と思うような演奏(サウンド)が初めに存在していなければ、ダメだったと思う。それは今でもそうだ。僕の場合、選曲基準は「曲」ではない。「演奏」なのだ。必ず、僕に「弾きたい」と思わせるような演奏との出逢い、触れ合いがあった曲を僕の場合は選曲している。簡単に言うと、耳から入るタイプということなのだろう。

子どもの場合、「脱力して~」とか「綺麗な音で弾いて~」と口頭で説明するより、先生がじかに弾いちゃったほうが早いのではないかとも思う。それには、先生は「具体的な奏法」に関して熟知している必要があるし、その奏法で実際に弾いてあげられる能力がなければならないと思う。

「赤ペン先生の何がいけないんですか?」というメールを頂いた。僕は赤ペン先生はいけないよなぁ・・・と思う。何がいけないか・・・ということを僕なりに書いてみた。素人意見だが・・・

kaz



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category: 履歴書

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チケット申し込みは来月1日からです。 

 

教室の発表会やサークルの練習会とは異なり、ピアチェーレの演奏会のような場合は、異なったものが要求されるような気がする。そのことを考えると、少々気が重い。むろん、我々はプロではないので、無料の演奏会ではあるけれど、我々の演奏を聴くために、わざわざ聴きに来てくれる・・・というところが発表会や練習会とは異なる。

聴きに来てくれた人が「来て良かった」と思うか、思わないか・・・

これはハードルが高い。でも、僕自身も人様の練習成果を聴かされても、それは興味の持てないところなので、いくらハードルが高かろうと、「何か」をせねばなるまい。

ピアノ(に限らずだが)演奏の残酷なところは、最初の数分聴けば、あとの展開が予想されるような演奏は、誰もが退屈だ・・・というところだ。特に、今回の演奏会のように、一人30分のステージだと、特にそうだと思う。

聴き手の予想、最初のフレーズを聴いた時に、聴き手は無意識に予想するのだ。その無意識の予想よりもはるかに上回ったサウンドを提供できなければ、聴き手は退屈してしまう。

自分がいかに弾けるか、練習の成果を出せるか・・・

むろん、ここも考える。というか、今はこのことしか考えられない。でも本番でそれをやってしまったら・・・

さて、このブログは本来は、「ピアチェーレ」演奏会のための広報用として立ち上げたもの。本来も目的とは大きくそれて、自分の好き勝手なことを書き散らかしているけれど、今回は本来の目的に戻って宣伝してみようと思う。

このブログにリンクしてある「ピアチェーレ」をクリックすると、ピアチェーレのホームページが出てくる。そこにメールフォームがあるので、そこにメールすると、こちらからチケットが印刷されたPDFが返信される。面倒だけれど、そのPDFを各自がプリントアウトして、演奏会当日持参して頂くようになる。

「そんなの面倒だわぁ・・・」という人もいよう。プリンターを持っていない人もいよう。その場合は、直接僕にメールを頂ければ、当日受付にチケットを用意しておくことも可能。ハンドルネームではなく、「田中」とか「山田」のように本名で申し込んで頂きたいです。

受付は「10月1日から~」となっています。

僕の場合、パソコンに疎いので、自分の演奏をブログに公開することが(今のところ)できない。公開したい思いはあるけれど、技術的制約(?)があり、当分先のことになろう・・・

この機会に、kazという人物の演奏を聴いてみたいという人は、是非聴きに来てください。

kaz

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category: ピアチェーレ

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コンパルソリー 

 

ピアノとフィギュアスケートとは似ていると思うことが多い。技術と表現というものが一体となっていて、本来は切り離せないものなのに、実際には多くの人が「技術」と「表現」というものを切り離して捉えてしまっているという点で特に思う。そして「基礎力」というものの捉え方ということでも似ているな・・・と。

ピアノの場合、「テクニック(メカニック)」があると解釈されるのは、たとえばショパンのバラードのコーダをミスなく弾き切るとか、エチュードを高速で弾き切るのように解釈されがちだ。

スケートの場合は、4回転が跳べるとか、三回転ー三回転のコンビ―ネーションが跳べるとか、主にジャンプ能力において秀でている場合、技術があると捉えられがちだ。

ピアノの場合、基礎力とか技術を身につけるという場合、チェルニーの練習曲を何回も反復したり、ハノンを何回も反復したりして、「動く指」を獲得する・・・のように思われがちだけれど、本来、基礎力とか技術というものは、もう少し違うものなのではないかと感じる。「動く指」ではなく「音の出し方」・・・

一音を鳴らす技術、和音の弾き方、和音の響きの上に浮かび出る一音の出し方・・・のような。

70年代のスケート選手の演技を観ていて、感じたことがある。「現在の選手よりも基礎力、技術力があるな」と。

この「基礎力・技術力」ということを「何回転跳べる」のように解釈してしまうと(ピアノの場合、高速で弾けるとか指の回りが達者のように)、70年代の選手たちは、ジャンプの回転数は少ない。女子シングルの場合だと、3回転ジャンプそのものがプログラムに組み入れられていない場合もある。

「なんだ・・・ダブルアクセルだけじゃん・・・」

基礎能力、技術というものをジャンプの回転数と思ってしまうと、当然30年、40年前の選手たちの演技はレトロな感じがする。でも基礎能力、技術というものを「スケーティング」と捉えると、この時代に活躍した選手たちは凄い。

たとえば、演技の最初から最後まで「一定のスピード」で演技している。一連の流れの中で各エレメンツをこなしている。現代の選手で高得点の獲得できる選手(たとえ転んでも)は、ここができていると感じる。そうですね、パトリック・チャンとか・・・

残念ながら、現代の選手の多くは、ジャンプの回転数は見事だけれど、ジャンプのあとに減速してしまったりと、どうも「一連の流れの中で」ということでは、過去の選手たちに見劣りする人が多い。特にコンパルソリー廃止以後、このような選手が多くなったように感じる。2回転から3回転まで回転数そのものは進化したけれど、全体の「流れ」は停滞してしまっているような?

