ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

生還のノクターン 

 

ユゼフ・トゥルチンスキという人がいる。パデレフスキ版を見ると、この人の名前が書いてある。パデレフスキの死後、パデレフスキ版の校訂、編集、つまりエディションを完成させたのはブロナルスキとトゥルチンスキという人になる。このトゥルチンスキ、多くの偉大なポーランドのピアニストを導いている。シュトンプカ、マルクジンスキ、チェルニー=ステファンスカ・・・・など。マリラ・ジョナスという人も、やはりトゥルチンスキ門下のピアニストだ。ただこの人は数奇の運命を辿った。

ユダヤ人であったため、ナチスにより強制収容所に入れられてしまう。そこで過ごすのだ。でもそこから必死で脱出する。ポーランドのクラクフからドイツのベルリンまで約600キロを徒歩で逃げるのだ。人目を避けながらの逃避行だっただろうと想像する。飢えと寒さに堪えつつ、夜の闇に紛れて歩いたのだと思う。「ベルリンのブラジル大使館を目指しなさい・・・」逃がしてくれたドイツ将校の言葉を頭の中でくり返しながら・・・

ブラジル大使館に保護された時、彼女はボロボロになっていたという。生きる屍のような状態だったと。ブラジルで療養所で暮らし始める。そこで聞く家族の訃報。家族は惨殺されたのだ・・・

彼女は心を閉ざし、ピアノを弾くことはなかった。弾けなかったのだろう。そんな彼女を再びピアノの世界に導いたのはアルトゥール・ルービンシュタインだった。彼女は再びピアノを弾き始めた。その音楽は凄まじいまでの哀しみとメッセージ、憤りを感じさせるものとなった。あまりにも運命は彼女にとって過酷だったのだろう。非常に若くしてマリラ・ジョナスは亡くなってしまう。48歳だっただろうか?

一瞬の輝きであったマリラ・ジョナスの演奏活動であったが、彼女はこの時期に録音を残している。やはり個人的にはショパン、それもマズルカの演奏が圧倒的に素晴らしいと思う。聴き手に何かを語らせることを拒絶させてしまうような演奏ですらある。

マリラ・ジョナスの演奏する遺作のノクターン。この曲は作品9-2と並んで演奏される機会も多く、どこか通俗的な感じを僕は抱いていたものだ。マリラ・ジョナスの演奏を聴くまでは・・・

一人の人間にここまでの演奏をさせてしまう運命というものを思う・・・

ポーランドを訪れた際、アウシュヴィッツの強制収容所を訪れた。そこでの印象は「人としての感情を無にしてしまう」というものだった。ユダヤ人たちは最期に壁に爪で残したのだ。「愛している・・・」と。

Hの父親は、ここから生還した。一人息子であるHに多くを語ったらしい。でもHはその内容を僕には話してくれなかった。

「そんなことは知らない方がいいんだ。知ってはいけないこともある・・・」

kaz




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懐かしいショパン・・・ 

 

この曲、昔流行りました。

新しいユーチューブの人、やはり相当上手なような気がする。

クラシックの曲は、この人、アップしていないんですよね。

でも、上手だよねぇ・・・

kaz



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廉価版のピアニスト 

 

Hommage a Werner HaasHommage a Werner Haas
(2001/10/23)
Haas、Bach 他

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今はCDも安くなっている。ボックスものなども、一枚換算にすると驚くような価格で手に入ってしまう。昔、昔、大昔、僕がレコードを夢心地で聴いていた時代、世の中には「廉価版」というレコードがあったと記憶している。

活躍中の、そして売出し中のピアニストのレコードは廉価版ではなかった。超有名なピアニストのレコードも廉価版では手に入らなかった。当時、一枚、1000円程度で売っていた廉価版、レコードショップでも、演奏家別でもなく作曲家別でもなく、「廉価版」のコーナーで売られていたような・・・

小学生だった僕は「廉価版のピアニスト」=「売れないピアニスト」と思い込んでいたように思う。

でも、廉価版のピアニストでも当時、強烈に印象に残り、自分にとってはお気に入りのレコードというものもあった。レナード・ぺナリオのレコードもそのような、お気に入り廉価版だった。

