ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

オーダーメイドの春 

 

このブログを読んで下さっている方からメールを頂いた。ピアノの先生だということで、少し身構えてしまうところもあったのだけれど、内容はヒューバート・ハリーとイヴァン・モラヴェッツの記事に対してだった。

「なんでこのようなピアニストたちが日本に紹介されないのでしょう?来日してくれないのでしょう?」

その先生は、あるスター(イケメン?)ピアニストの演奏を聴きに行ったのだそうだ。非常に有名なピアニストでショパンコンクールでも優勝している。しかも曲目はそのピアニストの最も得意であろうショパン。バラード全曲とプレリュード。一万円超えのチケットもなんのその、期待を込めつつ聴いた。

「あれ?私の感覚が変?あれ?あれ?」

そのピアニストは手中に収めているはずのショパン、なんと楽譜を見ながら、それはいいとしても、自分で譜めくりをしながら弾いたのだそうだ。内容が良ければそれはそれでいいけれど、なんともやる気のない演奏で、譜をめくるときに音楽が途切れても一向に気にしないようすですらあったという。バラードのコーダなどは弾けていない?

「あれ?弾けてない?練習してない?あれ?」

それでも会場は割れんばかりの拍手に包まれる。「あれ?」

「もしかしたら、私たち(聴衆)って誰かに操作されている?操作情報を信じ込んでしまっている?これって聴衆の責任?」

そして聴いたフューバート・ハリーやモラヴェッツの演奏。「このような人たちの演奏をなぜ日本では聴けないの?これって聴衆の責任?」

招聘する側の問題なのだろうか?商売なのだから、確実にチケットの売れる演奏家を招聘するだろう。このピアニストもまた招聘されるだろう。その時はいい演奏をする可能性もある。でも「あれ?」と思った人たちは一万円を払ってまでは次は聴かないだろうとも思う。でもチケットが売れれば華やかに演奏活動を続けていくのでは?

聴衆の問題なのだろうか?一つ考えられるのは、どこか「人がいいと言っているからいいのだろう」と思い過ぎてはいるだろうと思う。自分の感性などよりも世間の評価のようなものを重視、絶対視してしまう。

「コンクールで優勝しているから・・・」「CDを沢山出しているから・・・」「有名だから・・・」

デパートの婦人服売り場には春物がたくさん吊る下がっている。「今年の流行なんですぅ・・・」と。「これが今年のトレンドなのね」と購入してしまう。でも既製服なので、どこかしらで我慢を強いられる。「私の体型って○○だからここがゆるくなるのよね。まっ、仕方ないか」「ポケットがないのよね、困るのよね、ハンドバックがパンパンになっちゃうのよね。ちょっとしたものを入れられるポケットがあればいいのに。紳士服にはポケットが普通にあるじゃない?でも仕方ないか」

洋服ダンスには捨てる程の洋服が詰まっているのに、いざとなると着る服がない・・・みたいな?先シーズン購入した服を思い出して着てみたら「あら?これって思い切り過去の感じ?」みたいな?

既製服がすべてと思っていないだろうか?自分の好み、自分の感性を信じ、選んでみてもいいのでは?つまり流行に左右されないオーダーメイド。

ピアニストも同じでは?「来年の来日ピアニスト!」と音楽雑誌に紹介される。名前は有名。CDも沢山出ている。でも雑誌のピアニストは、あなたにとってはデパートの既製服なのかもしれない。心のオーダーメイドをしては?

まあ、実際に生で聴く、つまり大手の音楽事務所が実際に動くのには、一人二人の「この人が聴きたいんです・・・」という声だけでは不足だろうが、心のオーダーメイドをする人が増えれば・・・

「聴きたいんです」という声が増えれば・・・

最初はサロンコンサート的+公開レッスン・・・みたいな来日の形かもしれない。でもそこから聴衆の輪が広がっていくことだってあるだろう。ちょろちょろとそのような動きは日本でもあるし。

大事なのはオーダーメイドをするということ。人がいいと言うから、世間でいいとされているから・・・ではなく自分がいいと思うこと。簡単なようでいて、実際には結構難しいことのようにも思う。

ピアニストを聴くということだけではなく、ピアノを弾くとか、曲を仕上げていくのようなこととか、日頃の練習の時とか、どこか目標が既製服に向かっていっていないだろうか?オーダーメイドしてみればいいのに。

自分の人生の主役は自分なのだから、「あっ、この演奏好きかも・・・」と感じた瞬間を大事にすればいい。その演奏が世間で受けるものではなくても、オーダーメイドの発想で自分も追っていけばいい。

イヴァン・モラヴェッツのショパン。80歳記念リサイタル後の演奏。何歳だったのだろう?プラハのドヴォルザークホールでこの日モラヴェッツの演奏を聴けた人は幸せだなと僕は思う。日本のホールでも演奏してくれたら良かったのに・・・

「ああ・・・このようなピアニストを聴きたい」

オーダーメイドをする人が日本でも増えれば、日本でもモラヴェッツのようなピアニストが聴けるようになるかもしれない。

kaz




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ヨーロッパのピアノ 

 

