ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

愛好家としての今年の10曲 その10 

 

焦りを感じるが、それは仕方がない。心配すべきことは沢山ある。

それでも今よりは、すべてのことが悪くなることはないだろう。だから、来年は「いい年」になるだろう。

この病気の辛いところは、完治というものがないということと、すべてのことが自分のコントロール外にあると感じてしまうところだろう。自分の人生なのに、病気に翻弄されてしまうというか・・・

そこが辛いし悔しい・・・

でも、いいこともある。それは「人に~と思われたら・・・」という発想をしなくなることだ。これはいいことだ。最後の瞬間に、そのような考えで生きてきた人は本当に後悔すると思うから。多くの場合、人はそのようなことに対しては無意識で行動してしまっている。

「あなたには来年という時間しか残されていないとしたら、あなたはまず何をしますか?」

常に答えを持っていることが望ましいと思う。このあたりに関しては、病気というものは、人間を鍛えてくれるのだ。

今年は、この人に大変お世話になった。なので、今年最後の演奏は、この人の演奏にしたいと思う。

kaz



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category: Stephen Hough

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愛好家としての今年の10曲 その9 

 

「俺は歌と結婚したんだからさぁ・・・」

僕は音楽的な環境に恵まれて育ったわけではない。ピアノは習っていたけれど、両親も割と僕のピアノに対しては無関心だったのではないだろうか?発表会にも来たことはなかったし・・・

母は娘時代には西洋文化への憧れのようなものを持っていたらしいのだけれど、父はそのようなこともなかったみたいだ。父方の祖父母は厳格だったらしく、自分たちの子供を厳しく育て、父をはじめ子供たちは、堅気の仕事に従事するように言われていたらしい。時代もそのような時代だったのかもしれない。ただ、末っ子のテルおじさんだけは、厳格な祖父母も可愛かったらしく、自由に育てた。父はよく言っていたものだ。「テルは甘やかされて育ったからなぁ・・・」と。

テルおじさんは、両親に会社員などの堅気の仕事をするように、そして結婚するように言われていたらしいのだが、テルおじさんは、笑いながら「俺は歌と結婚したんだからさぁ・・・」と聞く耳を持たなかった。

テルおじさんは、新宿で流しをしていた。ギターを持って、夜の飲み屋街を渡り歩いていたのだ。

「そんな仕事・・・」と周囲は思っていたらしいのだが、「まぁ、末っ子だし・・・好きに生きてきたんだし・・・」と容認する形となっていた。

僕の親族で、音楽関係者がいるとすれば、このテルおじさんだけだ。仕事では演歌を歌うことがほとんどだったという。でもテルおじさんは、仕事以外では歌を歌うことは少なかった。僕が小学生の頃、その頃はピアノを習っていたので、弾かされたことがある。「kaz君・・・それは音楽じゃないねぇ・・・」

つっかえながら楽しくなさそうにバイエルを弾く僕にテルおじさんはそう言った。

お酒が大好きなテルおじさんは、酔うと仕事ではなくても上機嫌で歌うことがあった。そのような時は決まってフランク永井の曲を歌った。テルおじさんは、フランク永井のような低音の声の持ち主だったし、容貌もフランク永井にそっくりだった。ファンでもないのに、僕がフランク永井を懐かしく想うのは、テルおじさんの面影と重なるからだと思う。

実際にテルおじさんは、フランク永井を尊敬していたのだ。「フランクさんは凄い歌手なんだよ!」と僕に言っていたくらいだから・・・

僕が中学生になったころ、父が僕に言った。「テルおじさんは病気なんだ。お見舞いに行こう・・・」

テルおじさんは肝臓癌だった。そのことはテルおじさんには知らされていなかった。

「お酒が好きだったからねぇ・・・」

「だから堅気の仕事をしろと言ったんだ。こんなことになって・・・」

テルおじさんは、僕に言った。「kaz君・・・俺は本当はアメリカで暮らしたかったんだ。本当は演歌じゃなくジャズが好きだったんだ。アメリカ・・・一度でいいから見てみたかったなぁ・・・」

お見舞いに行ったその時が、僕がテルおじさんと話した最後になった。

もし、音楽的な何か・・・そのようなものを僕が受け継いでいる、そしてそれが遺伝のような要素もあるのであったら、僕がピアノを弾いているのは、テルおじさんから引き継いだ何かを追い求めているのだと思う。もしかしたら、癌というものもテルおじさんから受け継いだのかもしれない・・・

今日、テルおじさんに、この歌を捧げたいと思う。テルおじさんの大好きだったフランク永井・・・

そして新年になったら、しばらくテルおじさんの記憶を封印しようと思う。

「アメリカ・・・一度でいいから見てみたかった・・・」

そう言ったテルおじさんの最後の言葉を、声を、しばらく封印したい。

kaz



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category: The Singers

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愛好家としての今年の10曲 その8 

 

自分の音、聴いてる?: 発想を変えるピアノ・レッスン自分の音、聴いてる?: 発想を変えるピアノ・レッスン
(2012/12/20)
山本 美芽

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この本の中に次のような記述がある。「もっと聴いていたいな」という演奏と、「上手いけれど・・・なんだかうるさいな。早く終わらないかな」という演奏についてで、その差は「楽譜に書いてあることについてのクオリティが高いのは当たり前で、楽譜に書かれていない部分のクオリティで差が出る」と。

一般的に、この「楽譜に書かれていることについてのクオリティ」という部分、ここに着目することが目標化してしまうと、「上手いけど・・・なんだかな・・・」という演奏になってしまうのかもしれない。

「ニュアンスは楽譜に書けない。しかし作曲家が楽譜を書くとき、頭の中に、あるいはその時代の演奏には当然ニュアンスは存在していた。そう考えると、楽譜とは、生きた音楽を冷凍保存しておくツールのようなものだ。楽譜にするとき、ニュアンスはいったん消えてしまう」

「ピアノの人って、目立つ音しか聴いていないんです」

いかに楽譜というものから、ニュアンスというものを引き出すか・・・

それは、楽譜が要求している(書かれていない、書くことのできない)ニュアンスに反応すること、反応できるような「聴ける耳」が必要ということなのかもしれない。

反応できている演奏というものは、ソロで弾いていても「やり取り」があるように感じる。残念ながら、相互作用というか、立体的な演奏ということに関しては、昔の演奏家が素晴らしいと個人的には感じる。僕が往年の演奏家を好きなのは、そこなのだ。「楽譜に書かれていること」に関しては、現代の演奏家も素晴らしい。でも・・・

この曲は、一部マニアにとっては「神」のような存在であるアムランの演奏が素晴らしい、最高峰だとされているけれど、僕は100年前の録音である、この演奏に惹かれてしまう。

この演奏からは、リシャ-ル・ガリアーノの演奏と共通している「やり取り」「反応」というものが感じられる。

kaz



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category: ピアニスト

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愛好家としての今年の10曲 その7 

 

リシャ-ル・ガリアーノの演奏を聴いて感激したのは、ソロで弾いていても、まるで何人ものプレイヤーとの「合わせもの」を聴いているような感じがしたことだ。

たとえ、一人で演奏していても、楽譜(音楽)が要求しているすべての要素に反応しているというか・・・

一人で弾いているのだけれど、どんなに小さな箇所でも音楽に「反応」するので、まるで合奏のように聴こえるというか・・・

もしかしたら、真っ白なキャンパスに色を塗っていくようなイメージではなく、もともと多彩なものを、どれだけ引き出せるか・・・というイメージが演奏を分けるのでは?

