ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ミッキーと握手をした指揮者 

 

ディズニー作品に一風変わった作品がある。「ファンタジア」という作品。この作品は、アニメなのだが、ストーリーを追う映画ではない。何というか、クラシック音楽のプロモーションビデオのような作品なのだ。セリフもほとんどない。

ある二人の男が夢について意気投合した。場所はハリウッドのレストランだったらしい。その二人の男、ウォルト・ディズニー、そしてレオポルド・ストコフスキー。「目で見る音楽、耳で聴く映像」このようなコンセプトが二人の間に出来上がった。初めはデュカスの「魔法使いの弟子」の映像化、アニメ化。二人の夢追い人が話を進めるうち、構想はどんどん大きくなり、クラシック音楽のプロモーションビデオ的な壮大な作品というものへと発展していった。

1920年代まで、映画はサイレントが主流だった。たった20年後、音楽が主役の作品という構想が可能になっていたのだろう。音楽は編曲も含めて、もちろんストコフスキーが担当した。

アメリカでの公開は1940年。今観ても、「ファンタジア」は約80年前の作品とは思えないほど斬新だ。

映画のタイトルはストコフスキーの一言で決まったらしい。「ファンタジアにしよう・・・」

ストコフスキーは映画の中でミッキーマウスと握手をした唯一の(最初の?)指揮者ともなった。

太平洋戦争中、日本軍の幹部がこの映画を観たとか観ないとか・・・「こんな映画を作る国と戦争をしているなんて。我々は負けるかもしれない・・・」

kaz




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「まぁ、君のような下々の人間に言っても理解できんかもしれんが・・・」 

 

ストコフスキー、「オーケストラの少女」の中での役柄はストコフスキー。つまり本人として出演し、本人として演技している。指揮者なのに演技もハマっている。本人として出演していたということは、音楽にあまり親しんでいない一般大衆からも「ストコフスキー?あの有名な指揮者の?」と認知されていたということになる。

高名な演奏家、批評家、大学教授とか、あるいは作曲者や作品そのものに対して、どこか一般人というものは、へりくだっているべき下々の人間・・・みたいな感覚を強要されるようなことってないだろうか?ない?なければいいのだが・・・

「ショパン?ドイツの人?」「ショパンの代表作?白鳥の湖?」このような人に「君ぃ・・・まぁ、君のような人間に何を言っても音楽や演奏について理解などできないだろうがね」みたいな?ない?なければいいのだが・・・

ストコフスキーは一般大衆に対して、「君ぃ・・・」という感覚を持たなかった人だったのではないか?そんな気がしている。「君ぃ・・・何故私がハリウッド映画などと関わらなくてはならないのだ?」「ディアナ・ダービン?たかがハリウッド女優ではないか?何故私のような(高尚なオクラシック音楽に関わっている)人間が女優の歌に指揮をしなければいけないんだ?」こんな感じではきっとなかった。

映画という娯楽作品を通しての売名行為?ストコフスキーは既に有名人だったわけで、映画出演の動機ではなかったと思う。

この場面が好きだ。失業音楽家たちが詰めかける。まぁ、不法侵入?「これってどういうこと?」驚くストコフスキー。でも彼らの演奏を聴きながら、自然と手が動いてしまう。指揮をしてしまう。むろん、これは演技であり脚本に従っただけなのかもしれないが、この場面のストコフスキー、なんとなく「素のまま」だったような気もしてくる。

本当の音楽家は、きっと下々の人間に対して「君ぃ・・・」みたいなことは言わない。下々のクラシック初心者の、心からの「感激しちゃってぇ・・・」みたいな反応に有頂天になる。反応が薄ければシュン・・・となってしまうような・・・

そもそも「初心者だから」とか「素人だから」みたいな下々の人という感覚そのものを持っていない。それが音楽家なのかも。

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オーケストラの少女 

 

「オーケストラの少女」という映画、クリティカルに観てしまえば、他愛ない映画ということになるのかもしれない。人生を見つめなおすとか、感動巨編とか、そんな映画ではない。楽団をクビになり失業した父親、そしてそのような仲間たちの「失業楽団」を有名にするために奮闘する少女の物語だ。ただそれだけの物語。「な~んだ」みたいな?でもそこがいいというか?

