ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

80歳まで苦労できたら・・・ 

 

Great Pianists of 20th.C.Great Pianists of 20th.C.
(1999/02/09)
Ivan Moravec、Chopin 他

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日本では有名ではないのに、世界では有名なピアニスト・・・

何故日本では有名ではないのか?一生懸命に理由を考えてみるのだが、よくわからない。

セルジオ・フィオレンティーノというピアニストも、もっと日本で知られていいように思うし、この人もそう、イヴァン・モラヴェッツ、チェコのピアニスト。

1950年代に、リサイタルのテープの音源が西側に流出し、それが話題となり、西側でも録音をするようになった。それ以来活躍をしているピアニストで、たしかアメリカでは巨匠的扱いをされていたように記憶している。

日本でも演奏したことがあるらしいんですけどねぇ・・・

話題にならなかったのだろうか・・・

それとも日本でも有名であるという事実を僕が認識していないとか?

数年前に、モラヴェッツは故郷のチェコで80歳記念リサイタルを行った。これはその時の演奏。

人間、生きていると本当にいろいろとある。特に、中年以降は、若い時には当たり前にできていたことが、できなくなったりしてくる。病気などをしようものなら、その加速度は圧倒的なものがある。

80歳・・・

乗り越えてきたものが多くあったはずだ。だから演奏しているのだと思う。

「できない」と思えば本当にできなくなる。

「できる」と思うことは非常に難しい。

でも、できるんだよ・・・絶対に・・・

kaz




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category: Ivan Moravec

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動かない・・・それでも弾ける 

 

ナタン・ミルシテインの弾き姿です。

この演奏の時は、彼は80歳を過ぎているらしいので、もう晩年の時の演奏です。

「お爺ちゃんだから身体が動かないのよぉ・・・」

そうではないはずです。若い頃からミルシテインは、大袈裟な動きが皆無な演奏家でした。でも、これはミルシテインだけではなく、偉大な演奏家に共通していることです。

もしかしたら演奏時の動きと、「コンクール時代」というものが何か関係しているのでは?

どうなのでしょうか?

kaz




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動かない・・・作らない 

 

コンクールでは、よく身体の動きや表情がオーバーな子供を見かけます。そして、このある種独特の演奏が必ずと言っていいほど賞に入ります。

皆が同じような弾き方なので、想像するに、あのような動きは教えられているのではないかと思ったりします。コンクールっ子増産教室では「動きや表情でもアピールするのよ!」という風景がレッスンでも繰り広げられているのではと疑ってしまいます。

最近はありませんが、僕が子供の頃は、テレビでよく「子供のど自慢」のような番組がありました。幼い子供が「私は未来の美空ひばり!」のような感じで、動きや表情までも、大人顔負けのパフォーマンスを繰り広げる・・・

着物を着て、堂々とパフォーマンスをするあの姿と、コンクールでの動きの多い、顔面表情演奏とは、とても似ている感じです。同じ空気感が漂います。

才能豊かな(器用な?)子供独特の、ある年齢の時期特有の何か、「大人顔負け」という雰囲気を醸し出す才能のようなものは、一部の子供には昔から備わっているのかもしれません。

現在、大人のコンクールに挑戦している人も、「元子供コンクール出身」という弾き方を大人になってもしている人が多いように思います。大袈裟な(?)苦痛表情、天井を見上げる恍惚の表情、鍵盤に覆いかぶさるように弾く・・・

ヴァイオリンは、ピアノよりも、さらに早期教育が必要な楽器とされていて、ピアノとは比較にならないほどの「達者な子どなちゃん」の演奏が多い感じです。ピアノと違い、身体の前に大きな楽器が邪魔していないので、もう身体は揺すり放題、顔面表情は作り放題という子供の演奏がコンクールのような場では繰り広げられます。

ナタン・ミルシテインというヴァイオリニストが昔いました。「ヴァイオリンの貴公子」などと呼ばれていて、彼が編曲したショパンの有名な遺作のノクターンは、現在も頻繁に演奏されます。

ミルシテインの抒情的な官能的な演奏を聴いていると、なんとなく、いかにも恍惚の表情で、身体もクネクネさせながら演奏しているように想像してしまいます。

でも、ピアニスト同様、ヴァイオリニストも往年の名演奏家は、意外なほど動きや表情が静かです。ハイフェッツなども、「ただ立って弾いています」という感じで、どこか無愛想な感じすらしてくるほどです。

演奏する姿・・・これは以外と何かを物語っているのかもしれません。

kaz




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category: 好きな曲・好きな演奏

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最後のシャコンヌ 

 

Aさんは長いアメリカでの生活を終結させ、日本に帰国した。その時は僕も日本での新しい仕事にも慣れ、お互いの住まいも近かったので、よく会って話をしたり食事をしたりした。

Aさんが日本に帰国したのは、病、癌を患ったためだ。

「もう自分の病気と闘うのはいいかと感じてね・・・」

入退院を繰り返し、別人のように痩せてしまったAさんを見るのは、正直辛かった。

「kazさんは、まだ自分でも演奏しようとは思わないのかい?まだ決心できないのかい?」Aさんは僕に会う度にそのように言った。

「うーん、今は忙しくて・・・」

「そうか・・・」

Aさんは歩くこともできないほど衰弱していたけれど、でも毎日ヴァイオリンの練習は欠かさなかった。立って演奏することは、もうできなかったので、椅子に座って練習していた。

絶対にAさんには訊いてはいけないことのようにも思えたけれど、でもどうしても訊いてみたかった。

「何故・・・何故そこまでしてヴァイオリンを弾くの?」

Aさんは、目を閉じて、しばらく考えていた。

「音楽が人生だから・・・人生が音楽だから・・・」

Aさんは静かに僕に言った。

「kazさん、このヴァイオリンを弾いてみないか?」

Aさんは僕に高価なAさんの楽器を持たせ、弾いてみるように言った。

「ここを押さえて、弓をこのようにして・・・」

僕の出したヴァイオリンの音は、想像を絶するほど酷く、二人で大笑いした。「kazさん、ヴァイオリンはやめておいたほうがいいと思うよ。僕からのアドバイスだ」

そして、僕からヴァイオリンを受け取ると、そのままAさんは、ある曲を弾きだした。

その時の僕の気持ちを文章にすることはできない。どうしてもできない・・・

曲の途中で、Aさんは演奏を止めた。

「申し訳ない・・・ここまでしか弾けない。もう弾けないんだ。体力が続かないんだ。僕はもう弾けないんだ。以前のようには弾けないんだ・・・」

初めて見るAさんの涙だった。

そしてAさんは、泣きながらフランチェスカッティのCDを聴いていた。いつまでも・・・

「音楽はすべてを包み込んでくれるんだ・・・」Aさんは静かに僕に言った。

その言葉が印象に残っている。

Aさんと話したのは、その時が最後になった。Aさんの演奏を聴いたのもシャコンヌが最後になった。

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ツィゴイネルワイゼン・・・テクニックとメカニック 

 

Aさんの演奏を舞台で聴いたのは、アメリカのある音楽祭での演奏が初めてだった。彼はサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を弾いた。

「この曲は指定されることが多くてね・・・」

「一時期は、あまりにこの曲ばかりを弾かされるんで、正直うんざりしてしまうようなこともあったんだけど、でもkazさんと、この間フランチェスカッティのことを話していて、久々に彼のツィゴイネルワイゼンを聴いてみたんだ。いやぁ・・・凄かったねぇ・・・このように弾けたらと、また子供の時のような純粋な気持ちになったよ」

「フランチェスカッティの何がそんなにいいの?」

「そんな質問には答えられないねぇ・・・すべてさ!」

いつもは温厚なAさんには珍しいことだったけれど、一度だけ僕に怒ったことがある。たしか僕が「テクニック」という言葉を使った時だ。「フランチェスカッティのテクニックは見事で・・・」のように。

「kazさん、それはテクニックではなくメカニックという言葉を使うべきだよ。音楽に関わる人だったら、たとえ聴くだけであっても、そのあたりの概念はしっかり認識していないと駄目じゃないか!」

テクニックとメカニックとの違い・・・それはAさんに教えられた概念だ。僕に限らず、この部分を混同している人は多い。

「凄く大事な概念だと思うよ・・・」

Aさんには実に多くのことを教えられたと思う。

「日本人の練習や演奏をするときの概念で最も欠けているものは、いい意味でのスノビズムだと思う。日本人は人に嫌われるのを極端に恐れすぎる。最後に残るものはスノビズムを保ってきたという誇りだと思う」

このAさんの言葉の意味は、当時は理解できなかった。今でもできない。

Aさんに質問してみたい。でもAさんは、もういない・・・

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シャコンヌ・・・ヴィターリ 

 

なぜ今フランチェスカッティなのか・・・

それは友人であったAさんの命日が近づいているということが関係しているのかもしれない。

Aさんとはアメリカに住んでいる時に知り合った。Aさんはアメリカの音楽院で教えていた日本人のヴァイオリニストで、結構日本でも有名な人だったのではないかと思う。なので、アメリカで教えていたということ以上の事を書いてしまうと誰なのかが特定できてしまうかもしれないので、それ以上の個人的な情報は書くことはできない。

彼は、何故か、素人である僕のことを気に入ってくれた。彼も僕も声楽が好きで、現代の演奏家よりも昔の演奏家に惹かれるというところが共通していたのだと思う。

「kazさんは、自分でもピアノを弾いてみたいとは思わないのかい?」

Aさんは、よく僕にそう言った。「聴いているだけだと寂しくないかい?」

僕はピアノを弾けない理由を沢山並べたと思う。忙しい、今は英語が大変、勉強が大変、聴くだけという楽しみもある・・・

Aさんは僕の言い訳を黙って聞いていた。ただ寂しそうに笑った・・・

フランチェスカッティは、Aさんの憧れのヴァイオリニストで、僕もフランチェスカッティが大好きだったので、そのあたりも共通していたのではないかと思う。

「僕はね、子供の頃フランチェスカッティのシャコンヌを聴いた時、ヴァイオリンの世界に足を踏み入れようと決心したんだと思う。子供の頃はヴィターリのシャコンヌをフランチェスカッティみたいに弾けるようになりたくてねぇ・・・それは今も同じだけどね」

「kazさんは絶対にピアノを弾くようになると思うよ。そんな気がする・・・」

「うーん・・・」

「いつかフランクのソナタを一緒に弾こうよ・・・」

「うーん・・・それは無理かもぉ・・・」

「いつまでも自分の気持ちを偽ることなんてできないよ。きっと弾くさ」

「うーん・・・」

Aさんは僕に言った。「楽器を演奏するんだったら真剣にやって欲しい。音楽にはそれだけの価値があるから。kazさんがピアノを弾く時には真剣に取り組んで欲しいと思う」

ヴィターリのシャコンヌ、このフランチェスカッティの演奏の何がAさんの心を動かしたのだろう?

