ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音色 

 

今日、9月30日はダヴィッド・オイストラフの生まれた日です。

僕が生まれて初めてヴァイオリン協奏曲を聴いたのが、オイストラフの演奏するハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲でした。メンデルスゾーンでもチャイコフスキーでもなく、ハチャトゥリアン・・・

このオイストラフの演奏(レコード)が圧倒的でした。以後ハチャトゥリアン=オイストラフという図式が出来上がってしまいました。現在でも個人的には、ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲は、オイストラフの演奏が最高だと思っています。

その後は、ハイフェッツやフランチェスカッティに傾倒することになり、オイストラフは、やや遠い存在になっていましたが、最近オイストラフのボックスセットを購入したので、再び聴き始めています。

どこかヴァイオリンの音色というと、「甘美」とか「涙腺を刺激するような・・・」みたいに、どこか感傷的という刷り込みが僕には少なからずあったのですが、オイストラフのヴァイオリンの音色、そして演奏は「甘美」でもあるとは思うのですが、すごく「存在感のある図太さ」のような圧倒的な強さを感じます。そこが魅力というか・・・

オイストラフ・・・

ハチャトゥリアンもいいですが、このシベリウスもいいですねぇ・・・

ひたすら「音楽」、雑念なく「音楽」、そこに美があるから追う人の「音楽」・・・

kaz




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category: Violinists

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境界線 

 

先日の文章に対し、鍵コメントやメールをくださった方々、本当にありがとうございました。

ピアノの先生からも「そんなことを言う人がいるのですか?」のような内容のメールが多数ありました。

おそらく、その先生の「アマチュアの分際で・・・」とか「私たちは専門としてピアノを学んだ!あなたたちとは違う!」という思いの根底には、音大を卒業するまでの、数々の苦労というものがあり、音楽というものを「趣味」としている人とは、音楽に対しての接し方、その重みが違うという思いがあるのではないかと僕は感じました。

「専門と趣味は違う!」・・・そうなのでしょう・・・きっと・・・

でも、そうだとしても、音楽を聴いて、その感動を聴くだけではなく、その感動を放出したいという思いは、音大というものは関係ないのではないかと僕は思います。その部分はアマチュアも同じだろう???

そして正直、僕は平均的レベルの音大生やピアノの先生よりも、演奏能力の高いアマチュアのピアノ弾きも世の中には多いのではないかと思っています。

なんだか、「専業主婦」対「働いている主婦」、「既婚」対「未婚」・・・のような、お互いにどこかで境界線を決めて、互いに交わろうとしない、自分たちの世界というものに固執するような、そのような狭さを、メールの先生からは感じてしまいました。

「同じ演奏をする人」「音楽を聴いて感動して演奏している人」として同じ所にいてはいけないのかなぁ?

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心ないメール・・・ 

 

「3つのタブー」なんて、後ろ向きな思考に現在いるのは、あるピアノの先生からのメールが原因だ。何故か、このブログはメールフォームを介してのピアノの先生からのメールが実に多い。

ほとんどが、「私もそのように思う」という同意のメールで、数少ない反対意見のメールも、「私はそのようには思わないけれども・・・」というように、その内容は中傷メールというものではない。

その先生も、言葉使いは丁寧で、中傷メールではないとは思いたいところもあるのだけれど、演奏会前のアマチュアを不安にされるには充分な内容というか・・・

「自分の楽しみのために弾いているアマチュアは、本来は人前で演奏するべきではないと思う。きちんと音大を卒業したような人ならともかく・・・自分が感動して、その感動を分かち合いたいという気持ちは理解できなくもないけれど、その感動というものだって、やはり、きちんと勉強した音大生やピアノ講師とは、その感動の質そのものが違うはず。所詮、あなたたちは素人。人に演奏を聴いてもらうということは、そんなに生易しいものではないんですよ!」

まぁ、こんな内容でしょうか?いつもだったら「僕はそんなふうには思わないよ~ん!」と気にしないのだと思うけれど、さすがに演奏会前の不安な時には、これはキツイ!

もしかしたら、この先生のメールは、大変に「心あるメール」なのかもしれないなどと感じてしまったりもしている。

たしかに人前での演奏、それもサークルの仲間だけでの演奏会とか、発表会とは異なり、企画してお客さんを集めてという演奏会という場で弾くのは、生易しいことではないだろう。

でも・・・でも・・・でも・・・

音大生やピアノ講師と、アマチュアや子供とで感動の質が異なるとは僕は思えない。もし、専門的に勉強していること、してきたことで感動が少なくなるのであったら、その方が問題だし、そうだとしたら感動することのできるアマチュアや子供を見習うべきだろう。純粋さを失くすことがプロフェッショナルなこととは思えない。そのあたりは、僕は揺らぐことはない。

・・・やはり、僕は演奏会が怖いのだろう。なので、その先生の「所詮、あなた(たち)は素人なの!」という内容に揺らいでいるのだろう。

僕は、その先生の演奏を聴いてみたい・・・そう思う。

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3つのTaboo 

 

一般的に、ピアノの学習において、「~あるべき」「~の方が望ましい」と思われていることがある。

その「~あるべき」ということで、僕がスコンと抜け落ちているものは・・・そして劣等感を持ち続けているものは・・・

① 系統だった、きちんとしたピアノ歴ではない。

エチュードも弾いていないし、ハノンも練習したことがない。いわゆる、ピアノの学習において、多くの人が通ってきた道を通っていない。子供の頃、勝手に弾いていて、その後30年のブランクがある。~するべき・・・という正しい(と思われている?)道を通っていないので、自分の演奏の欠点をそのせいにしてしまいがちだ。何よりも、演奏会の前になると、きちんとしたピアノ歴ではないという事実が、精神的に自分を追いつめる。

② 練習時間が圧倒的に少ない。

頑張ってはいる。練習できる時には練習している。睡眠時間を削ってまで。でも、これは当たり前のことだけれど、僕には仕事があって、オフの日でも仕事関係の事で時間を取られてしまう。ピアノの練習のために、有給を取るということは、自分に禁じている。まずは有給なんて取れないという現状もある。1週間、全くピアノに触れないこともある。練習量というものは、上達に比例するだろう。焦りが自分を追いつめる。

③ 電子ピアノで練習している。

これは、日頃からグランドピアノで練習している人と比較すれば、圧倒的に不利だろう。でも、実際のグランドピアノとのタッチや響きの差は、自分の想像力で埋めるしかないと思っている。思ってはいるけれど、演奏会の前になると、このあたりも不安材料になってくる。「電子ピアノは所詮、電化製品なので・・・」などというピアノの先生の文章を読んだりすると、ものすごく不安になってきてしまう。

ピアノ歴、練習時間、楽器・・・この3つは、きちんと演奏するうえでは、欠くことのできないものとされている。その3つが僕を苦しめる。「楽しめばいい」というピアノとの接し方も、もちろんアマチュアなのだから存在するけれど、でも演奏会で人前で弾くと決めたからには、「自分が楽しければ・・・」ではマズイだろう。

僕は「3つの禁」に苦しんでいる気分だ。3つのタブー・・・

越えなければいけないのだが・・・

夜中に目が覚めるほど、11月の演奏会が怖い・・・

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category: ピアチェーレ

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秘曲 「雪が降る・・・」 

 

ブラジルの作曲家というと、やはりヴィラ=ロボスが有名なのでは?

