ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

先生・・・弾いて! 

 

先生が弾いてくれないという生徒のメールを読んだ。発表会の講師演奏とか、自主リサイタルとか、そのようなことではなく、日頃のレッスンで先生が弾いてくれないと・・・

基本的には生徒が弾いて欲しいと願っていたとしても、「先生、弾いて下さい」とは口には出せないものなんじゃないかと思う。

「先生は弾いてくれないんです。楽譜から読み取ることが大切だと言って。レッスンで先生が弾いてくれたらいいなっていつも思います。私が小さな頃は、先生も弾いてくれていたように思うんです。でも曲が進んできたら、全く弾いてくれなくなったんです。注意はたくさんあるんですね。でも、こうしたら・・・って弾いてはくれない。ほんの小さな部分でもいいから弾いて欲しいです」

「練習してねとは言われます。でも私は、練習したらこのように弾けるのかという部分を実際に聴かせて欲しいと思います。あのように弾きたい、この「あのように・・・」の部分がないと練習するということは、ただ読んで音にしてということになってしまうと思ったりもします」

「先生がレッスン中に弾いてくれるといいなといつも思っています。ああ、こんな風に弾けるのか・・・と思えるから練習できるのだと私は思います」

弾いてくれないんです・・・ということを不満に思っている生徒は意外と多いのかもしれない。別に「さあ、弾きますよ」と全曲を先生が弾いてくれなくても、生徒の未熟なところを、先生が「そこはこんな感じだと思うわ」と実際にワンフレーズでも弾いて示してくれたら、生徒も練習のしがいがあるのではないだろうか?

そもそも、ピアノを習うということは、「ああ、素敵!」と感じた何か、それを自分でも再現したいということを実現していくという側面もあるのではないだろうか?

僕は子どもの頃、ピアノを辞めてしまったけれど、もし子ども時代に、こんな先生に巡り合っていたら、ピアノは続けていたんじゃないかと思う。

kaz



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category: レッスン

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生涯現役! 

 

人間の身体というものは加齢と共に衰えていくから、やはりピアノを習うというのは大人よりも子どものほうが有利なのだと思う。

「大人からでもピアノを習えますか?」
「大人のかたはマイペースで楽しみながら・・・」
「指が動かないので・・・」

ピアノよりも、さらに「体が楽器」という意味合いにおいては声楽のほうが「体の衰え」というものの影響を受けやすいだろうと思う。そもそもピアノのように声楽の場合は低年齢から習うということが不可能だ。声が出来上がっていないので・・・

5歳児がプッチーニやヴェルディをベルカントで歌うなんて想像できない。高校生あたりで、やっと導入・・・という感じだろうか?

でも、ピアニストのように高齢まで活躍し続けるということも難しい。身体が楽器だからねぇ・・・

栗本尊子さんという歌手がいる。現役だ。90歳を超えている・・・

この人の歌を聴くと、「大人のピアノは難しい」なんて思えなくなる。

声帯だって鍛えれば現役を保てるのだ。指だって今からだって動くようになるだろう・・・

70歳からピアノを始めるなんてできるのかしら?

できるでしょう?弾けるようになるでしょう?栗本さんの年齢まで20年以上あるんだから・・・

kaz



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category: The Singers

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日本のメロディー 

 

きょうは、三浦環がロンドンでデビューした記念すべき日。プッチーニの「蝶々夫人」でデビュー。三浦環は、初めて国際的な名声を得た初めてのクラシックの演奏家と言えるのではないだろうか?1915年のことだから、今から100年前のことだ。

東京音楽学校へ自転車で通学し、世の注目を浴びた。「自転車美人」と呼ばれたのだそうだ。当時は女性が颯爽と自転車に乗って・・・なんて珍しい時代だったのだ。彼女を振り返って、唖然として見つめる人々・・・そんな時代・・・

日本のクラシックの浸透、発展をみるとき、つい「演奏」ばかり考えてしまうところがある。日本のクラシック音楽作品も西洋文化の到来とともに、発展してきたのだ。

正直、僕はピアノ曲は邦人作品をあまり聴かない。教材用の作品は最近聴いたりはしているけれど。僕は歌が好きだからそう感じるだけなのかもしれないが、日本のクラシック曲として、最も定着しているのは「歌曲」なのではないかと思う。合唱は個人的には好きではないので聴かないから、どうしても「歌曲」ばかり聴いてしまう。

日本歌曲で旋律美を感じるのが中田喜直作品かなぁ?

単純に「ここまで美しいメロディーがあるのか・・・」と思う。

中田喜直は、もともとはピアノ科の出身。なのでピアノ曲も多いと思うのだけれど、僕にとっての中田喜直の世界は歌曲になってしまう。

「霧と話した」という歌曲が好きだ。「この曲は歌謡曲じゃない?」なんて言う人もいるけれど、美しければどうでもいいと思う。歌詞も哀しいね。

霧といっしょに恋をした・・・だけど、それらが乾いた時・・・あなたは あなたなんかじゃない・・・私はやっぱり泣きました・・・

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category: The Singers

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「読む」から「聴く」へ 

 

自分の音を聴けとよく言われる。ただ弾いているだけではだめだと。崩壊やミスを恐れ、それを克服するのがピアノを弾くこととなってしまうとしたら、それは残念なことだと思う。

なんとなく僕も感じるけれど、やはり「音を並べています」という演奏ではなく、人を惹きつけるというか、聴いてしまう演奏というものは、演奏者が「楽譜」=「読譜」=「指動かし」という連結ではなく、その人なりの「脳内サウンド」のようなものと自分の実際に出している音との比較をしながら、つまり音を聴きながら弾いているのだと感じる。無意識に自分の理想サウンドとの比較をしながら弾いていくわけです。

その「脳内サウンド」の質というものは、偉大な演奏を聴いて、心が泣いた回数と比例する・・・なんてね。

アマチュアだけではなく、大人のピアノの場合、「聴く」ということが重要な要素にはなっているのかもしれない。

子どものピアノの場合、まずは読譜の重要性が説かれる。これは僕自身の経験からも理解できるところだ。耳で聴いて覚えて弾く癖がついてしまうと、その場の満足感というか楽しさのようなものを覚えてしまい、読譜が面倒になってしまう。というか、気がついたら、「こんなの読めない、わからない、練習なんてできない、弾いてくれないと弾けない」みたいなことになってしまう。まさに僕がそうだった。

では、「読む」「理解する」というところから「聴く」というところへ重要性のようなものをシフトするノウハウはあるのだろうか?

導入期で「読め」と言われ、ある程度曲が弾けるようになって、いきなり「聴け」と言われても困る。なにかしらのノウハウがあるはずだ・・・と僕は思っている(いた?)のだけれど、ピアノ指導本を読んでも、そのあたりの実際の指導方法を解説している本には出会っていない。

どのようにシフトしていくのだろう?そもそも、そんなことを考えている人はいないのか?

もちろん、コルトーやローゼンタール級の音楽性ということであれば、それはもう「才能」ということになろうが、アマチュアの演奏での「あら、素敵!」という演奏と、「あれ?ただ弾いている?」という演奏程度の差というものは、才能ではなく、なにかしらの要因があるはずで、それは探れるはずだと僕は思う。簡単に言うと、聴かせるピアノの人は、なにかしらやっているのだ。やはり「聴いている」ということだと思う。でも実際の「読むピアノ」から「聴くピアノ」への移行方法を述べている本が少ない。

自分の音、聴いてる?: 発想を変えるピアノ・レッスン自分の音、聴いてる?: 発想を変えるピアノ・レッスン
(2012/12/20)
山本 美芽

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この本は、そのあたりの問題点を考えさせてくれるが、ノウハウ本というか実用書ではないので、実際のレッスン方法が書かれているわけではない。いや、書かれてはいるけれど、「参考になりましたぁ!自分の生徒さんにもやってみようと思いますぅ!」とすぐに実践できるような内容の本ではない。

「読譜困難児」というか、聴いて覚えてしまって、楽譜を読むのが辛くなってしまうという例は多いのだと思う。これは、もしかしたら、読譜をせずに生徒の満足感というものを指導側で優先してしまっているからなのかも・・・

でも反対に、「読んで指をただ動かしていま~す」という演奏も多いのだ。「聴く」のない演奏・・・

どうすれば「読むこと」から自然に「聴く」というところにシフトさせていくのだろう?もちろん、最初から「読む・理解する」と「聴く・感じる」との一致を見事に実践している先生もいるだろうが、実際には「読めませ~ん」「聴けませ~ん」で悩んでいる子どもや大人は多いという印象だ。そして悩んでいる人は実に多そうだ。

このあたり、指導側のノウハウってあるのだろうか?

kaz

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category: レッスン

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フランツ・リスト・ピアノ教室 

 

リストの弟子、厳密には何人だか不明なのだそうだ。基本的にはリストは誰でも生徒を受け入れ、レッスン料も無料だったという。むろん、弟子といっても、一度だけのレッスンでのアドバイスのようなことが、ほとんどだったのかもしれないけれど。

リストが「ここはドですよ~」なんてレッスンをしていたとは思えないし、生徒だって「わっ、リストセンセ♥ピアノって楽しい♥」という生徒ではなかったと思う。

高尚なピアノレッスン?

