ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

いいものを「いい」と言う勇気 

 

カーメン・ドラゴンとよく共演していたピアニストがレナード・ぺナリオ。もう所有していないのだけれど、子供の頃、ぺナリオとドラゴン共演のレコードは僕の愛聴盤だった。

カーメン・ドラゴンという、間口の広い偏見のない音楽家と共演するぐらいだから、ぺナリオ自身も間口の広いピアニストだったのであろう。僕がぺナリオに惚れる理由もそこにある。(それだけではないが・・・)

その愛聴盤だが、クラシックとポピュラーとの境目のような作品を演奏していたと記憶している。アディンセルの「ワルソー・コンチェルト」のような作品や、発表会用作品というか、通俗名曲というか、そのような作品は、僕の中では誰もぺナリオを超える演奏をしてはいない。

いくらぺナリオでも、例えば、悲愴ソナタの2楽章や月光ソナタの1楽章をオーケストラと共に編曲作品として演奏し、録音するのには勇気を必要としたのではないだろうか?基本的にはぺナリオはクラシックのピアニストだから・・・

でもやった。ぺナリオは、やった。

「いいじゃありませんか?やりましょうよ・・・」と実際にぺナリオが言ったかどうかはわからないけれど、でも勇気は必要だったと思う。「ムード音楽の演奏家」というレッテルが貼られる可能性もあるからだ。ポリーニやツィメルマンのようなタイプのピアニストだったら絶対に演奏しなかったと思う。シフとかも・・・

個人的には、アメリカのピアニストはもっと評価されてもいいと思う。それでもウィリー・カぺルのようなピアニストはそれなりに日本でも評価されていると思うけれど、本国との評価と比較して、レナード・ぺナリオというピアニストに対しての日本での冷淡な評価はどうだろう・・・というより、誰も知らないのではないだろうか?

間口が広かった・・・ここが理由の一つなのかもしれない。自身でも映画音楽を作曲したり、軽音楽とカテゴライズされる曲を演奏したりしていたから・・・

ぺナリオの編曲も、どこか間口の広さを感じる。超絶技巧なのだけれど、「凄いだろう?」という編曲というよりは、「素敵じゃない?」とでも言うような編曲に聴こえる。実際には、そのように聴こえるということで、弾くのは大変なんだけれど。

彼の演奏、「いいものはいいじゃありませんか?」と言っているようにも感じる。

kaz




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巨星の穴を埋めた新星たち 

 

米国人の友人C(彼はピアニストです)は、レナード・ぺナリオについて、このように言う。「彼は、ウィリー・カぺル(1922~1953)という大きな星の穴を埋めた米国のピアニストたちの一人」と。

カぺルが飛行機事故で亡くなったのが1953年。アメリカは大きな未来の輝ける星を失ったと言える。そしてその巨星の歩むべきだった道を進んでいったのが、レナード・ぺナリオ(1924年生)、アビー・サイモン(1922年生)、バイロン・ジャニス(1928年生)、ゲイリー・グラフマン(1928年生)などといったピアニストたちだと・・・

アメリカに移住した、主にロシア人演奏家たちの教えや影響というものが、新興国アメリカの、純国産ピアニストたちに根付き、純国産ピアニストたちが羽ばたいていった時期・・・

「ここアメリカでも、この時期のアメリカのピアニストは過小評価されているように思う。おそらく、日本よりもそのような傾向は強いのではないかな?外国製のほうが、有難味があるというか・・・」とCは言う。

「特にぺナリオは、ミクロス・ローザの作品を初演したりとか、映画音楽を書いたりとか、普通のピアニストとは異なるテイストもあったから、特に過小評価されていると思う。ああ、あの映画音楽の?・・・みたいにね。でも、自ら編曲や、小さな曲も生み出せることのできないピアニストが普通になってしまった現代のほうが普通じゃないような気がする。日本では違うかもしれないけど・・・」

ぺナリオがアメリカのピアノ界に鮮烈なデビューを飾ったのは、彼が12歳の時。あるピアニストが急病になり、無名だった、しかし才能は知れ渡っていたぺナリオ少年に白羽の矢が立つのだ。

「ぺナリオ君、急な話なんだが・・・あと一週間しかないんだが、君はグリーグのピアノ協奏曲は弾けるかね?」

この時、ぺナリオ少年は、この曲を聴いたこともなかったけれど、一週間で見事に弾きこなしてしまったのだ。それがぺナリオのピアニストとしてのキャリアのスタートとなった。

1950年代、アメリカでは最もレコードの売れるピアニストの一人だった・・・

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ぺナリオの大きな功績は、ラフマニノフの作品を世に紹介したこと。ラフマニノフのピアノ協奏曲全集を、作曲者以外で初めて完成させたピアニストでもある。実際、ラフマニノフはぺナリオが最も好きで、そして得意にしていた作曲家でもあった。

kaz



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ハリウッドの香り 

 

僕の小学生の頃の愛聴盤だったぺナリオのレコード、僕が近所のレコード屋で入手したくらいだから、かつては日本でもレナード・ぺナリオというピアニストは少しは認知されていたのであろうか?現在では知る人も少ないのではないだろうか?