約35年前の演技で、レトロな感じはするけれど、去年の全日本選手権で彼女ほど「一定のスピード」「スムーズな流れ」の中でエレメンツをこなした選手はどれくらいいただろう・・・などと思う。

「最初から最後までスピードが変化しない」「各エレメンツ毎にスピードが変化しない」・・・技術をスケーティングと解釈するならば、ピアノの場合も技術、基礎力というものの意味も違ってくるのではあるまいか?ピアノにも「コンパルソリー」という考えが必要なのではないだろうか?

kaz



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category: The Skaters

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立ち位置 

 

消してしまったコメントなのだけれど、「本当にピアノ教師からのメールが殺到するのですか?」というコメントがあった。ピアノ教師関係、ピアノ教育関係の文章を書くと、いつも大体50通ほどメールが来る。文章によってピアノの先生からのメールが多かったり、習っている人や保護者からのメールが多かったりするし、半々ということもある。

「本当に殺到しているのか?」ということだけれど、前回の文章「ブルグミュラーだけど・・・」には42通のメールがあった。30通がピアノの先生からだった。「殺到」という言葉は少々大袈裟なのかもしれない。全国には何万(?)というピアノの先生がいると想定すれば、30という数字は微々たるもの。「殺到」ではないのかもしれない。

でも、メールを開いて42通のメールを通知されれば、僕としては「殺到」と感じる。くり返しメールをくれる方もいるけれど、ほとんどは知らない方からのメールなので、42通のメールに圧倒され、そして「殺到」と感じるのだ。

さて、僕はピアノを教えた経験はもちろん皆無なので、やはりピアノの先生独自の悩みなどは理解できないところも多いのだろうと思う。立ち位置としては僕は学習者なので・・・

でも、想像はできる。いろいろな生徒(子ども)がいるんだろうなぁ・・・と。実は、僕は過去に公立中学校の教員だったことがある。担任も受け持っていた。なので分かる。「ピアノ」とか「音楽」などと言う前に、「しつけ」をしてください・・・と言いたくなるような生徒も多いのだろうなと。

一生懸命教えようとしても、やる気を見せないばかりか、まるで無関心というか無気力というか、そのような生徒だって多いのだろうなと想像はできる。でも教えなくては!仕事なんだから・・・その辛さは僕も経験している。

でも何故か、ピアノの先生の悩みよりは、習っている人からや保護者からのメールに心が痛むことが多い。たとえば「子どもは楽しそうにレッスンに通っています。先生のことも大好きみたいです。でも、親からみても、この子はいつまでたっても弾けるようにならないなと思います。私はピアノなんて弾けないので家で練習させることもできません。先生は一生懸命なのでしょうね。でもなにかが違うと感じてしまうのです」のような保護者からのメールを読むと、心がハラハラと痛んでくるのだ。

何故だろう???

これは僕の過去に関係があるのだと思う。子供時代の暗いレッスンの想い出・・・

ここに直結する何かがあるのだろうと思う。でも自分のことを知るのは難しい。なので、いまだに分析できないでいる。

昔習っていた先生への「恨み」という感覚とは違うような気がする。そうではなく、あの頃の僕と同じような、または似たような感情を味わう可能性がある生徒(子ども)が今現在いるのだ・・・という感覚、この感覚が心をハラハラとさせるのだと思うのだが・・・

でも自己分析は苦手だ。

kaz

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category: 未分類

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ブルグミュラーだけど・・・ 

 

自分の演奏、自分のピアノというものを追及しないで、どうしてピアノを教えることができるのだろう?ピアノ教師は、自分のピアノで自身が悩んでいるのが普通なのではないか・・・

このような内容の文章を書くと、多くのピアノの先生から反論のメールが殺到する。むろん、中には僕の意見に同意してくれる先生のメールも少ないながらある。「そうですよね、自分で弾かないで何故人に伝えられるのでしょう?」と。

でも、圧倒的に反論のメールが多い。反論メールをまとめると、大体次のようなものとなる。

「演奏のプロがピアニスト。教えるプロがピアノ教師。自分が弾けるからといって、教えられるとは限らない」

「ピアノ教師は教材研究をしたり、セミナーに参加したりして指導法の研究をしたりするのが仕事。ここを極めていこうとすれば自分の練習なんてしている時間はないし、それで普通だと思う」

「教師が弾けなければいけない理由が分かりません」

「指導のプロであり、そして経営者でもあるのがピアノ教師。音楽家である優先順位が上である必要はないのでは?」

「ピアノ教師はピアニストである前に教育者なのです」

そうなのかなぁ・・・

圧倒的に上のような意見が多いので、自分が間違えているのではないかという気がしてくる。

むろん、弾ける=教えられる・・・ではないだろうけれど、弾けない=でも教えられる・・・という思考は理解できないなぁ。

なにも毎年自主リサイタルをしろと言っているわけではないのだ。日常のレッスンで、ちょっとした時間に弾く先生の演奏・・・これは生徒にとって大きいと思う。レッスンごとにラフマニノフやリストの大曲を弾いて欲しいわけではないのだ。

「模範演奏をしてしまうと生徒の読譜力が育たないのです。CDを聴くことも禁止しています」

たしかに耳で弾いてしまうと僕のように読譜力に問題のある生徒が育ってしまうかもしれないが、でも自分の過去の経験から、やはり先生の演奏は聴きたかったと思う。あの時、先生が弾いて聴かせてくれたら・・・と。

子供の頃、発表会でブルグミュラーの曲を弾くことになった。たしか、25練習曲の「子供の集会」という曲だったと記憶している。先生に怒られても(怒鳴られても?叩かれても?)弾けなかったですねぇ・・・

ブルグミュラーなんて大嫌いだった。「なんて面白くない曲なんだろう」と思っていた。

その時、先生がもし「ブルグミュラーにも、こんなに素敵な曲があるのよ・・・」と弾いてくれたら・・・

たとえば、この動画の人のようにj自分の先生がブルグミュラーを弾いてくれたら・・・

この動画の人のようにブルグミュラーを弾くためには、ピアノの先生であっても、やはり自分の演奏に関しての追及を捨ててしまっては、このようには弾けないのではないだろうかと僕は思うのだが・・・

ピアノの世界の扉を開いてくれる人、音楽への開眼へ導いてくれる人、それがCDや有名なピアニストではなく、実際に習っている先生であったなら、生徒にとって、とても幸せなことなのではないだろうか?