でも目標点ということを考えたら、現代日本の街のピアノ教室とフランツ・リスト・ピアノ教室とで、それほど差があっていいものだろうか?

むろん、リストのレッスン室で実際に鳴り響くピアノの音は想像を絶するほどのものだったと思うけれど・・・

現代日本に暮らすA子ちゃん、ピアノを始めて1年で来年小学校・・・

A子ちゃんの鞄の中にはバスティンの教材なり、メトード・ローズなりの、なんらかの教材が入っている。このA子ちゃんと、フランツ・リストとを結びつける接点はまだない。でもどこかで結びつける必要性がある。いつの日かA子ちゃんもリスト・ピアノ教室の生徒(実際はピアニストだが)のように「何かに焦がれ追い求める」ようになるかもしれない。

街のピアノ教師の役目は、ここなのかと僕は思う。音楽の扉を開いてあげること。導いてあげること。それは経過的な目標ではなく、経過点を通過すると、何が待っているのかということを教えてあげること・・・

あるピアニスト(日本人)が言っていた。「優秀な生徒って教師が何も教えなくても上手くなっていっちゃうんですよねぇ・・・」と。

優秀な生徒って、「才能」とかだけではなく、焦がれる気持ちが大きいのではないだろうか?

リストの弟子、もちろん晩年の弟子だけれど、実際に演奏を聴くことができる。リストの弟子、フリードハイムが弾く、これまたリストの弟子であるローゼンタール作曲の「パピヨン」という小品。

この動画にはリストの弟子が写っている。前列左から2番目がジロティですね。その右がフリードハイム、その右がザウアー、そして後列一番左がローゼンタール・・・

やはり凄い顔ぶれというか、凄い生徒たちだったと思う。

彼らにも導入期はあったはずだ。でもどこかで何かを知ったのだ。そしてそれを追い求めた・・・

それは何?それを導くのが教師なのかなと・・・

kaz



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category: ピアノ雑感

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最終目標点を追う、生徒も教師も・・・ 

 

以前にもゴロドニツキのことは書いたように記憶している。基本的にはピアニストとしてよりも教師として知られている人だと思う。約50年間、ジュリアード音楽院の黄金期を支え、多くの生徒を育ててきた人だ。

生徒はゴロドニツキに何を求めたのだろう?生徒はジュリアードの学生なので、ゴロドニツキも「どうすれば練習してきてくれるんだろう?」なんて悩みはなかったに違いないけれど、このような「名教授」には何かしら生徒を引っ張るなにかがあったのだと思う。具体的な奏法だったのかもしれないし、もしかしたら「有名だから」とか「偉い人だから」のような理由で師事していた人だっていたのかもしれないが・・・

なぜ多くの生徒を惹きつけたのだろう?個人的にはゴロドニツキ自身が音楽を追及する姿勢を崩さなかったからだと思う。教えることがメインの人生になっても、自身が音楽に焦がれ、弾いていたからだと思う。そのようなものは滲み出る。人に伝わるものだ。

教師と生徒との究極の目標点が一致していた・・・

レッスンでの具体的な指導はメカニカルなことだったにしても、目標点が暗黙の了解で一致しているという前提が教師と生徒との間にあったのでは?狂おしいほどに焦がれてしまう音楽の世界、そこに触れるために、自身で再現するためにという目標点。

この目標点の一致ということが難しいのだと思う。基本的に、小学生でも最終的な目標点というものを自覚していなければ、ピアノを継続していくのは難しいと僕は思う。「あっ、先生、奇麗に弾けた!」とか「先生、ピアノって楽しいね!」と生徒が日々のレッスンで感じるということは、それは経過的な目標点なのだ。そこで終わるのではない。

元生徒の方たちからのメールを分析すると、この目標点というものが示されなかったという人が非常に多い。

「チェルニーやハノンも練習しないと・・・指の強化になるし・・・勉強になるのよ」

チェルニーやハノンで得たものも、それも目標点の達成だけれど、それは経過目標なのだ。最終目標に行き着くための。

ここで最終目標点が生徒に示されていないと、「なぜこんなつまらないものを弾くのだろう?」と生徒は思う。茨道(?)の先、その花園の世界というものを生徒が実際に感じていないと、練習の意義や意図を自覚できない。

花園・・・それは偉大な演奏であったり、作品であったりする。言葉を変えると、真に偉大な作品の、真に偉大な演奏から人は花園の世界を知るのだ。その花園は、楽しいというよりも哀しいという感じに近いのかもしれない。狂おしいほどに切ないというか・・・

この世界を知らないと、毎日の苦しい(?)日課の必然性を生徒は感じられないのだ。

何故にエチュードを弾くのか?経過的な目標点を示す先生は多いと思うし、小学生だってそんなことは言われなくても理解しているのだ。「弾けるようになるためでしょ?」と。

弾けるようになったらどうなるの?どこに辿り着くの?

それが花園の世界なのだ。ゴロドニツキは生涯その扉を開こうとしたのだ。だからジュリアードの生徒に伝わったのだと思う。追い求めないと開かないし、扉は簡単に閉ざすことができる。

「誰にだって合う靴なんてないだろう?ピアノの指導も同じだよ」 サッシャ・ゴロドニツキ



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category: ピアノ雑感

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「巡礼」 

 

我々の弾く曲はクラシックの曲が多いので、必然的に昔の曲を弾くことになる。ショパンとかモーツァルトとか。そうなると、「過去に向かう」という視点が多くなると思う。「この時代はどうだったのかしら・・・」のように。

たまに逆の視点で考えることもある。過去から現代を見つめたら・・・のように。むろん、昔の人は今は存在しないので、実際には無理だけど。

ショパンが現代、もしくは亡くなって間もない作曲家の作品を聴いたとしたらどのように感じるのか・・・

ハイドンがマリア・カラスの歌うプッチーニを聴いたとしたら・・・想像すると楽しい。

今、空想して楽しんでいるのは、リストがラミレスの、この曲を聴いたらどう感じるのだろう・・・ということ。ピアノのために編曲してくれたかな・・・とか想像すると楽しい。

アリエル・ラミレスの「巡礼」という曲・・・

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category: 秘曲

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現代人のロマン・・・ラミレス 

 

現代音楽と聞くと、無調の音楽を思い浮かべる人が多いのかもしれない。僕もそうだけど。

旋律がない。あるのかもしれないけれど、よくわからない。そこがいいのかもしれんが・・・

アリエル・ラミレスを純粋なクラシックの作曲家とカテゴライズする人は少ないと思う。やはり、彼はフォルクローレの人だったのかもしれないなどと思ったりする。ラミレスは亡くなってから、まだ4年。時代的には現代音楽の人だと思う。でも、その「旋律美」といったら・・・

「アルフォンシーナと海」は、やはりラミレスの代表曲だし、ソーサやリベルターが歌う「アルフォンシーナと海」はラミレスの世界をそのまま表していると思う。

でも、彼には現代音楽のクラシックの作曲家という一面もある。ラミレス自身は、フォルクローレだのクラシックだのと、自分の中で区分けしていなかったような気がする。彼は美しい曲だけを残したから・・・

ラミレスのピアノ曲。

「最後の言葉」という曲。この曲を聴くと、無調の音楽に代表されるような現代ではなく、ロマンの時代への回帰というものさえ感じる。

ラフマニノフの音楽は、当時「時代遅れ」とされていた。通俗的とも。でも当時、時代の先端を走った音楽は、今では聴かれることは少ない。現代人は「時代遅れのラフマニノフ」を愛する・・・

このラミレスのピアノ曲は、現代人のロマン・・・のような気がする。

時代に逆行するということは、革新的なことなのかもしれない。

今、人々は「ロマン」を求めているのかもしれない。

kaz



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category: 秘曲

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いろおんぷ 

 

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6歳の時に、この教本からピアノを始めた。ピアノを弾くというよりも、色鉛筆で色を塗っていた記憶しかないような?

