ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

海は燃えている 

 

来月日本で公開の映画。ドキュメンタリー映画で地味な感じなので、ハリウッドの大作映画のようなヒットはしないだろうけれど、ちょっと宣伝しておきたい。

「海は燃えている」という映画。イタリアは位置関係から、アフリカ、中東からの難民の入り口となることが多い。イタリア最南端の小さな島、ランペドゥーサ島が映画の舞台だ。弱視の少年、サムエレが矯正メガネを通して見た現実、そして島で難民と接するバルトロ医師が見た現実、島民の長閑な生活、海を渡ってくる難民、平行線であり、両者が交わることはない。難民は島に直接上陸するのではなく、センターに一度収容され、そこからシチリア島に送られる、なのでランペドゥーサ島の住民は直接難民を目にすることはない。

「こうした人々を救うのは、すべての人間の務めだ」バルトロ医師の想いとは裏腹に、島民はどこか無関心だ。交わらないのだからそうなる。でもバルトロ医師はこうも言っている。

「(ランペドゥーサ島は漁師の島だ)漁師は海からやってくるものを受け入れるのです」

難民の中には地中海で溺死してしまう人も多いという。

静かな映画なのだと思うが、海は燃えているのだ。

kaz




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今年の抱負「ラ ラ ランド」 

 

ゴールデングローブ賞の授賞式を観た。目当てはメリル・ストリープのスピーチだったのだが、、受賞した映画で注目した映画があった。日本でもこれから公開されるのではないかな。

「ラ ラ ランド」という映画でミュージカル映画だ。夢溢れるミュージカル映画がヒットし評価されるということ、映画の内容も良かったのだろうが、現実の世界の人々が、いかに夢を求めているということなのかな・・・などとも感じてしまった。

この「ラ ラ ランド」でジャズピアニスト役を演じていたのが、カナダの俳優、ライアン・ゴズリング。この人のことは全く知らなかったのだが、ピアニストの役ということで、3か月間ピアノを習ったのだそうだ。

驚くべきことにピアノ演奏、吹き替えではなく、ライアン・ゴズリング自身が実際に弾いているのだそうだ。3か月で?しかも、この映画の監督は、ピアノ演奏シーンをワンショットで撮りたがったそうで、実際にワンショット撮影が多かったのだそうだ。大変だっただろうな・・・と思う。

普通だったら、3か月間のピアノの特訓がいかに大変だったか、撮影がいかに大変だったのかを語るのだろうが、彼はこう言っている。「ピアノはずっと習ってみたかった。弾いてみたかったんだ。でもその機会がなくてね。今回、仕事でピアノを習えることになった。ラッキーだと思ったよ」

3か月で弾けるようにしなければならない・・・ではなく、ラッキーだと思った・・・

もちろん週1回、30分レッスンということではなかっただろう。猛特訓だったはずだ。でも彼の本職は俳優。ピアノだけを弾いていたわけでもないだろう。映画の中で、彼はピアノだけではなく、歌も踊りもこなしている。まぁ、ミュージカル映画なのでそうなる。

3か月でピアノを弾けるようにしなければならない、これを打撃と捉えず、自分を成長させるチャンスと捉えたわけだ。この発想は、いかにも西洋人らしい発想とも感じるが、今年はこのような発想をしていくということを自分なりの抱負にしようかなと。「~ねばならない」「~なので生意気と思われる」とか、そうではなくチャンスだと、自分を成長させるチャンスなのだと。そして彼のように楽しみながら・・・かな。

kaz




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マダム・フローレンス! 

 

「心がなくては機械だし、理性がなくては人ではないし、技術がなければアマチュアに過ぎない」これは、たしかホロヴィッツの言葉だったと記憶している。名言というよりは、暴言?少なくとも、アマチュアにだって夢はある。

「おばあちゃんの夢はオペラ歌手になることだったのよ」「え~?知らなかった。おばあちゃん、そんな夢を持っていたんだ」「若い頃はそれなりに夢見て勉強したものよ・・・」まぁ、夢破れて・・・というか、幸せな結婚をし、平凡ではあるが、充実した人生を送ってきた。可愛い孫にも囲まれて。よくある風景なのかもしれない。

でも、もし、このおばあちゃんが、莫大な遺産と、裕福な男性との結婚によって、ニューヨーク社交界の華・・・となってしまったら?

