ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

私・・・ピアノなんてもうイヤ 

 

ウィスコンシン州、ピアノ教師でピアニストでもあるCのもとに、日本からの生徒がやってきた。父親が海外駐在ということで、母親と共に米国にやってきたのだ。日本では本格的にピアノを学び、コンクール歴もあるということだった。

J子さんは、14歳ながら、ショパンのエチュードを弾きこなす能力を持っていた。たしかに幼い頃から訓練されてきた様子の伺える演奏だった。CはJ子さんの、それまでに弾いてきたレパートリー表を見ながら、大曲も弾いているが、レパートリーとして、かなり偏っているのに驚いた。ショパンのエチュードを弾いていながら、ワルツをひとつも弾いていなかったりするのに驚いた。そして、何よりも、J子さんの演奏が、定型をなぞっているというか、J子さん自身の内側からのものではない、そのような演奏に驚いた。CはJ子さんに質問した。

「J子さん、ピアノは好きですか?」「えっ???」

J子さんは、3歳からピアノを習い始めた。ピアノは好きだった。一生懸命に練習もした。J子さん自身が自覚しないうちに、母親も教師も「芸高」「コンクール」という道へJ子さんを走らせた。

父親のOさんは、そんなJ子さんを不憫に感じることもあった。修学旅行でさえ、レッスンのため、そしてコンクールのためと、参加できなかったのだ。Oさんは、修学旅行の日、ひとり部屋で泣いていたJ子さんの姿を知っていた。

「たしかにJ子はピアノが上手いのかもしれない。専門的に学ぶ必要もあるのだろう。コンクールだって大切なのだろう。でも、J子に普通の子のような青春があるのだろうか?友達と遊んだりする楽しさだって必要なんじゃないか?俺はJ子が可哀そうだ・・・」

「でも、あなた、もしかしたら本当にJ子にピアノの才能があるのだとしたら?もしそうなのだとしたら、多少本人が可哀そうでも可能性を伸ばしてあげるのも親の務めなのではないかしら?」

両親とも、この問題に答えは出せなかった。

J子さんの先生は、何人もコンクールに入賞・優勝させてきた高名な先生だった。そして、とても厳しかった。

J子さんは、入選確実と思われていたコンクールで本選に進めなかった。当然、先生は激怒した。期待もあったのかもしれない。「なんていうことなの?そんなんで芸高なんて無理なんじゃない?たるんでいるんじゃない?そこに正座して反省しなさい!」

たしかにJ子さんは本番でミスをした。でもJ子さんなりに頑張ってきたのだ。色々な事を諦め、先生に怒られないように、長時間練習を重ねてきたのだ。それは先生だって理解しているはずなのに・・・

正座させられた日、J子さんは帰宅して、初めて泣いた。そしてそれまで我慢していた感情を吐きだした。その言葉を聞いたOさんは、思わずJ子さんに言ってしまった。

「もういい!ピアノなんて弾かなくていい!J子を哀しくさせるピアノやレッスンなんてもういい。ピアノなんてもういい!お父さんとお母さんとアメリカへ行こう。芸高なんてもういい。お前を苦しませるピアノなんてやらなくていい!」

「そんな・・・あなた・・・」

「お父さん、お母さん、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・私・・・ピアノなんてもうイヤ・・・」

J子さんはアメリカに来てからも挫折感を感じていた。「私に才能がないから先生を怒らせてしまったんだ。私が、だらしないからお父さんを悲しませてしまったんだ。私ってダメな子なんだ・・・」

ピアノも弾きたくなかった。本当に自分はピアノが好きだったのだろうか?どうなのだろう?

やがて、ジュニア・ハイスクールでの生活や英語にも少し慣れたころ、アメリカ人のクラスメートに言われた。「J子、あなた、ピアノが弾けるの?わぁ、いいな、ねぇ、聴かせて・・・」

J子さんは、黒鍵のエチュードを弾いた。泣きながら練習した曲だ。

「わぁ・・・凄~い!!!J子って、こんなに素晴らしい才能があったんだ!いいなぁ・・・」

「凄~い!J子って天才なんじゃない?」

J子さんは、自分の演奏を他人から初めて褒められたのに気づいた。いつも日本での先生には「そこがダメ!ここが弾けていない」とばかり注意されていた。ダメに弾かないように、怒られないように、いつも注意しながら弾くのがピアノだった。

「J子さん、ピアノは好きですか?」

C先生がやさしくJ子さんに質問していた。「えっ???」

J子さんは、好きとか嫌いとか、そのような感覚でピアノを弾いていたのではなかった。C先生の質問に答えられなかった。

「あ・・・あの・・・わかりません・・・でも練習はあまり好きではないです・・・」

「ハハ・・・それでは僕と同じですね・・・」

その時、初めてJ子さんに笑みがこぼれた・・・

C先生は、音楽院を卒業していない。専攻は数学ということを聞いて、J子さんは、びっくりした。J子さんでさえ名前を知っている名門大学の数学専攻。博士課程まで修了しているのだそうだ。ピアノは、あくまでも趣味だったらしいのだけれど、ある有名な国際コンクールに入賞し、有名になってしまい、そのままプロのピアニストになってしまった人だ。今では大学でピアノを教えているのだそうだ。

やがて、J子さんも大学進学を考える年齢になった。父親も駐在員の任務を終え、帰国する。自分はどうしよう?一緒に日本に帰ろうか?それともアメリカの大学に進学しようか?どうしよう?

「J子・・・お父さんたちは日本に帰る。お前も一緒に帰って欲しい。でもJ子次第だよ・・・」

「私・・・ウィスコンシンの大学に進学したい。私・・・アメリカに残る」

「音楽の学校かい?C先生が教えている・・・」

「違うの・・・私、子供の頃から文学に憧れていたの。専門的に文学を学んでみたいの。ピアノじゃないの・・・C先生も賛成してくれたわ。音楽は一生のものだから焦らなくてもいいって・・・」

「そうか・・・寂しいな・・・」

J子さんは、アメリカで演奏会に出演した。C先生と一緒に勉強してきた曲だ。小さな学生のオーケストラだけど、コンチェルトを演奏したのだ。

C先生が笑顔で聴いていた。友達もたくさん聴きに来てくれた。

Oさんは、演奏後、J子さんを抱きしめ、泣きながら言った。

「J子・・・素晴らしかった。ピアノ弾いていて本当に良かったね・・・」

kaz

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村







スポンサーサイト

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

表現を奪われた時 

 

「子どもには、子どもなりの感性というものがあります。その時に技術のみを追うのではなく、音楽によって感性を養うことが重要なのです。すべての生徒が専門家になるわけではないのです。ピアノは辞めるにしても、習っていた時期に、どれだけピアノと楽しく過ごせたのかということに重きを置くということが何故いけないことなのか理解に苦しみます。今の子供たちは、ピアノというものにkazさんの仰るような深いものを求めているわけではないような気がします。街のピアノ教室には、街のピアノ教室なりに、求められているものがあると思うのです。専門の道に進むという生徒がいれば、私は自分の先生を紹介しています。私は、自分の指導がそこにある必要があると思えないからです。楽しさ、興味を持つということ、それもまたピアノを習うという重要な要素になるはずなんです。どれだけ弾けるか・・・ということよりも、どれだけ音楽に親しむかということを重視する教師がいてもいいと私は思いますし、導入指導の本質はそこにあると私は思います」

何人かの先生からのメールをミックスしてみると、大体このような内容になります。やはり、平行線という感じでしょうか?別に「難行苦行レッスンをしろ!」と言っているわけではないのですが・・・

でも、趣味とか専門とか、生徒をカテゴライズするところから僕は理解できない感じです。

ピアノのレッスンを辞めても、その生徒は音楽との人生を歩んでいくのではないでしょうか?「もう音楽は聴くだけでいいの・・・」と心から思う人も中にはいるでしょうが、やはり「表現したい」という欲求は、ピアノを辞めた生徒にも、それから先の人生に起こってくるのではないでしょうか?

「ああ、音楽・・・」という瞬間、「自分でも触れたい・・・」という瞬間が・・・

その時に、何を身につけているかが重要だと僕は、やはり思います。もちろん、子ども時代にレッスンを続けている時に、そのような開眼があれば、それは幸せなことでしょうが、でもピアノを習っている時期と、その生徒の真の音楽開眼というものは、時期がずれることもあるのが普通なのでは?

僕自身は、小学校時代の終了と共にピアノのレッスンは辞めました。ピアノのレッスンそのものには、あまり未練のようなものはありませんでした。

「これからは、譜読みの苦労もなく、音楽に感動するだけの人生でいいのだ。先生にガミガミ怒鳴られることもないのだ」

完全に、「聴くだけ」の人生と割り切り、自分でもその人生に満足していると思い込んでいました。

でも、実は自分自身の心を偽って生きていたのを今では感じます。「弾かない理由」「弾けない理由」は百万個でも思いつきます。忙しい・・・とか。

中学生、高校生の時に特に多かったのですが、演奏会に出掛けて、その演奏から異様なまでの感動というか、胸が苦しくなるような感情を抱くことがありました。非常に苦しい感情です。それまで無意識に閉じ込めていたものが、出てきてしまうような心の高まり・・・

演奏会の帰り道、僕はよく泣きながら帰ったりしたものです。それは「自分でも表現したい」という強い想いからのものでした。でも、実際には、そのような手段を、その時の自分は持っていませんでした。表現する技術がありませんでした。

この時の感情、自分の中の強い感情をどうコントロールすればいいのか・・・どう発散すればいいのか・・・

今現在、病を患い、まぁ、大変な状況ではありますが、あの時に感じた「表現する手段がない」と感じた時に比べれば、今の状況は比較にならないほど幸せです。自分の人生で最も不幸だった瞬間は、音楽を聴いて、心が動き、その思いをどうしていいのか分からなかったときです。自分で表現手段がなかったときです。

「楽しく」を否定するわけではない。でも「雰囲気も出て、それなりに弾けているし・・・」ではなく、その生徒が将来に開眼した時に、表現手段があるように導いていく、表現できる技術を身につけさせるということが、街のピアノ教室だからこそ求められているのだと僕は思います。

「表現手段がない」と、その時に生徒が感じたとしたら、それは随分残酷な仕打ちではないでしょうか・・・

はるか幾光年の昔、中学生でしたか、ソプラノのシルヴィア・シャシュの演奏会を聴きました。順調に(?)シャシュの歌声を堪能していたのですが、プッチーニのこのアリアの途中で、その「慟哭」を感じました。

「ああ、音楽だ・・・このようなものに自分も触れたい・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」と。

「でも自分はピアノなんか、そくすっぽ弾けない・・・弾けない・・・」

この感情は僕だけが感じればいい。この感情は不幸なものだから・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: The Singers

tb: --   cm: 4

△top

イタリアからの励まし・・・ 

 

