ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノを習わせている保護者の不満 

 

一時よりは減りましたが、ポツポツとメールは頂いています。ピアノの先生からのメールもありますが、ピアノを自分の子供に習わせている保護者からのメールも多いです。計100人以上の保護者からのメールになるでしょうか?

ほとんどが、「ピアノの先生ってどうなの?」「おかしいと思いませんか?」という先生方に対する批判のメールです。もちろん、素晴らしいレッスンをする先生も多いはずですが、そのような教室の保護者は、そもそも先生に満足しているのだから、僕などにメールは書かないのだと思います。

今は、生徒を「生徒さん」と表現する先生がほとんどです。「生徒」でも「生徒さん」でも、どちらでもいいのだと思いますが、もう巷では「生徒さん」が普通になっていますね。これはピアノの先生と生徒との関係、そして教室の在り方が、昔とは変わってきたということだと思います。基本的に、「同門」とか「師弟関係」という感覚を持っていれば、「生徒」という表現になると思いますし、教室が一種のサービス業という考え方で、生徒がお客様という感覚が先生にあれば、「生徒さん」という表現になるのでしょうか?英会話教室とかも「生徒さん」ですよね?カルチャーセンターとかも・・・

どちらの方向性も正しいと思います。間違えということではない・・・

でも、サービス業と考えている(らしい)先生ばかり、その数が圧倒的で、師弟関係という、ある意味「厳しさ」をも併せ持ち、そして上達させてくれる先生が少ないという不満を保護者は持っているようです。

これは、メールの内容から判断すると、「何年も習っているのに、ちっとも上達しない」という不満を持っている方が実に多い。そして、他の先生のホームページを検索しても、「楽しく生徒さんたちとピアノを・・・」的な、サービス業的な内容(だと判断してしまうような)の教室が圧倒的・・・

この「圧倒的に多数」というのが不満の原因のようです。数は多いが、選択肢が限りなく少ない。僕も、そこがおかしいと感じます。たとえば、「生徒」でも「生徒さん」でも、どちらでもいいのですが、圧倒的に「生徒さん」ということが、なんだかおかしいように僕には思えます。

教室の在り方、方向性も、「これが正しい」というものはないのだと思いますが、これも圧倒的に「楽しく、笑顔の溢れる」的な、少なくても、そこをアピールしている教室が圧倒的・・・

発表会などでも、連弾コーナーがあったり、合奏や劇があったり・・・生徒が裏方をも担い、皆で創りあげる感動の発表会・・・これもいいでしょう。でも、ただ演奏を聴きたい・・・そのような発表会がいい・・・という生徒や保護者も多いです。でも、世間の流行は、そのような方向性ではなく、セミナーなども「催しノウハウ」のセミナーが繁栄していてる。それはいいのだけれど、そちらばかりに興味があるという先生が圧倒的(のように部外者からは判断できてしまう)というような選択肢の少なさを感じさせてしまう・・・

僕よりも、メールを送ってきた保護者たちは、厳しく先生方を見ているようです。自分の子供の先生だけではなく、実にピアノ教室ブログ、ピアノ教師ブログを丹念に読んでいる。そして、皆が同じ方向を向いていて、選択肢がないように思えると判断してるようです。

「あるセミナーに行って、どんな実践を自分の生徒にするのか、その結果や過程などをブログで読みたいと思っていても、なにも書かれないんですね。そして別のセミナーに行って、行ってきましたぁ、刺激になりましたぁ・・これではまずいですよね?先生のブログって、個人的なブログではない場合が多いですよね?営業のツールの一種ですよね?だとしたら実践報告を書くのが普通ですよね?」

「生徒さん・・・と書かれる先生ばかりで。そうでない先生は有名音大の先生とかピアニストになってしまう感じです。街の教室で、ある程度厳しくというか、きちんと教えてくれる先生はどのように探せばいいのか・・・実際にはブログとかホームページで判断するしかないので、そこが本当に困ります」