この教本は第2集もあったと思うけど、僕は一冊の途中までしかやらなかった。2年生になっても色を塗っていたと思う。この時点で、僕のピアノ道の未来には難しいものがあったと言えようか。

「ド」は赤い色、「レ」は黄色・・・だったかな・・・

音符を色で認識してしまい、黒い音符を読めなかったということが最大の敗因だ。

でも、僕は耳で覚えて弾いてしまう(しかできなかった?)癖があったので、「鍵盤ではなく楽譜をしっかりと見ましょう」(読みましょう・・・ではなかった)という点では、楽譜を見るようにはなったような気がする。

鍵盤に長い色つきのカードを置いて、指に色の指輪のようなものをはめて学習した。どうも、「ド」は赤・・・という色認識の弊害よりも、親指が「ド」で人差し指が「レ」のように覚えてしまったことが敗因の最大の理由なのかもしれない。ポジション移動しない曲ならいいけれど・・・

僕だけが、この「いろおんぷ」を使用していたわけではない。すべての導入期の生徒が使用していた。

なんとなく「昭和」を感じさせる教材であり、レッスンだったと思う。

kaz

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category: ピアノの本

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感動レッスン 

 

「死生学」などというと、なにやら難しげな学問のように思える。実際に難しいけど、簡単に言うと、「死って何?」とか「生きるって何?」ということを考える学問。「人生って何?」でもいいかもしれない。

「ピアノを教えていて思うんです。感動というものが大切なことは私も理解できるんです。でも生徒さんは興味を示さない。音楽そのものに興味を示さないんです。もちろん練習なんかしてきません。CDとか貸出しているんですけど、聴いてくる生徒さんは少ないです。無反応なんです。どうだった?と訊いても、別にぃ・・・みたいな感じで。どうしたら感動というものを教えられるんでしょうか?」

はっきり申し上げて、そのようなことは教えられないと思う。課題として与えて「感動してきなさい」「感動してきました」ということはあり得ない。先生は導くこと、案内することは可能かもしれないけれど、そのようなことは自分で感じるものだと思う。子どもだろうが幼児だろうが。

ここで「死生学」と「音楽」なのだが、人生というものはレッスンなのです。何かを知るための、感じるためのレッスン。そのために人生には、様々な苦難というものがその人に与えられる。何を知るためなのか、それは「無条件の愛」ということになる。人生の課題を終えると、つまり無条件の愛というものを知ると、解放され死ぬことができる。なので、「死」というものは別に怖いものでも哀しいものでもないのだ。本来はファンファーレを鳴らしてもいいくらいなのだ。残された人は哀しいけどね。でもその哀しみというものもレッスンなのだ。

死ぬということは、肉体がなくなるということで、精神や魂はなくなるわけではない。僕は霊体験とか、そのようなことには無縁だし、無宗教でもあるけれど、なんとなく「魂」というものは存在していると感じている。

感動とか、感情の動き、たとえば音楽を聴いて胸が苦しくなるほど感動してしまうという心の動き、この摩訶不思議な心の動きと、解放されて魂として浮遊できるということは非常に似ているのだと思う。つまり「愛を知る」ということの初歩レッスンと「音楽からの苦しいほどの感動」というものは似通っているのだ。感情の動きとして似ている・・・

ピアノの人には馴染みのない作曲家かもしれないけれど、ヨハン・カスパール・メルツという人がいた。1806年の生まれなので、ショパンよりも少しだけ年上ということになる。ほぼ同時代の人と考えていいだろうと思う。この人は、ギタリストで独学でギターを学んだのだそうだ。そして19世紀のギター黄金期を築いた一人でもある。ギター弾きにはメルツはとても有名な作曲家なのではないかと思う。

メルツの残した作品を聴くと、そこにメルツの魂を感じることができる。なにも霊体験的なことが起こるわけではないが、「ギターを愛して愛して愛しぬいた男の魂」というものを、その作品から、現代の名手の演奏を介して感じることができる。この曲が「好き」とか「嫌い」とか「まぁ、普通?」とか、そのような感じ方ではなく、「メルツのギターへの愛」というものを感じるというか・・・

もし、この曲を聴いて、何かしら心が動いて、ある種の苦しさを感じたとしたら、それはメルツの愛を感じたということなのだ。メルツの魂は現代にも存在していて、何かを介して、現代の人の魂にも触れてくるのだ。

「死生学」と「音楽」とを結び付けて「感動」というものを考えると、こんな感じになるのではないだろうかと思う。

人間の感動のメカニズムというものは科学的に解明されているのかもしれないけれど、将来科学が進歩しても「感動サプリ」が売り出され、それを飲めば感動できる・・・なんてことにはならないと思う。感動というものは魂との触れ合いだから・・・

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category: 秘曲

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演奏する人、聴かない人 

 

頂くメールで質問をしてくる人がいる。ピアノを習っている人はもちろん、音楽のプロであるピアノの先生からも。

「バイエル挫折で辞めて長期間のブランクがあって、どうして難しい曲が弾けるの?」

この質問が一番多い。これはおそらく、小学3年生の時に音楽を聴く喜びを覚え、そこでピアノ学習に独学の要素が入り込んだからだと自分では思う。レッスンではバイエルだったけれど、聴いた曲を弾いてみたいという願望が生まれ、自分で弾いてみて、そこである程度上達したのだと思う。レッスンではバイエルやブルグミュラーをたどたどしく弾き、自分ではショパンのワルツやらベートーヴェンのソナタを弾くという、ある意味バランスの悪さがあったが、やはり「弾いてみたい」という欲求というものが上達させたのだと・・・

想像する時がある。もし、僕が音楽開眼をせず、でもピアノの先生とは相性が良く、楽譜もきちんと読めて、スタンダードの当時のピアノ道を進んでいたらどうなっていたのかと。「ソナタまでいきました」とか「ショパンのワルツまで弾きました」みたいなことにはなっていたかもしれないが、今のように音楽を聴く生活、つまり濃厚な(?)音楽愛好家になっていただろうかと・・・

なっていなかったのでは・・・と想像する。ある程度のピアノ曲には親しんでいたとは思うけど・・・

「どうして、いろいろな曲を知っているんですか?どのようにして知るんですか?」

この質問も多い。これはピアノの先生からも多い質問だ。逆に、僕は不思議なのだ。ピアノを習い始めて数年という小学生だったら、自分の周囲1メートルぐらいの曲しか知らなくて、そして興味がなくても不思議ではないが、長期間ピアノを習い、ある意味青春をピアノに捧げたようなピアノの先生が、僕よりも曲を知らないというのはどういうことなのだろう?

音楽愛好家よりもプロのピアノ教師の方が曲や演奏家について興味が薄い・・・

これはピアノや音楽というものが、「聴く喜び」というものとは別のものとして人生に入り込んでくるからなのではないかと僕は思う。ピアノは難しい。ストイックに練習を重ね、それを積み重ねていく、そして音大に合格し、卒業・・・

音楽やピアノというものが、「苦しいほどの感動を呼び起こすもの」という存在とは少し異なるものとなっていく、あるいは、初めからそのようなものではなく人生を歩んでしまう・・・

指練習やエチュードをこなし、曲に心からの打ち震えるような感動がなくても、先生の注意を守ってピアノを弾いていくことは可能なのかもしれない。むしろ、そのようになりがちなのかもしれない・・・

「ピアノ曲以外には興味がないんです。何を聴いていいのかわからないし・・・」

「聴く喜び」というところから発生した「触れたい」という欲求からのピアノではなくても、ピアノ道は歩めてしまうものなのだろうか?そうなのかもしれない。でもそれも寂しい感じがする。

先月までゲオルギー・ヴァシレイヴィッチ・スヴィリードフなんていう作曲家は知らなかった。でも、僕はこの曲を知って自分の人生が豊かになったと思う。この曲を知って心から嬉しいと思う。このような曲、まだ自分の知らない曲が山ほどあるのだ。知りたいと思う。これは自然なことなのではないだろうか?

音楽を聴くけれど楽器は演奏しない・・・ということはあるだろうけど、その反対はありえんだろう・・・と思う。

kaz



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category: 秘曲

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灯を消さなかったピアニスト 

 

人生には逆風が吹くこともある。ただ平穏に暮らしたいと思っているだけでも困難や苦難の方から向かってくる時もある。時代の荒波に翻弄されてしまうこともある。

シフラの生涯を追うと、彼の歩んだ苦難の道というものが凄まじかったのを感じる。

貧しいながらも妻のズレイカと出逢い、知り合って数日で結婚した頃、この頃がシフラの平穏な日々だったのかもしれない。結婚後、二人の初めての晩餐、それは公園のベンチで食べた質素なソーセージ、幸せな時間・・・やがてシフラJrが生まれる・・・

しかし戦争の足音がシフラ一家にも近づいてくる。動員命令・・・戦地での生活。

シフラは戦地で片方の聴力を失ってしまう。ピアノなど触ることもできない日々・・・そのような日々が何年も続く。

シフラは再びピアノに向かった日、自分を再構築する決意をした。父親がかつてしたように、夜の街でピアノを弾く。朝までバーでピアノを弾いたあと、朝から何時間もピアノの練習をする。

自分の思うようにピアノを弾いてみたい、演奏活動をしてみたい・・・自由に・・・自分の心の欲するままに・・・

シフラは自由を求めてしまった。国外脱出計画・・・

しかし、その計画は失敗に終わる。密告だったのであろう。計画を実行する前にシフラは思想犯として捉えられ刑務所で強制労働をさせられる。この頃が最も辛かった日々だったのかもしれない。何年も重労働を課せられる。重い大理石を何時間も運ぶこともあったそうだ。この時、シフラは右手首の腱を痛めてしまう。

「ここまで試練を与えればお前はピアノを諦めるだろう・・・」

そのような声が聞こえたのかもしれない。

「まだ諦めないのか、お前はまだ音楽、ピアノにこだわるのか?まだ憧れの灯を消さないのか?憧れや情熱を捨てれば平穏に生きることができるだろう?静かな人生を送ることができるだろう?なぜお前はピアノを諦めないんだ?」