「Hi ! kaz  11月にアルフォンシーナと海を編曲して弾くんだね。いかにも君が好きそうな曲だと僕は思ったよ。身体が自分の思い通りにならない状況というもの、僕は、そのことを共有してあげることができない。どんなに心配してあげることはできても、共有はできない。でも応援することはできる。なんとなくそう思うんだ。僕はイタリア人だから、君にイタリア人歌手の、アルフォンシーナを紹介したかった。こちらでは有名な歌手なんだ。この音楽で何かを君と共有できると思っている。僕はピアノは弾けないから、とても君が羨ましい。自分の内なるものを外に出すことのできる手段を持つ君が羨ましい。またイタリアに来るよね?その時に君のアルフォンシーナを聴きたい」

イタリア人の友人がフランコ・シモーネという歌手のCDを郵送してきた。とても嬉しい。

フォルクローレ歌手のアルフォンシーナを聴いて、自分でも奏でてみたいという欲求が起こった。でもピアノ曲ではないから、自分で編曲するしかなかった。厳密には、簡素なギター譜を参考に、ソーサやリベルターの歌唱の耳コピをして、ミックスしたものだ。なので編曲とは言えないような気もする。

僕は、自分の秘めた思い、自分の胸の中にある「何か」をピアノを弾くという行為により、発散することができる。ピアノを再開して本当に良かったと心底感じる瞬間だ。ピアノを弾くという行為を、子ども時代で完結させてしまうことなしに人生を歩んでいる、そのことが本当に嬉しい。

現在、ピアノを習っている子どものすべてが、その先の人生の中で、「弾く」ということにより救われることもあるだろうと思う。なので、ピアノを完結させてしまわないで欲しい。先生たちには「導いて欲しい」と切に願う。

「昔、ピアノを習っていたの。でも今は何も弾けないの・・・」

こんなに不幸なことはないと思うから。ピアノが完結するのは、人生が完結する時なのではないかとも思うから。

「その時を楽しく」だけではなく、どうか、どうか「将来につなげて欲しい」と願う。生徒の将来のピアノ人生は、先生に委ねられているのだから・・・


アルフォンシーナと海

誰も知ることはない。どんな苦悩があなたにつきまとい、どんな哀しみがあなたの声を奪ったのか・・・

行ってしまうのですね、アルフォンシーナ、孤独をかかえて・・・

お眠りなさい、アルフォンシーナ、今・・・海を装いにして・・・


○アルフォンシーナ・ストルニ:詩人。乳癌と神経を患い、入水自殺をした・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: 好きな曲・好きな演奏

tb: --   cm: 0

△top

ギロックの甘い罠 

 

僕はギロック作品が好きだ。綺麗な曲が多いな・・・と思う。CDで聴いて鑑賞するとか、練習会で弾くという対象の音楽ではないが、純粋に「いい曲だな」と思う。

もちろん、大人が弾いてもいいのだと思うけれど、ギロックを弾くのは、やはり子どもが多いのではないかと思う。湯山作品などもそうだと思う。

子どもの心を捉える要素がありますね、これらの作品には・・・

感性を育て、そして表現力を養う「教材」という位置づけになるのであろうか?

古典派の曲を練習しない生徒でも、ギロックなら興味を持って練習してくる。無味乾燥な曲ではないし、イメージも膨らませやすい。演奏効果もある。キャッチーな感じだし。

でも、思うのだ。ギロックや湯山昭、あるいはキャサリン・ロリンの作品が、最終目的であっていいのだろうかと。難易度ということとは少し違う意味合いで書いている。

生徒が興味を持って弾く・・・それなりに表現もつけて弾きやすい・・・

でも、本当は古典派の作品や、バロックの作品、つまり「芸術作品」を弾けるようになるのが目標であるべきなのでは?

経過点ということであれば、これらの「耳に心地よい教材」もいい。しかしピアノを習うということは、ギロックをそれなりに弾ければ、キャサリン・ロリンを楽しく弾ければいい・・・ということではないと思う。

「でも、専門家になるわけではないんです!」「音大に行くわけではないんです!」

本当に、この言葉はよく聞かされるけれど、そうなのだろうか?

子どもは、いつかピアノ教室は辞めるだろう。ピアノを弾くという生活から一度は離れるだろう。でも、音楽が好きであったら、成長して大人になって、また音楽生活に戻ってくるだろう。僕は、そのような人たちに囲まれているのでそう思うだけなのかもしれないが、ピアノとか音楽、演奏というものは、「一生もの」なのだ。子ども時代は、あくまでも「基礎養成期間」なのではないだろうか?ピアノは、子ども時代に終結するものではない。

子ども時代に、どれだけ将来芸術作品に触れることのできる「基礎力」を養成するかということが、その生徒の「生涯のピアノライフ」というものにとって重要なのではないかと思う。ギロックをそれなりに弾くとか、湯山作品を楽しく弾くということは、あくまでも「芸術作品」への経過という位置づけになるのが本当ではないだろうか?

僕はギロック作品が好きだ。でも心の底から感動して聴くということはない。

僕はキャサリン・ロリンの作品も好きだ。僕の子ども時代に、このような作品があったら、楽しかっただろうなと心底思う。でも、僕はキャサリン・ロリンの作品で涙を流すことはない。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 4

△top

弾き手感覚と聴き手感覚による選曲 

 

フェインベルクのベートーヴェン。初期のソナタ・・・

「ああ、この曲って、こんなに素晴らしい曲だったんだ!」と思う。基本的には素晴らしい演奏により、その曲に対するイメージまで変わったような時、当然その曲を弾いてみたくなる。

ピアノを再開した当初は、そのまま、その曲を弾いていた。そして、これは誰でもそうなのかもしれないけれど、やはり僕にだって「憧れの曲」というものはある。ピアノ再開時には僕もショパンとか、弾いていたような気がする。「舟歌」とか「バラード 第4番」とか。やはり、このあたりは憧れ度が強かったのだ。

弾き手感覚、レッスンを受けることにより、それが当時は強かったのだと思う。別に悪いことではないと思う。普通は、皆、そのように自分の弾く曲を選曲しているのではないだろうか?「いい曲・・・弾いてみたい」のように・・・

最近は、弾き手感覚というよりも、聴き手感覚による選曲が多くなってきているように思う。

フェインベルクのベートーヴェンを聴く。そして、その演奏に感銘を受ける。この部分は変わらないけれど、「これを弾きたい!」というよりも「他にも聴きたい!」という欲求の方が強い。なので、その他のフェインベルクの演奏をも沢山聴く。

聴き手感覚が強いと、フェインベルクの背景に興味が出てくる。例えば、フェインベルクの先生であったゴリデンヴェイゼルや、やはりゴリデンヴェイゼルの弟子であったギンズブルクの演奏や作品にも興味が出てくる。

そして、なんとなくギンズブルクの作品を弾いてみたくなったりするのだ。

基本的に、選曲する際に、弾き手感覚が強い選曲の場合は、「その曲に取り組むのだ」という明確な意思のようなものが強く働く。でも、聴き手感覚で選曲した場合は、曲への興味のようなものへの持続が難しくなることもある。その曲を練習していても、聴き手感覚の自分は、聴き手として、他のところに興味が移ってしまったりするからだ。

割と、僕は一度選曲して練習し始めても、コロコロと曲を変えたくなってくる。一つの曲をじっくりと練習することが苦手だ。これは聴き手感覚により選曲してしまうからだと自分では感じている。

ただ飽きっぽいだけなのかもしれないが・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Samuil Feinberg

tb: --   cm: 0

△top

憧れの「メフィストワルツ」 

 

フェインベルクの「メフィストワルツ」・・・この演奏にだったら「憧れ」を持てる。

基本的に、僕は自分の中に、曲や演奏、サウンドに対しての「憧れ」を抱いている。それがないとピアノが弾けない。真っ白の無の状態から譜読みをして、弾けるようになってから、いろいろと考える・・・という方式がとれない。

驚くのは、多くの人がこの「真っ白方式」をとっていることだ。僕は、その曲を弾く時には、その曲に対しての理想のサウンド、触れたい憧れ・・・のようなものが最初からないと、その曲を弾いていく気にはなれない。

その「憧れ」「理想のサウンド」のようなものが「メフィストワルツ」からは見いだせなかったのだ。今までは・・・

具体的に、このフェインベルクの演奏そのものを追いかけるというわけではない。それは不可能だし。でも「フェインベルク・サウンド」「フェインベルク・トーン」のようなものへの漠とした憧れ、触れたいという欲求がある。それがないと僕はピアノは弾けない。専門的に学ぶ音大生やプロのピアニストだったら、僕のような捉え方は非常にマズイのではないかと思うけれど、僕はアマチュアなのだ。「上手く弾きたい」のではない。ただただ「何かに触れたい」のだ。だからピアノを弾く・・・

フェインベルクに触れたいという想い、これは練習していくうちに、フェインベルクだけではなく、ヴァイオリニストや歌手のサウンドをも連想していくことになると思う。何かに触れたい・・・という想いは、個人の演奏というものではなく、もっと広いもので、抽象的なものへの憧れでもある。

僕は、ゆっくり機械的に練習して、ある程度弾けるようになってか、いろいろと表現を考える・・・などということが一切できない。「憧れ」が最初からないと、その曲に入っていけない。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Samuil Feinberg

tb: --   cm: 0

△top

フェインベルクの「パルティータ」 

 

昨日はサークルの練習会。とても気持ちよく弾けたと思う。少し走ってしまったかな・・・という反省点はあるけれど、最も懸念していた当日の体力配分も上手くいったと思う。会場に到着するまで、そして演奏するまで、その後の二次会まで疲労感を見せずに過ごせたと思う。

一応、無事に練習会を終えて、少しだけピアノライフも元に戻りつつあるのではないかと思う。まだ「奮起」しなければ出掛けられないところもあるけれど、次の活動につながっていくものが見えてきた。

さて、次はサークルの演奏会。自分の中では、体力面の克服という意味も含め、「メフィストワルツ」を考えていたのだけれど、譜読みする前から、どうもこの曲とは距離感を感じていた。やはり無理して魅力を感じない曲を弾くこともないな・・・などと結論づけていたところがある。

でも、そうなると6月の演奏会で弾く曲がない・・・

以前に弾いた曲を何か掘り起こそうかなどとも考えた。昨夜、帰宅して、いろいろと弾いたりCDを聴いたりした。やはり有名どころの現代のピアニストの「メフィストワルツ」を聴くと、とても違和感を感じる。嫌いな曲ではないが、自分には合わない(弾けない?)という感覚・・・

どの演奏も機関銃のようで・・・

最も違和感を感じたのは、トリフォノフとかベレゾフスキーの演奏。

やはり「メフィストワルツ」はやめよう。大変だし・・・

あと2か月か・・・

そんな時、ふと古い録音のCDを何気なく聴いた。サムイル・フェインベルクのCD。この人はゴリデンヴェイゼルのお弟子さんだ。ロシアにはピアノ奏法の4つの流派があるという。「ネイガウス派」「ゴリデンヴェイゼル派」「イグムーノフ派」そして「フェインベルク派」・・・

フェインベルクはゴリデンヴェイゼルのお弟子さんなのに、異なる流派としてカテゴライズされているのが、とても興味深い。

そのフェインベルクの演奏を何気なく聴いた。昔から、この人のバッハの演奏は好きだった。機関銃のような現代のリストを聴いたので、その反動で聴きたくなったのだと思う。

やはり、僕はフェインベルクの演奏が好きだ。まず、音のトーンが好き。そして、歌い方も。この両方を気に入るピアニストというものは実は少なかったりする。でも彼の演奏は、その両方に惹かれる。

