ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

バッコフスキーのアリオーソ 

 

バッハ~コルトーの「アリオーソ」、原曲はチェンバロ協奏曲第5番の第2楽章。カンタータ第156番「わが片足すでに墓穴に入りぬ」のシンフォニアも同じメロディーだ。

ピアノ編曲版、コルトーの他にもいろいろあるが、個人的にはコルトーのものがロマンティックで素晴らしいと思う。ピアノで演奏するならば、コルトー編のものと僕は思っているが、最も僕を魅了してしまうのはストコフスキー編曲の「アリオーソ」だったりする。

専門家筋(?)からはストコフスキーのバッハ編曲ものは評判がよろしくないようで非常に残念だ。おそらくコルトーの編曲同様に非常にロマンの香り漂うからだろうと思う。

あれはバッハではなくバッコフスキーである・・・みたいな?

神聖で偉大なる、さらにキリスト教大元締め的作曲家であるバッハ作品には、一切人間的ロマン、肉惑的な香りをさせては絶対にいけない・・・みたいな?

美しく、魅惑的で、ロマン溢れるバッハで何故いけない?

ストコフスキー編曲のバッハ?あんなものは時代錯誤である・・・その感覚がそろそろ時代錯誤になるかもしれない。

kaz




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昇天 

 

「ゴィエスカス」の終曲、「幽霊のセレナード」はコルトーに献呈されている。コルトーに関しては僕などが何かを書く必要はないと思う。「幽霊のセレナード」は「愛と死」と対になっているように感じる。死んだマホの幽霊がマハに寄り添っている・・・みたいな?マホ(幽霊)が歌うセレナード、切々としていて、ちょっと哀しすぎるのではないか、本当には魂が浮かばれていないかのように。この曲を聴くとそう感じたりする。

来年のリサイタルでは、「愛と死」の魂を、一度昇天させてみたいと考えた。魂は愛する人と永遠に寄り添うのだが、その魂は、まず昇天して光に包まれる。その「昇天」の曲。魂が昇っていくような曲と「愛と死」を組み合わせたい。

コルトーが編曲したバッハの「アリオーソ」・・・「愛と死」の魂が「アリオーソ」で昇天していく・・・

死の直前には走馬燈のように生前の記憶が蘇る。そしてすべてから解放され、昇天していく。光に包まれて。そこには、かつての肉親や親友、恋人などがいる。姿は光そのものだけれど、はっきりとその人だと認識できる。その場所は光と愛に包まれている。

もう、かなり昔の映画になると思うが、この昇天を見事に映像化した映画があった。かなりヒットした映画だったと記憶している。臨死体験をした人から、昇天のイメージを聞いたのかもしれない。

「アリオーソ」は、まさに、このシーンそのものだと思う。

kaz




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頭髪でピアニストになった人 

 

「ゴィエスカス」第5曲、この曲は曲集の最大の山場になるのではないかと思う。グラナドス自身が楽譜にこう残している。「非常に表現豊かに演奏して欲しい。不幸のなかの幸福を表現して欲しい」と。

オペラでは決闘に負けたマホに、マハがすがりつき、死をむかえる、愛するマハの腕の中でマホは死んでいく、このような場面でこの曲が歌われる。死の直前、それまでにあったことが、走馬燈のように駆け巡っていく・・・

「愛と死」は、まさに走馬燈の音楽でもあるのだ。走馬燈、それは切ない場面の連続だ。最期は遠くの鐘の音の中で、すべてが消え去っていく。いや、すべてではないんだな。何かが残る。二人は何かを知るのだ。それがグラナドス言う所の「不幸の中の幸福」つまり愛・・・

この「愛と死」を捧げられたのがイギリスのピアニスト、ハロルド・バウアー。バウアーぐらいになると、昔のピアニストには変わりはないけれど、なんだか、ぐっと近しい感じがしてくる。コルトーもそうだけれど。

