ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

春はギターの季節 2 

 

ポンセの代表曲と言えば「エストレリータ」になるだろう。でもこの曲の栄光(?)の影で、その他のポンセの曲が目立っていないような気がしているのは僕だけか?むろん「エストレリータ」は素敵なんだけれど・・・

フレーズというものがあって、横に流れていくんだけれど、横の流れを感じるだけではなく、さらに、感じたものを人に「伝える」ためには、縦の瞬間的な音表情も大切なのではないかと思う。つまり前の音と今鳴らした音との比較によって聴いている側は「音表情」として、「表現力がある」などと感じるのではないか?縦があって横が伝わる・・・みたいな?ただ横に流れてしまい、音の瞬発的な表情、タッチ感覚が曖昧、つまりボヤンとした音だと、何か伝えられないような、もどかしさが生じてしまうのでは?

音を鳴らしてから、タッチ後に「盛り上げて・・・」というのは不可能なのかもしれないが、でも盛り上がっているように聴いている側に伝えるというのは可能かとも思う。比較ということであれば・・・

音量的な事って「縦」、歌うとか流れ的な事って「横」のように分断して考えがちだけれど、音量的なことは「横」の工夫、歌って・・・みたいな流れ的なことは「縦」の工夫で上手くいくのでは???ギターもピアノも「錯覚表現」みたいな技法があるのではないだろうか?

ポンセのギター・ソナタ・・・メジャーな曲ではないと思うが、いい曲だよねぇ・・・

このような曲が沢山あるのだろう。自分がまだ聴いたことのない曲の中に素晴らしい曲が沢山あるのだろう。それらの多くの曲を知らずに死んでいくのだ。まぁ、そんなものだろう。

kaz




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春はギターの季節 1 

 

実際に弾くわけではない。聴くだけ。でも春はギターを聴きたくなる季節なのだ。

あまり話題になることもないのだが、ピアノとギターって似ていると思う。音は発音後に減退していくし、ソロという形態が普通だし。他の楽器だと伴奏の楽器、多くの場合はピアノがある。ない場合は、わざわざ「無伴奏○○」と呼ぶ。ピアノはそれがない。ギターもだよね?

どのように表現しているか、音表情を具現化しているか、このあたりはギターの演奏ってピアノ演奏にも役立つような気がする。つまり「お勉強」として聴いても無駄ではないように思う。

でも春はギターの季節なので、ただただ聴くだけ・・・

パガニーニのイメージが変わるような曲。もともとはヴァイオリンとギターのための曲だけれど、ギターのソロでも演奏される。ギターだけだと儚さが強調されるように思う。音が減退していくって儚さ、切なさを感じさせる。本当はピアノもなんだけれど・・・

kaz




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散財の記録 2 

 

ピアノ曲の場合、ドビュッシーよりはラヴェルの方が派手で「お弾き得感」があるような?でも膨大な数の音符を読んで、メカニカルな箇所、これも膨大な範囲になるだろうが、つまり苦労してピアノソロでラヴェルを弾くよりは、アンサンブル曲の方を弾きたい。まぁ、弾きたい・・・と言っても全くそのような予定はないわけだが。でも一人で弾いていても楽しいわけだから・・・

ラヴェルには「ツィガーヌ」というヴァイオリンの曲がある。派手な曲だと思う。もし僕がヴァイオリンを弾けるのだったら、この曲は憧れるだろうなと思う。でもピアノパートも実に気分高揚させてくれる。

でも本日購入したのは、「ツィガーヌ」だけはなくヴァイオリン・ソナタも。特に第2楽章が淫らな感じ(?)がしていい。

kaz




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散財の記録 1 

 

観賞用として、声楽曲の楽譜は以前から購入していた。最近は眺めるだけではなく、実際にピアノパートを弾いてみたりしている。これが楽しい。オペラのアリアなどは、3段譜を適当にアレンジしてソロ気分で弾いたりする。それも楽しいが、歌曲のピアノパートを弾きながら、頭の中で声のパートを鳴らしながら、一人悦に入る、これも非常に楽しい。

基本的に楽譜って高価だと思う。実際に人前で演奏するわけでもないのに、一人楽しむために高価な楽譜を購入するのは、かなり罪の意識が伴う。人前での演奏はおろか、レッスンで使用するわけでもなく、ただの合わせさえもしないのだから。ダウンロードしたペラペラ譜でもいいはずなのに、声楽曲の場合は、「楽譜」として所有したくなるのだ。ピアノ曲の場合は、珍しい曲などダウンロードできれば「ラッキー!」と思い、楽譜購入まで望まないが、何故かピアノ以外の曲の場合はペラペラ譜ではなく一冊の楽譜として所有したくなるのだ。これは自分でも不思議だ。

