ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

読譜は目から? 

 

レッスン時間が練習時間になってしまう生徒、家で練習してこない生徒、いると思う。僕も子どもの頃はそうだった。「少しは練習してきて頂戴。一人でできることを先生とやってたら勿体ないでしょ?」練習が嫌いということとは違っていたように思う。何を練習すればいいのか分からなかったのだ。僕は楽譜の読めない生徒だったのだ。

家にピアノなどない時から、ピアノを習う前から、近所にあるオルガンとか、玩具のピアノで即興で何やら弾いてはいた。即興というよりは、幼稚園のお遊戯会の曲を耳コピ+アレンジして弾いていた。初めてのピアノのレッスンで、五線紙で音の位置を教えられ、それが一種のカルチャーショックであったのを覚えている。小学生になり、ピアノのレッスンが始まっても、家では練習せずに(できないので)耳コピで「なんちゃってショパン」をいい気持で弾いていた。そうすると「ソミレドソミレド ドラソファドラソファ」みたいなサウンドを、楽譜から再現していくのが退屈に思えた。なんちゃって耳コピ弾きのサウンドと比べると、シンプルすぎたというか?

大人になってから、ある話を聞いたりしたことがある。大手楽器店経営のピアノ教室で、グループから個人レッスンに移行してきた生徒が、楽譜が読めない・・・と。「レッスンが譜読みのお手伝いなのよね、困ったわ」個人レッスンの先生方の嘆きを沢山聞いた。導入時に耳だけで入ってしまうと、近い将来行き詰る。練習そのものが自分ではできなくなるし。なので、ソナチネとかソナタ、メンデルスゾーンの無言歌、ショパンのワルツのようなレベルに到達した人は、読譜ができた人たちということになる。楽譜(音符?)を読んで音にしていく、視覚的情報から曲を仕上げていく・・・

大人になってピアノを再開した人たち、僕の印象では、子どもの頃、僕のように楽譜が読めなかった、耳だけで弾いてしまったという人は少ない感じだ。皆さん真面目なピアノ道を歩んでこられた。視覚的情報、つまり読譜というものを、疎かにはしてこなかった。反面、視覚的情報だけに頼りすぎてきた可能性もあるのではないだろうか?ここがピアノの難しいところだ。導入期指導の難しさというか?楽譜を読んで、一応弾けるようにする。つっかえたりせずにね。そこで表現、実際は強弱をつけていく。つまり、一応音が弾けるようになってから、表現(実際には強弱ということが多いような?)をつけて曲にしていく・・・

表現をどうしていいのか分からない・・・という悩みを抱えている人が大人の場合、実に多い印象を持つ。左手の刻みとか、ブンチャッ、ブンチャッ・・・みたいな?どの箇所も同じような弾き方をしていては演奏は平坦になる。場面ごとにタッチ圧力を変えていかないと。視覚的情報だけで弾いてしまうと、つまり耳を使わないと、「変えたい」という自らの欲求そのものが低くなってしまう?

耳だけ、これだと行き詰る。視覚的にだけ、これだと一応は曲を弾くことはできるようになるので、長続き(?)はする。でもある問題を抱えてしまう可能性もある。「どうして自分は素敵に弾けないのだろう?どうして音を並べただけみたいな演奏しかできないのだろう?」

バランスの問題なのかもしれない。目と耳とのバランス・・・

耳優先の人は、きっとどこかでピアノ道から脱落してしまう。ある程度の曲になると、そりゃあ耳だけでは辛いだろう。視覚的なもの優先の人は「どうして音並べ演奏に?」ということで将来悩む・・・

この人は47歳から独学でピアノ(電子ピアノ)を始めて8ヵ月なのだそうだ。楽譜は読めない。記号などはネットで調べて書き込んだ。でも音符は読めない。耳から曲にしていった典型的な例だと思う。ピアノ教師的に聴くと(見ると)ダメ出し部分も多いだろうと想像する。指の動かし方とか。自己流・・・みたいな弾き方?まぁ、独学だから自己流なのかもしれないが・・・