ヴェルナー・ハース(当時のレコードにはウェルナー・ハースと記載されていたと思う)というピアニストのレコードも、そんな「お気に入り廉価版」だった。

僕の割と(とても?)苦手なドビュッシーやらラヴェルの演奏に定評のあった人で、僕はフランス人かと長い間思っていたのだけれど、実は彼はドイツ人だった。そんなハースの僕のお気に入り廉価版がショパンのワルツとノクターンのレコード。

今聴いても、ハースのショパンはとても好きな演奏だ。とても美しい・・・

ヴェルナー・ハース、有名なのだろうか?少なくても雑誌の「好きなピアニストベスト10」などの記事に登場してくるピアニストではないように思う。

ギーゼキングのお弟子さんだったそうだ。「ああ、だからフランスもの・・・」と感じたりもするが、僕はやはりハースのショパンが好きだ。

廉価版で日本に登場したからなのだろうか、それとも彼が自動車事故で45歳という若さで亡くなったからであろうか、なぜか知名度は低いような気もする。CD時代になっても彼のCDはとても安く手に入る。

それはともかく、雑誌などの「好きなピアニストベスト10」・・・

いいかげん、決まりきった人ばかり、超有名な人ばかり、売出し中の人ばかり・・・という繰り返しでうんざりしてきてしまう。

kaz



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新年のショパン 

 

ジャック・ルーシェのショパン・・・

Op.9のノクターン、3曲を弾いています。これは全く新しいショパンのような気がする。

一人で聴くと寂しいが・・・

kaz



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エディション問題 

 

ショパンのエディションは、どの版がいいのだろう?

「当然エキエル版でしょ?ナショナル・エディションなんだから!」

「最新の研究の成果だそうよ・・・」

そうなんでしょうね?でもエキエル版・・・高い。

正直に告白すると、これはショパンに限らずだけれど、自分が楽譜を選ぶ場合は、世間でいいとされているから・・・という理由で選んでしまっている。ベートーヴェンのソナタだったら、ヘンレ版とか・・・

僕は何故にエキエル版がいいのか・・・という本当の理由を自分で理解しているわけではないのだ。つまり校訂内容を理解しているわけではない。もちろん、解説を読むことは読む。でも、自筆譜ではなんたらかんたら・・・のような事実は確認できても、それがどうして演奏する際に本当に大事なのかが今一つ納得できていないのだ。校訂内容が、どのように実際の演奏に「演奏の魅力」として反映されるのかが理解できていない。

「なんとなく・・・いいとされているから・・・」という理由・・・

作曲者の意図に忠実に演奏することの重要性ということなのだとは思う。でも、作曲者の意図に忠実ということが、楽譜に印刷されていることに忠実という概念は、長い歴史の中では、現代だけの一過性のことなのかもしれないなどと思ったりもする。

ショパン自身は、楽譜・・・というよりは「印刷された楽譜」から逸脱し、即興性のある演奏をしていたらしい。音やリズムを、その時々によって変化させていた・・・

それは往年のピアニスト、たとえばミクリ門下であるローゼンタールの演奏を聴いたりしても想像できる。現代のピアニストの演奏よりは、ローゼンタールの演奏の方が、よりショパンの演奏に近かったのではないかとも思えてくる。

このような即興性のある演奏、楽譜に印刷されていない音型などを加えた演奏は、「自分勝手」な演奏なのだろうか?でもショパンの時代には、そのような演奏が主流だったのだとしたら、作曲者の意図に忠実にという概念は、単純にエキエル版に印刷されたように、楽譜に書いてあるように弾くということとは異なってくる可能性がある。

このフィオレンティーノのショパン、もしかしたら「まっ!こんな演奏は邪道だわ!」と感じる人もいるのかもしれない。好き嫌いの範疇だったらどう感じても自由だと思うけれど、でも「楽譜と違うことを弾いているじゃない!」ということだけで、この演奏を評価してしまうのはどうなのだろう?

もしかしたら、「作曲者の意図」ということを考えると、印刷された楽譜通りの死んだような演奏よりも、この大胆な(?)フィオレンティーノの演奏の方が「作曲者の意図に忠実」という可能性も否定できないのではないか・・・

「ショパンの楽譜・・・どのエディションを使用するべきですか?」

kaz



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