「ストコフスキーさんのような有名な指揮者に振ってもらえばいいのよ!」と少女は考えるわけだ。父親たちは「無理無理、絶対無理・・・」でも少女は諦めなかった。そんな話。

この映画が日本で公開されたのは昭和13年ということだ。日本でも大ヒットしたのだそうだ。「今年の出来事」のような総集編ニュースに載るほどのヒットだったらしい。映画館に行列ができたそうだし、この映画を観て音楽家を目指した日本の草分け的音楽家も数多い。芥川也寸志とか。黒柳徹子が生まれて初めて観た映画も「オーケストラの少女」だったらしい。

西洋音楽への憧れ、渇望のような、そのようなものもあったのかな・・・と思う。

ディアナ・ダービンとストコフスキーのこの場面、鮮烈な印象として残っている。

昭和13年、日本の人々の渇望・・・どれほどのものだったのだろう?胸が熱くなってくる。

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ディアナ・ダービン 

 

ディアナ・ダービンという女優の名前から、良き時代のような懐かしさを感じるのは、僕よりもかなり上の年代の方だろうか?僕が初めて彼女のことを知ったのは、もうかなり昔のことになる。テレビ放映で「オーケストラの少女」という映画を観た時だ。ディアナ・ダービン以外にも、この映画で印象に残ったことは多かった記憶があるので、久々にDVDでじっくりと「オーケストラの少女」を観てみた。

ディアナ・ダービンの魅力満載という感じの映画という印象だ。彼女なしでは「オーケストラの少女」のヒットはなかったのではないだろうか?歌う女優さん・・・という感じだろうか?

アンネ・フランクが隠れ家の部屋にディアナ・ダービンの写真を飾っていたことは有名だ。それほどの人気だったし、世界の少女たちの憧れでもあったのだろう。

世界中が戦争の影に怯え、暗黒の時代に突入していくような、そのような時期、真逆の存在そのものであったディアナ・ダービンの人気は、どこか切なさを感じさせたリもする。

今まで、清純派というか、隣のお姉さん的な、そんなイメージしか持っていなかったディアナ・ダービンだが、「昔の女優さんは美しいな」と単純に思ってしまう。

ディアナ・ダービン、ことさら「ビューティー」というイメージの人ではなったのかもしれないが、「品があり美しい人」と感じる。完全にオジサン目線なのだろうが・・・

でも、美しい人だよね?

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海は燃えている 

 

来月日本で公開の映画。ドキュメンタリー映画で地味な感じなので、ハリウッドの大作映画のようなヒットはしないだろうけれど、ちょっと宣伝しておきたい。

「海は燃えている」という映画。イタリアは位置関係から、アフリカ、中東からの難民の入り口となることが多い。イタリア最南端の小さな島、ランペドゥーサ島が映画の舞台だ。弱視の少年、サムエレが矯正メガネを通して見た現実、そして島で難民と接するバルトロ医師が見た現実、島民の長閑な生活、海を渡ってくる難民、平行線であり、両者が交わることはない。難民は島に直接上陸するのではなく、センターに一度収容され、そこからシチリア島に送られる、なのでランペドゥーサ島の住民は直接難民を目にすることはない。

「こうした人々を救うのは、すべての人間の務めだ」バルトロ医師の想いとは裏腹に、島民はどこか無関心だ。交わらないのだからそうなる。でもバルトロ医師はこうも言っている。

「(ランペドゥーサ島は漁師の島だ)漁師は海からやってくるものを受け入れるのです」

難民の中には地中海で溺死してしまう人も多いという。

静かな映画なのだと思うが、海は燃えているのだ。

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