「うちの子は、どちらかというと、集団行動が苦手で、学校もあまり好きではないみたいなんです。ピアノは好きなのですが、その教室でも合奏や合唱のようなことをしなければいけないみたいで、そこが嫌みたいです。先生は好きみたいなんですが・・・そもそもピアノを習いたいという子は、一人で何かをすることが好きな子という場合も多いのではないでしょうか?」

メールの内容の抜粋です。厳しいな・・・と思います。先生方からすれば、もちろん反論はあるでしょうね。

僕は、子供もいないし、ピアノ教室運営とか、そのようなこととは無関係ですし、ピアノ教師とかセミナーなども、今は無関係です。「楽しさ重視」か「上達・厳しさ重視」か・・・という問題ではないですね。選択肢が少ないということが問題ですね。皆が同じ方向を向いているように部外者からは感じられてしまう・・・

そこが問題・・・

kaz

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音大で何が起こったか・・・ 

 

楽器店の社員であった時期は、よく教室の発表会のお手伝いをした(させられた?)。裏方ですね。受付をしたり椅子を出したり、先生方のお弁当を手配したり・・・

個人の教室ではないので、先生方の打ち合わせのようなもの、まあ会議ですね、そのような段階から先生方とお付き合いすることが多かった。その会議で毎回揉める(?)のが、「誰が講師演奏をするのか?」ということ。

「私は2年前に弾いたのよねぇぇぇ・・・」

「まだ弾いていない先生は?A先生は弾いていないでしょ?」

「でも私はピアノ科じゃないしぃぃぃ・・・」

「今年は講師演奏やめない?別にいいですよね?kazさんどう思います?」

「いや、会社としては何もしないというのはちょっと・・・」

「じゃあ、みんなで歌とか歌う?」とC先生・・・

「あのう・・・私・・・弾きます」と新人のB先生。大抵、新しい先生が犠牲(?)になる。

ここで大いなる疑問を抱いた。「何故弾きたがらないのだろう?」

先生は弾けて当然という、生徒や保護者の期待に満ちた空気の中で弾くのは、そりゃあ弾きにくいものもあるとは思うけれど、でも根本的に「弾きたくない」という思いに満ち溢れすぎのような?

何人かの先生は、断言した。「卒業して、やっと練習しなくてすむんだからぁぁぁ・・・いやよねぇぇぇ!」

「へっ?」

自分のレッスンというものからの解放?ピアノを弾くことはそれほどに辛いことなのか?

まぁ、このように音大を卒業すれば、練習や自分自身のレッスンから解放される・・・と感じる先生は少数派なのかもしれないけれど、でも専門的に音楽を学び、幼い頃からピアノを弾いてきた人から多く聞かれる言葉・・・

「ピアノはつまらなかった・・・」「ピアノは嫌いだった・・・」

何故そのようになってしまうのだろう?音大で何が起こったのか?

でも、考えてみれば、アマチュアでも子供の頃にピアノを習っていて、ある程度のところまで進んだ人は同じように「昔はピアノが嫌いだった」と言う人が多い。

ピアノの学習、指練習をして、エチュードやバッハを弾いて、そして曲も難しい曲を弾くようになっていくという、一般的なピアノ道には何故「ピアノ・・・嫌い・・・」の空気があるのだろう?

ピアノが楽しいとはどのようなことなのだろう?

それは、その楽しさは「ディズニーランド的・遊園地的」な楽しさとは違う。傍から見れば、「何故そんなにしてまで弾くの?」と思われるであろう楽しさなのでは?

僕自身も練習は辛いと思う。仕事が終わり、ピアノが弾きたくて駆け足で家路に・・・なんていうことはない。

あの時に会った先生方の「ピアノへの拒絶」まで感じる、音楽への無関心さは何だったのだろう?