言葉にはできないけれど。その何かが存在することは分る・・・

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至難曲 「妖精の踊り」 

 

ジノ・フランチェスカッティのCDは膨大な量を聴いてきたけれど、彼の映像は見たことがなかった。

もちろん、ユーチューブで・・・ということもできたのだと思うのだけれど、どこか躊躇していたのは、「もしフランチェスカッティも陶酔弾きをしていたらどうしよう?」という心配があったからだ。

ジョシュア・ベルだったら「あら、残念・・・」ぐらいで済むけれど、フランチェスカッティの場合だったら立ち直れないほどショックも大きかろうと・・・

フランチェスカッティの「妖精の踊り」の映像。ジノはバッジーニの孫弟子になるわけなんですね。

結果は「大丈夫でしたぁ・・・」

ジノは普通に弾いていましたね。

それにしても「妖精の踊り」という曲、演奏が大変そうだ。伴奏だったら弾いてみたい!

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アクセス解折と大いなる誤解 

 

アクセス解折というものを見た。どのような記事にアクセスが多いのかが分る。僕のブログでアクセスが圧倒的に多いのが、ピアノ界やピアノの先生について批判めいた内容をアップした時。あまり嬉しくはない。僕と同じように思う人が多いということなのか、それとも人間は、批判している文章を読むことが好きなだけなのか、どちらなのだろう?

往年のピアニストに関しての記事は、それほどアクセスが多くはないけれど、極端にアクセスが減るわけでもない。極端にアクセスが減るのは歌手やヴァイオリニストについて書いた時。これは、ピアノ以外に興味のない人が多いということなのだろうか?

でも、アクセスを増やすために記事を書いたり、内容を考えたりすることはできないので、これからもピアノ以外の演奏家の記事も書くと思う。

メールを頂くこともあるけれど、大いなる誤解だなと思うのが、僕が演奏家や曲について詳しいという美しい(?)思い違いをしている方のメールを頂く時。

「お詳しいんですねぇ・・・」

でも、僕は自分に興味のある部分にだけ詳しいだけ。おそらく、ピアノの先生の平均的な歌手についての知識・情報以上には詳しいのかもしれないと思うけれど、そして古いピアニストについても、一般のアマチュアのピアノ愛好者よりは、もしかしたらピアノの先生よりも知っている人が多いのかもしれないけれど、でも興味のないことについては、本当に何も知らない。

「ブルックナー?長い交響曲なんですよね?」ぐらいの知識だ。

チャイコフスキーの交響曲も4番以降しか聴いたことがないくらいだ。

最近のピアニストで、普通の人は知っているだろう・・・と思われるピアニストでも、僕は知らないということがあるかと思う。

なので、僕は音楽やピアノに詳しいわけではない。

アクセスのことを考えると、減るのかな・・・とも思うのだけれど、僕の好きなヴァイオリニストについて書きたくなってしまった。子供の頃は夢中で聴いていたけれど、今はそれほどでもない・・・という演奏家も存在するけれど、フランチェスカッティは今でも僕にとっては神様のような人だ。

ジノ・フランチェスカッティ・・・

フランスのヴァイオリニスト。とにかく音が好きなんですよねぇ・・・

美しい音による完璧な音型のシェイプが、浮かび上がってくるような演奏をすると僕は思う。

フランチェスカッティのお父さんもヴァイオリニストで、アントニオ・バッジーニとカミッロ・シヴォーリに師事した人。バッジーニはヴァイオリニストの世界では有名な超絶技巧曲「妖精の踊り」の作曲者で、シヴォーリは、唯一パガニーニに弟子入りを許された人でもある。

ジノはこのお父さんからヴァイオリンを習い始める。そして、ジノは最初は法学を勉強したかったらしいのだが、お父さんが亡くなってしまい、家計を助けるためにヴァイオリニストになったらしい。

その後、ジノはジャック・ティボーに師事し、後にアメリカに移住。

僕がピアノを弾く時に影響を受けているのかも・・・と漠然と感じるのがジノ・フランチェスカッティ。どこかどう・・・とは説明できないし、具体的にピアノを弾いている時に「ジノのように・・・」などと思っているわけでもないけれど・・・

ヴァイオリンも、このように弾けたらいいでしょうねぇ・・・

このように弾くのは大変なんでしょうねぇ・・・

ピアノ以外の楽器は「他人事」だから純粋に音楽や演奏に没頭できる。

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Alone Again 

 

今日はアイルランド出身のシンガーソングライター、ギルバート・オサリヴァンの「アローン・アゲイン」が大ヒットを始めた日なんですねぇ・・・

もしかしたら、若い人はギルバート・オサリヴァンなんて知らないのかもしれませんね。でも「アローン・アゲイン」という曲は、聴いたことのある人も多いんじゃないかな?

全米で6週間第1位を記録するヒットとなり、年間チャートでも第2位を記録した曲。1972年のことで、僕も子供だったけれど、この曲のメロディーは知っていた。

アローン・アゲイン・・・という曲名からして、幸福感あふれる、愛を讃えたような歌詞だとは思わなかったけれど、でも今日まで、この曲の歌詞がこれほどまでに暗い歌詞なのだとは思ってもみなかった。せいぜい失恋の歌なのかなぁ・・・と。

この歌詞の内容もヒットに関係しているのではないか・・・と今は思う。

それにしても・・・暗すぎないか?メロディーが、どことなく素朴で美しいだけに、歌詞の重さが、さらに際立つ感じだ。

適当に、省略ありの僕なりの訳・・・

「アローン・アゲイン」

時間が経過しても、まだ気分がクサクサしていたら、こうしてやろうと自分に約束している。近くの塔へ行って、その上から身投げしてやると・・・

身体がバラバラになるって、どんな感じなのか皆に教えてやろうかと・・・

昔そうだったように、また一人ぼっちになってしまった・・・当たり前のように・・・

僕には思えるんだ。世界には傷心しているのに、それを癒すこともできず、相手にされないままの人が沢山いるんだって・・・

どうしたらいいんだろう?どうしたら?

父が死んだとき大泣きに泣いたのを覚えている。涙なんか隠そうとはしなかった。

そして母が65歳で他界した。理解できなかった。なぜ母が愛した男はあの世に連れて行かれ、母は傷心の生活を始めなければならなかったのか・・・

僕は懸命に励ましたさ・・・でも母は言葉を失っていったんだ・・・

母が他界したとき、僕は一日中泣いた。

泣きまくった・・・

また一人ぼっちになってしまった・・・当たり前のように・・・




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category: 好きな曲・好きな演奏

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アマチュアからプロへ・・・ 

 

アマチュアでも、物凄くピアノの上手な方がいますね。ピティナ・コンペの特級というカテゴリーで有名になった金子一朗さんという方が有名なのではないかと思います。でも、この方は、アマチュアなのかプロなのか判断に迷うところもあります。

もう少しスケールの大きな話を。

1997年のヴァン・クライバーン国際コンクールの優勝者は、ジョン・ナカマツという人でした。彼の祖父が沖縄からハワイに農民として移住しました。ジョン自身は、カリフォルニアで育ったアメリカ人です。

普通、メジャーな国際コンクールに挑戦したり入賞したりする人は、幼少の頃から専門的にピアノを習い、名門の音楽学校で有力な教師に学び、幾多の犠牲を払い、コンクールという場に辿り着くのだと思います。そして、そこには、辿り着くまでの、辿り着くことのできる経済的な基盤というものもあるのだと思います。

ジョン・ナカマツという人は、一般的な「ピアノのエリート」の道を歩まなかったピアニストでもあります。

ジョンがピアノというものに魅了されたのは、幼稚園にあったピアノの音を聴いた時。「僕・・・ピアノを弾きたい!」ジョンが4歳の時です。でも、ジョンの両親はピアノを買い与える経済的な余裕が残念ながらありませんでした。ジョンは、6歳になるまで、玩具のピアノで練習していたそうです。

「この子は本当にピアノが好きなのかもしれない・・・」

ジョンの父親の職場の同僚、この人の奥さんがピアノの先生でした。この先生にジョンはピアノを習い始めます。イラン出身のマリナ・デリベリーという、無名ながら大変素晴らしい先生であったといいます。ジョンは、それ以後、プロのピアニストになるまで、この先生にピアノを習い続けます。