マダム・フローレンス・・・

かつてはオペラ歌手を夢見ていた。夫はフローレンスの夢を実現させようとする。自分には力がある。妻にも財力がある。上流階級の人たちを招いてのサロン・コンサート。

「まぁ、奥様、素晴らしかったですわ」「奥様には才能がございますのね?」

社交辞令という言葉がある。でもマダム・フローレンスは本気になってしまった。普通だったら、「若い頃は・・・」とお茶でも飲みながら孫に語っているのだろうが、マダム・フローレンスには財力と社交界での地位があった。

「カーネギー・ホールで歌ってみたい・・・」「君ならできるさ!」

この映画は現在公開中なので、これ以上は語れないが、この映画は実在した人物、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの物語だ。彼女の歌唱は、なんと言うのか、ある意味「突き抜けていた」のだ。未熟とか下手とか、そのようなものを超えていた。

本人は、いたって真面目。でも聴いている方は、その突き抜けた歌唱に圧倒されてしまう。「感動」というものとは違う。でも「強烈」だったのだ。76歳、カーネギー・ホールでのデビュー・リサイタル。著名人を含む多くの聴衆がマダム・フローレンスの歌唱を聴きに詰めかけた。

映画では彼女を「絶世の音痴」と表現しているが、彼女の音源(残っているのだ!)を聴くと、「音痴」というのとは違うように思う。高音を絞り出そう(!)としても、高い声が出ずに、はるか下の音を歌っているだけだ。まぁ、これを音痴と言うのかもしれないが、普通の箇所(?)は普通に歌っているような?

映画そのものは実に素晴らしいように思う。でも人前で演奏をするアマチュアにとっては、何か考え込んでしまうようなところもある。

現在公開中・・・

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「プリティ・ウーマン」 

 

映画「プリティ・ウーマン」が公開されたのは1990年ということだ。そうすると、その時に生まれた人も、そろそろ三十路ということになる。でもこの映画は今でも色褪せていないと思う。ストーリーそのものは他愛無いものなのかもしれないし、娯楽作品なのかもしれないが、僕は妙にこの映画が好き。

それは主演の二人にあると思う。リチャード・ギアという俳優は、どこか「スカシテいる」みたいな印象があって、芸風の広さを感じないような印象を(個人的に)持つが、この映画とか「アメリカン・ジゴロ」とか、はまり役なのではないかと思う。ジュリア・ロバーツは光り輝いている。二人ともスター然としていていいなと思う。ありえない話をスターが演じる・・・みたいな豪華な夢見る雰囲気が好き。リアリティを追及するような、いわゆる演技派という人は、個人的好みではなかったりする。やはり映画のスターには華が欲しい。なので、メリル・ストリープとか、ちょっと苦手だったりするのだ。素晴らしいんだけど・・・

映画、特にハリウッド映画には夢を感じたい・・・

かつて「麗しのサブリナ」がリメイクされたことがある。主演の女優さんは気の毒だったように思う。どうしてもヘップバーンと比較されてしまったのではないか?そりゃあ、気の毒だ。僕はリメイク版サブリナを観て、深く後悔したものだ。憤死しそうになったというか・・・

30年前の映画となると、そろそろ「プリティ・ウーマン」もリメイクされたりするのかもしれない。でもリチャード・ギアの役は誰がする?ジュリア・ロバーツの役を誰がする?この場合、演技力がどうこうというのではない、存在感というか、華のようなものが鍵となると思う。かつての二人の印象を完全に超えることのできる俳優、難しいのではないかな・・・

もう一つ、この映画で印象に残ったのが「オー・プリティ・ウーマン」という歌。この曲は、この映画のために作られた曲だと長い間思っていた。映画の各シーンに見事にハマる曲だと思う。でも実際は1964年にロイ・オービソンという人がヒットさせた曲なのだそうだ。

もともと、この映画の原題は「$3000」というタイトルになる予定だったという。ジュリア・ロバーツの役は娼婦ということだったので、彼女を3000ドルで買う(契約する)というところからきているのだろう。でも、あまりにそれでは夢がないということになったのか、「プリティ・ウーマン」となった。主題歌のオービソンの「オー・プリティ・ウーマン」から取ったのだろう。

「オー・プリティ・ウーマン」はロイ・オービソンと誰か(忘れてしまった)との共作らしいのだが、ロイの妻であるクローデットにインスパイアされて出来上がった曲なのだそうだ。どんな女性だったのだろう?