バウアー、作品として数々のトランスクリプションが素晴らしいように思う。フランクの作品の編曲ものなどは、現在でもたまに演奏されているようだけれど、その他の編曲ものも、これから脚光を浴びる(?)ような気がしている。

ピアニストとしては、往年の演奏家を知ってから以来のピアニストというか、非常に近しさを感じる。小学生の頃からバウアーの演奏は聴いていたから。シューマンの演奏が個人的には好きだ。この世のものと思えないほどの美しさ。たしか、この人はドビュッシーの「子どもの領分」の初演者ではなかったか?たしかそうだったと思う。

もともとはヴァイオリニストだった。たしか、パデレフスキが「君、髪が見事だからピアニストになったらいいのではないかな?」という一言でピアニストに転身したとか?まさかその一言でということはなかっただろうが、ピアノしか弾いてこなかった緻密職業ピアニストというよりは、音楽家というか、表現具現のための楽器としてたまたまピアノを選んだからピアニストになった・・・のようなピアニストに思う。まぁ、バウアーに限らず、この時代の演奏からは「達者ピアノ」というよりは「音楽そのもの」を感じたりする。

ガブリロヴィチと組んだアレンスキーのワルツ、このデュオがこの時代の演奏というものを顕著に表しているように思う。ガブリロヴィチも好きだなぁ・・・

左側がバウアー。普通の髪・・・だと思うけど?

kaz




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ラヴェルはお洒落 

 

「この曲はいい曲だね、なんという曲なのかね?」

ラヴェル自身が「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴いた時、こう言ったらしい。晩年、ラヴェルは記憶障害に悩まされていた。現在では認知症と診断されるのかもしれない。自分が生み出したという記憶は落ちてしまっている。でもその美しさは感じることができる。なんと哀しく、切ないエピソードだろう。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」に限らす、ラヴェルの主要な作品の初演者、またドビュッシーの作品の多くの初演者、それがリカルド・ヴィニェス。相当なピアニストだったと想像できる。

グラナドスは「ゴィエスカス」の3曲目、「燈火のファンタンゴ」をヴィニェスに献呈している。この曲もまた3段譜満載の至難曲である。グラナドスとしては、むろんヴィニェスの腕前というところも考えての献呈だったと思うが、同じスペイン人というところもあったのではないかと想像する。誇り高きカタルーニャ人・・・

ラヴェルはスイス人とスペイン、バスク人の両親を持つ。ラヴェルの血にはスペインの血が流れていた。ラヴェルのスペイン風の曲、例えば「道化師の朝の歌」(この曲もヴィニェスが初演している)などを聴くと、なんだか怪しいまでの魅力を感じてしまう。わぁ、スペインっぽい・・・以上の魅力。たしかに、ラヴェルのピアノ曲は精巧なスイス時計とラテンの魅力が合体したような魅力がある。でもルーツ以上の何かを感じる。

パリ郊外のモンフォール=ラモーリーという街(村?)にラヴェルが晩年暮らした家があり、それがラヴェル博物館となっている。非常に古風なピアノなども飾られているが、調度品の趣味はラヴェル自身のものだとすると(そうだと思う)、非常にラヴェルという人はお洒落さんだったように思う。写真などでもパリッとスーツをパリ風に(?)着こなしている。絶対にラヴェルという人はコロンなども愛用していたはずだ。

部屋が乱雑そうな作曲家、偏見に満ちた想像だが、ベートーヴェンのピアノ部屋など散らかっていたのではないかと。あくまでもイメージだが。楽譜などもきちんと端をそろえて・・・なんてことはなく、ピアノの上に目茶目茶に積まれていて、その山が崩れてもベートーヴェンは気にもしなかった・・・みたいな?逆にラヴェルは、きちんとしていた。お洒落さんだから。鉛筆なども、いつもきちんと削られていて、方向も揃っていて、色別に整理されている。引き出しの中も整然といつも片付いている・・・

ラヴェル博物館を訪れた時、ラヴェルの部屋、ラヴェルの庭園を観た時、僕が感じたのは「ラヴェル、あなたはゲイだったのですね?」ということ。すべてがとてもゲイっぽかったです。

ラヴェルは生涯独身を貫いた。また、ヴィニェスも独身を貫いた。この事実から、二人は心のパートナーだったのかもしれないと。「道化師の朝の歌」のある意味での性的なまでの妖艶さは、二人の関係にも関連しているのではないか?