ジョンが大学に進学する時には、やはり考えたそうです。自分は音楽院に進むべきかどうか・・・

「僕は今までマリナ先生と一緒にピアノを勉強してきました。音楽院に進む理由がありませんでしたし、自分も何か違うことをしてみたいと思ったのです」

ジョンは、スタンフォード大学でドイツ言語学を学びます。大学院を修了すると、私立高校でドイツ語の教師として就職します。フルタイムの仕事です。

「自分は音楽家になるのだとずっと思っていましたし、信じていました。でも、駆け出しのピアニストとして活動できる日が来るのだとしても、僕には経済的な基盤というものをまず考える必要がありました。ドイツ語の教師という仕事は、僕の学んできたものを生かせる職業だと思いました」

学校での勤務を終えて、帰宅しても、教材の研究や採点を自宅で行い、ピアノの練習は夜の10時を過ぎてから・・・という日々であったといいます。練習そのものができない日も多かったといいます。

そのような中で、マリナ先生のレッスンを受けながら、少しづつレパートリーを増やし続けていく地道な毎日・・・

「自分の(学校の)生徒にはプライベートに関しては、何も話さなかったので、僕がピアノにこれほど熱意を持って取り組んでいるということは誰も知らなかったんじゃないかな?時々、コンクールというもののため、いなくなる先生・・・とは思っていたのかもしれないけど・・・」

「それこそコンクールでは自慢したくなるほどの失敗と落選を繰り返してきましたよ」

大学院修了後、6年間、ジョンはそのような生活を続けます。教師をしながらコンクールを受け続け、もしかしたら入賞してチャンスを掴めるかもしれないというジョンの夢のタイムリミットが近づいてきます。コンクールには年齢制限というものがありますから。

まさに、タイムリミットのギリギリの時、ジョンはヴァン・クライバーン国際コンクールに挑戦します。それまでのコンクールとは比較にならないような大きな、そして本格的なコンクールでした。

そしてジョンは優勝する・・・

ジョンが本選でラフマニノフの第3番の協奏曲を弾き終えた瞬間、そして優勝者としてジョンの名前がアナウンスされた瞬間、ジョンはプロのピアニストとしての第一歩を踏み出しました。

「このコンクールの結果に最も驚いていたのが、僕の教え子たちでしたよ・・・」

ジョンがヴァン・クライバーン国際コンクールで優勝するまでの日々、彼はアマチュアであったのでしょうか?ピアノの達者な教師であったのでしょうか?

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category: ピアニスト

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苦痛弾き・陶酔弾き 

 

ピアノを弾く時の表情、今の流行りは苦痛弾きでしょうか。特にコンクールの場で多く見られるような気がします。子供のコンクールでは仮面弾きが流行中ですが、苦痛弾きは大人に多い。あまりに苦しそうに弾くので、「大丈夫ですか?」と言いたくなるほどです。

基本的には、僕は楽器を弾いている時の表情が大袈裟ではない演奏家が好きです。歌手は、また別・・・という部分もあると思うのだけれど・・・

ホロヴィッツとか・・・淡々とした表情で弾いていますよね?若手ではユジャ・ワンも演奏している時には上肢が安定していて、船酔い弾きのように体を動かしませんし、表情も淡々とした感じです。

ラン・ランは、あまりにも百面相的な表情で、演奏そのものは嫌いではないのですが、あの演奏中の表情が僕は好きではありません。演奏そのものは好きなので、CDも何枚か所有していますが、CDのジャケットにはラン・ランがポーズを決めていたりします。なので、どうしても、あの百面相を連想してしまうので、ジャケットは捨ててしまって、CDは別のケースに入れています。

演奏において、最も痛いのは、見た目の姿がとても大袈裟というか、オーバーな表情で弾いているのに、聴こえてくる音楽は、割と平面的というケースではないでしょうか?演奏が単調だから、表情や身体の動きで補っているかのようです。

ピアノの場合は、割と苦痛表情で弾く「苦痛弾き」が多いような気がします。管楽器の場合は、そんな表情をしていたら演奏に支障が出るためか、割と顔面演奏の人は少ないように思います。

弦楽器は、なぜか陶酔の表情になってしまう「陶酔弾き」の人の割合が多いような気がします。

ジョシュア・ベルというヴァイオリニストがいて、僕は割と好ましく思っていたところもあったのですが、彼は「陶酔弾き」をするんですよね。これで実際の演奏が平面的であれば、「ダメじゃーん!」ということになると思うのですが、彼は表情豊かな音楽を奏でるんですよね。なので困ってしまいます。

ジョシュア・ベルのCDもジャケットは捨ててしまうしかないみたいですね・・・

演奏している時の表情・・・気になりませんか?

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category: ピアノ雑感

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「ショパンをどのように弾きますか?」 

 

ショパンをどのように弾きますか? その答えを探してみましょうショパンをどのように弾きますか? その答えを探してみましょう
(2009/05/27)
レギナ・スメンジャンカ

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アマチュアの分際なので、自分が弾いて楽しく満足できればいいのかとも思う。CDの演奏を聴いて「あっ、素敵な曲・・・弾いてみようかしら」でいいのかとも思う。

自分がピアノを弾く際に、作曲者のことを調べたり、曲について自分なりに調べたりすること、それは「研究」というほど大それたものではないけれど、でも「調べたりなんて・・・好きで弾いているんだから、そんなことどうでもいいじゃない?」と割り切れる人は案外と少ないのではないかとも思う。

でも、何を、どのように調べ、そしてそれを演奏にどう反映させるか・・・

ここが難しいところだ。

でも、ただ弾いてみたいから・・・とか憧れの曲だからみたいな感じで弾いてしまうと、そのある種の安易さのようなものも演奏に反映されてしまうような気はする。

「ショパンの楽譜?全音の一番安い楽譜でいいんじゃない?」とか「ダウンロードできないの?」と言う先生だったら僕はイヤだな・・・と思う。

「エキエル版にしなさい!」・・・ごもっとも・・・という感じではあるけれど、そうなると、自分でエキエル版のことを調べるのか、ただ「言われたから」と楽譜だけ用意するのか・・・

「マズルカとワルツとの違いとは?」「演奏の際どのようにその違いを反映させる?」

ここまでになると、相当素人には難しい。

「エキエル版の、あのアクセントでもないし、デクレシェンドでもないような、あの記号は何?」

「パデレフスキー版は古い研究だから価値が下がるの?」

「まっ、いいか・・・」と疑問を捨て去って弾いてしまうこともできるけれど、それもどうかなと・・・

なので、素朴な疑問が、調べてみたいことが山ほどでてくる。

ショパンを弾く際には、一度は読んでみてもいいのかな・・・と思う本だ。ピアニストの視点というものを感じることはできる。コンパクトにまとまっているし・・・

著者のレギナ・スメンジャンカはショパンの権威として日本でも有名で、日本人でも、この人に指導を受けた人は多いかと思う。シェビエツキに師事・・・というところが気になるところではあるけれど、著書の中で、シュトンプカにも師事ということが分る記述があるので、「ならいいか・・・」みたいな・・・

「伝統」のようなもの、「文化」のようなもの、それはピアニストの演奏を聴いていくと(最近の人にはあまり感じないが)、個人の個性のようなものとは別に、完全に引き継がれているということが理解できる。

スメンジャンカは、とても真摯な演奏をするピアニストだと思う。夢中になるような、僕を虜にするような魔法のピアノではないけれど、「伝統の担い手」という部分が根底にある演奏をする(ように感じる)。

この部分が大切なのかな・・・とも思う。

それにしても、スメンジャンカ・・・美しい人ですねぇ・・・

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日本人ヴァイオリニストによる最も哀しい曲の、最も美しい演奏 

 

ルーマニアの作曲家にチプリアン・ポルムべスクという作曲家がいた。このポルムべスクの「バラード」は、一般的に広く知られた曲となった。それは、日本人のヴァイオリニスト、天満敦子さんが演奏し、そのCDがクラシックのCDとしては異例に売れたからだ。

「クラシックなんて難しくて・・・」と日頃感じている人も、このCDのポルムべスクの「バラード」を聴いて涙したという。なので、今さら・・・という感じの有名曲なのかもしれないが、でもピアノを弾く人、アマチュアにしてもピアノの先生にしても、ピアノ曲しか聴かないという人が実に多いみたいなので、あえてこの曲を紹介してみようと思った。

ポルムべスクはブルックナーに師事した作曲家であったのだが、祖国の独立運動に命を懸けた愛国心に満ちた人でもあった。ポルムべスクは、その独立運動のため投獄されてしまう。その獄中で、祖国や、祖国にいる愛する人を想い、書いたのが、ヴァイオリンとピアノのための「バラード」だったのだ。

ポルムべスク自身は、病のため29歳という短い生涯だった。薄幸の作曲家だったとも言われている。

哀愁に満ちた彼の「バラード」も、忘れ去られる運命にあったのかもしれない。

1977年、岡田さんというウィーンの大使が、郊外のレストランで、ある演奏を聴いたのが、ポルムベルク復活の第一歩であった。そのレストランで毎夜、同じ曲を弾いていたのがイオン・ベレシュさんというルーマニア人の音楽家だった。当時のチャウシェスク政権から逃れ、ヴァイオリンと、黄ばんだ一枚の楽譜だけを手に、ウィーンに逃げてきたのだった。その黄ばんだ楽譜、彼が毎夜演奏していたのが、ポルムべスクの「バラード」だったのだ。残してきた妻子を想い、この曲を演奏するルーマニアの音楽家の演奏に、岡田さんは当然感銘を受けた。二人は親交を結ぶことになり、8年後スイスのチューリッヒで再会する。