ユーチューブでフェインベルクの「メフィストワルツ」を聴く。

全く何という演奏なのだろう・・・

僕が感じていた違和感、距離感は、やはり「曲」とのそれではなく、「現代の演奏」へのものだったのかもしれない。

ようやく譜読みをしていく気になった。撃沈してもいいではないか。今日、明日はもうピアノは弾けないので、明後日の日付をリストの楽譜に記入した。譜読み始めの日として。

フェインベルクのパルティータ、こんな演奏が存在しているんだねぇ・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Samuil Feinberg

tb: --   cm: 0

△top

開拓者 

 

ソチ・オリンピックにフィギュア・スケートでの初のフィリピン代表となったのが、マイケル・クリスチャン・マルティネス選手。僕は、てっきりフィリピンにはクリストファー・カルザ選手しかいないのかと思っていたのだけれど、常夏の国(?)フィリピンにも選手が育ってきている。これはとても素晴らしいいことだと思う。

フィリピンは、お世辞にもフィギュアが盛んな国とは言えないらしい。劣悪な環境の中でマルティネス選手はスケートを身につけてきたのだ。なんとフィリピンにはリンクが二つしかないらしい。もちろん、競技の選手だからといって、貸切で練習できるわけではない。他の一般の人が滑る中で練習するのだという。

コーチもジャンプを指導するコーチは存在していなくて、このマルティネス選手は、トリプルを独学で跳んでマスターしたそうだ。現在はフィリピンと米国で練習しているらしい。

日本のように熱心なスケートファンの存在もなく、メディアに注目されることもなく、劣悪な環境の中で、ひたすら練習を続ける・・・

カルザ選手にしてもマルティネス選手にしても、フィリピンスケート界にとっての「開拓者」なのだと思う。

マルティネス選手は、母親に育てられた。父親のことは一切知らないという。女手一つで育てあげたんですね。もともと病気がちで、喘息もちだったマルティネス選手、9歳の時まで「病院で生活していたようなものだった」という。ショッピングモールにあったスケートリンクでスケートを始めたのだとそうだ。スケートを滑ることで体力もついてきたという。

「僕はスケートが好きなんだ!大好きなんだ!」

母親は、輸出関連の会社を設立し、マルティネス選手のために資金を調達した。コーチに支払うためのお金も捻出できす、コーチ同伴できないまま競技会に出たりすることも多かったらしい。オリンピック出場までの長い道のり、母親は家を売ってまで資金を用意した。

日本や米国だったら考えられないような環境の中で、それでもスケートを続ける開拓者・・・

オリンピックでの成績は19位。もちろん上位の成績ではないけれど、フィリピンにとって、そしてマルティネス親子にとっては、輝かしい成績なのではないだろうか?

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

一生懸命 

 

世界選手権やオリンピックなどの大きな競技会では、やはりメダル争いのようなものが絡んでくると、とても緊迫感があるし、そのような中で演技を行う選手に畏敬の念さえ感じたりしてくる。自分にはとても無理だと思う。

メダル争いとか、上位争いというものに絡まない、いわゆる下位選手の演技というものも、実は大変興味深かったりするのだ。

クリストファー・カルザというフィリピンのスケート選手。フィリピンのフィギュアスケート選手というのも珍しいと思う。フィリピンは決してフィギュアが盛んな国とは言えないのでは?

もっとも、この選手は基礎教育を米国で身につけているので、厳密にはフィリピン出身のスケーターとは言えないのかもしれないけれど、でも、真摯に一生懸命に滑る姿に感動してしまう。

たしかにメダル争いをする選手たちと比較すると、足りないところもあるのかもしれないけれど、純粋に「スケートをしている」という姿がそこにある。

この四大陸の時の演技は、カルザ選手にとって、それまでで最高の演技だったらしい。順位そのものは同大会の前年よりも下がってしまっているのだけど、成績とか点数とは関係のないものがそこにはある。

一生懸命というものは素晴らしいものだと思う。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

モーツァルトとの対話 

 

人前でモーツァルトを弾くというのは、かなり難しいこととされている。弾き手の「器」が見えてしまうというか・・・

明日、そのモーツァルトを弾くので、「そうなんだよね!」という感じなのだけれど、実は僕はモーツァルトのピアノ・ソナタがあまり好きではない。ハイドンのソナタの方が斬新な感じがするし、面白いと思う。決してモーツァルトのそれが嫌いというわけではないけれど、他の諸作品と比較すると、ピアノ・ソナタは大分魅力に欠けると感じている。

これは我ながら大胆発言なのではないかと思う。天才モーツァルトの珠玉の作品にマイナス発言をする人っていないから。

「でも、面白くないよ・・・」と思う。

ピアノ協奏曲は最高に楽しいけれどソナタはねぇ・・・

ヴァイオリンも同じ。協奏曲は最高だけど、ヴァイオリン・ソナタは魅力に欠ける。

僕の最も好きなモーツァルト作品は、やはり「フィガロ」ということになると思う。オペラは最高だと思う。でもピアノ・ソナタはねぇ・・・

どこかオペラや協奏曲、交響曲の「スケッチ」のようにさえ感じる。

ピアノ協奏曲にはソナタにはない「対話」があるような気がする。楽器間との対話という意味もあるけれど、その楽器と楽器との対話により、楽想の対話というモーツァルトの魅力の一つが現れやすいのだと思う。

モーツァルトの魅力は、この「対話」というか、「ほら・・・」「そうだよね・・・」という「やりとり」にあるのではないか?

ソナタの場合、一人芝居をすればいいわけだ。一人何役もこなせば「対話」が生まれる。

おそらく、独奏ソナタの演奏となると、どこか「一生懸命に天才の作品を弾く」という演奏が多くなってしまうのかもしれない。

僕がこれまで聴いてきた中で、「対話ソナタ」を実現しているピアニストはとても少ない。いわゆる「モーツァルト弾き」と呼ばれる人の演奏よりも、割と「この人のモーツァルト?」と感じるようなピアニストの演奏に惹かれることが多い。フレイレがカナダで行ったライブ盤でのモーツァルトなんか最高だし。

フランク・ブラレイとモーツァルトという組み合わせも割と意外な感じがする。でも、この演奏には「対話」がある。ソナタではなく協奏曲だけど・・・

このような、「ほら・・・」「そうだよね・・・」という対話のある演奏、僕は好きだねぇ・・・

ピアノ基礎の峠を越えると、まずは古典派のソナタに辿り着く。この時点で学習者は、聴き手として、モーツァルトの対話という魅力を発見しない段階でソナタを学習してしまうのではないか?

先にはベートーヴェンのソナタやロマン派の作品が控えている。モーツァルトの対話を感じることのないまま、次の峠を登ってしまう学習者が多いのかもしれない。そして次代の指導者や演奏者になっていく・・・

「ソナタ」の演奏に対話の少ないものが多いのは、このあたりに原因があったりするのかもしれない。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

バトン 

 

何か、それまでの自分の概念すら変えてしまうような深い演奏、もしそのような深い演奏に張り裂けんばかりの心の動きを感じたならば、あなたは、その演奏から「バトン」をもらったのだ。

言葉で言い表せないような何か深いもの・・・

あなたは、それを追い求める。その深い演奏と同じようにと思うかもしれないし、異なる形の演奏を追い求めるのかもしれない。でも、どちらにしても追い求めずにはいられなくなる。

「自分も、あのような世界を共有したい・・・」

「自分のあの演奏のように、何かに触れたい・・・」

ピアノを弾かずにはいられなくなる。それは、偉大な演奏から何かをバトンで手渡されたから。

あなたは追い求める。弾けなくて、届かなくて、その深い何かは、逃げていってしまうかのようだ。でも追い求めずにはいられない。

その、あなたの姿を、誰かが見ている。感じている。そして、いつかは、あなたが「バトン」を誰かに渡す番になるのだ。あなたがピアノに恋焦がれているように、追い求めずにはいられないように、あなたの演奏から「バトン」を受けた人は、あなたと同じように、また、深い何かを探す旅に出るようになるのだ。

「あの演奏にあった何かを私も共有したい、触れたい・・・」

このような「音楽絆」のようなもの、それは演奏というものの歴史というものかもしれない。その歴史には多くの人の憧れが秘められているのだ。

ブラジルのピアニスト、ギオマール・ノヴァエス・・・

彼女は、同郷の若者、ネルソン・フレイレを導いた。彼を世に出した功績は大きい。ノヴァエスはフレイレにバトンを渡したのだ。フレイレがそれを受け取った。

フレイレの演奏から、多くの人がバトンをもらっているのだろう。演奏というもの、ピアノというものは、その繰り返しなのだ。

恋焦がれるような、胸が苦しくなるような「何か」を追い求め、そしてそれが次の世代に伝わっていく。バトンが渡されていく。

今の日本のピアノ教育には、これが全く欠けている!

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

幸せの黄色いリボン 

 

長年生きていると、身体的には色々とありますね。加齢というのはそういうもの。

病気というものは「不幸」だとは思わないけれど、「深刻」だとは思う。やはり、そのようなことは一度にドッとくるので、なんとなくダメージも大きく感じるのだろうと思う。

やはり年齢を重ねるというのは哀しいものなのか?

でも、そうは思えなかったりするんですよね。高校の英語の先生、熱血だったA先生のことを想い出したりしている。色々なポップスの曲を聴いて訳したりする授業が多かったけれど、やはりその時に聴いた曲や授業のことは印象に残ったりしている。当時は高校生、今のような悩みはなかったけれど、でも「小さな宝石のような幸福」というものも知らなかったような気がする。

「人生における重大な危機」というものは、無意識でも大きく心にダメージを与えるような気がするが、「幸せ」というものは、その時には気がつかなかったりする。年を重ねると、その小さな幸せというものを感じられるようになるというか・・・

小さな宝石のような人生の瞬間・・・このようなものを感じてきたし、これからも感じられるような気がする、だから生きていたくなるんだよね。

高校生の時、授業で聴いた「幸せの黄色いリボン」という曲、当時は、軽い曲調にしては、重い内容の歌詞だな・・・としか感じなかったけれど、でも僕の人生にも、この歌の主人公のような「宝石の瞬間」というものが、数多くある。

年齢を重ねると、その瞬間を大切に思えるようになってくる。

だから生きていたいんだよね。

辛いことばかりではないから・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: 好きな曲・好きな演奏

tb: --   cm: 0

△top

壁の穴 

 

サークルの練習会、たかが練習会なのかもしれない。でも自分にとっては日常から離れられる機会なのだ。その日だけは、自分の病気のことも忘れ、その時間だけは、ピアノを弾く自分に注目してくれる人がいる・・・

電車に乗って、会場に辿り着くだけでも大変なのだ。それだけでも今の自分にとっては大変なことなのだ。すっかり体力が落ちてしまっていることも実感する。少し歩いただけで眩暈がするほど危うい自分がいる。