でも盛んに演奏されているとは言えないですね。フランシスコ・ミニョーネも日本版の楽譜が出版されたりして、以前よりは演奏されるようにはなってきているのでしょうか?

ブラジルに限らず、南米のピアノ曲は「民族色」というものが敬遠されて演奏されないのでしょうかね?

エンリキ・オスワルドは、ブラジルの作曲家ではありますが、ずっとヨーロッパで暮らしていたので、いわゆる「民族色」は薄い作曲家とされています。でも、僕には「サウダージ」・・・感じさせますねぇ・・・

オスワルドに「雪が降る・・・」という作品があります。日本版の楽譜も出版されています。この曲は、新聞社の作曲コンクールで優勝した曲として有名になったそうです。といっても日本では演奏される機会は少ないようですが・・・

わずか2ページの短い曲です。演奏しているのはArnaldo Estrellaです。

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category: 秘曲

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秘曲 「街角のワルツ」 

 

一回ハマルと抜け出せない南米のピアノ曲。ハマルと抜け出せないのは、僕の性格なのかもしれないが・・・

いろいろと調べていたら、ブラジルの古いピアニストでArnaldo Estrellaという人の演奏にたどり着いた。パリでコルトーに師事したピアニストのようですが、細かな事は分かりません。でも、この人の演奏はいいですねぇ・・・

そのEstrellaが、フランシスコ・ミニョーネの「街角のワルツ」を弾いている。この「街角のワルツ」は12曲のどれもが好き。

古い録音なので音質は、それなりだけれど、このような演奏や曲にはハマッテしまうのだ。

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category: 秘曲

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発表会の講師演奏推薦曲 

 

発表会での講師演奏、ピアノの先生方は、さぞかし弾きにくいのではないかと想像します。

「さっ!先生の演奏よ!」・・・のような雰囲気の中、注目を浴びながら演奏する・・・

プレッシャーは感じるでしょうが、でも演奏中、誰からも注目されず、私語はないまでも、多くの人がプログラムをめくりつつ・・・という空気の中で演奏するよりはいいのではないでしょうか?

その「さっ!先生よ!」の空気の中で、何を弾くかですが、ここで聴き手のことを考える必要があるかとは思います。多くの先生は、いわゆる有名曲を演奏されるようですが、たとえば「幻想即興曲」のような、誰でも知っている曲を弾くのは、聴き手の感動を誘うという意味では難しい面もあるかと思います。聴いてはくれるでしょうが・・・

かといって、「レッスンで習っているスクリャービンのソナタを・・・」「ドビュッシーの前奏曲を・・・」と、現在練習中の曲を弾くのも難しい面がある。聴いている人は「何やら難しい曲を弾いている・・・」と正直感じているかもしれません。聴いてはくれるでしょうが・・・

弾きたい曲を弾けばいいのでしょうが、聴き手の立場からすると、発表会での講師演奏では、「絶対に達者な子供では弾けないよ!」のような「大人の、アダルトな選曲」をして頂きたいと思います。

「さすが先生ね!」のような演奏というか、選曲というか・・・

そのような場で、南米の曲を弾いてみたらどうでしょう?

たとえば、ハダメス・ニャターリの曲、ワルツ「ヴァイドーザ」のような・・・

日本版の楽譜もありますし・・・

生徒の演奏がポップスばかり、アニメの主題歌ばかり・・・という発表会では、いわゆる「中央ヨーロッパの定番クラシック」の曲を弾いた方がいいような気がしますが、大概は、生徒の弾く曲も「中央ヨーロッパ寄り」の選曲になっていることが発表会では多いのではないでしょうか?なので、講師演奏では南米・・・

この「ヴァイドーザ」を演奏しているのは、ブラジルのピアニスト、ロベルト・シドン。リストの演奏が比較的有名なのではないかと思います。8歳の時には、リストのラプソディーを弾きこなしていたとか?

この人は、医学の道に進み、軍医となるのですが、ピアニストへの夢を、あきらめきれずに、プロのピアニストとして、人生を再構築した人でもあります。

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category: 秘曲

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南米音楽を弾いてみませんか? 

 

ラテンの曲が好きだ。南米の作曲家のピアノ曲が好きだ。

演奏会や発表会では、何故か演奏される機会は少ない。何故なのだろう?

楽譜が手に入りにくいということも一因かもしれない。でも、皆、あまりにも似たような、同じような曲を弾きすぎないだろうか?弾かせすぎないだろうか?

南米のピアノ曲が、あまり演奏されないのは、ピアノを習っている人、教えている人の興味の範囲が狭いからということもあるのではないだろうか?

ショパンの「小犬のワルツ」も「ノクターン Op.9-2」もいい曲だけれど、モーツァルトの「トルコ行進曲」も素敵だけれど、それらの曲が弾けるのであれば、ヴィラ=ロボスのワルツ「トリストローザ」も弾けるだろう。

何故弾かないのだろう?世の中には素晴らしい曲が多く眠っているのに・・・

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category: 秘曲

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音楽にジャンルはない! 

 

Reflections On Duke - Jean-Yves Thibaudet Plays The Music Of Duke EllingtonReflections On Duke - Jean-Yves Thibaudet Plays The Music Of Duke Ellington
(1999/04/06)
不明

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「音楽にジャンルはない!あるのは良い音楽と悪い音楽だ!」

デューク・エリントンの言葉。

「困難はベストを尽くせるチャンスなのだ」・・・この言葉もいいですが、デューク・エリントンの言葉で、最も好きな言葉がこれ・・・

「私の音楽はGフラットとFシャープの違いを学ぶことから始まった」

その、デューク・エリントンの音楽を、クラシックのピアニストであるティボーデが録音していて、そのアルバムが実に素晴らしい。軽快でシャープ・・・

まさに「音楽にジャンルはない!」

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category: Jean-Yves Thibaudet

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真似してはいけない? 