違うかなぁ・・・

kaz



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category: レッスン

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このピアニストの演奏、聴いてみませんか? 

 

僕は日本人のピアニストの演奏は、あまり積極的には聴かない。量としてはCDをメインに沢山聴いてはいるけれど、正直、いいな・・・と思える人が少ないのだ。

僕の好きなピアニストは、自分の先生を含めて4人・・・

草野政眞氏は、その4人の中の一人。でも音楽雑誌に頻繁に登場するわけでもないし、この人の演奏を聴いたことのない人のほうが多いのではないかと思われる。

チェルカスキーが草野氏の演奏を聴いた時、「私はあなたのことを知りません。何故でしょう?」と言ったそうだけれど、僕も「あなたのことを知らない人が多すぎます。何故でしょう?」と言いたい。

ぺナリオの「皇帝円舞曲」・・・ぺナリオ以外の演奏を初めて聴いた。

草野氏が有名にならないのも不思議だし、ぺナリオの曲が演奏されないのも不思議だ。もっとも、「皇帝円舞曲」は10度が軽々届かないと演奏は難しいと思うけれど・・・

多くの人に認知されている有名ピアニストだけではなく、自分だけのお気に入りのピアニストの演奏を聴くのも、またいいものだと思う。

kaz



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category: ピアニスト

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早すぎたエスプリ 3 

 

智恵子は銀行家シャトネ家に預けられることになった。シャトネ家の一人娘がピアニストでもあったのだ。そのシャトネ家で、智恵子はピアノの他に、西洋のマナー、フランス語も身につけていったのだろう。多感な少女時代、智恵子は西洋文化の中で育っていった。

二年が過ぎ、智恵子のピアノの実力も目覚ましく伸びていた頃、パリ音楽院を受けることになった。パリの日本館長のシルヴァン・レヴィがこう提言したのだ。「パリ音楽院を受けたらどうでしょう?そこでピアノを教えているラザール・レヴィを紹介しますよ」・・・

智恵子はパリ音楽院でラザール・レヴィに師事することになった。そして、日本人として初となるプルミエ・プリで卒業する。この時の卒業コンクールを聴いていた日本人男性がいる。作曲家の池内友次郎とピアニストの井口基成である。池内は智恵子より先にパリ音楽院で学んでいたが、まだ卒業できていなかったし、井口は年齢制限のためパリ音楽には入学できなかった。自分たちより年若い少女が、プルミエ・プリを獲得し卒業してしまう・・・

この時、この二人の日本人男性は、どのような気持ちで智恵子の演奏を聴いていたのだろう?池内は「先を越された」と感じたのかもしれない。井口は、日本で身につけたピアニズムと本場でのそれとの違いを肌で感じ、自身もその問題で悩んでいたに違いない。しかし、智恵子は日本のピアニズムとは無縁の流麗なピアニズム・・・

複雑な思いで聴いていたのではないだろうか・・・

池内は「父、高濱虚子」の中でこのように書いている。「智恵子さんの卒業コンクールを井口基成と傍聴した。その日のお昼は近くの料理屋で食事を共にした。井口は赤葡萄酒をがぶがぶ飲んでいた」

智恵子は卒業後もパリに残り助手として研鑽を積むつもりであった。そのための資金の援助を申し出たのがラザール・レヴィ、そしてアルフレッド・コルトーであった。当時、一度ヨーロッパを離れてしまい帰国してしまったら、再び帰ってくるのが容易でないことを二人は知っていたのだ。しかしながら、日本ではプルミエ・プリを獲得した智恵子の日本デビューが計画されていた。

「何故私に相談もせずに決めてしまわれたのですか?」

智恵子はこのようにも語っている。「まだ演奏会などをするほど偉くはありません」「私、天才少女と呼ばれるのは大嫌い。それに私は少女じゃなくってよ!」

渋々ながら、智恵子は日本に帰国しピアニストとしてデビューすることになる。華やかに活動しながらも智恵子の中で再びパリで勉強したいという思いが強くなっていった。

「まだほんの素人で、音楽家なんて言われるのは恥ずかしいんです・・・」

しかしながら、智恵子には相談する人もいなかったし、ましてや智恵子にピアノ、そして音楽を指導できる人物なども当時の日本にはいなかった。

「まだ自分は未熟なのだ。日本で自分は持ち上げられているけれど、自分はまだまだ勉強すべきなのだ。ああ、パリ・・・パリでもう一度勉強したい・・・」

続く



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category: 開拓者

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父の温もり 

 

父との想い出はあまりない。出張で家にいないことが多かったから・・・

でも、幼い頃、父が僕を後ろに乗せて自転車を漕ぎながら歌っていた記憶はある。曲名は想い出せないが、父の背中の記憶は印象に残っている。

父はハーモニカを吹くことが好きだった。父の膝の上で僕は父のハーモニカを聴くのが好きだった。

曲は想い出せない。でも父の温もり、そして父のハーモニカの音色は今でも僕の耳に残っている。

ハーモニカの音色は人間の声みたいだな・・・と思った。まるで人が歌っているようだと・・・

ピアノは習っていたけれど、先生にとって僕は落ちこぼれの生徒だったのだろう。実際にそのように言われていたし。

その頃のことを想い出す。なぜピアノが弾けなかったのだろうと・・・

僕の中では音楽への想いがあったと思う。叔父さんが歌ってくれたりレコードを聴かせてくれた。父が歌ってくれたりハーモニカを吹いてくれた。音楽への憧れは僕の中に確かに芽生えていた。

なぜにピアノを習っていながら、その想いをピアノに託すことができなかったのだろう・・・

その頃の先生に、もし会ったとしたら、このように言いたい。「何故ピアノを弾けるようにしてくれなかったんですか?」と。そして、あの頃の自分にも問いたい。「何故ピアノを弾けるように練習しなかったんだ?」と。

結びつかなかった・・・としか言いようがない。自分の内面に育ちつつある音楽への憧れ、叔父さんのギター、父のハーモニカ、それらの音色と自分のピアノのレッスンというものが結びつかなかった。