でも、生きていかなくてはいけないからねぇ・・・

このような時、最も辛いのは、かつての自分との比較なのだ。人との比較ではない。どんなに余裕の体力を持っている人を見ても、それは人のこと。自分ではない。なので羨ましく感じたりはしない。自分の状況は、そのような意味では受け入れられている。でも、過去の自分にできていたことが、今できなくなっているという事実は、どうにも受け入れがたい。

自分にとっての最大の壁は、かつての自分なのだ。過去の自分がそれほど秀でたものなんかではなかったのは承知しているけれど、でも比べてしまうのだ。そして落ち込んでしまう。「鬱状態」には程遠いところにいる自分だけれど、そのような気持ちは理解できるというか・・・

人生においての「挫折感」と言おうか、躓きと言おうか、僕の場合はそれが病気の発症に伴うものだったのだ。そして以前の自分というものとの比較、さらなる挫折感・・・

以前は、神童として世に出て、その後に何かしらの問題を抱え、挫折するという人のことが理解できなかった。でも今は分かる。人生において、何かしらある。そこで折れる。普通は、辛いこととして自覚し乗り越えるのだろうけれど、ここで過去の自分と比較してしまうのだ。神童であるがゆえに、かつての自分は光り輝いている。

乗り越えなくてはならない・・・

自分は今のまま終わるわけにはいかない・・・

壁を乗り越えようとすればするほど、何か深みにはまってしまうような感覚。人との比較では傷つかない。でも過去の自分との比較では傷ついてしまうのだ。

たとえば、このマイケル・レビンのような例。

IconIcon
(2011/11/07)
Michael Rabin

商品詳細を見る


10歳を過ぎてすぐに騒がれるほどの才能だったのだ。14歳でカーネギー・ホールを制覇し、人々は天才少年、神童の出現に驚嘆した。ジュリアードで名教師、ガラミアンに師事する。ガラミアン曰く、「この子には弱点というものが何一つ見当たらない・・・」

どこかでレビンは躓いたのだ。何かに躓いたのだ。人は言う。神童であったから、その後伸び悩んだのだと・・・

でも、本当のところ何があったのかはレビン本人以外は知らない。そんなこと人には決して言わないものだからだ。でもレビンは、たしかに辛い状況になったのだと思う。理由は分からない。でも、過去の光り輝く自分と比較してしまうような、そんな自分になってしまうような何かが彼の人生においてあったのだ。

過去の自分、過去の光り輝く自分が今の自分を責めるのだ。

「お前はこのままでいいのか?」

レビンは薬物に手を出すようになっていった。演奏活動のプレッシャーだったのかもしれない。でも僕は、過去の光り輝く、脚光を浴びていたレビンとの戦いに敗れたのかもしれないなどと思う。

レビンは、30代半ばで転倒して頭部を強打して、そのまま亡くなってしまう。

過去の自分が最大の壁、その壁を乗り越えなくては自分は救われない・・・

今、僕自身は、かつて感じた「過去の自分の壁」を感じているが、それを乗り越えようとするのは間違えではないにしても、やはり自分には無理なのかもしれないなどと思っている。無理すれば、このマイケル・レビンのように倒れてしまうかもしれない。

そんなのはイヤだ。もしかしたら、壁は乗り越えなくてもいいのかもしれない。少しだけ壁の低いところに穴を開けていこう。少しだけ。そしてそこを上手く通り抜けるのだ。それが今後、生きていくために必要な術なのかもしれない。

「乗り越えなくてもいい・・・」「すり抜ける人生もありなんだよ」

光り輝く、かつてのレビンの光り輝くパガニーニ・・・

この壁を乗り越えようとするのはレビンには酷すぎたのかもしれない・・・

演奏が輝かしければ輝かしいほど、どこか哀しみを帯びる演奏に今は聴こえてくる・・・

レビンは過去の、このパガニーニに負けたのかもしれない。乗り越えようとしたのかもしれない。

でも、潜り抜けるのだ。うまく壁に穴をあけて、すり抜けるのだ。生きていくために・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Violinists

tb: --   cm: 0

△top

ザハロワの夫 

 

スヴェトラーナ・ザハロワの夫がこの人だと知った時には、とても驚いた。

ザハロワの結婚相手は、あのヴァディム・レーピンだったのですねぇ・・・

おそらく世間では「黄金のカップル」として有名なのかもしれないけれど、僕は知りませんでした。

たしか、レーピンって、以前にも結婚し子供もいたはず・・・

ザハロワとは再婚になるんですねぇ・・・

書いていて本当にどうでもいいような話だと思う。でも驚いたんだよねぇ・・・

芸術家同士のカップルって、火花が散ったりしないのだろうか・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Violinists

tb: --   cm: 0

△top

黄金のカップル 

 

スヴェトラーナ・ザハロワというバレリーナの踊りが何故か好きです。バレエのことなど何も分からないのに、この人の踊りには惹かれるところがある。

10歳の頃からバレエを始めるのだけれど、子供の頃は辛くて泣いてばかりいたそうだ。

「バレリーナになりたい!」という意識が目覚めたのは、13~14歳くらいの時だった。

辛かった修業時代を振り返り、彼女はこう語った。

「何かを犠牲にしたとは思わない。そのようなことを考えたことすらなかった・・・」

ザハロワは、結婚し、娘がいる。出産後も引退せずにバレリーナとして復帰しているけれど、娘にはバレリーナの道には進めさせたくはないそう。

「あの子を遠くに行かせて修業させるなんて・・・考えられません・・・」

ザハロワが結婚し、そして子供を産んだ・・・このことは驚かなかったけれど、何故かザハロワの夫は、一般人だとばかり思い込んでいた。会社員とか、会社の重役とか・・・

芸術家同士のカップル・・・以外と少ないように思える。

ザハロワの夫で、一人娘アンナちゃんの父親がこの人だと知った時、何故かとても驚いてしまった。

なぜ驚くのか自分でも理解できないのだけれど・・・

ザハロワの夫については、この次にでも・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村



category: あっぱれ麗し舞台

tb: --   cm: 0

△top

ソナタアルバム 1 

 

ソナタアルバム(1) 解説付 (全音ピアノライブラリー)ソナタアルバム(1) 解説付 (全音ピアノライブラリー)
(2005/04/16)
全音楽譜出版社出版部

商品詳細を見る


子ども時代、ピアノを習っていた頃、この「ソナタアルバム」は憧れの対象だった。小学生でも高学年になると、同じ教室の同級生や違う教室に通う子も、この「ソナタアルバム」に進級(?)する子も出てきたりした。でも僕は、まだ「バイエル」・・・

「ねえ、今何弾いているの?」

この場合、具体的な曲というよりは、進度としての質問であり、チェルニーを弾いているとか、この「ソナタアルバム」を弾いているというと、僕には、そのような子は、とても眩しく感じたものだ。だからって「僕も頑張ろう・・・」とは思わなかったんだけど。

昔は(今も?)この進度というものがとても重要視され、いかに弾くかということよりも、何を弾いているかが子どもにとっては重要だったような気はする。「何弾いているの?」「ソナチネよ!」「あら、私はもうソナタを弾いているのよ!」「え~凄~い」のような・・・

でも教室で実際に演奏される「ソナタ」は、ハイドンであれモーツァルトであれ、僕には「苦行難行」のような音楽にしか感じられず、「ソナタ」というものは退屈、かつ恐ろしげな曲にしか捉えられなかった。その頃の僕は、ロマン派を中心に偉大なピアニストの演奏にも馴染んでいたのだけれど、なぜか「ソナタアルバム」という日本人ピアニストの模範演奏レコードを聴いてしまい、ますます「ソナタ」=「退屈な音楽」という刷り込みができてしまったりした。

でも、「ソナタアルバム」という響きは、30年以上を経過した今でも僕にとっては、どこか憧れを秘めたものでもある。ブルグミュラーの「貴婦人の乗馬」のような曲も、当時の僕の進度では到底手の届かない上級曲だったので、そのような憧れ度が強い曲なのだ。でもまさか「貴婦人の乗馬」をサークルの練習会で弾くわけにもいくまい。

でも「ソナタアルバム」なら?

今回練習会でモーツァルトのソナタを選曲したのは、自分の過去の「憧れ」を満たすという意味合いもあるのだ。だからモーツァルトのソナタでも、「ソナタアルバム 1」に含まれていた曲を弾きたかったのだ。K.545、K.332、K.283、K.331・・・のどれか。この場合はあくまでも「モーツァルトのソナタ」ではなく「ソナタアルバム」の中の曲を弾きたいという感じなのだ。

さらには、これらのモーツァルトのソナタは、僕には「学習モーツァルト」というか「退屈な古典派」という幼い頃の刷り込みがあるので、そのあたりも払拭いたいという僕自身への試みもある。

どうしても、「かっちり」弾くというか、どこか「一応弾きました」的な演奏になりがちな「ソナタ」をどうにかしたい。「えっ・・・・」と聴く人の耳の集中させてしまうような演奏・・・が今回の目標ではある。少なくても、「まだ終わらないのかなぁ・・・」という演奏にはしたくないというか・・・

本当は全音の「ソナタアルバム」を購入して、その楽譜で練習すれば、さらなる「ムード盛り上げ感」があったのだと思うけれど、当然それはせずに今回は「赤い本」で練習している。

音楽愛好家としての僕の中で、最初に僕の中の「学習モーツァルト」「退屈モーツァルト」「かっちりモーツァルト」というイメージを覆した人はシュナーベルだったと記憶している。

「えっ?モーツァルトもこんなふうに美しく弾いていいの?」みたいな・・・

ピアノ学習進度的には挫折してしまった僕のモーツァルトだけれど、聴き手としてシュナーベルの演奏に子どもの頃出逢えたのは、とても幸せなことだと感じている。

でも今でも「ソナタアルバム」には強い強い憧れがあったりする。

「何弾いているの?」「ソナタアルバムだよ!」「え~凄~い!」

この世界に憧れるんだよね。サークルの練習会では誰も「凄~い!」なんて言ってくれないと思うけれど。

kaz

僕の「モーツァルト概念」を覆したシュナーベル・・・



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノの本

tb: --   cm: 0

△top

The Piano Guys 

 

前回の記事で、とても楽しそうにピアノを弾き、そしてチェロを弾いて(叩いて?)いた人たちですが、あの人たちは何者なんですかという問い合わせを多数頂いたので、ちょっとご紹介したいと思います。

彼らはアメリカの演奏ユニットの「ザ・ピアノ・ガイズ」です。(The Piano Guys)

ピアノを弾いているのはジョン・シュミットという人なのですが、彼はユタ州の小さな田舎町で演奏会をしたときに、あるピアノ販売店を訪れました。練習させてもらおうと思ったわけです。ピアノ販売店を営んでいたポール・アンダーソンは、ジョンのピアノを聴き、なにかが閃いたそうです。とても楽しそうにピアノを弾くジョン、もちろん演奏そのものも素晴らしかったのだけれど、何か「視覚的に訴える」ものがそこにはあった。それは、ジョンが「イケメン」とか、そのようなことではなく、心底演奏を楽しんでいるような、それを聴き手に自然に伝えてしまうような何か・・・