 

ピアニストの演奏を聴いて、「この弾き方は素敵!私もこのように弾いてみよう!」とチャレンジすることは、ピアノ学習的には良くないことなのか・・・

ナザレの曲を聴いていて、ふと思った。ナザレの曲、特にタンゴのリズム(この場合はブラジルのタンゴ)の曲は、ただ弾いているだけ・・・という印象の演奏になりがちだな・・・棒弾きになりやすいな・・・と。

いかにも「印刷されているから、そのように音にしてみました」のような演奏になってしまうことを自ら感じていて、でも実際にどのようにすれば、ピアニストのように弾けるのかが解らずに、悩んでいる人がいたとする。仮に、その人がナザレの曲を練習していて、たまたまアルトゥール・モレイラ=リマの演奏するナザレの曲を聴いたとする。

「やはりピアニストはミスなく弾くのね、指もよく動くわぁ。自分も、つっかえないように反復練習しなくちゃ!」と感じる人は、もしかしたら「棒演奏」からの脱却は難しいのかも?

普通は、ピアニストの演奏に、「ハッ!」とする瞬間があるのでは?魅了される瞬間があるのでは?

その場合、「このように弾いてみたい」と、ある意味「真似」の要素が練習に入ってくるのは、これはいけないことなのだろうか?

「真似はダメよ!参考ならいいんだけど・・・」

では、「真似」と「参考」との線引きは?

考えてみたら、僕は子供時代を含め、「真似」ばかりしてきたような気はする。曲を弾く前から、その曲に対しての明確なるイメージがあって、そのイメージは、ピアニストや声楽家、ヴァイオリニストの演奏を聴いてきた体験から培われたものだから・・・

実際には、「このルバート・・・頂き!」のように、そのまま真似る・・・ということはないけれど・・・

アルトゥール・モレイラ=リマのナザレを聴いて、僕は「微妙なる揺れ動き」と、短調になった時の、これまた「微妙なるニュアンスの醸し出し」にとても惹かれる。つまり、魅了される・・・

僕が、ナザレの曲を弾くとしたら、モレイラ=リマの演奏から受けた、自分の脳内イメージの音世界がすでに存在していると思う。

この場合は、「真似」になるのだろうか?魅了された演奏、魅了された要素に近づこうとすることが練習なのでは?

このような発想をすること自体が、ピアノ弾きというより、ピアノ愛好家なのだろうか?

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category: ピアノ雑感

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後悔と、やり残し・・・ 

 

「カルーソー」の作詞・作曲者、ルチオ・ダッラが亡くなった。去年の3月のことだそうだ。もう1年以上も前のことだ。このことを知って、かなりショックだ。

仕事柄、人の最期を看取ることも多いのだけれど、仕事では、もちろん泣いたりはしない。でも、歌手やピアニストが亡くなると、本当に胸にドスンと響いてしまう。

仕事での僕が本当の僕なのか、それとも「もう一人のkaz」が本当の僕なのか・・・

訃報というものは、自分の生活を見つめ直す機会になる。「無駄に過ごすなよ」と。まぁ、無駄にダラダラと過ごしていますが・・・

「このまま死ぬのかな?」と感じたことがある。入院した時など・・・

その時は、「まだ死にたくない!」と心から思った。それは、死が怖いとか、そのような感覚ではなく、このまま死んだら、やり残したことが多すぎて、後悔が残る・・・そのような感覚・・・

本当に、自分の、それまでの人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡る・・・

「あれもやりたかった」「これもやっておきたかった」

この感覚は、僕だけではなく、多くの人が感じることらしい。

でも、人間というものは怠惰な生き物。まぁ、特に僕がそうなのかもしれないけれど、人の訃報は、自分の生活、そして人生に「活」が入る効果もあるのだ。

ルチオ・ダッラ・・・

とても感情豊かな歌手だったような気がする。美しい曲を書きましたねぇ・・・

公演先のスイスで突然亡くなったそうだ。何の前触れもなく・・・

普通に朝食を食べて、その直後・・・

心筋梗塞だったそうだ。

ルチオ・ダッラにも人生の「やり残し」はあったのだろうか?

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category: The Singers

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「嵐のような口づけ」 

 

エルネスト・ナザレというブラジルの作曲家ですが、「ブラジルのショパン」と呼ばれ、日本でも楽譜が出版されているメジャーな(南米の作曲家としては・・・)存在なのかと思います。

「オデオン」・・・という曲が有名でしょうか・・・

この曲のように、ナザレの曲は、割と気楽な小品といった趣があるような印象を持つ人が多いのかと思います。ナザレは音楽院のような高等教育機関で勉強をした人ではありませんでしたから、残した曲は小品ばかりで、大掛かりな大曲がないので、なおさら「楽しい曲を沢山書いた人」のようなイメージがあるのだと思います。

少年時代から作曲をしていますが、ナザレの生涯の後半は、大変に哀しい、そして悲惨なものだったようです。娘をインフルエンザで亡くしてから、ナザレは自分の中に閉じこもるようになっていったようです。そして、この時期から彼の不幸は始まっていく印象があります。

耳の障害も深刻になり、ほとんど聞こえない状態にまでなっていったといいます。妻が亡くなってからは、ナザレ自身の健康状態も著しく悪化していきます。

診断は、末期の梅毒・・・神経も侵されていたようです。

神経障害の施設でナザレは療養するのですが、患者に「家に帰る」と言い残し、施設を出たまま行方不明になります。3日後、森の中で遺体で発見されます。森の中の滝のそばで、手を伸ばしピアノを弾いている姿で亡くなっていたと当時の新聞は報じています。解剖の結果、ナザレは溺死だったようですので、ピアノを弾いている姿で・・・というのは本当ではないのかもしれませんが・・・

そのナザレの曲ですが、たしかに楽しげな短い曲が多いです。でも、楽しげなようで、ふと感じさせる哀愁が、ナザレの曲の魅力のような気がします。

僕はナザレの曲の中では、「嵐のような口づけ」という曲が好きです。この曲は、陽気なリズムで楽しげな雰囲気を装うことはなく、私的なナザレの告白・・・といった感じがします。

ナザレと同じブラジル生まれのピアニスト、アルトゥール・モレイラ=リマが弾いています・・・

このピアニストは日本では有名ではありませんが、ショパン・コンクールの入賞者を調べてみると、この人の名前が見つかると思います。



「ナザレこそブラジルの魂を真に具現する音楽家である」・・・エイトル・ヴィラ=ロボス





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category: 秘曲

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タッチ 

 

