ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「誰かと分かち合えない感動は私にとって無意味だ」 

 

レナード・バーンスタインも数多くの名言を残しています。

① 「私も指揮者になりたいのですが?」   
    
  「無理でしょう!」
   
  「どうしてでしょうか?私には指揮者としての才能がないのでしょうか?」

  「君の才能のことなどは知らないが、私にそのような質問をしたからだよ!」

② あなたが音楽家になろうと思った時から、あなたは音楽家なのだ。

③ 何よりも素晴らしいのは、音楽が伝えることのできる感情の種類は無限だということだ。言葉で表現できない深い感情までも音楽は明確に示してくれる。

④ 偉大なことを成し遂げるには、2つのことが必要だ。1つは計画、もう1つは不足気味の時間。

⑤ 誰かと分かち合えない感動は私にとって無意味だ。




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魅惑のショスタコーヴィチ 1 

 

美しいメロディーを沢山書いた作曲家、それぞれ人により思い浮かべる作曲家は異なると思います。シューベルトとか、プッチーニとか・・・

(ピアノ弾きにとって)マイナーな作曲家ではレイナルド・アーンとか・・・

「美しいメロディー」という言葉からショスタコーヴィチを連想する人は、どれくらい存在するのでしょう?少数だと僕は思うのですが・・・

ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲ですが、あまり演奏されない感じですね。まれに、1番が演奏されるでしょうか?

でも、2番のピアノ協奏曲の第2楽章は、この世のものとは思えないような、美しいメロディーなのです。

ピアノを演奏しているのは、レナード・バーンスタイン(指揮も)で、これまた極上の演奏でして・・・

kaz




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音楽とピアノのレッスンとの大きな溝 

 

本日無事退院しまして、さきほど少しピアノを触ってみて、案の定というか、予想以上にというか、弾けなくなっていまして、練習の継続性、その大切さを再確認したところです。

まぁ、ピアノの練習も再スタートということですし、季節も春の到来ですし、一からのやり直しもいいのではないでしょうか・・・

バーンスタインは、中学生の時に聴いています。ニューヨーク・フィルの来日公演でした。東京文化会館の天井に近い席で、聴きまして、特にショスタコーヴィチの演奏、もう自分が、どうかなってしまうのではないかと思うほど感動しました。

その時は、ピアノも辞めていて、チンタラと練習する必要もなくなり、先生からもガミガミと怒られることからも解放され、どこか、さっぱりとしていたのですが、このバーンスタインとニューヨーク・フィルの演奏を聴いて、とても苦しくなったのを覚えています。当時は演奏に感動したからだと思っていました。中学生ではありましたが、会場で大泣きしてはいけないという認識はありましたので、演奏会後、泣きながら上野から日暮里まで歩いたのを覚えています。

今は分ります。あの時の苦しさは、音楽や演奏から受けた感動を自分なりに発散させたかったからなのだと。自分は聴くだけでは満足できなかったからなのだと・・・

でも、自分の心からの欲求に、蓋をしてしまった。封印してしまった。その後30年間も・・・

どこかで自覚していました。受けたもの、貰ったもの、その感動を自分で表現して発散する必要性を感じていました。でも、どうしても、どうしてもピアノのレッスンは、もうイヤでした。怒られることも、バイエルやブルグミュラーを練習することもイヤでした。

その後も、音楽を聴いて、苦しい感覚を覚えることが何度もありました。そして、その度に自分の気持ちを偽って生きてきました。

「本当はkazさんはピアノ弾きたいんだろう?」

僕が封印し続けてきた本当の気持ちを、見破る友人たちもいました。そして、その友人たちが、病気で亡くなり、自分も病気になりました。これは偶然ではないと自分では思っています。このような偶然は、ありえない。

自分が病気になり、人生の再設計、そして人生の有限性を見つめ直す必要性が出てきた時に、僕は初めて自分の気持ちに正直になることができたような気がします。

「また、またピアノを弾いてみたい・・・」

初めて音楽を聴いて「死にそうに辛い・・・」という感覚を覚えたのが、バーンスタインのショスタコーヴィチでした。初めての封印、初めての自分への偽り・・・

その時のバーンスタインは、豆粒のようでしたが(天井で聴いていたので)、演奏の映像が残っています。今聴くと、あの時の、泣きながら歩いていた自分に戻ります。

「なぜピアノを、あの時再開しなかったのだろう?」

・・・でも、それが自分なのだとも思います。そして自分はピアノを死ぬまで弾いているだろうとも思います。

kaz




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全身が音楽 

 

本日退院です。嬉しくて興奮しているためか、朝早く目が覚めてしまいました。

まずは、無理をせずに慣らしていかなければと思います。ピアノも、いきなりガンガン弾かずに、徐々にですね。でも、弾けなくなっているでしょうねぇ・・・

実は、僕はバーンスタインが大好きなんです。でも、あまりに才能がありすぎて、神々しくて人間とは思えない存在というか・・・

彼は、指揮をしていても、ピアノを弾いていても、全身で音楽を感じているというか、音楽を愛していて、その感情が表に表出、いや爆発しているかのように僕には思えるのですね。

演奏という行為は、複雑で容易なものではないだけに、自分がいかに演奏するかというところで、自己完結してしまい、演奏者、そして時には聴いている側でさえ、それだけで満足してしまうこともあるのではないか・・・

「わあ・・・凄い!」「上手いよね!」・・・

バーンスタインの演奏している姿は、そのような自己完結とは違う姿であるように思えます。

あまりにも高いところにいて、僕なんかが憧れるのも恐れ多い感じなのですが、でも、憧れます。

ラヴェルのピアノ協奏曲を弾いて、そして指揮もしているのですが、「この曲でそれは無理だろう?」などと僕は演奏を聴くまでは思ってしまったりもしたのですが、でもそんなこと全く彼には問題ではないのですね。

こんな風に年齢を重ねられたら最高でしょうねぇ・・・

kaz




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