ポールはジョンに言います。「あなたの演奏、ミュージックビデオに作品として残しませんか?」

この時が「ザ・ピアノ・ガイズ」の誕生した瞬間でした。ジョンは、長年組んで活動していたチェリストのスティーヴ・シャープ・ネルソンを誘いました。

映像では、ピアノのジョンとチェロのスティーヴが演奏していますが、MVの音楽プロデュースなどをしているのはピアノ販売をしていたポールで、その他にも映像編集をするメンバーや楽器運搬をするメンバーもいて、彼らが一つのユニット「ザ・ピアノ・ガイズ」を形成しているわけです。

基本的に彼らは、クロスオーバー的な音楽を演奏するユニットとカテゴライズされるのだと思いますが、彼らの特色は、「ビジュアル的」なるものを重視したことにあります。ユーチューブやホームページでの映像のネット配信というものを充分に活用した、新しいスタイルの音楽活動を行っているところがユニークです。

ビジュアル重視といっても、彼らがモデルのようであるとか、アイドルのような容姿ということではないんですね。そこで攻めているわけではない。彼らは中年男性。でも中年であるがゆえに、その演奏している姿や発想というもの、そのものが「スタイリッシュ」に感じる・・・中年男性でもここまで格好よく演奏できる・・・というか。

なによりも、実に「楽しそう」に演奏している・・・

kaz




にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村


category: 好きな曲・好きな演奏

tb: --   cm: 0

△top

海外のピアノブログ事情 

 

何故か僕のブログの読者は、ピアノの先生方が多いようだ。頂くメールの割合でそのように判断している。もっとも、僕は割とピアノ教育とかピアノ教室については批判的な内容の文章を書くこともあるので、そうなっているのかもしれない。でも見れば分かるように、リンクしているブログは僕の場合は非常に少ない。僕は、そのあたり交流的ではないのかもしれない。別に交流というものを拒絶しているわけではないのだが・・・

ピアノ愛好家やピアノの先生のブログは頻繁に訪れて読ませて頂いているが、コメントを残したりメールしたりすることは、ほとんどない。やはり交流的、友好的ではないのかなぁ・・・

海外のピアノブログも頻繁に訪れている。もっとも英語で書かれたブログに限るのだけれど、外国(やはり米国のピアノのブログが多いが)のピアノブログも面白い。日本では常識だとされていることも、あちらではそうでもなかったりして、読んでいて興味深い。外国のブログの場合は頻繁にメールのやり取りをしたりする。でも、あちらのブロガーは僕のブログは読めないわけで、そのような意味では交流的関係への発展とまではなかなかいかない。

大まかな外国の先生方と日本の先生方のブログの違いだけれど、やはり内容が大きく異なる。むろん、幼児のレッスンについてとか、教材研究的な内容のブログも多いが、最も異なるのは、「自分のピアノ」について書いている先生の割合が日本よりも圧倒的に多いこと。日本の先生のブログだと、御本人の修業については、ほとんど見えてこなかったりするけれど、そのような「生徒オンリー」の内容を書く人は外国の場合、割と少数派のような気がする。

こんな文章もある。「自分の楽譜棚を見てみましょう。自分用の楽譜が多いですか?生徒用のイラスト満載の楽譜が多いですか?連弾用の楽譜も含めてください。もし、生徒用の楽譜の方が多かったとしたら、あなたは音楽家としては完全に終わりです!」・・・むろん、そうなんだ!・・・とは完全には同意できない部分もあるけれど、このような発想は面白いとは思う。

アメリカでは、導入指導では「バスティン花盛り」なのかと日本にいると、つい思ってしまうけれど、そんなこともなさそうで、そのあたりも面白い。先生同士の交流のようなものも、日本に比べ非常に少ない感じだ。もっとも国土が広いということもあろうが、「セミナー後のランチで~す」のような文章はまず見当たらないような気がする。セミナーそのものも日本ほど盛んではない印象だ。これも国土の面積の関係があると思うが・・・

さすが「契約社会」と思うような文章もある。入室して、「何年でここまで進歩させます」という契約を先生と生徒で結び、その契約が守られなければ、先生が辞めさせられてしまったり、逆に生徒が強制終了にされてしまったりとか・・・厳しい感じだ。でもどのように判断するのだろうという素朴な疑問も感じたりして・・・

海外ピアノブログは、とても面白いと僕は思う。

話題は突然変わるけれど、僕は「サナトロジー」という割とマイナーな学問をアメリカで学んできた。その関係で、割とアメリカの病院、主にホスピスとか、ナーシングホームなどを訪問する機会も多かった。その義務的(?)訪問の中で、ボランティアの演奏会のようなものに偶然遭遇することも多かった。そのあたりの日米の違いというものも感じたりしている。大きな違いは、アメリカではミュージックセラピストの活動が日本とは比較にならないほど定着しているので、彼らの日常的活動というものが浸透していて、そこが日本との相違点になると思う。日本ではボランティアの演奏がなければ日常生活ではCDの音源だけなんていう施設や病院も多いのかもしれない。

でも、音楽教室の生徒を引き連れて、プロではない人が演奏ボランティアをするという場面は、僕はアメリカでは見たことはない。基本的にはプロの人たちばかりだった。内容も大きな違いがある。日本の場合だと、演奏を「拝聴」するという形になりがちだけれど、アメリカでは「音楽による活動」的な演奏会がほとんで、聴き手参加型の演奏会が主流のような気がする。もっとも、かなり昔のことなので、現在はどうだか分からないが・・・

この映像は作られたものだと思うけれど、でも、あちらで見た(聴いた?参加した?)ボランティア演奏会は、このような感じのものが多かった。演奏そのものはプロなので、上手いのは当然として、聴き手参加型の感じが出ていると思う。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

シルバーピアノ・・・「テンペスト」 

 

やがて時代は高度経済成長期になっていった。父親を看取り、そしてK子さんは結婚し3人の子どもを育てた。夫の事業が失敗したりしたこともあり、K子さん自身もフルタイムで働きながら子どもたちを育てた。決して裕福でな暮らしではなかったのかもしれないけれど、とても幸せな生活だった。なによりも時代が上昇気流に乗ったような勢いがあった時代だった。

「お母さん、ピアノ習ってもいい?みんな習ってるのよぉ・・・私もピアノ習いたい・・・」

どの子もピアノを習っている・・・そんな時代だった。K子さんは悩んだ。昔、自分もピアノは習いたかった。でも・・・

「いけません!みんなが習っているからなんて・・・そんな理由ではピアノなんて続きません。いけません!」

「えーっ、そんなぁ・・・お母さんの意地悪!」

「おいおい、お前、ピアノぐらい買えるだろ。ローンにすればいいじゃないか?みんな習っているんだからさ?」

夫はそんな甘いことを言う。K子さんは父親の厳しい顔を思い出した。そしてエルマンの音色も思い出した。

「音楽ってそんなに安易なものではないと思うの。私・・・反対だわ!」

でも、ピアノを習えなかった無念さもK子さんは身に染みていた。あの時の気持ち、父を恨んだ気持ち・・・

自分も父親と同じような事を自分の子どもに言っている・・・K子さんはなんだか苦笑してしまいたい気持ちになった。

やがてアップライトピアノがやってきた。最初は楽しそうにピアノ教室に通っていた娘も、案の定、「ピアノなんて嫌い」と言い出すようになった。

「練習しないと弾けるようにならないのよ?」

「いや!ピアノ辞めてバレエにしたい・・・」

K子さんは娘の頬を叩いた。「なんてこと言うの?」

泣きじゃくる娘の姿を見ながら、K子さんは、ふと思った。

「私・・・やっぱりお父さんの子だわ・・・」

弾き手のいなくなったピアノ、場所ふさぎの家具と化したピアノ。

「このピアノ・・・売ろうかしら?」

K子さんは、体調の変化を感じるようになっていった。入退院を繰り返し、体力も落ちていった。そして告げられる宣告・・・K子さんも父親と同じ癌を患ったのだ。

K子さんは決心した。

「私・・・ピアノを習おう。今ならお父さんも反対しないはず・・・いいわよね?父さんいいわよね?」

少女時代、友達と憧れを込めて聴いたピアノの音色、当時は曲名なんて知らずに聴いていたけれど、その曲を弾きたい・・・

「大人のピアノ教室」を何件も訪ねる。

「ピアノを習いたいんです!」

「まぁ、趣味で習いたいのですね?楽しみながら習いたいんですね?」

「えっ?」K子さんは迷う。たしかに「プロになる」でもこの年齢で「音大」でもないのは確かだ。でもピアノを習いたいのは「楽しみたい」からではないような気がした。

「あのう、私、子どもの頃に聴いた曲があって、その曲に憧れがあるんです。もちろんすぐには弾けないとは思うし、いきなりその曲を弾きたいわけではないのですが、でも最終的にはその曲を弾きたいんです」

「あのう、今からですか?全くの初心者ですよね?ちょっと無理なのではないでしょうか?そのような大人の方は童謡とかポップスとか楽しみながら弾くのがうちの教室のやり方なんですが・・・」

8件目の教室、やっと「必ず弾けますよ。憧れがあればピアノは弾けます。一緒に勉強していきましょう!」という先生に巡り合った。

「私、もうすぐ死ぬような気もするんだけど、でもまだ死ねないという気もしているんです。憧れのこの曲をこの人のように弾きたい。どうしても弾きたいんです」

「父はとても厳しい人でした。横暴で頑固だとさえ私は感じました。恨んだこともたくさんありました。でも私は父の子なんですね。音楽の厳しさというのかな、いいえ、大切さでしょうね、そのようなものを感じながらピアノを習っています。いわゆるシルバーピアノなんでしょうけど、でもケンプのように弾ければ私のピアノ人生は終わってもいいとさえ思っているんです。だからまだまだ死ねないんですね」

終わり・・・



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

シルバーピアノ・・・「プライドとエルマン・トーン」 

 

戦争最中の混乱期、K子さんは生まれた。K子さんの父親はとても頑固で厳格な人だった。戦後は焼野原の東京だったが、幸いなことにK子さんの住んでいた地域は焼け残った。決して裕福な暮らしではなかったけれど、空襲のない平和な中でK子さんは育った。

「素敵ねぇ・・・」

学校帰りに友達と、ピアノの聴こえる家の外でいつまでもピアノの音色を聴いていた。まだまだピアノなんて高嶺の花の時代。でもK子さんは、ピアノの音色に魅せられてしまったのだ。

「ピアノ・・・弾いてみたい・・・」

「いかん!そんなお前のようなチャラチャラした心構えで音楽なんて習おうとするなんていかん!ピアノなんて買ってやらん!ダメだダメだ!」

「そんな・・・お父さん、無理すればピアノ・・買えるわ。K子は一人娘なんだし。お父さん、私からもお願いします」

「お前までなんだ・・・お前が甘やかすからいかんのだ。絶対にダメだ」

母親はK子さんにそっと言った。「K子、今回はピアノ・・・諦めなさいね。お父さんの仰ることだから・・・」

K子さんは頷くしかなかった。でも納得いかなかった。父は洋楽を蓄音機で聴くのが趣味だったのだ。若い頃はヴァイオリニストに憧れ、ヴァイオリンを弾いていたりしたのだ。晩酌後は、いつもの厳格な父ではなく、とても陽気になりK子さんにもヴァイオリンを聴かせてくれたり、触らせてくれたりしていたのだ。

