ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

明るいポーランド 

 

自分の中のポーランドを綴ると、どうも話題が暗くなりがちだと感じた。暗いブログ?ポーランドという国の歴史がそうさせるのか?何かポーランドの明るい話題はないものか?

料理の話題であれば、そう暗くもならないのでは?「ショパンとピエロギ」とか?ショパンがジョルジュ・サンドのためにピエロギを作ったと想像してみるとか?でもショパンって、あまり料理が得意だったとも思えない。あくまでもイメージだが・・・

ふと思い出したのだが、たしかポーランドにフィギュアスケーターがいたな・・・と。記憶としては曖昧だ。「へえ?ポーランドにもこんなに凄いペアがいたんだ」と、そのカップルの演技を観て感じた記憶があるだけだ。いつの頃だったか、それも曖昧だったりする。でもフィギュアスケートだったら「明るいポーランド話題」になるかも?

ちょっと検索してみると、ドロタ・ザコルスカ&マリウス・シュデクというカップルだった。オリンピックは3度出場している。長野、ソルトレイクシティ、トリノ。すべて10位以内になっていて、非常に息の長い安定した実力を持つカップルだったことが分かる。世界選手権には連続13回出場。これも凄いと思う。やはり常に10位以内の成績を残していて、一度だけ世界選手権で3位になっている。この時のメダルがポーランドにとって初めての世界選手権でのメダルであり、現在も彼らのメダルが唯一のポーランドフィギュアのメダルともなっている。

むろん、ポーランドはフィギュア大国とは言えないだろう。ロシアやアメリカ、日本(シングルのみ)のようなスケート大国ではない。熾烈な国内大会を勝ち抜くというのも大変だろうが、国内には自分たちしかいない・・・というのも、また大変だったのではないだろうかとも思う。

とにかく力技というのかな、リフトが素晴らしいカップルだ。女性も凄いが、男性も凄いのではないだろうか?支えるという意味で・・・

オリンピックシーズンで引退をする選手が多い中、このカップルは、翌年も現役を続行した。理由としては、一年延長すれば、地元ポーランドで開催される欧州選手権に出場できるからということだったらしい。オリンピックの翌年、世界選手権が東京で開催された。女子シングルで安藤美姫選手が金メダル、浅田真央選手が銀メダルを獲得した大会だ。現役最後の試合として、ザコルスカ&シュデクのカップルも東京にやってきた。

フリー直前の6分間の練習、この時男性のマリウス・シュデクが腰を痛めてしまったらしい。本番で彼らの名前がコールされても、なかなかリンクに登場しない。泣きじゃくるザコルスカの姿がリンクサイドに見えるだけだ。やがて二人はリンクに現れるが演技を始める雰囲気ではない。ザコルスカが泣きながら審判に説明する。「演技できません、棄権します」と。演技のできなかった二人に大きな拍手が湧きおこり、花束がリンクに投げ入れられたと言う。僕はこの場面は見ていない。ペアなんて地上波では放送もされなかったのかもしれない。

一般の人たち、フィギュアスケートは嫌いではないし、観ていて「いいな、素敵だな」とは思うけれど、専門雑誌を購読したり、プロトコルがどうとか、そんな専門的なことはいらない、ジャッジですか・・・と思えるほどの分析力もないし必要もない、ただ観たいというファンも多いと思う。仕方がないのかもしれないが、地上波ではシングルしか放送されない印象がある。これが残念だ。優勝争いをする日本人選手と、そのライバルたち、そこしか知ることができない。でもシングルだけがフィギュアスケートではないと思う。

kaz




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ジョージアという国から・・・ 

 

吉祥寺という街、なぜか雑誌などに取り上げられる機会も多く、女性に人気の街らしい。住みたい街としても常に上位みたいだ。吉祥寺にはディスクユニオンがある。この空間だけ「お洒落な吉祥寺♡」ではなく、オジサン空間。街自体は個人的にはあまり好きではない。若者がプ~ラプラしていて、なんだかチャラい感じ?人も多いし。

愛する(?)「ディスクユニオン」以外にも吉祥寺で好きな場所はあったりする。駅からすぐにある「カフェ・ロシア」という店。名前から想像できるように、ロシア料理をカジュアルな感じで堪能できる店。僕の目的はロシア料理ではなく、グルジア料理。もしかしたら本場の味とは異なるのかもしれないが、3000円程度で異国情緒を味わえる穴場・・・なのだ。店員さんに相談しながらメニューを決めるもよし、「グルジアセット」をオーダーしてもよろしい。

実はグルジアという国、少し前から「ジョージア」という名称に変わっている。個人的にはジョージア・・・だと、どうしても米国のジョージア州を連想してしまう。ジョージア料理と言われると、旧ソ連のジョージア料理ではなく、アメリカの南部料理、甘いソースとか香ばしいフライドチキンを連想してしまうのだ。なまず料理とかね。