まずは、間違えずに弾けるようになってから「表現をつけていく・・・」ということではなく、というよりも、表現は「つける」ではなく「反応」できるかなのでは?

楽譜にフォルテと書いてあるから強く弾く・・・

でも、楽譜というものは、「音のニュアンス」というものまでは表記できない、表記されていないものなのでは?

つまりニュアンスというものは、削ぎ落とされてしまっている。もともと作曲者は、自ら思い描くニュアンスというものを想定して楽譜にしているのだと思うのだけれど、その部分は演奏者が何らかの方法で埋めていくしかない・・・

もしかしたら「表現をつける」ではなく「反応する」という発想がクラシックの演奏でも必要なのかもしれない。

kaz



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category: Richard Galliano

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愛好家としての今年の10曲 その6 

 

今年の収穫はリシャ-ル・ガリアーノを生で聴けたことだ。彼は、いわゆるクラシックの演奏家としてカテゴライズされる人ではないので、クラシックの演奏会ではなかなか感じることのできない貴重な時間を共有できた。

まるで、各プレイヤーがボールの投げ合いをしているような、そんな素晴らしい時間・・・

クラシックの演奏会だと、「ひたすら弾いています」とか「格闘しています」のような演奏に遭遇することが多いけれど、リシャ-ルの演奏は、他の演奏者との「やりとり」が凄いのだ。反応力が凄いというか・・・

ジャズだから・・・と言われればそれまでだけれど、まさに「生きている演奏」という感じがしたのだ。

クラシックの人、特にアマチュアの人は、「弾く」ということに一生懸命になりすぎていて、自分の音を聴きながら音楽に反応するということが、あまりにも少ないようにも思える。

「これはジャズだから・・・」と自分でカテゴライズせずに聴いてみたらどうだろう?相手の音楽、音、自分の音楽、音・・・聴けていなかったら反応できないわけだから・・・

kaz



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category: Richard Galliano

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公園の手品師 

 

フランク永井の曲、といっても、あまり知らないのだけれど、彼の曲の中で、僕の最も好きな曲が「公園の手品師」という曲。

地味な曲なのかもしれないが、この曲は昔から何故か好きな曲だった。

やはり、この曲も病室で聴くと、とても哀しく聴こえてくる・・・

kaz



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category: 好きな曲・好きな演奏

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フランク永井 

 

年末になると聴きたくなる声・・・

フランク永井・・・

若い人は知らないんでしょうねぇ・・・フランク永井・・・

僕も決してファンというわけではないのだけれど、なぜか年末に恋しくなる歌声だ。それは、最近の歌手の発声が甲高いからだと思う。「子供の発声」というか・・・

たしか、フランク永井は自殺未遂をして、脳に障害が残ってしまったんですよね。会話もできないほどに・・・

病室で聴くフランク永井は、とても哀しく聴こえる・・・

kaz



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category: The Singers

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現在進行形の音楽 

 

Ten Year Jubilee  リンドベルイ:「三角形」 トロンボーンで6オクターブを吹く」Ten Year Jubilee リンドベルイ:「三角形」 トロンボーンで6オクターブを吹く」
(2003/02/10)
Christian Lindberg

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クリスティアン・リンドベルイのトロンボーンを聴いている。

羨ましいのは、トロンボーンは現代の作品を通常のレパートリーとして演奏できる世界だということだ。もしかしたら、モーツァルトにもブラームスにもトロンボーンのための素晴らしい作品が存在するのかもしれないが、僕は知らない・・・

もしかしたら、日本は部活動というものが盛んなので、吹奏楽部というものに青春を賭けた人も多いのかもしれない。そのような意味ではトロンボーンもポピュラーな楽器なのかもしれないが、でもトロンボーンを吹くということは、ピアノを習うということよりは、一般的ではないような気がする。ピアノ教室の数よりはトロンボーン教室(聞いたことないが・・・)の数は少ないだろうし、「大人のトロンボーン」なる言葉も一般的ではないと思う。「大人のピアノ」という言葉はよく聞くけれど・・・

話は脱線するけれど、考えてみれば「大人のピアノ」という言葉も変だと思う。ピアノは大人のための楽器なのだから・・・

むしろ「子供のためのピアノ」とカテゴライズして、そちらの方が特別(?)という捉え方が一般的になればいいのに・・・そう思う。子供の時にピアノを習うということは、大人になってピアノを本当に楽しむための準備期間なのでは?

話を戻す。ピアノはトロンボーンに比べれば、圧倒的に作品数、レパートリーに恵まれている。楽器の王者?

そうなのかもしれないけれど、冷静に考えてみると、ロマン派を中心に過去の作品が王道レパートリーで、現代の作品というものは、かなり特殊なレパートリーとなってしまうのではないだろうか?ピアノ作品の華が大きく輝いた最後は、せいぜいラフマニノフあたりなのでは?実際に演奏会で弾かれる曲も、このあたりまでの作品が圧倒的に多いのではないだろうか?そして、誰もそのことを疑問にすら感じない・・・

トロンボーンは、ピアノと比較すると、現代の作品のレパートリーが実に多い。「現在進行形」の世界なのだ。そこが大変羨ましいと思う。

ピアノ弾きの間では、デリク・ブルジョワなどという作曲家は有名ではないのだと思う。僕も知らなかった。もしかしたら、吹奏楽、ブラスバンドに詳しい人にとっては、馴染みのある人なのかもしれないが・・・

現在も生きているイギリスの作曲家で、リンドベルイが吹いているデリク・ブルジョワのトロンボーン協奏曲は、まさに現代の作品、現在進行形の作品であり、演奏なのだ。

今を生きている・・・というエネルギーを感じる。「過去」に頼るしかない(?)ピアノの世界の人間からすると少し羨ましい・・・

kaz



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category: 好きな曲・好きな演奏

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余計な一言 

 

「入院中なんですよね?それなのにパソコンなんていいんですか?電子機器は携帯電話を含めて病院では遠慮するのが常識ではないでしょうか?医療機器にも影響がありますよね?そんなこともご存知ないんですか?」

「そんなことはご存知」でしたが、僕のいる病院の入院案内には「パソコンを病室で御使用になる場合・・・」とあるし、そのような環境は整っている。それに、個室にいるので、別に消灯後もパソコンを使用している。巡視のナースも、「早く寝てください」などとは一言も言わない。