シフラは解放後、再び一から自分を鍛え直す。自分のピアノの再構築を始めるのだ。

このような時、人間は自分の心の内側に問いかけるのだ。自分はどうしたいのかと・・・

「僕はピアノが好きなんだ。弾きたいんだ・・・どうしてもピアノが弾きたいんだ・・・」

シフラはそのように思っていたのかもしれない。やがて自由化を求めるハンガリー動乱勃発・・・

シフラはここで躊躇した。自分は思想犯としての過去がある。自分の心の声に従って家族を巻き込んでいいのか?たしかに自分は自由に演奏活動したいと思う。国外に出れば自分のピアノを認めてくれる人もいるかもしれない、チャンスも広がるかもしれない、でも・・・

「自由・・・自由というものを求めるとしたら、今が最後のチャンスかもしれないわ。このような時は二度と訪れないかもしれないわ。ハンガリーを脱出しましょう・・・」

妻のズレイカの後押しもあり、一家は国外脱出をする。徒歩で国境を越えたのだ。胸まで水に浸かりながら川を渡ったことさえある。しかし、とうとう国境を越えたのだ。自由を手にしたのだ。

「ピアノが好きだ・・・」

この想いがシフラを支え、そして動かしたのだ。彼の「ピアノが好き」という言葉はとても重い。

華麗に、そして豪壮にリストを弾く・・・

曲芸のようだと評する人もいるシフラの演奏だが、その演奏には熱い想いがあるのだ。

「ピアノが弾きたいんだ」「ピアノが好きなんだ」という想い。だからこそ聴く人の胸を熱くする・・・

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category: ピアニスト

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永遠のハンガリー 

 

その少年の演奏には何かしらの訴えてくるものがあった。試験官の誰もがそのことを聴いた瞬間にそう感じた。

でもリスト音楽院に入学させるには幼すぎるし、なによりも規則に反する。

「また大人になってオーディションに再挑戦してくれるだろう。選考の対象になるその時まで待ちましょう」

大方の試験官の意見だった。

「いや、この少年には才能がある。その才能を見出し、そして育てるのが我々の役目ではないのかね?そしてこの音楽院はそのために存在しているのではないかね?」

「でも、ドホナーニさん・・・まだ子どもですよ、それに規則が・・・」

「規則というものは破るためにあるのだ。この少年を入学させなさい!」

シフラ少年の才能を見出し、ピアニストへの道を開いたドホナーニ・・・エルンスト・フォン・ドホナーニ。有名な指揮者、クリストフ・フォン・ドホナーニは彼の孫にあたる。

エルンストの息子、ハンスは法律家で反ナチスの考えを持っていた。ユダヤ人支援を行い、レジスタンス活動を行った。そして強制収容所にて処刑されてしまう。エルンスト自身も、自身の管弦楽団を解散させられ、音楽院を解雇されてしまう。それでもユダヤ人音楽家の支援を続けた人だ。迫害の続くハンガリーに留まり、音楽家支援を行った。

終戦後、ハンガリーがソビエトの衛星国になったことで、エルンストはアメリカに渡る。最後まで祖国ハンガリーを愛した人だった。

音楽を愛した人だったのだ。不条理なことが許せない人だったのだ。

ドホナーニ自身が編曲して演奏している・・・

この演奏を聴くと、「愛情溢れる人だった」・・・と感じる。

音楽家というものは、「音楽を愛している」というその一点だけで精神的につながるのだ・・・そう思う。

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ピアノに憧れた少年 

 

まだ言葉も理解できない頃だったけど、僕はお姉さんの弾くピアノの音色を聴いていたんだ。生まれながらに病弱だったからベットの中でね。無意識にお姉さんのピアノに合わせて指を動かしていたんだ。心の中で一緒に弾いていたんだ。

お姉さんの弾いていたピアノはレンタルだったんだ。僕の家は貧しかったからお母さんは食料品店で働いていた。お姉さんも、ある会社の食堂で皿洗いをしていたんだ。お姉さんが出世して、その会社の社員になれたから家にもピアノが来たんだ。レンタルだったけど、その音色は特別だったんだ。

お父さんはピアニストだった。ロマの楽団でピアノとツィンバロンを弾いていたんだ。でもハンガリー人というだけで投獄されて収容所にいたんだ。僕の生まれる前のことだし、みんなそのことについては話してくれないけど、一家はバラバラに暮らしていたんだって。お父さんは釈放されてハンガリーに帰ってきた。そして僕が生まれたんだけど、お父さんは昔のようなお父さんではなくなってしまったらしいんだ。でも僕にはとても優しかった。僕にピアノを教えてくれたのもお父さんだった。

家には楽譜なんてなかったけど、僕はお姉さんの弾くピアノを聴いていたので、その音や曲を覚えていた。だからピアノを弾くことができた。お母さんの歌うオペラのアリアとか、僕はピアノで弾くことができた。お父さんが綺麗な和音を教えてくれた。僕はその和音を使って即興演奏をしたりした。

僕がデビューしたのは5歳の時、サーカスでなんだ。僕がピアノで即興演奏をすると、お客さんはとても喜んでくれた。お金も稼ぐことができた。でも僕は病弱だったから、サーカスで弾くことも続かなかった。

その代わり、僕は本格的にピアノを習うことになったんだ。

僕は上達していったんだと思う。ブダペストにあるリスト音楽院というところのオーディションを受けに行ったんだ。とても立派な音楽院だということだった。僕は緊張なんかしなかった。いつもと同じように弾いた。

本当は僕は合格できなかったらしいんだ。リスト音楽院というところは、正規の音楽初等教育を修了した優秀な人しか受験できなかったみたいだ。僕のような、ただピアノを習っていてピアノが好きな子どもなんて合格できない決まりになっていたらしい。

試験官に、なんだか厳しそうな顔つきの人がいた。とても偉い人だということを後で知ったんだ。その人はドホナーニという人だったんだけど、その偉い人が僕の演奏を認めてくれたので僕は特例でリスト音楽院に入学できたらしいんだ。僕はドホナーニさんがいなければ、ピアニストにはなれなかったと思う。だから僕はドホナーニさんには感謝している。一生忘れないと思う。


シフラ少年のリスト音楽院時代の貴重な映像。1930年代の演奏だ。まだ少年だったシフラのこの演奏、現代の達者な子どものコンクールでは、もしかしたら入賞や優勝は難しいのかもしれない。なんとなくそう思う。特に「表情づけ」という点で、隙のない演奏というか、「子どな」のような演奏がコンクールでは受けるような気がする。でも、その子どもが本当に弾きたいように弾いているのか、先生が影で操っているのかわからない演奏が残念ながらコンクールでは多いような気がする。

コンクールで金賞を獲得した現代の優秀な子ども(子どな)たちがシフラのようなピアニストに成長できるとは思えない。原石のような才能をドホナーニは見抜いたのだと思う。ドホナーニは音楽家だった。そしてシフラも・・・

kaz



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category: ピアニスト

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直伝ゴドフスキー 

 

ゴドフスキーも、かつてよりは一般的になった。でもどうなのだろう・・・

剛腕系のピアニストの完璧なまでの再現演奏、とても再現不可能のように思える楽譜、そしてそれに挑戦する腕達者のアマチュア(オタク的?)ピアニストたち・・・という構図が浮かんできたりする。

ゴドフスキー=演奏至難=超絶系=一部マニアのための曲

たしかに演奏至難だと思う。楽譜を見ると卒倒しそうに大変そうだ。でも、もともとロマンティックな作品だったような気もする。ゴドフスキーの直弟子であったボレットの演奏などを聴くと、そう思う。ボレットはサパートンやローゼンタールにも師事している。なのでこのようなサウンドになるのかもしれない。

ボレットは60歳近くになるまで脚光を浴びなかった。むろん、それまでも無名というわけではなかっただろうが、「ロマンの極致」のような捉えられ方をしたのは人生の後半(暮れ時?)になってからのような気がする。

いきなり人々は気づいたのだ。「えっ・・・こんなに素敵な演奏というものがあったのね・・・」

新しいもの、刺激的なものを追っていた人々がボレットの演奏に開眼した時・・・

ゴドフスキー編の「小犬のワルツ」、楽譜は「ああ、ゴドフスキーだよね」とため息をつきたくなるような楽譜だ。なのでゴドフスキー作品は、どこか「頑張って」演奏されてしまうのだろう。

でも、本来はこのようなサウンドだったんだよね・・・

kaz



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category: ピアニスト

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ロマンへの郷愁 

 

このブログの本来の目的は「ピアチェーレ」の広報的なものだった。1年に一度、ピアノ仲間有志で演奏会を開催する。本来の目的から、かなり逸脱し、関係のないピアノ教育のことや、自分の思っている様々な事なども書いてしまったりしている。広報用ブログではなく、完全に自分のブログになっているな。まっ、いいか・・・

まぁ、いろいろと個人的にあり、11月のピアチェーレの演奏会については、自分の中で先送りになっていたところがある。でも、そろそろ準備を開始しないとと思う。ホームページに曲目は掲載してあるけれど、僕の場合は曲目の変更があるのが普通なので、今年も曲は変更することになるだろう。