ただ日記などから、そのことを裏付ける文章などは一切発見されなかった。作曲家=偉人であるのならば、ラヴェルが同性愛者という想像は御法度なのかもしれないね。でも当時は、フランスでも同性愛者などとんでもない時代であったし、二人とも有名人であったから、自分の死後は私的な手紙やら日記などは調べられてしまうのは分かっていたと思う。手紙、日記への記述内容には相当慎重になっていたはずだ。

でも、このような私的なことは闇の中・・・それが美しいと思う。

ラヴェル博物館、パリを訪れるのだったら、ぜひ立ち寄って頂きたいところだが、美しさ以外には何もない(?)場所だ。電車で行くと、駅から1時間は歩くらしい。是非レンタカーで。また、フラッと訪れても中には入れない。事前に予約が必要。日本語は通じないけれど、英語は通じます。

誇り高きカタルーニャ人、やはり演奏はスペインものがよろしいかと。

kaz




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真珠の時代、鋼鉄の時代 

 

「ゴィエスカス」の第2曲、「窓辺の語らい」は、曲集の中では割と地味目の曲なのかもしれない。各曲を献呈された当時のピアニストの中で、「窓辺の語らい」を献呈されたエドゥアール・リスラーという人も知名度は低め・・・かもしれない。

献呈されたピアニストたちの中では、エドゥアール・リスラーのCDだけは僕も持っていなかった。ユーチューブでもアップされている演奏は、他のピアニストたちと比べると極端に少なくなるようにも思う。

でもエドゥアール・リスラーという名前だけは僕の記憶のどこかに引っ掛かってはいた。つまり名前だけは何かで聞いた(見た)ことがあるような気もしていた。

フォーレの「ドリー」を初演した人だった。共演者はコルトー。そうか、「ドリー」の人だった・・・

リスラーはレイナルド・アーンやシャブリエとも親しかったらしい。コルトーとは同門になり、同じディエメ門下となる。コルトーの方が後輩になるのだろうか?

リスラーの、まさしく今から100年前の録音を聴いている。もうこのタッチ感は往年組そのものだ。何と言ったらいいのだろう、軽くコロコロしていて、難所でも「これでもかっ!」のような力感を全く感じさせない。鋼鉄の響きではなく、真珠の連なり・・・とでも表現したらいいのだろうか?この「コロコロ」という軽さ、これはミクリ門下のピアニストに顕著にみられる傾向とされている。ローゼンタールとかコチャルスキとか。でも別にミクリ派のピアニストだけではなく、100年前のピアノサウンドは「コロコロ」していたのだ。

この時代の楽器、特にコントロールポイントのようなものが浅めで、微妙な感覚を求められていたのではないか?現代のピカピカのスタインウェイのように、誰でも華やかな音が出るような楽器ではなかったのかもしれない。このような楽器って凡庸なタッチには厳しく、繊細にコントロールされたタッチにのみ反応してくれる「人を選ぶ楽器」だったのかもしれない。リスラーが弾いていた楽器、プレイエルだったのだろうか?メーカー(ブランド)はどうであれ、リスラーのような「コロコロ」という感覚は、なかなか現代のスターたちからは聴くことのできないものに思える。

僕はフェイスブックもライン(とやら?)とも無関係の生活をしているが、リスラーの「お友達」はどうだったのだろうか?

グラナドス、ルイ・ディエメ、フォーレ、デュカス、コルトー、シャブリエ、アーン,・・・豪華なお友達ではある。

kaz




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