「お父さんなんて大嫌い・・・もうピアノのことなんて絶対口に出さないから・・・自分勝手だわ。自分はヴァイオリンを習っていたくせに・・・」

K子さんには父親との忘れられない思い出がある。ある日、K子さんはアメリカ兵から菓子を貰ったのだ。ビスケットのようなものだった。初めて口にする味、それはピアノやヴァイオリンの音色と同じような、西洋の香りがした。残りのビスケットを両親に見せたくて、K子さんは家に走って帰った。

「お父さん、お母さん、見て・・・こんなにおいしいもの貰ったの・・・アメリカの兵隊さんから貰ったの・・・」

K子さんが言い終わらないうちに、K子さんは床に倒れていた。何が起こったのか分からなかった。張り倒されていたのだ。

「お父さん、なんてことを・・・K子は女の子なんですよ!まだ子どもなんです!なんてことを!」

いつもは温和な母が泣きながら激しく父に抗議する。父も泣いていた。そして黙って奥の部屋に行ってしまった。

「可哀そうに・・・K子は女の子なのに・・・こんなこと・・・」

父親は、その後体調を崩し、寝たり起きたりの生活をするようになった。あの横暴とすら感じた頑固さも厳しさもなくなってしまった。癌だった。

「お父さん・・・いつか大嫌いなんて言って・・・ごめんなさい・・・」

「K子・・・父さんの好きなエルマンのレコードが聴きたい」

ミッシャ・エルマン・・・父親の大好きなヴァイオリニストだった。陽気で機嫌のいい時、そして元気な頃は、「この人の音色はな、エルマン・トーンと言って独特のものなんだ。父さんはこの人に憧れてな・・・」とK子さんに言い、エルマンの演奏に合わせて父親はK子さんと踊ったり、そして窓の外を見ながら静かに聴いていたりしていたのだ。

やせ細った父と聴くエルマン・・・

K子さんは思った。父にとっては音楽はとても大切なものだったのかもしれない。だからあの時自分がピアノを習いたいと言っても反対したのかもしれない。あの時、自分はただの西洋への憧れだけでピアノを習いたいと言っていたのかもしれない・・・父はそんな私のことを見抜いていたのかもしれない・・・

K子さんは言う。「あの時、子どもだった私を殴ったのは、父のプライドだったのかもしれない。あの時、人間としての尊厳といいうものを教えてくれたのかもしれない。今はそう思います。御菓子なんて貰ってはいけなかったんです。でも当時の私はそんなこと分からなかった」

「頑固な人だったけど、父は教えてくれたのだと思います。音楽を習う、ピアノを習うということの大切さも教えてくれたのだと思います。本当にヴァイオリンが好きでしたから・・・」

続く・・・



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村





category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

自分の音を聴く・・・聴いてどうする? 

 

サークルに所属して、そして単発的な弾き合い会のようなものにも参加してきたりしてきて、気づいたことがある。なんとなく「あっ、この人の演奏・・・」と聴いてしまう演奏をする人がいる。レベルは、その人のピアノ歴によって様々ではあるけれど、共通している「何か・・・」をそのような人たちは無意識レベルで持っている。それは何なのだろう?

「自分の音をよく聴いて弾きましょう、練習しましょう」

ピアノの曲は音が多いので、ついつい「弾く」ということに専念しがちだけれども、やはり「自分の音を聴く」ということは重要なこと。

では自分の音って?

「はい!聴いています。私はドミソと弾いています」ではないですよね?「間違えずに、音ムラもなくパッセージを弾きました」でもない。では「自分の音を聴いて」とは?

聴き手が、「あっ・・・」と無意識で聴いてしまう演奏をする人に共通していることがある。それは、音楽やピアノが好きだということ。

「えっ?みんな好きだからピアノを弾いているんでしょう?」

そうなのだけれど、そのような人たちは、好みのピアニストに関して、明確な嗜好方向を持っていて、CDも沢山所有していたり、クラシックだけではなく、他のジャンルの音楽の演奏にも興味をもっていたりとか、つまり「個人的なこだわり」があるような気がする。

「えっと、新しい曲を先生から頂いたので、CDで聴いてみよう」などの場面で、有名なピアニストだから、とりあえず・・・という感じではなく、個人的なこだわりがある。

このような人たちは、自分の理想の音とかサウンドというものを持っていて、日常の練習でも「理想との比較」というものをしているのではないか・・・

むろん、そのような理想の演奏のようには弾けなくても・・・

そうでない人の場合は、つまり「理想の演奏像」とか「理想のサウンド」というものがない人の場合は、「弾きこなす」ということに妙に専念しがちだったり。これは「理想との比較」というものがないからなのでは?理想のサウンドが明確にないと、そこには比較という概念もないので、ツラツラと弾きこなすとか、「なんとなく一本調子なんだけど・・・」という感じで弾いて悩んでしまったり・・・

ピアノを弾く・・・というか、音符をただただ並べるということも、非常に大変なことなので、そのことだけになってしまう。「もっと音を聴いて!」と言われても「ハイ、聴いています。一応間違えずに弾いています。先週注意された抑揚もつけてみました」のようにしか聴けないというか・・・

具体的な弾き方と表現との結びつきのような事は、指導側に習う・・・のかもしれないけれど、練習する側も、常に自分のサウンドが理想のそれと比較してどうなのかという聴き方、概念が必要なのではないか?この部分は「教える」「教わる」ということが非常に困難な部分なのでは?「アルゲリッチ・・・素晴らしいでしょう?」と示されても、聴く側に、なんらかの概念が不足していると「はぁ・・・とっても高速で・・・」のように感じてしまったり。

非常に優秀な学生や、プロでも卵(?)みたいなピアニストの場合、「ついついただ弾いてしまいました」のような演奏をすることが多いような気がする。本当のプロの演奏は、聴いている側に「あっ・・・」と集中させてしまう何らかのものがある。

スティーヴン・ハフのレッスン・・・

学生も上手なんですよね。「よく弾けるよねぇ・・・」とか「上手いよねぇ・・・」という部分では感心するところが多いけれど、この学生たちの演奏を演奏会で聴いたとしたら、おそらく非常に退屈してしまうと思う。本当によく弾いているのだけれど、それだけでは聴き手の耳と脳は動かない。

では「動くような演奏にするためには?」

ハフのレッスン、「もっと音を聴いて・・・」「どうしてその素晴らしい部分をツラツラとただ弾いてしまうの?」「そこはこんなに表現できる部分なのに・・・」というレッスンのように僕は感じる。

「自分の音を聴く」・・・「何のために聴くの?」・・・「聴いて何と比較して修正するの?」・・・

kaz




にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

不足の歴史 

 

ピアノ以外の楽器では、まず「正しい弾き方」「美しい音」のようなものを身につけなければ、聴くに堪えないものになってしまう。いくらプッチーニのアリアに感動し、カラスの歌唱に感銘を受けて、脳内イメージとして膨らんでいたとしても、具体的な演奏法、つまり「発声」を身につけなければ演奏としてすら成り立たない。どんなに情感を込めても、ベルカントの発声そのものが未完成で、絞り出すような発声しかできなければ、まずは基本的な発声、つまり技法のようなものが必要となってくる。弦楽器でも、音程が不安定な状態であったりボウイングが勝手気ままな状態であれば、いくらパガニーニの曲を必死に練習したとしても、「まずは弾き方を習いましょう」ということになるのではないだろうか?

多くの楽器では「音」にするための具体的な過程を踏まなければ、演奏そのものに辿り着かない。

ピアノの場合は、一応鍵盤を押せば正しいピッチで「音は鳴る」ので、このあたりが曖昧になりやすいのだろうか?

生徒が好むとか、楽しいとか、興味を示すなどといったことに関わらず、ピアノの場合も、ある程度の曲が弾けるようになったら(一般に思われているよりも実は早い段階で)「弾き方」というか、「表現」と「弾き方」との具体的関係のようなものが伝授されなければならないのでは?つまり「テクニック」という概念。メカニックをどう使いこなせば「表現」というものに結びつき、「テクニック」として音として具現化されるのか・・・というような。

そのことで多くのメールを頂いているが、共通した内容として多くの方が挙げられている項目がある。まずは、ピアノの先生が自分自身の修業時代、つまり音大などのレッスンで、そのような概念そのものを習ってきていないということ。学生時代に、その概念の重要さを示唆されていれば、自分が教える立場になった時にも、何らかの形で「表現」=「具体的奏法」のような概念を含め教えていくのではないだろうかと・・・

むろん、指導の際に、あまりに厳しくガミガミと「奏法!」と指導して、ピアノへの興味を失ってピアノから離れてしまっては終わりなので、「興味を持って」「生徒が楽しく」という側面も大いに実際の現場では必要となってくるだろうが、でも「なにも教わっていない」「具体的奏法と表現との一致」のようなものを知らないで曲を弾き続ける不幸のようなものも実際には存在するのではないだろうか?

多くのアマチュアのピアノ再開組の人と話すと、このあたりを現在悩んでいる人が物凄く多い。「なんとなく弾けるけど、なんとなく棒弾き?」「なんで私の演奏ってただ音を並べただけのようになってしまうの?」「あの人は表情豊かに弾けるのに私は・・・感性の違いなんだわ」のように・・・

感性の違いではない。練習量の違いでもない。具体的な表現と奏法との結びつきという概念を習ってきていないし、現在も教えられていない可能性があるのでは?

弾き方と表現との具体的な一致というものの不足というものは、特定の一教室の現象とか、一部教師の認識不足、あるいは生徒側の感性不足のようなことだけではなく、「不足の歴史」というものの繰り返しがあったりするのではないだろうか?

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

「型」 

 

多くの人が悩んでいると思う。表現力豊かに、人を惹きつけるような演奏がしたいと・・・

指の訓練も、部分練習も一生懸命にやる。たくさん練習する。曲が弾けるようにはなってくる。ミスも少なく弾けるようにはなってくる。

でも・・・

なんとなく「一生懸命弾いているだけ・・・」「ただ弾いているだけ・・・」のような気がしてきてしまう。

どうすればいいのだろう?ヨーロッパに行って美術館訪問をすればいいのか?実際に住んでみたらもっといいのかも?いろいろな書物を紐解いてみればいいのだろうか?

やはり才能の問題?自分には感性が足りないの?ピアノは好きだけど、本当は向いてはいないのかしら?

