ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音楽ってサウダージ 

 

「私って人生の勝ち組!ホホホホ・・・」と自覚している人ってどれくらいいるのだろう?高級住宅地に住み、夫は官僚。息子は東大。カリスマ主婦として時折取材だってされるのよ、そう私はセレブ、私は勝ち組・・・

そんな人はいないんじゃないかなぁ。反対に「私って負け組だから・・・」と思って暮らしている人も少ないんじゃないかなぁ。人って、それぞれある。蝶よ花よ・・・でもないけれど、不幸な感覚に自己陶酔しているわけでもない。じゃあ、どんな感じ?

「まぁ、それなりにあると言えばあるけれど、それなりに懸命に・・・」という感じではないかな?サウダージというポルトガル語はなかなか日本語に訳すのが困難な言葉なのだそうだ。哀しみ?郷愁?そうなんだろうが、それだけでもないようなのだ。

「今は幸せ・・・かな。でも過去を想い出すと、胸が痛くなることっだってある。じゃあ、不幸なの?哀しいの?そうではない。ちょっとした後悔みたいなもの?あの人に愛していると伝えられなかったとか?でもそんなことを想い出せる自分は不幸ではない。でも超ハッピー♥なんて単純なことでもない」みたいな?

音楽みたい・・・などと思う。「楽しい曲なんです」「悲しい曲なんです」なんて単純に分類できないような?長調でも明るいだけではない曲って多い。胸がキュンとしてしまうような?日常生活の中での心の隙間に入り込んできてしまうような?小さなサウダージを感じさせてしまうような?

どうしてピアノなんか弾くのだろう?教養のため?時間が余っているから?高級そうな趣味だから?上手になって人に自慢したいから?

サウダージを感じたからピアノを弾いているのでは?胸がキュンとして、微かな痛みさえ感じた。でも、それは喜びでもある。単純な人生を歩んでいる人なんていないから、心の隙間にサウダージとして音楽は入り込んでくる。言葉にはできない。「ああ・・・」とだけしか言えない。だから弾くのではないかな?

カルロス・ガルデルの曲に「想いの届く日」という曲がある。ガルデルはレ・ペラと組んで多くの名曲を残し、そして歌った。レ・ペラの詩の世界とガルデルのメロディーは調和しているように思う。この曲は映画の中の曲だ。ガルデル主演の映画「想いの届く日」の中で、ピアソラ少年は新聞少年の役で出演している。「君、僕の楽団で弾いてみないか?世界中を周るんだ」ピアソラ少年は、両親の反対にあい、参加できなかった。だからピアソラは生き残ったのだ。レ・ペラ、そしてガルデルの乗った飛行機が墜落するのだ。生き残ったピアソラはタンゴの革命児として飛翔していく・・・

アルゼンチンではガルデルの命日を「タンゴの日」と呼んでいるのだそうだ。

明るい曲?短調ではないね。でも明るいというのとは違う。暗い?サウダージじゃないかな?この曲は・・・

歌っているのはアルゼンチンの歌手、ファン・カルロス・バリエット。基本的にこの人はロック歌手ということになるのだと思うが、ガルデルやユパンキの曲を歌うと、サウダージになるような気がする。

「想いの届く日」  アルフレッド・レ・ペラ

人生は笑っているようだ
君の黒い瞳が僕を見る
君の笑い声が僕を包んで守ってくれる
すべてを忘れられる

君が僕を愛してくれる日
バラの花は素敵な色の晴れ着を身につける
鐘は君はもう僕のものだと告げる

君が僕を愛してくれる夜
嫉妬深い星たちが私たちを見るだろう
神秘の光が君の髪に宿るのだ

君は僕の慰めなのだ。




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: Saudade

tb: --   cm: 2

△top

孤高のピアノ再開者 

 

イギリスのピアニスト、ジェームス・ローズの自伝「Instrumental」を読んでいる。このピアニストは、このブログにも何度か登場しているし、その半生も物凄いものだったと認識はしていたが、自伝を読む限り、物凄いというか、壮絶なまでの半生だったのだと知る。

本格的にピアニストへの修業を始めたのは14歳の時だという。割と遅めだと思う。ロンドンにあるらしいギルドホール音楽演劇学校という学校に入学する。そのまま順調な人生であれば、この人は音大(音楽院)卒のピアニスト・・・となったのであろうが、そうはならなかった。精神的な問題を抱え、それが表面化し、学校の奨学金を打ち切られてしまう。むろん、金銭的なことだけではなかっただろうが、ピアノはその時に挫折しているのだ。

後にロンドンの大学で心理学を専攻している。つまり、ピアノに関しては音大卒の専門家ではない・・・ということになる。もし、演奏と学歴というものが密接に関わっているのだとしたら、この人はどのような位置づけになるのだろう?