「練習してきなさいよ。ここで練習してどうするの?何故こんな簡単な曲も弾けないの?何回言わせれば気が済むの?」

先生にはいつも怒鳴られていた。

でも結びつかなかった。

音楽って、どこか苦しいな・・・父のハーモニカを聴きながら、父の温もりを感じながら僕はそう感じていた。

音楽って、どこか哀しく、どこか苦しい。その想いをピアノで発散できたらどんなに幸せだったろう・・・

久しぶりにハーモニカの音色を聴きながら、父の温もりと、あの頃のダメだった自分、そして「音楽って楽しいものではないんだな、もっと深いものなんだな」と直感した、あの頃の自分を想い出している・・・

kaz



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category: 履歴書

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生徒を信じる 

 

先生の望み以上に毎日練習し、何も言わなくても課題をこなしてくる生徒・・・

先生にとっては理想の生徒なのかもしれないが、どちらかと言うと、日々の練習というのは、「楽しい」というよりは退屈なもの、辛いもの。大人でもそうなのだから、子どもにとってもそうなのだろうと思う。

子どもが練習してこない・・・これは、むしろ普通の姿なのだ。黙々と練習する子どもは大人にとっては理想だけれど、そして練習はしないと上手くはならないのだけど・・・

「ではどうしたら興味を持って練習してきてくれるのだろう?」

ここが先生にとっては大問題となるわけだ。

でもどうなのだろう?今、目の前にいる子どもを「点」として捉えすぎて、「興味を示す曲」「キャッチ―な曲」という方向性に走りすぎてしまうと、肝心な基礎力が身につかない可能性もあるのではないだろうか?最近のピアノ教育は、このあたりが問題なのではないだろうか?

たしかに、バロックの作品や古典派の作品より、子どもはキャッチ―な作品に興味を示すだろう。「点」として考えれば、少しでも練習してきてくれれば成功なのかもしれない。でも子どもには(大人にもだが)将来というものがあるので、「点」というよりは「線」だと捉えるべきなのではないか?

「今」も大切だが、数年後、その生徒がどれだけ基礎力を身につけられるかという「線」という感覚・・・

子どもは「練習が退屈」でピアノを辞めるのではなく、「弾けるようにならない」から辞めるのではないだろうか?

「だから練習するように生徒の興味の持てる教材を・・・」

そうなのかな?子どもの感受性を、子どもの将来を信じてあげるか、あげないか・・・ということではないだろうか?

いつかは、(この練習してこない生徒にも)音楽からの洗礼がある。雷があたったような衝撃を受ける時がくる。その時に、いかに基礎力が身についているか・・・ということ、ここが大切なのではないだろうか?

子どもを信じること。目の前にいる生徒の「点」だけでは想像できない「線」があるということ・・・それを信じる・・・

違うかな?

こんなこと書くと、また「素人の分際で・・・」というメールが殺到するんだろうな・・・

kaz



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えっ?仙川アヴェニュー・ホールが閉鎖? 

 

たった今、所属しているサークルの掲示板で読んだのだけれど、仙川のアヴェニュー・ホール、ここは6月に終了したサークルの演奏会の会場だったのだが、このホールが閉鎖になったらしいと・・・

オーナーが突然失踪して、会場を予約した人たち(会場費を全額前納してしまった人)が、大変困っているらしい。急に電話もFaxも不通になってしまって、連絡が取れないとか・・・

この場合、会場費は返納はされないだろうし・・・

前に、このホールで発表会を行うという教室のブログを読んだ。どのブログが失念してしまったので、そのブログの作者であるピアノの先生には辿り着けない。僕のブログは、ピアノの先生の読者が大変多いみたいなので、もし、その先生が、このブログを読んだら、まずはアヴェニュー・ホールに連絡してみてください。もしくは、事実関係を確認してください。

むろん、僕には関係のないことで、他人事ではあるけれど、予約した段階で会場費を前納したとしたら、ホール側とは頻繁に連絡をするとも思えない。最悪の場合、発表会当日、会場に皆で行ってみたら、閉鎖されていた・・・なんて最悪だ。その場合、出演する子どもたちの心だって傷つくだろう。

詳細は不明のところも多いようなのだが、もし、ホールの閉鎖、オーナーの失踪ということが事実だとしたら大変だ。

個人的には関係のないことだが、何故か心配で書いてしまった。

kaz

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ピースサイン 

 

スナップ写真を撮られる時の、あのピースサイン・・・

いつから広まったのだろう?

日本では、ジャンケンのチョキのあのサインを「ピースサイン」と一般的には呼んでいるけれど、欧米では「Vサイン」と呼ばれていると思う。試合に勝った時とかならともかく、一般人が、あのサインで写真のポーズをとることはない。

「何が勝利なんだろう?」と思われてしまうのではないだろうか?

日本人はピースサインをする人が多い。思うに、スナップ写真を撮られる時に、なんとなく「間が持たない」のではないだろうか?なので、ついついあのチョキを作ってしまう。

でも、「何が平和なんだろう?」などと思う。

セミナー後のスナップ写真がブログにアップされていたりする場合、この場合のチョキは「セミナーで得た勝利」という意味なのだろうか?それとも「教室に平和が訪れる」という意味なのだろうか?

このピースサイン、、欧米では手のひらを自分に向けると、とんでもない意味を表すことになるので注意したほうがいい。

スナップ写真を撮られる前に、ついついチョキを作ってしまう。でも一瞬、自分に問いかけてみよう。

「もしかして・・・これって変?」と。

kaz



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早すぎたエスプリ 2 

 

原 智恵子というピアニストについての文章は、以前から書こうと思っていた。しかしながら、彼女については、いくつかの書籍もあるし、文章に関しては(ピアノもだが)素人の僕がどのように書こうか大いに悩むところとなった。時系列に、事実関係を書き綴っても仕方がないようにも思えた。では何を書いたらいいのだろう?

