ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

しばらく逃避行 

 

明日から、しばらくの間、日常、ネットから離れて過ごしてみたいと思う。ブログの更新をサボったりすると「体調がお悪いのですか?」とメールを頂いてしまったこともあるので、ブログ更新がなくても、そうではないということを前もって一応書いておきたい。

例えば、このような場所を訪れて、何もしない時を過ごす・・・

「モネの池」とあるけれど、フランスではありません。日本国内。かなり有名な場所になってしまった感もあるけれど、まだガイドブック等にも掲載されていないし、観光地化はされていない所。周囲には店も何もない。おそらくモネの「睡蓮」のような・・・ということで、モネの池なのだろうと思う。でも、この池には名前はない。農家の裏手にあるような小さな神社の境内にある池・・・

なので、この池の場所などは、明かさないでおこうと思う。

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今まで本当にありがとう! 

 

エルガーの「愛の挨拶」という曲、妻アリスとの婚約記念にエルガーがアリスにプレゼントした曲とされている。二人の婚約、結婚は幾多の困難を乗り越えてのものだったらしい。アリスの方が年上ということもあっただろうし、家柄の違いということもあっただろう。宗派の違いもあった。エルガーは当時は無名の音楽家だったから、アリスの両親は喜んで娘の結婚を祝うというようにはいかなかったのだろう。アリスは勘当されてもエルガーと結婚した。駆け落ち・・・というものに近かったのではないだろうか?

アリスの人生はエルガーを支えた人生だった。「天才を裏で支える人生の喜び」のようなことをアリスは語っている。

アリスは72歳で亡くなっている。癌だったらしい。この時、エルガーは男泣きに泣いたという。エルガーは60代だったはずだ。目くるめくような肉惑的な感情ではなかったはずだ。言葉で表せば、それは「感謝」「悲しみ」ということになるのだろうか?むろん、それまでにもエルガーは妻に対して感謝や愛情は感じていたと思うが、失って初めて経験する感情というものもあったはずだ。

チッコリーニの「愛の挨拶」、テンポ設定、かなり大胆なのではないかと思う。通常はもっと流れるように演奏されることが多いように思う。いかにもサロン的な小品・・・のように。チッコリーニの演奏から「今まで本当にありがとう!」というものを僕は感じる。60代のエルガーが、亡くなったアリスに再度「愛の挨拶」をプレゼントした、そのように感じてくる。

このような感情の動きって誰もが持っているものではないだろうか?天才だけが感じるものではない。配偶者を癌で亡くした人だけが感じるものでもないだろう。

ピアノの営みというのかな、ピアノって毎日の練習が大切だし、それは習慣化されていくものだけど、導入期のピアノレッスン、または大人のアマチュアピアノ道の中で、「なぜ私は弾いているの?」という部分を、もうちょっと意識してもいいのかもしれない。

「~ができてから~というものが表現できる」とか「~ができるのは才能ある人だけ」みたいな感じではなく、弾くという意味というのかな、何故にピアノに惹かれるのかという自分の内側の部分も、もう少しレッスンとか練習という部分で意識していってもいいような気がする。

弾けた→合格→弾けた→合格・・・そうなりがちだけど、その中で「そもそも何故弾いているの?」というものも意識していいのかもしれない。人間の感情にレベルとか、初級、上級もないだろうと思うし。

「ありがとう、今まで本当にありがとう!」

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残像 

 

たしか天気予報をテレビで見ていたのだと思う。いきなり画面が変わり「北朝鮮がミサイル発射」という画面に変わった。アナウンサーが速報として話すのではなく、文字画面だけというのが非常に不気味ではあった。「どうせ日本上空を飛んでも太平洋上に落ちるのだろう、いつものように」という弛緩した考えが浮かんだ。同時に画面で説明された「頑丈な建物、地下に避難してください」という文字に緊迫感を感じたのも事実だ。頑丈な建物って?ミサイルに対してそんなもので身を守れるのか?つまり日本国民はどうしようもないということか?そうも感じた。

平和だから、平凡ながら幸せだからピアノを弾ける。たしかにレッスンに通い、人前で弾いて一喜一憂、サークルの打ち上げではピアノ仲間と談笑・・・たしかに平和な構図だ。明日には親が倒れるかもしれない、自分も倒れるかもしれない、いつまでピアノライフを送れるだろう?癌を宣告されたら?ピアノどころではないのでは?

幸せだからピアノを弾いているのだろうか?では、なぜ一曲を通して弾けなくなるほど体力が落ちても練習していたのだろう?泣きたくなる想いで「もう大曲は弾けないんだ」と自分に言い聞かせようとした。でもピアノに向かった。サークルの練習会にも参加した。途中、駅のベンチで意識を失いそうになっても参加した。あの頃は幸せ・・・ではなかった。でも弾いていたのは何故だろう?

人は幸せだから、平和だからピアノを弾いているのだろうか?楽しいから弾いているのだろうか?

昨年の10月、ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督が亡くなった。享年90。このポーランドの巨匠の最後の映画、「残像」・・・この映画は、ある芸術家の晩年を描いている。ヴワディスワフ・ストゥシュミンスキという人の晩年。この人は前衛的な作品を残しているらしい。ウッチというポーランドの都市に近代美術館を設立し、ウッチ造形大学の設立にも寄与している。この造形大学、現在ではウッチ・ヴワディスワフ・ストゥシュミンスキ美術アカデミーという国立の美術大学となっている。戦後のスターリン主義時代、芸術が社会的リアリズムのために利用されていた。その動きに真っ向から対立した芸術家として知られているらしい。

アンジェイ・ワイダ監督も、レジスタンス運動に参加し、ウッチの映画大学で学んでいる。同じ都市でストゥシュミンスキの反骨精神を同時期に実際に感じていたのかもしれない。死を予感していたワイダ監督は、遺作としてストゥシュミンスキを描きたかったのではないだろうか?想像だが・・・

最後は画材を売ってもらえなくなるほどの迫害を受ける。それでも慕ってくれる弟子たちはいた。創作意欲というものは衰えなかった。幸せだったのだろうか?ストゥシュミンスキはスターリン主義時代の迫害以前に、第1次大戦で片腕と片足を失っているのだ。それでも何かを表現しようとしてきた。幸せだったからだろうか?ポーランドが平和だったからだろうか?