ピアノを挫折した人?何度もピアノの世界に戻ろうとしている。でも何度も挫折している。このジェームス・ローズはピアノ再開者なのだろうか?

自伝を読んで最も衝撃だったのは、6歳から10歳まで、4年以上もある男性から性的な虐待を受けていたことだ。年齢を考えると、レイプがローズ少年に与えた影響は大きかったと想像できる、というか、胸が痛む。おそらく、ローズ少年は自分を責めたのではないだろうか?

「僕がいけなかったから、あんなことがあったんだ・・・僕が悪いんだ・・・」

自傷行為を繰り返し、自殺未遂を繰り返す。精神科の病院に入退院を繰り返す。

なんとも切々と何かを訴えているような演奏にも聴こえてくる。自伝を読む限り、このピアニストは現在も悩み、苦しんでいる。精神的に病んでしまった時、離婚を経験し、現在でも自分の息子には一切面会できないのだという。そのことが彼を苦しめている。レイプを自分の責任と思ってしまったように、息子に会えないのは自分の責任であると・・・

でも常に音楽があったのだろう。それは遠くなったり近くなったりしたが、決してジェームスを裏切ることはなかった。

「かつて薬漬けになり、内側から崩壊していくのを感じた。でも音楽は薬の何倍も自分を癒してくれる」そうジェームスは言う。

あるカナダ人がジェームスの演奏に感銘した。そしてもう一度ピアニストを目指すよう後押しした。そのカナダ人は「なんだ、音大の中退者だろ?」などとは思わなかった。普通に聴いてくれたのだ。

ジェームス・ローズ・・・彼はピアノ挫折者なのだろうか?ピアノ再開者なのだろうか?音大を卒業していないのだから、ピアノに関しては素人さんなのだろうか?

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ

category: Saudade

tb: --   cm: 0

△top

キッパのジョージ  

 

キッパとはユダヤ教を信仰する人が被っている独特の形の帽子のこと。頭の上にチョコンと乗っているような感じの帽子。後頭部をキッパで隠すことにより、神に対しての謙遜を表すのだそうだ。キッパはイディッシュ語では「ヤルムルケ」と言うのだそうだ。ポーランド語だと「ヤルムルカ」となる。やはり中欧という地域文化との関わりを感じさせる。

ジョージ・ガーシュウィンの音楽、人物像とユダヤ人であるということ、これまでは結びつけて考えたことはなかった。ガーシュウィンの曲って、どこかお洒落でアメリカ~ンという印象があったから。ガーシュウィンはとてもシルクハットが似合ったのではないだろうか?なんとなくそう思う。これはガーシュウィンの音楽はどこかフレッド・アステアを連想させるからかもしれない。

粋で都会的でお洒落・・・それがガーシュウィンに対してのイメージ。シルクハットの粋なガーシュウィンではなく、キッパを被ったユダヤ人のガーシュウィン・・・あまり想像できなかったりするが・・・

ガーシュウィンの両親はロシアからの移民。彼の本名はジェイコブ・ガーショヴィッツという。この響きは東欧というか、ユダヤ色を感じさせる。ガーシュウィンの曲、どこかジャズ風な感じもする。そしてミュージカルの華やかな世界。彼の音楽の魅力は、分類化、カテゴライズされない部分にあるような気がする。アメリカの音楽界はユダヤ人が仕切っていた(?)ところもあるだろうから、考えてみればガーシュウィンが活躍したという背景には彼がユダヤ人だったということも無関係ではなかったのかもしれない。

華やかなショービジネスのイメージではないガーシュウィン、粋なシルクハット、アステアではないガーシュウィン、そんなガーシュウィンの演奏。ジェイコブ・ガーショヴィッツとしての音楽を感じさせる演奏・・・

ウィリー・ネルソンの「サマータイム」

カントリー音楽には全く詳しくはない。ウィリー・ネルソンという名前はもちろん知ってはいたし、いくつかの代表曲は聴いたことがあったけれど、正直このような表現をする人だとは思わなかった。彼は80歳を楽々超えているのではないだろうか?