仕事柄、僕は高齢者との関わりが多い。特に80歳以上の方からは、原 智恵子というピアニストに対して、ある種の憧れの響きが聴こえてくるように思えた。別に、その高齢者の方々は音楽家であったわけでもないのに、「綺麗な方だったんですよ!」「私たちは西洋への憧れがありましたからね。原さんは、その憧れの対象だったんですよ」などという言葉を聞く事が多かった。その時代の人々にとっては原 智恵子というピアニストは、クラシックのピアノ界という枠組みを超えた存在であったのだ。

一方で、彼女が活躍した時代、聴衆には絶大なる知名度と人気を誇ったものの、楽壇の重鎮たちからは、「智恵子パッシング」とも言えるような異常なまでの攻撃を受けることにもなった。

この二面性・・・時代的な要因ということもあったのかもしれない。大正から戦前にかけて、ピアノという楽器、ピアニスト、いや、それのみならず、西洋音楽という文化そのものが、人々から熱い眼差しを向けられていたのだと想像される。現在のようにピカピカのホールがあるわけでもない時代、外来の演奏家を聴くために、夜行列車に乗って状況し、彼らの演奏会の曲目を勉強し、それこそ涙を浮かべながら聴いた人たちも多かったに違いない。

「ああ、これが西洋音楽というものなのか・・・ああ・・・なんと素晴らしい・・・」

山田耕筰の自伝などを読むと、当時の東京音楽学校(現在の芸大)のレベルというものを嘆くような文章があったりする。モーツァルトのソナタもやっと(弾くだけ、音を並べるだけでもという意味で)で、それも間違えながら、やっと・・・というレベル、ピアノ科の学生でさえ自宅にピアノの無かったりするのが普通だった時代・・・

こうは言えないだろうか・・・

徐々に外来の一流の演奏家に接する機会は増え、それこそ無我夢中で聴いていた時代、その素晴らしさに酔いしれていた時代、では今度は自分たちがそのように演奏していくのだ・・・となった時に、そこには大きな壁があったのではないかと。

あまりに遠い西洋音楽、しかし、なんとしてでも自分たちでも再現したい、そのような熱烈な火のような想い・・・その想いと、日本人特有のガンバリズムというべきか、根性大好き民族の特色のようなものが不思議にミックスされ、ピアノ修行においては「指先が割れ鍵盤が血に染まった」とか「寒い部屋で火鉢にあたりながら、かじかむ手を温めながらピアノを弾いた」とか、そのような話が、どこか美談とさえ扱われるような美意識が生まれてくるようになった。当然、その意識は一般聴衆よりも、ピアノ修行者、ピアノ教師、そして楽壇という、いわゆる「専門家」の世界でより強かったのだと思われる。

そのような時代、原 智恵子というピアニストが鮮烈に登場したのだ。日本人からの手ほどきは一切受けていない、それこそパリ仕込みの流麗なピアニズム、それは一般大衆からは受け入れられたとしても、専門家からは、一種の羨望と、どこかしら自分たちの「ガンバリズムピアノ」というものとは異質のものと受け取られたのではあるまいか?加えて、少女時代からフランスで育った原 智恵子という女性としての言動が、当時の日本女性のあるべき姿というものと大きく異なっていたのではないか?あくまでも女性は男性(社会)には意見せず、おとなしくしているべきという風潮、それを期待する男社会からは攻撃される対象となってしまった・・・

聴衆からの支持、反対に楽壇(という男社会)からの異様なまでのパッシングにはこのような背景があったのではあるまいか?

原 智恵子の父親、原 粂太郎はハーヴァ―ド大学に留学したエリートだったから、子どもたちにも西洋の文化に接するように教育したことは想像に難しくない。智恵子がピアノを始めたのは、以外にも遅く7歳の時。ペトロ・ビラベルデに師事している。数年後にはバッハのイタリア協奏曲を流麗に弾くようになっていたという。その頃、恩師のビラベルデに連れられ、外来の音楽家の演奏を聴いている。ハイフェッツやミッシャ・レヴィツキの演奏を聴いている。少女だった智恵子は、彼らの演奏をどのように感じたのだろう?大きな影響があったのだと思われる。

さすがに原家も留学となると、やはり考え込んでしまうところがあった。現在のように気軽に(?)留学などできる時代でもなかった。当時でも優秀な者は上京し上野で学ぶ、つまり東京音楽学校で学ぶということが最高のコースとされていた。しかし、粂太郎は、楽壇の専門家に判断してもらおうと考えた。彼らは智恵子の流麗なピアノは上野ではないコースがいいのではないかと粂太郎に助言した。さらに来日していたフランスのピアニスト、ジェル=マルシェックスは智恵子の演奏を聴き、本格的にパリで勉強するようにアドバイスした。このようなことが、きっかけとなり、13歳の智恵子はフランスへと旅立つこととなった。横浜港からマルセイユへ向け大型貨客船「香取丸」の人となったのである。

続く



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category: 開拓者

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with先生とunder先生 

 

僕は定期的に外国にまで出かけ、外国人のピアニストのレッスンを受けている。現在3人のピアニストのレッスンを受けていることになる。むろん、現地までこちらが出向かなければならないが。

mixiというもの、(現在は開店休業中だけれど)、そこにはピアニストの名前も具体的に書いてしまっている。友達限定記事にしているから、このブログと異なり、不特定多数の人が読むということがないので・・・

日本にも師事している先生がいる。基本的には、この先生のレッスンが僕のピアノライフの中心となっている。

「複数の先生(音楽家)に習って混乱しないか?」

最初は、僕もこの問題を考えた。正反対のことを指摘されたらどうすればいいのだろうと。でもそれは心配いらなかった。

日本の先生を含め、全員がwithの先生だからだ。

英語の表現では、だれかに楽器を師事するという表現の時に、「under」という単語か「with」という単語を使う。英語表現では、どちらも意味は同じニュアンスらしいのだけれど、日本語感覚で考えると、日本のピアノの先生は、under的なのではないだろうかと思う。特に、コンクールで入賞・・・のような優秀な生徒を輩出する先生、音大の先生、このような人たちの指導がどうもunder的なような気はしている。