今年のテーマは「ロマンへの郷愁」なので、メンバーも往年のピアニストの編曲作品を弾いたりする人が多いと思う。

僕の場合、思い切った決断をした。一度はやってみたかったサブテーマで曲目を決めてみようかと・・・

僕のサブテーマは「リストへの系譜、リストからの系譜」というもの。

チェルカスキーから、その先生であるホフマン、さらにホフマンの先生であったモシュコフスキーと辿ってみる。モシュコフスキーの先生がリスト。ここでリストに辿り着く。後半はリストの弟子たちの作品、ジロティとローゼンタール。

我ながら凄いプログラムになったと思う。具体的な曲目は、これから考える曲もあるけれど、大方はこの路線でいこうと思う。ロマンティック・・・まさに「ロマンへの郷愁」になると思う。

チェルカスキー・・・彼自身の作品もあるけれど、僕はチェルカスキーというと、ゴドフスキーの演奏をまず連想する。ゴドフスキーは現在の剛腕系ピアニストのレパートリーともなっている。アムランやベレゾフスキーとかね。でも僕の場合は、そのような剛腕系には興味が全くないので、ゴドフスキーといえばチェルカスキーやボレットのようなピアニストを連想してしまうのだ。

今回、プログラムはゴドフスキーから始めようと思う。チェルカスキーのような、あの濃厚なロマンの世界・・・

今、彼のようなピアノは聴くことは難しくなった。でも人々はもう一度聴きたがっている・・・チェルカスキーのようなサウンドを・・・

ということで「ロマンへの郷愁」と結びつけようかと。

kaz



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category: ピアチェーレ

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「kazさん・・・僕は怖いんだ。怖いんだよ・・・」

自分の病気のことを知った時、彼は泣いた。彼が泣くのを見るのは二度目だ。僕の肩にもたれ泣きじゃくった。

声楽家に憧れ上京し、学生時代は朝の4時からビル清掃をして生活費とレッスン代、授業料を捻出した。

「僕はね、フランスに行くんだ」

彼はフランスに留学した。フランス歌曲が好きだった。

帰国し、これからという時に発症した。まだ30を過ぎたばかりだった。

僕と違い、彼の場合は病気の進行が速かった。転移を繰り返し、それでも彼は舞台の仕事があると歌った。立っている体力がない時はベットに横になりながら楽譜を読み、そして歌った・・・

「僕は歌が好きなんだ。僕には歌うことしかできない・・・」

発症前、彼が元気だった時、僕は彼のリクエストで現代のスター歌手ではないテノールのCDを聴かせた。僕はルイジ・アルヴァのCDを選んだ。

「俺、こんな人知らないな・・・それにトスティなんてあまり好きじゃないんだよね」

トスティは声楽を学ぶ人は必ず歌う。「イタリア歌曲集」の次に「トスティ歌曲集」を歌うことが多いらしい。高校生でも歌うそうだ。つまり、入門まではいかなくても、声楽では、ごく初期に学ぶ歌曲なのだ。

彼も高校生の時に歌った。発音に注意し、発声に留意し、先生の教え通りに歌った。いや、学習した。

ルイジ・アルヴァの歌うトスティの「夢」・・・

「俺・・・こんな・・・」彼はそう言いかけると、激しく泣き始めた。「俺・・・俺・・・」

それまでは彼にとってはトスティは教材だったのだ。ルイジ・アルヴァの歌唱によって、トスティが初めて彼の中に芸術作品として入り込んだのだ。

ルイジ・アルヴァ・・・トスティ・・・夢・・・

彼の泣くのを見たのは、その時が初めてだった。

その時、彼はトスティ作品に目覚めたのだ。音楽に開眼したのだ。

彼は亡くなる直前まで入院しなかった。「死んでも歌いたいんだ。美しく歌ってみたいんだ。生きている時に一度でいいから、美しく歌ってみたいんだ・・・」

彼は音楽に、歌に焦がれていた。憧れていた。

ルイジ・アルヴァの歌うトスティの「夢」・・・

彼の訃報を知った時、僕はルイジ・アルヴァの「夢」を聴いた・・・

彼が旅立つのを感じた。

kaz



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category: 未分類

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編曲需要 

 

ベートーヴェンとかショパンのような普通(?)のピアノ作品ではなく、歌曲やギター曲に惚れ込んでしまい、ピアノで自分でも弾きたくなってしまうようなこと、ありませんか?

ピアニストが華麗に編曲して出版されているものは、弾ければそれを弾くと思うのだけど、そうではない場合。

教材の中にも編曲作品はあると思うけれど、そのようなものでもなく、演奏会で弾いてもいいような編曲・・・

自分で編曲できれば一番いいのだと思うが、音大で勉強したわけでもないアマチュアなので、それはできない。むろん、メロディーや和音を音源から聴き取ることは可能だけど、それではなんとなくヒネリがない。

個人的に習いにいけばいいのかもしれないが、1~2曲を編曲したい、というかピアノ譜が欲しいためだけに、作曲の先生のところへ通い基礎から教えてもらうというのも現実的ではないような気がする。

編曲をして、それを人前で弾くということに関しては、著作権の問題があるけれど、基本的にはアマチュアが演奏する場合は、3原則の「営利目的ではない」「入場料が発生しない」「演奏側がノーギャラ」というところは踏まえていることが多いと思う。それを考えると、アマチュアのピアノ弾きからの編曲需要は多いような気がするがどうだろう?

「この曲を、このピアニストが弾いているような感じで・・・」とか「アール・ワイルド風にお願いします」とか、ユーチューブもあることだし、依頼を受けた方もするほうも、直接打ち合わせをしなくても、イメージを伝えたり受けたりすることは可能だと考えられるが・・・

なんとなくビジネスとして流行っているとかはないみたいだ。需要はあると思うんだけどな・・・

いくら払ってもいいから(限度はあるが)、どうしても、この曲をこのような感じでピアノで弾いてみたい・・・と思っているアマチュアは結構多いような気がする。

kaz

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category: 未分類

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憧れを忘れた先生たち 

 

Essential Julian Bream (Snyp) (Bril)Essential Julian Bream (Snyp) (Bril)
(2008/01/15)
Julian Bream

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「ピアノ教師の仕事は何なのでしょう?ピアニストのように自分が弾けることではないのです。生徒にピアノの楽しさを教えられる人が本当のピアノ教師なんです。自分がいくら弾けても教えられない人はいると思います」

「私は自分のピアノよりも生徒のピアノを大切にしています。ショパンやラフマニノフを必死でさらうことよりも、生徒の教材研究をしたり連弾の練習をすることに生きがいを感じます。でもそれでいいのではないでしょうか?いけないとはどうしても思えません」

「ピアノの先生はプロのピアニストのように達者に弾ける必要なんてないのです。演奏することではなく教えることが仕事なのですから。本物のプロの先生なら自分がレッスンを受けたりとか、自分の演奏を磨くなんていう時間はないと思います。セミナーに参加したりしている先生は、自分のやるべきことをしているのです。それが自分を磨くということなんです」

このようなメールを下さる先生方は音楽を聴いて、胸がしめつけられるような苦しさを覚えることはないのだろうか?

偉大な演奏に憧れを抱き、到底自分には届かない世界だと知っていても、それでも触れたいと思うような苦しさはないのだろうか?

なぜ自分自身の演奏というものを大事にしないのだろう?

「ピアノを習っている生徒のほとんどは専門家になるわけではないんです。苦しさではなく楽しさを教えるのが街のピアノ教師の役目です。音大の先生ではないんですから。その生徒がピアノを習うことによって、音楽の楽しさに触れ、感性が育てばいいのです。べつに華麗に弾きこなすのがレッスンの目的ではないのですから。あなたはそこのところがわかっていないようですね・・・」

はい、本当にわからない・・・

でも、ピアノの先生でも僕のように考えている人はいる。すべての先生が自分の演奏を捨ててしまっているわけではない。音楽に憧れ、苦しみ、そして泣いている。それでも憧れを消すことができない・・・それが音楽だから。

自分の演奏よりも生徒の教材研究・・・

実際には、そのような日々になってしまうこともあろう。でも「それでいいのだ」「それが当たり前」と思うのと、「弾きたい・・・でも時間がない」ということとは根本的に異なる。

先生が憧れを消してしまったら、生徒が本物の音楽に出逢い、そして憧れを持った時、どうするのだろう?

