ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

かつてはピアニストも詩人だった 

 

先日、台風が関東に襲来した日、ピアチェーレの演奏会のリハーサルだった。本番と同じ会場での練習。その時の演奏をメンバーの一人が録画していて、それを送ってくれたので、勇気を出して(?)聴いてみた。

感じたのは、演奏者視点と聴衆視点の違いということ。演奏者としては、いろいろと気になるところを何度も練習したりしていて、そしてその箇所は、本当に自分としては心配な箇所でもあるのだけれど、聴衆として客観的に映像を聴いたりすると、「そんなところはどうでもいいから、全体を考えよ!全体を!」と感じる。

本当に、聴衆としては、些細な箇所も、演奏する本人としては気になる。

本番まで、あと一か月、この「聴衆視点」を忘れてしまうと、自分だけの達成度だけで満足してしまったりする危険性もある。

「自分がどう弾けたか?」と「聴いている人はどう感じたか?」とのバランス・・・

僕は、選曲する際には、どちらかというと、「この曲が弾きたい!」という欲求よりも、その曲の作曲者に近づきたい、触れたいという思いで曲を選ぶことが多いように思う。

ミッシャ・レヴィツキの曲もそう。もちろん、曲が素敵だからレヴィツキの曲を弾くのだけれど、レヴィツキという作曲者、そしてピアニストの世界に触れたいという気持ちの方が大きい。

ミッシャ・レヴィツキ・・・

40代で亡くなってしまったし、戦時下という活動期間もあり、(日本では)ほとんど忘れられたピアニストではあるけれど、改めて数少ないレヴィツキの残された録音を聴いたりすると、この時代のピアニストは、ピアニストであり詩人であったのだと感じる。そう、かつてはピアニストはピアニストだけではなく詩人でもあった・・・

あと一か月、選曲した時の気持ちを忘れずにいたいと思う。もちろん練習もするけれど。

あとはダイエットかなぁ・・・

kaz



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触れたい・・・ 

 

「自分はピアノが上手くなりたいのか?」

自問自答してみる・・・

ピアノを弾く理由は、そして練習する理由は、自分がその曲を上手く弾けるようになるためではない。

ここのところは、非常に音楽愛好家的なところなのかもしれないけれど、僕は、「自分がより上手く・・・」という欲求ではなく、ただただ、その音楽から受けた感動に触れたいのだ。

この部分は、ピアノを弾いていなかった30年という年月の間にも自然に感じていたことで、それは、音楽を聴く、偉大な演奏を聴くということで満たしていた部分でもある。

でも「聴く」という「受ける」という感動だけではなく、自分で直接触れたいと思うようになった・・・だからピアノを弾いている・・・

このようなことを書くと、本当にこの人は変なのではと思われるのかもしれないが、僕は自分で練習していて、自分の音に感動することがよくある。正確には、自分の音ではなく、作曲者の音・・・

この感覚は聴いていただけの時には得られなかった感覚でもある。

自分が人よりも上手に弾けたからといって、そのことに何の意味があるというのだろう?

僕が往年のピアニストの残した曲を好んで弾くのは、「曲が・・・」ということも、もちろんあるとは思うのだけれど、そのピアニストの演奏に心から惹かれているからだと思う。なので、彼らの曲を弾きたいと思うのだ。そして彼らの残した「何か」に触れたいと思う・・・

一生の間に触れることはできるのだろうか?

でも「触れようとすること」そのものが楽しいのだ。

なので、練習は辛くもあり、そして楽しくもある。

レヴィツキの曲を弾くのは、レヴィツキに触れたいから・・・

僕はおかしいのだろうか?

ウィスコンシン州 Madisonにて

kaz




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神童待望説 

 

現在活躍中の世界のトップピアニストは多くの人が幼少の頃から、その才能を発揮しています。やはり音大に入ってから、いろいろと修正されていたりするようでは、ピアニストとして活躍するのには遅すぎるのでしょうか?

昔の往年のピアニストは、その幼少からの才能発揮ぶりも、スケール感が大きいような気がします。

最も「神童ぶり」を発揮したのがヨゼフ・ホフマンではないでしょうか?

6歳で「ピアニストとしてすでに完成された!」とまで言われたピアニストぶり、神童ぶり・・・

6歳・・・僕がピアノを習い始めた年齢ではないですか!