ベレシュさんは岡田さんにこう言ったという。

「もし・・・もし、この曲にふさわしいヴァイオリニストが見つかった時は、私が行くことのできない、あなたの祖国でこの曲を演奏してくれませんか?」

岡田さんが、天満敦子という日本人ヴァイオリニストの演奏を聴くまで、さらに7年の歳月が過ぎ去った。

日本人のヴァイオリニストが、ポルムべスクの「バラード」を弾いた・・・そのことを岡田さんがベレシュさんに知らせようと試みたが、ベレシュさんの所在は調べてもわからなくなっていたという・・・

そのポルムべスクの「バラード」・・・天満敦子さんの「バラード」・・・

もう、何と言ったらいいのだろう?このような深い哀しみに満ちた曲が存在していたということが驚きだ。そして、このように哀しい演奏をするということ、心に訴え、中にまで入り込んでくる演奏をするということも驚きだ。それが日本人であるということも驚きだ。

ポルムべスクの獄中の想い・・・その想いは、日本で、日本人の演奏家により伝えられている。

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孤独なパリのアメリカ人 

 

「イスラメイ」のCDを聴いたりしている。あまり連続して聴きたくはない曲だ。頭がクラクラしてくる。

ジュリアス・カッチェンの演奏がいい。そもそもカッチェンというピアニストはブラームスやベートーヴェンの演奏で定評があったりしたので、彼をドイツ人と勘違いしている人もいる。

カッチェンはアメリカのピアニストである。でも、彼はアメリカのピアノ界には馴染めなかったみたいだ。

「お互いに心情的に助け合い、傷を舐めあうような、そんな表面上の付き合いが嫌!」ということで、カッチェンはパリを拠点としたヨーロッパでの人生を選んだ。孤独なパリのアメリカ人としての人生を歩んだ。

「パリでは、お互いの弱点を、傷を指摘しあう。そこが心地いいのだ」

全く関係ないし、どうでもいいことなのだけれど、このカッチェンと僕は誕生日が同じなのだ。「カッチェンも獅子座かぁ・・・B型だったら嬉しいな・・・」

カッチェンの演奏は、ライブだとスパークするというか、躍動するようなところが魅力的。嫌いな人はそこが気になるのかもしれない。ブラームスの重量級の曲を逞しく弾くという、どこか剛腕系のピアニストのイメージがあるけれど、彼の演奏は孤独で美しいと僕は感じる。

その美しさは、人生の半ばで、その途中で突然と人生というものから切り離されてしまったかのような残酷さを伴うような美、その一点での美・・・

彼の演奏に孤独さを感じるのは、彼の人生というものと演奏とを、無意識に重ね合わせてしまうからだとも思う。

孤独なパリのアメリカ人は、癌に侵された。治療をしながらの演奏活動は、カッチェンをかなり苦しめることにもなった。

ジュリアス・カッチェン・・・享年42歳

本当に辛い時、あなたはピアノを弾くだろうか?音楽が傍にあるだろうか?

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仮面演奏 

 

もう何年も前のことになるけれど、ピアノを再開するにあたって下調べを行った。何を調べたのかというと、日頃僕が聴いているピアニストの世界と、ピアノのお稽古という世界や、ピアノの先生方が目指しているものとの、大きな隔たりというものを、なんとなく感じていたので、この部分を自分なりに調べてみたいと思ったのだ。

電子ピアノを購入して、大勢いるピアノの先生の中からチョイスさえすれば理想のピアノライフが満喫できるとは到底思えなかった。偉大なピアニストの世界というものと、自分がピアノを練習するという現実において、あまりな隔たりを感じてピアノを弾いていきたくはなかった。「ピアニストはピアニスト。まずは、きちんと弾けてから。そのような世界とお稽古とは別物ね」という考えにはなれなかったのだ。

僕の場合は、声楽から感動を受けることが多く、その時の心の動きと、自分のピアノというものとを完全に分離したピアノライフというものはイヤだったのだ。

下調べは、発表会というものをできるだけ聴くこと、ピアノのセミナーに参加すること、コンクールを聴くこと。子供と大人のコンクール両方。それも本選だけではなく、予選から聴く・・・

下調べ期間としては、結果的に一年以上かかった。そして、ますますピアノを再開することを躊躇してしまう気持ちを持ってしまった。

発表会では、昔よりも「本番への真剣度」というものが著しく欠けている子供の演奏が多いのが気になった。セミナーでは「楽しさをどう維持していくか」ということに焦点を定め過ぎたセミナーが多いのが気になった。

「何かがおかしい・・・」

ピアノを弾くとか、演奏をするということは「楽しさ」というものとは違うのでは?そこまでしてレッスン室を笑い声で満たしたいのであろうか?

コンクール、特に子供のコンクールでは、仮面演奏が多いのが非常に悲しかった。弾く前に膝の上で指を動かしたりとか、恍惚の表情で天を見つめたりとか・・・

弾いている時の動作や、表情も、あれは自然のものではないと感じた。子供が自然と考えつくことではない。演奏そのものも含めて、大人(先生)がすべて指導しているのだと思った。これは指導というよりは、「操り」ではないだろうかと思った。そのような子供は、凄く達者だけれど、どこか北朝鮮のマスゲームなどで見る、あの表情と一致する。物凄く達者に外国人に芸を披露する北朝鮮の子供の表情と全く同じに思える。中国雑技団の子供の演技中の表情と言ってもいいかもしれない。

コンクールの課題曲を、あるピアニストが弾いて、会場では先生方が必死に楽譜を見ながら聴いていたり、楽譜に書き込みをしていく・・・

「何かがおかしい・・・」

結果的には、自分の先生は、そのような世界とは正反対の、そのような世界とは無縁の先生を見つければいいのだと感じた。なので、一年以上かけた下調べも無駄ではなかったのだ。

物凄く達者な子供たちの未来が心配だ。たとえ達者でも、多くの子供たちはピアノで食べていけるわけではないので、ピアノとは違う世界で生きていくことになるのだろう。そのような子供たちは、成長して大人になり、ピアノをまた弾きたいと思うのだろうか?

また弾きたいと感じたときには、大人になっても、またあのような表情で弾くのだろうか?

また仮面をつけるのだろうか?

kaz


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category: ピアノ雑感

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影があるから光が見える 

 

ピアニスト・ランキングの第1位、もう1人はエドゥアルト・リスラーです。

リスラーはロベール・ロルタよりは有名なのではないかと思います。この人もルイ・ディエメ門下のピアニストです。1873年生まれのピアニストですから、大変に昔のピアニストです。

グラナドスの「ゴイェスカス」ですが、あれは1曲を除き、当時の偉大なピアニストに献呈されています。「ゴイェスカス」の第2曲は、このエドゥアルト・リスラーに献呈されています。

また、フォーレに「ドリー」という連弾の曲がありますが、この曲を初演したのもリスラーです。もう1人の初演者(というか相方)がコルトーです。

リスラーの演奏するショパンを聴いて、その演奏から連想したピアニストがいます。ディヌ・リパッティです。正確にはリパッティの演奏がリスラーの演奏を彷彿とさせる・・・という表現が正しいのだと思いますが・・・

ポリーニあたりのピアニストからでしょうか?すべての音をクリアに、すべての音に光をあてて、すべてのものを明確にしたような演奏が主流になったのは・・・

この流れ、変わっていくのではないでしょうか?

kaz




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category: ピアニスト ベスト10 2013下半期

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100年前のショパン 

 

ピアニスト・ランキングの第1位は2人います。

2人ともおそらく知られていないピアニストだと思うんですよねぇ・・・

たとえばサークルの打ち上げなどでピアニストの話題になった時にも、彼らの名前を出したことはありません。「誰ですか、それ?」という反応しか返ってこないような気がします。

そのうちの1人が、ロベール・ロルタという人です。ご存じですか?もし知っていた方がいて、ロルタの演奏が好き・・・ということであれば、その方と僕はお友達になれるのではないでしょうか?

まあ、そんなことはどうでもいいのですが・・・

ロルタはルイ・ディエメ門下のピアニストです。

「ルイ・ディエメ?誰ですか、それ?」

ロルタは知らなくても、このディエメの名前は知っておいた方がいいかもしれません。ルイ・ディエメは多くの素晴らしいピアニストを育てた人です。コルトー、カサドシュ、イヴ・ナット、ラザール・レヴィ、そしてロベール・ロルタ・・・

ディエメ門下のピアニストの中でも、ロルタは知名度が低いです。それは、コルトーのようにピアニストとしての活動期間が長くはなかったためではないかと思います。たしか戦争に召集されて戦地で毒ガスを吸ってピアノが弾けなくなってしまったんですよね。割と若くして亡くなってしまったのも、この毒ガスが原因だったのではないかとされています。

ロルタは、特にフォーレの演奏で有名だったらしいです。フォーレはノクターンの12番を、このロルタに献呈しています。残念ながら、ロルタのフォーレの録音は残されていないみたいなのですが、ショパンの演奏の録音は残っています。これが素晴らしい・・・

1885年生まれのピアニストですから、録音も「デジタル録音でクリアなサウンド」というわけではありませんが、でもショパン自身が理想とした演奏は、現代のピアニストの演奏よりも、このロルタの演奏の方が近いような気はします。

100年前に戻り、実際にロルタの演奏を聴いてみたいと思います。

kaz




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category: ピアニスト ベスト10 2013下半期

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小品で分るセンス 

 

イグナツ・フリードマン・・・ホロヴィッツのように有名なのでしょうか?