何度も、この病院には入院しているけれど、パソコン使用に関しては制限がない。

ナースは言う。「だって、今はカルテだってパソコンですよ?電磁波の研究は進んでいます。パソコンは外界との接点を入院中の患者さんが得るうえで重要なものです」

なので、メールを頂きましたが、それは余計な一言と感じます。わざわざ「メールをして非難する」という負のエネルギー、これは退院すれば、つまり通常の生活を営むようになれば、接しなければならないエネルギーでもある。入院中は医療と看護に守られているので、つい負のエネルギーというものを忘れてしまう。そのような意味では、メールに感謝すべきなのだろうか?うーん、やはり「余計な一言」・・・と感じるかな。

入院中は、日頃聴かない音楽を聴く絶好の機会なのだと思う。例えば、トロンボーンとか・・・

僕は吹奏楽のような分野には疎いので、トロンボーンという楽器については、あまり(全く?)知らない。もちろんトロンボーン奏者や曲などについても。

「演奏に難儀しそうな楽器」「早いパッセージとか大変そうな楽器」という印象はある・・・

トロンボーンは、オーケストラでもホルンやトランペットと比較すると、ソロの部分、つまり活躍する機会は少ないのではないだろうか?つまり、トロンボーンの印象は薄かったのだ。

いろいろとトロンボーン奏者の演奏を聴いてみた。僕が好きになったのは、クリスティアン・リンドベルイというスウェーデンのトロンボーン奏者の演奏。普通はオーケストラに所属しながら活動するトロンボーン奏者なのだけれど、この人は「ソロ一本」で活躍している人だ。そこに興味を持った。もっとも、指揮者や作曲家(編曲家)としても活躍はしているようだ。

なんとなく自分がそれまで抱いていた「トロンボーンの演奏」というもののイメージを覆すような演奏をする人だと思う。

kaz



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category: 未分類

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愛好家としての今年の10曲 その5 

 

沢山のメールを頂いています。現在のところは、自分のペースでブログに綴るだけで精一杯なので返信は、落ち着いてからになります。今は「文章によるやり取り」というところまでは心理的には回復していないので・・・

とは言え、時間は持て余し気味ではあるので、色々とパソコンで音楽を聴いたりはしている。基本的には僕は女性の声よりも男性の声に惹かれているのは明白だ。それも大砲のような声よりは、繊細さのある声や表現に惹かれる・・・

子供の頃からそうだった。僕のテノール開眼は、まずはジーリとカルーソーで、そしてゲッダやヴンダーリヒと聴き進んでいった。リリコとかレッジェーロな声が好きなのだと思う。

エルネスト・デ・クルティスの代表作は「帰れソレントへ」なのだと思うけれど、その他にも「愛」を感じさせる、それも「むせ返るような愛」を感じる曲を多く作曲している。

僕の好きなデ・クルティスの曲は「忘れな草」という曲。この曲はデ・クルティスの曲の中では「帰れソレントへ」に次いで有名な曲だと思う。

「忘れな草」は1935年の映画「忘れな草」の主題歌でもあった。この映画に出演していたジーリが映画の中で歌い、後世のテノール歌手にも歌い継がれるようになっていった。デ・クルティスはジーリの伴奏者としても活躍していたし、この映画でも音楽監督を務めている。

ジーリの歌声を聴いていると、僕がピアノを弾く動機のようなものを感じる。むろん、ピアノは上達したいという気持ちはあるけれど、「弾きこなしたい!」というよりは、ジーリの歌のような、そのような世界を自分でも触れたいという気持ちになるのだ。ただ聴いているだけではなく自分でも「愛に触れたい」というか・・・

「忘れな草」の原題は「僕のことを忘れないで・・・」(Non ti scordar di me)

Non ti scordar di me・・・ジーリが歌うのを聴いていると、また「弾きたい!」と思う・・・

「Non ti scordar di me」

僕のことを忘れないで・・・

あなたこそ僕の人生だから・・・

いつまでも愛し続ける。夢の中にあなたは存在するから・・・

僕のことを忘れないで・・・

kaz



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「今さら怖じ気づきゃしないさ!」 

 

「今さら怖じ気づきゃしないさ!さあ、やろうぜ!時間がなくなっちまう!」

有名なフランク・シナトラの名言。何故シナトラなのか・・・

今年の僕のピアノライフ、やはりピアチェーレの演奏会が最も大きな出来事だった。夢中で弾いてしまった・・・という感じだ。来年、もし弾けるなら、いや弾かなければ・・・なのだが、来年は、ただ夢中で練習して「きちんと練習の成果が出せるかな?」というだけではなく、聴いている人がどのように感じるか・・・ということを、もう少し意識できればいいなと、そんなことを思っていた。あくまでも「自分が・・・」ではなく「聴いている人が・・・」という観点。

このあたりの考え方の違いが、プロとアマチュアとの最大の違いなのではないかと僕は感じている。アマチュアは、演奏の出来栄えうんぬんということだけ、つまり「自分が・・・どのように・・・」の世界。プロは「聴いている人が・・・どのように・・・」の世界。

僕は、アマチュアなので、自分が満足して弾けたかということだけを考えればいいのかもしれないが、ピアチェーレの演奏会は「弾く人=聴く人」という演奏会とは異なり、つまり発表会やサークルの練習会ではないのだから、やはり自分だけの世界で完結してしまってはいけないのだと思うのだ。わざわざ足を運んで聴きに来る人がいるのだから、無料の演奏会でも、やはり「聴いている人がどのように感じるか?」という視点は必要だと・・・

「演奏というのはね、どう弾けたか・・・なんて関係ないの。聴いている人がどう感じたかが大切なの。覚えておきなさいね」という原智恵子の言葉が頭をよぎる・・・

同じような言葉を誰かが言っていたな・・・

「個人的な向上心とか満足度を捨て去った時に、本当のプロと言えるようになるんだ。本物のプロなら観客が減ったのを知っただけで立ち直らねばという気をおこすものだ。俺は、観客にうけるためだったら裸踊りをしてもいい!」

サミー・デイビス・ジュニアの名言。

サミーは、スターになってからも、アフリカ系というだけで、差別を受けていた。サミーだけではない。当時のアフリカ系アメリカ人のスターは、たとえばラスベガスのショーに出演できても、そのホテルには宿泊できなかった。アフリカ系の人専用の宿泊施設でしか宿泊できなかった。そんな時代だったのだ。

そんな時代、サミーを自分の仲間、Rat Pack(シナトラ一家)に迎えたのが、白人であるシナトラだったのだ。当時は、白人社会からかなりの逆風がシナトラにはあったという。

シナトラは、そのような粋な男だったのだ。

シナトラの名言・・・

「もし、君が何か手放せないものを所有しているとすれば、それは所有しているとは言えないんだ。君が所有されているんだから・・・」

僕の大好きなシナトラの名言は、「僕は死ぬまで生きる!」かな?

