ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

永遠の青年 

 

シャルル・トレネと言えば、ピアノを弾く人ならば、ワイセンベルクがトレネのシャンソンを編曲してアムランが弾いている演奏を思い浮かべるのではないでしょうか?

トレネは「歌う狂人」とか「歌う道化師」などと言われていましたが、これは、彼が兵役時代に無断で夜間外出をして、奇妙な恰好で町のホテルに出没して、歌っていたことに由来しているらしいです。当然規則違反となり、禁固刑になることも多かったようなのですが、その時に彼は、作詞と作曲に精を出していたみたいですね。本当に歌が好きだったんですね。

トレネは一度現役から退きます。「青春の行き着く先は老廃。身を引くのは充実している間にするのが望ましい」とは、その時のトレネの言葉です。

でも、トレネは復帰します。なんと、74歳での現役復帰です。

その時には、こう語りました。「アーティストがステージを降りるのは観客に見放された時である!」

85歳の時に脳梗塞を患い歩行困難となりますが、最後の舞台の数日前、彼はこのように言っています。

「私のショーに来ていただいた人は、私の葬儀は欠席していいですからね・・・」

曲は、彼の代表作、「詩人の魂」です。トレネもまた、永遠の青年であったように思えます。

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She・・・85歳の青年 

 

映画「ノッティングヒルの恋人」・・・観ました。映画館ではなかったけれど・・・

この映画の主題歌「She」ですが、エルヴィス・コステロが歌っていました。この曲がカバーであるということは知っていましたが、シャルル・アズナヴールが昔に歌い、書いた曲であるということは最近まで知りませんでした。イギリスのテレビドラマのためにアズナヴールが書いた曲みたいですね。

年齢を言い訳にすることが最近多くなったような気がします。「もう若くはないんだから・・・」と。でも、これは自分に対しての言い訳でもあったような気がしています。「どうせ・・・」と思えば先に進まなくてもよくなる。

僕は、ピアノのレッスンでも、弾く前に言い訳をします。「まだ練習不足で・・・」「まだ弾けていなくて・・・」「前回と変わらないと思うのですが・・・」何か必ず言い訳をしてから弾きはじめる。

アズナヴールの曲はメロディーが美しいと思います。特にこの「She」は美しいです。最近は、クラシックの曲でもそうだけれど、美しいメロディーが、あまり生まれないなぁ・・・なんて「She」と聴くと感じたりもします。

シャルル・アズナヴール・・・大正13年生まれなのですね。今年の誕生日で89歳になります。でも、現在でもアズナヴールは恋をしているのではないか・・・そんな気もしています。

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ラ・ボエーム・・・85歳の青年 

 

もう若くはないと自分のことを言う。失ったものを懐かしく思う。若い頃は良かったと軽々しく言う。

シャルル・アズナヴール・・・シャトレ劇場でのリサイタル。この時アズナヴール85歳。

僕は、彼が詩を書き、曲を書いた「ラ・ボエーム」という曲が好きだ。とても好きだ。自分の85歳なんて、想像ができない。静かに茶でも飲んでいるのだろうか・・・

アズナヴールは若い。とても老人だなんて言えない。男性としての艶がある。フランス人だからだろうか?「ラ・ボエーム」は語りの多いシャンソンだから、詩を載せてみた。大まかなものだけれど・・・

「ラ・ボエーム」  シャルル・アズナヴール

君たちに昔話をしよう。20歳以下の若者には理解できない話だろう。
モンマルトルではライラックの枝の先が僕らのアパートの窓にまで届いていた。
僕らの愛の巣。そこで僕らは知り合った。

ラ・ボエーム ラ・ボエーム
僕らは幸せだったってことだ。

有名になりたくて、そして貧乏で、腹をすかしていて、でも僕らは夢を信じつづけていた。
おいしいものを食べるため、僕らは一枚の油絵を金に換えた。
僕らはストーブのそばに寄り添い冬の寒さは忘れてしまっていた。

ラ・ボエーム ラ・ボエーム
僕らは生きていることを愛していた。そして時代の夢を生きていた。

ある日散歩に出かけてみた。
僕の青春を見下ろしていた街は無くなってしまっていた。
僕は昔のアトリエを探した。面影は何も残っていなかった。
モンマルトルは哀しそうだった。ライラックの葉は枯れていた。

ラ・ボエーム ラ・ボエーム
僕らは若かった。夢中だった。

ラ・ボエーム ラ・ボエーム
もう何も言うことはない・・・

かなり省略した訳だけれど、大筋はこんな感じだ。センチメンタルな詩なのかもしれないけれど、僕は好きだ。自分自身がセンチメンタルということなのだろうか?それでもいいじゃないか・・・

僕は、アズナヴールの約半分の人生しか歩んでいない。また人生を謳歌すればいいじゃないか。60歳で、また恋愛をすればいいじゃないか。70歳で、また死ぬほど人を好きになればいいじゃないか・・・

アズナヴールのように・・・

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続 スケート人気に寄せて 

 

「佐々木選手・・・ご存じですか?」

もしかしたら、ご存じではないかもしれないなどと思い、佐々木選手の演技を紹介したいと思います。佐々木彰生選手です。数年前から、この選手の演技には惹かれていました。それ以来、「今年の彰生は?」なんていう感じで、影ながら応援していました。

表現力が豊かな滑りで、そこが好きです。

映像は、2012年の全日本選手権でのショート・プログラムです。このショートは7位だったんですね。総合成績では佐々木選手は8位だったと思います。

うーん・・・7位ねぇ・・・

「これからも頑張れ!彰生!」

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スケート人気に寄せて 

 

現在のシングルでの日本人選手の層は、昔とは比較にならないほど厚いものとなっているような気がします。以前にも、メダリストは存在しましたが、その選手に、ひたすら頑張っていただく・・・という感じもありました。でも、現在は、日本代表の誰が世界選手権、オリンピックで金メダルを獲得するだろう・・・という状態にさえなっています。

日本で昔(85年)に世界選手権が開催された時には、僕も会場で観戦したのですが、チケット入手は容易であったと記憶しています。現在では、全日本選手権でさえ会場で観戦すること、チケットを入手することは困難な状況になっています。昔なら信じられない現象です。昔は全日本など、会場はガラガラ・・・なんていうことも普通にありましたから。

でも、特にテレビで試合を観戦していて最近思うのですが、どうも有力選手・スター選手ばかりに光が当たりすぎという気もしていて、少し残念です。上位選手だけではなく、得点としては今一つ伸びないけれど、とても素晴らしい選手も存在するので、特定の選手ばかり・・・ではなく競技として、もっと大きな意味での人気が出るといいのかな、なんて思ったりもします。たとえば、男子シングルの佐々木選手とか、僕は好きですねぇ!ご存知ですか、佐々木選手?

現在のスター選手が引退をしてしまうと、フィギュア人気もサーッと下火になってしまうような気もして怖いです。

成績としては、ジャンプの失敗が目立ったり、ジャンプの難易度が低かったりして、上位の成績を残さなかった選手の中にも素晴らしい選手は沢山いました。そのような一般的には、有名ではないかもしれない選手、でもスケート関係者の間では、とても有名な選手を紹介したいと思います。

90年代前半に活躍したスイスのナタリー・クリーグ選手です。当時の女子シングルの基準を考えれば、トリプルジャンプが2種類というクリーグ選手は、特に技術点で抑えられてしまうのも仕方がない面もあるのですが、でもご覧いただければ分るように、スピンが見事です。スイスの選手は、女子も男子もスピンが綺麗です。不思議です。その中でも、このクリーグ選手は群を抜いています。普通は、ビールマンなどの変形スピンは減速してしまうのですが、彼女のスピンは、それがありません。どうやっているんだろう?