子どもの頃聴いたブリームを聴いている。涙が止まらなかった記憶がある。

美しいと思った。そして哀しいと思った。苦しいとも・・・

もし生徒がそのような体験をしたとき、憧れを消した先生になにができるのだろう?どこへ導いていくのだろう?

kaz



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category: 未分類

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濃いブラジル 

 

ネイ・マトグロッソのライブ・・・

有名なアブレウの「ティコ・ティコ・ノー・フーバ」を歌っているのだけど、なんといっても衣装が凄い。メイクも凄い。動きも凄い・・・

おそらく日本人にとっては強烈すぎるんだろうな・・・と思う。

「濃すぎる」というか・・・

この「濃さ」が好きな僕ってどうなんだろう・・・と少し思う。

kaz



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category: あっぱれ麗し舞台

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熱きブラジル 

 

ピアノの教材やバイエルのことを書いていて、頭の中に過った曲があった。「たしかバイエルの88番に似た曲があったなぁ・・・」と。

似ている・・・と思ったのは僕の主観なので、もしかしたら似てはいないのかもしれないが、その曲は、ブラジルの作曲家、カルロス・ゴメスの曲。歌っているのはネイ・マトグロッソ。ピアノを弾いているのは、なんとアルトゥール・モレイラ=リマ。強烈な「熱きブラジル」の個性が集ったという感じだ。

ネイ・マトグロッソという歌手は、もちろんクラシックの歌手ではないのだが、ブラジルでは大変な人気を誇る歌手らしい。このゴメスの曲を聴いても、天性の音楽性を感じる。曲への反応力が凄い・・・

マトグロッソは、日本では知名度が低いと思う。それには理由があるような気がする。まず、声が変わっている。僕には、普通の声に聞こえるけれど、人によっては、彼の容姿と声とのギャップに戸惑うようだ。

そしてなんといっても、マトグロッソが日本で受けない(?)理由としては、その強烈すぎるライブだろうと思う。衣装が強烈というか舞台姿が凄まじいというか・・・

でも、なんとなく「ブラジルだよね」とも感じる。その「強烈ライブ」は次回のお楽しみとして、まずはマトグロッソの歌をお楽しみ下さい。

kaz



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category: The Singers

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美メロディー 

 

このような「美しい旋律」と出逢えた日は、とても嬉しい。

まだ出逢っていないメロディーがある・・・

まだ出逢っていない曲がある・・・

もっと生きたい・・・

「美しい旋律」に出逢うと、そう思う・・・

kaz



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category: 秘曲

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教材研究 

 

今、巷のピアノ教室では、どのような教材が使われているのだろう?

なぜか素人の僕に教材についての質問をしてくる先生がいる。本当に不思議だと思う。あとは「あなたはバスティンのような教材を研究したことがあるのですか?そのようなこともしないでピアノの先生を批判するなんて許せません」的なメールもある。僕の仕事は子供にピアノを教えることではないのだが、たしかに僕は初歩教材・導入教材の知識がない。

ピアノ指導に関する本だけではなく、教材も見てみたい気はしていた。そこでネット注文。バスティン教材(もちろんすべてではない)と「ピアノランド」という教材。梱包が大袈裟なので、燃えるゴミが多くて大変だ。

個人的に感じるのだが、かつてのバイエル~ブルグミュラー~チェルニー~ハノン~ソナチネ・・・という「王道」だが、教材そのものの欠点ということよりも、使用する側の創意工夫というものが、かつては足りなかったというところが問題だったのではないかと僕は思う。「バイエルだとヘ音記号がなかなか出てこないので生徒が混乱する」ということだが、それもそうだろうと思う。でも、その場合は教師側でテキストを作るとか、できなかったのだろうか?どの教材も欠点はあるのだから、そこを埋めるのは教師の仕事だと思うのだが・・・

バスティンは、チラッと見た感じでは、とても合理的な教材のような気がした。でも欠点もあろう。僕だったら、あのキャッチ―な曲調が苦手になっていたと思う。「ピアノランド」は、イラストが苦手だ。子供時代の僕だったら拒否反応があったと思う。

子どもというものは、多様性のあるものではないかと思う。なので、教材という枠に子どもを当てはめるのではなく、子どもに合わせ教材を使用するのが本来の姿なのではないかとも思う。

「はい。マルね。よく弾けました。では次の曲を練習してきてね」という機械的な与え方では、どの教材でもいつかは挫折する可能性がある。

ある教材を絶対的なものとし信用しきってしまい疑問を抱かない・・・

かつてはその絶対的なものが「バイエル」で現在では「バスティン」ということでは、やはりマズイのではないかと思う。

このようなメールがあった。

「小学2年生の生徒さんです。ピアノを初めて半年です。バスティンという教材がいいと聞いていたので、セミナーにも通い教材研究をしていたので、迷わずバスティンを使用しました。私は生徒さん全員にバスティンを与えています。でも、その2年生の生徒さんは、バスティンを嫌がるのです。どうしてでしょう?」

よく読めば、2年生の生徒にバスティンの一番最初の本を与えている。これは幼児用というか、楽譜の形態になっていない。2年生といえば、算数で九九を習っているのだ。拒否反応が出て当然だと思う。

「もちろん年齢的に幼いかな・・・という心配もあったのですが、先のバスティン教材を途中から与えると、まだ習っていない項目も突然出てきたりして困るのです」

うーん、突然でてきたら先生が教えればいいのでは?

なんとなく教材を「絶対視」しすぎているような?

でも「教材研究」は興味深いので、しばらく続けてみようと思う。

kaz

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category: ピアノの本

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フェルディナント・バイエル被告 

 

バイエルの謎: 日本文化になったピアノ教則本バイエルの謎: 日本文化になったピアノ教則本
(2012/05/16)
安田 寛

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たしかに「バイエル」は楽しくはなかった記憶がある。「ワッ!」「キャッ!」という楽しさもなければ「目を輝かせてワクワク」という感じでもない。僕の場合は、楽譜の構造を理解していなかったから弾けなかったので、「バイエル」ではなく他の「ワクワク教材」に変更しても、ピアノは挫折していたんじゃないかと思う。

バイエルという教材は、どうも人気がないようだ。時代遅れとか、バイエルを教材として使用することそのものが、その教師の研究不足ということになってしまったりして・・・

たしかに、「ずっとト音記号」とか「左手伴奏がいつもアルベルティ」とか「ハ長調ばかり」という難点はあろう。

でも、あまりに非難されすぎのような気もして、ちょっとフェルディナントが可哀そうにもなってくる。「ドイツでは今では知る人もいない3流の音楽家です」なんてフェルディナントに会ったこともないのに断言している人もいるし。

フェルディナントは日本の小学生に自分の初歩教材が使用されることなんて考えもしなかったのだから、ちょっと気の毒だ。当時はピアノを習う子どもは、良家の子女だったりしたんじゃないか?

「バイエル」・・・というか、彼の書いた導入教材が出版されたのが1850年。ショパンの没後1年・・・

「ほら・・・古い教材じゃない・・・」

そうだけど、ピアノ素人というか、一般的な常識的判断のようなもので考えると、1850年といえば、日本は江戸時代であるわけで、黒船の到来もまだなわけで・・・

そのような時代のピアノ教材であれば、日本の現代の小学生の嗜好とは合わなかったりはするんじゃないか、合わなくて当たり前というか。なんというか、真面目に「バイエルの欠点は・・・」と論じたりするのも、滑稽のような気はしてくる。

普通は「だったら工夫しろ、工夫を・・・」と思うわけです。

でも、本来、生徒に伝えなければならない「芸術作品」というものは、昔から不変であるはずなのに、そこまでの過程、指導方法がやたらと「新しいものがいい」となるのも不思議といえば不思議ではある。

フェルディナントを有名な、「バイエル教則本」だけで判断してしまうのもどうかと思う。当時は、教則本の作者というよりは、編曲者として、あるいはサロン風な音楽の作者として有名だった可能性があるのだから。編曲・・・当時は、オペラのアリアや管弦楽曲や室内楽など、ピアノ編曲のニーズが高かったと想像する。むろん、リストの編曲もののように生き残っている曲もあるけれど、フェルディナントのような作曲者、ピアニストが編曲して、現在では忘れ去られた曲、これらの曲が果たした功績は大きいような気がするのだ。

友人(80歳の彼)がピアノの楽譜を送ってくれた。日本では全く知られていない人だけれど、ロバート・シュルツという人の編曲した作品集の楽譜だ。アメリカでは「発表会」などで登場したりするようだ。

いわゆる「簡易版」というわけではない。「一本指でも弾けま~す」とか、そのような編曲ではない。いかにも「子供用です」という編曲でもない。かといって、リストやアール・ワイルドのような「ピアニスト御用達」という華麗な演奏効果が高い編曲というのとも違う。

なんというか、素直な編曲なのだ。ピアニストが大舞台で披露するには、少し物足りないかもしれないが、原曲の美しさを味わうような編曲ではある。アメリカでは、大人の学習者の人が演奏することが多いようだ。

「ああ・・・いい曲だな・・・」と大人が弾いて感じることのできる編曲作品。

フェルディナントは、このシュルツ作品のような役割を当時していたのではないだろうか?

フェルディナントの作品を、資産家の令嬢や貴族の貴婦人や伯爵が演奏してサロンで楽しむ、そして聴いている人も「いい曲ね・・・」と。もちろん、事実はそうではないのかもしれないし、フェルディナントは3流の音楽家だったのかもしれないが、でも優しく愛情を持って想像してあげてもいいんじゃないか?皆、フェルディナントがいたからピアニストになりピアノ教師になり、アマチュアピアノ弾きになれたんだから・・・

kaz



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category: ピアノの本

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弾ける曲がありません!!! 

