ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音の肖像画 

 

アルゼンチンの作曲家、カルロス・グアスタビーノの歌曲に「アネーロ」という曲がある。同じくアルゼンチンのオペラ歌手、ホセ・クーラによると、アネーロとは「息苦しいほど、痛いほどに激しい希望、憧れ」という意味なのだそうだ。「アネーロ」はグアスタビーノの代表的歌曲、「バラと柳」とか「鳩のあやまち」といった曲と比べると、地味な感じの曲ではある。素朴というか。グアスタビーノは詩に惹かれたのではないだろうか、この詩はグアスタビーノの人生そのものといった詩だから・・・

「アネーロ」(切望)  : 詞 ドミンゴ・セルパ

私の人生を村の灯火にしたい
村の農夫か
学校の先生になりたい

もし農夫なら
星が私の菜園を照らすように
もし先生なら、浅黒いいくつかの顔に
微笑みがあるように

私の菜園は谷間にあるように
私の学校は谷間にあるように
たとえ山の上の我が家には
屋根も扉もなくても

私の人生を村の灯火にしたい
昼には何も照らさず
夜には星になる

グアスタビーノは無名の作曲家というわけでもなかったように思うが、実に素朴というか質素というか、そんな感じの人だ。一生独身だったらしく、私生活については、あまり分ってはいないらしい。ずっとブエノスアイレスの32平米のアパートで暮らしていた。32平米・・・日本のワンルームマンション、あるいは1DKという感じだろうか?その小さな部屋にはアップライトピアノがあった。でも音があまり鳴らないように、ハンマーにパッドをかぶせていたらしい。

「だって・・・ピアノの音が近所迷惑になるから・・・」

グアスタビーノ、歌曲も素晴らしいが、ピアノ曲もいい。僕の最も好きなグアスタビーノのピアノ曲は「私の友達」という10曲からなる連作ピアノ曲。どれも楽譜はシンプル。バイエル中ほどでも弾けるかもしれない。

私の友達・・・サブタイトルに、若いピアニスト達のための音の肖像画・・・とある。つまり、ピアノを習っている子ども達を音で描いた作品。10人の子ども達、実在の人物である。ブエノスアイレスでピアノを学ぶ少年少女をカルロスがあたたかく見守り、包み込む・・・といった風情が感じられる。

「アラングレン通りのフェルミーナ」 このフェルミーナちゃんは実際に作曲家となった。


「フェルミーナ・・・君はピアノが好きなんだね?」
「ええ・・・大好き。でも・・・」
「でも・・・なんだい?」
「カルロスさん、笑わないでね。ピアノ好きなんだけど、ときどき音楽って哀しく感じたりするの。泣いちゃったりもする」

「カルロスさん・・・私って変かな?」
「いや、変じゃない。全く変なんかじゃない」
「カルロスさんも音楽で哀しくなったりする?」
「するよ・・・僕はいつも泣いている・・・」

「音楽って哀しいのね?」
「うん・・・そうだね。哀しいから美しい・・・」

kaz




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愛の讃歌 

 

アントニオ・ポンパ=バルディのCDでお勧めのCDがある。プーランクの歌曲をアントニオがピアノ独奏用に編曲、エディット・ピアフのシャンソンをロベルト・ピアナがピアノ用にしたもの、このCDは素晴らしい。僕は日本のアマゾンで購入したので、比較的簡単に手に入るのではないだろうか?在庫切れかもしれないが・・・

ここで演奏しているのは、ロベルト・ピアナのエラボレーションによる「愛の讃歌」で、歌うようなピアノを満喫できる。

CDのタイトルは「The Rascal and the Sparrow」

「リストを読んで」も、この「愛の讃歌」も、もちろん演奏者であるアントニオ・ポンパ=バルディも素晴らしいのだと思うが、ロベルト・ピアナという人に、より興味を持ってしまうところだ。

基本的には、作曲家、編曲家、兼ピアニスト・・・ということになるのかもしれない。でも昔の作曲家はピアニストでもあったわけで・・・

昔のピアニストは自分の作品を演奏し、自分で編曲も普通にしたわけで・・・

次回より、ピアニスト、ロベルト・ピアナを紹介していきたい。

kaz




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リストを読んで 

 

アントニオ・ポンパ=バルディの演奏、これは「リストを読んで」という作品。リストを読んで・・・もちろんリストの「ダンテを読んで」に引っ掛けているのだと思う。ある程度リストのピアノ曲を知っている人であれば、ニタニタと(?)面白く聴ける作品なのではないだろうか?