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ギターの詩人 

 

南米の国、パラグアイについてどれだけ知っているだろう?パラグアイとウルグアイとの違いもよく分っていなかったりする。首都はアスンシオンと知っても、「ああそうなんだ」と思うだけで、パリやニューヨークのように風景が浮かぶわけでもない。

そのパラグアイにギターの詩人がいた。幼少の頃よりギターを弾いた。すべてギターのための作品、約300曲を残した。でもこれは自己申告。楽譜を人に渡してしまったりして、正確な数は分かっていない。出版されず手稿のままの楽譜がほとんどだったらしい。作曲そのものは、ほぼ独学だったようだ。

アグスティン・バリオス・・・

31歳の時、パラグアイからブラジルに渡り、そこで15年間過ごしている。その後は、南米各国を演奏し、中米エルサルバドルで亡くなっている。

「僕は中世の吟遊詩人の兄弟だ。栄光と絶望の中でロマンティックな熱情に苦しんだ吟遊詩人の兄弟なのだ」 アグスティン・バリオス

自分の作品を、まとめて出版することのなかった無欲なバリオスだが、演奏は録音に残した。また各地を演奏して回った。経済的には苦しい生活だったようだ。友人たちから経済的な援助もあったらしい。

彼の演奏、そしてギター曲は人々の心に残った。でも楽譜そのものが流通しておらず、やがて忘れられていく運命にあった。そのことを惜しんだ人たちがいる。パラグアイのシーラ・ゴドイ、ペルーのヘスース・ベニーテス、アメリカのリチャード・ストーヴァーらの研究家たちにより、バリオスの作品がまとまった曲集という形で出版されるようになった。バリオスの死後、20年ほど経ってからのことだ。

1976年、イギリスのギタリスト、ジョン・ウィリアムスがバリオス作品によるレコードを発売した。この時からバリオス作品が世に知られていくようになった。

キューバの作曲家、ギタリスト、レオ・ブローウェルはバリオスについてこう語っている。「バリオスは、ヨーロッパではずっと前に消滅した繊細でロマンティックな音楽を書いた」

バリオスの紹介者的役割をしたジョン・ウィリアムスはこのように語っている。

「ラテン・アメリカは長い間文化的にヨーロッパに服従する姿勢をとってきた。何世紀も続いた植民地化の結果だが、その影響はヨーロッパの側にもラテン・アメリカの文化、特にその大衆文化を見下す態度となって現れていた。生前のバリオスはラテン・アメリカにおいては上のような事情から過小評価され、ラテン・アメリカ以外では実質的に無名の存在だった。やがて西欧中心主義の偏狭さが取り沙汰されるようになり、ラテン・アメリカ固有の文化にも目が向けられるようになった。そうした大きな動きにバリオスも音楽を通じてギタリストたち、そして音楽を愛する世界中のすべての人々の心を動かすことによって参加しているのである」

アグスティン・バリオス(1885~1944) 享年59。彼はパラグアイ先住民、グアラニー族の血を引き継いでいることを誇りにしていたとされている。

この映像は、1970年代後半、ジョン・ウィリアムスがバリオス作品を紹介し始めた頃のものと思われる。

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ヴァイオリン御用達 クライスラー 

 

ピアノ御用達がショパンであれば、ヴァイオリン御用達は誰だろう?ヴァイオリンという楽器のために命を懸けた人。実は迷った。サラサーテ、イザイ、パガニーニ・・・

迷った末、個人的な御用達作曲家はクライスラーになった。とにかく自作自演の録音、いわゆる「赤盤」時代の録音が素晴らしい。「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」等々。これらの曲はヴァイオリンを弾かない人にも、かなり知られているのではないかと思う。作品もだが、演奏そのものが人類遺産という気もする。

クライスラーには、バロック色の趣きが強い曲がある。この動画で演奏している「プレリュードとアレグロ」のような。この曲は、以前は「プニャーニの様式による・・・」という言葉がついていた。クライスラーがこの曲のようなバロック調の曲を発表した時には、自作とはしなかったらしい。「図書館で埋もれていた楽譜を発見しました。それを弾きます・・・」みたいな?批評家の中には「さすがに偉大なるバロック期の作品。素晴らしい。でもクライスラーの演奏は・・・」などと言う輩(?)も存在したらしい。そのような批評家にクライスラーは不快感を示したとされているが、でもどうなのだろう?心の中で「実は私の作品なんだがな、フフ・・・」みたいに思っていたところもあるのでは?クライスラーって、結構お茶目だったのではないか?演奏からそのように想像しているだけだが・・・

むろん、プニャーニらの作品から引用したところもあるのだろうが、これはクライスラー作品だと思う。現在では世間ではそうなっているのでは?

何と言ったらいいのだろう?ショパンの曲、作品そのものだけではなく、ピアノという楽器をも堪能してしまうところがある、ショパンって素敵=ピアノって素敵・・・みたいなところがある。クライスラーの作品を聴くと、むろん「いい曲だな」と思うのだが、「ああ、ヴァイオリンもいいなぁ・・・」と切に感じるのだ。楽器を感じる。

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