もともと西洋から渡ってきたピアノとピアノ音楽、やはり日本人には合わないのかしら?日本人は奥ゆかしく自分の気持ちを表に出すことをしてこなかったから西洋音楽には向かないのかしら?性格を西洋人みたいに変えるなんてできないし・・・

「ピアノの演奏は型にはめることよりも、自分の内側にある何かを表出することが大事なのよ!」

日本の伝統音楽である邦楽なんかだったら流派のようなものもあるし、「型」のようなものに忠実にしなければいけないのかもしれないけれど、ピアノは西洋音楽。本来、自由に自分の心の中のものを出すもの、型にはまることとは正反対の行為・・・

そうなのだろうか?ずっと疑問に思ってきた。たとえば、声楽には発声練習がある。管楽器にもロングトーンの練習がある。ヴァイオリンにも「このような場合は~の奏法で」という決まり事がピアノよりは厳密のような気がする。場面によって奏法が決まっていたり、音そのものを作るまでに厳密な法則があったりする。

なぜピアノにはそのようなものがないのだろう?たしかに指練習はする。でも、ガリガリとハノンで指を動かすということと「音つくり」とは結びつかないような気がするし、そもそもなぜピアノには「音つくり練習」とか「音つくりの法則」のようなものがないのだろう?

ピアニストたち、過去の偉大な人であれ、現在の本物のピアニストであれ、皆ある種の法則を持っているような気がしている。奏法にはそれぞれ違いはあれど、それぞれの「型」のような何かを身につけている。このような表現だったらこの奏法、この弾き方という、かなり具体的な型を皆持っている・・・

なぜピアノ(教育)だけが「弾き方」について自由奔放なんだろう?ここが今でも疑問なのだ。たしかに「~奏法」とか「~式奏法」と呼ばれるものはあるけれど、導入期において、まずは「奏法」とか「このような表現にはこのような弾き方」的なものが追及されないのかが不思議。一般的に、導入指導では非常に曖昧、かつ抽象的な言葉がレッスン室を飛び交うことになるのでは?

「楽器が大きく、手のサイズが小さい子どもには、奏法から攻めてもダメ。ヴァイオリンのようにサイズが異なる楽器があればまだしも、ピアノはロシア人の大きな男性も5歳の日本人の女の子も同じサイズの鍵盤。無理があるのよ」

それはあると思う。一般的に、子どものコンクールでの、物凄く達者な子どもの演奏からそれは感じる。とても「無理やり感」をその演奏から感じてしまう。何故か皆そのような演奏を目指すけど・・・

楽器のサイズという問題は、たしかに一因にはなろう。でももっと大きな問題が潜んでいるような気はする。あまりにも西洋音楽だからということで、あるべき「法則」や「型」のような一定に存在すべきものに皆が無関心なのではないかと思うがどうなのだろう?

「微風が吹いているように軽やかに・・・」

この言葉は実際の公開レッスンで聞いた言葉だが、意味は分かるし、なんとなくどのような音を指導者が要求しているのは理解できるけれど、でも実際にはどうすればいいのか・・・

その部分が生徒の「感性まかせ」になっているような気もするのだ。

「いい音楽を、いい演奏を沢山聴きましょう!」

それはそうなのだが、でも実際に弾くのは生徒なのだ。生徒は頭の中の理想のサウンドがあっても具体的な演奏法は知らないのだ。この部分は「なんとなく」とか「子供なりの感受性」なんてものでは表現できない部分なのではないだろうか?

手首はどうするの?指は?肘と肩の関係は?手首から力を抜くの?肘から?作品や時代様式によってその部分は具体的にどう変化させるの?

様式感という問題だけでも、たとえばモーツァルトとハイドンのソナタでの演奏法の違いというものを伝授できる人はどれくらいいるのだろう?ショパンとシューマンとの差異は?ラヴェルとドビュッシーとの差異はどのように具体的に奏法で弾き分けるのか・・・

実際に、高校生にこのようなアドバイスをした(有名)教師がいた。

「シューマンなんだから、もっと文学っぽく演奏しないといけませんね・・・」

では、文学らしい演奏、文学らしい音とは具体的にどのようにすればいいのだろう?

もしかしたら西洋音楽を演奏する際には、長い間に培われた「型」のようなものがあるのかもしれない。そこを無視しては演奏できないのかもしれない。「型」がまずければ、「伝統」と言ってもいいかもしれない。

でも「弾き方の具体的なアドバイス」というものを多くの人が求めているのは事実だ。

音楽的に弾けない、なぜか「棒弾き」になってしまう、やはり感性がない?才能の違い?

違うのかもよ?ただ「弾き方」を教わっていないだけかもしれないよ?

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

技術は表現のために・・・ 

 

前記事について多くのメールを頂いている。抽象性と具体性、そしてテクニックとメカニックのことなど・・・

ピアノ関係者からのメールもあるけれど、圧倒的に他分野の方々からのメールが多い。バレエ関係者や日本舞踊の専門家、歌舞伎愛好者、フラメンコのプロの方など・・・

共通しているのは、表現力豊かに見える(視覚的芸術の方々のメールなので、「見える」という表現になる。音楽では「聴こえる」という言葉に置き換えればそのまま当てはまると思う)場合、それはそのように見えるように演技者が計算しているからであって、単純な「気持ちの問題」ではないと。

楽しそうに見えるのは、別に楽しいことを想像して、楽しげな気持ちで演技しているからそのように見えているのではなく、「楽しそうに見せる」ように計算していると。首の角度、手の動かしかたなど、体をいかに使うかの技術により、表現力豊かに見ている側に感じさせていると。

ピアノに限らずなのかもしれないけれど、技術と表現力というものは対にして語られることが多いように思う。技術はあるけれど、表現力が不足していて情感に乏しい・・・のように。

これは、技術不足なので、表現力が足りないように聴こえてしまうのだという認識が足りない場合、このような言い方になってしまうのではないかとも思う。

なんとなく「抽象的」な言葉が飛び交いすぎるのかもしれない。初歩指導でも、「もっと楽しそうに弾きましょう」とか「もっと哀しい感じが出せるように練習しましょう」などのアドバイスがあるというが、楽しそうに聴こえる具体的な技術があるはずなのだ。哀しげに聴こえるための技術があるはずなのだ。ここが音楽(ピアノ?)の場合、弾く側も聴く側も、そして教える側も認識として「曖昧」なのではないだろうか?

聴いていて技術が表に出て、ただそれだけ・・・とかメカがぎらついてしまう演奏は、表現力が足りないというよりも、技術が足りないからそのように聴こえてしまうのではないだろうか?

「テクニック」という概念は「メカニック」を効果的に駆使し、表現力に結びつけるツールなのだ。テクニックに優れているほど表現者の意図は明確になる。つまり表現力豊かに聴こえる・・・

・・・と書いていて頭の中を過ったのは、ロシアのペア、エレーナ・ベレズナヤとアントン・シハルリトゼのカップル。このカップルはオリンピックでも世界選手権でも優勝しているけれど、一般的には「表現力豊かなペア」とされている。でも演技を細かく見ていると、どんな小さな何気ない動きも計算されているような技術を感じる。

表現力豊かな演技に見せるための具体的な技術が備わっているように感じる。チャップリンの映画を鑑賞して、なんとなくそのような気持ちになれば、このような演技ができるとは思えない。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

抽象性のための具体性 

 

アメリカに留学していた時は、偶然にも音楽院の近所のアパートに住むこととなった。学生のリサイタル(試験)も無料で一般公開されるので、よく聴いたものだ。あとは、有名ピアニストの公開レッスンもよく聴いた。僕自身が学校を変え、住む街がニューヨークに変わっても、ニューヨークの音楽院で行われる学生のリサイタルや公開レッスンは、音楽院が近所ではなくなっても聴きに行った。

有名ピアニスト、ブレンデルやシフ、ツィメルマンやペライアなどの公開レッスンを聴いた記憶がある。日本に帰国してからも公開レッスンはよく聴きに行った。基本的に、僕は公開レッスンを聴くのが好きなのだと思う。

アメリカと日本とでの公開レッスンでの指導側のアドバイスには、大きな違いがあるように思う。アメリカで聴いた公開レッスンは、非常に具体的な指摘が多く、主に技術的なこと、指の上げ下げのような基本的な内容だったように思う。世界を舞台に活躍するピアニストの指導なので、どんな「芸術的な言葉」「深淵な表現に関する指導」のようなものが聞けるかと思ったりしたのだが、とても基本的な技術的な内容だったのが意外だった。生徒は音楽院の優秀な、コンペティションで入賞するような生徒ばかりだったから、皆とても上手だったにもかかわらず、基本技術に関する指摘・・・

日本で聴いた公開レッスンの受講生も、皆とても上手だった。やはりコンペティションに受かるような子どもばかりだった。日本においても有名ピアニストの公開レッスンはあるのだと思うけれど、僕が聴いたのは、ピアニスト・・・というよりも高名な教師、音大の先生だったり、そうではなくても全国的に名の知れた有名教師のレッスンばかりだった。

日本での公開レッスン、アドバイスが非常に抽象的・・・というか芸術的・・・というか・・・

「ああ、そこはもっと苦味のある音色で弾けるといい・・・」

指摘は間違えではなかったのだと思う。生徒の演奏は、割と「あっけらかん」としていたので。でも「苦味のある音」を出すには具体的にどのように弾けばいいのか・・・というアドバイスがない。どの先生も、そこがない。これはアメリカと日本との差異というよりは、コンサートピアニストと教師という立場の違いによるものだと、その時僕は感じたりした。

「もっと明るい音で、燥ぐ感じで・・・」「そこは暗闇の中で彷徨っているような音で・・・」

では、どこをどうすれば燥ぐ音が出るのか、暗闇の音で演奏できるのか・・・

そこがない・・・その部分の具体的な指導がない・・・

暗闇にいる気分で弾けば、そのような音が出るものでもないだろう。

もしかしたら、アメリカでの公開レッスンの受講生は音楽院の生徒、日本での受講生は優秀な子ども、この違いが指導側の指摘の違いになったのだろうか?でも子どもだったら、なおさら「こうすれば~になる」という具体性が必要なのではないだろうか?

これは日本の教師が、あまりにも「技術」と「表現力」というものを分離して考えすぎているために起こる現象なのではないだろうか?本来は「表現するために技術が存在」するわけだから、ある表現(苦味のある音とか)に行き着くためには、それを具現化するための具体的な技術が必要なのだと思う。多くのピアノの先生の文章で、「テクニック」と「メカニック」という言葉の使用法で混同があるように僕には思える。中には、使い分けしようとすらしない人もいるように感じる。「テクニック」と「メカニック」は異なるものだ。重なるものでもあるが・・・

「テクニックだけではない心からの演奏」という表現は、本来ありえないのではないだろうか?

僕が感じるところでは、声楽では具体的方法というものと、表現というものが密接のような気がする。「~のような表現で歌うためには」「~のような声を出すには」・・・ここに行き着くための具体的な身体や声帯や口の開けかたなどが必要になってくるからだと思う。ベルカントの声で歌うには、その具体的な方法を知らなければ、そのような声そのものが出ないからだと思う。

でも、ピアノは「なんとなく」でも音は出る。「明るい気分」を想像すれば「明るい響き」で弾いているような錯覚を起こしやすい。でも、具体的方法を通さなければ、聴いている人には伝わらない。

あるアメリカ人ピアニストが日本からの留学生の質問にこのように答えた。

「どうしても技術だけ・・・のような演奏になってしまうんですよね。感性の問題なんでしょうか?西洋音楽の歴史の浅さでしょうか?なんででしょうか?」

「それは、あなたの技術が足りないからですよ・・・」

kaz

にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

共演 

 

「俺はね、いつも聴衆と共演するんだ!」  Friedrich Gulda



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Friedrich Gulda

tb: --   cm: 0

△top

「技術」と「お芸術」 

 

グルダはジャズも弾く。よくある「ジャズの曲をクラシックのピアニストが弾く」というのではなく、完全にジャズ・ピアニストとしての活動があった。

クラシックも弾くしジャズも弾く両刀使いのピアニストだった。それだけが理由ではないけれど、グルダは、どこかクラシック界では「異端児」とされていたように思う。

グルダにとっては、クラシックだろうとジャズだろうと、どのジャンルの音楽であろうと、音楽は音楽だったのではないだろうか?