ピアノのことを考え、シナトラまで思考が飛躍してしまった・・・

この部屋は個室なので、シナトラの名言を声に出して言ってみる。

「今さら怖じ気づきゃしないさ!さあ、やろうぜ!時間がなくなっちまう!」

やはり僕はシナトラじゃないから、かなり恥ずかしい・・・

kaz



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愛好家としての今年の10曲 その4 

 

もうひとつのピアノ ~ 領家 幸 (Das Andere Klavier / Ko Ryoke plays Bach, Beethoven, Chopin) [輸入盤]もうひとつのピアノ ~ 領家 幸 (Das Andere Klavier / Ko Ryoke plays Bach, Beethoven, Chopin) [輸入盤]
(2012/08/06)
領家幸

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ピアノを再開して、しばらく経った頃、僕は大胆な行動を起こした。それは、ヨーロッパやアメリカでピアニストのレッスンを受ける・・・というもの。レッスンを受けたピアニストは複数いるけれど、ここでは誰かということは明かさない。でも、アマチュアでもレッスンをしてくれるということは驚きでもあった。「また彼らのレッスンを受けたい!」という強烈な想いは、僕の再起への原動力ともなっている。

僕はアマチュアにしては、外国製のピアノを弾く(弾いた?)機会は多いのだと思う。スタインウェイ、ベーゼンドルファー、ファツィオリ、ベヒシュタイン・・・

それらの日本で弾いた楽器と、外国でレッスンを受けた時に弾いたピアノでは決定的な違いがあった。ピアノのメーカーは同じ。でも製作された時代が違う。外国で触ったピアノは(つまりピアニストたちが所有していたピアノは)古い時代のピアノだったのだ。とにかく「軽い」のだ。僕のような未熟者が弾くと「全部フォルテ?」になってしまう。息を吹きかけたら音が鳴ってしまうのではないかと思われるほどだ。

古いピアノとピカピカのピアノでは、電子ピアノとアコースティックのピアノとの差というものよりも、はるかに大きな違い、感触の違いというものがあるように思う。日頃ヤマハの現代のグランドピアノで練習していたら(ピカピカのスタインウェイのピアノで練習していても)いきなり1900年代初頭に作られたピアノを弾くと、おそらく対処できないのではないかと思われる。

「これは我々がピアノと認識していた楽器とは異なる楽器なのだ・・・」

僕はアマチュアなので、古いピアノを弾いても「弾きにくいな・・・」「困ったな・・・」で終わってしまうのだけれど、古いピアノに出逢い、そして楽器の違いを悟り、そして奏法までも研究し実践してきたピアニストは存在する。

領家幸(りょうけ こう)さんという日本人ピアニストだ。彼女はドイツで、この種の楽器と出逢い、音の違い、奏法の違いということをライフワークとして取り組んできた。

新しい、ピカピカの楽器だと、音の立ち上がりばかりに意識がいってしまい、「弾きやすいピアノ」というものが、そのようなピアノだと思ってしまう。古いピアノだと、音が鳴ったあとの「伸び」が違う。これは往年のピアニストの演奏を聴いても感じるところだ。彼らの演奏は、器楽的というよりは「歌」のようでもあり、とにかく「軽い」のだ。どんなに超絶技巧な曲でも軽さがある・・・

これは、個人的な好みの問題ということなのかもしれないが、現代のホールで聴くピアノは、「すべてが均一でダイヤモンドのような音」という感じがする。チャラチャラしている・・・というか・・・

領家幸さんの演奏を聴くと、かつての往年のピアニストのような輝きを思い出すことができる。

今年、領家さんは癌で亡くなってしまい、もう生演奏は聴くことはできない。

領家さんのCDを聴いて、僕が連想したのはベルギーの歌手、ジョゼ・ヴァン・ダム(ホセ・ファン・ダム)・・・

音の伸びと、歌というものを領家さんの演奏から感じたのだと思う。

領家さんの演奏はユーチューブにはアップされていないので、ジョゼ・ヴァン・ダムの演奏を聴きながら彼女の取り組みを偲びたい。

ご冥福をお祈りします・・・

kaz



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愛好家としての今年の10曲 その3 

 

RiteRite
(2013/04/09)
Jon Kimura Parker

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ジョン・キムラ・パーカーというピアニストはカナダ人。たしか、80年代にリーズ国際ピアノ・コンクールで優勝していたと思う。優勝直後は日本にも来日していたと記憶しているが、その後は来日しているのだろうか?

この人は、現在、たしかテキサスの大学で教えていて、アメリカでは有名なピアニストだったと思う。アメリカではジャッキー・パーカーと呼ばれていた。

僕は80年代に録音された彼のCDを2枚所有しているのだけれど、どちらも伸びやかで、とても素晴らしいピアニストだと思っていたが、その活動は日本にいると聞こえてこないので、少し残念に思っていたのだ。

今年、友人が「ジャッキーの新しいCDが、こちらではとても話題になっている」と教えてくれたので、そのCDを注文していた。なんと、ストラヴィンスキーの作品なのだそうだ。今年後半は、ピアチェーレの演奏会や、そして入院してしまったりと忙しかった(忙しい)ので、そのCDの封を開けていなかったのだが、今は痛みと熱はあるけれども、時間もあるので、そのCDを聴いてみたりしている。

聴いてみた感想は、「やはり世界は広いのだ!」と・・・

kaz




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愛好家としての今年の10曲 その2 

 

現代音楽というものは、あまり聴きませんねぇ・・・

「それではいけない!」とは思う。なので、そのような演奏会にも聴きに行ったりしていた時期もあるけれど、どうしても「うーん・・・」となってしまう。旋律と和声をキャッチできないと僕は退屈してしまうのかもしれない。

今年は、カナダの作曲家、スルール・アービング・グリックという人の作品と巡り合うことができて、少しだけ現代音楽というものにも近づけたような気がする。

でも、スルール・アービング・グリックは2002年に亡くなっているので、もう彼の作品は「現代音楽」ではないのか?そして彼の音楽は、美しい旋律と和声に彩られているので、そのような作品も「現代音楽」とは呼ばないのだろうか?