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名声と差別 

 

今日は、アメリカのコントラルト、マリアン・アンダーソンの誕生日です。彼女は非常に貧しい家庭に生まれました。教会の信者が集めた寄付金によって、彼女は声楽を学ぶことができたのですが、アフリカ系アメリカ人だったため、差別と偏見から、彼女は音楽学校に入学することは許されませんでした。

歌手として、名声を博していくわけですが、その道のりは、差別との戦いでもありました。実際に、彼女の肌の色が理由で、演奏会が妨害される・・・といったこともあったようです。

アンダーソンは、アフリカ系アメリカ人として、初めてニューヨークのメトロポリタン歌劇場の舞台に立った歌手でもあります。差別や偏見と戦い続け、ついに栄光を勝ち取ったと考えることも可能ですが、でも彼女がメトの舞台に立ったのは、57歳の時です。この事実は、栄光と同時に、彼女の歌手としての人生が、戦いでもあったことを物語っているような気がします。

「人を押さえつけている限り、相手を押さえる手を緩めない限り、あなたは飛翔することはできない」 マリアン・アンダーソン

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先生探しの旅 

 

ピアノを再開してから、しばらくの間は一人で弾いていましたが、やはり先生に習う必要性を強く感じました。子供の頃は、親が教室を探した、というか、近所にピアノ教室があったので、気が付いたらピアノを習っていたという感じでしたが、大人の再開組にカテゴライズされる、それも中年男の自分にとっては、近所の教室に飛び込み・・・というのは、躊躇するところがありました。

その頃に読んだ本で、ピアノの先生の探し方を説明した本がありました。その本によりますと、まずは教室の発表会を聴きに行くこととありました。これは納得できます。生徒の演奏を聴けば、どのような先生なのかは想像がつきやすいような気がします。でも、実際に「この発表会はいいな!生徒も上手だし伸び伸びと弾いているな!」という発表会には、巡り会えませんでした。・・・というより、そんなに発表会に足を運ぶこと自体に無理がありますし、この方法だと、先生に巡り会うまでに何年もかかってしまうような気もします。「先生探しの旅にでて、はや5年です・・・」なんていうことにもなりそうです。

その本には「やはりピアノの先生の評判というものがあり、口コミで生徒が集まる先生はいい先生です。近所の人やピアノを習っている子供の保護者に聞いてみましょう」ともありましたが、僕は近所づきあいも皆無ですし、公園で「あらぁ・・・奥さま・・・」などという会話も日常的には皆無です。

ネットで検索してみる方法もあります・・・と、その本にあったのですが、「そうか!」と納得するよりは、「それしかないだろう?」と感じたのが正直なところです。

インターネットを活用する方法に決めました。各先生のホームページなどを熱心に読むようになりました。せっかく連絡しても「男性の方はお断りしています!」と言われてしまうこともあり、「ならば、最初からそのように記載しておけ!」などと思ったりもしました。ピアノのレッスンは密室になるでしょうから、断る理由は理解できますが、やはり、断るのであれば、書いておいて欲しいです。

最初に、実際のレッスンに言ったのは、ネットで探した女性の先生でした。でも、最初のレッスンで、「あなた、コンペ受けなさい!」と仰り、いきなり要項を出してきて、「このコンクールの課題曲はこうで、こちらのは・・・」となってしまったので、結局その先生はお断りしてしまいました。断る理由としては「僕のような者には、やはり先生のような本格的なレッスンは無理のような気がしまして・・・」と言った記憶があります。

「体験レッスン」というものも経験したことがあります。その先生のホームページには謝礼についての情報が記載されていなかったので、一抹の不安はあったのですが、体験レッスンなのだから・・・ということでお伺いしました。そして謝礼が、「家賃か?」と思うほどの高額だったので、お断りしました。僕としては、体験レッスンというものは無料であるという認識があったのですが、「今日はお聴きしただけだから1でいいわ」と言われビックリしました。「イチ?」・・・10000円をお支払しました。「カードでもいいですか?」と言おうと思いましたが、一応僕も大人なので、止めておきました。でも、これは一般的なことなのでしょうか?

「なんだか上手くいかないな・・・」

その理由を自分なりに考えてみる必要性があると感じました。なにがいけないのか?

少し(かなり?)自分が焦っているのではないか・・・そのように思いました。そして、情報を丹念に探して吟味することが少なかったということを感じました。自分が、どのようなピアノの先生を求めているのかが、自分自身で、整理されていないことが問題なのかもしれない。そのように思いました。不景気な時代に就職活動をしている学生のような気持ちで、ピアノの先生を探している自分というものにも気がつきました。どこかで「こんな私でもよければ、クラスに入れさせてください」とでもいうような気持ち・・・

まずは、傲慢かもしれませんが、「こんな私でもよければ・・・」とは考えないことにしました。あくまでも、自分自身の希望というものを、優先しよう・・・そして自分の希望を受け入れてくれる先生を見つけよう、そのように思いました。そこで自分なりの「自分にとっての理想の先生」というものを考えてみることにしました。

・・・たぶん、続編あり

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category: 履歴書

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昭和の匂い 

 

今のピアノを習っている子供たちは、とても忙しいそうです。なので、レッスン日の変更などが、とても難しいとか・・・進級の時期の年度末とか年度初めは、ピアノの先生は新しいスケジュール作りにとても苦労するらしいです。

今の子供・・・だけではなく、昔の子供も忙しかったと思います。僕が少年の頃は、ちょうど高度経済成長期だったし、ピアノのお稽古というものが、庶民に広がった時期でもあったので、ピアノを習っている子が沢山いました。ピアノだけではなく、その他のお稽古事も花盛りの時期であったように記憶しています。

月曜日は、習字とそろばん、火曜日は塾とピアノ、水曜日は・・・

お稽古事と無関係だった子供は、当時は、かなり珍しい存在であったのではないでしょうか?

現在のピアノ教室では、考えられないことだと思うけれど、当時はレッスンが時間がルーズというか、学校が終わってピアノのレッスンに行っても、約束の時間にレッスンが始まったことが少なかったような気がします。なので、生徒は、自分の番になるまで、他の子のレッスンを聴いていることになります。

「あと3人で自分の番・・・今日は早く終わるかも・・・」
「どうしよう…先に習字に行ってこようかな?」
「あら?A子ちゃんは?」と先生・・・「さっき、習字に行っちゃいましたぁ・・・」
「まぁ!じゃあ、B子ちゃん、先にどうぞ・・・」

レッスン室は、待合室と化して、マンガ本なども揃っていたと記憶しています。

レッスンの時間まで待つのは辛かったのですが、でも自分より進んでいる子(ほとんどの子がそうでしたが)が弾くのを聴いて、その曲を覚えてしまい、「よし、この曲の練習は終わりだな」と勝手に自分で納得してしまったりもしました。いけないですねぇ・・・

昔の子供は、とても忙しかった・・・そう思います。

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category: 未分類

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ユジャ・ワンの「ヴォカリーズ」 

 

いろいろとコチシュ編曲の「ヴォカリーズ」を聴きましたが、やはり僕はユジャ・ワンの演奏が最も、しっくり感じました。やはり、それは最後のオブリガートを大切に浮き立たせ、かつ右手の主旋律と細かなキラキラした音型をも同時に再現できているから・・・

美しい演奏は、たくさんあったのですが、やはりオブリガートが聴こえないとか、埋もれているオブリガートを完全に和音として演奏者が感じてしまっているとか、原曲と比較して聴いてしまうと、やはりそこのところが、物足りなく感じてしまうのです。原曲を知らなければ、そのような演奏でも充分に美しいと感じる可能性はあると思います。

コチシュの編曲は、全体としては、派手さが少なく、とてもシンプルな感じなのですが、最後の部分で、そのヴィルトゥオジティが発揮されているのが特徴なのだと思います。

「弾けるものなら弾いてみろ!」とでも言っているかのように、難しい右手のキラキラしたパッセージ。「出せるものなら出してみろ!」と、これまた言っているかのように、浮き出させにくいように書かれている(ようにも感じる)左手での隠れたオブリガート・・・

でも、とても美しい・・・

ユジャ・ワンのコチシュ版「ヴォカリーズ」です。この演奏、彼女が、まだ学生の時の、おそらく学内でのリサイタルでの演奏みたいですね。アンコールとして演奏されているので、リピートが省略されてしまっているのですが、とても素晴らしい演奏のように思えます。

それにしても、彼女の演奏を聴くと「成熟」とは何だろう・・・なんて考えてしまったりもします。

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category: ピアニスト

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「ヴォカリーズ」コチシュ編の苦い思い出 

 

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」ですが、様々な楽器に編曲され演奏されています。美しいメロディーですからね。ピアノ・バージョンも勿論美しいです。ゾルタン・コチシュの編曲とアール・ワイルドの編曲のものが、よく演奏されているような気がします。現在は、アール・ワイルド版を練習していますが、昨年コチシュ版を弾きました。このコチシュ版は、曲の最後で、初めのメロディーが、高音部のキラキラした細かな音符と共に演奏されるのですが、この部分が最高に美しく、そして最高に演奏の困難な場所でもあります。

でも、ただ一つ、物足りない・・・というか不満がありました。原曲にあるここの部分のオブリガートのメロディーが浮き出ないのです。一応、オブリガートも存在しているのですが、左手の内声やら低声に織り込まれていて、浮き出させることが非常に困難。

「ここは、主旋律と高音部のキラキラの飾りで聴かせるところと解釈しよう・・・うん、そうしよう!」

でも、原曲の声楽バージョンでは、そのオブリガートが実に美しいのも事実。

「原曲は知らなかったこと、聴かなかったことにしよう・・・うん、そうしよう!」

ピアニストは、ここの部分をどのように処理しているのか興味があり、コチシュ版で演奏されているCDを聴いてみました。

「オブリガートは無視?」

そのような演奏が多かったです。でも、それでも主旋律とキラキラだけでも充分に美しい曲ではあるのです。

「ピアニストも処理に苦労している場所だし・・・別にオブリガートのことは考えなくてもいいのでは?・・・うん、いいことにしよう!」

そしてレッスン。「この楽譜、オブリガートが聴こえないんですよねぇ・・・」先生は明らかに不満な様子!

