ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノが上手くなる方法 

 

上手くなる、言い換えると、自分が受けた鑑賞者としての感動、そのようなものに自分も触れて、他者と共有できたら・・・みたいなこと。簡単に言うと、「あんな風に弾けたら素敵だろうな」みたいな演奏を自分もしたいと思うこと。

教師の影響というものは大きいだろうと思う。「まっ、プロでも受験生でもないのだから、楽しんで弾ければ・・・」とか「なんで弾けないのかしらねぇ?もっとさらって・・・」みたいな先生だと厳しいかもしれない。具体的なアドバイスをくれなかったりする先生では困る。

では、自分は自分を見限っていないだろうか?どこか「どうせ・・・」と自分で自分の限界を決めてしまっていることはないだろうか?
「音大を卒業したわけでもないし」「私が卒業した音大なんて一流難関音大でもないし」「大人から始めたから指なんて動かなくて当然なんだわ」「子どもの頃、真面目に練習してこなかったし」「電子ピアノで練習しているし」「まっ、もともと才能なんかある器じゃないし」「伸びるとか、上達なんて年齢でもないんだわ」

私は○○じゃないし、じゃないし、じゃないし・・・

CDでも他人の生演奏でも、その演奏、音楽を聴いて心が動いたのならば、いいなと感じたのならば、誰でもそこに行きつけるのではないだろうか?そのためには、いい教師、それと、いい意味での自己肯定が必要だ。「どうせ・・・」とか「・・・じゃないし」を捨てる。

どんなに、いい教師でも生徒が「どうせ・・・」みたいな頑ななものを持っていたら、教えにくいのではないかな?

ピアノに関する書物、奏法に関する書物を紐解く、それは上手くなりたいからだと思う。さらに自分の心に問いかけてみる。もしかして無意識に自分で自分のことを諦めていないだろうかと。一つでも「どうせ・・・」が潜んでいるのではないかと。もしあるのだったら、それを捨てていってみるのだ。時間はかかるかもしれないが。

感じたのだったら、実践できるのではないかな?誰でも、いつまでも成長できるのではないかな?

ある演奏を聴いて涙する、その感性にプロもアマチュアも、音大生も初級者もないのでは?

「もういくらなんでも80歳だし。成長とか、そんなこと・・・」

そうかな?この女性、80歳なのだそうだ。

人間は誰でも成長できる。できないと思うとできない。

kaz




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草団子とカールマン 

 

アメリカに滞在していた頃、特にホームシックというものを経験したことはない。子どもの頃、葛飾区柴又という土地は近所であったので、帝釈天とか非常に身近に感じるものだった。「草団子が食べたい」と猛烈に感じたことがある。ニューヨークでは、その辺を探せば日本食材などは普通にある。でも草団子はなかった。高級な虎屋の羊羹などは買えたが柴又の草団子はなかった。日本資本のスーパーで草餅はあった。でも「草団子じゃないとダメなのだ」・・・

せいぜいホームシックらしきものを経験したのはその時ぐらいだ。ルームメイトのHは僕と違い、故郷ポーランドの食べ物に執着していたように思う。食べ物だけではなく、すべてのものに。でも故郷を遠く平和に懐かしむというよりは、そこには愛憎混ざった強烈なパワーさえ感じたものだ。

今まで知り合ったヨーロッパ人の友人たち、何で物事をそう複雑化するのだろう、そう思うことが今でもある。草団子を懐かしむなどということとは違う、何か重いような感情。

ウィーン・フォルクスオーパーの初来日は1970年代の後半だったそうだ。当時は空席も目立ち、会場もどこか閑散としていたらしい。でも口コミで日本に広がっていった。「素晴らしいみたいだ」「あんなに楽しかった経験、初めて・・・」

オペレッタというもの、そのものに馴染みがなかったのかもしれない。全曲盤のレコードなどは存在していたとは思うし、レハールの「メリー・ウイドウ」などの作品、その旋律などはそれなりに知られていたとは思う。でも「オペレッタを聴こう」という雰囲気ではなかったのだね。多分・・・「な~に、それ・・・」みたいな?

口コミにより日本でも人気が出たウィーン・フォルクスオーパーだが、カールマンの代表作、「チャールダーシュの女王」を演目に加えた時には、フォルクスオーパー側にとっては賭けになったのではないだろうか。むろん、地元ウィーンでは人気作品だろう、でも日本で?レハールならともかく、エメリッヒ・カールマン?