いずれにしても、「現代音楽はちょっと・・・」と敬遠していたら、スルール・アービング・グリックの諸作品を知ることはなかったのだから、やはり退屈だと思っても(?)いろいろと聴いてみるべきだとは思った。

彼の作品の中で最も好きなのは、ヴァイオリンとピアノのための「ヘブライ組曲」の6番。

Ⅰ Weddinng Dance
Ⅱ Sabbath Queen
Ⅲ hora

kaz



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category: 好きな曲・好きな演奏

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愛好家としての今年の10曲 その1 

 

熱が下がらないんですよねぇ・・・

まだまだ痛いし・・・

まだドレインも外れていないし・・・

こんな時は、ピアノの事を考えると・・・正確には「ピアノを弾く人」として現在の自分の状況から、いろいろと考えてしまうと、「ああ、あの曲は弾いておきたかったな・・・」とか「もうピアノは弾けないのかな?」などとマイナス思考になってしまうので、音楽愛好家として「こんな曲やこんな演奏が好きだったな」というスタンスで今年、そして今、感じる音楽を書いていこうと思う。

ニューヨーク時代のルームメートのHは、特にクラシックが好きな人ではなかったと思うし、演奏家や作曲家についても、それほど詳しくはなかったと思う。ポーランド人なので、さぞかし「ショパン」・・・それも「マズルカ」や「ポロネーズ」が好きなのかと思ったりしたけれど、そんなこともなかったですねぇ。

ただ、ボグナ・ソコルスカというソプラノ歌手については、Hは僕に熱い想いを語ってくれた。僕は、ボグナ・ソコルスカなどという歌手は、その時まで知らなかったのだけれど、彼女は「ワルシャワのナイチンゲール」という愛称で、ポーランドではクラシック音楽愛好家はもちろん、それほどクラシックを聴かない人の間でも有名な人だったらしい。Hも、その声と、そして可憐な容姿に惹かれていた。

その時は、もうCD時代だったけれど、Hはポーランドから持ってきた(と思われる)古い黄ばんだレコードジャケットを僕に見せて、「綺麗な人だろ?歌も凄いんだ・・・」と、いそいそとレコードをセットしたものだ。

ソコルスカの歌声を聴いた時には、「世界は広いんだなぁ・・・」などと正直感じたものだ。日本では知られていなくても、優れた演奏家は多いのだと・・・

ソコルスカの歌っている曲は、ルイージ・アルディーティの「くちづけ」という曲。たしか、アルディーティはヴァイオリニストだったと記憶している。でも、とても魅力的な曲だ。アルディーティの「くちづけ」という曲を知らずに、ひたすらピアノだけを練習してきた人生と、沢山の音楽を聴いてきた人生だったら、僕は音楽を聴いてきた人生で良かったと心底思う。

でも、また、弾けるようになりたいんだ・・・

kaz



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category: 好きな曲・好きな演奏

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クリスマスに寄せて 

 

今は「痛み」は感じているけれど、精神的には落ち着いている。最も辛かったのは個人的には再再発した時かなぁ?

自分なりに病気と闘い、そして精神的に這い上がってきたにもかかわらず、「敗れた!」と感じた時だと思う。さすがに、この時は生きる希望を失った。その時に、僕は「生涯の友」と感じている友人を頼った。彼は、かつて留学していた時のルームメートでHという。ユダヤ系のポーランド人だ。彼を頼って、ニューヨークの彼の家で過ごした。

「泣けばいいじゃないか?辛さを抑え込む必要なんかないじゃないか?」Hはそのように僕に言った。

僕は、その時に一生分の涙を出し尽くしたのかもしれない。

彼はユダヤ教徒だったので、一切クリスマスというものを祝おうとはしなかった。僕が友人に誘われて、「日本人の憧れるようなホワイトクリスマス」を満喫して帰ってくると、「どうだった?楽しかったかい?」などと彼は訊いてくれた。Hを誘ってロックフェラーのクリスマスツリーなども見に行ったりした。彼とすれば、迷惑なことだったに違いないのに。

留学していた頃、バーブラの新しいアルバムが発売された。「HIGHER GROUND」というアルバムだ。部屋でそのCDを聴いていると、Hが「なぜkazがその曲を聴いているんだ?」とHは、やや強い口調で言った。その時僕が聴いていた曲は「Avinu Malkeinu」という曲で、ユダヤの祈りの歌だったのだ。バーブラもユダヤ人であるので、この曲を歌っても不思議ではないのだが、僕自身は宗教的な歌だという認識は一切なく聴いていたのだ。

Hは、どのような時にでも一定の感情・・・というものを保持していたように僕には思えていたので、この「なんで聴いているんだ?」という彼の強い口調に、いささか驚いた。

それまでにも、Hから「ローシュ・ハッシャ―ナ」とか「ヨム・キプル」などという僕にとっては理解できないユダヤの言葉を彼は教えてくれたりしていた。僕には、彼に対する敬意が足りなかったのかもしれない。

思えば、僕はHに対して精神的には甘えてばかりいたように思う。僕が、再再発で生きる気力を失って、彼の前でギャーギャーと泣いていた時、彼自身も癌の治療中だったのだ。そのことを彼は僕に一切話さなかった。話してはいけない・・・と僕の様子を見て感じたのかもしれない。

帰国して、なんとか仕事にも復帰して、そしてピアノも弾くようになり、彼にそのことを伝え始めた頃、彼から一通の手紙がきたのだ。

「kaz、僕も癌でした。今まで話さなくて申し訳なかった。でも、もう話してもいいだろう?僕はもうすぐ死ぬと思うんだ。そのための人生の整理をしているところだ。でも、僕は人生でやり残したことは一切ないんだ。なので、穏やかな気持ちだ。今感じることは、やはり、やりたいこと、成すべきことに挑戦せよ・・・ということだ。すべてが削ぎ落とされた時に感じるのは、そのことへの達成感だけだ。僕は後悔はない。自分の人生に後悔はないんだ。やり残しがないからね。kazも理解していることと思う。そう願う!さようなら・・・H」

クリスマスになるとHのことを思い出す。Hの表情、言葉、ニューヨークの風景、過ごした部屋、バーブラのAvinu Malkeinu・・・

Avinu Malkeinuは「私たちの父よ、私たちの声をお聞き下さい」というユダヤの祈りの歌なのだそうだ。



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category: Barbra Streisand

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カーテンコール 

 

マリア・カラスは声楽家でない人にも知られていると思うけれど、アメリカのソプラノ歌手、ビヴァリー・シルズは声楽を専門に学んでいる学生でも知らない人がいるほど、一般的には知られていない歌手なのかもしれない。

でも、それは日本では・・・ということになると思う。

アメリカではオペラ歌手ということだけではなく、大変に「立派な女性」として有名であったように記憶している。

シルズは、幼い頃にエステル・リーブリングに歌を習った。労働者階級の出身。ピアニストは、割と裕福で恵まれた音楽環境の中で育った人が多いように思うけれど、声楽家は、「自分の声」を磨いて、這い上がったような人が多いように思う。シルズは、最初は「子供の歌手」「児童歌手」としてスタートし、映画などにも出演した。オーディションを受け、本当にオペラ界の頂点に登りつめた人でもあるのだ。メトロポリタン歌劇場での「18分のカーテンコール」は伝説にもなっているほどだ。

歌手としても、それまでに上演されていなかった演目を復活させたりしているし、現役を引退してからも、ニューヨーク・シティ歌劇場のゼネラル・マネージャー、メトロポリタン歌劇場の委員長、リンカーン・センターの会長などを務め、アメリカの音楽界の発展に貢献してきた。