ジャン=イヴ・ティボーデというピアニストを再認識したのは、この演奏を聴いたから・・・

いわゆるクラシックの曲ではないのだけれど、彼は完全にクラシックの打鍵、それも一流のピアニスト特有の打鍵で演奏している。そこに魅力を感じたのだ。

僕は、実はジャズは苦手。ジャズ・ピアニストの「音」が苦手・・・というより、クラシックのピアニストの打鍵に惹かれる。その打鍵特有の音というか・・・

クラシックのピアニストにおいて、どのあたりを「一流」「二流」「三流」・・・と捉えるか、僕の場合は、指が動くとか表現とか・・・ということよりも(むろん、それもあるが)やはり「音」「打鍵」で判断することが多い。

僕が、あまり日本人のピアニストの演奏を聴かないのは、その僕の理想の「音」「打鍵」とは、ほど遠い打鍵で演奏する人がほとんどだから・・・

だからティボーデの「音」に惹かれる・・・

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category: Jean-Yves Thibaudet

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相互作用の演奏 

 

ジャン=イヴ・ティボーデというピアニストに最近は注目している。何枚かCDを所有していて、以前に確実に聴いたはずなのだけれど、印象に残っていない。僕の愛好家としての趣味としては、別の所にいる人・・・という認識だった。しかし、最近は、ラフマニノフ~カぺル~ワイセンベルク~ハフ・・・という線上にいるピアニストと感じるようになってきた。

このティボーデと、「エル・システム」の、ある青少年オーケストラとの共演の映像がある。この演奏が、とても熱い。

オーケストラと指揮者は、若い、爆発するような音楽へのエネルギーを発散し、どちらかといえば「冷静」なティボーデも、とても熱くなっている。

また、ジャン=イヴ・ティボーデというプロのピアニストの技量と芸術性が、若いオーケストラのメンバーに伝わり、オーケストラは「熱さ」「若さ」だけではない何かを表出しているようにも感じる。

演奏というものの「相互作用」とでも表現したらいいのだろうか・・・

変な言い方だけれど、演奏者同士の「やりとり」の「見える」演奏・・・そんな感じだ。

ティボーデはゲイであることを公にしているし、衣装もヴェルサーチやヴィヴィアン・ウエストウッド・・・と凝っていたりするので、そのようなことばかり話題になるのは残念だと思う。

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category: Jean-Yves Thibaudet

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飛び出すための練習 

 

ベネズエラの「エル・システム」の青少年オーケストラ、数多くのオーケストラがあるけれど、その演奏能力の高さに驚いてしまう。

むろん、中学生や高校生のメンバーも多く、そして「エル・システム」で訓練を受けたとはいえ、プロではないのだから・・・

彼らが演奏している楽器だって、プロのオーケストラの団員が所有しているような高価な楽器ではないだろう。

彼らの多くは、スラム街出身で、実際に犯罪の被害者や、そして加害者だった者も多いという。

音楽に接し、そして演奏することが自分の人生を再び取り戻すことでもあったのだ。



楽器を演奏する・・・それは孤独な練習を重ね、深く追求していくような感覚があったのだけれど、練習を重ねるということは、「狭く・深く」というよりも、本当は「広い世界に飛び出していく」ということにもならないだろうか?

彼らの演奏を聴いていて、ふと、そのように感じた。

日頃の練習や、ピアノのレッスンにおいても、孤独で、ある意味、辛い練習というものが、物凄く広い領域に飛翔する・・・という感覚をも持てるようになれば、感じられるようになればいいのかもしれない。

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category: 未分類

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音楽は不幸を希望に変える! 

 

エル・システマ―音楽で貧困を救う南米ベネズエラの社会政策エル・システマ―音楽で貧困を救う南米ベネズエラの社会政策
(2008/12)
山田 真一

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南米、ベネズエラ・・・クラシック音楽とは、あまり結びつかない国のようなイメージがあった。しかし、ベネズエラの音楽教育システム「エル・システマ」は、今や世界的な注目を集めるまでになった。

ベネズエラは貧富の差が激しく、貧困や治安の悪化などが問題となっていた。そのような社会で犠牲になるのは、子供、青少年だ。日本の「非行問題」などとは比較にならないほど、貧困層の子供たちの生活は深刻だ。銃や窃盗、そして麻薬・・・

音楽家で、経済学者でもあった元文化相のホセ・アントニオ・アブレウという人が始めた運動が発展し、ベネズエラの国家的音楽教育システムにまで成長した。最初は10人ほどの音楽教室から始まったが、現在では200以上のユース・オーケストラがベネズエラにはあり、そして「エル・システマ」で音楽に関わっている青少年は40万人にも及ぶという。その多くの青少年は貧困層以下の出身者であるという。

「芸術文化が裕福な一部の人だけに享受されてはならない」

「エル・システマ」の理念は次の3つ。

1、すべての人が経済的事情を懸念する事なく音楽にアクセスできることを保障。

2、集団(オーケストラ)での音楽活動を通じコミュニケーション能力を高める。

3、社会規範と自己の個性を両立することを音楽体験を通じて学ぶ。

個人で楽器演奏を習得するだけではなく、オーケストラという集団の中で、他人を尊重し、そして自分を尊重することを学んでいくシステムなのだという。

楽器は無料で貸りられるし、もちろんレッスン代は無料だ。むろん、音楽による情操教育という面もあるのだろうが、ベネズエラでは音楽は生きるための手段でもあるのだ。

「エル・システム」による教育で、たとえばベルリン・フィルに入団するような者も出てくるようになった。「エル・システム」で教育され、そして技能を身につけた者は、今度は指導する側になり、ユース・オーケストラの育成に携わるようになる。もちろん無料で・・・

ベネズエラという国で、このような動きが発展してきたことに正直驚いてしまう。日本の子供、そして青少年の方が圧倒的に裕福な生活をしているだろう。ピアノを習っている子供も、そして大人も多い。でも、ベネズエラの青少年の方が、圧倒的に「音楽に恋している、熱き想いを表現している」と感じるのは何故だろう?

ベネズエラを変えたもの、それは人間の力、そして音楽の力であるといえよう。音楽には人の人生を変えてしまうことのできる力があるのだ。

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category: ピアノ以外の本

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48歳・・・熱望・・・ 

 

ナポリはエンリコ・カルーソーの生まれた土地でもある。カルーソーの墓を訪れた。バスティアニーニの墓と同じく、沢山の花が供えられている・・・

カルーソーは、ナポリの貧しい家庭に生まれている。貧しいというよりも、貧民街のような・・・

子供の頃から食べるために働き、そして出世払いで声楽を学び、スカラ座に、そしてアメリカに渡った。どのような苦労があったのだろう?どこまで歌を愛していたのだろう?