求めるべきものは「音楽」・・・

でも、ピアノを弾く人には分かる。この当たり前のことを全うするのがいかに困難なことか・・・

なぜ、クラシックピアノは技術に走るのだろう?

また反対に、クラシックピアノは、なぜ極端な「精神性」やら「神聖さ」に走るのだろう?

このあたりが窮屈に感じる時がある。

追い求めるものは「音楽」なのだ。でも追い求めることを困難にしている原因がありそうだ。

自作のジャズ風の曲を弾こうが、ベートーヴェンを弾こうが、グルダの追い求めていたものは「音楽」だったのだと思う。こんなに「音楽を楽しんでいる(自分が楽しい・・・ということではない)」ピアニスト、いるだろうか?

こんなに「皇帝」を楽しそうに弾く人、他にいるだろうか?

追い求めるのは「音楽」・・・

でも多くの人は「技術」を追い求める。もしくは、「お芸術」を追い求める。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Friedrich Gulda

tb: --   cm: 2

△top

レンガ積み上げ方式練習 

 

僕がピアノを子供の時に辞めてしまい続かなかった理由は、楽譜が読めなかったから。小学生時代に習っていたと言えると思うけれど、後半の3年間は、完全に自己流で弾いていたと思う。むろん、レッスンで弾く曲は、それまでと同じく楽譜と悪戦苦闘しながら弾いていたのだけれど、偉大な演奏を「聴く」という洗礼を受けてからは、先生には内緒で(正確には拒否されてしまったので)自分の弾きたい曲を弾いていた。その部分は完全に自己流、そして独学だと言える。

よく質問される。何故バイエルも終わらない時にショパンとか弾けたの・・・と。

それは簡単な理由だ。耳で音を覚えていたからだ。これは絶対に避けるべき学習法だと思う。楽譜が読めないといけないのだということは、身に染みている。耳だけで弾いてしまうと行き詰ってしまう。僕の場合、最初は耳に頼っていたけれど、何曲か好きな曲を弾いているうちに楽譜の読み方も覚えてしまった。何年もかけて怒られても理解できなかったのに、やはり「弾いてみたい」という願望というものがショパンを弾かせ、そして楽譜を読ませたのだと今では思う。

でも、楽譜が読めなかったという事実は、長い間、そう30年以上も心の中に暗い過去として僕の中に残った。数年前にピアノを再開してからも、きちんと訓練してこなかったということが自分のコンプレックスになっている。その大きなコンプレックスは今でも抱えていると思う。別に音大生と比べて・・・などとは思わないけれど、子供の頃に楽譜をきちんと読んで、きちんと指練習をして・・・という経験のある大人の再開組のアマチュアの人と比べても僕はコンプレックスを持っている。

勝手気ままに弾き遊んでいた子ども時代を後悔している。自己流で弾いていた時は楽しかったけれど、でも、きちんと普通に(?)教則本を子供の頃にこなしてきた人とは何か差がついてしまっているという思い、そして「きちんと組」の人たちに対してのコンプレックスがある。

「でも、得してるところもあるんじゃない?」

などと最近は自己肯定型に少し傾きつつある。まぁ、僕は自分に甘いから・・・

子供の頃、楽譜は全く読めなかったけれど、なぜか即興演奏(遊び弾き)ができた。すべての調で即興していたと思う。調によって同じメロディーでも彩が異なるのが面白かった。でも、普通、「きちんと組」の人たちは、これができないらしい。僕はコードネームは理解していないけれど(簡単なものなら分かる)、でもメロディーに伴奏を勝手につけて弾いてしまうことはできる。これも「きちんと組」の人たちは苦手らしい。

「きちんと組」の人は、まず音符を一つ一つ読んで、少しずつ曲にしていくらしい。僕も部分練習は、みっちり行うけれど、というより日頃は部分練習しか時間的な制約でできないけれど、でも最初はワーッと弾いてしまう。この「ワーッと弾いてしまう」ということも「きちんと組」の人には理解できないことらしい。

「きちんと組」の人は、レンガを積み上げていくように曲を仕上げていく感覚なのだろうか?おそらくそうなのだと思う。僕はこの感覚が分からない。全体をワーッと大雑把に仕上げて、そして細部を丹念に仕上げていくから。レンガの積み上げという感じは体験したことがない。大まかな輪郭と全体の色を水彩絵の具で最初に決めて、少しずつ細部を色鉛筆で仕上げていく・・・という感覚に近い。レンガの積み上げ方式だと、積み上げていない部分は空白なのではないだろうか?どうなのだろう?

曲を仕上げていくという過程には、このレンガ方式も必要なのかもしれないが、でも曲の自分なりの理想像というものは、曲を譜読みするまえに決まっているのが普通なのではないだろうか?音楽なんだから。演奏なんだから。一つ一つ音を読んでリズム練習して・・・という方式では細部はいいけれど、理想の形という全体像が見えにくくなってしまわないだろうか?

基本的にクラシックの曲は楽譜の再現という側面があるように思う。ジャズなどはそうではない。どちらがいいということではない。もちろんない。でも、「楽譜を読む」「きちんと弾けるように練習する」ということが目的化してしまうと、弾けてはいても聴き手に届かない、自分だけが一生懸命に弾いている・・・のようになってしまわないだろうか?少なくてもその危険性はあるような?

「ただ楽譜を音にしてみました」という演奏は多い。そしてその原因は「音楽性」とか「感受性」とか、場合によっては「才能」というものにその原因を求めがちのように思う。

もしかしたら「レンガ方式しか知らない」ということも原因の一つにならないだろうか?

グルダのこの演奏、なんとなく「レンガ積み上げ練習」で弾いているようには思えなかったりする。むろん、ピアニストなので練習量は凄いものがあるだろうけれど、でもグルダの場合、最初から「自分の理想の形・サウンド」というものがあったのではないだろうか?どうなのだろう?

それにしてもグルダ・・・楽しそうだ。自作を弾いているからそう見えるのだろうか?違うと思うな。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Friedrich Gulda

tb: --   cm: 0

△top

廉価版のピアニスト 

 

Hommage a Werner HaasHommage a Werner Haas
(2001/10/23)
Haas、Bach 他

商品詳細を見る


今はCDも安くなっている。ボックスものなども、一枚換算にすると驚くような価格で手に入ってしまう。昔、昔、大昔、僕がレコードを夢心地で聴いていた時代、世の中には「廉価版」というレコードがあったと記憶している。

活躍中の、そして売出し中のピアニストのレコードは廉価版ではなかった。超有名なピアニストのレコードも廉価版では手に入らなかった。当時、一枚、1000円程度で売っていた廉価版、レコードショップでも、演奏家別でもなく作曲家別でもなく、「廉価版」のコーナーで売られていたような・・・

小学生だった僕は「廉価版のピアニスト」=「売れないピアニスト」と思い込んでいたように思う。

でも、廉価版のピアニストでも当時、強烈に印象に残り、自分にとってはお気に入りのレコードというものもあった。レナード・ぺナリオのレコードもそのような、お気に入り廉価版だった。

ヴェルナー・ハース(当時のレコードにはウェルナー・ハースと記載されていたと思う)というピアニストのレコードも、そんな「お気に入り廉価版」だった。

僕の割と(とても?)苦手なドビュッシーやらラヴェルの演奏に定評のあった人で、僕はフランス人かと長い間思っていたのだけれど、実は彼はドイツ人だった。そんなハースの僕のお気に入り廉価版がショパンのワルツとノクターンのレコード。

今聴いても、ハースのショパンはとても好きな演奏だ。とても美しい・・・

ヴェルナー・ハース、有名なのだろうか?少なくても雑誌の「好きなピアニストベスト10」などの記事に登場してくるピアニストではないように思う。

ギーゼキングのお弟子さんだったそうだ。「ああ、だからフランスもの・・・」と感じたりもするが、僕はやはりハースのショパンが好きだ。

廉価版で日本に登場したからなのだろうか、それとも彼が自動車事故で45歳という若さで亡くなったからであろうか、なぜか知名度は低いような気もする。CD時代になっても彼のCDはとても安く手に入る。

それはともかく、雑誌などの「好きなピアニストベスト10」・・・

いいかげん、決まりきった人ばかり、超有名な人ばかり、売出し中の人ばかり・・・という繰り返しでうんざりしてきてしまう。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: My favorite Chopin

tb: --   cm: 0

△top

するめの曲 

 

ヨゼフ・スークといえば、まずはチェコのヴァイオリニストを思い浮かべる人が多いと思う。数年前に亡くなりましたが。このヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークの御爺さんが作曲家のヨゼフ・スーク。僕は、この御爺さんヨゼフ・スークのピアノ曲「愛の歌」という曲が好き。

一瞬で聴く人を虜にする・・・というよりは、噛めば噛むほど味わいが深くなるような「するめ」みたいな曲。この「愛の歌」は、あまり演奏されないような気がする。演奏会や発表会は、瞬間芸(?)のような場でもあるから(?)、このような「するめ」タイプの曲は分が悪いのかもしれない。

御爺さんヨゼフ・スークはドヴォルザークの弟子だった。ドヴォルザークの「鉄道好き」は有名だ。毎日の作曲のノルマを果たすと、機関車の模型を作ったり、何時間も駅や操車場で機関車を眺めていたりしたそうだ。地元の時刻表などは、もちろん暗記していたというし、列車が遅れたりすると、駅員でもないのに乗客に謝っていたりしたそうだ。

「ああ、本物の機関車が手に入れば、僕の作曲した曲と交換してもいい・・・」

機関車の製造番号を弟子のヨゼフ・スークに調べさせたことがある。自分が忙しいときには、機関車関係の調べものを弟子にやらせることもあったらしい。スークは鉄道マニアではなかったから、この番号を間違えてドヴォルザークに教えてしまった。

「こんなことも間違えるとは・・・そんなやつとは娘と交際させるわけにはいかん!」

ヨゼフ・スークはドヴォルザークの娘、オチルカと結婚する。激怒されたものの、許されたのですね。

ヨゼフ・スークの「愛の歌」、演奏しているのはチェコのピアニスト、イヴァン・モラヴェッツ。

「するめ」のような曲を「するめ」のようなピアニストが演奏している。

ドヴォルザークの恩赦がなければ、「するめ」を現在、このような形で聴くことはできなかったのかもしれない。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村

category: Ivan Moravec

tb: --   cm: 0

△top