グルジア・・・という名前、ロシア由来らしく、多くのグルジア人は、この「グルジア」という言葉が好きではないらしい。ロシア由来というのは、諸説あるらしいが、歴史的にもグルジアとロシアは、あまり仲がいいとは言えない感じだ。だから、以後はジョージアという名称で統一したいと思う。缶コーヒーなども連想してしまうが・・・

ジョージア、首都はトビリシ。写真で見る限り、素敵なところだ。全体的にショージアという国は絶景が多いようだ。料理の他にジョージアと聞いて思い浮かぶのはスケート選手。エレーネ・ゲデヴァニシヴィリという選手。最近は戦績こそ振るわないようだが、実はこの選手が好きだったりする。情熱と柔軟性・・・というところかな?

初めてゲデヴァニシヴィリ選手を見たのはトリノオリンピックでのSP。正直、こんなにポテンシャルの高い、可能性に満ちた選手が小国に存在していたのだと驚いてしまった。今見ても、このSPは素晴らしいと感じる。

もともとは、ロシアでタラソワ・コーチに習っていた。でもジョージアとロシアの国交が上手くいかなくなり、彼女はロシアにいられなくなってしまった。トリノの頃は、もうロシアを離れていたと思う。ジョージアはスケート環境が良くないらしい。しばらく母国で練習していたらしいが、やはり外国で練習するようになった。でも、各地を転々とするような、コーチも次々変わるような、そんなスケート人生を送らなければならなくなった。その割には、優秀なコーチの元で、いい戦績を残してきたように思う。ジャンプのミスが目立つようになっても、僕はこの人のスケートが好きだ。「表現したい」という欲求をすごく感じるから。

ゲデヴァニシヴィリ選手、正式には、まだ引退は表明していないのでは?たしか浅田真央選手と同年代では?

もし・・・ということは考えてはいけないのだろう。もし、彼女がロシアで練習し続けていたら?タラソワ・コーチの指導を受け続けていたら・・・考えてはいけない。でもスケートには全く関係のない、国同士の都合で、彼女のスケート人生が変わってしまった部分もあるだろうと思う。

もしかしたら、ジョージアの代表として4回目のオリンピックに出場するかもしれない。出場できなくても、そしてジャンプで転倒しても、僕はこの選手がすごく好きだ。

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キス&クライ 1994 

 

この佐藤有香選手の演技は、実際に試合会場でも観たし、映像でも、もう何度も観ているのだが、今回は異なる視点で観てみた。娘の演技を見守る母親という視点。

両親がスケーターであり、コーチ。その娘なのだから、なんとなく幼い頃から、娘にはスケーターになるための英才教育をスパルタ式に行ったのではないかと想像するが、実際にはそうではなく、娘には「スケートだけはやらせたくない」みたいな感じだったのだそうだ。なんとなく分かるような?選手時代、どれほど辛かったか、そんな思いは娘にはさせたくない・・・みたいな?一見華やかな世界だし競技だから、もしかしたら憧れるのかもしれないが、それだけでは続かないのだと。「私にもスケート教えてぇ・・・」娘の懇願に負けたというか?

両親が両親だけに、やはり素質はあったのだろう。娘は順調に選手として成長していく。両親とも結構厳しいコーチだったのではないかな、想像だが。世界で通用する選手になるため、有香選手は日本からカナダに移る。これって今では普通・・・みたいな感じだけれど、相当大変なことではないかと思う。専門(?)のスケートもだが、やはり言葉の壁。バイリンガル教育を受けた人ならともかく、最初は相当言葉の問題というものは辛いものだ。有香選手はピーター・ダンフィールドの元で滑り始める。本拠地としては、カナダのオタワということになる。オタワ、おそらく英語はもちろん、フランス語もバンバン聞こえてきたのではないだろうか?

「もうイヤ、帰りたい」そう言う娘に両親は「そうかい?有香ちゃん、辛いんだったら帰っておいで」とは言わなかった。まぁ、それが当たり前だろうが。

このあたりは僕も経験がある。留学中、当たり前だが、起きてから寝るまで、すべて英語というのは相当なプレッシャーだ。辛いし、言葉という手段を持たないために、悔しい思いだってしたことがある。結構、留学当初はうなされたりした。「あんた、何言ってるか分からない」みたいなことを言われて悔しかったねぇ。「日本語で対応させれば、自分だって・・・」みたいな?単なる言葉なんだけど、できないと自分がダメ人間になったような、そんな気分にもなってくる。

留学していた頃、アメリカで最も有名な日本人、それが「ユカ・サトウ」だった。スケートとは関係ない話題を話していて、僕が日本人だと知ると「君、日本人?じゃあ、ユカ・サトウ知ってるね?」みたいな。当時彼女は日本人スケーターとして、アメリカで最も成功した人として知られていた。本当にスケートファンだけではなく、誰でも知っていたなぁ・・・