「私の人生はとても苦しかった。私の歌で聴いている人が泣いてくれるのは、そのためなんだ・・・」

アメリカに渡り、名声を手にしたカルーソーだが、咽頭の手術をしているのは意外と知られていない事実だ。メトの舞台で喀血し、ナポリで療養するが、翌年48歳でカルーソーは亡くなる・・・故郷ナポリで・・・

48歳・・・

若すぎると思う。でも、このあたりの年齢は、何かしらの困難を抱える年齢でもあるのだ。

僕も48歳になった・・・

僕には、まだやりたいことがある・・・

カルーソーの墓前で祈る。本来は、祈りは他人のためにするものなのかもしれないが、自己中心的な僕は自分のために祈った。

「まだやりたいことがある。これ以上、僕の体力、そして聴力を奪わないでください」と・・・

48歳の熱望・・・



エンリコ・カルーソーを描いた歌がある。シンガー・ソングライターのルチオ・ダッラが書いた曲。実に多くの歌手が歌っている。やはりパヴァロッティのものが有名なのだと思うけれど、僕はララ・ファビアンのファンなので、この「カルーソー」という歌もララ・ファビアンのバージョンが好きだ・・・



僕には、まだやり残したことがある・・・

48歳の熱望・・・

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category: 未分類

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ナポリ音楽院 卒業生 

 

音楽院(大学)は、どのような人物を輩出したかで、そのグレードが決まるようなところがあるのかもしれない。東京芸術大学(東京音楽学校)とか桐朋学園とか・・・

海外だったらジュリアード音楽院とかパリ音楽院、モスクワ音楽院・・・

さて、ナポリ音楽院は?

ナポリって風光明媚な都市だけれど、音楽では「帰れソレントへ」とか「オー・ソレ・ミオ」などの歌は頭に浮かぶけれど、あまり音楽とか演奏家を思い浮かべない土地かもしれない。

僕は、ナポリと聞くと、ソフィア・ローレンを連想する・・・

「ナポリの6度」というのは、かつてのナポリ楽派の音楽家が好んで使った手法なのだそうで、ここ、ナポリは、昔は音楽の中心地だったのだ。

ナポリ音楽院出身者は、作曲家を中心に、それこそ音楽史に残るような音楽家が多い。知らなかった・・・

チレア、ドニゼッティ、メルカダンテ、レオンカヴァッロ、ベッリーニ、トスティ、ジョルダーノ・・・

有名な作曲家ばかりではないか?

あとは「チャールダーシュ」で有名なモンティもナポリ音楽院出身だし、デ・クルティス(帰れソレントへ)とディ・カプア(オー・ソレ・ミオ)もナポリ音楽院・・・

指揮者のムーティとヴァイオリニストのアッカルドもナポリ音楽院・・・

ピアニストでは、フィオレンティーノの他には、チッコリーニもナポリ音楽院で学んでいる。チッコリーニは有名だけれど、ブルーノ・カニーノは日本では有名なのだろうか?あまり有名ではないのかもしれない。

ブルーノ・カニーノ・・・「ベルカント・ピアニスト」という感じを僕は受ける。音そのものがベルカントというか・・・

ブルーノ・カニーノの演奏する、ベートーヴェンの「うつろな心による変奏曲」

この曲は、初級~中級者がよく弾く曲という印象で、ユーチューブで検索すると、子供の演奏が沢山出てくるけれど、ブルーノ・カニーノのように演奏するのは、とても大変なのではないかと思う。

「うつろな心」はパイジェッロの作品だけれど、パイジェッロもナポリ音楽院出身者・・・

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category: ピアニスト

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ナポリ音楽院 

 

セルジオ・フィオレンティーノというピアニストは、ナポリ音楽院の出身。カーネギー・ホールにデビューしたのが1953年。そのまま世界を舞台に活躍するピアニストとなるはずだったけれど、翌年にフィオレンティーノは飛行機事故に遭遇してしまう。幸い大事には至らなかったけれど、それ以後はフィオレンティーノは母校、ナポリ音楽院で教える人生を選び、演奏活動の場を限定してしまった。

ナポリ音楽院を退職してから、「そろそろ演奏活動でも・・・」と、活動の場を広げるのが、1993年のこと。でも彼は、その数年後に亡くなってしまうので、世界的な・・・という意味でフィオレンティーノが活動していたのは本当に短い期間であったと言える。彼の知名度が低いのは、そのためでもあったと思われる。

フィオレンティーノの生き方はガツガツしていない感じで憧れるところもあるけれど、彼の録音を聴いたりすると、やはりナポリという一地方で教えていた人生というもの、それは彼自身の選択だったとしても、愛好家としてみれば、やはり「生でフィオレンティーノを聴いてみたかったな・・・」という思いは残る。

そのナポリ音楽院、正式名を「サン・ピエトロ・ア・マイエッラ音楽院」という。同名の教会、修道院が付設されている。この書き方は正しくはないのかもしれない。教会、そして修道院に音楽院が付設されているというのが正しい認識なのかもしれない。

イタリアの音楽院は、ナポリ音楽院に限らず、教会や修道院との密接な関係がある。教会では捨てられた子供、孤児などを育て、そこでコーラスや楽器演奏などの音楽教育を施した歴史があるからだ。なので、音楽院と教会が結びついているのだろう。このあたりは、日本の音大やアメリカの音楽院とは違う歴史の重み、伝統の重みを感じさせる。

ナポリ音楽院、決して巨大な建物ではないが、歴史的建造物・・・という感じがする。

「フィオレンティーノは、ここで学び、そして教えていたのか・・・」

彼の選択が素晴らしいもののように思えた・・・

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category: Serjio Fiorentino

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哀愁のイタリア映画 「悲しみは星影と共に」 

 

この映画は日本では現在、DVD化されていないようです。でもこの映画を紹介するのは、残酷なまでの哀しみ、そして絶望感に満ち満ちた作品だからです。救われないまでの暗さが映画を支配している・・・

そして、この映画は驚くべきことに実話だということです。

どんなに辛い人生でも、そこには意味がある・・・

でも、ここまでの悲惨な人生に意味があるのでしょうか?どこに光を見出せばいいのでしょうか?