音大で何が起こったのか・・・

kaz


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夕陽のデニーズ 「ピアノ教室は音大ではない」 

 

発表会の打ち合わせも順調に済んで、その日は本店に戻らずに直帰してもいい日だった。「よし、今日は早く帰れる!」kazが帰り支度をしていると、数人の先生に呼び止められた。「あのう、kazさん、少し時間ありますか?」「予定はありませんが・・・」「私たち、K太君のことG先生から聞きました。K太君を復活させたって・・・」「復活させたのはG先生ですよ?」「でも相談したくて・・・夕飯おごります。そこのデニーズで少し話を聞いていただけませんか?」

kazは食べ物の誘惑には昔から勝てなかった。10分後には、夕陽の眩しい国道沿いのデニーズの席に座っていた。

「なんで生徒たちは練習してこないんでしょう?ピアノは他のお稽古事と違ってレッスンだけではどうにもならないでしょう?親もそのあたりが協力的でないというか・・・」「練習をしないでレッスンに来るなんて私からすると信じられないんです。こんなこと思っちゃいけないんだろうけど、私、自分の生徒たちに対して、この子はなんでピアノを習っているんだろうなんて感じたりもするんです」「そう、なんだか空しくなっちゃうんだよね・・・」「もう私、練習しなさいなんて言わないもん。どうせ練習なんかしてこないし・・・」

kazは先生たちの話を聞いていて少し悲しくなり、そして少しイラッとしてしまった。

「先生方はピアノのエリートなんですよ」「えーっ?私たち音大は一応卒業したけど、ピアノそんなに上手くないよねぇ?」「いや、そういうことではなく、小さい頃から挫折することなくピアノを続けたから、音大を卒業し、現在ピアノの先生として存在している。そのことだけでもエリートなんですよ。教室の先生は音大の教授と違うのではないでしょうか?音大の先生は、生徒に練習させるには・・・なんて悩まないんじゃないでしょうか?生徒がエリートなんですから。練習は毎日するものと生徒は認識しているわけですから・・・」

実社会の洗礼を先生たちは受けている・・・kazはそう思った。

「kazさん、どうしたらいいんでしょう?」「大変に厳しい言い方かもしれませんが、そのようなことを僕に質問すること自体がおかしいです」「なんでですか?」「先生方は職業としてピアノの先生として働いているわけです。生徒がどのような状態であれ、その生徒を上達させるのは、お金を貰っている以上は、先生方の職務でしょう?たとえば、どうせ練習しないからと、諦めてしまったりしては、職務放棄になります。そして、どのように生徒にピアノに向かわせるか、そのことを考えて工夫することも先生方の職務でしょう?僕が答えられる問題ではないし、立場上僕は先生方に何も言えないんです」

先生方は皆、下を向いてしまった。アイスコーヒーの氷は解けてしまっている。

「僕はピアノ挫折経験者です。なんで続かなかったんだろうと考えてみると、家でどのように練習していのか全く分らなかった。どこを、なにを練習すればいいのか、どのように練習すればいいのか自分では分らなかった。もしかしたら先生方の生徒もそうなのかもしれない・・・」

ずっと黙っていたM先生が話し始めた。「もしかしたら、私、音大のレッスンの感じをそのまま自分のレッスンでも行っていたのかもしれない、今そのように感じました。音大では生徒の演奏を先生は批評する・・・それがレッスンという感覚だったけど、普通の子供にはそれでは通用しないのかもって・・・」「先生に曲を貰って練習して、その成果を聴いてもらう・・・そうじゃなくて、レッスンで一緒に新しい曲の予習もしなくてはいけないのかもって、今そう思いました」「私は今まで曲が合格したら、じゃあ次の曲練習してきてね・・・そんな感じだったけど?」「音大でならそれでいいのよ!でも教室じゃ無理なのよ!」

「先生方も大変ですよね。でもどんなに大変でも、そのことで悩んで解決方法を考えるのも先生方の職務なのだと僕は思うんです。僕は具体的な解決方法を先生方には示すことはできないんです。相談を受けたり、話をこのように聞くことはできるのですが、それ以上のことは、立場上できないんです。申し訳ないのですが・・・先生方で、いろいろ工夫してみて情報交換してみたらどうでしょう?」