僕の所有していたぺナリオのレコードは、いわゆる名曲集の演奏だったと記憶している。ショパンの「幻想即興曲」とかリストの「愛の夢」とか・・・

それまでは、某日本人演奏家のレコードで、この種の名曲集の演奏を聴いていて、そして別段演奏に不満もなく聴いていたのだけれど、ぺナリオの演奏を聴いて、生まれて初めて「演奏の質の差」「演奏のレベルの差」そして「世界と日本との差」のようなものを子供心に感じたものだった。

レコードで演奏を聴く観点として「曲を知る」「曲を聴く」ということだけではなく、僕が「演奏を聴く」という方向にシフトした初めての演奏家がぺナリオだった。

「ピアニストといっても、いろいろなんだなぁ・・・」という感想を初めて抱いたピアニスト・・・

それまでは、レコードを出すピアニスト=上手な人=偉い人・・・と思っていましたから・・・

僕が子供の頃は、アメリカのピアニストよりも中央ヨーロッパのピアニストを持てはやす傾向が強かったように記憶している。(今でもそうか?)加えて、ぺナリオは、通俗名曲集のレコードや、少しポピュラーよりの、例えば、アディンセルの「ワルソー・コンチェルト」などのレコードが有名だったように記憶している。そのようなレコードのジャケットは、なぜか美女が物思いにふけっていたり、若い男女が夕日を見つめていたりした。

どこか、通俗的な作品なら上手いピアニスト、ガーシュウィンやら、気軽に聴ける作品なら上手いアメリカ的ピアニスト・・・のようなイメージが日本ではできあがってしまったのではないだろうか?

どこかハリウッドの香りのするピアニストというか・・・

実際に、ぺナリオは映画音楽を書いている。「影なき恐怖」という映画の挿入音楽を作曲し、そして演奏している。「真夜中の断崖」という曲だ。実に見事な演奏で、とてもソロとは思えないような立体感、臨場感のある演奏だ。そして、どこか「ハリウッドの香り」のする作品だ。

おそらく、高尚なクラシックのピアニストには決して漂わせてはいけなかった「ハリウッドの香り」というもの、それがぺナリオが日本で有名にならなかった要因なのかもしれない。

kaz



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通俗的という偏見 

 

アメリカではぺナリオというピアニストの評価は日本よりは高いと思うのだけれど、でも中には「通俗的」と評価する人もいるみたいだ。

日本では、ぺナリオを知る人でも「アメリカ的なピアニスト」そして「通俗的なピアニスト」と、ぺナリオを偉大な芸術家としては認めない人もいる。

彼自身が、映画音楽を作曲して演奏したり、ハリウッドとの結びつきの濃いピアニストであったので、そのあたりが「純クラシック」のピアニストとしては評価が低くなりがちな理由なのかもしれない。

ハイフェッツ、そしてピアティゴルスキーと組んでトリオを結成し、演奏していたということを知ると、ぺナリオへの「純クラシック演奏家」としての評価を急に高くする人もいて、なんだか可笑しい・・・

それにしても「純クラシック」という概念そのものも変だとは思うが・・・

例えば、ぺナリオは、このような曲を盛んに録音し、そしてレコードが沢山売れたんですね。

僕は・・・大好きです。このような曲・・・

ぺナリオのピアノの音色・・・懐かしい・・・

kaz




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少年時代のアイドル 

 

なぜ今レナード・ぺナリオの演奏を聴きたいと思うのか・・・

それは、11月の演奏会に向けての練習が辛いからだ。弾けませんから・・・

当たり前のことながら、「なんとかしなくては・・・」「きちんと弾けるようにしなければ・・・」と思うけれど、そしてそうなるように頑張ってはいるけれど、そのような時は、少しだけ「音楽」=「音が苦」のように感じてしまう。

小学生の頃、胸を高鳴らせて聴いたぺナリオの演奏・・・

このように弾きたいとか、上手くなりたいとか、全くそのようなことさえ考えず、ひたすら彼の演奏に没頭していた。ひたすら彼の音楽に入り込んだ・・・

あの頃の純粋さに憧れているのかもしれない。だからあの頃のぺナリオ・・・

1950年代、おそらくアメリカでは最もレコードが売れたピアニストだと言われているぺナリオ。

彼自身が音楽に惹かれていて、憧れていて、だから弾かずにはいられない・・・そのことを人々に感じさせたからではないだろうか?

色々な意味で、ぺナリオよりも優れたピアニストは現在には多いのかもしれないけれど、「一点の美」というものに憧れ、そして追い求めたピアニスト、それが僕にとってはレナード・ぺナリオなのだ。

あまりにも日本では知られていないピアニスト・・・

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