ウィリーの両親は彼が幼い頃に離婚している。彼は祖父母に育てられた。アメリカでは珍しいことでもないのかもしれないが、このようなケースだと、残された子どもはこう感じるのではないかとも思う。「パパもママもどうして僕を連れていってくれなかったんだろう?僕は愛されていなかったのかな?」と。

ウィリーの祖父母は彼にギターを習わせる。通信教育で・・・というのが、どことなく哀しいが、このギターが彼の人生を変えたのだ。歌唱もギター演奏もいいが、彼が奏でている楽器も凄い。

彼の「サマータイム」はガーショヴィッツの音楽として聴こえてくる。キッパのガーショヴィッツ・・・

サマータイムは元々はオペラの中の曲だ。子守唄なんだねぇ・・・


夏になれば豊かになる。魚は跳ね、綿の木は伸びる。
パパは金持ち、ママは美しい・・・だから泣かないで

ある朝、お前は立ちあがって歌う
そして羽を広げて飛翔していく

ジェイコブ・ガーショヴィッツの「サマータイム」




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ

category: Saudade

tb: --   cm: 0

△top

万霊節 

 

ボストンに住んでいた時に友人から教えられたことだ。もしかしたら間違えているのかもしれないが、11月1日は万聖節の日という。ボストンではオールハロウと皆が言っていた記憶がある。このあたりの表現は地方によって異なるのかもしれないが、アメリカ人の友人たちはそう呼んでいた。このオールハロウ、万聖節の前夜がハロウィン。ハロウイヴが、なまってハロウィンと呼ばれるようになったとか・・・

万聖節は聖人たちを祝う日らしい。キリスト教徒ではないので、ピンとこないが、ハロウィンという日も宗教的な日なのだなということくらいは分かる。カボチャの飾りつけをして皆で騒ぐだけの日ではないのね・・・

11月2日、つまり万聖節の翌日、11月2日は万霊節の日。今日がその日だ。この日は天国に行った死者たちの魂が、一年に一度だけ、この世に戻ってくる日。西洋では、万聖節に墓参りをするのだそうだ。日本のお盆みたいだね。

リヒャルト・シュトラウスの歌曲に「万霊節」という曲がある。ギルムの詩だったように記憶している。

「手を差し伸べて欲しい。そして僕に触れて欲しい。かつてそうしたように。今日は一年に一度の万霊節の日だ。僕の胸まで来てほしい。そして思い切り抱きしめさせて欲しい。かつてそうしたように・・・」

ハロウィンの日にカボチャの飾りつけをしたり、仮装をしたりして騒いだ(?)のだったら、今日は万霊節なのだから、もうこの世にいない大切な人の魂と語ってみよう。一年に一度だけの機会なのだから。魂がこの世にいるのだから・・・

そして今日中に大切な魂を天国に戻してあげることだ。

リヒャルト・シュトラウスの和音の動きが好きだ。魂が光に包まれ昇天していくような感じがする。

シュトラウスの「子守歌」・・・

もともとは歌曲だが、オランダのピアニスト、マインダースがピアノ曲に編曲し自ら演奏している。ここまでの演奏であれば、魂も光に包まれ天に昇っていくだろうとも思う。

フレデリック・マインダース、日本では有名ではないだろうと思う。このようなピアニストも日本に招聘して頂きたいものだ。

死者の魂と語り合う。「苦しいとか、哀しいとか、辛いとか・・・そのような感情を持つことができること、それは生きているからだ」魂はそう言っていた・・・ように思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ

category: Saudade

tb: --   cm: 0

△top

最後の巨匠 

 

かつてのピアノの黄金時代、ロマン溢れる時代の演奏、そのような演奏を現代のザハリヒな時代に聴かせてくれたのがチェルカスキーではなかっただろうか?ホロヴィッツもそうだと思うが、個人的にはチェルカスキーの演奏のほうに、かつての黄金時代の残り香のようなものを感じる。

今、このような弾き方、このような響きを生みだすことのできるピアニストはいるだろうか?特徴的なのは演奏中の上肢が静かなことだ。汗とか労働、そのようなものを一切感じさせない。

「表情は顔でつくるものではない」とでも言いたいような、静かな演奏姿。彼の師、ヨゼフ・ホフマンもこのように演奏していたのであろうと想像するのは難しくはない。ホフマンの師であるアントン・ルビンシュタインの演奏もそうだったのであろうか?これが伝統というものなのだろうか?

ロマン的時代の最後の生き残りという自負は彼は感じていたのだろうか・・・

かつての巨匠たちの演奏も復刻版のCDなどで聴くことはできる。でもチェルカスキーは現代のコンサートホールで、それを再現してくれたピアニストだったように思う。

彼の演奏は美しい。ピアノで歌うという意味を残酷なまでに教えてくれるような演奏であり、弾き方であるように感じる。

この演奏を聴きながら、かつての美しい時代を夢見る・・・

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ

category: Saudade

tb: --   cm: 0

△top