「そうですね・・・職務放棄・・・なんで練習しないのと思っているだけでは私たちは仕事をしていないことになるんですね」「教室の先生の方が音大の教授より大変よねぇ?kazさん、そう思いません?」

デニーズの窓から見える街灯が灯りはじめた・・・

kaz


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K太君の想い出 

 

「kazさんはグレードも持っているんだし、昔ピアノを弾いていたみたいだから、先生方の悩みとか聞いてやってよ。俺ら素人では分らんから。まっ、よろしく頼むよ」

会社からは、そのように言われたけれど、kazは具体的に何をすればいいのかは見当がつかなかった。営業の仕事を黙々と続ける日々が続いた。

そんなある日、楽器店の発表会の手伝いをしていた時にkazは会場で男の子に声をかけられた。「あのう、kazさんですよね、子供の時ピアノ習っていて、グレードも持っているって僕の先生が言っていて、先生があの人って教えてくれたので・・・」「もうピアノは弾いてないけどね。君はK太君だよね、さっきのアンサンブル聴いたよ」

K太君は、グループレッスンのクラスにいる生徒で、新年度からは個人レッスンに進級する予定だった。K太君は男なのに音楽教室に通っているということで、学校でいじめられていたらしい。音楽教室を辞めようと何度も思っていた時に、初めて実際の男のピアノ弾き(元・・・だが)の存在を知り、勇気づけられたらしい。

「ピアノ・・・辞めないよね?」「うん、続けようと思う。ありがとうございました」

それがK太君とkazの初めての出会いだった。

ある日、G先生がkazのもとを訪れてきた。K太君の先生だ。「あのう、kazさんですよね?K太君のことで相談したくて・・・」「どうされたんですか?」「K太君は、グループの時は結構目立つ存在で、グループ担当の先生も、あの子は音楽的って言っていたんですけど、でも個人レッスンになって私の担当になってからほとんど練習しなくなってしまったみたいで・・・私の教え方がいけないんでしょうか?もうどうしていいのか分らなくなっちゃって」

「K太君は何て言っているんですか?」「何も・・・練習してきてねって言っても返事だけ良くて家で全く練習してこないんです」

ピアノ・・・続けようと思う・・・K太君はそう言っていたはずだ。どうしたんだろうか?

kazは会場主への挨拶のついでに、K太君のレッスンが終わるのを見計らって、あたかもK太君と偶然に会ったふりをして、話をすることにした。

「あっ、kazさん・・・」「個人レッスンはどうだい?」「えっ?うーん・・・」「どうしたんだい?」

二人は、向かいの公園のベンチに座った。「K太君、なんだか元気ないじゃないか?」「僕・・・」「G先生は厳しいのかい?」「ううん・・・でも・・・」

なんでK太君は練習しないのだろう?kazは自分がピアノを挫折した理由を考えてみた。

「K太君、楽譜きちんと読めるかい?」「僕・・・楽譜あまり読めないんだ・・・僕読めない・・・」K太君の目に涙が溢れ出た。

「楽譜貸してごらん・・・一緒に楽譜を読んでみようよ」

本当にK太君は楽譜が読めなかった。グループレッスンの時は耳で覚えて弾いていたのだ。kazも子供の時はそうだったので、K太君の現状が痛いほど理解できた。

「レッスン・・・辛いよね?」「うん。先生は来週までに次の曲弾いてきてって言うんだけど、僕一人じゃ弾けないんだもん。」「覚えれば弾けるんだよな?」「そうなんだ。先生がレッスンで隣で弾いてくれたりするのを覚えれば弾けるから今までそうやって曲が合格になってたんだ。でも新しい曲は僕弾けない・・・」

kazはG先生に、K太君の読譜力の件を告げることにした。「そうだったんですか?でもK太君が楽譜が読めなかったなんて・・・私全く知りませんでした。だって何年も教室に通っていたんですよ?」「僕からは先生に、こうして下さいなどということは言えませんし、言ってはいけないことだと思っています。K太君をこれからどのように伸ばしていくかは、僕ではなくG先生の役目です。先生・・・やってくれますか?」「はい・・・頑張ってみます」