1994年の世界選手権、有香選手はショートプログラム(当時はテクニカルプログラム)を終えて1位。つまり1位でフリーを迎えた。これはかつてないことだ。世界選手権のメダル経験もない。どのような気持ちで、両親は娘をリンクサイドで見守ったのだろう?娘が世界チャンピオンになるかもしれない・・・どのような気持ちだったのだろう?スケートの厳しさを熟知していたはずの両親、ちょっとその時の気持ちは想像できない。

演技は素晴らしいものだった。有香選手をまず迎えるのが、コーチのピーター・ダンフィールド。まぁ、コーチなのでそうなるだろう。次に有香選手をハグするのは、信夫コーチではなく母親の久美子コーチだ。この時、キス&クライでダンフィールドコーチと有香選手と一緒に座ったのは久美子コーチだ。信夫コーチではない。信夫コーチはこの時一歩引いたのだ。

有香選手がオリンピックに出場とか、世界選手権でメダルも期待される・・・そのような時、注目され時にはインタビューされたりしたのは久美子コーチではなく、信夫コーチだったような気がする。久美子コーチは影で支えていたというか?

でも娘のスケート人生、最も輝くべき瞬間、娘の隣に座ったのは母親である久美子コーチ。僕たちの計り知れないようなことを信夫コーチは分っていたのだろう。

想像する。久美子コーチは、キス&クライ、有香選手の母親だったのだろうか?コーチだったのだろうか?先輩スケーターだったのだろうか?

「この瞬間だけは有香の母親でいなさい」なんとなく信夫コーチは父親としてそう伝えたかったのではないかな?想像だが・・・

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50年前の女子シングルの実力って??? 

 

グルノーブルの「銀盤のいとはんトリオ」、紹介するのは石田選手ではなく、大川久美子選手。

現在、日本のフィギュアスケートのレベルは凄いものがある。人気もだが。シングルのみ・・・というところが少々残念な気もするが、現在の日本はスケート王国。それは素晴らしいのだが、ややもすると、今は花盛り、昔は暗黒時代、未開の時代・・・みたいな、どこか大雑把すぎる認識を持ってしまう危険性もある。僕だけか?僕ぐらいの世代だと、せいぜい渡部絵美選手ぐらいからの印象しかない。それ以前の日本選手って、色々と大変だったんだろうな、とか、大変に失礼なのだが、あまりレベルって高くはなかったんだろうな・・・とか、どこかそのように思っていたかもしれない。まぁ、実際に昔の日本選手の演技って観る機会もないし、想像するしかなかったし。

50年前の日本女子シングルの演技、正直もっと違うものを想像していたことは確かだ。

いやぁ・・・凄いじゃないですか・・・

オリンピックの3人枠、おそらく、この大川選手が前年の世界選手権で5位になったからだと思う。5位?凄いじゃないですか?この時のオリンピックでも8位になっている。凄いじゃないですか。成績もだが、演技に驚いてしまった。質、各々のエレメンツの質が高くないですか?50年前ですよ?

いきなりフリップジャンプを跳ぶけれど、その質の高さ。後半、ルッツから、いきなり2Aとか、これって今でも高難度なのでは?

大川久美子選手、この後引退し、結婚する。そして佐藤久美子となる。佐藤久美子?あの佐藤信夫コーチの奥さんになるのだ。佐藤久美子コーチって、いつも信夫コーチを盛り立てて、決して全面に出ない・・・みたいな印象があったが、素晴らしい選手だったのだ。知らなかった。育てた選手を考えても、久美子コーチの力量は凄いものがあるのではないだろうか?

演技後、信夫コーチがしっかりと寄り添っている。ラブラブ(死語?)だったんだぁ・・・

現在の日本フィギュアの盛況ぶり、これは突然変異的なものではなく、昔の先人たちから脈々と引き継がれてきたものなんだ、そう感じる。

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リスペクト 

 

この映像はカナダのトロントで昨年催されたアイスショーのようだ。会場全体に熱烈なリスペクトのような空気が感じられて、観ていて胸が熱くなってくるほどだ。

カート・ブラウニングがドン・ジャクソンという偉大なる先輩を盛り立てているようで、まずそこが素晴らしい。会場もドン・ジャクソンをリスペクトしているようで、そこも素晴らしい。観客の多くはドン・ジャクソンが世界選手権で優勝した時、まだ生まれていなかったのではないだろうか?カートは1990年代まで活躍した選手だから人々の記憶に新しいかもしれないが、ドン・ジャクソンの場合は1960年代、1962年に引退した選手なのだ。

でも彼の偉業のことは皆知っているのだろう。そんな雰囲気が会場に溢れている。

ところで、ドン・ジャクソンって何歳なのだろう?

えっ?77歳?

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