初歩の指導の場合も、ダメ出し中心の先生は、やはりunder的なのだと思う。

「音楽をするものとして、同志なんだ」という感覚がwithの先生からは感じられる。どうも、外国人はwith的な人が多いような気がする。under先生の指導を複数受けるとなると、そりゃあ、混乱するだろうと思うけれど、with先生だと混乱することはない。

with先生(音楽家)・・・

共通しているのは、自らもピアノ演奏に悩み、音楽に苦しみ、そして音楽に苦しいほど魅せられているということ。

つまり、自分でもピアノを弾いている・・・ということ。弾かずにはいられない・・・ということ。

生徒と同じく、苦しみ、悩みつつ弾いている。彼らのCDを聴くと、それはそれは簡単に弾いているように聴こえるけれど、彼らは、そこに至るまでの苦しみをレッスンで示してくれる。

教師というより、ピアニストというより、音楽家なのだ。生徒より先に歩んでいるというだけ・・・

なので、彼らも僕のことを「音楽家」として接してくる。

「いや~ん、そんなの・・・どうしよう・・・」なんて言っていては、彼らに失礼だろうとも思う。

先生が自分のピアノ演奏に関しての苦しみ、それを生徒に示すことは、決して弱みを見せることにはならない。with先生ならば・・・

むろん、弾いていなければ苦しみも生まれないが・・・

kaz

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category: レッスン

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ピアノを習わせている親の役割 

 

僕がピアノを習っていた頃、両親とも僕のピアノに関しては放任主義だったと言えるだろう。両親は、基本的にはいつも働いていて、食事の支度など、姉と協力して小学生だった僕も作ったりするのが普通だった。現在の僕が料理好きなのは、子供の頃から料理をしていたからだと思う。

「練習はいいの?」「練習しなさい!」などと言われたこともなかった。発表会に来てくれたことだって一度もなかった。父は出張が多かったし、母は看護師だったから、休日に休むなんてこともなかったのだ。

レコードは沢山買ってくれた。レナード・ウォーレンのレコードも母が買ってくれたものだ。「歌が好きみたいだから・・・」と。母は駅前のレコード店で数少ないクラシックのレコードから選んだのだと思う。母がウォーレンという歌手を、その時知っていたとも思えない。

その頃、少しでも母が僕のピアノのレッスン、練習に興味を持っていてくれたらどうなっていたのだろう?

「バイエル」学習者でありながら、自宅ではショパンのワルツを弾き、幻想即興曲を弾いていたのだ。もちろん、先生は「生意気なのよ!弾けるわけないじゃない!」とレッスンでは弾かせてくれなかったけれど・・・

発表会ではブルグミュラーを弾かされ、独学では幻想即興曲・・・

もし、両親が発表会に来てくれたら、何かしら先生に言ってくれたかもしれない・・・

一人・・・という状態には慣れていたし、僕のピアノに関して、教育に関して無頓着、放任主義でも僕は寂しくはなかったし、両親に対して不満に思うこともなかった。でも「僕の家は特別なんだな・・・」という思いはあった。

僕は音楽にのめりこんだ。偉大な歌手やピアニストの演奏が小学生だった僕を虜にした。いつも一人だったから・・・

今日のような雨の日だった。母が珍しく家にいる日だった。母は僕に買ってくれたレナード・ウォーレンのレコードを聴いていた。彼の歌うドナウディの歌曲・・・

母は、ウォーレンの歌声に合わせて、イタリア語で一緒に歌っていた。歌っている母の目に涙が浮かんでいた。母がイタリア語を習っていたとも思えない。母はウォーレンの歌うドナウディを何度も何度も聴いていたのだ。歌詞を暗記するほど聴いていたのだ。イタリア語を暗記するほど聴いていたのだ。

僕は、その時母から教えられたのだと思う。

偉大な音楽、偉大な演奏というものは、一生、人を虜にするものなんだと・・・

ピアノのレッスンは辞めても、ピアノと共に歩む人生があること、僕は、それを涙を浮かべてドナウディを歌う母から学んだのだ。

何千回「練習しなさい!」と言われるよりも、それは大きな教えだったと思う。

今日のような雨の日・・・母のことを想い出す。無言の教えを想い出す・・・

kaz



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category: ピアノ雑感

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ピアノ教師の役割 

 

「難関音大を目指しています」「趣味で楽しめればいいんです」・・・

この二つの考え方、方向性に分離してしまうのが僕は好きではない。というか、おかしいよな・・・と思う。究極の目的は一緒なのではないかと思うから。

「子供の感受性を育む」とか「生徒の心を育てる」とか、それは大切なことなのだと思うのだけど、これは目的ではなく、どちらかというと手段になるのではないかと思う。ではピアノレッスンの目的は・・・

個人的には「伝統の伝承」ということだと思っている。ピアノの先生の役割は、それ以上でもそれ以下でもないと・・・

むろん、子どものレッスンでは、時には子どもの心に寄り添い、カウンセラー的側面が必要だったり、幼稚園の先生的な側面も必要となろう。でも、ピアノのレッスンの目的は「子どもの心を育てる」というよりは、過去から育まれてきた、偉大な音楽家が伝承してきた「伝統」というものを次の世代に伝えることだと・・・

「バッハとか古典派とか・・・大切なんだと思うけど、生徒はあまり興味を示さないし、練習もしてきてくれないのよね。でも湯山作品とかギロックならけっこう興味を持って弾いてきてくれる。これらの作品だったら、それなりに雰囲気も出せてるし、それに音大に行くわけでも専門家になるわけでもないのだから、いいわよね?そうよ・・・いいのよ!」

「いいわけないよね!」と僕は思う。生徒がどう受け取ろうと、教えるべきものは教えないと、伝えるべきものは伝えないと・・・と思う。「それなりに雰囲気も出てるし・・・いいわよね」でいけるのは、むしろ大人の場合が多いのではないだろうか?子どもには伝承すべきものがある。先生にはその義務があると・・・

子どもの場合、先生から見える生徒は「点」なのだ、生徒の長い長い音楽生活の中の、ほんの一瞬の時。今は、アニメの主題歌をやっと弾いているのかもしれない。その生徒が流麗にショパンやベートーヴェンを弾く姿は想像できないかもしれない。でも、そのアニメ君(ちゃん)が15年後に音楽、ピアノに開眼する可能性がある。

「ピアノ・・・辞めます」と生徒が先生のもとを去ってから、それから生徒は開眼するかもしれない。

「その時には、私は教えてないも~ん」・・・そうなのだが、教えている時には、自分が直接関与しない(できない)生徒の未来までの責任がピアノの先生にはあるのだと思う。

自分で書いていても「厳しいな」と思う。こんなこと僕にはできない。だから、僕にはピアノなんて教えられないと思う。

「そこはドレファじゃないのよ、ドレミよ!指が転ぶのね。付点で○回練習してきてね」

これだけだったら僕でも指摘できると思う。(できないか?)