 

サークルなどに所属していると、人前での演奏、つまり本番に向けて日々練習することになる。そして本番が終わると新しい曲に取り組むわけだ。新しい曲が少しずつ形になってくる頃、本番で弾いた過去の曲は忘れてしまう。弾けなくなってしまう。むろん、また練習すれば思い出して弾けるのだと思うけれど、そのような過去の曲を弾く機会はアマチュアにはないのが普通なので、新しい曲が弾けるようになるまでは、何も弾ける曲がない・・・という状態になる。

まぁ、自宅で孤独に練習しているだけなので、そんな機会もないのだけど、おそらく新曲の練習の期間に「何か弾いて・・・」などと言われたら、何も弾けないのだと思う。

これは、アマチュアだからそうなのだろうか?

音大生やピアノの先生たちは、いつでも弾けるという「レパートリー」を常備しているのだろうか?まぁ、「トロイメライ」とか「エリーゼのために」とか、あるいはショパンのワルツのような曲だったら弾けるのだと思うけれど、例えば講師演奏で弾いたリストやラフマニノフなどの曲、あるいは音大の卒業演奏で弾いた曲など、いつでも弾けるのだろうか?

「先生・・・ラ・カンパネラ・・・弾いて!」「いいわよ!先生だもん!なんでも弾けるのよ!」

普通、よほど人前演奏の機会が多い人を除けば、ピアノの先生でも本番が終わると、その曲は弾けなくなってしまうものではないだろうか?むろん、アマチュアと比べてはいけないと思うけれど、それでも「いつでもどうぞ!」ということは難しいのではないだろうか?

子どもでもアマチュアでも音大生でも共通しているのは、新しい曲は、一つ一つの音を読んで、そして覚えこんでいって弾けるようになるという手順を踏むのではないかと思う。なので、その曲が弾けるまでは、とても人様には聴かせられない・・・という状態なのではないかと思う。

ジャズ・ピアニストなんてどうなのだろう?むろん、練習はするのだろうけれど、でもクラシックの人のように、「今・・・私・・・何も弾く曲がないの」ということはなさそうな気がする。

クラシックの人って、アマチュアや子どもに限らず、即興で自由に鍵盤で遊ぶとか、浮かんだサウンドを気ままにピアノで奏でて楽しむということが苦手なような気がする。

練習して、そして本番。「ああ、また弾けなかった」「今度こそ・・・」とまた練習を重ねる。そのくり返し・・・

なんとなくストイックというか・・・

でも「では和声学を身につけましょう!」とか「コードを覚えましょう!」とか「作曲を習いましょう!」ということでもないんだな。あくまでも、好きな曲が弾ければいいので、即興演奏そのものをするのが目的なのではないのだ。

でも、新しい曲の譜読みが終わり、指に馴染むまでは「難行苦行」ということは当たり前・・・というのがなんとなく物足りないのだ。

フィオレンティーノの即興演奏というか、レコーディング前の指ならし。このようなこと、クラシックの人は苦手(というか、できない?)なのだと思う。フィオレンティーノはクラシックのピアニストだけれど、彼は自分で編曲をしたりする。

100年前のピアニストたち、ローゼンタールやホフマンのようなピアニスト、彼らの演奏を聴くと、現代のピアニストよりも即興性のある演奏だと感じる。彼らは、即興演奏が得意だったのではないか?僕はそのように思っている。彼らの時代には、ピアニストが自分で作曲したり編曲することが当たり前だった。今のように作曲と演奏が「完全分業」していなかった。もちろん、ショパンやリストだって演奏と作曲を同時に行っていたし、それが当たり前だった。今のような分業制度のほうが、長い音楽の歴史を考えてみると、異端な時代なのかもしれないと思ったりもする。

音大生ならば、音楽の基礎は身につけているはずなので、このフィオレンティーノのような即興、というか遊び弾きは誰でもできるのだろうか?

僕は「できない」と思っているけれど。でもピアニストやピアノの先生、音大生が自由に即興演奏ができないというのは、そしてそれがある意味「当たり前」という時代というもの、それが異端なのかもしれない・・・

kaz



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category: ピアノ雑感

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鉄のカーテンの向こう側 

 

僕は昔から旅行好きだったと思う。最近は体調の関係で自重しているところもあるけれど、また再開したいという希望は持っている。僕が訪れた国の中で、おそらく最も「異郷度」の高かった国はモンゴルということになると思うが、僕は基本的にはラテン系の国が好きなようだ。訪れた国の中でのベスト1がイタリア(歌の国だからねぇ)でその次がスペインだから。是非再訪したいし、南米諸国も訪れてみたい。

訪れたかった国というものもある。それがソビエト連邦。ロシアではなくソビエト・・・

シベリア鉄道9400キロ (角川文庫 (6230))シベリア鉄道9400キロ (角川文庫 (6230))
(1985/10)
宮脇 俊三

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青年時代は、このような紀行文を読んで、ベールに包まれたソビエトという国を想像したものだ。でもなぜか、「訪れやすい」という感じの国ではなかった。当時は共産国だったし、個人旅行も簡単ではなかったような気がする。僕は団体旅行は基本的にはできない(我儘だから)性格だし。でも、鉄のカーテンの内側を覗いてみたい気持ちはあったと思う。

その昔、ヨーロッパの都市を訪れる場合、モスクワの空港でトランジットすることが多かったように思う。あの悪名高き「シェレメチエヴォ空港」・・・

異様に無駄な空間が多く、何よりも照明が暗い。閑散とした雰囲気で、とても国際空港のターミナルとは思えない雰囲気だった。レストランも入るには勇気を要する感じだった。なぜか銃を持った兵士のような人物が睨んでいたり・・・

その異様な空港だけが、僕のソビエト体験。国民の生活ぶりを想像できるような空港だった。なにしろ強烈な印象だった。

「ソビエト」と聞くと、ロシア音楽ではなく、なぜかフィギュアスケートを連想する。それもシングルではなくアイスダンス。80年代の後半は、まさにペアやダンスは「ソビエト」が君臨していた感がある。ソビエト選手権の順位が、そのまま世界選手権の順位になるという感じで、本当に他の国を圧倒していた。

アイスダンスの芸術性と、あの空港・・・

なんともアンバランスだ。それが「ソビエト」だったのだ。訪れてみたかった・・・気もする・・・

この演技、約30年前の演技。今観ても古さを感じない素晴らしさだ。この演技がまさに「ソビエト」そのもの・・・僕にとってのソビエトだ。

悪名高き空港も、現在では、すっかり様変わりしたようだ。ソビエトは崩壊したのだ。

でも、あの時、大国が消滅するなんて想像すらできなかった。

今、存在しているもの、不変のものなんてないのだ。生きているうちに触れておくに限る。

kaz



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category: 未分類

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歌う床屋 

 

明日はペリー・コモの誕生日。ペリー・コモ・・・若い人は知らないのかなぁ・・・

彼は、歌手になる前は床屋さんだったんですね。11歳で床屋の見習いから始めて、なんと14歳の時には自分の店を持つまでになったとか。

でも、ちょっと変わった床屋さんだったのだ。もちろん、普通に髪を切ったり髭をそったりしていたんだけど、あるサービスがあった。それは、彼の歌。彼は、とても歌が上手く、そして歌が好きで、お客さんに歌いながら、床屋の仕事をしていたのだ。

「素晴らしいじゃないか?歌手になれるんじゃないか?」

ペリー・コモの床屋は、「歌う床屋さん」として評判になっていく。そして、本当に歌手になってしまうのだ。

全米ナンバー・ワンのヒット曲を14曲も持つ、人気歌手になっていく・・・

ペリー・コモの歌で僕の好きな曲がこれ・・・

歌詞がいいんだよねぇ・・・


人は、どうだったとたずねるんだ。今までどう生きてきたのかと・・・
僕は解らないと答える。

彼らは思っているさ。孤独な人生だったと・・・

でも新しい人生がまた始まる。あなたが手を差し伸べてくれたから。

そうなんだ・・・哀しい人生だったのかもしれない。でももう日暮れに憂鬱な気分になることはない。
今は、あなたが傍にいるから。あなたが私を愛してくれるから・・・

僕の辛かった心を解き放して、あなたは僕を幸せにしてくれる・・・


平凡な歌詞なのかもしれないが、僕は好きだ。

ペリー・コモの歌声もとても好きだ。

「僕は歌が好きなんだ・・・」

それが伝わってくるから・・・

kaz



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category: The Singers

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壮絶なる子ども 

 

子どもというものは無邪気で、そして天真爛漫・・・だとされている。

達者な子どもの演奏に驚嘆する時、それは年齢と演奏技術とのギャップ、見た目と技巧とのバランスの悪さ(?)のようなものが、一種の魅力となるのではないか?

では、14歳、15歳の子どもが、ケンプやシュナーベルのような演奏をしたらどうだろう?