日本ではそうでもなさそうな感じなので、一応説明を。

フリードマンはポーランドのピアニストなのですが、戦乱期、多くの音楽家がヨーロッパから逃れた際、その行先はアメリカの場合がほとんどだったのですが、フリードマンはオーストラリアに移りました。

この人も「神童」として有名になりました。この時代のピアニストには珍しくないので、あまり驚きません。レシェティツキに師事しています。さらには音楽学者のフーゴー・リーマンにも師事しています。あの「音楽辞典」のリーマンですね。フリードマン自身は、後に哲学も修めています。なるほどねぇ・・・

「前時代的な演奏」ということを、やや否定的なニュアンスで語られる場合、よくフリードマンの演奏が例に出されます。個人的には「許せん・・・」と思いますが、それだけ現代では聴くことのできないタイプの演奏をするピアニストなのかもしれません。だから好きなんだけど・・・

話題はそれますが、レシェティツキは大先生として有名な人なのですが、生徒の顔触れを知ると、やはり大先生だったんだなと思います。

シュナーベル、パデレフスキー、エリ・ナイ、モイセイヴィチ、フリードマン、その他物凄い顔ぶれ多数・・・

発表会ってあったのだろうか?

モシュコフスキーの「セレナータ」です。わずか2ページの小品です。中級者なら(初心者でも?)演奏可能なのではないでしょうか?フリードマンのように・・・とさえ思わなければ!!!

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何故練習にまで楽しさを求めるのだろう? 

 

僕はトランスクリプションを弾くのが好き。人前でも弾く機会が多いと思う。その理由は、トランスクリプションが好きだから。好きだから弾くという単純な理由。何故トランスクリプションやパラフレーズものが好きかというと、それは往年のピアニストの演奏が好きだからだと思う。彼らの演奏の技法や魅力が、演奏だけではなく、自作曲やトランスクリプションにも反映されているように思えるから・・・

トランスクリプションは演奏するのが至難だから弾いているわけではない。

単純に「好きなもの」に夢中になる・・・これは最高の趣味なのではないかとも思う。

でも、トランスクリプションは演奏が困難なのも事実。練習は、はっきり言って面倒ですらある。楽しみのために練習しているわけなんだけれど、練習そのものは「ワッ!キャッ!」的な楽しさからは遠いものだ。どちらかというと「苦しみ」かもしれない。でも、この部分まで「楽しみ」に変えようなどとは思わない。

ピアノを習い始めた頃は、鍵盤を押せば、色々な音が出るし、先生と連弾なんかしようものなら、豊かなサウンドとして耳で体感できるしで、本当に楽しいのだと思う。でも、この「ワッ!キャッ!」的な楽しみが、練習の面倒さや苦しみに変わるのは時間の問題だ。ある程度の曲を弾こうと思ったら、楽しさだけでは弾けない。

この時、なぜ「苦しさ」を「ワッ!キャッ!」的な楽しさに変えようと考える先生が多いのか僕は理解に苦しむ。

何故、練習の苦しみがある?それは曲を弾くためでしょう?弾きたいからでしょう?

多くの子供が「真の芸術作品」に触れる前にピアノを辞めてしまう。これは、練習の苦しみの先、「目的」が示されていないからではないだろうか?

「弾いてみたい!」「こんな風に素敵に演奏してみたい!」「こんな素敵な曲があるなんて!弾けるようになりたい!」

そこに行き着くまでの途中には苦しみがあっても、行き着く先が見えてさえいれば、その苦しみから逃げるようなことはないのかとも思う。この目的地を示さないでおいて、途中経過ばかり楽しくしようと工夫しても無理があるのではないだろうか?

何故練習しなければならないか、練習の先の目的を理解できていなければ、練習そのものは心躍るものではないのだからピアノなんて辞めてしまうだろう。

ピアニスト・ランキングの第2位はイグナツ・フリードマン。彼の演奏は僕の「目的地」なのだと思う。別に彼と同じように弾きたいということではなく、ただただ触れたいのだ。聴くだけでは満足できないのだ。だから僕はピアノを弾いている。目的地は遠いのだけれど、そこに行くまでの過程は苦しいのだけど、でも弾いてしまう。それが僕にとって最高の快楽でもあるから・・・


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どうでもいい想像ですが・・・ 

 

本当に、どうでもいいような想像なのですが・・・

ウィリアム・カペルはオルガ・サマロフという人の門下でした。オルガ・サマロフは、指揮者のストコフスキーの夫人だった時期もあるピアニストです。うーん、エリート?

カペルと同じくサマロフ門下だった人に、この人がいます。

ここで、どうでもいいような想像、妄想なのですが、オルガ・サマロフ音楽教室でカペルもこの人も弾いたのかなぁ・・・なんて・・・

でもサマロフはジュリアード音楽院で教えていたから発表会なんてやらないか。

でも、門下の会みたいな演奏会は、やった可能性があるのでは?

あっ、でも年代が違うか・・・

でも、ちょっとワクワクするような妄想だとは思います。

kaz

「私はカペルの後輩です。私もサマロフ先生に習いました」




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category: ピアニスト

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永遠のホープ 

 

ピアニスト・ランキングの第3位は悩みました。ウィリアム・カペルにするかユジャ・ワンにするかで相当悩みました。でも結局、カペルが第3位です。

この人は、永遠の若手なのだと思います。我々がカペルの演奏として聴いている録音は、彼の非常に若い時の演奏です。彼は31歳で亡くなっていますから。

一般的には、演奏家というものは、年齢を重ねると経験を積み、演奏も円熟・成熟し、若い時の演奏では感じられなかった美点が現れてくるものです。でも、カペルにはそれがありません。もしかしたら、さらに素晴らしい演奏をしていたであろう、カペルの年齢を重ねた時の演奏、そのような一般的な演奏家が評価されている「成熟」というものが一切ない頃の若い時の演奏のみでカペルは後世にまで生き残っている。これは凄いことなのだと思います。

上昇カーブの勢いの魅力・・・

カペルのこの状況に非常に似ている演奏家が、テノールのフリッツ・ヴンダーリヒです。彼も30代で亡くなった人です。ブンダーリヒの若々しい、そして瑞々しい声による「水車小屋」や「詩人の恋」などを聴くと、年齢を重ねて円熟した、でも声も低くなったであろうヴンダーリヒの歌唱というものは想像できませんし、正直、想像したくありません。

ヴンダーリヒもカペルも若い頃の音楽で止まったまま、その止まった一点の瞬間の壮絶なまでの音楽への思いというもの、その音楽、その演奏こそがヴンダーリヒであり、またカペルであったのだと・・・そう思います。

彼らの演奏は、若さゆえの未熟さというものが感じられません。上昇していく勢いのみが感じられます。

戦争直後、カペルの演奏を実際に聴いた人は何を感じたのか・・・想像するだけで身震いがします。

もし、もし現在、ヴンダーリヒとカペルが演奏したとしたら、センセーションを巻き起こすのではないかと僕は思います。

若かったカペル、その演奏は哀しいくらいに完璧であり、そして美しい・・・

その時の、限られた時期だけに許された「美」というものも存在するのであろうか?

カペルは100年後も永遠のホープとして讃えられていると思う。

kaz




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楽しさだけではないピアノ 

 

僕の日常生活においてピアノのことを話題にできる友人は皆無です。サークルの場だけということになります。そんなピアノ孤立状態の僕ですが、かつては音楽家の友人がいました。声楽家とヴァイオリニストです。二人とも亡くなってしまったんですよね。ヴァイオリニストの友人は癌が全身に移転しても、それでも弾き続け、練習を続け、声楽家の友人は特殊な骨の癌で足を切断してまでも義足で舞台で歌い続けました。でも彼らにはそれが普通のことだったのです。

そのような光景を実際に見ていましたので、僕は演奏をするということは、楽しいね・・・で終わるものではないと思っています。演奏に対して、ピアノに対して「楽しさ」だけを追い求める人の気持ちが理解できません。本当に理解できない・・・

演奏をしていくということは、基本的に孤独であるものなのかもしれません。そしてその部分を僕は愛しているのかもしれません。演奏をするということはアマチュアの身分であっても、かなりヘビーなものなのだと個人的には感じています。

だからセミナーなどを見学して「こんな風にすればハノンも楽しく・・・」みたいなことを言われると、ハノンを実際に使用するかどうかはともかく、演奏をするうえで、本当にいい演奏をしたいという自覚を生徒に持たせるのが先だろう・・・などと生意気にも感じたりしてしまうのです。ハノンを楽しく・・・ではなく、ああ、このような素晴らしい演奏をしたい・・・という感性をまず生徒に伝達せよと言いたくなってしまうのです。何故なんでも楽しくさせないといけないのだろう?