でも伝統を伝承することは、僕にはできない。

それはピアノの先生の役割だと思う。

kaz



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category: レッスン

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音大受験コース 

 

子どもにピアノを習わせている保護者からのメールで、似たような内容のメールを今まで多数頂いている。それぞれの細かな状況は異なるところもあるけれど、共通した不満や疑問もそれらのメールから感じとることができる。

「よく、音大に行くわけでもないのだからと、子どものピアノの先生は言います。直接言われたこともありますし、他の先生のブログなどからも同じようなニュアンスを感じることがあります。たとえば、音大に進学するわけでもないのだから、チェルニー、バッハ、古典という従来の教材・教本を進めるのではなく、生徒が興味の持てる教材で進めていけばいいのでは・・・という文章を読んだりする時です。たしかに子どもは、まだ小学生だし、何時間も練習するわけでもないし、それほど弾けるわけでもないです。でも、じゃあ、あなたの子どもは音大コースではなく、お楽しみコースなんですね・・・と言われてしまったようで、どうも釈然としない気持ちが残ってしまいます。たしかに音大・・・なんて進路は子どもも私も考えていませんが、それでも私は自分の子どもにきちんと弾けるようになって欲しいです。目に見えない無意識の選別がなされているような気もします」

街のピアノ教師という言葉がある。この言葉のニュアンスを考えてみると、音大進学を前提にした(バリバリ?)レッスンではなく、趣味で習う生徒も受け入れるというニュアンスが多分に含まれているように思う。

趣味の生徒と音大進学を前提にした生徒との違い・・・

日本にも難関の音大があると思う。それらのエリート音大を別とすれば、多くの音大の実技テストはバッハと古典のソナタからの一つの楽章、そしてエチュードを弾けばいいようになっている。エチュードを課していない学校のほうが多いくらいだ。つまり、実技だけを考えてみれば、子どもの頃に「選別レッスン」をしなくても、きちんとしたレッスンをするならば、大抵の生徒は弾けてしまう課題なのではないかとも考えられる。そもそも、10年もピアノを習っていて、バッハのインヴェンションや平均律、ベートーヴェンのソナタが弾けないというレッスンそのものが本来はおかしいのではないだろうか?

僕は、多くの音大卒業生(つまりピアノ教師ですね!)の演奏を聴いてきたけれど、その演奏の平均値と現在僕が所属しているピアノサークルのメンバー、つまりアマチュアの演奏との平均値を比較してみると、アマチュアのほうが「弾けている」と正直感じる。これは正直な感想だ。

また、多くの一般音大(?)の入試の倍率は、1倍とか、定員割れをしていたりとかしているのが現実だ。その現実を考えてみても、子どもの頃から「専門コースでバリバリ」のように鍛えなくても・・・と思えてきてしまう。

聴音、新曲などを考えてみる。これも一部難関校の曲芸のような問題を別とすれば、日頃のレッスンのソルフェージュでも対応可能かと僕には思えてくる。そもそも基礎的楽典の知識、ソルフェージュ能力が伴わなければ、ピアノを弾くという基本行為の存続だって難しいと思う・・・

「音大とか考えているんですかと先生に言われました。もちろん子どもはまだ小学生なので、いいえ・・・と答えました。たしかに音大進学は考えていません。でも自分の子どもが将来、自ら曲を弾いてピアノを楽しんでいけるという能力は身につけさせて欲しいのです。きちんと弾けるようにして欲しいという思いはものすごくあります。でも音大・・・とかそのようなことではない。先生は、じゃあ、趣味ということで・・・と仰り、なんだかすごく違和感を感じてしまいました。きちんと教えて頂けないのかしら・・・と。このような場合、親がきちんと言うしかないのでしょうけど、子どもも積極的に練習するわけでもないので、言えないというのが親の本音なのだと思います。でも趣味で・・・とはっきり言われてしまうと、釈然としない思いがしてきます」

そろそろ「音大の実情」「音大と趣味という選別」それらのことを、街のピアノ教師も真剣に考えていく時期なのではないだろうか?本当に現在の平均的な音大の実情というものを考えて、選別は必要か?そもそも「専門」と「趣味」という選別そのものがあっていいのか?

kaz

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category: ピアノ雑感

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赤い下着 

 

「色」「色彩」というものは、非常に大きな役割を果たすらしい。これは、自分でも経験している。ピアノを人前で弾く時、僕の場合は、緊張しすぎてしまうという、多くの人にとっての共通の課題と共に、体力という問題がある。

会場に辿り着くだけで、目の前が暗くなるというか、星が点滅しているのが見えてしまうというか・・・

さすがにソファーで横になる・・・というわけにもいかないので、元気なフリをしている。

自分の出番までに人の演奏を聴いていても、意識が遠のくような疲労感を感じる。

そのような場合、最後の最後で演奏への瞬発力を助長してくれるのが、「色」だったりする。僕の場合、赤系の色を演奏当日に身につけるといいようだ。例えば、シャツの色にしたり、外側を黒系にする時には、下着を赤い色にするとか・・・

49歳の男性が赤い下着・・・

でも色が自分を助けてくれると感じる。

女性の場合、僕のような体力の問題ではなく、舞台の上での自分を、できるだけ魅力的に見せたいと思うのではないだろうか?演奏会などの場合は、ロングドレスを着たりする。もし、そのドレスの色が自分に合わなかったら?

むろん、演奏が安定していて、色などに頼らなくても一定の演奏ができるのならいいけれど、でも、そのためにも演奏前は「自分・・・いけてる!」と自己暗示(?)することが大切なのではないだろうか?