「どうにかならないですかね?仕方ないですかねぇ?」先生の不満は続く!

やはり、原曲を知っていれば、気になるでしょう。僕も気になります。

でも、「ピアニストも苦労する場所・・・というか無視してしまっている場所だしぃ・・・」この軟弱な考えで弾いてしまいました。いけなかったですね・・・

自分がこの曲を弾いたあと、コチシュ版で、オブリガートを実に美しく響かせているピアニストの演奏を知りました。まだ若いユジャ・ワンの演奏です。高音部のキラキラを絶妙に音量セーブして、オブリガートに聴き手の意識を集めることができている。でも、これは相当に困難なはず。まず、右手のキラキラのパッセージが崩壊する危険性が高くなる・・・

僕が聴いたコチシュ版で、オブリガートの問題をクリアできていたのは、ユジャ・ワンだけだったと思います。彼女が、若いながら、何故あれだけ人気があるのか、その理由が理解できたような気が、その時しました。

そして、自分の軟弱さを思い知りました。でも、仕方なかったんですよねぇ・・・

この問題のオブリガート、ワイルド版ではきちんと無理なく浮き出るように編曲されています。でも、ワイルド版は、その他の部分が難しすぎるんですよねぇ・・・

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category: ピアノ雑感

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秘曲 5 ペナリオ「皇帝円舞曲」 

 

ヨハン・シュトラウス2世の音楽に基づいたピアノのパラフレーズは、とても多いのですが、例外なく、どの曲も難しいですね。名ピアニストが、自分用に書いたのでしょうか、技術的にはとても難渋な曲が多いような気がします。

レナード・ペナリオの「皇帝円舞曲」も、弾いたことはありませんが、楽譜を見ると、やはり難しそうです。でも、この曲は、他のピアニストのパラフレーズ物と、少し雰囲気が異なるような気もします。

ウィーン情緒・・・というよりは、ホテルのラウンジの雰囲気。ピアノも黒光りするピアノよりは、どことなく白いピアノが似合うような、そんな編曲。

・・・と感じるのは、僕の偏見でしょうか?

ペナリオは、アメリカのピアニストです。ラフマニノフのピアノ協奏曲全集をラフマニノフ本人に次いで2番目に録音をした人でもあります。たしか、12歳くらいの時に、グリーグのピアノ協奏曲を弾いてデビューするのですが、この時、準備期間が1週間しかなかったとか・・・

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category: 秘曲

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無常 

 

「明日という日はないかもしれない・・・」なんて言っておきながら、実に怠惰な毎日を送っております。どこかネジが緩んで甘くなっている感じでしょうか?緩みすぎると、慌ててネジを締め直します。これは無意識なようであり、意識的行動のようでもあるのですが、僕は、そのような時には、若くして亡くなった演奏家のCDを聴くことが多くなります。

この行動は、僕の「病」というもの、将来の不確実性というものと関係しているものと思われます。でも、生きている人の将来は、皆不確実なものなんですよね。僕だけではない・・・

ルーマニアのピアニストに、ミハエラ・ウルスレアサという人がいました。天才少女として日本にも来日したと記憶しています。僕が、このピアニストの名前を憶えていたのは、とても変わった名前だなぁ・・・と感じたからでした。

「天才少女」とか「天才少年」の、その後の順調な成長というものは、難しいものがあるようです。でも、時が経ち、ウルスレアサがクララ・ハスキル国際コンクールで優勝したことを知りました。彼女の演奏は聴いたことがなかったのですが、なんだか、とても嬉しかったのを覚えています。

「順調に成長したんだ!」「大人のピアニストに成長したんだ!」

彼女は、実は、その時16歳で、非常に若かったのですが、「難しい時は切り抜けたんだ」と僕は感じたのです。その後も、室内楽などでも活躍し始めて、派手ではないながらも、順調にピアニストとして成長しているように見えました。

僕は、昨年の暮れに、その年の夏に彼女が亡くなったのを知りました。この時は、とても衝撃を受けました。ピアノに関しては、しばらく何も手がつけられないほどの、ショックを受けました。おそらく、僕自身は、彼女がピアニストとしての人生を飛翔しているものと思い込んでいたので、ショックも大きかったのだと思います。

人生そのものが、人間にとっては試練・・・というところはあるかと思いますが、でも試練と感じ、それを受け取ることは、生きていれば可能です。彼女の訃報に「無常」というものを感じました。でもそれも「人生」なのだというのも事実であり、そのことが、辛いです。

彼女は、ウィーンで勉強して、その後もウィーンに住んでいたのですが、ウィーンの自宅で一人亡くなっているのを発見されたそうです。33歳でした。

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ブランク想定のピアノ計画 

 

病からの生還がピアノ再開の、きっかけとなったことは前に書きました。そして、やはりピアノを弾いて良かったと思いました。充実したピアノライフだと自分なりに感じていましたが、その後再び、同じ病の攻撃を受けました。正直この時は、自分の世界が崩壊したと感じました。病室の天井を眺めながら、「もう僕は終わりかもしれない・・・」そう思いました。

しかしながら、しぶとい僕は、再度ピアノを弾く生活に戻りました。本当に嬉しかったです。でも、現実を直視すると、病の初めの攻撃から、再度の攻撃までの期間、そして病の進行状態というものを冷静に受けとめた時には、さらに再びの攻撃を受ける可能性は非常に高いと考えられます。それは、1年後かもしれないし、運よく10年後かもしれません。でも、明日かもしれない・・・

楽観的にはなれません。データが物語っていますから。

昨年までは、実はピアノというものは、自分の中での優先順位としては最下位にありました。「もし、自分がいなくなったら・・・」このように考え、職場、家族、その他周囲に、できるだけ迷惑のかからないように、準備をする必要性があったからです。ピアノは練習したし、人前でも演奏したけれど、優先順位としては下になりました。

同じサークルのメンバーで、かなり先に弾く予定の曲まで計画し練習をしている人がいます。僕は、その時に弾きたい曲を弾くという短期集中型だったので、この計画性に満ちたピアノライフの形は自分には無理だと思っていました。

「年齢を重ねると、自分のことだけではなくても、色々と起こるものだし、ピアノが弾ける日常というものがとても貴重。だからこそ弾ける時に練習をしておいて、万が一、練習できない期間が長くあったとしても、できるだけスムーズにピアノライフに復帰できるように、先の曲まで決めて練習している・・・」その人は言いました。

実は、この計画性というものが、僕に最も欠けているということは気づいていました。特に僕のような状況の人間には必要な要素であるとも感じていました。

たとえば、11月に予定している曲ですが、今までの僕であれば、呑気に考えて譜読みはしていなかったでしょう。「まだ2月だし・・・」「曲に新鮮味も無くなるし・・・」このように考えていたと思います。でも、僕は11月までに再度、病の攻撃を受ける可能性は残念ながらあるわけです。もし入院ということになり、退院が10月という可能性もあるわけです。そこで自分なりにルールを決め、実行することにしました。今年の僕の目標でもあります。

「半月で準備できる状態、半月で人前で演奏できる状態まで今年弾く予定の曲を、計画性を持ちながら準備していこう・・・そしてその状態にまで、できるだけ早く持っていこう・・・」

現在、僕が抱えている曲は、7曲あります。この7曲を、この目標に合わせていくわけです。暗譜でスラスラ・・・ではなくても、半月あれば、そのような状態になるというところまで、早めに準備をしよう・・・

しかしながら、現実には、3月に弾く曲で精一杯で、他の曲は放置状態となっています。これではいけないわけです。非常に、今が苦しい時だと思っています。

もし、再び病と遭遇することになったら、僕の最大の敵は「病」ということになりますが、それまでは「怠慢な自分」というものが、最大の敵となる・・・そのように思っています。

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愛好家と学習者の狭間 

 

僕は長いこと音楽を聴くだけの愛好家としての人生を送ってきました。ピアノ学習者としての人生は浅いものです。しかしながら、自分でピアノを弾くようになると、愛好家だけの身分の時には悩まなかったことについて考えてしまうこともあります。

そのひとつが、楽譜に忠実に・・・という問題です。

もちろん、作曲者がフォルテと書いているのに、演奏者が「今日の私の気分はピアノなの・・・」と勝手気ままに演奏してはいけないのだということは理解できます。作曲者の意図というものの大切さを考えれば、原典版を使用しなければならない理由も理解できますし・・・

昔のピアニストの演奏は、とても主観的と言う人がいます。愛好家として、彼らの演奏を聴くと、個人的には主観的というよりは、ファンタジーに溢れた大変に魅力的な演奏と感じます。でも、印刷された楽譜に忠実とはいえない演奏と言われてしまうのも、なんとなく理解はできます。愛好家ならば、自分で、その演奏が素敵だな・・・と思えれば幸せなのですが、学習者としては、考えこんでしまうのです。

たとえば、ショパンの作品ですが、楽譜に忠実・・・たとえばエキエル版に印刷されているように弾くということが重要なのでしょうか?違いますよね?ショパンの意図を考えるという意味でエキエル版を使用するわけですよね?