K太君・・・今ピアノを辞めちゃだめだ。今の状態で辞めたら大人になってから後悔する。でもkazは営業の社員でしかない。先生ではないのだ。祈ることしかできない。

そのことがきっかけだったのかは不明だが、kazは先生方や保護者から相談を受けることが多くなっていった。

kaz


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元社員の呟き 

 

若い頃は、色々な仕事を転々としていた時期がありました。転々・・・ではないですかね、結構一つの仕事を長い期間やりましたから。水商売が多かったでしょうか、バーテンダーとかですね。若い頃やった仕事の一つに某大手楽器製造会社の楽器店、いわゆる特約店の社員があります。基本的には営業の仕事です。楽器を売ったりですね。

でも、僕は何故か、その某楽器製造会社のグレードテストなるものを受けていて、その中の「演奏グレード」の級も持っていました。ピアノの先生になるつもりだったのでは、もちろんありませんでしたが・・・

何級なのかは、記憶の彼方だったのですが、思い出してみると、即興演奏の課題にコードが記載されていなく、そこが難しいなどと言われていた記憶がありますので、おそらく4級を取得したのだと思います。

当時は、グレードの級を持っている社員は大変に珍しい存在であったらしく(今でもそうか?)、普通の仕事もしましたが、教室の先生方の相談役と言うか、愚痴聞き役、そして保護者からの教室への要望、先生方へのクレーム処理などを担当することも(が?)多かったです。

「これをやらせるために僕を採用したんだな!」と思いましたが、先生方や保護者の本音を抱え込んだことは、貴重な体験だったのではないかと今では思います。

社員時代には、実に多くの発表会のお手伝いをして、生徒の演奏を聴く機会も多かったのですが、その時に受けた印象と、時を経て、数年前自分自身がピアノ再開をしてから、自分の先生を見つけるための一環として多くの発表会を訪れ、生徒の演奏を聴いた(偵察した?)時とで、印象が重なる部分が多くありました。楽器製造会社の教室と、個人のピアノ教室という違いはありましたが、重なる部分も多くあったというのが、僕の印象です。

社員時代に自分が抱えた、多くの先生方の悩み、保護者の悩み、そのようなものは、時は変わり、地域も異なり、そして個人と楽器店という違いはあれど、現在でも継続してしまっているのではないか、多くの子供の演奏を聴いてそのように僕は感じました。

自分自身がピアノを再開してからも、そして先生を見つけて実際に習うようになってからも、実は、昔の体験やら子供の演奏といったものは、僕には関係のない世界のことという認識ではありました。自分のピアノのことで精一杯ですから・・・

色々な事を考えるようになったのは、やはりブログを書き始めるようになったことが大きな要因なのかと思います。ピアノの先生のブログを含め、他の方の書いたブログを読む機会も増えましたから、昔の体験を思い出したりすることも多くなったのだと思います。

基本的に僕は「音楽愛好家」としてブログを書いているつもりです。ほんの少しだけ「ピアノ学習者」として書いてはいますが、やはり愛好家として無責任に雑文を書き散らかしているのではないかと思います。でも、最近は、昔の社員時代に関わった先生方の悩みや、泣いていた顔、保護者の怒りの表情、安堵の表情、様々な風景を思い出したりもしています。

「生徒がちっとも練習しない・・・」
「何年も習っているのに全然弾けるようになっていない・・・先生はきちんと教えているのか?」
「少しは練習するように親も言って欲しい。ただ教室に通っていればピアノが弾けるようになると思っているのだろうか?」

愛好家にとっては、これらのことは全くの専門外のことではあります。でも元楽器店社員(相談役?)としては、考えさせられることでもあるのです。

新しいカテゴリーを設けたのは、そのあたりが理由です。元社員の目線・視点・・・

でも、このカテゴリーでは、あまり書かないでしょうねぇ・・・

kaz


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