ネットもなかった。音楽雑誌の特集、あるいは当日渡された(買わされた?)プログラムぐらいだけが情報だったのではないだろうか?今のように字幕スーパーが流れるわけでもない。むろん、ウィーン訛りのドイツ語を理解できる人など、そうは会場にはいなかっただろう。それでも手拍子、笑い、涙に会場が包まれたのだ。この瞬間、日本人にとってクラシック音楽は敷居の高い、教養の必要なスノッブだけのものではなくなった。日本の聴衆が積極的に音楽に飛び込んだ瞬間でもあった。

カールマン、「オペレッタ銀の時代」を同郷のレハールと共に築いた。ハンガリー人の作品らしく、ハンガリー色が強いようにも感じるが、まさしくこれはウィーンそのものだ。ウィーンはカールマンを歓迎した。自分たちのオペレッタの作者として。

でも、カールマンはウィーンを離れたのだ。ユダヤ人であったため。彼はウィーンを愛していたのではないかと思う。自分を認めてくれた街、生まれ故郷でも亡命先のアメリカでもなく、やはり彼はウィーンを最も愛していたのではなかったか。でも僕などには想像できない愛憎が含まれる。愛していたからこそ、裏切られたという想いが強かったのだろうか?

カールマンは、やはりヨーロッパ人だった。世情が落ち着くと、彼はアメリカからヨーロッパに戻った。でも彼はウィーンには戻らなかった。彼はパリという街を選んだ。

「チャールダーシュの女王」のこの場面、楽しいね、音楽も、踊りも何もかも。ウィーン文化そのものだ。ウィーンの香りに酔う。でも何かしらの胸の痛みをも感じる。ウィーン的であるほど深まる痛み。

僕も草団子だけではなく、郷愁、痛みというものを感じる年齢になったということだろうか・・・

エメリッヒ・カールマン・・・現在はウィーンの中央墓地に眠っている。

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切望 

 

ホセ・クーラに「アネーロ」というアルバムがある。副題というか、日本語のタイトルが「切望」となっている。切望・・・熱望よりも、さらに苦しいような、痛いような希望だろうか?

ステファン・チファレッリ、ベルギーのテノール歌手。日本では無名だと思うが、ヨーロッパではブッファものを中心に活躍している。かつて聴いたニコライ・ゲッダの歌声に憧れ、彼もまた歌手を目指した。

オペラ歌手って華やかなイメージだが、ピアノなどの器楽奏者と異なることがある。それは歌手にはコンクールを制覇し有名になる人よりも、端役から主役へと、下積み経験を経て地位を確立していった人が多いということ。次の契約というのだろうか、「また歌って下さい」「今度はうちの歌劇場で歌って下さい」というものが無い限り、歌手生命は終わるのだ。厳しい世界だと思う。

まず要求されるのは、安定性ということ。調子の良い時ばかりではないだろう。また歌手は、器楽奏者よりも、はるかに体調が演奏に反映されてしまうところがある。ステファンも、まずはその安定性、いつでも、どこでも歌えるタフさ、一定のレベルを維持することに奮闘するようなところがあったと言う。オペラって、つまりアンサンブルだから、自分の失敗や不出来が自分だけの問題ではないのだ。そこが辛かった。プロとはそのようなものなのだろうが・・・

「失敗は許されないのだ」「体調不良は自己管理力に欠けているからだ」「一定以上のレベルをいつでも・・・」

ステファンは、いつのまにか忘れていたものに気づいたと言う。かつて憧れたニコライ・ゲッダを聴いた時の自分、あの時感じたものを忘れていたと。それがアネーロだったと・・・

息苦しいほど、痛いほどの希望、憧れ・・・アネーロ

一部のエリートだけが再現できるもの、それを成し遂げた人をプロと呼び、人の心を動かせるのはプロだけである、この考えは寂しさを感じる。アネーロを感じ、自分を抑えられないほどの憧れを持つから、その思いが何らかの形で人に伝わるのではなかろうか?