シルズには二人の子供がいたけれど、一人は聴覚障害、そしてもう一人は精神遅滞があったという。そのため、これらの疾患に対する啓蒙活動でも有名な人だ。

僕にとっては、ベッリーニやドニゼッティのオペラを聴いて、唯一「マリア・カラス」という存在を忘れさせてくれる歌手でもある。

この映像は、ビヴァリー・シルズの現役最後のステージ。シルズは、リサイタルのアンコールでの最後に、いつも歌っていた曲を、この時も歌っている。かつて師であったエステル・リーブリングが、シルズが10歳の時に与えた、共に勉強した曲であるという。シルズのリサイタルでは、いつもアンコールが多かったので、この曲が歌われると聴衆は、「ああ、最後の歌なんだな・・・」と認識していた・・・

この時は、オペラ歌手「ビヴァリー・シルズ」の歌を聴ける、生で聴くことのできる最後なんだ・・・と聴衆のすべてが感じていたのだ。

シルズの自伝を読むと、やはり「反骨精神」のあった人であったと感じる。オペラ歌手として名声を博すまでもそうだし、名声を確立してからも「あなたの名声に傷がつくのでは?」という声を無視し、自分の判断で人生を歩んだ人であることを感じる。そして逆風を跳ね除けた人であったとも・・・



「行くべき価値があるところに近道などないのよ」

「若い頃は困難の中を駆け抜けていくけれど、年をとると困難の方から私たちの方へ向かってくる」

「失敗すれば、そりゃあ、がっかりするけれど、でも何もしなければ確実に絶望するわ」

Beverly Sills



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反骨精神 

 

まだ手術創が痛む。院内を歩いたりはしているけれど、ピアノを弾くように肘を上げると、呻いてしまうような痛さだ。パソコンのキーボードを打つことも、再起への一歩だと思わないと、痛さで何もできない。

もともと「痛み」には耐性がないのだ。記憶にはないけれど、手術後は「もう、こんな痛い手術は嫌だ」と呻いていたらしい。今回だけではなく、これまでの開腹手術でも、同じようなことを言っていたらしい。僕は「痛み」には弱いのだ。でも化学療法の辛さに比べれば、手術創の痛みなどなんでもないのだ。

さすがに今後の「予後」についての医師からの説明を聞くと、その深刻さに圧倒されてしまうけれど、でも僕は手術は3回しか経験していないし、化学療法も2回しか経験していないのだ。手術やキーモを繰り返し、それこそ入退院を繰り返しながらも、現役で仕事を続けている人は大勢いるのだ。

「癌が慢性疾患であるのは、患者が死なないからである。すぐに死んでは慢性疾患という持続性は出てこない。癌細胞を消滅させることはできなくても、増殖を抑えたり、症状を緩和したりしながら、内に抱えたまま、生きられるのだ」(「がんから始まる」岸本葉子:著)

医師の説明、その言葉を選ぶ「慎重さ」「正確さ」には感謝したけれど、その「説明」が終了し、雑談のような雰囲気になった時に医師が発した言葉には憤りを感じた。

「まぁ、今後はピアノを弾いたりする際にも、あまり激しい曲は弾かない方がいいでしょう・・・」

僕がピアニストであったり、ピアノ教師であれば、決して発しなかった言葉なのだと思う。あくまでも、ピアノは僕の趣味であるのだから。でも、その趣味が「すべて」である場合もあるのだ。どのような曲を弾くか、体調と照らし合わせながら判断するのは僕なのだ。医師の言葉は「余計なお世話」だと感じる。

権威というものが発する言葉は、その言葉が何気ないものであっても素人を圧倒してしまうことがある。今回の医師の発言もそうだし、ピアノ教師が発する「電子ピアノだと上達は無理なのよね」とか「大人から始めると限界があるのよね」「あくまでも楽しんで弾く趣味・・・ならいいけど」などのような発言もそうだ。

ここで「ああ・・・やはりそうなのね」と思ってしまうと、そこで終わってしまう。でも人間には反骨精神というものがある。どこまでできるか・・・は自分で感じ、自分で判断すべきことなのだ。

僕のような感じ方、考え方は世の中からの逆風は強い。「素人なのに傲慢だ、生意気だ」と。

でも、自分が何をすべきか、何を弾くのか、どのように今後のピアノライフを構築していくのかは自分自身で決めていく。権威に従順であれば、死ぬ時に後悔すると思う。多くの「人生のやり残し」を抱えてしまうからだ。

この「反骨精神」が消えなければ、僕は大丈夫だと思う。

kaz

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歌い継いで・・・ 

 

僕が小学生の時に初めて聴いたフリッツ・ヴンダーリヒのレコードの中に、ヨーゼフ・シュミットが歌って有名になった「歌は世界を駆け巡る」が収録されていた。

それまでは「曲」を中心に音楽を聴いていたように思う。人生で初めて体験するベートーヴェンやショパンやヴェルディの音楽・・・夢中になって聴いたように思う。

フリッツ・ヴンダーリヒのレコードは、「曲」というものと同様に「演奏」というものをも聴く楽しさ、醍醐味を僕に教えてくれたレコードでもあった。

同じドイツ人のテノール歌手として、ヴンダーリヒがヨーゼフ・シュミットのことを知らなかったとは思えない。シュミットの代名詞でもあるような「歌は世界を駆け巡る」を録音した時には、シュミットに対して、何かしらの意識はあったのではないかと僕は思う。

フリッツの父、パウル・ヴンダーリヒは、チェロ奏者で、さらにカぺルマイスターでもあった人だけれど、ナチスによって、その地位を奪われてしまっている。パウル・ヴンダーリヒは、フリッツが5歳の時に自殺している。その後、一家は非常に貧しい暮らしだったそうだ・・・

ナチスの迫害というものは、フリッツにとっては、とても大きなものだったと思う。自分の父親を奪ったのだから・・・

同じくナチスの迫害を受けたヨーゼフ・シュミットの「歌は世界を駆け巡る」を歌うフリッツ・・・

この録音はフリッツの死の前年。フリッツは「歌は世界を駆け巡る」の録音の翌年、階段から落下し、頭蓋骨骨折により死亡している。35歳であった・・・

kaz



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歌は世界を駆け巡る 

 

ヨーゼフ・シュミットというテノール歌手、古い古い時代の歌手。

彼は、素晴らしい声の持ち主であったけれど、身長が低かった。ドイツ人は大きな人が多い(ような気がする)ので、ドイツ人で154cmという身長は、かなり低いのでは?日本人でも、男性で154cmだと、かなり小柄になると思う。

低い身長のため、オペラの舞台に立つことは、ほとんどなかったという。声のみで人々を魅了していった歌手なのだ。「ラジオのカルーソー」とも呼ばれていたらしい。

オペラの舞台に立つことは少なかったけれど、リサイタルや、そして映画の出演は多かったようだ。

ヨーゼフ・シュミットが、ある意味、活動を限定されてしまったのには、身長の他にも理由があった。それは、彼がユダヤ人であったからだ。ナチスの侵攻を逃れるように、国を移動しながら、それでも歌い続けた。