それだけの素晴らしい価値が偉大な演奏にはあります。僕はそう思います。すべての生徒が楽しく・・・なんてピアノには在りえないとも思います。ピアノってそんなものじゃない・・・

いきなり話題がそれますが、ピアニスト・ランキングの第4位です。ソロモンです。

ソロモンは、孤独な演奏、静かな演奏、研ぎ澄まされた演奏をする人だなと思います。この人は、諸外国と日本とで、最も認知度に違いのあるピアニストなのではないかと思います。なぜ日本では有名でないのか本当に理解できません。

5歳からピアノを始め、8歳か9歳かの時に、ベートーヴェンの3番やらチャイコフスキーの1番の協奏曲を弾いてデビュー。ちょっと信じられない感じですよね。習い始めて3~4年・・・僕はバイエル前半でした。僕と比較すること自体が完全なる間違えでしょう。当然「神童ソロモン」として有名になりました。でもソロモンは一度引退(?)して、パリでラザール・レヴィらに師事して本格的な大人のピアニストとして再活動します。このあたりはヨゼフ・ホフマンを連想させます。

ソロモンは本名はソロモン・カットナーといいます。本人はカットナーという名前を気に入っていなかったとも、「神童ソロモン」として有名になったので、「じゃあ、以後もソロモンで・・・」ということになったとも言われています。後者だとすると、演奏からは想像できないようなお茶目な面もソロモンにはあったのではないかと思います。そうだとするとなんだか嬉しい。

なんというのしょうか・・・ソロモンの演奏は、ただ「美」として、そこに静かに存在しているという感じで、その孤独感のようなものが僕は好きです。そして演奏の厳しさのようなものを最も感じさせてくれるピアニストでもあります。厳しさ・・・というよりは孤高というか・・・

長生きをしたピアニストではありましたが、活動期間は短い人でもありました。脳梗塞で右手が使えなくなって引退してしまいましたから。

ソロモン・・・一度は聴いてみてはどうでしょうか?

kaz




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男がピアノ? 男もピアノ 男のピアノ 

 

「なんで男なのにピアノなんて習ってるの?」

男性のピアノ弾きなら子供時代に一度は言われたことのある言葉なのではないでしょうか?

今では男がピアノを弾くなんて珍しくもないのでしょうか?昔に比べたら男のピアノ弾きの割合も多くなってきたのかもしれないけれど、まだまだ(日本では?)女性上位なのではないかと思います。音大のピアノ科なんて、まだ女性の方が多いと思いますし、ピアノの先生も女性の方が圧倒的に多いのではないかと・・・

そもそもピアノというお稽古事に、どこか女性的なイメージがあるのかもしれません。ドレス、お花・・・子供にピアノの先生という連想で絵を描かせたら、まず男の先生の絵は描かないでしょうね。子供向けの楽譜の挿絵(イラストというのか?)も完全に「女の子向け」仕様の楽譜が多いです。ピンクの表紙や、ミッキーマウスの表紙の楽譜、男の子は結構イヤだと思いますよ。

しかし・・・

基本的に、すべての事に関して、能力の差というものは、性別によるものではなく、個人の能力による差だと思っています。ピアノも、もちろんそうです。「女性ならではの繊細な行き届いた表現」とか「男性的な迫力にも欠けることなく・・・」といった書き方をされたりすると、僕は結構イラッとしてしまいます。

「ホラ、泣かないの!男の子でしょ!」この表現は、実は差別なのではないかとも僕は思います。男の子=元気・スポーツ・おおらか・・・女の子=淑やか・奥ゆかしい・ピアノのお稽古・・・差別しないでと言いたいです。

先日の発表会で、ある方から声をかけられました。ある生徒のお母さんでした。そのお母さんの後ろに立っていた男の子、自作の曲を弾いたりして、ピアノが好きということが伝わってくる演奏をした子でした。

「素晴らしかったですぅ・・・」と滑らかに感想(お世辞?)を言うお母さんの後で、その男の子が「マジ、凄すぎだと思いました(実際の言葉のまま)」とボソッと言ったのです。

何となく、その男の子の憧れの対象らしいのです。僕が・・・

もちろん、僕の外見・容姿が憧れの対象であるはずがなく、それは僕の演奏に対しての憧れ、僕が男性でありながらピアノを弾くという「同性のピアノ弾き」としての憧れであるように思いました。

僕は人に憧れていてばかりで、人からそのように思われるという経験が皆無だったので、嬉しいのはもちろんなのですが、少し考えてしまったのも事実です。もし、僕が女だったら、その男の子は同じように憧れただろうかと・・・

大人になってしまえばいいのですが、子供の時は、やはり今でも男の子がピアノを習うという事は、少しだけ勇気のいる事なのかもしれません。今でも「ピアノ?キャッ・・・素敵♡」と言われるよりも、同性の友達から「なんでピアノなんか・・・」と言われることの方が男の子の場合は多いのかもしれません。女の子だったら、まず言われないフレーズなのではないでしょうか?

グリゴリー・ギンズブルグの事を調べていて、あるピアニストに辿り着きました。デニス・マツーエフです。この人はチャイコフスキー・コンクールで優勝した人だったと記憶しています。どこか「体育会的ピアニスト」に感じられて、物凄く上手いのですが、でも、物凄く現代そのもののピアニストでもあるような気がして、僕の好みのピアニストではありません。このマツーエフがギンズブルグの編曲作品を積極的に弾いているのです。ロシアではギンズブルグ作品は結構演奏されるみたいですし、あのユジャ・ワンも弾いていますが、でもマツーエフの演奏とギンズブルグは僕の中では結びつかなかったんですね。

マツーエフは、ドレンスキーの弟子なので、ギンズブルグの孫弟子になるわけなんですね。

でも、マツーエフは、僕が使いたくないフレーズ、「男性的な演奏」とか「男ならではのピアノ」のような言葉を使いたくなってしまうピアニストです。身長も2メートル近いですし、大男のロシア人そのものの演奏といった感じです。そのロシア人がある種の曲を弾くと、どうしても「男性」ということを意識してしまう「ド迫力演奏」に感じるのかもしれません。

これは偏見・・・そして差別・・・でしょうね?

でも、少しだけ肩身の狭い思いをしている男の子が、このマツーエフの演奏を聴いたら(見たら)、もしかしたら少しだけ勇気を貰うことになるのかもしれない・・・そんな風にも思えてきます。

「男がピアノ?」「男もピアノ」「男のピアノ」

kaz




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シュナーベルのミス 

 

人前でピアノを弾く際には緊張する。もうこれは仕方ないですねぇ・・・

でも、なんで緊張するんだろう?僕の場合は、舞台で真っ白になったらどうしようと思うので緊張するのだと思う。

「練習の時は弾けたのだから!」「自宅では弾けていたのだから!」

本番でも、家での練習の時と同じように弾けるよう祈る。でも、大概そのようにはならない。本番では、なにかしら事故がある。なので落ち込む。

「あんなに練習したのに・・・」「自分の練習方法や取り組みは間違えていたのだろうか?」
僕にも「弾けた!弾いた!」と満足できた演奏をした時が(少ないが)ある。その時は、完全に曲に集中していて、でも聴いている人の耳が自分の音に集中しているのも感じられて、なんというか「一体感・共有感」がある。このような時は、もう完全にエクスタシー・・・

そのような恍惚の人(?)状態の時にも緊張はしていて、そして事故はある。そして自らそのことは認識している。でも気にならないというか、落ち込まないというか・・・

この差は何なのだろう?そして、そもそも練習の時と同じようにという気持ちで本番でも弾くのがいいことなのだろうか?

ミスをしない安定した演奏・・・

子供のコンクールでよく遭遇します。あの安定度は凄いです。もう決まったものを完全に再現しているかのようで、動じない。すべてが計画されていて、演奏内容もそうだが、この箇所では腕をここまで上げるとか、演奏の前には天井を見つめるとか、すべて教えられている感じ。

これが模範なの?ここを目指すべき?

CDの演奏は、編集されているものだという認識はあるけれど、でもその「化粧後」の演奏を長年の間、普通の演奏として無意識に聴いてきてしまうと、なんとなく演奏とはそのようなものなんだ・・・とも思えてきてしまう。

でも、本当は、何かしらの事故があるのが普通なのでは?

不思議なことに、人の演奏を聴いている時には、ミスなんて全く気にならない。もちろん、「今は音を外しましたよね?」とか「左手誤魔化しましたよね?」とか訊かれれば「ハイ」とは答えるかもしれないけれど、でも気にならない。聴いているのは音楽だから。

「ああ、もう最悪・・・最低だわ・・・」と大きな(と本人が感じている)ミスをした場合でも、僕は「そんなこと気にしないでいいのに」と本気で思う。本当に気にならないですからぁ・・・

ミスがあろうと、なかろうと、気になるのは内容。

でもですねぇ、自分の演奏ではミスは気になりますね。外したりすると本当に体が熱くなるほどだし、暗譜が怪しくなって誤魔化したりすると、自分は最低だな・・・と思う。

「全然わからなかったぁ・・・」「良かったよ・・・」そう言われても、そんな言葉は耳に入らない。

往年の巨匠のライブの録音は、結構ミスがあったりします。でも気にならないんですよねぇ・・・

それどころか、人間的な演奏と思えてきたりもする。

さすがに、暗譜が飛んでしまって行方不明になってしまった演奏は、CDでは編集されてしまうことが往年組の古い録音でも多い。ここはなんとも残念というか・・・

でも、昔のレコード時代の頃は、演奏の傷がそのまま残されていたりして、子供の頃は結構「ミスありライブ感満載」のレコードを聴いていた。

有名なのは、シュナーベル。モーツァルトの協奏曲で彼は暗譜が飛んでしまうんですね。ソロだったら、上手く誤魔化したのだと思うけれど、でも協奏曲はアンサンブルだから、演奏が完全に止まってしまった。レコードではこの部分も収録されている。でもCDでは何故か編集されてしまっている。

このK.488の終楽章、結構危険な曲らしいです。行方不明になりやすい。同じような事ばかり(?)弾いているからかもしれない。

シュナーベルは5分くらいの箇所で止まってしまっている。完全に音楽がストップ!