「刑事」も「鉄道員」も名作として知られていますが、この「悲しみは星影と共に」は、知られている作品とは言えないと思うので、あえて紹介してみました。

貼りつけた動画には字幕がありますので、おおよそのストーリーは伝わるかと思います。

実話・・・このことが、さらに哀しみを深くさせます・・・

kaz




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哀愁のイタリア映画 「鉄道員」 

 

この映画もピエトロ・ジェルミ監督、そして主演の映画です。音楽も「刑事」と同様に、カルロ・ルスティケッリが担当しています。

家族愛を描いた作品なのだと思います。お父さんは、とても頑固なんですよね。いい人で愛情深いのですが・・・

なので、息子や娘とは上手くいかない。でも末っ子のサンドロにとっては、お父さんは英雄であり、お父さんもサンドロにだけは素直に愛情を示すことができる・・・

大きな事件もなく、淡々と物語は進んでいきますが、とても哀しい映画のような気がします。家族が一つになった時、お父さんの愛情が家族全員に伝わった時に、お父さんはギターを弾きながら静かに亡くなります。

サンドロ役、子役のエドアルド・ネボラが可愛いんですよね。

ルスティケッリは、この家族愛を描いた映画「鉄道員」に、とても素晴らしい音楽を提供しています。この音楽が、「鉄道員」という映画の価値を高めているようにも感じます。

kaz




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哀愁のイタリア映画「刑事」 

 

僕は古いピアニストが好きなんですが、映画も古い映画が好きなんですね。基本的にはアメリカの昔のコメディーが好きですが、今はイタリア気分なので、イタリア映画の紹介です。もちろん、古い映画ですが・・・

映画に使用される音楽は、とても重要であると僕は感じます。その音楽でなければ、映画もそこまで有名にはならなかったのかも・・・というケースも多いと思いますし、映画は観たことがない、もしくは内容は忘れてしまったにしても、何故か音楽だけは印象に残っている、音楽は聴いたことがあるということも多いのではないでしょうか?

「刑事」という昔のイタリア映画ですが、監督、主演がピエトロ・ジェルミ、音楽がカルロ・ルスティケッリ。このルスティケッリという人は、この「刑事」の他にも、実に美しい映画音楽を沢山書いています。

「刑事」は、いわゆるサスペンスもの・・・ということになるのかもしれませんが、イタリアの庶民の生活や内面も描き切っていて、素晴らしい作品に仕上がっていると思います。ストーリーは書きません。(書けません?)調べてみてください。(丸投げ?)

ラストシーンでCCが連行される恋人を追って、恋人の名前を叫びながら車を追う・・・このシーンが有名になりましたね。CC?調べてみてくださいね。(丸投げ?)

カルロ・ルスティケッリの娘であるアリダ・ケッリが主題歌を歌ってヒットしました。日本でも大変ヒットしたそうです。「死ぬほど愛して」という曲です。気怠さを感じさせるアリダ・ケッリの歌い方がいいんですよね。甘い曲調と映画の内容が合っていないようで実に合っている・・・

CC・・・美しいですねぇ・・・

kaz




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正直に自分を生きたから・・・ 

 

「1963年11月1日、初めて右頸部に治療に抵抗し、存在し続けた腫瘍を発見した。11月25日、左頸部に第二の腫瘍が現れた・・・」

エットレ・バスティアニーニは咽頭癌であるとの告知を、1963年1月に告げられているが、前年の3月に次のような手紙を書き残している。

「僕は元気がない。頭の中をたくさんのことが渦巻いていて、心にも頭にも平和な時が一瞬もないとは、とても悲しいことだ。ほとんど破滅状態までに、僕は今、自分を犠牲にしている。でも前へ、前へと進まなければならない。僕は空っぽで何も感じない。運命はいつも僕につらくあたる・・・」

この時期には、少なくても自分の声の、そして喉の異常は感じていたのではないだろうか?

エットレは周囲には自分の病気のことを公にはしていなかったので、批評家や聴衆は、エットレの声の不調を、多忙なため、あるいは不摂生のため衰えが早くきたのだ・・・などと考えた。

何故に歌い続けたのだろう?声の衰えはエットレ自身が一番知っていたはずなのに。バリトン歌手として名声の頂点に君臨していたはずなのに・・・

何故に歌い続けたのか・・・

治療を続けながらも、エットレは歌い続けた。「全盛期は過ぎ去った」と人々に言われながら・・・

スカラ座、ウィーン国立歌劇場、そしてメトロポリタン歌劇場などがエットレとの契約を打ち切っていく。それでも彼は歌い続けた。

1965年、6月にエットレは来日している。直前までスイスにて入院治療をしていた直後である。

その時の歌唱が残されている。たしかに全盛期のエットレの声と比較してしまうと、正直辛くなるほどの声の衰えが認められる。でも何故か胸が苦しくなるほど僕の何かを揺り動かす・・・



エットレ・バスティアニーニはシエナで生まれた。彼の生家と、そして墓はここにある。彼の墓には、若かりし頃のエットレの写真と墓碑銘が記されている。

「栄光を得、悲しみを知り、愛されることを知り、君は一つ以上の生を生きた」

彼の墓を訪れるのは昨年に続いて二度目になる。

「何故歌い続けたのだろう?」

その答えは僕などが考えても理解できることではない。

昨年もそうだったが、墓前には花が添えられている。ここはバリトン歌手にとって、そしてエットレ・ファンにとっては聖地のような場所なのかもしれない。

昨年は、墓地に来ると、それまで降っていた雨が止んだ。今年は、風がおさまり、雲の間から陽光が差し込んだ。急に鳥の鳴き声もおさまり、あたりは無音になる。

「歌いたいから歌ったんだ・・・」

エットレの声が聞こえたような気がした。おそらく錯覚だろう。それでもいい。

歌わずにはいられなかった・・・そして歌いたいから歌った・・・それでいい・・・

kaz




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category: The Singers

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ピアノは身体が資本だから・・・ 

 

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基本的に、僕は早起きです。自分の昼食用の弁当を作るからです。人前での演奏が近くなると、早朝練習(?)もするので、さらに起きる時間が早くなります。コンビニ弁当とか・・・食べません。

外食は基本的にはしませんね。自分に禁じているわけではないのですが、大病を患ってからは、食事には気を配るようになりました。以前から自炊はしていましたが、たとえば、化学調味料など、「つゆの素」とか「コンソメスープの素」のようなものは普通に使用していました。でも、今はそのようなものも使っていません。ダシも自分で・・・となります。

深刻な病を経験した人は、このような傾向はあるようです。食事が基本・・・のような?