ピアニストのイヴァン・モラヴェッツが昨年亡くなっていたのだそうだ。オブラスツォワの時と同じように、その訃報に哀しみを感じている。

日本では、どこか地味な存在だったのかもしれない。アメリカに住んでいた時に僕はモラヴェッツというピアニストを知ったと思う。アメリカでは巨匠のような扱いだったと思う。日本ではそのような扱いではなかったので、驚いた記憶がある。

チェコの真摯なピアニスト・・・という感じだったろうか?とにかく音が美しかったような?ドビュッシーは苦手な僕だが、モラヴェッツのドビュッシーは好きだった。曲というより、サウンドで中に入っていけた。

モラヴェッツのベートーヴェンが好きだった。あまり演奏してくれなかったけれど・・・

この演奏は、モラヴェッツの80歳記念リサイタルのライヴ。故郷のプラハでのリサイタルのようだ。80歳を過ぎて、この曲を真っ向から演奏するって凄いことのような気がする。なんというか、「ヨーロッパの人なんだな・・・」とも感じる。

モラヴェッツのこの演奏を聴いていて、イタリアでの光景を想い出した。モラヴェッツとは全く関係ない光景ではあるが。友人と食事をしていたのだと思う。そのレストランで働いていた少女。イタリアあたりでは、家業が忙しいと、子どもが店を手伝ったりすることもあるので、その少女もそのケースなのではないかと思った。でも友人が言う。「イタリア人じゃないね・・・」

「ここで働いてるの?」「そう・・・」「この店の子?」「ううん・・・違うわ」「どこから来たの?」「コソボ・・・」「お父さんは?」「死んだの」「お母さんも?」「死んだの」「兄妹とか親戚は?」「みんな死んだの」

もう慣れてしまったかのように少女が淡々と話すのが辛く切なかった。

モラヴェッツはヨーロッパの人なんだな・・・と思う。

クラシック音楽もヨーロッパの音楽なんだな・・・と思う。

kaz




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するめの曲 

 

ヨゼフ・スークといえば、まずはチェコのヴァイオリニストを思い浮かべる人が多いと思う。数年前に亡くなりましたが。このヴァイオリニスト、ヨゼフ・スークの御爺さんが作曲家のヨゼフ・スーク。僕は、この御爺さんヨゼフ・スークのピアノ曲「愛の歌」という曲が好き。

一瞬で聴く人を虜にする・・・というよりは、噛めば噛むほど味わいが深くなるような「するめ」みたいな曲。この「愛の歌」は、あまり演奏されないような気がする。演奏会や発表会は、瞬間芸(?)のような場でもあるから(?)、このような「するめ」タイプの曲は分が悪いのかもしれない。

御爺さんヨゼフ・スークはドヴォルザークの弟子だった。ドヴォルザークの「鉄道好き」は有名だ。毎日の作曲のノルマを果たすと、機関車の模型を作ったり、何時間も駅や操車場で機関車を眺めていたりしたそうだ。地元の時刻表などは、もちろん暗記していたというし、列車が遅れたりすると、駅員でもないのに乗客に謝っていたりしたそうだ。

「ああ、本物の機関車が手に入れば、僕の作曲した曲と交換してもいい・・・」

機関車の製造番号を弟子のヨゼフ・スークに調べさせたことがある。自分が忙しいときには、機関車関係の調べものを弟子にやらせることもあったらしい。スークは鉄道マニアではなかったから、この番号を間違えてドヴォルザークに教えてしまった。

「こんなことも間違えるとは・・・そんなやつとは娘と交際させるわけにはいかん!」

ヨゼフ・スークはドヴォルザークの娘、オチルカと結婚する。激怒されたものの、許されたのですね。

ヨゼフ・スークの「愛の歌」、演奏しているのはチェコのピアニスト、イヴァン・モラヴェッツ。

「するめ」のような曲を「するめ」のようなピアニストが演奏している。

ドヴォルザークの恩赦がなければ、「するめ」を現在、このような形で聴くことはできなかったのかもしれない。

kaz



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80歳まで苦労できたら・・・ 

 

Great Pianists of 20th.C.Great Pianists of 20th.C.
(1999/02/09)
Ivan Moravec、Chopin 他

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日本では有名ではないのに、世界では有名なピアニスト・・・

何故日本では有名ではないのか?一生懸命に理由を考えてみるのだが、よくわからない。

セルジオ・フィオレンティーノというピアニストも、もっと日本で知られていいように思うし、この人もそう、イヴァン・モラヴェッツ、チェコのピアニスト。

1950年代に、リサイタルのテープの音源が西側に流出し、それが話題となり、西側でも録音をするようになった。それ以来活躍をしているピアニストで、たしかアメリカでは巨匠的扱いをされていたように記憶している。

日本でも演奏したことがあるらしいんですけどねぇ・・・

話題にならなかったのだろうか・・・

それとも日本でも有名であるという事実を僕が認識していないとか?

数年前に、モラヴェッツは故郷のチェコで80歳記念リサイタルを行った。これはその時の演奏。

人間、生きていると本当にいろいろとある。特に、中年以降は、若い時には当たり前にできていたことが、できなくなったりしてくる。病気などをしようものなら、その加速度は圧倒的なものがある。

80歳・・・

乗り越えてきたものが多くあったはずだ。だから演奏しているのだと思う。

「できない」と思えば本当にできなくなる。

「できる」と思うことは非常に難しい。

でも、できるんだよ・・・絶対に・・・

kaz




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