彼は、フランスに逃れるけれど、やがてフランスにもナチスが台頭してくる。スイスに脱出しようとするが、正式な入国許可が下りない。そこで密入国・・・

すぐに、彼は逮捕され、収容所に送られることになった。もちろん、収容所の環境は劣悪で、彼は、その環境に耐えることができなかったのであろうか、二度も心臓発作を起こす。二度目の発作のすぐ後に亡くなっている。

収容所仲間に見守られながら埋葬されたという。家族には会えなかった・・・38歳という若さであったという。

ヨーゼフ・シュミットの代表作に、「歌は世界を駆け巡る」という曲がある。彼が主演した同名の映画の主題歌でもある。この「歌は世界を駆け巡る」は、ユダヤ人迫害の時代になっても、人々に歌い継がれてきた歌でもある。ナチスは、シュミットの録音や映像を破壊した。それでも歌い継がれた曲だ。それでも録音や映像は残っている・・・

「歌は世界を駆け巡った」のだ・・・

たしかに人の心をつかむメロディーであり、そして歌唱であると思う。

kaz



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category: The Singers

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ロマンへの回帰 

 

スティーヴン・ハフやフレデリック・マインダースのようなピアニストが語られる時には、このような言い方をされることがある。「作曲や編曲もするピアニストで・・・」と。

昔は、ピアニストでも作曲や編曲をすることは普通だった。そして、ピアノの弾き方だけを学ぶというよりは、もっと広く音楽を学んでいたのではないかと思う。音楽だけではなく、他の分野の学問をも深く学んだピアニストは多い。特に「哲学」を学んだピアニストが多いのには驚く。

昔はピアニストに対して「作曲や編曲もする・・・」なんて言い方はされなかったのではないだろうか?皆がしていたことなのだから・・・

来年のピアチェーレの演奏会では、前半に往年のピアニストと現代のピアニストの編曲作品を混ぜて弾こうかと考えている。現代のピアニストでは、ハフとマインダースの曲、そして往年のピアニストでは、ギンズブルグとローゼンタールの曲・・・

真ん中2曲が現代のピアニストの作品。時代は異なっても、共通する何かがある・・・それを聴いている人が感じられればいいと思う。

個人的には、これからは、人々の演奏スタイルに対しての嗜好や、ピアノ教育の在り方など、往年のピアニスト達が活躍していた頃に戻るのではないかと思っている。「ただ・・・弾く・・・」ではなく「ただ音符を音にする」でもなく、「ピアノの弾き方」から「音楽の仕方」への教育みたいな・・・

初歩から作曲したり、即興したりとか・・・それが「特別」なレッスンではなく、「当たり前」のレッスンという時代になっていくのではないか?

現在の日本のピアノ教育は「ただ弾いている」ということへの反省が見られるように思う。教則本を進め、あまり意味も考えずにバイエル~ソナチネ~ソナタ・・・と弾かせていた時代の反省・・・

「ピアノを弾く」ではなく「音楽をする」ということの重要性にシフトしてきたように思う。素晴らしいピアニストは「ただ弾いていない」から・・・「音楽そのもの」だから・・・

でも、音楽は楽しいものだけれど、今は、そこばかりに焦点が当たりすぎているようにも思う。

・・・と、話題はそれていく・・・

フレデリック・マインダースの編曲作品、マインダース本人は、動画でも「お茶目」な感じがするほど、「音楽そのもの」の人で、やさしそうな人だけれど、作品そのものは、実に難しい。ハフも相当、人(というか僕のような凡人)のことを考えない(?)編曲をすると思うけれど、マインダースも負けていない感じだ。僕が弾きたい曲は、クライスラーの作品の編曲なので、実に耳には心地よいのだが、手には実に心地よくない。

でも、素晴らしい編曲なんだよ・・・

kaz



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category: ピアチェーレ

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浮遊するラフマニノフ 

 

フレデリック・マインダースの演奏を、いくつか前に紹介したけれど、サロンでの演奏や、ややラフな場面での演奏ばかり紹介してしまったような気もする。もちろん、個人的には、「全身音楽」のような演奏で好きだから紹介したわけだけれど、マインダースのリサイタル(サロンでの演奏もリサイタルだが・・・)での演奏も紹介したい。いわば、彼の勝負演奏・・・というか・・・

やはりマインダースの素晴らしいところは、「押して攻める」だけの演奏ではなく、「浮遊」するところなのだと僕は思う。少なくても、僕はそこが好き。

特に、このラフマニノフのソナタ(第2番)は、多くのピアニストの勝負曲だし、コンペティションでも実によく演奏される曲でもある。でも、攻める演奏が多いような気がする。「曲を征服する!」みたいな・・・

信じられないことに、この演奏はライブ録音なのだ・・・

ピアノを弾く・・・ではなく「音楽」をしている・・・

kaz



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真価 

 

「人間が同じ言葉を口にし、同じもの、同じ人をもてはやす現象は、商業主義の勝利の風景でしょう。みんなが一緒に盛り上がりながら・・・でも、それは、人間一人の想像力や判断力の貧しさを語っているようにも思えるのです」   ミェチスワフ・ホルショフスキー

ホルチョフスキーが来日した時、それは90歳を超えたピアニストというよりも、まるで青年のようなピアノだったと記憶している。

ホルショフスキーは、90歳を超えたあたりから視野中心が見えにくくなり、ほとんど失明状態であったという。そうなると、あの日本での演奏は、そのような状態で弾いていたということになる。

「鍵盤などよく見えなくてもピアノは弾けるよ!」  ミェチスワフ・ホルショフスキー

どちらかというと、ホロヴィッツのような、光あふれる、カリスマ性にあふれるピアノ人生ではなかったのかもしれない。カザルスの伴奏者としてのイメージが強かったのかもしれない。

でも、ホルショフスキーは、一人音楽を育んでいたのだ。そして、皆が気づいたのだ。「このような演奏、このような音楽もあったのだ」と。

カーネギーホールでの97歳のショパン・・・

「ピアニストは60歳を超えて、ようやく真価を問われるのではないかな・・・なぜなら、大抵は60歳を過ぎれば手は固くなるからね」   ミェチスワフ・ホルショフスキー



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category: ピアニスト

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呼吸 

 

「私は歌を歌っているのではありません。ただ呼吸をしているのです」

カルロ・ベルゴンツィ



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category: The Singers

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愛撫 

 

「楽譜に書かれていることを、丁寧に読み取るのです。なぜ作曲者は、その言葉にそのようなメロディーを付けたのか?なぜ伴奏はそのように書かれたのか?なぜ、そのハーモニーなのか、なぜそのような流れなのか・・・読み取りましょう。そして次に、目に見えない音楽というものを楽譜から読み取っていくのです。本当に、愛しんで、丁寧に愛撫するように・・・そうすれば音楽は見えてくるのです」

ジェラール・スゼー



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category: The Singers

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スティーヴン・ハフの「モスコーの夜は更けて」 

 

「モスコーの夜は更けて」をスティーヴン・ハフが編曲して弾いている。

この演奏は、アンコールでの演奏で、CDにも録音されていないし、楽譜も出版されてはいない。

でも完璧なる「スティーヴン・ハフの世界」になっている。あの、ケニー・ボールの曲が、このように変わるとは正直驚きだ。

編曲だと、編曲者の「表現したい音の世界」のようなものが明確にあるのだと聴いていて伝わってくるけれど、何故か、有名(でなくてもだが)なクラシック作品の「演奏」となると、それがモーツァルトであれショパンであれ、ラフマニノフであれ、「演奏者の表現したい音世界」のようなものが感じとれない演奏が多くなるのは気のせいか?