声楽曲だけではなく、最近はピアノ以外の器楽曲の楽譜も欲しくなってしまっている、というか欲しかったので、本日ついに購入してしまった。一度だけ前にクライスラーのヴァイオリン曲の楽譜を購入したことがある。もちろん、僕がヴァイオリンを弾くわけでもなく、実際にヴァイオリニストと共演するわけでもないのだが、ただただピアノパートを弾いてみたかった、それだけの理由でクライスラーの諸作品の楽譜を購入した。一人で弾いていても非常に楽しかった。でも罪の意識も相当なものだ。実際に人前で演奏するわけでもなく、ヴァイオリンと合わせるわけでもないのだから。自分の楽しみのためだけ・・・

ピアノソロの曲だと、それほどフランス近代の曲には惹かれない方だと思うのだが、最近の傾向として、フランスものの声楽、器楽曲に惹かれている。理由は分からないが。でも困ったことに、フランス曲の楽譜って高いんだ。ピアノもそうだが・・・

レイナルド・アーンの歌曲、数曲はコピー譜で楽しんでいた。でも一冊の楽譜が欲しかった。なので購入。平気で5000、6000円するよね、フランスのものって・・・

罪の告白、懺悔のような気持ちで散財(?)した曲を紹介していきたい。

アーンの歌曲、歌のパートもだが、ピアノのパートも実に美しい。これを弾きたいというのは、ごく自然だと思うのだが・・・

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滝修行練習 

 

もう亡くなって久しい男性ピアニスト、練習の前には練習室に飾ってあるベートーヴェンの肖像画だか彫像だかに黙礼をしてから練習をしていたのだそうだ。このメンタリティー、僕にはないものだ。このようなメンタリティー、どうも女性よりは男性に多くみられる傾向があるような?音楽鑑賞記、ブログに、これに似たような鑑賞方法を書いている人もいる。ブルックナーのシンフォニーを聴く時には必ず床に正座して聴く・・・みたいな?

どこかストイックというか、ヘビーというか?音楽は神聖なものと捉えすぎというか?まぁ、人それぞれだろう。そのようにすることで、より深い音楽体験がその人にとって可能であるのならば、それは他人がどうこう言う問題でもないだろうと思う。

しかしながら、毎日のピアノの練習にも、そのストイックさを持ち込んでしまうと、時には危険なこともあるような気がする。練習が滝修行のような雰囲気とでも言おうか?

弾きなおし癖、これに悩んでいる人がいるとする。滝修行的に「まだ修行が足りないんだわ。一日つっかかる場所の練習を500回から700回に増やそう!!!」と頑張る。つっかかるのは精神が弛んでいるからだ。増やせ回数、増やせ時間・・・

頑張りは凄いが、危険でもある。おそらく、本番では、そのやり方ではきっと、またつっかかる。弾きなおしをしてしまう。「あれだけ練習(修行?)したのに?」みたいな?そこで「さらに足りないんだわ」という方向に向かう人は少ないように思う。おそらく「あんなにやったのに。私って才能ないんだわ、下手なんだわ」みたいな方向性になるのではないだろうか?

問題は、練習(滝修行?)が「本番での心配を打ち消す」という目的になってしまっているということ。もしかしたら、回数とか滝修行が必要であったのではなく、原因追及に欠けていたからかもしれない。精神修行的な頑張りって、時には本来の問題点を見つめなくても済む逃げ修行にさえなる。

弾きなおし、弾いている時、もしかしたら「長いフレーズ」とか「起承転結」みたいな、人の演奏を聴いたら、なんとなくでも感じることを、自分の練習では課していなかった・・・

本当の自分の課題、問題点って、どこか心の中を掘り起こす的な辛さが伴う。なので一般的(?)滝修行に逃げ込んでしまう。その方が楽だし、滝修行そのものは「なんだか自分はとても頑張っている」的な満足感も得られる。

引き出しに入れておくのだ。「長く」とか「やり直さない」とか?ちょっとでも引き出しの中をかき回してみれば、気づこうとしなかった癖も見えてきたりするのだ。「もしかして、つっかかったら、私そのフレーズの最初からいつも弾きなおしていた?」みたいな?本当は回数ではなく、「つっかかっても流して弾きとおす」という練習が必要だったのかもしれない。

どうもストイック・・・となってしまう人は日本人には多いのかもしれない。頑張って・・・とか好きな国民?芸術って、時には怠惰なモードも必要かもしれない。どうしてもストイック、真面目、滝修行・・・という方向性になりがちな人にお勧めの歌曲がある。

プーランクに「バナリテ」という歌曲集がある。バナリテ・・・とは「月並み」とでもいう意味だろうか?プーランクってお茶目だね。歌曲集のタイトルに「月並み」だなんて。「月並み」の中に「ホテル」という小さな小さな歌曲がある。この曲は滝修行を聴衆に連想させては絶対にいけない曲だ。努力とか、そのようなものも感じさせてはいけない曲。アポリネールの詩が素晴らしい。怠惰・・・万歳、倦怠・・・万歳・・・みたいな?

「ホテル」  詩:アポリネール

ぼくの部屋は 鳥籠のよう
太陽が窓から腕を突っ込んでくる
でも、ぼくはタバコをふかし
しばしの幻想に浸りたいだけ
日の光でタバコに火をつけてみようかな

働きたくない・・・タバコが吸いたい

kaz




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