でも気づくことがある。音並べ演奏ではない。「あら素敵じゃない?」みたいな演奏に僕には思える。

これができない人、ここで悩んでいる人は非常に多そうだ。このノクターンの演奏は、一つのヒントにはなるような気がする。

耳から入れ・・・ではないような気はする。でも耳も使え・・・ということは、ありだと・・・

また、独学を安易に勧めているわけでもありません。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング
スポンサーサイト

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

テクニックとメカニックと表現 

 

「テクニックはあるけれど、表現力に乏しい」この言い方、なんとなくスラっと読んでしまい、違和感を感じなかったりするが、実はおかしいのではないかと思う。テクニックがあれば、その演奏は音楽的に聴こえているはずだから。この場合、テクニックではなくメカニックという言葉を使用すべきなのではないだろうか?

「さぁ、スケールを弾くよ。〇秒以内に弾くのよ」とストップウオッチと共にバリバリと弾く。「〇秒以内にミスなく弾けたじゃない?」この場合、メカニカルには弾けたけれど、上がり下がりで音を、タッチをどうする・・・みたいなテクニックを含めれば、バリバリと弾いたのだったら、それはテクニックがあるとは単純には言えない。メカニックがあるとは言えると思うけれど。

チェルニーを高速テンポ(スピード?)でバリバリ・・・この場合もメカニカルには弾けたのかもしれないが、音楽的表現というものに結びついていなければ、それはテクニカルには弾けてはいない?

「彼(彼女)はミスなく弾き切った。難曲なのに凄い。メカニックはあるけれど、テクニック不足なので、表現として何も感じなかった」という言い方はできると思う。

メカニカルに弾けたバリバリ、ここをテクニックとして表現に結びつける・・・そうなのだろうが、厳密にはテクニックとメカニックは簡単に分けられるものでもないような?音の質の変化を求めるとして、そこには具体的な身体的(指的?)変化が求められるとは思う。感情を込めれば音が変わるわけではない、具体的に身体のどこかが何かをしなければならない。テクニックを介して表現に・・・なのだが、具体的な方法は極めてメカニカルな分野にも立ち入っていくのではないか?ショパンのノクターンが情緒不足の場合、月光の中で青白いショパンが夢見がちに弾いている姿を連想すれば、情緒不足が解決できるものでもないだろう。そこには身体的、指的、さらに脳内サウンド的な問題が関わってくるのではないか?

「そこはもっと歌って~」「感情を込めて~」という場合、念を入れるだけでは残念ながら演奏は変わらない。何かをしなければ。この部分、テクニックの問題でもあり、また細部的視野(?)を突き詰めていけば、それはメカニカルの問題も含んでくる。

仮定として、○○奏法研究所に〇年通って○○奏法を身につけたとする。その場合、メカニックをテクニックとして表現に結びつける経験を積んできたと楽観的に考えてみる。でも「自分はどのようなものを、どのような音で弾きたいのかしら?」という内側からの欲求というのか、理想サウンドのようなものが欠落していたら、その演奏は○○奏法的には弾けていても、音楽として人の心に入り込んでいく保証はないようにも思う。極端な例としては、指は、身体はバッチリ。でも表現したいものなんてないの・・・では何を伝えるのだろう?目的を知らずに手段だけを追い求めてしまっているような?