その後、9歳でハンス・フォン・ビューロー指揮のベルリン・フィルとベートーヴェンの「皇帝」を共演。翌年、ニューヨークで演奏。「大人の演奏としても素晴らしい!」と評される・・・

あまりの早熟ぶりに聴衆は熱狂・・・演奏会が殺到し、ニューヨーク児童虐待防止協会からのクレームまでつくようになってしまった。ホフマンは、一度現役を引退(?)し、アントン・ルービンシュタインに師事し、再度大人のピアニストとして、熱狂的に迎えられます。といっても、カムバックが18歳なので、それでも早熟だと感じますが。

まあ、このような人は別格だとしても、基本的にはピアニストは早熟ですね。モリッツ・ローゼンタールは、その演奏から、とんでもない神童ぶりを発揮したと勝手に思っていたのですが、彼がピアノを習い始めたのは、なんと8歳の時。なんだか親近感が・・・

本格的にミクリ門下になって修業を始めたのが、10歳の時。その後、リストの弟子になったりしています。でも、10歳から・・・と言っても14歳の時には演奏旅行をしているのですね。うーん、やはり別格か?

ホフマンにしてもローゼンタールにしても、後に「再修業」をしているということが共通しています。ローゼンタールは、演奏活動をしながら、自分には一般教養が足りないと思い、ウィーン大学の哲学科に入学したりしています。ローゼンタールらしい感じはします。

ミッシャ・レヴィツキは、ミハウォフスキーという大先生・大ピアニストにピアノを習い、デビューは8歳の時。うーん、やはり早熟ですねぇ。その後もドホナーニなどに師事しています。

レヴィツキの自作自演などを聴いていると、「ピアノのクライスラーだな!」と思います。そして、8歳のレヴィツキ、14歳のローゼンタール、9歳のホフマン・・・どのような演奏をしていたのだろうと思いを馳せたりするのです。

某団体のコンペティションで遭遇する優秀な子供(子どな?)たちの演奏とは違っていた・・・僕はそう思うのですが・・・

kaz




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ピアノはピアニストと共に成長したのだ・・・ 

 

ユーチューブですが、先ほど自然に回復していました。パソコンは精密機械のはずなのに、「なんとなく直っていた」でいいのでしょうか?不可解ではあります。沢山の方からメールで解決法のアドバイスを頂きました。本当にありがとうございました。何故か直っていました・・・

さて、今日はレッスンだったのですが、演奏会は来週なので、「今日弾けなかったら死んじゃう!」と思いつつ、緊張して弾きました。まぁ、なんとかなるのではないでしょうか?

いつも思うのだけれど、先生は、曲の特徴を捉えるのが上手いです。「とても良く弾けているのですが、僕だったらそこは、こう弾くと思いますね・・・」という感じで、初見で弾いてくれるのですが、その演奏がいつも素晴らしいんですよね。なんというか、レッスンの醍醐味というか・・・

多くの方のブログを読むと、弾いてくれる先生は、少数派のようです。何故なんだろう?

「そこは、もっと優しく歌って~」とか「そこは、もっと弾むように~」と、ただ横で指示するだけ・・・というパターンが多いみたいですね。

難しいパッセージは、練習すれば・・・というところがあるけれど、非常に「洒落たニュアンス」というものが要求される曲なんかは、先生が弾いてくれると、分りやすい・・・というか、弾かなきゃダメでしょ?

先生が弾いてくれて、それは大曲をリサイタルで弾く・・・ということとは違うけど、ちょっとした部分の微妙なニュアンスなんかを、先生が見事に再現してくれると、生徒は「わぁぁぁぁぁ!!!!!」と無条件に感じるわけですよ。ここが大事というか、レッスンの醍醐味なのではないでしょうか・・・

そのような意味で、僕の先生は、初見でなんでも弾いてくれます。ピアノの先生は、やはりピアノが弾けた方がいい。絶対に。音楽や演奏というものは、人を虜にする魔力があるんだから。楽しいレッスンのノウハウもいいけれど、先生が弾いてあげるのがいいのではないでしょうか?

僕の先生の特徴として、発表会や演奏会に向けて、その曲だけを集中的に仕上げるということはしないということがあります。演奏会直前でも、「次は何か違う曲を弾いてきて下さい」とか言います。発表会前最後のレッスンでも、「今日は何を弾いてくれるのですか?」と質問します。「発表会の曲に決まっていますぅ・・・」みたいな?

今日も、演奏会前最後のレッスンでしたが、同じ質問をされましたね。もう慣れましたが・・・

今日は、演奏会で弾く曲の他に、レヴィツキの曲を弾きました。これは11月に弾く曲です。まさに、「微妙なニュアンス」が必要とされる曲であります。案の定(?)先生は、レヴィツキの曲を知りませんでした。