作曲者はイタリアのロベルト・ピアナという人。アントニオは、かなりの数のピアナ作品を演奏しており、個人的にも親交が深くあるようだ。

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貧困のマリアッチ 

 

どうもパソコンの具合が良くない。ネットは大丈夫だが、メールの具合が良くない。送受信ができなくて非常に困った。現在、送受信はできるようになった(僕が直したわけではない)が、アドレス帳が開かない。パソコンも電化製品だから寿命があるらしい。もう8年以上も使用しているので、「寿命でしょう」ということらしい。新しいパソコンに変えるまで、不都合は続くだろう・・・

メキシコの歌に「ベサメ・ムーチョ」という歌がある。むろん、歌詞の内容など分からずに今まで聴いていたのだが、「ベサメ・ムーチョ」とは「もっとキスして!」という意味なのだそうだ。知らなかった。作詞、作曲はコンスエロ・ベラスケスという女性。なんと、彼女は16歳の誕生日前にこの曲を作ったのだそうだ。ということは15歳?まぁ、年齢については諸説あるみたいだが・・・

「ベサメ・ムーチョ」  詞: コンスエロ・ベラスケス

僕にキスして もっとキスして
今夜が最後かもしれないから
僕にキスして もっと・・・
あなたを失うのが怖い この後あなたを失うのが怖い

あなたを抱きしめたい
あなたの目を見て・・・僕の隣にいるあなた・・・
僕はたぶん明日あなたと別れ
遠いところへ行かなければならない

僕にキスして もっとキスして
今夜が最後かもしれないから
僕にキスして もっと・・・
あなたを失いたくない あなたを失うのが怖い

う~ん、やはり15歳というのはどうなんだろう?

ここで歌っているのはメキシコの歌手、ハビエル・ソリスという人。この人はランチェーラ歌手なのだそうで、ランチェーレはマリアッチが伴奏を担当するのだそうだ。個人的にはメキシコの演歌と感じる。「演歌」というより「艶歌」?

ハビエル・ソリスは非常に貧しい家庭、地域で育った。つまり貧困の中で育った。様々な仕事をしていたらしい。肉屋とかボクサー(?)とか。でも、やはり歌が好きで、時おりレストランなどで歌っていたそうだ。その時にスカウトされたらしい。

「歌手になってみないか?いい声だ。人気出るぞ!」
「えっ?俺が歌手?歌手・・・うん、俺、やってみるよ・・・歌が好きだ・・・やってみる!」

ハビエル・ソリスは人気者になった。(見る人の主観によるかもしれないが)甘いマスク、甘い声、特に女性ファンが多く、アイドル的存在になった。映画にも多数出演し、アメリカなどでも大変な人気だったらしい。

メキシコの寵児、スターとなったハビエル・ソリスだが、その輝きは長くはなかった。胆のう炎が悪化し、彼は34歳という若さで亡くなっている。

でも輝いたのだ。彼は自分の憧れを追い、触れようとしたのだと思う。だから輝けたのだ。

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もう一つの「悲しきワルツ」 

 

最も有名な「悲しきワルツ」はシベリウスのものだろう。フランツ・フォン・ヴェツェイの「悲しきワルツ」も一部ヴァイオリン関係者だけではなく、もっと広く聴かれて欲しいような曲だ。もう一つの「悲しきワルツ」がある。最も地味な感じかもしれないが、悲痛さを最も感じさせてくれる「悲しきワルツ」かもしれない。

ボヘミア四重奏団でヴィオラを担当していたオスカル・ネドバル、先の動画の写真では右から二番目に写っていた人だ。

「オスカル・ネドバル?誰?」ピアノ曲もあるのかもしれないが、有名ではないはずだ。オペレッタやバレエ音楽が東欧諸国、特にチェコ、スロヴァキアなどでは演奏されているように思う。でも日本では、ほぼ無名の人かもしれないね。

ボヘミア四重奏団でヴィオラを弾いていた頃、彼はチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者も務めている。約10年間ぐらいかな?

その後、ウィーンに移っている。あのウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の創立者でもある。おそらく、当時の音楽界では知られた存在だったはずだ。

オスカル・ネドバルの「悲しきワルツ」はバレエ音楽として作曲されている。「怠け者ホンザの物語」というバレエらしい。「悲しきワルツ」だけが単独で演奏され有名になっている、そんな感じみたいだ。でも有名・・・ではないかな?

悲痛、悲哀、消滅してしまいそうなほどの絶望感・・・このようなものを感じさせてくれる「悲しきワルツ」であるように思うが、それはオスカル・ネドバル自身の哀しい人生からくるイメージもそう感じさせてしまうのかもしれない。

「オスカル・ネドバル」

ボヘミア四重奏団ヴィオラ奏者、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団指揮者、そして作曲家、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団創設者。1930年、クリスマス・イヴの夜、演奏旅行先のザグレブにて投身自殺を図る。多額を負債を抱えていたという。

享年・・・56

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