なんだか聴いていて居心地の悪さを感じたりするのかもしれない。無邪気なはずの子どもが、人生を知り尽くしたようなピアノを弾いたら、それも先生のコピーでも、「上手いと世間で期待される」演奏でもなく、その子供の内面そのままが表出されている・・・

可能性としては考えられる。子どもでも壮絶な人生を味わっていたら・・・

まぁ、そんな例はまずないけど・・・

でも、フィギュアスケート選手にいた。ウクライナのオクサナ・バイウル・・・

この選手の演技を僕が初めて見たのはオリンピックの前年の世界選手権。この人は、いきなり出てきた・・・という印象だったんですよね。そしてその「子どもらしくない」演技にびっくりしたのを覚えている。

バイウル選手は、その時15歳だったと記憶している。もちろん世界選手権という大きな大会には初出場だった。普通は、それまでにジュニアの大会で優勝したりして、注目されたりするのだけど、バイウル選手はそうではなく、本当に「いきなり出てきた」のだ。そして15歳で世界選手権初出場、初優勝。翌年のオリンピックでも優勝して(16歳か!)そして、これまた、いきなり引退してしまう。まさに、風のように現れ、そして現役を引退した選手だ。

でも、それだけが凄いのではなく、やはり演技がなんというか、子どもっぽくないのだ。コーチに指示されたように・・・という感じではなく、15歳ですでに自分を表現できてしまっているのだ。

彼女の両親は離婚している。彼女が3歳の時に父親が家を出たのだという。母親も彼女が13歳の時に亡くなっている。癌だったそうだ。天涯孤独・・・

「泣きながらスケートを滑り、スケートを滑りながら泣いていた・・・」という。

衣装もカンパされたもの、スケート靴も貰ったもの、それまで習っていたコーチはウクライナから出て行ってしまう・・・

振付は、貧しい振付師が無料で彼女のために振りつけたのだという・・・

バイウル選手が、大きな大会に出たことがなかったのは、金銭的な理由だったのかもしれない。

でも、彼女は、いきなり出ていきなり優勝した。

彼女の演技、孤独な15歳の子の演技に世界の人は驚嘆した。

15歳でこのような滑りをする、このような演技をする・・・

なんとなく哀しくなるのは気のせいか?

子どもは本当に無邪気なのだろうか・・・とも思う。

kaz



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category: The Skaters

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何のためにピアノを習っていたんでしょう? 

 

ピアノを昔習っていた人、そして現在習ってはいるけれど、心の片隅で「これでいいのかな・・・自分・・・」という想いを持ちながら習っている人(中高生が多い)からのメールが増え始めたのは、ユーチューブの人の演奏を、このブログでアップしてからだ。特に、電子ピアノを弾いているユーチューブの人の演奏を聴いて、たまらなくなって僕などにメールをしてくるようだ。

「私は10年ピアノを習っていました。ピアノが嫌いだったわけではありません。むしろ、レッスンは楽しかった記憶があります。kazさんの書いているような、興味を持続させ、楽しくレッスンという感じの先生に習っていました。私はピアノを辞めてからも、別にそれでいいのだと思っていました。趣味で弾いていたという自覚もなかったのですが、でも専門にとか音大になんて、私は考えてはいませんでした。それははっきりしていました。だから、ピアノのない生活が当たり前でした。昔、ピアノを習っていた、でも今は何も弾けない・・・それが当たり前だったのです。でも、このブログで電子ピアノで演奏している男性の演奏を聴いて、思わず私は泣いてしまいました。この人たちは、プロでもピアノの先生でもないのだと思います。電子ピアノで弾いているし。でも、生活の中に、このような形でピアノがあるって、なんていいんだろうと心から思いました。でも、今、10年も習っていたのに、何も弾けない自分がいる。何かを間違えていたのだと思いました。それが何かは分からないんです。でも、今、このようにピアノを弾けない自分、それがとても悲しいと思いました」

彼らは仕事を持ち、そして趣味でピアノを弾いている。僕もそうだ。彼らと異なり、自分の演奏はアップしていない(できない?)けれど・・・

ピアノを辞めてしまった人、それぞれの理由があるのだろう。中には、辞める理由なんて考えずに、受験だからとか、部活が大変だからということで、便乗的に辞めた人も多いだろう。

辞めてしまった人たち、趣味で弾いていた人たち・・・

でも「辞めてせいせいした。ピアノなんて死ぬほど嫌い・・・」という人は少ないのではないだろうか?

趣味で弾いていけばいいのよね?音大に行くとか専門的にということではないのよね?

現在ピアノを習っている人の、ほとんどの人の答えは「イエス」だろう・・・

でも、彼らは、このようにピアノを弾いていきたいんじゃないだろうか・・・辞めてからも・・・

kaz



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橋渡しのタイミング 

 

かつて、子どもが沢山いたころ・・・

誰でもピアノを習っていたころ・・・

なんとなく、ピアノの先生って今よりも厳しかった、というか怖かったのではないかという印象がある。レッスンも、なんとなく教材が一律で、なんとなく弾ければ「はい、マル・・・」のような感じ?発表会も、ただ生徒が出てきて、ただ弾いて、そして引っ込んでいくという、いわゆる「トコロテン式」という発表会だったという記憶がある。これは今もかもしれないが、生徒が辞める割合も高く(昔はそれ以上に入室していたのだろうが)、発表会では、毎年幼稚園児から小学生ぐらい、せいぜい中級程度の生徒ばかりの出演で、同じような曲を弾いていく・・・

現在では色々なピアノの指導者の団体ができたり、なによりネットが普及した。教材も海外のものも含め、多数あるし、指導法などのセミナーも盛んだ。本も沢山出版されている。

今、自分には関係のない世界であるところの「初歩指導」とか「教室経営」「発表会関係」などの本を読んだりしていて、感じるのは、「かつての反省」という視点がこれらの本の根底にあるのだということ。悪いことではない。かつての反省・・・それは「工夫をしなければ」という視点だ。

「ピアノのレッスンを楽しく」「工夫をして生徒が辞めないように」「興味の持てる教材で」

僕は、別にそのことを否定しているわけではない。むろん、例外もあるが、初歩指導に関する本の内容がすべて間違えているとか、視点がずれているとも思わない。ここは意外だと思われる方もあろう。否定的なことも僕はブログで書いてきたから。でも誤解している方(先生)も多い。別に「厳しくせよ」と言っているわけではないのだ。小学生の低学年のレッスンで「芸術の崇高さを語れ」とか「奏法をみっちり」とか「仁王立ちして厳しく」と言いたいのではない。

生徒が音楽に興味が持てず、つまり音楽やピアノに憧れを感じることができなかったら、指導そのものが厳しかろうと、フレンドリーだろうと、辞めるのだ。

二つのことを思う。

まずは、「工夫しなければ恐怖症」になっていませんか・・・ということ。

「発表会・・・こんな工夫もあるのね?」と本や実例を読み、「私も工夫しなければ!」と思いすぎている先生が多いのではないか?指導法に関しても同じように感じる。「~しなければ・・・」と。

かつて僕がニコライ・ゲッダの歌唱で感じたもの、「音楽って・・・いいね。音楽って・・・哀しいね」という感覚を生徒がレッスンで体感しないことには、指導法をいくら工夫しても生徒は辞めてしまうのではないかと思う。レッスンで・・・つまり先生自身の演奏でということ。先生自身がピアノの演奏で悩み、泣き、それでも、それでもピアノを弾くことを辞められない・・・それは生徒の教材を勉強するとか、そんなことではなく、自分自身のピアノ・・・・

生徒はそこを察知するのだと思う。生徒が「お遊戯的楽しさ」から「本当の音楽に開眼」する時が、その時こそ、先生自身の「ピアノ弾き」というスタンスがどうなのか・・・ということが試されるのではないかと僕は思う。

挫折組のメールを読んで感じる。小学生、中学生、高校生、そして大人がかつての自分を思う・・・それらのメールから気づいたことがある。「ピアノがつまらない」と感じる年齢に、かなりの一致があるのだ。多くの人は、「興味が持てなくなった時」というのを書いてくるし、「もと生徒」のメールは計100通以上になっているので、ある程度は統計的なことも言えるだろうと思う。

大体「小学3、4年生」というあたりで、どうも「つまずいてしまう」人が多い。

ここで二つ目のことを思う。先生方の「創意工夫」というか「楽しくレッスン」というスタンスが、この年齢、そしてこの年齢で達するようなレベルになると、どこか通用しなくなってくる。別に「楽しくスタンス」を否定しているのではない。ただ、そのスタンスから、別の形のスタンスへの、なんらかの橋渡しが必要な時なのだと思う。

「創意工夫」に関しての本は沢山ある。でも「橋渡し」に関しての本がほとんどない。

いつかは「レッスンを~」というスタンスから「音楽の魅力で引っ張っていく」というスタンスが必要になる。それが小学3、4年生あたり。でも、いつまでも続く「楽しいレッスン・・・」

ここで「自分で音楽の森を開拓していくだけの能力」「自立して音楽を奏でられる能力」というものが備わっていないと生徒が不幸になる・・・僕のようにね。

僕は「楽しく」ということを否定しているのではない。「橋渡しのタイミング」というものを誤っていないかということを言っているのだ。

音楽に開眼した生徒は絶対にピアノは辞めない。長い中断をすることはあっても・・・

kaz

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