「素敵な曲(演奏ではない)ですねぇ・・・」

先生は、いつものように沢山初見で弾いてくれました。これが楽しいんですよね。

「ピアノのクライスラーみたいですね」と先生は弾きながらレヴィツキの曲を評しました。

レヴィツキの曲は、だからこそ難しいのではないかと思います。

ミッシャ・レヴィツキは、今でこそ(というか日本でこそ?)知られていませんが、100年前のピアノ黄金期、その黄金期の中心地アメリカで活躍していたピアニストです。

ヴィンテージのスタインウェイ、ニューヨーク製のスタインウェイですが、髙木裕氏の著作などを読んでも、ピアノという楽器も、100年前のアメリカで黄金期を迎えたということが分ります。よく、ピアノという楽器だけを評して、「昔のピアノは・・・」とか「スタインウェイの音は・・・」とか言ったりしますが、実は、100年前、ニューヨーク・スタインウェイは、楽器だけ、技術者だけで黄金期を築いたわけではありません。当時の偉大なピアニストの存在があった。そこが大事です。

ホフマンやパデレフスキーは、スタインウェイ社のランクで「Aランク」のピアニストでした。このAランクのピアニストのために、スタインウェイ社は、「そのピアニスト仕様の調整」に社運を賭けたのです。自分の会社のためだけ・・・というよりは、ピアノという楽器の完成そして成熟のために。

そのピアニストが、一番弾きやすいように調整する、微妙なコントロールの要求にも応えられる高性能なピアノの実現・・・つまりオーダーメイドです。

ホフマン仕様、パデレフスキー仕様のピアノという概念、この概念が大事なのだと思うのです。ホフマン仕様のピアノは、一般人には「弾きにくい」ピアノだったのかもしれません。おそらく、ホフマンほどの微妙なタッチのニュアンスの要求に応えるために、非常に繊細に軽く調整されていたのだと想像します。おそらく、僕なんかが弾いたら、「いやん、全部フォルテになっちゃう・・・」みたいなピアノだったと思います。

ヴィンテージのピアノを語る場合は、そのオーダーメイドという概念を考えないで、「昔のピアノは・・・」とかは言えないのではないかと僕は思います。

レヴィツキもスタインウェイ社の「Aランク」ピアニストでした。レヴィツキがカーネギー・ホールで演奏する場合は、会場備え付けのピアノを弾くということは決してなかったはずです。スタインウェイ社が、「レヴィツキのために」用意し、調整した楽器で演奏していたはずです。それが楽器の成長、スタインウェイ社の繁栄にも繋がっていき、そのピアノの存在が、「ピアニストの黄金時代」というものをも作り出していったのだと思います。

そのレヴィツキの演奏を聴きながら、今日のレッスンの事、ピアノという楽器の事、そしてピアニストの黄金時代の事、そしてユーチューブの回復の事を考えたりするのです。

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ホロヴィッツの嫉妬 

 

Mischa LevitzkiMischa Levitzki
(1993/01/21)
Anton Rubinstein、 他

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11月の演奏会でレヴィツキの曲を弾く予定です。ミッシャ・レヴィツキ・・・彼の曲もですが、ピアニストとしても現在では忘れられた存在となってしまっているのではないでしょうか?

レヴィツキはウクライナ出身のピアニストで、ミハウォスキ―に幼い頃からピアノを師事しています。デビューは8歳の時。

彼は、アメリカでストヨフスキー、ベルリンでエルンスト・フォン・ドホナーニに師事します。アメリカに帰化した、ウクライナ出身のロシア系ピアニストと言えます。

ウクライナ出身のピアニスト、いわゆる同郷のピアニストに、ウラディミール・ホロヴィッツがいます。実は若きホロヴィッツは、レヴィツキの演奏を聴いています。

「レヴィツキ・・・芸術家ではなく、彼は職人である」

レヴィツキは、ヨゼフ・ホフマンと同様に、楽譜に忠実なタイプとして知られていたピアニストでしたので、ホロヴィッツの好きなタイプの演奏ではなかったのかもしれません。でも、この種のホロヴィッツの暴言(?)は、本当に彼が言った言葉なのか、疑わしいところもあるので、なんとも言えませんが・・・

これは、想像なのですが、当時のスタインウェイ社はピアニストのランク付けをしていました。若きホロヴィッツはBランクでしたが、レヴィツキはAランクでした。当時のAランク・アーティストは、レヴィツキの他にはパデレフスキーやヨゼフ・ホフマンがいました。ホロヴィッツは悔しかったのではないでしょうか・・・あくまで想像ですが。

レヴィツキが「忘れられた存在」となってしまった理由として、彼が亡くなったのが世界大戦の混乱期だったということにあるのではないかと思います。さらに、レヴィツキは心臓発作で42歳の若さで亡くなっています。もし、彼が戦後まで活躍していたら、現在の評価もかなり違っていたのではないでしょうか?

CD数枚分の録音しか残せなかったレヴィツキですが、現代の感覚からすると、充分にロマンティックな演奏に感じられます。

僕は、レヴィツキの演奏、このような演奏・・・とても好きです。

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