この時はシュナーベルは悠然と指揮者の所に歩み寄り、楽譜を確認し、再度演奏を再開したそうだ。

聴いていてこの大きなミス・・・気にならないんですよね!不思議なことに・・・

もちろん、シュナーベル本人は、この演奏の後は、いろいろと思う所はあったのかもしれないけれど、僕は気にならない。全く気にならない。

でも、これが自分だったらと思うと・・・

もし、自分だったら、相当落ち込むと思う。もう絶対モーツァルトは弾かない・・・と思うだろうなぁ・・・

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歌に生き、恋に生き、そして人生を駆け抜け・・・ 

 

君の微笑み―エットレ・バスティアニーニ がんと闘い、歌に生きたその生涯と芸術君の微笑み―エットレ・バスティアニーニ がんと闘い、歌に生きたその生涯と芸術
(2003/05)
マリーナ・ボアーニョ、ジルベルト・スタローネ 他

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「kaz君、歌が好きなんだったら、これ聴いてみないか?」小学生の時、僕をディープな音楽の世界に導いてくれた医大生がそう言った。彼が聴かせてくれたのは、昔で言う、いわゆる海賊版の椿姫のレコードだった。あの伝説のスカラ座のライブ盤。マリア・カラスのヴィオレッタとエットレ・バスティアニーニのジェルモンの2重唱、小学生には随分と渋い曲だけれど、その歌声、歌唱は僕を圧倒した。カラスも素晴らしかったけれど、バリトンのバスティアニーニの声に惚れてしまった。その時が、僕のバスティアニーニ初体験だった。

なんだか人間とは思えないような、輝かしい声に、とにかく圧倒されてしまった。

それ以来、僕はバスティアニーニのファンで、昨年は彼の生家やお墓にも訪れてしまったほどだ。

小学生の時から聴き続けてきたバスティアニーニだけれど、後年、その生涯を調べてみると、あまりにも壮絶な生涯なので、びっくりしてしまった。

このバスティアニーニの伝記は、訳のせいか、いささか読みにくい所もあるけれど、でも彼の哀しい生涯をサラッと書いているので、哀しさや悲惨な感じが前面に出ていない。そこはいいと思う。なにしろ、映画になりそうなほどの哀しい人生なのだ。

私生児として生まれ、貧しいながらも、自分の声だけで世界の頂点に登りつめていく彼の生涯の前半、その輝かしいオペラ歌手としての面と、生涯の後半、咽頭癌に侵されてからの哀しい面・・・

一人息子ともうまくいかず、私生活では哀しい生涯だったバスティアニーニだけれど、数年間は実に幸せな時を過ごしている。恋人マヌエーラとの出逢いだ。二人は婚約をするのだが、自分の病気を知ったバスティアニーニは婚約を破棄してしまう。

ここが分らなかったところでもあったのだ。「なんで愛しているのなら、二人で苦労を共にしなかったのだろう?」と・・・

でも、自分も病気などをすると、この時のバスティアニーニの気持ちは少しは分るようにはなってきた。病気に伴う、様々な事、そして死、それは一人で孤独に歩んでいくべきもので、そして一人でないと歩めないものでもあるのだ。

マヌエーラという女性は、バスティアニーニと、かなりの年の差があったので、若い女性を、自分の壮絶になるであろう人生で翻弄させてはいけないとバスティアニーニは思ったのだと思う。この気持ちはとても理解できる。自分のキャリアが輝かしいものであればあるほど、「声を失う時」という近い将来に必ずやってくるであろう未来が来た時に、バスティアニーニは自分が冷静でいられる自信がなかったのではないか・・・そのように感じる。

後年、マヌエーラの結婚式を遠くから見つめるバスティアニーニの姿があった。コートの襟で顔を隠し、かつての婚約者、そして愛している人の姿を見る。「マヌエーラ、あなたとの時間は本当に幸せでした。ありがとう、そして、さようなら・・・永遠に・・・」

バスティアニーニは、自分が癌であることを周囲には隠していた。最後の瞬間まで歌手であるために。舞台に立つために・・・

実際、舞台に立てなくなってから彼は急激に衰えてしまう。会話でさえ苦労するほど「声」を失ってしまうし、服が歩いているのではないかと友人が感じるほどに痩せ衰えてしまう。この伝記の中での最も哀しい場面の一つは、マヌエーラと暮らすために、かつてバスティアニーニが建てた邸宅を訪れる場面だ。歩くこともままならないほどに病気が進行したバスティアニーニが邸宅に飾ったスカラ座の初日のポスターを眺める場面である。

「ほら、これは僕が初日に主役を歌った時のスカラのポスターだ・・・こんなに沢山初日を飾ったバリトンは、かつていなかったんだ。それが今は・・・」

バスティアニーニの臨終の際、マヌエーラがすべての真相を知り、駆けつけ間に合ったのが、バスティアニーニにとっては、せめてもの救いであったのかもしれない。

シエナにあるバスティアニーニの墓、その墓碑銘にはこのような言葉が書かれている。

「栄光を得て、悲しみを知り、愛されることを知り、そして君は一つ以上の生を生きた」

バスティアニーニは「ブロンズとビロードの声」を持っていると言われていた。やはりヴェルディが最も素晴らしいのではないかと思うのだけれど、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」のフィガロも僕は好きだ。

実は、ピアノを再開した時から、心密かに弾いてみたいと思っている曲がある。そのうちの1曲は、モリッツ・ローゼンタールの「ウィーン謝肉祭」で、これは念願叶って、出来はともかくも弾くことができた。もう1曲が、グリゴリー・ギンズブルグが編曲したロッシーニのフィガロなのだ。「僕は街の何でも屋」という曲。

でも、このフィガロは、どうしてもバスティアニーニを連想してしまうのだ。彼の歌唱と結びついてしまう。そこが辛いのだ。また、自分が弾きたかった曲を弾いてしまうと、やり残しを終えたようで、自分の人生も終結してしまいそうで、そこも辛い・・・というか怖い。

僕は歌が好きだ。歌手のようにピアノが弾きたいという事が、人生の最大の目標だ。そしてアリアや歌曲の編曲作品を集めて何曲か人前で弾いてみたいという願望もある。特にフィガロ・・・

来年はフィガロを弾いてみようか・・・かなり悩むところだ。

弾いてしまったら、僕はいなくなってしまうのではあるまいか?

バスティアニーニに相談してみたい気持ちになる。彼は何て言うだろうか???

kaz




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category: The Singers

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慟哭のモーツァルト 

 

ピアニスト・ランキングも上位5人になりました。第5位は、アルトゥール・シュナーベルです。

シュナーベルというと、クルチ版のベートーヴェン校訂の楽譜、つまりシュナーベル版を連想しますし、演奏もベートーヴェンが有名なのですが、個人的にはシュナーベルの演奏ではモーツァルトとシューベルトの演奏が好きです。

小学生でピアノのレッスンを辞めてしまってから、約30年間はピアノを弾いていなかったけれど、でも聴くことはピアノ音楽に限らず僕の人生の中では重要な位置を占めていました。

でも、心の奥底では自分でも弾いてみたかったのだと思います。でも考えないようにしていたのだと思います。弾かなかった理由は、いくらでも思いつきます。忙しくなった、就職した、仕事を変えた、住む国を変えた・・・

自分の人生に大きな変化があっても音楽を聴くことは自分の人生そのものだと感じていました。だったら、なぜ自分でも弾く・・・という喜びを味わおうとは思わなかったのだろう?なぜ自分に正直になれなかったのだろう?

ピアノを弾いていなかった頃は、ある種の音楽や演奏を聴くと、自分の中で感情をコントロールできずに、泣いてしまうことがありました。泣く・・・まさに慟哭という感じでした。

シュナーベルの演奏するモーツァルトは、まさにそのような演奏でした。なので、ピアノを弾いていなかった頃は、どこか避けていたような気もします。

なぜシュナーベルの演奏が自分の感情を激しく揺さぶったのだろう・・・それは、彼の演奏が、理屈ではなく、ただ「音楽を奏でる喜びに満ち溢れていた」からだと今では思います。

「ピアノ・・・弾いてみたくないかい?」「楽しいよ・・・」

シュナーベルの演奏は、僕にそう語りかけてきてしまったのです。僕が避けていた部分、考えないようにしていた部分に直接触れてきてしまったのです。

僕は、なぜ古い、昔のピアニストばかり聴くのだろう?考えてみることがあります。様々な理由があると思うのですが、その理由の一つは、その演奏が「音楽をする、音楽を奏でる喜びに満ち溢れている」ということが、ダイレクトに伝わってくるからなのだと思います。残念ながら、現代のスターピアニストの演奏の多くが、この最も大切な部分が僕にとっては欠落していて、心の底から感動できないのです。

今でもシュナーベルのモーツァルトとシューベルトの演奏は、僕の心を激しく揺さぶります。どうしようもないほどに・・・

kaz




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category: ピアニスト ベスト10 2013下半期

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発表会の講師演奏に思う 

 

今年の発表会では先生自身は弾かなかったなぁ・・・今気がついたけれど。

それにしても、「講師演奏」・・・妙な表現だわ。でもそれ以外の言葉もないし。「先生演奏」は変だし、「教授演奏」もねぇ・・・「模範演奏」も違う感じだし。

発表会という場で、先生が弾く「講師演奏」ですが、僕はなくてもいいと思いますね。別に発表会で弾いてくれなくてもいいです。先生の演奏はレッスンでいつも聴けるので。リサイタルもあるし。

発表会で先生は弾かなくてもいいとは思うけれど、でも、発表会ぐらいしか先生の演奏、先生の音楽というものを生徒が知る機会がないというのは、これはいけないと思いますね。

どこかで先生自身の「音楽」というものを、生徒には示す必要は絶対にあると思います。別に完璧なCDのようなサウンドを聴きたいわけではないんです。先生の「音楽」を聴きたいんです。