おそらく、メカニカルな問題のほうが練習しやすい。テクニックという領域に入ってくると、そして曲を弾くためには、この部分は避けられないと思うが、そこを具体的に指導できる教師も実は少ないのではないかと僕は想像している。

「心を込めて弾いて」「もっと歌わなきゃ」それは自分でも感じています。でもどうすれば?そこで悩む。悩んでも分からないから、分かりやすい「まだ音が弾けていないパッセージ群」をワシワシ練習してしまう。それ自体も難しいことだから、いつも時間切れ。「まあまあ練習の時のように弾けたかな?」「崩壊しちゃった」の繰り返し。音楽に結びつける具体的なことを教えてもらいたいわけです。生徒としては・・・

生徒側も自分を差別して「そんなことプロじゃないし」と思わずに、熱烈に焦がれてみたらどうだろう?「このパッセージ、もっとキラキラとした音で弾いてみたい」やってみよう。でも行き詰ると思う。具体的な方法を教えてもらっていないのだから。先生に質問してみよう。訴えてみよう。「もっとキラキラした音で弾きたいんです。どうやったらいいんですか?テクニックとして何が欠けているんですか?メカニカルな練習方法はどうすればいいのですか?」と。

いつも疑問に感じていることがある。それは技術と表現を極めて明確に分けてしまう人が多そうだということ。教師も生徒も。本来は分けられないものだとしたら?一応音が弾けるようになってから表情をつける・・・みたいな考えは、そろそろ廃止してもいいような気がするのだが・・・

聴き手をハッとさせる演奏、そこにはメカニックとテクニックと理想サウンドの一致があるのだと思う。そこの関連性というものに、日本のピアノ教育界は少々鈍感なのではないだろうか?

バレエを鑑賞すると、この部分が進んでいるように感じる。技術と表現を安易に分けない感じ?この二人は技術面(メカニック)で秀でているのでバレエ界でも有名な人たちらしい。たしかに簡単に超絶を・・・という典型のような?でも機械が、ただクルクル回っているようでは決してなく、テクニックを介して表現というものに完璧に結びつけている。僕だけかもしれないが、観ていてドキドキしてくるもの。躍動を共に感じるというか。

この人たちは、このバレエのパフォーマンスの際、「まず振り付け通りに踊れるようになってから表現しましょう」と考えたのだろうか?技術と表現は分けられないこともあるのではないだろうか?

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

怪しい音楽表現 

 

昭和歌謡のディープな歌唱を紹介した時、特に勝彩也の「まぼろしのブルース」の反響が大きかった。たしかに濃い表現だし、曲も歌詞も濃い。「まぼろしのブルース」の作者は藤本卓也という人で、この藤本卓也という人の作品が、実に濃いのだ。藤本卓也が楽曲を提供した歌手たちも、また濃い人たちだった。

勝彩也は、藤本卓也に弟子入りしていたそうで、同じく弟子入りしていた矢吹健、そして多くの藤本作品を歌った操洋子という「藤本ワールド」の表現者たちを今回は紹介していきたい。

藤本ワールドで、最も知られている作品は、矢吹健が歌った「あなたのブルース」だと思う。矢吹健は甲府の高校を卒業後、歌手を夢見て上京。藤本卓也に弟子入りしデビュー。「あなたのブルース」は大ヒット。でも冷静に考えてみれば、少し前まで高校生だった矢吹健に、この歌を提供したということが凄い。また、歌い切った矢吹健も凄い。

矢吹健、昭和歌謡を愛する年代には懐かしい歌手だと思う。でも、かなり切ない人生だったらしい。息子を病気で亡くしてしまう。続いて最愛の妻が相模湖で水死体となって発見されている。後追い自殺なのではないかとも言われている。この後、矢吹健の人生は荒れてしまったのだろうか?甲府市内の家賃4万円のアパートで倒れているのを、宅配弁当を届けに来た人が発見している。

男性だけではなく、女性歌手も藤本ワールドに挑戦している。中でも操洋子のインパクトが僕には大きかった。曲を歌詞も濃いが、歌唱も濃いですねぇ・・・

昭和60年代、そして70年代にかけて花開いた「藤本ワールド」をお楽しみ下さい。

kaz






にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

スケールを上手く弾くには? 