標準的な(?)ピアノ作品を演奏する場合にも、このハフの「モスコーの夜は更けて」のように、まずは自分なりの「音世界」というものを創りあげてから楽譜と対話してはいけないのだろうか?

なぜ「一生懸命に弾いているだけ・・・」のような演奏になってしまうのだろう?

弾きこなすことが重要か?それとも自分の出している音が「音世界」として「音楽」として浮遊し、伝わるかを重要視するか?

「そんなぁ・・・ピアニストじゃないんだしぃ・・・」と逃げないことを来年の目標としたい。

自分はどのような演奏を聴きたいか?では、自分は今、そのような演奏、自分自身が聴きたいような演奏をしているか?

「ここは弾けた」「あそこでミスした」「まあまあ弾けたのでは?」「崩壊してしまった」ということだけではなく・・・

kaz



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category: Stephen Hough

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モスコーの夜は更けて 

 

ケニー・ボールという人は、世界の歌を偏見なく取り入れているような気がする。彼の最大のヒットは、ロシアの曲を自分流にアレンジした「モスコーの夜は更けて」で、この曲は全米チャートの2位を記録する大ヒットとなった。日本でも、この「モスコーの夜は更けて」はヒットしたようだ。多くの歌手が歌っている。

1960年代、日本では「歌声喫茶」なるものが流行っていたらしい。さすがに僕も「歌声喫茶」というものは経験がないのだけれど、皆でロシア民謡などを歌っていたらしい。

そんな時代があったんだねぇ・・・

「モスコーの夜は更けて」は、歌声喫茶では「モスクワ郊外の夕べ」という曲として知られていたらしい。

何故か、僕もメロディーは知っている・・・

kaz



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SUKIYAKI 

 

坂本九が歌ってヒットした「上を向いて歩こう」は、アメリカで「SUKIYAKI」という曲として知られている。ビルボードのチャートの1位を獲得した曲で、アジア人が歌った曲は、たしか、この曲だけであったと記憶している。

それにしても、なぜ「SUKIYAKI」なのか?

実は、坂本九の歌でアメリカで大ヒットする前に、イギリスのミュージシャンが、「上を向いて歩こう」をイギリスでヒットさせている。坂本九の歌が日本でヒットした後だったことを考えても、当時日本の曲を演奏しようという発想が凄い。演奏したのは、ケニー・ボールというトランペット奏者。

軽やかな、この曲に魅了されたのだと思う。この曲を発売する際に、ケニー・ボールは、日本の歌なので、日本を連想させるようなタイトルをつけたかったらしい。

「僕が知っていた日本語は、SUKIYAKIとSAYONARAだけだったんだ。SAYONARAは、この曲のタイトルとしてはどうかと思ったんで、SUKIYAKIにしたんだ」

ケニー・ボールの「SUKIYAKI」は全英チャートの10位を記録するヒットとなった。

坂本九の「上を向いて歩こう」がアメリカで「SUKIYAKI」というタイトルになったのは、このケニー・ボールの曲が「SUKIYAKI」として、すでにヒットして、ある程度知られていたからなのだ。

kaz



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ホワイトクリスマス 

 

留学していた6年間は、多くの日本人留学生とは異なり、僕は一度も帰国しなかったので、感謝祭やらクリスマスは、友人の家に招かれることが多かった。このような祝日は、実家に一族(?)が集まるので、僕も、いわゆるホワイトクリスマスを沢山経験した。まぁ、お客さんとしてだけれど。

映画やドラマで描かれる、クリスマスシーンそのままの世界。積雪していて、ツリーが飾られ、皆でピアノに合わせてクリスマスソングを歌ったり・・・

僕が訪れた家庭では、グランドピアノを置いてあることが多かった。ピカピカのスタインウェイ・・・ということはなく、大概はボールドウィンの小型の古いピアノだったりする。

今、その時のホワイトクリスマスを思い出してみると、僕が訪れた家庭では、音楽、ピアノというものが生活というものに密接に結びついていたと感じる。皆でクリスマスソングを歌う時に、ピアノで伴奏できる人の割合が多いのだ。もちろん、間違えながら・・・みたいなことも多いのだけれど、普通の(?)御爺さんや御婆さん、子供も含めて、簡単なクリスマスソングぐらいは弾けたり、伴奏できたりするのだ。昔、ピアノを習っていたのであろう。子供の場合は、ピアノを習っているのかもしれない。

そして、これまた達者でも流暢でもない場合が多いけれど、ソロのピアノ曲を楽しんで弾いたりするのだ。ゆっくりと「トロイメライ」やジャズのスタンダードを弾いたりする・・・

日本でも、ピアノを習っている子供や大人は多い。昔習っていた・・・という人も多い。比率からすると、アメリカよりも「ピアノ人口」というものは多いかもしれない。

でも、クリスマス・・・に限定しなくてもいいけれど、何かの時に「ねぇ、何か弾いて!」とリクエストがあった時に、その「何か」を弾ける人はどれくらいいるのだろう?

「練習中の○○○を途中まで弾きます!」ということではなく、その場に合った曲をサラッと弾ける人の割合・・・

「チェルニー」や「ソナチネ」「ショパンのエチュード」のようなレッスン中の曲ではない曲を弾ける人の割合・・・

過去にピアノを習っていた人で、そのような時に「何か」を弾ける人・・・

現在ピアノを習っている人で、そのような時に「何か」を弾ける人・・・

音大生で、そのような時に「何か」を弾ける人・・・

ピアノの先生で、そのような時に「何か」を弾ける人・・・

どれくらいいるのだろう?

考えてみると、その「何か」がないということは、すごく残念なことではないだろうか?

現在ピアノを習っていなくても、5年も6年もピアノを習っていて、その「何か」がないということは、とても残念なことではないだろうか?

kaz



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category: ピアノ雑感

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なぞるのではない、内側からのもの 

 

フレデリック・マインダースは「音楽のジャンル」というものを感じさせないピアニストだ。

相当、変わった人なのかもしれない・・・

でも、「既成の再現」というよりは、どのような作品を弾いても、「全身音楽」という感じがする。

「ピアニスト」=「音楽家」という、どこか当たり前の理想とされているにもかかわらず、そのことが「特殊」だとされてしまうような、なにか独特なピアノ教育・・・

相当変わった人なのかもしれないけれど、相当僕は、このピアニストが好きみたいだ。

僕も相当変わっているから・・・

kaz



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category: ピアニスト

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