仕事を終えて帰宅してから食事の支度をします。

「大変じゃない???」

そうでもありません。毎日続けなければならないのですが、秘訣は「手を抜けるところは抜く」ということです。世の中に料理本は多く、健康志向の本も多いのですが、欠点は「毎日の継続性に欠ける」という点です。

「そのまま2時間ほど置いて、味を染み込ませます」なんていうレシピは僕には不可能です。

著者はエッセイストで、料理研究家ではありません。だからこそ「忙しい毎日での調理」という視点に立っているのだと思います。「こだわり」と「手抜き」の両立があるのが著者の料理本(料理エッセイ)のいいところです。

サークルの打ち上げなどで、「僕は食事には気をつけているんです。なので、無農薬野菜を使用してして調味料も自然のものを使った店で打ち上げをしてください」なんて僕は言いませんし、そのような場で「このようなものは食べられないんです」を連発するのもいいことではないような気がします。なので、そのような時は外食を自分に許すのもあり、というか、外食も必要なのだと僕は思います。「そこの揚げ物、全部食べます・・・」のように、その時は「体にやさしくない」食べ物を食べてしまいます。おいしいんですよね・・・

旅行中は外食が続くことになります。やはり外食が続くと、身体の調子は悪くなります。重くなるというか・・・

イタリアでは知人がいないので、キッチン付きの部屋に滞在することにしました。食材は市場(スーパーではない)で調達して、自分で調理します。楽しいんですよね・・・

こんな感じでしょうか? 歌は歌いませんが・・・

kaz Sienaにて




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category: ピアノ以外の本

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ピアノの先生方へ・・・ 

 

素人ながら生意気にも、ピアノ教育などについて綴った僕のブログですが、多くのピアノの先生方からメールを頂くようになりました。最初は「あなたはピアノ教師の敵!」と猛攻撃されるのかな・・・と思っていたのですが、予想に反して(?)、「私もそのように思います」「もっと書いてくださいね」と、応援というか、賛同のメールがほとんどです。

ピアノの先生に対する僕のイメージは変わったと言えます。多くのピアノの先生は、僕が感じる疑問点のようなもの、その部分を自らが悩み、そして自分なりに解決しようとしている・・・このことは、メールを頂くようになるまで気づかなかったことです。「ピアノの先生も悩んでいるのだなぁ・・・」ということを僕も知りました。

なぜに、自分自身には関係のない「子供のピアノ教育」の部分に僕は拘るのか・・・

具体的な指導法や、子供の教材については、僕は全く知識はありませんし、興味のないところでもあります。ただ、僕が30年間もピアノを弾かなかった理由というものを考えてみた時に、ピアノそのものには近づきたいという想いはあったものの、でも「かつてのようなピアノのレッスン」「子供の頃のようなピアノのレッスン」というものを再体験しなければならないかもしれないということへの恐怖感、そして嫌悪感がありました。

子供の頃に習っていた先生への個人的な恨みのようなものは全く感じてはいません。僕の先生だけではなく、当時は、他の先生も似たような指導をされていたように思えるのと、練習をしなかったのは、そしてピアノと仲良くなれなかったのは、僕自身の責任であるとの自覚はあるからです。

でも、このような強い想いが今の僕にはあります。

「もう一人のkazだけは、作り出さないで欲しい!」という想い・・・

「ピアノ、音楽は好きで、本当は自分でも弾いてみたい!聴くだけではなく・・・でも、かつてのようなピアノのレッスンというものを受けなければ、ピアノというものを弾いていけないのだとすれば、自分はピアノは弾けなくてもいい・・・」このような想い・・・

今は、かつての反省からか、教材研究、そして、それに関連するセミナーが非常に盛んです。バイエル、チェルニー・・・と皆が同じ教材を弾いていたことへの反省・・・

僕がピアノを習っていた当時は、バイエルやメトード・ローズのような主流教材以外のものを使用するには、相当な勇気が先生には必要だったのではないでしょうか?

「なぜ、先生はバイエルを使用しないんですか?○○教室ではバイエルを使っているみたいですよ。うちのA子にもバイエルを使ってレッスンしてください!」

当時は、このようなこともあったと聞きます。

主流というものが「バイエル」だったわけです。

今は違いますよね?選択の幅が広がるということは、とてもいいことのように思えますが、でもこのようにも考えられないでしょうか?

「今はアンテナを張り、教材をいろいろと研究しなければ主流に取り残される・・・」

セミナー巡礼があまりに盛んになっている現状を考えると、そのように考えている先生も多いのではないかと僕は疑ってしまいます。でも、これって・・・

主流というものに追従してしまい「自分の核」「自分の信念」というものを持たずにいるということでは、かつての「バイエル・オンリー」の昭和40年代と変わらないのでは?

僕は、「私はこう思う」「私は生徒にこのようなことを伝えたい」という自分というものを持っている先生に強く魅力を感じます。

かつては・・・

「先生・・・バイエルを使ってください。○○教室では・・・」

今は・・・

「先生・・・今はいろいろな教材があるんですってね。なぜ、うちのB子はバスティンを使ってレッスンしてくださらないんですか?先生はセミナーとか参加されないんですか?」

・・・となるのでしょうか?主流が変わっただけ・・・なのでは?

ピアノの先生方への「感謝」の気持ちを綴りたいと思って書き始めたのですが、またいつものように「先生方への疑問」のような内容になってしまいましたねぇ・・・

少し趣旨から外れてしまいました。

外れついでに、今はイタリアに滞在しています。僕・・・イタリア語って全く理解できないんですよね。身振り手振り、強引に英語で・・・という手段にて暮らしています。

kaz




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ハフは、やはり素晴らしかった!!! 

 

スティーヴン・ハフ・・・

やはり素晴らしいピアニストでした。僕が聴いたのは、映像のラフマニノフではなく、シューマンでしたが・・・

やはり僕は音楽を聴いて感激すると、泣いてしまうんですよねぇ・・・

日本での演奏会だったら、恥ずかしいので、泣かないようにするのだけれど、今回は会場で泣きましたねぇ・・・

演奏家って、「夢」や「憧れ」を具現化してくれる人なんだ・・・そう思いました。

kaz




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category: Stephen Hough

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弾く・・・聴く・・・ 

 

ピアノって、聴いているだけでは弾けるようにはならない。

練習をしなければ弾けるようにはならない。

ピアノって練習しているだけでは弾けるようにはならない。

聴いて自分の音を判断しなければ、弾けるようにはならない。

判断・・・

判断するには偉大な演奏に触れて、自分なりの理想の音世界を脳内に蓄積していなければならない。

ピアノって、聴いているだけでは弾けるようにはならない。

ピアノって、弾いているだけでも弾けるようにはならない。

鍵盤を「押す」ことはできる。でも、それは「弾く」こととは違う・・・

kaz




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category: 好きな曲・好きな演奏

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「感動って何ですか?」 

 