最新の研究の成果と言われていて権威のあるエキエル版ですが、そのエキエル版の楽譜にはヴァリアンテが書かれていることがあります。・・・ということは、ショパンは、ヴァリアンテをつけて演奏していた可能性が高いということだと思います。これは、文献などを読んでも、理解できるところです。ショパン自身、というか、その時代の人はとても即興性のある演奏をしていたらしいですから・・・

とすると、楽譜に忠実=作曲者の意図=即興性という図式が完成します。エキエル版を使用すればいい・・・という単純な問題ではなく、ショパンの意図でもある即興性というものを含んで考える必要性も出てくるような気がします。

ショパンの生きていた時代は、現在の感覚の演奏よりは、はるかに即興性に富んだ演奏をしていた可能性があります。ここで、客観的な演奏という意味になりますが、客観的演奏というものが、即興性というものも含んだ当時の演奏スタイルということをも、考えなければならないということになりますと、ただ印刷された楽譜を書かれたように弾くだけというのは、反対にとても主観的な行為となります。現代の感覚というものに頼りすぎた主観性とでも言ったらいいのでしょうか?

昔のピアニストの演奏は、勝手気ままな主観的な演奏なのでしょうか?もちろん、そのような演奏も多かったのかもしれませんが、でも現代のピアニストよりも客観的な演奏であるという考えもあっていいのかもしれません。即興性というものを考えるならば・・・

ラウル・コチャルスキのショパンのノクターンです。愛好家として聴くと、この演奏は、とても素晴らしくて、僕のツボです・・・なんて思うわけです。そして、愛好家ならば、そこで完結していいわけです。「素敵だな!」と感じることができれば幸せですから。でも、学習者としてコチャルスキを聴くと、非常に、色々なことを考えさせられます。ちなみに、コチャルスキは、ショパンの弟子であった、カール・ミクリの弟子です。あの「ミクリ版」のミクリです。ショパンの孫弟子によるショパンの演奏ということになるわけですが、この演奏、勝手気ままな主観的な演奏なのでしょうか?

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category: ピアノ雑感

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あきらめない・・・絶対にあきらめない! その2 

 

井上怜奈というスケート選手をご存じでしょうか?彼女は全日本選手権でシングルでも2位になり、シングルでリレハンメル・オリンピックに出場しました。2006年には、アメリカのペア代表としてトリノ・オリンピックにも出場した選手です。

スケート関係者の間では、彼女自身はもちろんですが、彼女が壮絶な人生を送ったことは、とても有名です。彼女は決して人生を、あきらめなかった人です。どこにその強さが潜んでいるのか、人間というものは、そこまで強くなれるのか・・・

決して、あきらめないこと、そして愛を信じること・・・簡単な事のようですが、これほど困難なことは、この世に存在しないのかもしれません。

少し前の動画ですが、彼女について紹介した動画を貼り付けておきます。

そして、動画のその後・・・ですが、ジョンは自動車販売業を営んでいるようですね。二人はカリフォルニアで幸せに暮らしているようです。いや、二人ではなかったですね。愛娘、リリアナ・ミヤビ・ボールドウィンと暮らしていますから・・・

「あきらめないこと」「無償の愛を信じること」・・・できるだろうか?

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ピアノ履歴書 4 

 

これまでに複数の方から、僕が今までに、どのような曲を弾いてきたのか知りたいという問い合わせがありましたので、ピアノ再開後、人前で暗譜で弾いた曲を書き出してみました。

モーツァルト 「ソナタ K.332」
ショパン  「舟歌」 「バラード 第4番」
リスト    「ラ・カンパネラ」「ペトラルカのソネット 104・123」「リゴレット・パラフレーズ」
グラナドス   「ゴイェスカス」より 「嘆き、またはマハとナイチンゲール」「愛と死」
ホアキン・ラレグラ   「ビバ ナバラ!」
ラフマニノフ~コチシュ編  「ヴォカリーズ」
バラキレフ  「イスラメイ」
J・シュトラウス~ドホナーニ編  「宝石のワルツ」
モリッツ・ローゼンタール  「ウィーンの謝肉祭」
カールマン~ハフ編  「初めての口づけも知らずに」
ラヴェル   「ラ・ヴァルス」

このように書き出してみますと、いかにも「ピアノピアノ」した曲を選んでいますね。派手な曲というか・・・

あとは、ちょっと変わった曲が多いでしょうか?これは僕が昔のピアニストの演奏が好きであるということと関係があるかと思います。歌好きという僕の嗜好も選曲に反映されています。「ペトラルカのソネット」「リゴレット・パラフレーズ」は、ピアノ曲としてというよりも、原曲の魅力に惹かれ、ピアノで弾いてみたという感じです。

シューベルト・シューマン・ブラームスに関しては、ピアノ曲よりも歌曲の方が100倍くらい好きですかねぇ・・・将来はピアノ曲も弾きたいと思う可能性はあります。

でも、たとえば、このようなシューベルトの魅力的な歌曲を聴いていると、「ピアノ曲は弾かなくてもいいかな・・・」なんて思ってしまうのです。スゼーの歌う「鱒」ですね。「なぜシューベルトなのに、スゼー?」と感じる方も多いかもしれませんが、僕、スゼー好きなんです。

やはり、今後も選曲は「ピアノピアノ」してしまうかもしれませんねぇ・・・

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脱ザッピング主義 

 

ユーチューブは本当に便利だ。自分が東京に住んでいると、そのフロア全体が輸入盤のクラシックとか、中古CDのクラシックのフロアといったショップも存在するので、全国各地も同様と、どこかで思ってしまうけれど、これは大都市だけのことのように思える。地方に住んでいたりすれば、クラシックのCDなんて売り場の片隅にひっそりと存在するなんていうことの方が普通なのではないだろうか?

CDを購入することそのものはネットで可能だけれど、そしてサンプル音源があることも多いけれど、でもユーチューブであれば、複数の演奏や曲の検索も可能。クリック一つで、膨大な量の情報に接することができる。

たしかに便利。でも、ユーチューブにはアマチュアの演奏なども含まれていて、それは素晴らしいことのように思うけれど、そのことは「演奏の質」という点において、利用・視聴する側の選択の美意識のようなものも必要になってくる。

例えば、素人の未熟な演奏でも、「どんな曲かしら?」という観点で聴いてしまうこともある。「ふーん・・・こういう曲なんだぁ・・・」あるいは、ピアニストの演奏でも、簡単に比較することが可能なので、ややもすると、「ここはこのように弾いているのね・・・」という観点のみで聴いてしまう。

その演奏を味わう、その演奏の傑出した素晴らしさを、じっくりと味わうという楽しみというよりは、「情報」としてその演奏に接してしまう危険性もある。

ピアノは、練習することも大切だけれども、偉大な演奏に接して、そして涙を流しながら、感動を積み重ねて熟成させていく経験も大切なことのように僕は思う。ピアノは、特に音符の数が多く楽譜も複雑で、そして「弾く」という行為も、多分に運動性に富んでいるので、「いかに弾きこなすか・・・」ということに専念してしまいがちなところがあるように思う。

本来は、「その曲をいかに弾くか?」ということよりも「その曲や演奏に何故心を奪われたのだろう?」ということへの無意識の追求が重要であるように思う。どれだけ自分が感動したかが大切であるように思う。その感動体験そのものが、演奏につながっていく・・・

