ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

幻のピアニスト・・・バルボーザ 

 

Mazurkas CompleteMazurkas Complete
(2008/03/25)
不明

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アントニオ・バルボーザというブラジルのピアニストがいた。彼のレコードが続けて世に出たのは1970年代だっただろうか?少年だった僕も夢中で彼のレコードを聴いたものだ。

今、バルボーザのことを知る人はどれくらいいるのだろう?

知る人ぞ知る、幻のピアニストとなってしまったかのような感じだ。おそらく、多くのレコードがCD化されていないというのもその理由だろうし、バルボーザは若くして心臓発作で亡くなってしまい、ピアニストとしての活動期間が非常に短かったということもあるだろう。

だからこそ、今、多くの人に知ってもらいたいピアニストでもある。

kaz



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天使が天使になった時・・・ 

 

Master PianistMaster Pianist
(2008/03/04)
Warner Limited Box

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ユーリ・エゴロフがソ連から西側に亡命したのは1976年。そして翌年のヴァン・クライバーン国際コンクールでの「落選」がカーネギー・ホールでのデビューにつながり、それを機にエゴロフは西側で演奏活動を行うようになっていく。

70年代後半から80年代・・・現在よりも、さらに「コンクール」というものの価値がピアニストにとって重要視されていた時代に思う。聴き手もコンクールで優勝した人を無条件で受け入れ熱狂してしまうような空気もあったように思う。むろん、今でもコンクールで優勝しただけで、そのピアニストが新人であるにも関わらず、「わっ!」「きゃっ!」と夢中になってしまう人はいるのだと思うけれど、今、人々は「本当に心動かされるもの」というものを求め始めているのかもしれない・・・などと感じたりはしている。

もし、エゴロフが演奏し続けていたとしたら、もう少し早く人々は「心動かされる何か」というものを求め始めていたのかもしれない。演奏能力に驚嘆するということではなく・・・

しかし、エゴロフが西側で演奏していたのは、約10年という短い期間でしかなかった。

エゴロフは、88年にエイズの合併症で亡くなってしまうのだ。僅か33歳でしかなかったのだ。

天使のような音色のピアニストだった・・・

あまりに美しいピアノだった・・・

神は天使を愛しすぎたのだ。だから、あまりに早く連れて行ってしまったのだ・・・

このシューベルトは、エゴロフの最後のリサイタルでの演奏。

翌年には亡くなってしまうのだ。このシューベルトを弾いた時、エゴロフは自分の人生がもうすぐ終わるのを感じとっていたのではないかと思う。

kaz



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天使の音 

 

今は調子が良くないので、ピアノを弾くというよりは、ピアノは聴くものとなってきている。とはいっても、僕は昔からピアノ曲を聴くよりも歌を聴く方が好きなので、やはり歌曲やオペラを聴くことのほうが多いけれど、以前よりは、CDでピアニストの演奏を聴く機会は増えたと思う。聴くだけなら体力そのものは必要ないから・・・

昨年も10人の自分の好きなピアニストについて綴ったりしたけれど、今年も書いてみようと思う。以前にも書いたように思うけれど、音楽雑誌などで企画される「私の好きなピアニスト」のようなもの、そこで登場するピアニストたちは、むろん素晴らしいピアニストたちだけれど、いつも「同じような顔ぶれ」という気がしているから。

今回はユーリ・エゴロフについて。

旧ソビエトのピアニスト。彼は、完全に「コンクール世代」のピアニストと言えると思う。17歳でロン=ティボー国際コンクールで4位に入賞、そしてモスクワ音楽院でヤコフ・ザークに師事。74年のチャイコフスキー国際コンクールで3位、翌年のエリザベート王妃国際コンクールでも3位・・・

立派な成績だと思う。でも、優勝がないのだ。そして、そのところがユーリ・エゴロフの魅力の一つなのではないかとも感じる。優勝しないことそのもの・・・ということではなく、悪い意味での「優勝を狙った演奏」というものから遠いところにいる演奏というか・・・

彼の演奏での際立った特色は、その音の美しさだと思う。天使が舞い降りて、ピアノを奏でたら、このような音を鳴らすのではないかという音。どの曲も「叙情性」が際立っているように感じる。このところが「押しの強さ」とか「バリバリ感」というものとは無縁の世界を表出しているのだと思う。

彼が脚光を浴びたのは、皮肉なことに、やはりコンクールだった。77年にヴァン・クライバーン国際コンクールに参加するが、この時はファイナルに残れなかった。調子が悪かったのかもしれないが、やはりエゴロフはコンクール向きのピアニストではないような気がする。ファイナルには残れなかったけれど、というか、残れなかったからこそ・・・というべきか、人々の脳裏に焼き付いたのは、優勝者やメダリストの演奏ではなく、選外のエゴロフだったのだ。翌年、カーネギー・ホールで鮮烈なデビュー。

クライバーン国際コンクールでは、優勝者はカーネギー・ホールでリサイタルをするけれど、大概は叩き潰される。再起不能なほどに、叩かれるのが恒例(?)になっている。やはり、「勝てるピアノ」と「魅了するピアノ」とは違うということなのだろうか・・・

しかし、エゴロフは、「時の人」となった。

彼の演奏を聴くと、それもそうだろうな・・・と思う。

コンクールというものが、ある意味作り出してきた「勝てるピアノ」というものに人々の耳が慣れてきた頃、エゴロフの「天使のような」サウンドはとても新鮮だったのだと思う。そして「音楽とは、ピアノとは本来はこのようなものだったのでは?」と直感的に聴衆は感じとったのではないだろうか?

リストの「ラ・カンパネラ」・・・多くのアマチュアピアニストにとっては憧れの曲。プロにとっても大切なレパートリーであることも多いだろうと思う。でも、あまりに「超絶的」「絢爛豪華」「叩きつけるように」「機械のように」弾かれすぎているように個人的には思う。

この曲は、とても切ないメロディーではないだろうか・・・

本来、とても美しい曲だったのではないだろうか・・・

エゴロフの「ラ・カンパネラ」を聴くと、そう感じる。

舞い降りた天使のピアノ・・・とも・・・

kaz



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