 

ショパンのバラード第1番、コーダが難渋だ。怒涛のコン・フォーコ?やっと難所を弾き終えての怒涛のスケール。「ショパンさんたら意地悪!」と嘆きたくなるスケールでもある。ここは、聴き手としては、いきなりハノン登場ですか・・・というスケールではなく、勢いがあって欲しいところだ。多少ずれても勢いが命。

ハノンのスケール練習でよくあるような、一生懸命根性弾きだと聴いているほうは辛い。鍵盤の底まで弾き切るのではなく、途中のタッチ・ポイントを狙って弾きたい。つまり、無駄な動きをせずに、最小限の動きで弾きたいところだ。まぁ、言うだけなら簡単だけど。根性スケールだと、どうしても縦、縦となってしまう。頂点に向かって一気に横、横というイメージを持って挑戦したい。

車の運転技術と似ているかもしれない。僕のような未熟なドライバーは、縦列駐車とか車庫入れがとても苦手。車で旅行する場合、旅館など、駐車場情報によって決めたりするぐらいだ。僕の運転は動きに無駄が多いのだと思う。最短距離ではなく、無駄に大回りをしている。スケールも同様の感覚が必要なのだと思う。指は最短距離で、大回りをしない・・・スケールが苦手な人って、ちょっと指がバタバタしている感じ?大回りでの駐車みたいな?

無駄を排除し、すぐに次を狙って効率的に・・・

フィギュアスケートのジャンプ、美しいジャンプを跳べる選手って、回転が細いような気がする。無駄がないのだ。この感覚をピアノ技術に生かす。バレエでもいい。ウットリ系の場面ではなく、割と技術が強調された場面で、よりイメージを掴みやすい。オディールのフェッテとか・・・

スケールに限らず、難渋な箇所は、根性で汗演するのではなく、無駄なく、最短距離を目指す。

オディールのフェッテだけを集めた動画がある。これ、イメージを掴みやすいのではないだろうか?皆さんとても素晴らしいけれど、個人的には、音楽を先取りしているアナニアシヴィリ、振り上げる足が常に90度以上の感があるザハロワ、あとはモノクロの人が驚異的に思える。

無駄なく、タッチ・ポイントを狙って、ハンマーが弦を打ったら、無駄に入魂せず、次の準備。横、横・・・という感覚。

kaz




にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

昭和歌謡、男も濃かった・・・ 

 

昭和歌謡、男性歌手にも濃い表現をする人は存在した。独特の歌い方が濃さを表出しているというか・・・

おそらく僕より10歳以上世代が上の方たちはリアルに聴いてきた世代だと思うので、「ああ、懐かしい」と感じるのではないだろうか?勝 彩也(かつ あや)という歌手、ご存知ですか?とても濃い表現をする歌手だ。現在は埼玉県でヨガ教室を経営されているようで、歌もやめてしまったわけではないらしい。最大のヒット曲は「恋あざみ」なので、まずこれを貼りつける。

個人的に最も「勝ワールド」を感じるのが「まぼろしのブルース」という曲。これはこの人だけの世界だと思う。あまりにディープな音世界なので、歌謡曲、演歌系の苦手な人はスルーした方が無難かもしれない。なんだかゾクッとくるような?

もう一人の濃い表現の男性歌手。箱崎晉一郎という人。この人は「男が歌った女心」を表出することに長けているように思う。最大のヒット曲は「熱海の夜」ではないかと思う。この曲を初めて聴いた時には、腰を抜かしそうに驚いたものだ。「こんなに濃い歌い方もあるのか・・・」と。個人的に箱崎ワールドの中で好きな曲は「抱擁」という曲。この曲もヒットしたらしい。

男が描く女心・・・箱崎ワールドは、女性歌手のカバーが素晴らしい。西田佐知子の「女の意地」が素晴らしいように思う。

ここまで聴いてくると、日本人って、本来はディープな表現をする民族なのかもしれないなどと思ったりもする。

kaz










にほんブログ村


ピアノランキング

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top