「これもいいね!」「こういう弾き方もあるのね!」「こういう曲だったんだぁ!」

次々にクリックして、どんどんパソコンで音楽や演奏を聴いていく。まるでザッピング状態・・・

たしかに便利・・・本当に便利・・・

でも便利なだけでいいのかというと、そこは疑問。ユーチューブそのものではなく、利用する側の意識の問題なのかもしれない。

「私は、音楽・演奏を聴いて涙が出るほど感動したことがあるだろうか?」「演奏を聴いて身動きができないほどの衝撃を受けたことがあるだろうか?」

一度、自分自身に問いかけてみる価値はある・・・

kaz


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category: ピアノ雑感

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ピアノ履歴書 3 

 

ピアノを再開しようと決心したのは、病からの生還という体験からだということは以前に書きました。この体験は、再開のきっかけだけではなく、僕のピアノライフそのものにも影響を与えているような気がします。同じ体験をした多くの人と同じように、僕も人生の再構築を行いました。その結果がピアノの再開と結びついたわけですが、具体的には、「あと半年の命だとしたら自分は何をしたいのだろう?」と考え、実際に紙に書き出してみました。「半年」「1年」「2年」「5年」「10年」・・・と期間ごとに、自分のやりたいこと、やらなかったら後悔するであろうことを書き出していきました。短い期間で、考えている時には、結構自分は食べ物への執着が大きいのだということが分り、笑ってしまいました。「かつて秋田のあの店で食べた、きりたんぽ鍋をもう一度食べたい」とか・・・

しかし、「1年」とか「2年」という長い期間というものを考えるようになると、さすがに食べ物ではなく、人生の本質に関わる「本当はやりたかったこと・・・」というものが見えてきました。それが、僕の場合はピアノであったわけです。「聴くだけではなく、自分でも弾いてみたい・・・」心の底からそう思いました。

僕は、そのピアノ歴からすると、身分不相応な難曲や名曲を弾いているという自覚があります。難曲好きでチャレンジが好きなわけではなく、基本的に「その時に弾きたい曲」を選曲しています。この自分の選曲方法も、「後で後悔したくない!」という僕の思いと結びついています。

「身の丈に合った曲」・・・そのようには、僕は選曲の際には、考えないです。僕の考えは、アマチュアならではの、無知、無謀さ、甘さなのかもしれません。本当は、段階をふんで、ピアノも取り組んだほうがいいのかもしれません。でも、僕は自分の弾きたい曲を弾きます。もし、僕の命が、あと20年とか保障されているのであったら、僕は喜んで基礎からピアノをやり直したいです。それがたとえ「バイエル」を弾くことであっても・・・

新聞の人物死亡欄を毎日熟読するという人がいます。僕は、そのようなことはしませんが、自分の行動で、それと同じことかな・・・と思うのは、若くして亡くなった演奏家の演奏を聴くことです。生活が軌道に乗ると、かつての決意はどこへやら・・・という感じで、どうしても自分に甘くなっていきます。それは、生活の正常化ということでもあるのですが、つい「命の有限性」というものを忘れがちになってしまう。怠慢になっているのですね。

バスティアニーニやヴンダーリヒ、ピアニストであれば、リパッティやカペル、エゴロフ・・・彼らの演奏は、演奏そのものの素晴らしさと共に、僕には、「初心」への回帰という効果があります。正直、彼らの演奏を聴くことは辛いことも多いのですが、でも僕は聴き続けていくと思います。

現在は、ヴンダーリヒを聴きたい気分の日が多いです。彼は、やはり「ドイツ歌曲」という僕の思い込みから、ララの「グラナダ」のようなタイプの曲は、これまで長いこと聴きませんでした。ヴンダーリヒだからドイツ語で歌っているだろうし・・・

でも、やはり聴いて良かった。ドイツ語による「グラナダ」もいいものですね。ヴンダーリヒの声も輝かしく、そして若さに溢れています。この曲の録音は、彼の死の前年です。このようなことを考えるのは、非常に辛いことですが、でも僕に「初心」を思い出させてくれます。

初心・・・「後悔はしたくない。やって自滅するほうが、やらないで後で後悔するよりは100倍マシだ!」

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category: 履歴書

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人生の有限性 

 

毎日を当たり前のように怠惰に過ごしてしまう僕ですが、人生の有限性というものを考えることもあります。明日という日、1年後という自分、これらのものは、決して保障されたものではありません。頭では理解していても、そのことを実感を感じつつ生活を、そして人生を送ることは難しいことのように思えてきます。

僕がピアノを再開しよう、弾こうと思ったのは、人生というものを「与えられたギフト」と感じるようになったからです。そのように感じるようになったのは、病からの生還という体験をしてからです。

「いつか時間ができたら・・・」「生活に余裕ができたら・・・」「いつの日か自分もきっと・・・」
でも、積極的に自分から行動しないかぎり、決してそのような日が訪れないということを病という体験から知りました。

フリッツ・ヴンダーリヒというテノール歌手の演奏は、しばらくの間は聴くことができませんでした。彼はキャリアの絶頂期に亡くなってしまいましたから・・・

ヴンダーリヒの演奏は、歌曲であれ、オペラのアリアであれ、とても美しく、僕の心に訴えてきます。しかし、同時に、「運命の残酷さ」そして「人生の有限性」というものも感じさせてくれます。

ヴンダーリヒのベートーヴェンの歌曲、「アデライーデ」という歌曲です。エディンバラ音楽祭におけるリサイタルのライブの演奏ですが、彼は、このリサイタルの2週間後に短い生涯を終えます。

階段から転落し、頭蓋骨骨折・・・事故死でした。35歳という若さでした。

彼の演奏を聴くと、辛さと同時に、このように感じるのです。

「与えられたギフトを無駄にするなよ」

kaz




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category: The Singers

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素人の感性 

 

僕にも人並みに友達はいますが、クラシック音楽を聴くような友達はいないですねぇ。聴かない・・・どころかクラシックが嫌いというヤツばかりです。11月の演奏会に聴きに来て欲しくて彼らに頼むのですが、「えっ?ピアノ?クラシック?気が向いたらね。でも気は向かない思うよ!」とか「ひぇー・・・それだけは勘弁!」などと言われてしまいます。

「ふん!ガサツな奴らだ!」

でも、彼らも実はクラシック音楽を聴く習慣を持ちたいらしいということを、僕は長年の付き合いで知っています。彼らも、CDを購入したり、演奏会を聴いたりした経験は(一度かもしれないけれど)あるようなのです。でも、クラシック音楽は嫌いなのだと言います。嫌い・・・というよりは、彼らからすると「難しくて解らない」というところが本音のようです。

「いきなり出てきてお辞儀をして、なにやら難しい曲を弾いて、終わったら黙って引っ込んでしまうんだよな!」クラシックの演奏会の彼らなりの感想です。

「それ・・・普通ですから・・・」と言いたいところですが、たしかに、クラシックの演奏会では、他のジャンルのコンサートと比較すると、「演奏者だけで完結してしまう」という印象は強いのかもしれません。客席との対話、空気感の共有のようなものが希薄…少なくても彼らはそのように感じるらしいのです。

でも、そんなクラシック嫌いの友人が、我が家に滞在する時には、僕はクラシック音楽を流します。「さあ、聴こう!」という感じで流すのではなく、BGMのように流すのです。基本的に、彼らに合わせて「入門クラシック」のような曲を流すということはしません。僕の好きな曲や演奏のCDを選びます。とても不思議なのですが、僕からすると「お前には難解だろう・・・渋すぎるだろう」と僕が感じる曲や演奏に彼らが反応を示すことがあります。「曲」よりも「演奏」に対しての反応の方が鋭いような気がします。

例えば、ホロヴィッツの演奏するスクリャービンだったり、ローゼンタールが演奏するショパンだったり・・・

「随分と渋い趣味だな・・・本当にクラシック嫌いなのか?」と僕は言いたくなります。彼らは決まってこのように言います。「これ、なんだか凄いな」とか「なんだかこれ、分らないけどいいね」と言います。

特にクラシック音楽とは縁のなさそうな友人が、下を向いて涙をこらえていたことがあります。どうしたのだろうと僕は思ったのですが、流れていた演奏に反応したらしいのです。「なんだか、これ胸にドカンと来ちゃってさ・・・」そう言い、泣きだしてしまったのです。その後も彼はクラシック好きに変身したわけではないのですが、そのことはとても印象に残りました。そしてこのようにも思いました。