割と僕は珍しい曲を、いきなりレッスンに持っていくことが多いです。予告なし。

「今日は何を弾いてくれるのですか?」

スティーヴン・ハフの曲とか、ババジャニアンとか、ニャターリとか、変わった曲をいきなり持っていってしまっても、でも先生は初見で素晴らしく弾いてくれます。いつもいつも・・・

楽譜をそのまま弾いているわけではなく、ざっくりと弾いているわけなんですが、でも音楽の本質を一瞬でつかんでしまうんですね。

「僕は、その部分はこのように感じるのですが・・・」サラサラっと初見で弾いてしまう。その演奏が見事なので、いつもいつもレッスンが楽しみです。

日常のレッスンでは、隣に座って、言葉で指導しているだけ。そのような先生は、発表会ぐらいは、生徒に演奏をしてあげてくださいよ・・・そのようには言いたいです。

ピアノの先生も、ピアノから離れられない、苦しいけど弾かずにはいられない、音楽に死ぬほど惹かれている、そのようなものを、内に秘めた熱いものを、「演奏」として、どこかで生徒に示すことは必要。レッスンでもいいですし、リサイタルでもいい・・・

セミナー巡礼もいいでしょう!先生同士のランチもいいでしょう!でも、先生自身が演奏をする際の苦しみ、先生自身の練習の苦しみ、それでも弾かずにはいられない何か・・・それを生徒に如何に示すかということも大事なのではないかと僕は思います。

演奏として、どこかで生徒に示しているのならば、別に発表会でなんて先生は弾かなくてもいい。主役は生徒だし。

でも、演奏って弾いている人と、聴いている人があって成り立つという部分も大きい。だから演奏って大変なのね。でも生徒にだけその大変さを味わわせて、先生は「演奏しない人」というのはどうなのでしょうか?

ピアノって苦しい部分も多いです。フルタイムで仕事をしながらピアノを弾いていくのは、はっきり言って大変です。でも弾きたいんですね。何故なのだろう?

その「何故???」の部分を先生が演奏として生徒に示してくれたら・・・

kaz


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クラシックは即興をしてはいけないのか? 

 

クラシックの音楽は楽譜の再現、ジャズのように即興的な要素が重要になることは少なく(皆無で?)、ひたすら楽譜というものから忠実に音として再現していく。

アルカディ・ヴォロドスの記事を読む。

この人は、あまりにも超絶技巧が話題になることが多かった。たしかに、目の覚めるような技巧。そのような意味で、シフラを連想させる。演奏もだが、彼の編曲作品も、「超絶」というものが、あまりにも強調されているような気がする。ここもシフラを連想させるところだ。

編曲作品を自分のリサイタルで披露する(した)ピアニストに対して、一部では(多くの人が?)、音楽家ではなく技術屋とか、サーカス的な曲芸師などということを言う人がいる。

でも、昔は、ピアニストが編曲したり作曲したりすることが当たり前のことだったのだ。往年の巨匠たちは、皆、自分の編曲作品や、自作のピースを持っていた。いつ頃からなのだろう、作曲と演奏が完全分業になってしまったのは?現在では作曲家と演奏家とが分れてしまっているけれど、歴史的に考えると、現在の状況は、かなり普通ではないことのように思える。モーツァルトもショパンも作曲家であり、演奏家であったのだから・・・

現在の状況が、当たり前の状況なのではなく、むしろ即興的でクリエイティヴであったものが欠落している危機的な状況なのではないか?

「クラシックって堅苦しくてツマラナイ・・・」

これは、クラシック音楽そのものが堅苦しいのではなく、現代の主流の演奏が退屈ということなのではないだろうか?

ヴォロドスが尊敬するピアニストは、ラフマニノフ、コルトー、ホフマン、フリードマンなのだそうだ。このあたりの趣味の一致が、僕には嬉しいところだ。

「あとはギーゼキング、シュナーベル、ホロヴィッツも好きです」この発言も僕は嬉しい。ヴォロドスも「往年好み」だったのね・・・

ヴォロドスは、ホロヴィッツの編曲ものを弾いているけれど、楽譜から音楽を再現したのではなく、自分で聴音して弾いているのだそうだ。

ヴォロドス自身の編曲ものに関しても、「わたしは自分の編曲を楽譜に書いたことはありません。楽譜に書かない方が弾くたびに変えられますし・・・」と言っている。これは少し驚きだった。でも実はホロヴィッツの編曲作品も楽譜が存在していたわけではない。楽譜はダウンロードできるけれど、その楽譜は、誰かが聴きとって楽譜にしたものなのだ。ホロヴィッツ自身が楽譜に残したわけではない。(聴きとる人の執念、いや才能も凄いが・・・)

ヴォロドス作品も同じで、ダウンロードできる楽譜は、誰かが聴音して記譜したものなのだ。ヴォロドス自身は、即興的に変えて弾いたりしているのだ。本人は楽譜から弾いているのではない。

「昔のピアニストは皆そうでした。毎回違う演奏をしていた・・・」とヴォロドスは言う。

ヴォロドスは、最初は歌、合唱から音楽に入ったのだそうで、もちろんピアノも弾いていたけれど、本格的なピアノの勉強を始めたのは15歳頃なのだそうだ。これは、ピアノの演奏能力、ただ鍵盤を弾くという技術を幼少の頃から叩き上げることだけが大切なのではなく、幅広く音楽と触れ合う大切さを物語っているようにも思える。

「あまりに作曲と演奏とが分業になり過ぎてしまうと、作曲の意図を正しく伝えることが困難になるでしょう。コンクールの弊害ですが、審査員を満足させるための努力をしなければならなくなることです。往年の巨匠が現代のコンクールで入賞できるかどうかは分りません」 Arcadi Volodos




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理想の発表会とは?生徒の立場から・・・ 

 

昨日は発表会でした。僕の先生の発表会は、生徒が順番にソロを弾いていくという、ごく一般的な発表会です。連弾コーナーのようなものもなく、ただひたすら生徒がソロを弾いていく。

最近は、ソロを弾いているだけではない、いろいろな工夫のみられる発表会もあるみたいですね。生徒有志、あるいは全員で合唱したり合奏したり、中にはミュージカルをやったりとか・・・

僕は個人的には、発表会というものは、ソロで勝負・・・という古典的な発表会が好きです。指導する先生の音楽に対する考えが、もろにそこに出てくるから・・・

昨日の、というか僕の先生の発表会では毎回感じることですが、生徒の演奏に自発性が感じられるのが凄いと思います。表情豊かに、それも先生の指摘のまま・・・ということではなく、自分の演奏、自分の音楽として表現できている。

自分の先生の素晴らしさを、他の人(生徒)の演奏を通して再認識できる機会・・・それが生徒の立場からの理想の発表会。

いつも発表会は、3部構成で、1部が子供の生徒。普通に(?)小さい子供もいますが、中学生ぐらいの生徒までが1部で弾き終えてしまって、あとの部は大人の生徒ばかりになります。僕のような素人さんが多いのだと思うのですが、中にはピアノの先生をしている方も複数いらっしゃいます。

子供の部でも、自作の曲を弾いたりする生徒もいたりして、いいなと思いました。

ああ、僕も子供の頃に、今の先生に出逢っていたら・・・発表会の度にそのように思います。

僕の先生は、ホームページは存在しますが、あまり生徒募集ということを含めて、鼻息が荒く(?)はありません。コンクールにどんどん生徒を参加させて、その受賞歴を自分のホームページに誇らしげに掲載したりとかもしていません。レッスン室も外国製の高級ピアノが鎮座しているわけではありません。

でも、毎年生徒が増えている感じです。辞める生徒がいない感じです。

すべての生徒には可能性があります。でも才能豊かな生徒というものは全員ではない。これは先生も同じだと思いました。すべての先生に可能性はある。でも才能豊かな先生というものも全員ではない・・・

自分の演奏ですが、僕は終了したこと、自分の過去のこと(昨日ですが)に対しては、あまり興味というものがなく、つらつらと綴る気にはなりません。ただこれだけ・・・

「ピアノはエクスタシー!演奏はエクスタシー!」

kaz


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異端の中での異端は正しいのかもしれない 

 

かつて(今も?)ハイフィンガー奏法でバリバリと弾いていた日本で異端とされていた奏法がホロヴィッツの奏法。でも、世界的視野から考えると、日本の弾き方、つまりハイフィンガー奏法が実は異端だったわけで、そのことを考えると、なんだか哀しくなります。滑稽というか・・・

力のある人が(この場合は中村紘子さん)著書の中で問題提起をした感じになってから、我も我もとハイフィンガー弾圧・・・このような流れは好きではないです。力に群れているだけのような感じで・・・

そもそも、そんなに簡単に奏法というものは変えられるものではないような気がします。ハイフィンガーを否定しながらハイフィンガーで弾いているという人も多いのではないかな?

ホロヴィッツのような、あのロシアン・スクールの奏法を、ロシアに留学したからとか、そのようなことで簡単に身につけられるものでもないような気もします。

日本は、今でも世界から見れば、まだまだ異端なのかも?

コンクールの場でそれを強く感じます。日本の中での優等生が生き残る。でも日本の中での「正統」というもの、それが異端の中での正統であったら?

ケマル・ゲキチの演奏は、それらのことから完全にフリーであるような気がします。そこが好き・・・

「まず、ピアノを・・・ということではなく、音楽を学んで欲しい。明らかにどんな音楽も人間の声に関連しています。ピアノだけを勉強するということは絶対にしないで欲しい」  ケマル・ゲキチ




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category: ピアニスト ベスト10 2013下半期

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