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「ストックホルムでワルツを」 

 

モニカ・ゼタールンドという歌手のことは全く今まで知らなかった。1960年のスウェーデンの片田舎の小さな街、モニカは電話交換手をしながらジャズ歌手になることを夢みていた。

彼女の父親はジャズプレイヤーだった。テナーサックスの奏者だったようだ。モニカはジャズを聴きながら育った。英語の意味も分からないながら、見事に歌ったのだという。ジャズに囲まれた家庭環境であったわけだ。でも父親はモニカを応援するわけではなかった。おそらく、モニカが5歳の娘を持つシングルマザーであったこと、仕事の合間にジャズ歌手として地方巡業に出かける母親を見送る孫娘の切ない顔を見ていたこと、「ママ・・・クリスマスはいないの?」「そう。おじいちゃんと過ごしてね・・・」そんな様子も知っていたのだろう。あとは、自分自身が北欧、スウェーデンでジャズ奏者として、いかに苦労したか、その思いを娘にはさせたくなかったのかもしれない。

「お前は母親なんだ。お前は子どもの頃からそうだった。木のてっぺんに登らなければ気がすまなかった。他の子が途中であきらめてもお前は違った。だから死ぬ思いをするんだ。お前には娘がいる。家族がいるんだぞ?周囲は迷惑するんだ」

「私は外の世界を知りたいの。木のてっぺんからの景色は素晴らしいのよ。パパはその景色を見ようとしなかった。挑戦しなかった。だからパパは成功できなかったのよ」

モニカはスウェーデン内では、そこそこ知られる歌手となった。アメリカ制覇、ジャズ歌手として誰もが夢見ることであろう。結果は思わしいものではなかった。「美貌のスウェーデン歌手、実力不足」と新聞に書かれる。歌を聴いてもらったエラ・フィッツジェラルドにはこう言われてしまう。「あなた、歌の意味が分かってるの?誰かの物まねじゃなく自分の気持ちを歌わなきゃ」惨敗である。

母国語、スウェーデン語でのジャズ、モニカの挑戦だった。「ジャズは英語で歌うものだ」多くの偏見と闘いながら、モニカは自己を確立していく。歌手として多忙を極めるほど、娘との距離は広がり、母親として苦しんでいく。「お前は母親失格だ。あの子は俺と暮らす。もっと家族を大切にしろ」父親はモニカを突き放す。「自分の娘の歌をパパは聴いてもくれない。それでも父親なの・・・」

酒浸りになり、自己管理能力さえ疑われていく。自殺未遂、入院・・・

復帰したモニカは再び夢を追った。憧れのビル・エヴァンスとの共演。「何を夢みたいなことを言ってるんだ?彼は君の存在すら知らないんだぜ?」「もうデモテープは送ったわ」

そしてビル・エヴァンスからの答え、「素晴らしい歌でした。一度ニューヨークで一緒に僕と歌いませんか?」

ニューヨークでは美貌の北欧からのジャズ歌手を今度は暖かく歓迎した。モニカとビル・エヴァンスの共演は、スウェーデンにも実況放送された。

モニカの滞在するニューヨークのホテルに国際電話がかかってくる。父親からだった。

「モニカか?国際電話は高いからな。何というか・・・聴いたよ。とても感謝しているというか・・・お前は私に木のてっぺんからの景色を見せてくれた。感謝しているよ」

ここまで映画の内容を書いてしまうと、完全にネタバレということになるのであろうが、一度モニカ・ゼタールンドという人の歌声を聴いて欲しいと思う。夢を追った人の歌、そんな気持ちにさせてくれるから・・・

kaz




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