もしかしたら、クラシックを聴く人の割合が少ないのは、彼らの感性とか趣味の問題ではなく、クラシック界の「演奏」が実際に面白くないからなのでは・・・

演奏者が、作曲家の偉大な作品を再現することに懸命になりすぎて、聴いている人の事を考える余裕のないような演奏が多いからなのではないか・・・

ちなみに、友人が泣き出してしまったのは、ヴンダーリヒの歌うシューマンの「詩人の恋」でした。この曲は渋いというか少なくても「入門」には適さない音楽のように思うのですが、彼は曲の最初で黙ってしまい、5曲目の「Ich will meine Seele tauchen」という曲で泣きだしてしまいました。ヴンダーリヒの演奏を貼っておきますが、この動画では3曲目になっています。(抜粋なので・・・)

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危ない中年男のロッシーニ記念日 

 

今日、2月20日は僕が勝手に決めた「ロッシーニの日」です。別に今日がロッシーニの誕生日だったり命日だったりするわけではないのですが(たしか誕生日も2月の後半だったような?)今日は「セビリャの理髪師」が初演された日なのです。およそ200年前のことになりますね。

・・・「それがどうした?」という感じだとは思うのですが、ピアノ曲では体験することのできない、ある種のエクスタシーを僕はロッシーニの音楽から感じてしまうのです。別にロッシーニだけではなく、声楽曲全般に、それは感じます。

以前、サラッと書いたのですが、僕は約1500枚のCDを所有していて、そのこと自体が「音楽愛好家」としての歴史を物語っているのかもしれないなどと思うわけですが、実は、この1500枚という枚数は、ピアノ曲のCDの枚数なのです。その枚数以上の声楽のCDがありますので、CDの総枚数は実は数えたことがありません。山のようなCDに囲まれ、中年男が夜一人オペラを聴く・・・これはかなり危ない図だと自分でも思います。でも「音楽愛好家」というものは、皆僕と似たり寄ったりなのではないでしょうか?どこか(もろに?)オタクっぽい・・・

ピアノを弾くようになってからは、僕の歌好きという性癖(?)は、不気味であるというよりは、むしろ強みなのかもしれないなどと自分を肯定するようになりました。おそらくピアノ好きにとってはシューベルトという名前からはソナタとか即興曲などのピアノ曲を連想すると思うのですが、僕の場合は「水車小屋」だったりします。同じくシューマンと聞くと、「詩人の恋」・・・と連想してしまいます。なんとなく悪いことではないような気はしています。まだ演奏にそのことが実際に生かされた・・・という実感はありませんが。

「セビリャの理髪師」ではアルマヴィ―ヴァ伯爵という役柄が好きです。その役を実に軽い、そして甘い声で歌うルイジ・アルヴァという歌手が好きです。このペルー生まれのテノールのアジリタの技術は、ピアノ曲、たとえばモーツァルトの曲の速い音型の連続などを弾く際の(イメージ的)参考になるのでは・・・などと思ってしまいます。

ロッシーニ・・・聴いてみませんか?

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category: The Singers

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それぞれの領域 

 

フィギュア・スケート関係のブログを徘徊してみると分るのですが、皆さん凄い知識を持っていて驚きます。各選手のジャンプがどうだとか、踏みきりがエラーだとか、分析したりしていて、さらには独自の見解なども述べられたりしています。「あなたはジャッジになりたいのですか?」と質問をしたくなりそうです。実際に「自分の点数はこうで・・・」と公表なさっている人もいます。でも、このようなブログを書いている人の多くは、実際には本格的なスケートの経験は無いのではないか・・・と僕は思っています。スケート経験があれば、競技会で演技をしている選手たちが、あのように滑るということが、どのようなことなのかを、実際に身体で経験して分っているからです。もちろん、レベルの違いは、それぞれあるだろうけれど、特にシニアの競技会に出場する選手、そこまでスケートを続けて、そして成長している選手の演技の裏には、どれほどの汗と涙と犠牲、本人だけでなく、周囲を巻き込んでの犠牲があるかを経験者は分かります。なので、経験者は選手の演技に対して、批判的に書いたりはしないのではないでしょうか・・・

「プロトコルを見ると、あの選手のフリップは認定されているけれど、私の分析では・・・」みたいな文章を読むと、「じゃあ、あなた滑ってみれば?フリップ跳んでみれば?」と言いたくなってしまいます。経験者は選手の競技会での演技、その演技までの「過程」を想像できるわけです。つまり、観客側の領域ではなく、どこか選手側の領域に入って演技を観てしまうところがあります。

これは、ピアノの先生や音大生と、楽器を自らは演奏しない音楽愛好家(オタク?)の「演奏」というものへの捉え方、感じ方の違いと、どこか似ているような気がしています。ピアノの練習の積み重ねのある人は、ピアニストやコンクールのコンテスタントの演奏の裏にある「努力」や「過程」というものを理解できているような気がします。同じ領域にいると言ってもいいかもしれません。レベルの違いはあっても、領域としては、同じところにいる。なので、大勢の聴衆の前で、一人ピアノに向かう恐怖、そこまでの完成度に仕上げるまでの過程の大変さが理解できる。

でも、愛好家は、そこが理解できません。その時の実際の演奏がすべてで、そこまでの過程や努力などを想像し、思いを馳せて演奏を聴くということは、まずないのではないでしょうか?なので、演奏に対して、ややもすると厳しく批評しがちになり、辛辣な文章で感想を表現しがちになります。演奏を仕上げていく大変さを実感できないからです。

僕自身は、ピアノを弾き、練習時間を捻出して曲を仕上げて人前で演奏しているので、たとえば愛好家の「演奏の詰めが甘い・・・」などといった文章を読むと、「じゃあ、あなた人前で暗譜でピアノ弾いてごらんよ!」とは言いたくなってしまいます。でも、僕は演奏家側の領域ではなく愛好家の領域にいると思っています。ピアノを再開して数年・・・という経験の少なさも関係しているのだとは思うのですが、僕は、演奏者が演奏を仕上げていく過程をも含んで演奏を評価するということが一切ありません。演奏は、自分のためにするものではなく、人のためにするものだと思っていますし、演奏というものは「過程」ではなく、その場での実際の演奏がすべて…だと思っています。演奏は自分がどのように演奏できたか・・・ではなく聴いている人がどのように感じたがが重要だと思っています。どんなに努力を重ねて本番に臨んでも、本番で練習の成果が出せなければ終わりだと思っています。その厳しさが、演奏という時間芸術の魅力だと感じています。自分としては、この考え方は、愛好家独特のものだと感じています。ピアノ演奏の経験を重ねたピアノの先生や音大生などは、演奏というものに対して、僕とは異なる考え方をするのではないでしょうか?わかりませんが・・・

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category: ピアノ雑感

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あきらめない・・・絶対に、あきらめない! 

 

フィギュア・スケートとピアノ演奏で共通していることの一つに、完成度を追い求めるということがあります。でも、一歩間違えると、観たり聴いたりしている人は、演技者・演奏者の到達度の披露につき合わされているという印象になってしまったりもします。「自分だけ一生懸命になっていて第三者との何かしらの共有が見られない」とでも言ったらいいのでしょうか?でも完成度を求めないと、人を惹きこむパフォーマンスそのものが成り立たないという面もあり、そのあたりは非常に難しいところだと感じたりします。

アメリカにライアン・ブラッドレイという選手がいました。この選手は昔の選手ではありませんが、僕は彼の演技が大好きでした。競技会である以上、ブラッドレイ選手も、「いかにして高得点を出すか」ということを考えながら演技を作り、そして滑っていたのだとは思うのですが、この選手の場合は、表現力が豊かというか、どこか演技そのものに魅了されてしまうような、試合ということを忘れさせてしまうような、天性の才能というか魅力が備わっていたように思います。彼が演技を始めると、会場の空気感さえ変わってしまうような滑りでした。

「思わず惹きこまれてしまう」という要素は、分析そのものが難しく・・・というか不可能でさえあるように思えますが、しかし、そこのところがパフォーマンスでは重要であったりして、考えさせられます。

ブラッドレイ選手は、2011年に初めて全米チャンピオンになり、そしてそのシーズンで競技生活からは引退するわけですが、その年の全米選手権では、ショート・プログラムで1位となります。彼がどのような気持ちでフリーを迎えたのかは、想像ができます。いつもにも増して緊張していたのではないかと思います。

「現役最後の全米・・・もしかしたら念願の金メダルも夢ではないかもしれない・・・」

そして、フリーの演技。彼はプログラム序盤で2つの4回転を跳ぶのですが、2つともクリーンに着氷することができませんでした。ここで、自分だったらと想像してみます。もし、自分が本番でのピアノ演奏の最初で痛恨のミス、それも、かなり大きなミスを2回もしてしまったらどうなってしまうだろう?」もう、絶対に立ち直れないのではないかと思います。動揺を引きずり、気持ちも落ちてしまうことと思います。演奏中に立ち直ることは、おそらく僕の場合は無理・・・だと思います。