パーソナルカラーというものがあるのだそうだ。自分に合う色と会わない色というものがある。恐ろしいことに、自分で合うと思っている色と実際にその人に合う色というものが、一致しないケースも多いのだそうだ。

「私は黒が似合うのよ!」と、その人は思っていても、実際には、黒という色は、肌がくすんで見え、どことなく冴えない印象さえ人に与えてしまっていることもあるのだそうだ。

パーソナルカラーの講座(セミナー!!!!)というものがある。専門家が、その人に合う色合いを教えてくれる講座だ。ドレスなどを購入するまえに参加してみてもいいのかもしれない。

kaz

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早すぎたエスプリ 1 

 

小学生の頃、世界音楽全集のようなレコードがあって、その中の一枚にチェロの名曲集があった。演奏していたのはガスパール・カサド。カサドのチェロの音色は子どもだった僕にも深く響いてきた。時にはカサドの演奏するレコードを聴きながら、涙することもあった。そのレコードでピアノを弾いていたのは、ある日本人だった。カサドに寄り添うように奏でられるピアノだったと記憶している。カサドが日本に来日した時に、誰か日本人のピアニストと組んでレコーディングしたんだなと思っただけで、そのピアニストの名前は忘れてしまっていた。ただカサドの深い音色だけが耳に残った。

僕が20代の頃、もう幾光年も昔のことになるけれど、ヤーノシュ・シュタルケルが無伴奏のチェロの演奏会を行った。若かった僕も実際に会場でシュタルケルの妙技を堪能した。バッハ、コダーイなどの無伴奏チェロの名曲と共に、シュタルケルはカサドの無伴奏チェロ組曲を演奏した。チェリスト、ガスパール・カサドが作曲家としても素晴らしい功績があったことを、この演奏会で知ることとなった。

成人し、外国に留学したり、そして旅行したりするようになった。外国人の音楽愛好家や、ピアニストとも友人として知り合うこととなった。僕が日本人ということを知ると、彼らは、決まって、ある日本人演奏家のことを話題にした。「kaz、知ってる?」のように・・・

その日本人演奏家は、活躍中の演奏家ではなかった。「セイジ オザワ」でも「ミツコ ウチダ」でもなく「ミドリ」でもなかった。彼らは決まってこう言った。

「君はマダム・カサドを知ってる?」

マダム・カサド?

ここで少年時代に聴いていたカサドのレコードでの彼の深い音色、そしてシュタルケルが演奏したカサドの無伴奏組曲が僕の中でつながっていった。ガスパール・カサドという往年の名チェリストのことを調べてみる気になった。

マダム・カサドは日本人女性だった。かつて、僕が聴いていたカサドのレコードでピアノを弾いていたのがマダム・カサドだったのだ。来日時の臨時のピアニストではなく、カサドとマダム・カサドは「デュオ・カサド」として世界的な活躍をしていたのだった。

僕はマダム・カサドについて、全く知識がなかったこと、それが恥ずかしかった。外国人、特にヨーロッパ人の友人たちは、日本人である僕が、マダム・カサドという名前に反応しないことに、とても驚き、そして残念がった。

僕だけではない。多くの日本人にとって、チェリストであれば別かもしれないが、マダム・カサドという名前を知らない人は多いのではないだろうか?海外では非常に尊敬され、そして有名なマダム・カサド、でも日本では知る人は少ない。

彼女は日本人なのだ。なぜそのような現象が起こっているのだろう?

ガスパール・カサドというチェリストのことを調べていくうちに、僕は日本人女性、そして日本人ピアニストであるマダム・カサドにも興味を持つようになっていった。

マダム・カサド・・・原 智恵子・・・

彼女は大正3年、12月25日に日本で生まれた・・・

続く



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category: 開拓者

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悪魔は二枚目 

 

リストの「メフィスト・ワルツ」に再挑戦してみたい気になっている。前回挑戦した時は、体力的に無理があって諦めたのだった。もう、この曲は一生弾くことができないんだな・・・と、落ち込んだ記憶がある。

今も、体力が人並みにあるわけでは決してないけれど、退院直後の、あの頃よりはマシであろうと思うし、何よりも「もう弾けないのだ」と思うこと、諦めることは僕の美学(!?)に反するのだ。

メフィストとは、つまりメフィストフェレスのことなので、悪魔なわけだ。ファウストを悪に導く悪魔。邪悪な存在・・・

メフィストフェレスもそうだけれど、バレエの「白鳥の湖」にも悪魔は登場する。ロットバルト。このロットバルト、いかにも悪魔ですというような衣装、メイクで登場するけれど、バレエの場合は視覚的な印象が強いので、それしかないと思うけれど、ピアノで悪魔を表現する場合は、もっと解釈の幅があってもいいのではないだろうかと思う。レーナウの詩は読んでいないけれども、ロットバルトのような「いかにも悪魔」「いかにも邪悪」という印象でメフィストフェレスを思い浮かべるのではなく、メフィストフェレスは極めて魅力的な風貌で、悪とか邪悪というような要素は微塵も感じさせない、惚れ惚れするような、容姿端麗な甘い顔立ちをしている・・・と想像してみる。この方が悪魔的な恐ろしさが出るのではないだろうか?

例えば、往年の俳優、ケーリー・グラントのような風貌。ケーリー・グラントと邪悪さとは、全く結びつかないけれど、ましてや悪魔的要素とは結びつかないけれど、このような「完璧な二枚目(死語?)」が、裏では邪悪で人を裏切って心で笑う・・・という悪魔的な要素があったりしたら、とても恐ろしいのではないかと・・・

僕はケーリー・グラントが大好き。ハンサム(これも死語?)なんだけれど、喜劇センスが抜群で、身のこなしが軽い。ますます「邪悪」「悪魔」から遠のいていく印象だけれど、でも実は・・・

・・・という解釈の方が悪魔的解釈かと個人的には感じたりする。

実際にケーリー・グラントは、見た目の通りの、心優しい人物だったようだ。

この容姿とのギャップ・・・そこから「悪魔的要素」を醸し出す、メフィスト・ワルツに、ある種の甘美さ、優雅さをピアノで表現できれば、僕の意図も人に伝わる可能性がある。

ケーリー・グラント的メフィスト・ワルツ・・・なんだか挑戦してみるのも楽しそうだ。

kaz



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