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アネーロ 

 

本番前日って落ち着かないと思う。「~なったらどうしよう?」そのような思考になりやすい。

聴き手は演奏というものに何を期待するのだろう?もし自分が聴き手として客席にいたら、もし演奏の途中で演奏者が「~なったらどうしよう?」の状態になったとしても、一緒にドキドキすることはあっても、演奏そのものの価値を変えてしまうということはないのでは?ミスの有無は関係なく聴くのではないかな?退屈はしたくない。でも退屈しない演奏=ノーミスの演奏というわけでもない。

偉大なピアニストのような演奏?偉大なピアニストの演奏によって自分が感じたもの、その憧れのようなものが伝われば、それで聴き手は満足するような気がする。ノーミスで達者にその演奏者が弾けるとか、そうではないよね。

「自分がどう弾けたか?」そこよりも「聴いている人にとってどうなのか?」であるならば、自分で自分の演奏の聴き手になってみればいいのだ。

アネーロという言葉がある。まぁ、「憧れ」という意味なのであるが、歌手のホセ・クーラは、この言葉をもう少し重く解釈しているようだ。

アネーロ・・・息苦しいほど、痛いほどに激しい希望、そして憧れ

アネーロを感じたからピアノを弾いている、そうなのだとしたら、それは伝わる。きっと伝わる。

ステファンは少年時代、ニコライ・ゲッダの歌うこの曲と出逢った。歌というものに恋してしまった。アネーロを感じたのだ。苦しいまでの、痛いまでの憧れを。

「ああ、この世界に僕も触れたい、自分自身でも触れてみたい・・・」と。これは「この人のように歌えるようになりたい」というのと限りなく近いが、でも全く同じではない。彼のように・・・ではなく、彼が具現化した世界へのアネーロなのだ。

ショパン、リスト、ラフマニノフ、どんな曲を明日弾くにしても、かつてその曲に出逢った時のアネーロを舞台で捨てなければいいのだ。それは客席に伝わっていく。

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集中している音 

 

昨日のMegumiさんの演奏の続き。間合いという、どちらかと言えば横の流れと、もう一つ感じたのが、縦の瞬間についてのタッチ感覚のこと。多くの人は鍵盤の底まで狙ってしまうので、なんとなくガツンと弾きすぎてしまうような印象がある。そうではなく途中狙い?むろん、結果的には底までは弾くのだろうが、最初から底を狙ってしまうと弾きすぎ?そうなるとコントロールのない独特のバシャンというか、散ってしまうような混濁したような音になってしまうような?結果的には平面的な演奏になってしまうような気がする。

「鍵盤の底までしっかり弾きましょう」という伝え方では、そうなってしまうのでは?丁寧に押す・・・という感じ?専門用語というか、業界用語で「そば鳴り」という言葉があるらしい。楽器の近くだとガンガンとうるさいほど聴こえるが、ホールの後ろまでは響かない・・・という音。Megmiさんの音には、それがないのだ。

バシンという底狙いのタッチの音って、重力だけでコントロールがない感じ?それがない。コントロールされた音なので、練られた音というか、絞られているので、混濁感がない。音の多い曲ほど「うるさくなる」「音量がコントロールなしに増大してしまう」ということがない。曲の輪郭が常にクリアというか。

底まで打ち下ろすという意識だと、ストン、バシンという感じになってしまい、偶然性だけに依存してしまうことになるような?聴き手としてはそう感じる。

「ピアノって打楽器だから・・・」

そうなのかもしれないが、歌っているピアノ演奏もあるのだよ・・・と昨日は感じたのだ。ハンマーが弦を打つと、音は減退していく。増量はできない。でもMegumiさんの音はヴァイオリンみたい・・・などと思ったのだ。

帰り道、そして帰宅後、夜中、コズロフスキーの他に想った演奏家。ヘンリク・シェリング。「シェリングみたい・・・」と。ピアノでもタッチしてから音を大きくしたり、小さくしたりできるような、もちろんできないが、聴き手はそのようなことが起こっているような錯覚を感じてしまうような音の出し方だったのだ。あたかもシェリングのヴァイオリンのように・・・

昨日の演奏会には友人も誘った。クラシック好きではない。むしろ苦手。「堅苦しくてね。敷居が高いし・・・」そのような人だ。でもMegumiさんの演奏には惹かれると言う。「白鳥の湖?えっとショパン?」などという人だ。でもヴンダーリヒの歌唱で涙することのできる人でもある。

「音の集中力が他の人と違うよね・・・」と彼は言った。この言葉は超素人の戯言とは僕は思ってはいない。

演奏会後、その友人と食事をした。

「クラシックを日常的に楽しむ人、オタク的に知識はなくても、自分で楽器など触らなくても、休息時にクラシックでも聴いてみようかと生活の中に組み入れている人、割合は3%なんだって。多くの97%の人は堅苦しいとか苦手、難しいなどと思っているんだって」

「だって堅苦しいもん・・・」友人はそう言った後、このように続けた。

「でも今日のMegumiさんのような演奏をする人が増えれば、その割合も3%から40%ぐらいには増えるんじゃない?」

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