でも、最後まで、あきらめないという事は重要なことなのですね。ブラッドレイ選手の演技を観ていると、そのように強く思います。

演奏においても、そして人生においても大切なことは「決して、あきらめないこと!絶対に、あきらめないこと!」

ブラッドレイ選手は、演技終了後、このように語っています。「子供の頃からの夢であった全米のチャンピオンになった。夢をあきらめないで良かった・・・」

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category: The Skaters

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日本人の挑戦 

 

なんとも懐かしい30年以上前の演技です。渡部選手の西ドイツ・ドルトムントで開催された世界選手権の時の演技です。旧採点方式の時代は、滑走順や開催する国などにより、演技以外の要素が微妙に得点に反映されてしまうこともありました。ジャッジも自国の選手の得点を高めにしたり、ライバル選手の得点を低めに抑えたり・・・

観ている観客も、それも当たり前の普通の現象・・・と受け止めているところがありました。

渡部選手は、地元西ドイツのルルツ選手と銅メダル争いをしていました。ショートプログラムを終えて4位という位置。フリーでの滑走も早い滑走順で、その意味では不利でした。結果的には、この時の世界選手権ではメダルに手が届かなかったわけですが、彼女は素晴らしい演技をしました。現役最後の世界選手権で、現役生活最高の演技を披露するということは簡単なことではないと僕は思います。しかしながら、4位でフリーを迎えて、フリーだけの成績は2位。それでもメダルに届かないということは、現在の感覚からすると、不思議であり、やはり残念だなと思います。

地元ルルツ選手を会場の観客も応援していたと思いますが、ルルツ選手のライバルであった渡部選手の演技にも温かい声援を送っています。そして彼女の得点が抑えられてしまい、その点数が会場に表示された時には、会場から激しいブーイングが起こります。このあたりは観ていて気持ちよかったです。

それまでは、フィギュア・スケートの音楽は、既成の音楽を切り貼りすることが多かったのですが、このシーズン、渡部選手は、オリジナルの曲を使用しました。この音楽が彼女の演技内容にとても合っていて、音楽も海外で評判が高かったプログラムです。この曲はヤマハJOC一期生である(当時)少女であった平部やよいさんという方が作曲・編曲した曲であり、そのことも当時大変話題になりました。

今は、日本人選手の活躍が目覚ましく、表彰台独占ということも珍しくはなくなったのですが、そのことは現役選手たちの努力があるのはもちろんですが、その一方、「道を切り開いてきた選手」の存在があったという事実も忘れてはならないことのように思います。

kaz




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category: The Skaters

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Rosalyn Sumners 

 

僕は少年時代にピアノの他にフィギュア・スケートも習っていました。リンクでただグルグル滑るだけではなく、バッジテストというスケートの「級」も持っています。何級かは言いませんが・・・

競技会でバンバン3回転ジャンプを跳ぶ・・・という経験はありませんが、例えばルッツジャンプでのアウトサイドでの踏切り・・・といったようなことは、身体で体感しているわけです。スケートもピアノと同じく長続きしなかったわけですが、でも演技を観る際には、自然と選手の足元に注目してしまうようなところは現在でもあります。一般の人は、バレエの動きのような優雅な上肢に注目することが多いと思うのですが、実はフィギュアは「足」のスポーツという側面が強いのです。

このブログは一応ピアノのブログですから、スケート演技のカテゴリーを設ける事に関しては悩みました。スケートブログのように、プロトコルの結果と比較して、あの選手の点数はどうだとか、PCSがどうだとか書いても仕方がないような気がします。でもスケートのブログを読めば分るのですが、基本的には現役選手に関してばかり書かれています。これは当然のことでもあるように思えます。今は日本の選手のレベルは高く、フィギュアは人気がありますから・・・

でも、僕はピアニストと同様に、スケート選手も昔の人が好きだったりするのです。ソニア・ヘニーの時代にまでは遡ることは、さすがにないのですが、特に1980年代の選手の演技が好きだったりするのです。ところで、ソニア・ヘニー・・・ご存じですか?この選手はノルウェーの伝説的な名選手で、世界選手権10連覇、冬季オリンピック3連覇を成し遂げた選手です。まぁ、1920~1930年代の古い選手ですが・・・

フィギュアのカテゴリーを設けたいと思った理由ですが、「僕が好きだから!」という理由の他に、ピアノ演奏とスケートの演技には共通するところも多いのかなと感じるからです。技術は大切だけれども、それだけでは人を魅了することは難しい、技術と表現とが密接につながっていて、厳密には分けて考えることが難しい、本番一発勝負でやり直しが許されない、欠点があるのは明らかなのだけれど、何故か人を惹きつける何かがあるという演技(演奏)というものが存在する・・・

技術的な詳しい解説などは、僕には不可能だし、このブログでは必要のないことだと思います。そのようなことよりも、純粋な「パフォーマンス」として観て、そして感じて頂ければと思います。

昔の選手の演技ですが、単純に現役選手とのジャンプの難度の比較をするように観てしまうと、物足りない面も多くあると思います。でも、ジャンプの難易度や種類、数だけで現役選手と比較をしてしまうのは淋しいことですし、そもそもスケートの技術はジャンプやスピンなどの個々の技だけで成り立っているものではないのです。基本的なスケートの技術、例えばエッジの使い方などですが、昔の選手は基本的に皆相当高いレベルにあったことが演技を観れば分ります。スケートがいつでも同じスピードでスムーズに流れていて、素晴らしいと思います。

僕、ロザリン・サムナーズ・・・好きでした!この選手は83年の世界選手権の優勝者です。その時の演技ですが、特にスローパートでのスケートのスムーズな動きが好きです。「上手い人はスローパートで分る!」というのは、ピアノにも共通しているような気がします。

それにしても、この演技から30年の歳月が流れてしまったのですね・・・

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category: The Skaters

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ピアノワールドの摩訶不思議な言葉 

 

30年間ピアノを弾くこととは無縁の一般人(?)としての生活を送ってきました。ピアノを再開してからは、ピアノ関係のブログを読んだり、サークルに参加するようになり、「ピアノワールド」という未知の世界に足を踏み入れることになりました。愛好家としてのキャリア(?)は長いのですが、基本的に愛好家は、オタク的というか、少なくても自分一人の世界で完結して満足してしまうもので、外界との接点はあまりないものなのです。

さて、足を踏み入れた「ピアノワールド」ですが、外の人間からすると、特殊な言葉が普通に使われていることに気が付きました。「師匠」という言葉です。この言葉は、一般的に、日本の伝統芸能の世界で使われる言葉です。ピアノは、西洋の文化だと思っていたので、最初は「師匠」という言葉に違和感を覚えました。しかしながら、「弟子」とか「門下」という言葉はピアノの世界でも昔から一般的な言葉なので、そのような意味では「師匠」という言葉が使用されてもいいのだとは思いますが、この「師匠」という言葉はピアノワールドでは一般的な「先生」という意味の他に、別のニュアンスが含まれているらしいことに気が付きました。日頃、ピアノを教えている先生が、自分のピアノをある先生に指導してもらう時に、その先生を「師匠」と呼ぶらしいのです。いわゆる「先生の先生」を意味する言葉らしいのです。なので、普通の(?)ピアノの生徒は、自分の先生のことは「先生」と呼んだり、ブログに書いたりしています。いわば、ピアノの先生専用の言葉らしいのです。

でも一般的には奇異な感じは与えます。ピアノワールドで通用する言葉なのかもしれません。例えば、フィギュア・スケートの世界では、選手を教える立場の人を「コーチ」と言います。スケート選手が「私の師匠が・・・」とインタビューで答えたら奇異な印象を与えます。一般人は「先生」という言葉がピアノワールドで使用されていると思っているのではないでしょうか?

曲名などを略して書いたり、話したりするのもピアノワールド独特の傾向だと思います。「バラ1」「スケ2」「ベーソナ」・・・

楽器のメーカーも、ピアノワールドでは略されるのが普通ですね。「ベーゼン」「ベヒ」・・・まれに略した言葉に「様」をつけて表現する人もいます。「ベヒ様」とか・・・

あと面白いのは、いわゆるグランドピアノとかアップライトピアノを指すときに「生」という言葉を使うということです。電子ピアノなどと区別する意味合いで使われているのでしょう。これもピアノワールド独特の表現ですね。一般人は「卵」や「野菜」などには「生」という言葉を付けますが、ピアノには付けませんから。

このような言葉を使用することでピアノワールドの一員となり、連帯感が生れるのでしょうか?