沢山のメールを頂く中で、気になるメールが最近は多い。

「感動って何ですか?」

音楽を聴いて、これまでに感動というものを体験したことがない・・・という人からのメール。

「演奏を聴いて、上手だなぁ・・・とは思うけれど、それは感動というものとは違いますよね?この曲は好きだな・・・とかは思うけれど、音楽を聴いて、心が動くとか、泣いてしまうような感情を今まで経験したことがありません。感動って何だろうと考えても私には想像できません・・・」

「音楽って、ピアノって感動しなければいけないんですか?」

「子供の頃からピアノを習っていて、ピアノは嫌いではないです。でも人の演奏を聴いて感動なんかしたことはありません。しなくてもいいと思っています」

おそらく、ピアノを習っている人からのメールなのだとは思いますが・・・

ピアノの先生からのメールも多いです。

「ピアノは、まず弾けることが大切。基礎をきちんと積み上げない人が、感動という漠としたものを追い求めるのはどうかと思います。きちんと弾けた人が、それから上の段階として感動というものを求めていくものではないでしょうか?」

「感動があるから弾く、練習するというのは違うと思います。苦しい練習を耐えた人だけが感動というものを味わえるのではないでしょうか?」

「ピアノが弾けるようになるとか、上達するということは、感動というものがなくても達成できると思いますし、私はそのような指導をしています」

「感動とかって・・・プロのような人が考えればいいのでは?街のピアノ教室でピアノを習っている平均的な生徒に、感動とか、そのようなものを求めても無駄のような気がします」

僕は「感動」があるからこそ、その「感動」したものに触れたいと思うし、その行為が練習ということになるのだと思う。その曲を弾く前に、自分の理想とする音世界、イメージがないまま、ピアノなんて弾けるのであろうか?

kaz  Londonにて


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category: ピアノ雑感

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表現することが、生きること 

 

夜と霧 新版夜と霧 新版
(2002/11/06)
ヴィクトール・E・フランクル

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ワイセンベルクはユダヤ人でした。ユダヤ人の音楽家は多いですから、そのこと自体は珍しいことではありません。しかし、彼は少年時代にナチスにより強制収容所に送られています。この事実は意外と知られていないのかもしれません。

おそらく、我々が想像する以上の壮絶な苦しみを経験したのだと思います。

「生きては出られないかもしれない・・・」

そのようにワイセンベルクは考えたと思います。彼と比較してはいけないとは思うのですが、僕自身も入院する時には「生きては出られないかもしれない・・・」と思いました。

「なぜ自分が???」そのようにも感じました。

「夜と霧」は若い頃に読んだ本ですが、入院中に再読しました。強制収容所のような、人間が考えられる最も重い、そして深い苦しみを体験した時に、人間は、どのような考え方をするのだろう・・・そのことに興味があり、また、そのことを考えることで自分をも救おうとしたのを記憶しています。

「人生は、どんな状況でも意味がある」

そのようにフランクルは説いています。

「私を待っている人がいる。私を待っている何かが存在する」

極限の苦しみの中で、ワイセンベルクもフランクルと同じように感じたのかもしれません。彼のピアノの音色がそのように僕に語ってきます。

「119104」という番号がフランクルの収容所内での名前でした。人間としてではなくモノとして扱われていたわけです。そのような状況で、人生の意味を考える・・・・

ワイセンベルクは、これは僕の想像ですが、「生きてピアノを弾く!表現する!」と強く信じたのではないかと思うのです。自分のやるべきこと、待っている何か・・・それが音楽であったのだと・・・

「我々が人生の意味を問うてはいけない。我々は人生に問われている立場であり、我々が人生の答えを出さなければならないのです」・・・Viktol Emil Frankl




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category: ピアニスト

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初級?中級??上級??? 

 

アマチュアでピアノを弾く人は、その人の弾いている曲などで、「初級者」とか「上級者」とカテゴライズする人が多い。たしかに弾いている曲そのものは、「全音ピアノ・ピース的難易度」のような考え方をすれば、上級とか中級のような捉え方はできると思う。そのような意味では、「イスラメイ」は初級用の曲ではないとは思う。

アマチュアでも達者に難曲を弾きこなす人がいる。ゴドフスキーの編曲ものとか、アルカンとか、アルベニスの「イベリア」などの難曲を弾きこなしてしまう。

個人的には、このような人たちの演奏で感動したことはない。熱さや情熱を感じない「イベリア」を聴かされても心は動かない。

でも、このような人たちは「上級者」となるのだろう。

でも、それらの難曲と比較すれば、はるかに技巧的にはシンプルな、たとえばショパンの初期のマズルカの演奏で、聴き手を「ハッ!」とさせる何かを表現できる人、その人は「中級者」ということになるのだろうか?

僕にとっては、人を惹きつけられる「何か」を演奏として示すことのできる人が「上級者」になるのだと思う。

僕自身は、自分のことを「初級」「中級」「上級」などと捉えたことはない。でも弾いている曲で「上級者なんですね」と言われることは多い。正直なところ、違和感は感じてしまう。

もし、カテゴライズするのだったら、「初級」「中級」「上級」ではなく、演奏への憧れというか、音楽への熱さで分けたいところだ。

音楽、演奏に感動した時の熱さ・・・

その時の感情の出し方は、人それぞれなのだとは思う。僕の場合は、感動すると泣いてしまうことが多い。

直接、人に質問したわけではないのだけれど、この感動の深さ、そして感情の熱さのようなものが、希薄というか、淡々としている人は意外と多いような気がする。このような人は、「書いてあるから正確に弾いています」のような演奏をするように思う。憧れの曲というものは、存在していて、本当にその曲が好きで弾いているのだと思うけれど、純粋に「曲」だけへの憧れだけであって、「演奏」に対しての興味が割と薄い・・・

なので、ピアニストへの興味も割と冷静というか淡泊というか、メジャーどころだけを聴いて満足(?)してしまい、「もっと素敵な演奏は、魂を揺り動かされるような演奏はないかしら?」という熱さがない。

ピアノ弾きを「初級者」「中級者」「上級者」ではなく「低体温者」「中体温者」「高体温者」とカテゴライズしたらどうだろう?

難しい曲を弾くから「上級者」ではなく、「高体温者」で、その熱さを人に伝えることのできる人が「上級者」・・・ではいけないのだろうか?

この人の演奏を「クール」とか「技巧派」と評する人、カテゴライズする人は多いのかもしれないけれど、僕には火傷しそうなほどに熱い「高体温者」のように思える。「クリスタル・クリアな熱さ」というか・・・

kaz




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