「今度の演奏会、ベヒ様の生ピアノなんだって!」

「うそー!私、ベーソナ弾く予定だから嬉しいな!」

「あら、でもあなたバラ4弾くとか言ってなかった?」

「でも師匠が、あの曲は私に合わないって言うから・・・」

「私もモー様のソナタとも考えたんだけど、モー様は、やっぱりベーゼンで弾きたいし・・・」

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category: ピアノ雑感

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ピアノ履歴書 2 

 

教則本的には、僕はバイエル途中挫折・・・ということになるわけですが、小学校の5年生、つまりピアノを辞める1年程前から、自分で楽譜を購入し勝手に弾いていました。駅前のレコード店に楽譜のコーナーがあり、全音のピースの中から知っている曲を購入して弾いてみました。初挑戦はショパンの7番のワルツだったと記憶しています。

「この曲が弾きたい!」という熱い思いが弾かせた・・・とも考えられるのかもしれませんが、その時に挑戦した曲は、レコードで聴いて知っている曲だったので弾けたのだと思います。以前から、「耳に残っている曲」・・・たとえば、バイエルでもメロディーの覚えやすい曲や、ブルグミュラーでも「アラベスク」のような曲は他の子が弾いているのを耳で覚えてしまい、レッスンでも「いきなり暗譜」で弾けてしまったりしていました。

その頃は、ブライロフスキーの弾くショパンに傾倒していましたので、次々にショパンの曲を自己流に弾いてみました。幻想即興曲を(曲がりなりにも)弾けたときは、とても嬉しかったですねぇ・・・

教室の発表会でショパンを弾きたいと、恐る恐る先生に申し出てみたわけですが、もちろん却下されてしまいました。まぁ、日頃のレッスンの曲を練習しなかったのだから無理もありませんが、先生が僕に弾くように命令(!)した曲がブルグミュラーでしたので、どうしてもその曲を弾く気にならずに、結局ピアノそのものを辞めてしまうことになりました。中学生になるので、辞める理由ができたということもありました。

当時を振り返ると、練習をしなかった僕が悪ったと思っています。98パーセントは僕が練習をしなかったということを自分自身が悔いています。あとの2パーセントですが、当時の先生にあと2パーセントの柔軟性があればよかったのに・・・そのように思います。練習をしない「困った子ちゃん」だった僕が楽譜持参で「この曲を弾きたい!」と初めて積極性をみせたわけですから、せめて一度でも聴いてほしかったな・・・そう思います。

さて、30年後、ピアノを再開するわけですが、再開後に初めて弾いてみたのが、幻想即興曲でした。正直、「まあまあじゃん?」・・・そう思いました。おそらく、僕には昔ピアノを習っていた時に流暢にピアノを弾いていたという事実そのものがないので、したがって子供の頃との比較そのものが成り立たなかったわけです。なので、ピアノを再開した時に「まあまあ」と感じたのかもしれません。

現在ピアノを弾いていて、特に譜読みをする時に感じるのですが、感覚としては「楽譜を読む」という感覚ではないのです。頭にある音を「楽譜で確認していく」という感じに近いです。このことは、少年時代にバイエルが終わっていないのにショパンを弾いてしまったということと関係はあると思いますが、耳からの情報の方が僕の場合は強いのかもしれません。そのことと、何故か鍵盤上で、すべての調で曲を自在に移調することができた・・・これらのことが関係して、現在も、やたら難しい曲を弾いたりすることにも躊躇しない理由なのかもしれません。

ああ、やはり97パーセントを自分自身で悔いたいと思います。当時の先生は3パーセントの柔軟性と寛大さがあって欲しかったです。僕が持参した楽譜を当時の先生は「無理よ!こんなの弾けるわけないじゃない!」と言いながら破ったのです。「ビリビリビリ」・・・当時ピアノを辞めた理由はそれかな・・・

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category: 履歴書

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ピアノ履歴書 1 

 

小学校1年生の時に近所にあるピアノ教室の門をくぐりました。姉もピアノを習っていましたので、楽器もありましたし、ごく自然に習い始めました。親から勧められたわけでもなく、自分から習いたいと親に申し出ました。

「色おんぷ」という本は現在でも存在するのでしょうか?始めはその本から始めました。この本は「導入」の意味合いで用いられていたので、他の子は、さっさと終わらせていたようですが、鈍間な僕は、3年生くらいまで色鉛筆持参でピアノ教室に通っていましたね。

「バイエル」に昇進したのも、3年生頃だったと記憶しています。6年生になりピアノを辞めるまで、この「バイエル」にはお世話になりました。80番台まで弾いた記憶があります。その頃は、ピアノの練習はしませんでしたねぇ・・・

友達と遊んだり、野山を駆け巡ることに忙しく、レッスンの時間=練習の時間・・・となっていましたし、自分でも「そのようなもの」と思っていました。ピアノの先生にとっては、僕は、最も困った生徒の一人だったと思います。・・・というか、実際にそのように言われましたし。

楽譜を読むことが、とにかく面倒だったんですよね。まぁ、それは今もですが・・・

「バイエル」と共に「ブルグミュラー」も弾きました。でも数曲しか終わらなかったです。これが、僕の子供時代のレッスン履歴です。中学進学に伴い、ピアノは辞めてしまって、以後30年間、ピアノは弾いていなかったわけです。

ピアノや声楽のレコードを聴き始めるようになったのも小学生の時です。小遣いは、すべてレコード代になっていたと記憶しています。少しは親も買ってくれましたが、でも主にラジオからカセットテープに録音をして、クラシックの曲を聴いていました。

日頃聴くクラシックの曲と、「ピアノのおけいこ」で弾く曲とのギャップを子供なりに感じてしまい、バイエルやブルグミュラーを弾くのは苦痛ですらありました。「その今の苦しみが将来の楽しみ、芸術としてのピアノ曲に結びつくのよ!」とは感じられなかったですねぇ・・・

「バイエル」が終われば、「チェルニー」を弾くことは、他の子のレッスンを聴いて知っていましたから、「芸術への道のり」は、当時の僕にはあまりにも遠く感じられました。

よく驚かれるのです。「kazさんは、本格的に弾いていらしたのですか?」「音大とかに行ったのですか?」・・・レッスン履歴としては、「バイエル挫折組」で、ピアノを再開するまではピアノは弾いていないということを伝えると、「何故そんなに難しい曲が弾けるのですか?」と・・・

このあたりは、自分でも考えてみることがあります。何故だろうと・・・

小学生時代は、バイエルなどは練習しませんでしたが、ピアノで遊ぶことは好きでした。即興ですかね。でも形式などはなく、ただ思いつくメロディーを適当な伴奏で弾いて遊んでいただけです。この「ピアノ遊び」では、すべての調で曲を弾いていました。調号などの知識はありませんでしたが、同じ即興での曲が調によって色合いが変化するので、それが楽しかったのです。誰かに習ったわけではなく、自然とすべての調を鍵盤上で操ることはできたわけです。この「ピアノ遊び」の経験が、現在の「バイエル挫折で難曲を弾いてしまう」という現在の僕と何か関係があるような気はしています。

あとは、「音楽少年」から「音楽愛好家」としての僕の長年の趣味、これは現在ピアノを弾く僕の財産ともなっているような気はします。普通はピアノを弾く動機として「この曲が弾きたい」と思うのだと思うのですが、僕は愛好家として体験した音楽的体験や感動をピアノで再現したいという欲求からピアノを弾くことが多いです。「その曲の再現」ではなく、聴き手として「自分の体験した感動をピアノ曲で自らが代弁したい」という意識が強いのだと思います。

ピアノを弾かなかった30年もの間、聴くだけで僕は満足していたのですが、「表現したい」とでも言ったらいいような欲求が蓄積されていたのだと思います。時折、音楽を聴いていて「慟哭」のような激しいものが込みあげてきて、その激しい感情が沸点になったとでも言いましょうか、その感情を発散したいという思いで、ピアノを再開したのです。

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category: 履歴書

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ハフの素敵なピアノ曲 その2 

 

この曲は有名ですね。サウンド・オブ・ミュージックの「私のお気に入り」をスティーヴン・ハフが編曲したものです。この編曲は、とてもハフらしいと思います。

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category: Stephen Hough

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ハフの素敵なピアノ曲 

 

スティーヴン・ハフの作品・・・1曲紹介したいと思います。

「ラデツキー・ワルツ」です。えっ・・・と・・・たしか「ラデツキー行進曲」じゃなかった?

そうです!原曲はヨハン・シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」です。この曲をスティーヴン・ハフは、素敵なワルツに作り替えています。

このハフの「御洒落でスタイリッシュ」なところが僕は好きなんですね・・・

kaz




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